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支持政党や革新か保守かという政治性向にかかわらず、南北協力が1位を占めた。

2016-09-30 | 日朝韓友好親善のために
韓国国民の半数近くが「北朝鮮は協力対象」…
「敵」と答えた人は14.3%


登録 : 2016.09.30 03:49 修正 : 2016.09.30 12:30


ソウル大学、1200人対象に統一意識を調査 
「協力対象」とする回答、昨年より8.5%増加 
「対北朝鮮圧迫政策に対する疲労感」が原因と見られる
 北朝鮮の相次ぐ核実験や弾道ミサイルの発射にも、「北朝鮮は協力対象」という国民の認識は、昨年より強化されたものと調査された。北朝鮮の核兵器と武力挑発の可能性を脅威としてとらえる認識も低くなった。北北朝鮮に対する国民のこのような認識の変化は、朴槿恵(パク・クネ)政権の対北朝鮮政策の反対方向を向いている点で、注目に値する。

2016年統一意識調査(資料:ソウル大学統一平和研究院)。上のグラフは南北関係に対する認識、下のグラフは北朝鮮の脅威に対する認識//ハンギョレ新聞社
 ソウル大学統一平和研究院は29日、ソウル冠岳区のホアム教授会館でこのような内容の「2016年統一意識調査」結果を発表した。北朝鮮を「協力対象」とする認識は、昨年の35.2%から今年は43.7%に8.5%ポイント高くなった。一方、「北朝鮮は敵」と答えた人は、16.5%から14.3%に2.2%ポイント下がった。北朝鮮の核を脅威としてとらえる認識は、絶対値は高いが、昨年84%だったのが、今年は79.5%に4.5%ポイント減少した。北朝鮮への武力挑発の可能性を脅威とする認識も、70.5%から66.1%に減った。「北朝鮮政権は対話・妥協が可能な相手」という認識は、絶対値は低いが、28.7%から30.5%へ小幅上昇した。

 分析を担当したソウル大学のキム・ビョンロ教授は「(南北当局会談と民間交流などを約束した)昨年の8・25合意の影響」と「北朝鮮による危機が繰り返されたことによる『対北朝鮮圧迫政策』に対する疲労感」を理由に挙げた。

 「統一に向けて最も協力が必要な関係」としては、南北協力が34.9%で、韓米協力(26.1%)、韓中協力(7.0%)よりも高かった。「(南北、韓米、韓中協力)共に重要である」という回答は32%だった。支持政党や革新か保守かという政治性向にかかわらず、南北協力が1位を占めた。

 このような認識の変化を反映するように、朴槿恵政権の対北朝鮮政策に対する満足度は、政権が発足した2013年の57.6%から毎年低下し、今年は45.1%で初めて50%を下回った。分析を担当したチャン・ヨンソク責任研究員は「昨年に比べて年齢別では30代(47.2→36.4)と60代以上(59.4→49.5)、政治指向別では保守層(58.2→47.2)で満足度が急落した」と指摘した。

 セヌリ党議員らが主張する独自核武装論については、昨年に比べ、賛成(55.8→52.8)と反対(17.5→15.2)の割合がいずれも低下したが、判断留保層(26.8→31.9)が増えた。

 このような調査結果は、北朝鮮の核実験と米中対立の激化など、最近の北東アジア情勢の悪化・動揺と関連し、南北協力を通じた積極的状況管理と主体的問題解決に向けた努力が必要だという危機意識が高まったことによるものと見られる。発表資料集はハンギョレのホームページ(www.hani.co.kr)でダウンロードできる。

イ・ジェフン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

朝鮮戦争を公式に終息させるための努力を開始してほしい」38カ国133人の女性指導者が連署した。

2016-09-29 | 韓国:ハンギョレ新聞
「潘事務総長は朝鮮半島の平和協定締結に努力せよ」
女性平和団体が公開書簡


登録 : 2016.09.28 00:27 修正 : 2016.09.28 07:28




女性平和運動の連帯団体「ウィメン・クロス・DMZ」、公開書簡を出して要求


南北の非武装地帯(DMZ)を歩いて越える行事を行う国際女性平和ウォーク「ウィメン・クロス・DMZ」(WCD)の参加者が2015年5月24日、京義線軍事境界線(MDL)を越え、京畿道坡州市の京義線南北出入事務所を通り入境している=坡州/キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社
 世界レベルの女性平和運動の連帯団体「ウィメン・クロス・DMZ」(https://www.womencrossdmz.org)は27日、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長に送る公開書簡で「残りの任期中に朝鮮半島の停戦体制を平和体制に移行させるための努力を開始してほしい」と要求した。この団体は、昨年5月に15カ国約30人の代表団を構成して訪朝し、京義(キョンウィ)線陸路を通じて非武装地帯を通過し、韓国国内に入国した。

