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関西集会・京都府立大学名誉教授 井口和起さんの講演レジメ

2012-09-19 | 日朝協会公式発表
「日朝平壌宣言」とはなにか? ―宣言10周年にあたって―


2012.9.15. 於:ひと・まち交流館京都


京都府立大学名誉教授 井口和起




Ⅰ.「日朝平壌宣言」を読む

日朝平壌宣言



                                                                        2002(平成14)年9月17日

   1.「日付」―何故、2002年9月17日?

    ① 韓国の大きな変化

    ・ 1965年日韓条約⇒「大韓民国政府は国連決議195号に明示されているとおりの朝鮮半島にある唯一の合法的な政府」=「朝鮮半島には二つの実

質的な権威のもとに統治」、「片一方の国を承認した国は他方との外交関係を樹立しないのが今日までの外交慣例」「国連決議を尊重」(佐藤

首相国会発言)

    ・ 1987.6.民主抗争。6.29「時局収拾宣言」(盧泰愚民正党最高委員)→大統領選勝利

      7・7宣言=「民族自尊と統一繁栄のための特別宣言」→90.9.ソ連と・91.9.17.北朝鮮国連同時加盟・92中国などとの国交樹立。

    ・ 1988年盧泰愚大統領「七・七宣言」⇒6項目中の第6項「北朝鮮が米国、日本と関係を改善するのに協力する用意がある」

    ② 日本の「ゆるやかな」変化

    ・ 同日、日本側は「関係国と緊密に協議の上、日朝関係を積極的に進める」と表明。

    ・ 1989.3.30.衆議院予算委員会竹下首相発言、情勢の新たな局面を迎え、「改めて、同地域の人々に対し、過去の関係について深い反省と遺憾の

意を表明したいと思う。朝鮮民主主義人民共和国との間においても、…関係改善を進めていきたい」

    ・ 同日、社会党代表団、朝鮮へ出発。朝鮮は日本の国会議員団の訪朝受け入れを表明。

    ・ 1990.9.24~28.自民党(金丸信)・社会党(田辺誠)代表団と朝鮮労働党(金日成、金容淳)会談。自民党・社会党・朝鮮労働党「日朝3党共

同宣言」発表(【資料1】)。

    ③ 日朝交渉の開始

    ・ 11月からの国交交渉開始。第18富士山丸乗組員2名釈放実現。

    ・ 1990.11.~12.予備会談3回。1991.1.30.~2002.10.30.12回の日朝国交正常化交渉。

      ※ 交渉の「論点」は【資料2】参照。

      1992.11.までに8回。第3回交渉1991.5.で大韓航空機事件:金賢姫の日本語教師「李恩音」調査要請。第8回交渉

      1992.11.非公式交渉で「李恩音問題」で決裂。7年5ヵ月交渉中断。(再開努力:95渡辺美智男団長・97森善朗団長など)

      1999村山首相訪朝団で再開(←99年の米朝高官協議や見直し

       提言:「ペリー報告」国連総会、なども。)

   ④ 南北協議の進展

    ・ 1991.12.31.「朝鮮半島の非核化に関する南北共同宣言」(仮調印・92.1.20.正式調印.2.首脳会議)なお、同時期に「基本合意」調印

       ←その前に:朝鮮半島の非核化と平和構築のための宣言11.8.盧泰愚大統領による核不在宣言12.18.など一連の「外交攻勢」、

      1992.1.30.朝鮮「保障措置協定」締結(IAEA)、

      1995.8.15.「村山談話」

   ⑤ 「前進」と「後退」

    ・ 1998.8.朝鮮,テポドンミサイル発射。

    ・ 2001.9.11.「9・11事件」⇒2002.1.米ブッシュ大統領「悪の枢軸」=イラン、イラク、北朝鮮。アフガニスタン・アルカイダ掃討作戦実施。

   ⑥ 「共和国」外交―「2002年」

    ・ 朝鮮、対米「外交」対応、経済対策、金日成生誕(1912)90周年・金正日(1941)還暦・朝鮮人民軍創建(1932)70年…



 「宣言」前文

  小泉純一郎日本国総理大臣と金正日朝鮮民主主義人民共和国国防委員長は、2002年9月17日、平壌で出会い会談を行った。

 両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、

地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。



  1.「肩書き」に注目

   ① 小泉総理大臣2001.4.(~2006.9.)

   ② 金国防委員長1998.9.(~2011.11.)

     ※ 先軍政治・先軍思想:2009憲法第3条、主体思想と共に憲法に指導思想として明記。

     「肩書署名」が注目された(「朝鮮労働党総書記」でなかった)。

  2.「日朝間の不幸な過去」とその「精算」とは?→第2項で確認

  3.「懸案事項」とその「解決」とは?→これも同じく第2項で確認

  4.「双方の基本利益に合致するとともに」→意義は「日朝両国」に限らないことを念頭に!

  5.「地域の平和と安定に寄与する」とは?→「北東アジア」から「全世界に」



 「第1項」

 1.双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年

10月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。

  双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した。



  1.「宣言」の「精神」と「基本原則」に「従う」とは?

    ① 「日朝間の不幸な過去の清算」と「懸案事項の解決」そして「実りある政治、経済、文化的関係を樹立」。

    ② 「『地域』(北東アジア)の平和と安定に大きく寄与」

  2.「国交正常化」とは?→「国家」の承認と「国交の樹立」⇒日韓基本条約との関係は?

    :もう一度:

    1965年日韓条約⇒「大韓民国政府は国連決議195号に明示されているとおりの朝鮮半島にある唯一の合法的な政府」=「朝鮮半島には二つの実質的

な権威のもとに統治」「片一方の国を承認した国は他方との外交関係を樹立しないのが今日までの外交慣例」「国連決議を尊重」(佐藤首相国会発

言)

  3.「日朝国交正常化交渉」はどう「再開」されたか?→ちょっとだけ、次で

  4.「日朝間に存在する諸問題」に「誠意をもって取り組む」とは?→

    ① 「相互の信頼関係に基づき」に注目。そして「双方の義務」



「第2項」

  2.日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫び

の気持ちを表明した。

    双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与

及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施さ

れることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。

    双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄する

との基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。

    双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。



  1.「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫

びの気持ちを表明した」という文章の意義は?→

   ① 「村山談話」(1995.8.15.)との「違い」=「私は」と「日本側は」はどう違うのか?

  2.「双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与

及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施

されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとし

た。」の意味は?→

   ① 「賠償」から「経済協力方式」への朝鮮側の歩み寄り→何故か?

    「無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力」の実施しと、「民間経済活動を支援する見地から国際

協力銀行等による融資、信用供与等」の実施。⇒韓国

  3.「双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄

するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。」の意味は?→

   ① 「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則」⇒植民地支配にかかわる

賠償問題を「国家レベル」では「放棄」した。

    ⇒批判もある!=「脱植民地化」「植民地支配責任」論を回避。

    ⇒「国家レベル」では済まない問題も山積!

   ② 「解放後・戦後の過去史」への言及がない

    ⇒日本の対朝鮮敵視政策による朝鮮人民が受けてきた深刻な物的・精神的被害」をどうするのか?

  4.「双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。」の意味は?→

   ① 「国家」レベルでは「解消」(『しない』問題にも言及している)しても?在日朝鮮人問題は依然大問題!⇒「慰安婦問題」・文化財問題・被爆者

問題…等など明らか⇒「誠実に協議」!



「第3項」

 3.双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民

主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。



  1.「双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した」とは?→

    ① 「双方は、国際法を遵守」⇒相互にそれぞれの体制を認定して尊重するということ。

      無神経な「北朝鮮政治体制」批判は「厳に慎むべきである!」⇒国際的慣例や礼節を!

    ② 同時に前項の「在日朝鮮人の地位に関する問題」にも適用される。⇒在日朝鮮人に対する差別や弾圧は「国際法違反」=「国際法を遵守」して

      いないと言われる。

    ③ 在日朝鮮人に対する差別や弾圧は「互いの安全を脅かす行動をとらないこと」の確認にも反する。

     ⇒いわゆる日本人「拉致問題」だけで解釈しない。

  2.「また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題について」朝鮮民主主義人民共和国側が「日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾

    な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」とは?→

    ① 「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」は、日本側の言う日本人「拉致問題」

       (「行方不明者」も含むと解したものもある)を指している。⇒「拉致」という表現がないことに日本世論は反発したが…

    ② 「朝鮮民主主義人民共和国側は」、「このような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとる」⇒「遺憾な問題(regrettable

      incidents)」と表現することで、北朝鮮側に日本と「合意」する「余地」があることを示したとも解釈されている。



「第4項」

 4.双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確にんした。                  

  双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化

  されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした。
 
  双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を

  含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。

  朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した。

  双方は、安全保障にかかわる問題について協議を行っていくこととした。



 1.「北東アジア地域の平和と安定を維持、強化する」ため「互いに協力」するとは?→

  ① 「双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認」という文章と重なって、日朝両国の他に

    韓国・中国・ロシア・アメリカ合衆国を含めている。

    ⇒「米朝関係正常化」も目指されていると考えるべき。

    ⇒2000年の「朝米共同コミュニケ」(「枠組み」条約履行の協議)。4者会談から日ロを加えた6者会談へ!

