殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

再び・現場はいま…12

2020年12月05日 09時01分40秒 | シリーズ・現場はいま…
「この人がいたら、みんなが不幸になるんです!」

神田さんは藤村を指差して言った後

「私、もう辞めます!」

突然の退職宣言をすると、事務所を出て帰ってしまった。


とり残された永井部長、藤村、夫、長男。

「…自主退社だよね」

永井部長は藤村にそう言い、藤村はうなづく。

欲しかった自主退社の言葉を手に入れた2人は

早くも神田さんのダンプに誰を乗せるかを話し始めたので

夫と長男は仕事に戻った。


神田さんのダンプの乗り手を探すのは、難しいだろう。

だって彼女のだけ、ノークラッチ。

今どきは、大型ダンプにもオートマチックがあるのだ。

運転が楽なので初心者向けだが、力が弱くて小回りがきかないので

道路を行ったり来たりする単純な運搬作業に使われることが多い。

クラッチを駆使する現場仕事には向かないため

男のダンプ乗りにとってはパッとしない乗り物といえよう。


藤村は早い段階で神田さんに目をつけ

彼女のためにノークラッチダンプの購入を押した。

つまり彼女もまた、ダンプ購入前の早い段階から

こちらへの転職を決めていたのだ。

ノークラッチを言い訳にすれば

きつくて技術のいる現場仕事に行かなくて済み

楽で簡単な運搬仕事だけに専念できる。

ノークラッチダンプは、神田さんを釣り上げたい藤村にとっても

実際に働く神田さんにとっても都合の良い車であった。


藤村の考えでは、また女性を雇えばいい。

神田さんが入社した時点で、候補者はすでにいたからだ。

亭主が酒乱で有名な、神田さんの元同僚である。

その人はすでに神田さんから、藤村の変態ぶりを聞いていたため

転職する気は失せていたが

藤村だけは、この話がまだ生きていると思い込んでいた。


ともあれ神田さんが怒って帰り、永井部長も帰った後で

藤村は彼女がダンプのキーを持ち帰ったままなのを思い出した。

どこの会社でも、運転手は終業すると

ダンプのキーを事務所に返して退社するのが義務になっているが

なぜか彼女だけは自分のバッグに入れて持ち歩いていたからである。


翌朝、藤村は神田さんに、ダンプのキーを返すよう電話した。

一緒に保険証も返し、退職届の印鑑を押すように、とも伝えた。

すると神田さんは

「今日と月曜日は、用があるから行けません。

火曜日の朝、行きます」

と答えた。


この返事が生意気だと不満を持った藤村から

火曜日と聞いた夫は、後で私に言った。

「行く気じゃわ」

どこへって、例の公的機関である。

「月曜に行くつもりじゃ」

なぜ、そんなことがわかるのか…

それは我々にとって常識の範疇だった。


毎週土曜日、神田さんだけは休んでいいことになっていたので

月給のうちだから、わざわざ来る気はない。

その土日を利用してLINEなどの証拠を整理したり

知り合いに相談して知恵をつけ、準備を整えてから

月曜日、おカミに訴え出る。


そこでアドバイスに従い、診断書をもらいに病院へGO。

もちろん保険証返すな、退職届の印鑑押すな…などのアドバイスもある。

体調を崩したとなると病院へ通う必要があるし

回復するまでは、社員として給料の80%の非課税休業補償を

会社から支給させて、生活を維持する権利があるからだ。


こうして後ろ盾を得てから

敵にとって全てが後の祭りとなった火曜日に

敵と対面してダンプのキーを返す。

キーを持ち帰ったというのはあまり聞かないが

このプログラムは、業界でよくあることなのだ。


火曜日、藤村はキーを返しに来た神田さんから

告発の事実を告げられた。

彼女が去ると、すぐ永井部長に連絡。

その後は本社に呼ばれて、その日は戻らなかった。

また長男のせいにしたことは、わかっている。


行きがけの駄賃ではないが、神田さんも

藤村と長男のダブルでやられたと主張するだろう。

事実、彼女は次男にそう言った。

藤村個人をチマチマと攻撃するより

藤村の所属する本社と、彼女の所属するこっちの二社を

相手取ることができるからだ。

お金になるとなれば、この際何だってやるものよ。

かまわない。

肉を切らせて骨を断つ所存だ。


それで長男に嫌気がさして辞めたとしても、仕方がない。

元々、彼には合わなかったのだ。

それを義理や恩のために我慢させていた、我々親も悪かった。

40才の彼は老後が近い。

ここらで自由になるのもいいかもしれない。

当の長男は、とりあえず一人いなくなったので

気が楽だと言っている。


ただ、神田さんが事務職であれば彼女の主張は全面的に通るだろうが

藤村の下心を知りながら、彼の保護を前提に

まだ女性を受け入れる準備ができていない会社へ入り

男と同じ給料を受け取りながら

周囲の我慢と譲歩を受けて働こうとしたのは彼女の意思である。

ママさんバレーを始めて日の浅い人が、まかり間違って全日本チームに入り

レシーブができなくて怪我をしたのと似たようなものだ。


男性中心の職場で、女性の社会参加を阻んだ見せしめとして

とことんやられるのか。

それとも双方の言い分を考慮した、正義に近い判断が下されるのか。

時節やタイミングによって多少変化するであろうこの辺りが

私の関心事である。


ともあれこの問題は、本社の顧問弁護士が対応することになった。

藤村の嘘は、弁護士によって明らかになるだろう。

それでもおそらく、本社は藤村をかばう。

変態でもだ。

人に性(さが)があるように、会社にも性がある。

直接雇用の人間をかばうのは、会社という組織の本能なので

どうしようもないのだ。


藤村は、神田さんの別れたご主人の職場へ行き

訴えを取り下げるように頼んだり

本社や例の機関に呼び出されたりと、このところ忙しそうだ。

ちなみに本人は、営業と言い張っている。


そんな中、会社の健康診断の時期が来たので、夫は病院へ行った。

こんな毎日だから、さぞ悪くなっているだろうと覚悟していたそうだが

胃潰瘍が治っており、胆嚢に2つあったポリープが無くなっていて

医師も驚いていたという。

なんだかんだ言っても、健康第一。

我々夫婦は手を取り合って喜んだものである。


とりあえず現場は今、こんな感じです。

ではまたいずれ。

《完》
コメント (6)
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