 この団体は書簡で「朝鮮半島は第2次大戦による分断状態が継続している唯一の地域だ。世界で最も重武装された境界を挟み、3世代が過ぎても数百万の家族が別れて暮らしている」とし、このように要求した。公開書簡には米国の著名な作家であり人権運動家であるアリス・ウォーカーやグロリア・スタイネム、1976年と2011年にそれぞれノーベル平和賞を受賞したマイレッド・マグワイア(北アイルランド)やリーマ・ボウイー(リベリア)など38カ国133人の女性指導者が連署した。

 この団体は続けて「国連は『戦争の惨禍から後世代を守るために』作られた」とし、「特に潘基文(パン・ギムン)総長は2007年に公開の席上で述べた約束を守ってほしい」と要求した。潘総長は2007年5月、米ニューヨークで開かれたコリア・ソサエティ創立50周年記念式に出席し、「北朝鮮の核問題の平和的解決のみならず、停戦体制を恒久平和体制に移行させ、平和的構造を作り出すことを目標にすべきだ」と強調した。

 この団体は、潘総長に「残りの任期の間、1953年に締結された停戦協定を法的拘束力を備えた平和協定に代替し、朝鮮戦争を公式に終息させるための努力を開始してほしい」とし、「朝鮮半島が二つに分断されてから70周年となる来年2018年までに、平和協定を締結することを目標に推進することを願う」と付け加えた。

チョン・インファン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

会寧市松鶴高級中学校をはじめ多くの学校、病院、その他の公共施設が破壊された。

2016-09-28 | 朝鮮民主主義人民共和国
隣接する咸鏡南道など、全国が支援/咸鏡北道水害復旧事業

解放後の気象観測以来最大の水害に見舞われた咸鏡北道北部の被災地復旧作業が、全国的に引き続き繰り広げられている。

26日発朝鮮中央通信によると、咸鏡北道の隣に位置する咸鏡南道の工場、発電所では、復旧現場に送る支援物資と電力の生産に拍車をかけている。

中でも浮来山セメント工場は、増産に力を入れてすでに数百tのセメントを送るなど、支援活動の先頭に立っている。

虚川江、長津川、赴戦江の発電所では発電機をフル稼働させ、設備の稼動台数を増やし、各発電機の出力を高めて8月に比べて1.3倍以上の電力を生産している。

咸興メリヤス工場では、原料、資材の確保を優先し、工程間の連係を綿密にして下着と靴下を増産しており、咸興履物工場と咸興製靴工場でも設備の稼動率を高めて毎日、計画を超過遂行している。

咸鏡南道ではすでに、食糧と食品をはじめ、30余種の4万数千点に及ぶ生活用品と被害復旧物資を送った。

25日発朝鮮中央通信によると、平安北道では数千人にもおよぶ建設者を復旧現場に急派したほか、建設者の生活に必要な食糧と生活必需品を優先的にまかなっている。

住宅建設用資材と支援物資の確保が引き続き進められている中、多くの食糧と食料品、毛布、下着、タオルなど、22万3,000余点の生活必需品と、2万2,000余点の各種工具、資材が被災地に送られた。

定州市(平安北道)では数千着の衣類と数百足の靴、1,600余点の食器類などの支援物資を送った。

慈江道の主要な工場、企業所をはじめ全ての単位で住宅建設資材と生活必需品を最優先的に生産・保障するために尽力している。特に、鋼材生産を伸ばすための対策を立てる一方で、機械工業部門の工場、企業所がさまざまな建具類と水道の蛇口、家庭用電気器具生産に拍車をかけるようにしている。

道内の軽工業工場と地方工業工場では、生活必需品と医薬品生産が拡大され、現在まで道的に多くの食糧と肉や卵をはじめとする食料品、医薬品、数十万点の生活必需品、学用品が被災地に送られた。