 2.「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守」とは?→

  ① 国際原子力機関(IAEA.1956.発足)の安全措置協定、核拡散禁止条約(1970.発効)

    1994.朝米ジュネーブ基本合意などの「遵守」

    ⇒ 朝米ジュネーブ基本合意の履行を再宣言。=朝鮮の黒鉛原子炉建設中止、軽水炉型への移行などの援助の「枠組み」

  ② 日本は朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO.1995.結成=「軽水炉」建設援助・重油供給など)理事国としての役割を果たす。

 3.「双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した」とは?→

  ① 前項と重なって、アメリカの「査察第一主義」を脱却する方向へ日本も「同意」した。

 4.「朝鮮民主主義人民共和国側」の「ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明」とは?→

  ① 1999.9.朝鮮、ミサイル発射凍結宣言。⇒ アメリカへの「外交攻勢」日本も同意した?



                                                                                                                           (署名:省略)



Ⅱ.「日朝平壌宣言」その後

1.【拉致問題】

  2002.9.小泉・金会談で朝鮮側事実を認め、10.15.5人の生存者一時帰国。そのまま帰国。   

  朝鮮側「約束違反」と日本政府批判。

2.2003.以降の「6カ国協議」

  第1回六カ国協議は、2003年8月27日から30日まで。

   (少し経過を書きました。後で読んで下さい)

