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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



年に二度、「お正月」と「母の日」には、
私は特に気合いを入れた花を買うことにしており、
今年もまた、予約してあったお正月用のアレンジメントが、
昨日、届いた。
これが来ると、ああお正月だな~と嬉しく思う。
しかし、お正月になるということは、すなわち、
今年もまた、あの村の山の神社でのご奉仕の毎日が始まるということだ。
寒波が来ていて、今年は殊更、寒そうだねぇ(T_T)。

玄関のニッチには、小さめのアレンジメントを置いた。
干支のウリ坊は、先月、歌舞伎座で出会って可愛かったので買った。



来年は娘が年女だ。3月で、みーちゃん24歳(O_O)!!
今夜、娘は東京から帰ってくることになっている。
このお正月は、三が日のあとすぐ金曜日で、
そこを年休にすれば週末に繋がるので、
いつもの年より年末年始の休暇が長めになる企業が多いようだ。
主人も娘も、勤め先は4日が休業日になっている。
私の勤務先は土曜が営業日なので、1月5日から始まるけどもよ(^_^;。

**************

今年のお正月に掲げた『53歳の宿題』のうち、
私は今年、ふたつを片付けた。すなわち、

 1.両親の入る施設の選定・入居手続 done
 2.山の上の墓の始末および移転 done
 3.実家の売却+神棚の行く先の決定
 4.実家が代々やってきた地元八幡様のお世話係の引き継ぎ

1は、両親揃って、春に有料老人ホームに入って貰うことで結着がついた。
ホームの職員さんの目が常にあり、日常生活も管理して頂けるようになって
離れていても私はほとんど心配をしなくて済むようになった。
また、留守宅に残った父の車も、本人の了解を得て11月に廃車にしたので、
高齢者ドライバーの事故を心配する必要もなくなった。

2は、先日来書いている通り、ついに山の上から墓を降ろすことができた。
これからは地上のバリアフリーの新しい霊園で管理されることになり、
墓参りや墓掃除が極めて容易になった。
今後は、管理費さえ払えば私が直接出向くことができなくても墓は維持され、
将来的に墓守をする者が居なくなった場合は、
墓石は霊園の業者さんで処分され、遺骨は提携先の神仏習合の寺院に送られる、
という契約内容なので、これまた大いに安堵することができた。

3については、実家と長年、懇意にして下さっている業者さんが、この秋、
「要るもんだけ除けといてくれたら、全部整頓して更地にしてあげるよ」
と仰って下さったので、将来的にお任せする目処はついた。
勿論、見積金額次第で、どこまで私が自分で手を下さなくてはならなくなるか、
まだ具体的ではないところも多いのだが、
ともあれ、信頼できる依頼先が見つかったのは良かった。
「じゃけど、まだご両親揃っておってじゃろ。片親になったら、しんさい」
との、親身な助言も頂いた。

一方、神棚、というか奥に入っている霊璽(れいじ。位牌に相当)を
どうしたら良いかは、多少、鬱陶しい問題だ。
そもそも、父が「神棚」と言うからあれを私は神棚だと思っていたが、
先日、とくと見てみたところ、中には御札などは見当たらず、
入っていたのは何体もの霊璽であった。
ということは、あれは神棚ではなく「祖霊舎」というべきものではないか。
御札はお祀りしておらず家には「祖霊舎」だけがある、
……この状態って神社神道では問題が無かったのだろうか???
今度いつもの宮司さんにお目にかかったらお尋ねしたいが、
私が子供の頃から実家はこうだったので、今更過ぎて訊くのが怖いわ(爆)。

神社神道では、人が亡くなると亡骸と魂を分けて考えることになっており、
五十日祭(忌明け)を過ぎれば亡骸は墓に葬って終わりになるが、
魂は、お通夜のあとの遷霊祭の時点で霊璽に移り、
以後、家の守り神として末永く家族とともに暮らす、と考えられている。
「古い霊璽なんかは、はぁ、処分すりゃええよ」
と父は簡単に言うが、いずれ私の両親も新しい霊璽になるわけで(汗)
さすがにそれらはすぐに処分する訳にも行くまい。
マンションにミニ祖霊舎を買って先祖と両親の霊璽は私が持っておくのか。
そして、墓同様、いつか将来、娘がそれらを終わらせる……?
どこかの神社に持っていってお焚き上げ……???

さて、別の意味で込み入っているのが4の問題だが、これについては先日、
総代長様に我が家の事情をお話し、飽くまで私は父の代理であって、
この先も村に帰って定住する予定は無いこと、
ゆえに近い将来、どなたかに替わって頂きたいこと、を既に相談した。
総代長様なりに、候補を当たってみようとは仰った。
神社に関しては、「町内会の班長」的な持ち回りでは片が付かず、
やはり代々、村に住んでいる者かどうか等の、
極めて田舎的な意味での「血統」「地縁」の部分が重視される。
私自身は、母が神戸などという全くの外部から来た者なので、
村の人間としてはハーフ(爆)なのだが、
少なくとも江戸時代からの土着の家柄(汗)である父方の血筋が
皆の間では決定的なものと見なされ、受け入れられている(らしい)。
先祖代々のお役目を別の方にお譲りするには、
地元、特に総代会の中での意見の一致が非常に大切なので、
PTAの役員を免れるときほど簡単ではない(大汗)。

ということで、未解決の3と4は、
一年前より前進はしているが、まだまだ解決への道のりが長い。
引き続き、来年も54歳の宿題として取り組んで行きたいと思っている(汗)。

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近年、「ゴールデンウイーク」「母の日」「お正月」には
自分のために切り花を買うことにしていて、今回は黄色いバラを選んだ。
日射しが明るく元気の出る季節だからと、ビタミンカラーにしてみたら、
薄ベージュ系のカーテンと合って、穏やかで良い取り合わせになった。
連休はシアワセだ。何にも急き立てられない。明日も私の一日がある!

昨日から、家じゅうを掃除した。
よく、料理好きな人が、
「料理は『無』になれるからストレス解消に良い」
という意味のことを言われるのだが、私の場合はそれが「掃除」だ。
料理下手な私は、カンや目分量では何もできず、
計量したり、○分焼く・沸騰する直前で止める等々、
数字や分刻みの時間に支配され、調理中は気が休まらないのだが、
掃除なら、心ゆくまで自分のペースでできるし、中断も可能だし、
綺麗になった箇所は何時間も何日も、眺めては満足に浸れるので
私の性分に合っている。

手を下すほどに、その箇所が清潔に整って行く手応えが得られ、
その積み重ねののち、磨き終わった部屋に生花を飾り、
そこでテレビ等の音のしない、無言の時間を過ごすとき、
日頃のストレスが最も効果的に解消されるのを実感することができる。
「肩凝り」ならぬ「心の凝り」が、深いところからほぐされる気分だ。

きょうは午後から資源ゴミをまとめて出しに行き、
両親のいるホームへ様子を見に行こうと思っている。
こうして、何をするかを完全に自分で決められる、
というのも、ここしばらく無かった、素晴らしいことだ。
時間的拘束が全くない、誰とも何の約束もしていない!
5月5日まで、この幸福に浸る予定だ(^^)。

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注文しておいたお正月の花が届いた。
前も書いたが、私はことのほか切り花が好きだ。
私は「緑の指」ではなく「炎の手」を持っているので、生来、
鉢植えを育てたり、家庭菜園の世話をしたりすることに向いていない。
占いによらなくても、私は植物と折り合いが悪い、という自覚が昔からある。
その点、アレンジメントや花束ならば、一定期間だけ楽しみ、
あとは綺麗さっぱり捨てて終わることができるので、気持ちが良い。
近年は新年を迎えるにあたり、必ず花を買うことにしている。
年末年始、美しい切り花たちに清浄な空気を運んできて貰い、
松が取れる頃、その花たちの役目も終わる。……ぴったりだ(笑)。
ちなみに、去年はこれだった。

昨日やる予定だった用事が軒並み積み残しで、今日はまたさんざんに忙しく、
佐伯区の舅宅まで出向くことが時間的に無理だった。
仕方が無いから、それは明日行くことにして、
舅姑の墓に供えるお正月の花だけ、夕方、買って来た。
明日はこれを持って墓参りに行き、帰りに舅宅に寄って掃除をして来よう。
29日に準備するのは「二重苦(にじゅうく)」だから良くない、
と、これも昔、実家の母が言っていたが、
もはや、そんな優雅な話に構っていられない。時間がない。

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カレンダーでは「母の日」ということで、
好みの色合いの、切り花のカーネーションを自分で買った。
実家には、すぐ飾れるようにカーネーションのアレンジを贈ったのだが、
母からは、特に着いたとも何とも言って来なかった。
別に礼を言われたくてやっているのではないが(^_^;、
無反応だと無事に生きているのかと(爆)心配になる。
なんしろ、先方は88歳だからして。
……改めて、物凄い年齢だな(爆爆)。
まあ、高齢とは言え、父87歳と母88歳が二人で一緒にいるのだし、
実家には平日は毎日ヘルパーさんが来て下さっているのだから、
様子が変わっているのに私に全く知らせが来ないというのは考えにくい。
私自身、昨年から実家には週に一度は行っており、
どのみち、数日後にはまた顔を見ることになっている。
花が到着しているのかどうかも、そのときに判明するだろう。

夕方から夜にかけて、少し時間があったので、娘の部屋を片付けた。
この3月に、娘が横浜から東京に引越したとき、
大学時代に使った本や読まなくなった漫画などを
ダンボール箱10個ほどに梱包して、こちらに送って来たのだが、
私はそれらを受け取って娘の部屋に押し込んだまま、今まで放置していた。
娘からは、「触るな」とも「片付けておいて」とも言われていなかったので、
次に帰省したときに自分で仕舞えばいいだろう、と思っていたのだ。
しかし、再来週、うちにエアコン清掃業者さんが来られることになり、
娘の部屋にも一台あるので、その周辺を片付けておく必要が生じた。
それで仕方なく、きょうは箱を開けて、中身を本棚に移す作業をした。
法律の本や辞書、コミックス類、それに衣類が少し入っていた。
どれがどういうものだか、見てもわからないし吟味する趣味もないから、
とにかく出て来た書籍類は全部、娘の部屋の本棚に並べて入れ、
衣類はクローゼットに収納した。

クローゼットを開けたついでに、中にほったらかしにされていた、
娘の高校時代(爆)のサブバッグやリュックなども中身を調べた。
こちらは、機会があれば整頓して貰っていいと、
娘本人に以前から言われていた。
カビた何かが出て来たりしたらイヤだなと思っていたが、
ティッシュやタオルハンカチ、メモ用紙にシャーペン、
くしゃくしゃになったレシート、などが少々出て来ただけで、
娘の昔のカバン類の内容は、たいしたことはなかった。
娘は本当にフシギなヤツだ(^_^;。
癇性に片付けたりしているわけではないのに、
娘の部屋や持ち物には、常に漠然とした秩序が保たれている。

ただ、こうして久々に整頓したお蔭で、漫画『斉木楠雄のΨ難』第6巻が、
娘の使い古しのショルダーバッグの底から発掘され、主人が大変喜んでいた。
どこに行ったのかと、ずっと不思議に思っていたのだそうだ(^_^;。
きっと娘が、どこかに出かけるときに読み物にするのに持って出て、
そのままバッグから取り出すことなく、忘れていたのだろう。

私もまた、娘の別のリュックから、オペラグラスを掘り出した。
これまた、T.M.Revolutionのライブに行くときに貸してやって、
そのまま返却されることなく、私も忘れ去っていたものと思われた。
6月の、あらしちゃん(尾上松緑)の『名月八幡祭』@歌舞伎座を前に、
オペラグラスが発見されたことは、めでたかった。
細部までよく観て来い、との道楽の神様の仰せに違いないと思った。

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30日からやっと、休日が始まった(涙)!!
嬉しすぎて、自分へのご祝儀(笑)に花束を買った。
連休初日は、実家へ出かけて両親の用事を手伝い、
昨日は、郵便局その他の用事を済ませてから、
舅姑の墓掃除・墓参りに行った。

