殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…それから・4

2020年12月31日 23時17分32秒 | シリーズ・現場はいま…
本社に送られた文書に添付された

藤村と神田さんのラインの内容だが

我々は見ていないので知るよしもない。

ただ、神田さんが次男に相談していた頃、聞いたことはある。

「今、起きました」、「今、帰りました」

といった小学生の日記系と

「僕の愛をわかってほしい」

「君のことを考えながら寝ます」

といった色恋系の2種類が、とにかく頻繁に送られてくるという話だった。


こりゃあ、気持ちが悪かろう…

我々は神田さんに同情したものだ。

これらのおびただしいラインが、社長や重役の目に触れるなんて

私だったら生きていけないかもしれない。


藤村はその日、本社に呼ばれてかなり絞られたようだ。

それ以来、元気が無い。

自分のやらかしたことよりも、河野常務が一切口をきかなくなったのと

永井営業部長が彼を避けるようになったことがこたえているようだ。

永井部長は、年上の大男にペコペコされるのが嬉しくて

藤村を寵愛していたものの、これ以上関わると自分の身が危ないため

手のひらを返したのだった。


ともあれ我々は、神田さんが提出した証拠の中に

長男とシュウちゃんの言った悪口の書き起こしが

添えられているかどうかに注目していた。

長男もシュウちゃんも、聴取ではすっとぼけていたが

悪口はちゃんと言っているのだ。

私もそのことは、長男から聞いて知っている。

「プレデター」、「アバズレ」、「藤村のオモチャ」…

実際に彼らは、神田さんをそう呼んでいた。


けれども神田さんは、ダンプに無線を付けてない。

付けるも何も、彼女は業務用アマチュア無線の免許を持ってない。

その神田さんが、何で自分の悪口を言われているのがわかるのか。

どこにでもいるじゃないか…

何でもかんでも言いつけて、揉ませる人間が。

今回の場合はチャーター業者であるM社の社員、通称チョンマゲだ。


チョンマゲとは文字通り、髪を伸ばし

後ろで一つにくくっているからである。

50半ばのダンプ乗りが、そのような頭をしているのは

この近辺では稀というより奇異だ。


チョンマゲは以前、神田さんと同じ会社の同僚だった。

数年前にM社へ転職し、藤村と癒着しているM社から

うちへチャーターで入っていた。

神田さんはこのチョンマゲがお気に入りなので

藤村に推薦し、毎日うちへ呼んで楽な仕事に従事させていたのだ。


長男とシュウちゃんが無線で悪口を言っている…

同じ周波数で2人の会話を聞いたチョンマゲは、神田さんに教えた。

怒った神田さんは、チョンマゲに録音を頼んだ。

そして録音されたものは、藤村のラインと共に某機関へ提出された。

このことは、神田さん本人から次男が直接聞いている。


ボイスレコーダーは、良い証拠となるはずだった。

が、ここに電波法が立ちはだかる。

無線で傍受した内容を第三者に伝えてはいけない…

録音もいけない…

電波法には、このような決まりがあるのだ。

神田さんは無線免許を持ってないので、そのことを知らない。

免許を持つチョンマゲも、知らないからそんなことができるのだ。

ゲスの友は、やはりゲスである。


怒りに燃えた神田さんが、この録音を証拠として提出した場合

長男とシュウちゃんは、神田さんをいじめた罪に問われることになる。

しかし同時に、無線を傍受して内容を第三者に伝えた罪と

録音した罪も公になるため

神田さんだけでなく、チョンマゲも無事では済まない。


電波法は厳しい。

神田さんが取ろうとしている慰謝料より

電波法違反の罰金の方が高いかもしれないのだ。

長男もシュウちゃんも、そのことを知っていた。

だから悠長だったのである。


それでも録音を証拠に彼らの罪を追求したなら

我々は神田さんをあっぱれと褒め讃えるつもりだった。

が、やはり無線傍受は証拠として上がってこなかった。

プレデター神田も、しょせんはただの人だった。


長男たちが石原部長の聴取でトボけたのは、このためである。

ラインと違って証拠が出せないのであれば、それは無かったことなのだ。

無かったことをわざわざ認める必要は無い。

こうして2人の罪は、消えた。


ついでに話すと、積込みを終えた夫が

神田さんに合図のクラクションを鳴らさなかった罪も

いつの間にやら消えていた。

最初の訴えでは、クラクションを鳴らさないと

業務の安全性が損なわれるだの何だのと

文書にクドクドと書き連ねられていたが

こちらもやはり証拠が無いので、諦めたらしい。

危険走行の女王、神田さんが安全性を唱えるとは、お笑いぐさである。


現在は、慰謝料の金額を打診している段階。

解明も解決もありゃしない。

「“金取ろう”には、ちぃとゼニを握らせて、さっさと終わろうや」

というのが本社、並びに弁護士のスタンス。

が、最終的な話し合いはできていない。

神田さんが体調不良を理由に、逃げ回っているからだ。

なぜかというと、話し合いの席に着いたら慰謝料の金額が決まって

この問題は終了してしまう。

彼女は毎月の休業補償を得るために、できるだけ長引かせる所存らしい。


藤村は、神田さんの手慣れたやり口に

「後ろにヤクザが付いて、入れ知恵しとるんじゃないか」

と怖がっている。

休業補償を引っ張るために話し合いを避けるのは、よくある手だ。

初心者の藤村は知らないので

「知恵をつけた者はおろうが、ヤクザはあり得ん」

という夫の無責任な慰めをよすがにしている。


とまあ、今のところはこんな感じ。

現在、本社では藤村の左遷が検討されている。

春の移動シーズンにならないとわからないが

女性のいない支社や支店がほとんど無いため

行かせる所が無く、結局こちらに居続けることになるかもしれない。

しかしそんなことは、もはやどうでもいい。

藤村が多少おとなしくなったため、夫は気持ち良く働いている。

それが何よりだ。


その藤村だが、先日

神田さんの後釜として41才の男を一人入れた。

この男、かなり怪しい人物だ。

なぜなら11月の末に神田さんがキレて辞めた翌日

フラリと会社を訪れ、「雇って欲しい」と言った。

ハローワークに募集を出すどころか

つい昨日、ダンプが空いたことを知っているのはおかしい。

しかも彼は、神田さんと同じ弁当会社に勤めていた経歴がある。

偶然にしてはあまりに不自然なため

神田さんの彼氏ではないかと疑った夫は

雇うのを止めたが、藤村は強引に決めた。


その怪しげな男は、年明けから入社することになり

年末、さまざまな手続きが取られた。

その過程で、運転免許を取り上げられた過去が判明。

しかし藤村は、なぜ取り上げになったのかをたずねなかった。

そういうことを把握しておくという常識すら、知らないのだ。

飲酒や大きな違反など、よっぽどのことをしなければ

免許取り上げにはならない。

つまり運転の仕事をするには不適格と言っても過言ではないだろう。


新年からは、この怪しげな男も加わる。

さあ、どうなるのか。

藤村はうそぶく。

「新人を入れたら、会社の空気も変わるだろう。

このところ、雰囲気悪かったからな」

誰が雰囲気を悪くしていたというのだ。

お前だろがっ!

しかし、これが藤村なのである。


《完》



お立ち寄りくださる皆様、今年も本当にありがとうございました。

いつも心から感謝しております。

来年もよろしくお願いいたします。

皆様にたくさんの幸福が訪れますように。
コメント (6)
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