  米朝、日朝などの2国間による話し合いも同時的に行われた。協議では「各国は、対話を通して核問題を平和的に解決することを希望し、半島の平和と

   安定を保護し、半島の恒久平和を作り出す」などの「6つの合意」がなされたが、期待された共同文書は発表されなかった。

  第4回六カ国協議 2005年7月26日から、約1年間の中断を経て第4回六カ国協議開始。

  米朝ともに積極的な姿勢に転じたが、「核の平和利用」をめぐる米朝対立が解消しないまま、8月7日に「休会」。9月13日、協議は約1カ月ぶりに再開。

   中国が前回作成して各国に提案した第4次合意文書草案をたたき台に合意を目指したが、朝鮮は核の平和利用の権利を具体化させたものとして軽水炉

   建設を要求し、米国は断固拒否。交渉は難航したが、9月19日、朝鮮の完全核放棄と核拡散防止条約(NPT)への復帰の確約を盛り込んだ初の共同声

   明を採択。焦点となった朝鮮の「核の平和利用」の権利や軽水炉提供問題も明記された。米朝、日朝の関係正常化に向けた措置も確認。初の多国間合

   意。「協議開始以来最も重要な成果」(武大偉・中国首席代表)と評価。ただ、声明では核放棄の手順や検証方法などの具体策は示されず、11月予定の

   次回協議のテーマとなった。

3.【日本政府の基本方針:転換?】

  日本は「日朝交渉に関する基本方針」(2002.10.9.首相官邸)で「拉致問題」を最優先させると決定。



Ⅲ.私たちはどう考えるか?―「結びに」かえて―

1.北東アジアの非核地帯化を

 2.憲法9条の精神を全世界に

 3.自主的・自立的な外交政策を展開できる日本を

 4.軍事力による「安全保障論」からの解放を

 5.最後に、本物の民主主義と自覚的な市民の運動が困難を乗り越えて世界を変える。



 ※ アメリカ=アメリカ人自身によるアメリカ批判

   ▲「2003年春のイラク攻撃で、アメリカがもはや国際社会の承認を必要とせず、自分に対してのみ責任をもつ国家となり、アメリカ国内の軍国主義勢力

     が外交政策を指図していることが明確となった」

    「帝国の悲劇」

   ① たえまなく戦争がつづく状態がおとずれる。アメリカ人に対するテロの増大、小さな国々がアメリカ帝国から身を守るために大量破壊兵器に対する

     依存を一層強める。

   ② 民主主義の崩壊、プロパガンダと情報操作、財政破綻等々。  

     チャルマーズ・ジョンソン『アメリカ帝国の悲劇』文芸春秋社、2004年

   ▲ アメリカの覇権戦略が「絶滅危惧種」人類の生存を脅かしている。

     ※ ノーム・チョムスキー『覇権か、生存か―アメリカの世界戦略と人類の未来』2004年集英社新書、2004年

▲ …核拡散防止体制においては、核兵器をもつ国が、もたない国を核で威嚇してはならないというのが基本である。1968年、国連で核拡散防止条約

     が採択された際、非核保有国から票を取り付けるために、米英ソの三ヵ国は「核兵器の使用を伴う侵略行為の犠牲又はそのような侵略の威嚇の対象

     となった」国すべてに対して、援助を行うことを確約した(1968年3月7日付け国連安全保障理事会決議255号を参照)1996年にはハーグの国際司法

     裁判所が、核兵器の使用あるいはそれを用いた威嚇は「究極の悪」として禁止されねばならないと明確な判断を下している。しかしながら、自衛の

     ための核兵器使用については結論を出せなかった―「当法廷は、国家の存亡がかかるといった、自衛の究極的局面における核兵器の使用、あるいは

     これを用いた威嚇については、合法であるか違法であるか、確固たる結論を出すことができない」ということだ。…ブルース・カミングス『北朝鮮

     とアメリカ』(杉田米行監訳・古谷和仁他訳、明石書店、2004年刊)(pp.151-2.)



【補足資料】

【資料1】1990.9.30. 3党共同宣言

  日朝両国の関係正常化は両国民の利益、新しいアジアと世界の平和と繁栄に寄与…

  ① 日本は朝鮮人民に与えた過去36年間の不幸と災難だけでなく、戦後45年間の朝鮮人民が受けた損失に謝罪し、償う。

  ② 早期の国交樹立   ③ 通信衛星利用と両国間の直行航路開設   ④ 在日朝鮮人の法的地位保証とパスポートの「北朝鮮除外条項」削除   

  ⑤ 朝鮮は一つ。南北統一は民族的利益に合致   ⑥ 地球上のすべての地域からの「核の脅威」の除去   

  ⑦ 国交樹立交渉を11月中に始めるよう政府に働きかけ   ⑧ 3党関係の強化と相互協調



【資料2】日朝交渉の「論点」(双方の主張の相違点)

【謝罪問題】 日本→竹下発言から村山談話まで

       朝鮮→国・政府最高責任者の公式謝罪と公式文書明記。旧条約無効論、植民地支配謝罪。

【補償問題】 日本→財産請求権問題は未解決。対戦国ではなかったから賠償・補償は不要。旧条約は有効。請求権要求には客観的資料が必要=財産請求権に

          は応じる用意あり。韓国方式の研究と接点を探る。

           戦後45年問題⇒3党共同宣言にはあるが、日本政府は拘束されない。冷戦による東西対立の激化と北朝鮮の政策によるものである。

       朝鮮→戦前・戦中の植民地時代は交戦国間の「賠償」と「請求権」の双方で補償を。併合条約は無効で占領だった。後(第5回目)、ナチスド

          イツの犯罪と旧西ドイツの補償の例から、国際慣行に従った「交戦国賠償」でなく、「加害者の被害者への賠償」を求める。植民地支配

          時代の人的・物的損失への償い(文化財・在日朝鮮人の法的地位も含む)。韓国方式の検討は評価できる。

          戦後45年問題⇒戦後45年間も補償必要。3党共同宣言に政府も拘束される。

【日本の懸案】日本→「李恩恵」(金賢姫に日本語教授)調査要求。日本人拉致問題の究明。「行方不明者」調査要求。

       朝鮮→国際的不信用を宣伝する企み。拉致はなく議題にすべきでない。「行方不明者」調査は朝鮮赤十字で対応している。

【安全保障】 日本→北朝鮮は「査察」受け入れを。IAEA協定を直ちに結ぶのがNPTの義務。「朝鮮半島の非核化共同宣言」は歓迎するが、懸念は残っ

          ている。この解決なしに国交正常化の他の論点の進展はない。弾道ミサイルの開発・生産・配備・輸出の自制を求む。

       朝鮮→「査察」受け入れには、米国の核不使用核不使用約束が不可欠で、韓国にある米軍基地の同時査察も必要。IAEAと査察協定締結

          (1992)、査察対象リストも提出(1992)。査察協定問題は解決しつつあり、国交正常化の条件にすべきでない。平和利用研究のため

           プルトニウム抽出。核問題の相手は米国とIAEA。日本は無関係。ミサイル開発も自主権の問題。

【その他】  日本→北朝鮮在住日本人配偶者の里帰りの配慮要望。北朝鮮が38度線以南の管轄権を主張するのは認められない。宮澤首相訪韓・加藤官房長官

          談話は北朝鮮出身の慰安婦問題も含めたもの(1992)。

       朝鮮→外交関係の設定に「管轄権」の確認は不必要。「国交正常化の基本問題」を解決し、外交関係樹立の後に「経済的問題」以下の諸問題を

          処理したい。

          慰安婦問題の真相究明・謝罪・補償を求める。


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