殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…それから・3

2020年12月29日 13時33分55秒 | シリーズ・現場はいま…
シュウちゃん、長男、夫の聴取があった数日後

次男の聴取が行われることになった。

今回は商工会議所が借りられないそうで

場所は町内のホテルにある小会議室。


今回の聴取に際し、私と次男の準備は念入りだった。

藤村の行いを本社に知らしめる

最大にして最後かもしれないチャンスがようやく巡ってきたのだ。

次男はおしゃべり上手な口先男なので安心感はあるが

それだけに万全な形にしたい。


私は彼が話そうと考えていることを聞いて

推奨かストップかを決めた。

ストップをかけたのは、現場の者にしか理解できない事柄。

相手は現場を知らないホワイトカラーなので

わけのわからないことをつらつら並べると飽きられたり

説明に時間がかかって、肝心なことが耳を素通りしてしまうからだ。

また、次男にとってはぜひ紹介したいエピソードでも

それが上役の石原部長に響くとは限らない。

立場が違えば、響きどころが全く違うものだ。

そのため、話す内容を“推奨”、“特に推奨”に分類し

“特に推奨”の事柄を早めに話すよう、打ち合わせた。


そして当日。

録音付きの聴取は、まず石原部長の説明から始まった。

「今回起きている問題を正しく見極めるために

今日は第三者である君の話を聞きたい。

君はこの問題をどう思ってる?

正直に話してもらいたいんだ」


次男は答える。

「じゃあ、正直に話します。

本社に恩があるから我慢していますけど

僕も何回、藤村さんを訴えようと思ったかわかりません」

「ええっ?どうして?」

「いつも解雇するとか、クビと言われるからです」

「ど…どんな時?」

「有休を取る時や、修理で経費を使う時。

神田さんが入ってからは、ほとんど毎日になりました」

「なんでっ?」

「男はみんな辞めさせて、女だけのハーレム作るけん

お前らは早く辞めろって」

「……」

「ハーレムができたら神田さんを主任にするけん、男は邪魔って。

僕のダンプも売り飛ばすって、いつも言ってます」

「…昇進の決定権や、車両の売却の権限なんて

藤村さんには無いんだよ?」

「藤村さんは、あると言ってます」

「なんてことだ…それは僕でも訴えるわ。

…それで君は、藤村さんに何も言い返さないの?」

「それパワハラよって、何回も言いました。

でも藤村さんは、俺はパワハラ教育、受けてないから

何言うてもええんじゃ、って」

「……」

愕然とする石原部長。

パワハラ教育を受けてないから何を言ってもいい…

これこそ次男と打ち合わせた、“特に推奨”のエピソードである。


石原部長は、いい人で通っている。

会社でいい人と言われる人物は、仕事に対して真面目なものだ。

そして仕事のかたわら

責任者に任命されたパワハラホットラインにも

真面目に取り組んでいる。

パワハラについて社内の誰よりも勉強しているし

定期的に社内講習も行っていて

もちろん藤村も、彼の講習に何度も参加しているのだ。

それを「パワハラ教育を受けてない」なんて言われたら

石原部長の面目は丸つぶれ。

この怒りは、他の者には計り知れないランクだろう。


石原部長は、震える声で言った。

「今度、藤村さんから解雇と言われたら、すぐ僕に電話しなさい」

「はい」

「他にも話したいことがあったら、今ここで全部話して」

だから次男は、チャーター業者との癒着を始め

無茶な仕入れや経費の無駄使い、配車の偏りなどを全部言い

石原部長と永井部長は頭を抱えた。


やがて質問は、藤村と神田さんの関係へと移る。

石原部長が、ターゲットを藤村1本に絞った瞬間である。

「藤村さんと神田さんを見ていて、どう思った?」

「事務所でいちゃいちゃして、気持ち悪かった」

「藤村さんが交際を申し込んだというのは、本当?」

「本当」

「藤村さんは、そんなことしてないと言うんだよ」

「僕は神田さんから相談を受けたんで、間違いありません」

「……」


腕組みをしたまま、しばらく沈黙していた石原部長は

思い切ったようにたずねた。

「藤村さんが神田さんに

セクハラと受け止められるようなことをしたのを

見たことがある?」

「尻を触りょうるの、何回も見た」

石原部長は絶句し、テーブルに突っ伏した。

「手もつないどったし、神田さんは藤村さんから

日に何回もいやらしいラインが来るけん、嫌と言うとった」

石原部長からはもう言葉が出ず、聴取は終わった。


「僕、喉が渇きました」

商工会議所と違って、ここはホテルなので

次男は飲み物をねだる。

石原部長と永井部長と3人でコーラを飲みながら

雑談をして解散した。


その翌日、某機関から本社の社長宛に三通目の文書が届く。

中には藤村と神田さんがやり取りした

おびただしいラインの書き起こしが添付されていた。

神田さんが証拠として、某機関に提出したものである。

《続く》
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