転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



モーツァルトのピアノ・ソナタKV545をずっと弾いているのだが、
前から書いている通り、やればやるほど不備が目に付き、
弾けば弾くほど、出来ていない箇所がよくわかるようになった。
とりわけ、推進力のない(ようになってしまうのだ、私が弾くと)、
穏やかな第2楽章が、本当にどうしたら良いかわからないほど難しい。

先生からは、ひとつの指針として、調性に着目することを教えて頂いた。
この2楽章は、まずト長調で始まって16小節でひとまとまり、
次からはしばらく臨時記号がつき、事実上ニ長調に移って、
また16小節でひと区切りになるのだが、この部分の締めくくりはト長調。
そのあとに続く16小節はこの楽章中、最も劇的な部分で、
ト短調での開始だが、左手は途中から変ロ長調の分散和音が展開し、
またト短調が出現し、やがて優美な半音階からもとのト長調に戻る、
・・・という具合に、見事に整った「起承転結(プラス終結部)」があり、
初心者にも理解可能な仕掛けが、丁寧になされているのだ。

特に、ニ長調に移る、つまり「五度上がる」箇所は、
単に音が全体に高くなるのではなくて、
前の場面に較べて、新しい光がほのかに射してくるような、
面白いニュアンスがあると思う。
尤も、このソナタ全体が、爽やかな木漏れ日というより、
なんだか、晴れた日の、三途の川の手前か向こうか、みたいな感じなので、
「五度」上がったからと言って、現世に戻れたとは思わないのだけど。

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・・・と、つらつら考えていて、ちょっと別のことを思い出した。
ポゴレリチの、99年来日公演時のプログラムのことだ。
あのときは、ショパン没後150周年ということで、
ポゴレリチにしては珍しく、オール・ショパンを持って来たのだが、
その中身が、「ポロネーズ4番」「ポロネーズ5番」「ピアノ・ソナタ2番」
「3つのマズルカ 作品59」「ピアノ・ソナタ3番」、
という構成で、全体を通して、その調性の下降ぶりが凄かったのだ。

まず前半、「ポロネーズ4番 ハ短調」→「ポロネーズ5番 嬰ヘ短調」
→「ピアノ・ソナタ 2番 変ロ短調」、ということで五度ずつ下降。
後半は「3つのマズルカ 作品59」が「イ短調→変イ長調→嬰ヘ短調」、
→「ピアノ・ソナタ3番 ロ短調」。
あの、一曲終わるたびに、どんどんめり込んで行く感じ、
底の見えない、暗い淵を無理矢理覗き込まされているような気分は、
ちょっと独特のものがあった。
私の聴いた大阪公演では、幾度呼び出されてもポゴレリチは結局、
アンコールを一曲も弾かなかったのだが、それも当然だったように思う。

あの頃の異常なほどの暗さや重苦しさを考えると、
最近のポゴレリチには、むしろずっと「動」の色合いが出てきたし、
彼の魂も、比較にならないほど解放されて来たと私には思われる。
どんだけ解体ショーを展開しようが、ゾンビを呼び出して喋っていようが、
私の目には、ここ数年のポゴレリチのほうが元気そうに見える。
そうした、外側に向かおうとする活力ゆえに、
近年のポゴレリチはかつてなかったほどにピアノを強打し、
ときに、自分の要求の大きさに応えきれないでいる楽器に対して、
もどかしさも感じているのではないか(だから椅子を蹴っ飛ばしてみる?)、
・・・等々と、私はよく、勝手に楽しく想像して、遊んでいる。
本当に、来年5月の来日が、実現して欲しいものだ。

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