そして今日は朝から、居間を中心に日頃できないところを存分に掃除した。
ソファーのカバーリング全部とクッションカバー4枚、
カーテン2窓分とキッチンマット3枚とバスマット2枚、を洗濯し、
枕カバーとシーツも二人分、洗濯して交換した。
そしてそれらを干している間に、隅々まで掃除機をかけた。

ついでに、間仕切りに使っているパネルカーテン二組も付け替えた。
キッチンと脱衣場、それに廊下と脱衣場の間は引き戸があるのだが、
日常は、さっと出入りできるほうが良いと思い、戸は開いたまま、
暖簾というか、丈の長めのカーテンを間仕切りとして使っている。
過去2年くらい、ごくシンプルな白のボイルカーテンを
突っ張りポールに通してかけていたのだが、
きょうは大掃除をしたし、ちょっと気分を変えたくなったので、
これまでのカーテンは洗濯し、押し入れから茶色のポリエステルのカーテンと、
葉っぱのモチーフのついた綿混ボイルカーテンそれぞれ2枚ずつを出して来て、
アイロンをかけて、吊した。

茶色のは、約10年前にアメリカのCountry Curtainsから個人輸入したもので、
以前もこの時期に出して来て使ったことを、私は日記に書いていた(笑)。
これはまだ傷んでいないので、今後も出番があるだろうと思うが、
葉っぱのついた白いカーテンのほうは、かつて神戸の官舎に住んでいた頃、
つまり今から20年ほど前に、千趣会のカタログで購入したもので、
葉の色も褪せてきたし、生地にもシミなど出来ているので、
そろそろ寿命かなと、今日出してみて思った。
近い将来、捨ててしまったらこのカーテンにもう会えなくなるので、
とりあえず写真を残しておこうかと思う(^_^;。



ということで、きょうは時間を気にせず存分に掃除をすることができ、
外も文句なしの晴天で洗濯日和、大変スッキリした(^^)!!
今、リビングに入ると、あちこちのファブリックから
洗濯洗剤の香りが仄かに漂い、いかにも「清潔になった」感じがして、
なかなか良い気分だ(笑)。

日頃は常に持ち帰り仕事があったり、
明日の段取りを考えて神経を尖らせていたりするので、
なかなか家を整えることに時間を使うことができないのだが、
きょうはまさに、連休の醍醐味!という過ごし方ができた。
明日も明後日もその次も、まだまだ休みだ。
素晴らしい(T_T)。

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(写真は、我が家の玄関用に買った小さめの門松つきアレンジ)

昨日、主人に「正月用のだぞ!」と指示して仏花を買って来させ(爆)
本日、私は主人とともに、舅姑の墓掃除と墓参りに行った。
明日からは私は自分の実家にかかりきりなので、
私の冬期休暇はきょうで終わってしまうのだ。
舅宅方面に行く日が、きょうを逃すと来年までないじゃないかと
私は焦っていた。

墓所に行ってみると、さすがに年末とあって、
どこのお宅も御家族のお参りがあり、ずらりと美しい生花が並んでいた。
我が家も、いつものスプレー菊メインでなく、
今回は大振りな菊と松、それにキンギョソウとカーネーション等々で、
普段のより若干豪華に、お正月らしい花束を作って供えた。
ただし、ナンテンは使わないようにした。雀が寄って来て粗相して行くので。
墓の前で、毎回使っているチャッカマンが点かなくなり、難儀していたら、
隣のお墓の御家族の方が、たまたまつけたばかりだったろうそくを
こちらに手渡して、火を貸して下さった。
ありがとうございました~~<(_ _)>。
袖すり合うも他生の縁。

それから舅宅に行ったが、主人がほとんどやる気がなかったので(^_^;
私が玄関周りと通りに面した庭の掃除をして、
玄関に門松の紙を貼って、お正月の準備をやったことにした。
「この家も、そろそろどうでも処分を考えんといけんのぅ」
と主人が言った。
姑がいなくなってからは、家族で泊まりに来る機会もなくなり、
この家は年々、廃屋感が募っているのだ。
私がもし一週間、ここで一人暮らしをする自由が与えられたら、
見違えるようにキレイにして差し上げる自信がありますが(^_^;。
しかしこの家はもう、手入れをするより、
売るなり貸すなり、方針を決めるほうが現実的なのだろう。
幸い兄弟もいないので、主人の一存でどのようにでもできるし、
私はその決定に従うのみ、それまではできる範囲で掃除をする程度だ。

