清志郎ファンにとって、恩人であり同志とも言えた、
筑紫哲也さんが、7日、亡くなった。
私は思想的には、この方の考えに同調したことはほぼ無いが、
ジャーナリストとしての先駆的な姿勢には敬意を表していたし、
清志郎との長い友情にも、私なりに親しみと感謝を感じていた。
今年3月の清志郎京都公演のときに、「前説」として筑紫さんが、
京都会館第一ホールのステージに立たれたのだが、
あれが私にとって、生で拝見した最後の筑紫さんの姿になった。
アレ誰??筑紫哲也?筑紫哲也だ!と大騒ぎの客席を前に、
帽子を被った筑紫さんは、いつもの調子で、
「前説というのは会場の空気を温めるためにやるんだけど、
もうこんなに盛り上がっている中での前説は、じらす意味もあり」
「宝くじは買わない、というのがありましたが、
宝くじより貴重な、きょうのチケットを手に入れた皆さんに・・・」
「私と清志郎さんとはガン友です」
「メル友ってのはわりと簡単になれると思うんだけど、
『ガン友』ってのはなかなかなれないよ」
「今日の多事争論・・・じゃなかった、前説は、こんなところです!」
等々と語られた。
そのときの声も様子も、全くご病人のようではなく、
私は、この方もまた治癒間近なんだと勝手に思ったものだった。
清志郎も筑紫さんも、一時期は治療のためにお休みをされても、
こうして良くなってちゃんと復帰されて元通りになるんだ、
と私は、目の前の出来事の明るい面だけを見て、
自分本位な納得をして喜んでいた。
清志郎ショック“同士”の死「とても残念」(スポニチ)
『突然の訃報に驚いています。
共に病気と闘っているという仲間意識があったのでとても残念です』
『長い間お疲れさまでした。ゆっくり休んでください』
『あのやわらかな笑顔が忘れられません。ありがとうございました』
療養中である清志郎の動静は、このところ報道されなかったが、
久々に見ることのできた現在の彼の言葉が、
筑紫さんへの追悼になろうとは、
3月の京都会館のときには、誰も予想もしていなかったと思う。
今は、ただ、筑紫さんのご冥福を、心からお祈り申し上げたい。
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筑紫哲也さんは、元ヘビースモーカーだったそうで、
かつては一日三箱を喫うペースだったと記事に書いてあった。
私は全くタバコに縁がないので、ヒト箱何本なのか知らず、
検索してわかった、一箱20本だった(苦笑)。
だから三箱なら毎日60本ほどだったということだ。
喫煙が各種癌の原因になるということは誰でも知っているし、
とりわけ肺ガンの発症と喫煙本数には密接な関係があると
以前から報道されており、どんな庶民でも知っている。
ジャーナリストだった筑紫さんがそれらに対して無知だった、
とは全く考えられない。
「リスクも何もかも承知の上だったろうよ」
と主人は言った。
だが、私は、ふとここで『そうだろうか?』と思った。
かつてやはり毎日三箱は消費していた舅は、
食道ガンの手術を終えたとき、しみじみと、
「若い頃は仕事が忙しかったし、よぅ外食しては、
脂っこい焼肉やなんか、よけい食いよった。
あれがガンの原因になったかのぅ」
と、煙草を次々と喫いながら、真面目に反省していたものだ。
おとーさま、それはこの際、取るに足りないことだったのでは、
と私は内心思った。言わなかったけど。
知識と実感なんて、このくらいには乖離できるものよ(苦笑)。
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