殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

幸福の園・1

2020年12月09日 09時41分32秒 | みりこんぐらし
先週の日曜日、一回り年上のヤエさんと

3つ年上のラン子の3人で、久しぶりの女子会をした。

この2人は10年ほど前の選挙で知り合った友人。

親しくなった当初は月1のペースで会っていたが

ヤエさんは姑さんの介護や自身の病院通い、ラン子は孫のお守りや転職

私は同級生の集まりと、それぞれ忙しくなって遠のいていた。


3年ほど前だったか、姑さんを見送ったヤエさんが

燃え尽き症候群になり、外へ出たくないと言うので

ますます会わなくなった。

一昨年の西日本豪雨で彼女の家が被害を受けた時

少し接触したものの、まだ本調子でないのがわかったので

それっきりになっていた。


それからまた月日が経過し、やっと集合したのは今年の3月。

ヤエさんは元気そうだったので、ホッとしたものだ。

が、会うと開口一番

「みりこんさん、弁護士を紹介していただけない?」

昔から何かと悩み多きヤエさんは、その時も深く悩んでおられた。


彼女が言うには、亡くなった姑さんから

ご主人が相続した土地のことで悩んでいるそうな。

そしてそのことを相談した司法書士に解決を断られ

ひどく立腹したそうな。

それで土地の件を解決してもらいつつ

庶民の味方をしない司法書士を罰したいそうな。

司法書士の上といったら弁護士だろうから、お願いしたいそうな。

これはロクでもない内容に違いない…

うっかり紹介したら、弁護士から恨まれる…

すぐにそう感じた私だった。


ヤエさんの話によれば

姑さんから相続したのは、山の上にある小さな荒れ地。

姑さんも、その荒れ地を先代から相続した。

電気や水道はおろか、道路も通ってないので行くことすら困難だが

価値の無い土地であっても

それなりの固定資産税は払わなければならないそうだ。


一方、姑さんがその荒れ地と一緒に相続した土地の中に

全く別の場所にある宅地があった。

姑さんはその宅地を相続した時

なぜか自分の遠い親戚に贈与していたことが

亡くなってからわかった。

当時、そこもやはり荒れ地だったが

今は開発が進んで周りに家がたくさん建ち、値打ちが上がったという。


つまりヤエさんの主張は、彼女のご主人が相続した荒れ地と

何十年か前、遠い親戚に贈与された宅地とを交換したいというもの。

それを司法書士に相談したら「無理です」と言われたので

今度は弁護士に相談したいということだった。


知ったかぶり屋のラン子が横から口を出すのをうるさく思いながら

私は司法書士と同じことを言う。

「無理です」

なぜ無理なのかをこんこんと説明し、自分の体験や周りの出来事を話し

そして解決するまで払うのを止めているという荒れ地の固定資産税を

早く払うように言った。

「放っておくと、サラ金並みの利息がつくよ」


私の反応が不満だったらしく、ヤエさんはその後も嘆き続けた。

「一生懸命、親の面倒を見て頑張ってきた結果がこれなの?」

「そうです。

親の面倒を見たからといって、良い物ばかりが回ってくるとは限りません」

「この固定資産税は、子供から孫へ受け継がれるの?」

「そうです。

ハンカチ落としのハンカチ、ババ抜きのババ…

土地とは厄介なものなのです」

「じゃあ、私たちは泣き寝入りなの?」

泣き寝入りも何も、ヤエさんが住む家土地や農地は

彼女夫婦が相続しているのだから、あれは欲しくてこれはいらない

交換してくれ、なんて虫が良すぎるというものだ。

が、面倒くさいので言わない。

「全部、おばあちゃんが悪いのです」

そう言ったら納得した。



この時、ヤエさんの精神状態はまだ回復していないとわかったので

また疎遠になった。

しかしラン子がやいのやいのと催促するため

9ヶ月ぶりの再会が実現した次第である。


が、その日もヤエさんは苦しみの中にいた。

会わなかった間に、関東に住む社会人のお孫さんが亡くなっていたのだ。

事故なので仕方がないと言いつつも、彼女は自分を責めていた。

この人の人生は、本当に厳しいものだ。

とてもいい人なのに、いつも彼女を目がけて

災難や悲しみが降り注ぐような気がしてしまう。

どうしてこうなるのだろう。


ともあれ姑さんが亡くなって以来、ヤエさんは車の運転が嫌いになり

ラン子は免許を持っていないので

この女子会の運転手は私ということになっている。

行き先は運転手に一任されるため

私はヤエさんを車に乗せ、隣町へラン子を迎えに行くまでの10分間

どこへ行こうかと必死で考えた。

ヤエさんからお孫さんのことを聞かされるまでは

近場のレストランでランチ、その後はスーパーで買い物…

とテキトーなプログラムを考えていたので、慌てていた。


何でテキトーかというと、この集まりは燃えないのじゃ。

ラン子の愚痴と家族自慢を延々と聞きながら

「ついでにあそこへ行ってみたい」

「せっかくだから、あそこもいいな」

運転しない人がよくやる、ついでやせっかくのおねだりに

うっかり返事をしないように気をつけながら運転するのは疲れるからじゃ。

ヤエさんも運転が嫌になったと言っているが

実はこれを避けたいからではないのか。


いずれにしても、楽しかったらもっと度々会っとる。

楽しくはないけど、まんざら嫌でもない…

人はそれを惰性と呼び、私はそれを魅力と呼ぶ。



さて、ラン子を車に乗せる直前になって、私はやっと思いついた。

ヤエさんを“兄貴”に会わせよう…

今のヤエさんを元気づけるのは、新しい出会いだ…。


兄貴とは、同級生のユリちゃん夫婦が慕ってやまない芸術家である。

私も最初は半信半疑だったが、彼と接する機会が増えるにつれて

その教養や洗練されたセンスに圧倒され

芸術、食、神仏への造詣の深さ、人脈の広さに感嘆するようになった。

だからといってお高くとまるでもなく

彼と話すと心が洗われるような、何やら自分が進化していくような

不思議な気持ちに包まれる。


その兄貴は、とある古民家に活動スペースを持っており

ちょっと遠い所だが、運が良ければ会えるはず。

多忙な兄貴が不在でも

ヤエさんの好きな古民家は彼女の心を癒やすだろう。

見慣れた近場をウロチョロして、「次、どこ行く?」を繰り返すより

いっそ目的をはっきりさせて遠出をする方が

消耗を避けられるのではないのか。


ユリちゃんに電話をすると、兄貴に連絡を取ってくれて

「お待ちしています」との返事をもらってくれた。

こうして我らオバさんトリオは、兄貴を目指すことになった。

この他力本願の思いつきが甘かったことなど

私には知るよしもなかった。

《続く》
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする