殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

幸福の園・2

2020年12月11日 10時14分57秒 | みりこんぐらし
「どんな所かしら?ワクワクするわ!」

「楽しみ!」

期待にはずむ2人を乗せた車は、やがて目的地に到着した。


兄貴は、オバさんトリオを歓待してくれた。

この日は日曜日なので、庭に仮設のカフェが出ている。

兄貴と仲良しのパティシエが営業しているのだ。

「みりこんさんには、いつも美味しい物を食べさせてもらってるから

今日は僕にご馳走させて」

兄貴は言い、コーヒーとケーキのセットを注文してくれた。


温かい陽射しの中、兄貴と話しながらコーヒータイム。

ヤエさんは彼の人柄に魅了されたらしく、とても楽しそうだ。

良かった…と思った。


その後は兄貴の案内で、庭を散策。

所々に彼のオブジェが点在する以外は

野趣あふれる…というか、木が生えっぱなしのナチュラルガーデンだ。


そして、いよいよメインの古民家へ。

そこは兄貴の作品や、おびただしい骨董のコレクションが

部屋ごとに展示してあるギャラリーのようなものだ。

展示してあるだけで売り物ではないのが

欲の無い彼らしいところである。


幸福の園…

今までに何度か訪れた、この庭と古民家

そしてそれを取り巻く自然溢れるスペースを

私は密かにそう呼んでいる。

好きとか、癒されるのとは違う。

むしろ、あんまり好きなジャンルではない。

それなのに、自分の歩いてきた長い道がここへ繋がっていたような

一種不思議な感覚だ。


他にも見学に来たお客がチラホラいるのに

兄貴は我々に張り付き、丁寧に説明してくれて申し訳なく思う。

ユリちゃんの息がかかっている我々一行は、特別扱いなのだ。

古民家が大好きなヤエさんは非常に喜び、作品に歓声を上げて

すっかりハイテンション。

やはり連れて来て良かったと思った。


やがて我々は骨董を展示した、ほの暗い一室に案内される。

セキュリティの問題から

滅多に人に見せないという骨董を見せてくれた時

ヤエさんが騒ぎ始めた。

「ここ、変です!何かいる!

私、気分が悪いわ…頭が痛い!」

「え〜?何ともないよ?」

「私、ダメなのよ。

これよ!これが良くないみたい!」

ヤエさんは、一体の動物の人形を指差して言う。


それを見ていたラン子も、少し遅れて騒ぎ始めた。

「あっ!私も胸が苦しいっ!息ができない!」

胸を押さえ、うずくまるラン子。

こいつはいつもそうだ。

人が霊絡みで騒ぐと、後発でその気になる。


兄貴は平然と言った。

「明るい所で、少し休んだら」

隣の部屋へ移ったヤエさんとラン子は

頭が痛いだの、胸が苦しいだのと騒ぎ続けている。

私は恥ずかしさと、兄貴に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

滅多と人目に触れない特別なコレクションを見せてくれたのに

変なモンがいると言われた兄貴の気持ちは、いかばかりであろう。


静かにしろ、と言いたかったが

それで静かになるのか、ますます騒ぐのかが全くわからない。

私はチッと思いながら、2人が落ち着くのを待つしかなかった。


思えばこの2人が霊の方面で騒ぐのは、今回が初めてではない。

霊を感じられるのが

さも敏感かつ優れた人間であるかのように、突然騒ぎ出す。

ラン子の方は、ヤエさんが騒いだ時に負けじと騒ぎたくなるマユツバ。

私はしばらく会わないうちに、この悪癖を忘れていたのだ。


記憶によると、ヤエさんが騒ぎ出すのは

たいてい名所旧跡、つまり古い建物や古い物のある所。

そして薄暗い所、建物の構造による気温の低下を感じる所。

つまり古いという認識に加え

視覚や体感温度の変化といった物理的な条件が整うと起こる

一種のヒステリーじゃないのか…

私にはそう見える。


ヤエさんは古民家が好きだと言うが

古民家には古い物が置いてあるものだし

中へ一歩入ると暗かったり寒かったりするものだ。

発症?の条件が揃っているために、古民家が好きなのかもしれない。


田舎じゃ、このようなパフォーマンスがまだ通用することがあるけど

ヨーロッパ育ちの兄貴の前でこれをやらかしても

不発は確定だ。

他のお客さんもいることだし

彼女たちの反応をツイッターなんかでつぶやかれたら

迷惑千万じゃないか。

何かを感じるのは個人の自由だが

騒いでいい所とそうでない所はある。

気分が悪ければ、黙って席を外す配慮が欲しいものだ。

この配慮ができない人は、みだりに霊を語ってはいけない。


とはいえ彼女たちは、兄貴やこの場所が嫌なわけではない。

むしろ気に入っているから、やらかす。

自分は一般の人とは違う特別な人間です、というのを

兄貴に印象付けたいのだ。

そんな独りよがりの背伸びが、場の雰囲気を台無しにし

人の善意を踏みにじることなど、本人は知るよしもない。

長く生きていると、そういう人を見る機会はたくさんある。


「気分が悪いんなら、帰ろうや」

私は怒りを押さえて言ったが、2人は首を振って

「ううん、もっと見たい!」

これが私の診断?を裏付ける証拠である。


アレらはそれで満足かもしれないが

変なのを連れて来て、兄貴に失礼を働く結果になった私は赤っ恥よ。

兄貴やユリちゃんとの付き合いにも

今後は支障が出るかもしれない。

私は2人を連れて来たことを心から後悔した。


兄貴に霊能?の披露を済ませた2人は

私の落胆をよそに、ますます張り切りなさる。

別棟に行くと、今度はヤエさん

「あっ!上から話し声が聞こえる!

誰かが私に話しかけてる!」

他のお客さんに聞こえないか、ハラハラした。


スピリチュアル・ジェネリックのラン子も続く。

「本当だ!聞こえる!

何?この声!」

兄貴は相変わらず平然と

「裏手に民家とカフェがあるからね」

「あ、そうなんですか」

あっさりと騒ぐのをやめる2人。

穴があったら入りたい心境とは、このことだ。


《続く》
コメント (2)
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