***********

それにしても、今年は記憶に残る、シンドい一年だった。
そうなった原因の大半は実家関係なのだが、
……個人情報に触れるので、ここには詳細は書けないが、
「天中殺かよ(T_T)」
と思った瞬間が、今年は幾度かあった。
私は脆弱なので、本当に、マジで、キツかった。
しかし私なりに、なんとか悪いようにはしなかった、とも思っている。
実家関係は問題がまだまだ山積みで、それらは私が今後も、
自分で片付けなくてはならないことばかりだが、
今年、私が解決の道筋を強引につけた事柄だっていくつもあった。
最善ではなかったかもしれないが、できる限りのことは、やった。

来年は、もう実家関係のゴタゴタは当然あるものと了解しているので、
その中でなんとか、自分の休暇日数をもう少し確保するようにしたい、
というのが当面の目標だ。
今年、特に夏以降は私は出力過多で、チャージ不足のまま走り続け、
自分がカスカスに疲弊した感じがしている。
もはや「完全週休二日」などと身に過ぎたことは望まないが、
「四週六休」くらいで、なんとかお休みを頂けないものか。
出勤日でなく実家にも行かなくて良い日は貴重で、
そういうときには普段できない雑用をせねばならないことが多いのだが、
それ以外に、月に2日くらいでもいいから、
時計に急き立てられず、人の話に返事をすることを要求されず、
家の中で、私は朝から晩まで時間を無駄にして過ごしたい。
それが今年、最も「できなかったこと」だったので。

一方、そのような一年だったからこそ、
カープ優勝は私にとって、意外なほど大きな力になってくれた。
連日球場に通うほどのファンでなかったにも関わらず、
地元球団のある幸せを、私は今年存分に噛みしめることができた。
チクショー!と思うことが日々あっても、
広島地元のカープが勝っていれば、市内の空気が活気づき、
私の気分も明るくなって、
「何だか心が面白くってねぇ」@魚屋宗五郎、の心境だった。
芸能やスポーツというのは、優雅な人間の暇つぶしの娯楽ではなくて、
むしろ、ほかのことがどうにもならない状況にある者に対して、
本当の意味で、その真価を発揮するのではないかと、
私は今年はつくづく思った。

ってことで、まあ、ひらたく言うと、年末の今思うのは、
シンドかったけど、カープが優勝したお蔭で、結局は最高の1年だったわぁ、
という……(笑)。

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本日より会社は年末休暇に入った。
12月も最後になって、結構まとまった取引があったお蔭で、
私も一社員とはいえ、なんだか嬉しい仕事納めになった(笑)。

尤も、私生活のほうでは今年は手放しの休暇とは言えない。
本格的に実家両親の手伝い等をせねばならないので、
私の休みは実質的には本日から30日までの3日だけだ。
そのあと、大晦日の夕方から1月5日までは、実家に通い詰めだ。
現代の秘境というくらいの田舎ゆえ、いろいろとあるのだ、
正月行事や神社の手伝い等々が。
こういう状況なので、1月2日に一族郎党が本家座敷に集合するという
大仰な行事が既に消滅していてくれたことは、本当に有り難かった。
私ひとりで、お膳の用意から客の接待までさせられたらシヌ(--#)。

ということで、今年は私の自由時間は限られていると思い、
きょうは朝から、お正月に備えてマンションの掃除をして、
耳鼻科に行ってアレルギー性鼻炎の点鼻スプレーを処方して貰い、
銀行や郵便局などの用件を済ませ、注連飾りなど正月用品も買ってきた。
お餅は仏さん用に小さいお重ねを買い、
花は、今年は奮発して、お正月アレンジの大きめなのをひとつ購入した。
お正月なのだから改まった花が要る、というのは、
別に田舎の風習を引きずっているのではなくて、単に私の趣味だ(^_^;。

 (飾り方としては、床の間がないので妥協して出窓に置いている)
 

