転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



9月16日(金)昼の部の『ドラキュラ』を観た。
フランク・ワイルドホーンの同作で、たかこ(和央ようか)さんが
女性として初のドラキュラ伯爵を演じたものだ。
観劇した日にも書いたことだが、男役出身というたかこさんの芸歴が
とても良いかたちで活かされた舞台だったと思った。
少なくとも私にとっては、ドラキュラ伯爵が普通の男性だったなら、
ここまで作品そのものを面白いと感じることはなかったかもしれない。

たかこさんの舞台は『CHICAGO』も『ディートリッヒ』も観たが、
今回の『ドラキュラ』が抜群に良かった。
良くも悪くも、たかこさんはやはり「普通の」女優ではないのだ。
この世に当たり前にいる女性として舞台に存在することが難しいかわりに、
ほかの登場人物と同じ時間軸を共有しない、性別も年齢も不明な、
別世界に棲むものを演じるとなると、たかこさんは出色だった。

彼女の演じたドラキュラ伯爵は、私の思っている「男役」でもなかった。
宝塚の男役ならこんな立ち方はしない、と感じる箇所がいくつもあった。
文字で表現することが難しいのだが、その腰つきや歩き方は男役ではないだろう、
と私には思えるところが随所にあって、しかもその「破調」は、
ドラキュラ伯爵が何者であるのか、普通の人間には容易に把握できない、
というミステリアスな気分を増幅するのに、実に効果的だったとも思った。

たかこさんの演じたドラキュラは、男性に見えないことはないが男性ではなく、
かと言って恐らく女性でもなく、……永遠の命を得た異形の者だった。
たかこさんの狙いがどのあたりにあったかはわからないのだが、
多分、意識的にそのように演じたのではないかと私は(勝手に)想像している。
宝塚の舞台でドラキュラ伯爵を演るとしたら、型や声の出し方などの点では、
たかこさんは、また違ったアプローチをしていたのではないだろうか。

最初にして最大の見所は、登場場面の年齢不詳の薄気味悪いドラキュラが、
若い弁護士のジョナサン(小西遼生)の血を吸って、青年へと蘇る場面だ。
あの場でのオーラは強烈で、男役で百戦錬磨(笑)のたかこさんの真骨頂だった。
あそこはドラキュラ役者の成否を決めるようなシーンでもあって、
青年ドラキュラの存在感が、異様に美しく圧倒的であればあるほど、
その後の、ルーシー(安倍なつみ)やミーナ(花總まり)が
彼の妖力に吸い寄せられるところも当然という納得感が出るのだと思った。
何しろ、十字架や聖水などあらゆる手を打っておいても、一旦、生け贄に選ばれたら、
皆、自分から望んでドラキュラ伯爵の腕に抱かれようとするくらいなのだから。

ところで、私はかなり小野田龍之介が好みで(笑)、彼の演じるレンフィールドが、
最初は結構、濃厚にドラキュラ伯爵と魂の交信をしていたように見えたのに、
いざドラキュラと対峙したら、咽喉をかっ切られて一瞬で終わった、
というのは、……確かに盛り上がりはしたが、ちょっと残念でもあった。
彼がドラキュラに更に深く魅入られ、ドラキュラの役に立つところを、もっと観たかった。
似たような不満が鈴木綜馬の扮するヴァン・ヘルシングにもあって、
あれほど重要な役割を果たしている教授が、最後の最後までドラキュラを追い詰めながら、
直接対決する場面がないまま、幕となってしまうのは私には欲求不満が残った。
ヘルシング教授は非常に奥行きのある設定で、後半は彼が物語を動かしているのに、
ドラキュラに触れることさえ出来ずに終わるというのは、良かったのだろうか?

また、宝塚のタカハナ・コンビを長く観てきた、私のような者にとっては、
相手が花ちゃん演じるミーナだから、最後はああなるしかないだろう、
ということが、何か予定調和のように、理屈抜きでも受け入れられる気がするのだが、
宝塚歌劇の前提を持たない観客から観ると、どうなのだろうか。
ミーナが伯爵にその身を捧げ、ドラキュラ伯爵も彼女に命をもって答えようとする、
という結末に関して、十分な説明となるほどの台詞は無かったと思うのだが、
客観的に見てもドラマとしての納得感は、あるのだろうか。
唐突、あるいは尻切れトンボ、的な居心地の悪さが残ったりはしないものだろうか。

勿論、以上のことは脚本や演出に関する疑問や要望であって、
出演者の演技や役作りの問題だとは全く思っていない。
むしろ、それぞれが相当な力演であっただけに、終着地点で、
そのすべてが収まるべきところに収まるというような手応えが、
もっと重厚に、欲しかったということだ。

……という、僅かな消化不良のような気分は、しかし、カーテンコールでの、
ドラキュラ伯爵の世にも優雅なお辞儀によって払拭されるのだった。
ここだけは、たかこさんは紛れもなく宝塚の男役ならではの所作で、
ドラキュラの、文字通り「とっておき」を見せてくれるのだ。
あれは、宝塚を知っていても知らなくても、きっと印象的な姿である筈だ。
当日も書いた通り、私の今回の痛恨のミステイクは、
カーテンコールで俄に客席がスタンディングオベーションになったことで、焦り、
おたおたと立ち上がるのに手間取って、その伯爵のお辞儀前半を見逃したことだった。
幸い、拍手がやまず再度ドラキュラ伯爵が登場し、もう一度、お辞儀をしてくれたので
全部を見ることが出来たのだが、二度目は客席のほうに明らかな期待があり、
伯爵もそれに答えるものとして、言わばアンコールとしてのお辞儀を見せたので、
若干、雰囲気が違ったように思った。
やはり、初回のお辞儀を見て、あの目覚ましさを堪能するべきだった(笑)。

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