主人のほうは、本日が仕事納めだということなので、
明日からは少しゆっくりして、書斎を片付けたりするだろう。多分。
舅姑の墓掃除と舅宅のお正月準備に関しては、
多少なりとも主人の協力を得たいところだ(汗)。
今夜は娘も帰省することになっているのだが、
彼女は帰ってきて荷物を置いたら、またすぐ出かけて行くらしい。
帰る早々、こちらの友人達と集まって飲むのだと言っていた。
オトナのヒトは、どうぞ、ご自由に(^_^;。
晩ご飯の支度をしなくていい話は、私は何であれ大歓迎だ。

先日、実家の和室で座り込んで和服を何枚も畳む作業をしたときに、
どうやら腰の右側を傷めてしまったようで、ここ数日、痛い。
日頃、椅子とテーブルの生活をしているので、
畳の上にかがみ込んでする作業はコタエる、ということを改めて知った。
痛いと言っても、できない動作などは全くなく、
ロキソニンを飲めばよく効くのだが、
朝、家事を開始すると、右腰から座骨神経痛みたいな痛みが起きて来る。
これから年末年始の労働があるのに、いやぁね(T_T)。

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風邪  


(写真は、母の日ということで自分で買った(笑)花束。
私は切り花が一番好きだ。限定された期間だけ手入れして楽しみ、
あとは綺麗さっぱりと終わることができるので。)


金沢から帰った翌日、6日金曜日の午後2時半頃から、
と時刻まで特定できる唐突さで、咽喉に不快感が起こった。
口をあけたときに咽喉の突き当たりに見える部分の引き攣れ、
つまりは急性の咽頭炎、という感じだった。
最初はそれでも不快さの無いときもあり、
気のせいか?と思ったりもしていたが、夜になるとハッキリと
「これは風邪だな(^_^;」
と感じるようになった。
全く熱も倦怠感もなかったのだが、ただ咽頭壁の一部が痛くて、
土曜日の早朝に目覚めたときには、ひりひりして不快でならず、
この咽喉痛のためにロキソニンをのんだ(汗)。

体は元気なので土曜日も予定通り仕事に行ったが、
今度は午後1時過ぎから、…とこれも時刻が特定できる明瞭さで
仕事中、いきなりハデな鼻炎になりクシャミ連発、
午後3時過ぎからは鼻ミズもダーダーになり(汗)、
奥に引っ込んでは鼻をかみ、また作り笑顔でお客様の前に出る、
を繰り返してしまった(大汗)。
入れ違いに、このあたりから咽喉痛はボヤけてきて
咽喉全体に広がったぶん、耐えやすくなった。
平熱だったが、この日はさすがにくたびれて眠くなり、
帰宅後、夜10時から布団に入り、翌朝7時まで9時間の睡眠をむさぼった。
お蔭で、3日目の昨日は咽喉の痛みがかなり和らぎ、快適になった。
そして4日目のきょう、更に咽喉は漠然とした違和感だけになり、
鼻づまり気味ではあるものの、クシャミも減り鼻水も止まってきた。

ここまで、全く熱が出ていないので風邪薬も何ものんでいないが、
全体として回復傾向にあるように思う。
初っぱなの咽喉の痛さは半端ではなかったが、
症状の展開にメリハリがあり、全身状態は悪くないタイプの風邪だ。
幸い、きょうは仕事が休みなので、ちょっと休養しようと思う。
大混雑のLFJ金沢に三日とも入り浸っていて、
その間、あちこちにマスク姿の大人や咳き込む子供達がいたので、
醸し出されたウィルスを貰って来たのだろう、という気がする(^_^;。
そうでなくても、連休中、やはり強行軍で疲れていた筈だし。


……今月はもうひとつ、團菊祭に行かないといけないのよね(^_^;。

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・お正月用の花を出窓に飾ったので、
家の中の雰囲気が、年末年始の休暇らしくなった。
年賀状の印刷はできているのだが、
どの葉書も、何かしらメッセージを書き入れたいと思っているので、
そのほうがまだ、全部は終わっていない。頑張ろう(笑)。

・昨夜、娘が帰省した。
秋から某図書館でバイトを始めた娘は、若干スレンダーになっていた。
3時間立ちづめの図書整理の仕事を週3回やると、
明らかに減量でき、特にウエストが細くなったとのことだ。
当たり前だが、動く量が食う量を上まわれば、人は痩せるのだ。
冬休みは短いので、一週間ほどの滞在だが、
娘が年末年始に広島に帰って来たのは二年ぶりだし、
家族三人で家の掃除をしたり、買い物に行ったりして、
穏やかな年越しをしたいと思っている。
娘が帰省中に太らないことを祈るのみ(^_^;。
娘は夏に短期のインターンに二社だか?行っていたが、
確か冬にも何社かあると言っていた気がする。…が、私には定かではない。
娘のことを私なりに心配していないわけではないのだが、
地元に居ない者のことは、実質的にどうしてやることもできないので、
「よーわからんので、自分でなんとかなっといて下さい<(_ _)>」
というのが、最近の私の基本的なスタンスだ。
ともあれ、きょうは何の予定もない日で、
私は目覚ましをかけず、朝10時半まで寝坊した。
素晴らしかった(滂沱)。

・『寒くなり、コートを着るようになって以来、
私が気をつけているのは、スカートを履くのを忘れないことだ(爆)。
身支度の手順が何かの拍子に若干狂うと、
下が出来ていないのに先にジャケット感覚でコートを着てしまうことがあって、
こうなると裾が膝あたりまで来ているために
感覚的になんだか「履いた」気がして、スカートを忘れるのだ。
今までそのまま外に出てしまったことはまだ無いのだが、
玄関で「おっっ!!!???」となったことは、ある。
万が一、会社に着いてから気づいたら私はオシマイだ。
……安心して下さい、今は履いてますよ(^_^;。』
――という話を私は先日、自分のfacebookに書いたのだが、
そのときヨーロッパのポゴファン仲間が「like(イイネ)」を付けてくれた。
日本語は読めない筈の人なので、翻訳して読んでくれたのだろうか。
有り難いと思うが、……どんな機械翻訳になったのか想像したくない。

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(写真は、友人某氏が下さった越前水仙。ありがとうございました!)

今週は水曜日の仕事が無かったので、
きょうはようやく舅姑の墓掃除・墓参りに行くことが出来た。
年が明けてから初めてだったが、毎日寒かったお蔭か、
年末に供えた菊はまだ結構綺麗で、
花立の容器の水もほとんど汚れていなかった。

向かい側のお墓にもご家族(と思われる方)が来られていて、
「御逮夜(おたんや)になってしまうけ、お宅もきょう来られたんじゃろ?」
と朗らかに話しかけられ、とりあえず調子を合わせて挨拶をしたが、
実のところ、私はそこまで真面目にやっていたわけではなかった(汗)。
ただ今夜から天気が悪くなりそうだったので、この機会を逃してはならない、
と考えただけだった。

……っていうか、すみません、安芸門徒としてあまりにも今更なんですが、
親鸞聖人のご命日が1月16日で、御逮夜はその前夜15日、
という私の理解で、合ってます(殴)??
そのあたりの何日か豆の煮物を食する、という習慣は一応知ってますけど(汗)。
うちの実家の村では、だから必ず小豆がゆを……、
いや、それは1月15日の「とんど」のほうだったか……???
ま、どっちにしても、今うちではそういうものは全然食べてないですけど(逃)。

*************

帰りにバスセンターまで来たので、紀伊國屋書店で
菊之助の礼儀』(長谷部 浩・新潮社)を買った。
出版されたのは前から知っていたのだが、
文庫でないから重そうだと敬遠してしまって、しばらく買う機会がなかったのだ。
この本に関しては、四代目 市川左團次オフィシャルブログ
左團次夫人が紹介をなさっていて、(「本日は主人が麻雀に行きやがりましたので、
私が代役をさせていただきます。」で始まる1月14日付の記事)、
それがあまりに秀逸なブックレビューであったことも、
私がきょう、この本をamazonに頼らず(爆)店頭で積極的に買うことになった理由だった。
今夜から楽しみに読もうと思っている。

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