黄海南道ではセメントの緊急輸送を行ったほか、延べ5万mのビニール管、1万1,000余点の建材品、さまざまな生活必需品を被災地に送った。
茂山鉱山で生産再開

このような中、朝鮮最大の鉄鉱石採掘基地である茂山鉱山連合企業所(咸鏡北道茂山郡)で作業が進み、鉱石生産が再開された。

23日発朝鮮中央通信によると、同企業所では、ソプン山駅から茂山郡に入ってくる臨時道路を開設して支援物資の輸送をまかなう一方、生産工程の復旧を力強く推し進めた。

生産現場に積まれた膨大な量の廃石をたった数日間に処理し、排出コンベヤーの浸水箇所の排水作業を短期間に終えた。露天分鉱山では被害を受けた時から10日目に掘削機とロータリー・ドリルなどを稼働できるようにした。

企業所内の発電機を復旧させて基本生産工程に必要な電力を確保できるようにした。

その結果、同企業所では部分的に鉱石の生産を開始できるようになった。

教育施設の復旧に力

今回の災害によって、咸鏡北道北部地域では数万世帯の家屋とともに会寧市松鶴高級中学校をはじめ多くの学校、病院、その他の公共施設が破壊された。

現地では、浸水、破壊した学校の復旧作業を繰り広げる一方、ノートや筆記具といった学用品を解決すべく努めている。

被災地に赴いた教育委員会をはじめとする省・中央機関の関係者らも、被害を受けた各学校をそれぞれ訪ねて状況を具体的に調べ、不足する教育設備と物資を一刻も早く解決するように対策を立てている。

被災地の行政機関と工場・企業所、農場では、文化会館などの公共施設で生徒たちの授業を行えるように措置を講じた。

被災地の保健医療部門では、緊急協議会を随時行う一方、中央から急派された有能な医療陣との協同で住民に対する現場医療活動を力強く展開している。

多くの医薬品が当該地域に供給され、中央級病院の内科、外科、産婦人科をはじめとする専門分野の強力な医療陣と救急車が機動に有利な所に配置されて治療・予防活動がより積極的に進められている。

(朝鮮新報)

「リアルに動く恐竜の模型を見て、恐竜が生きていた時代にタイムスリップしたよう」と

2016-09-27 | 朝鮮民主主義人民共和国
笑いあり、学びありの自然博物館
「生物の進化」をひと目で


【平壌発=金淑美】今平壌で最も人気の高い新スポットといえば、大成山のふもとにオープンした自然博物館。7月の開館以来、併設する中央動物園とともに同館には市内のみならず各地から連日にわたって市民らが押し寄せている。
圧巻の恐竜公園

市民の新たな教育施設として開館した同館は、宇宙創成からの自然史を、過去から現在まで時系列で学ぶことができるのが特徴だ。宇宙、古生代、中生代、新生代、動物、植物などのエリアで構成され、生物の進化過程が剥製や模型、コンピュータグラフィックなどを用いた展示によって直観的に伝わってくる作りになっている。総建築面積は約3万5千平方メートルに及ぶ。


中生代ホールには恐竜ロボットが展示されている

3階まで吹き抜けの中央ホールにそびえ立つのは、同館のシンボル的存在である3体の恐竜の超巨大骨格模型。ガラス天井を見上げれば、無数の鳥盤類の恐竜が宙を飛び交っている。

「同館に足を踏み入れた瞬間から恐竜の世界に飛び込んだようだと、訪れた人は驚きの声をあげます」と話すのは、解説スタッフのキム・ユンギョンさん(25)。ユンギョンさんの案内に従って最初の部屋に入ると、そこは大宇宙の世界だった。

最初の順路であるこの宇宙ホールでは、約140億年前に起こったビッグバンによって誕生した宇宙の発生と進化過程、さまざまな惑星や銀河系の形成などの天文学資料を図表や写真、絵、模型などで展示している。両サイドの壁と床には大きなスクリーンが設置されており、宇宙空間が映し出されたスクリーンの上に立つと、地球をはじめとする惑星を見下ろすことで浮遊感や臨場感を味わうことができる。

宇宙ホール

中生代ホールにおける圧巻は、なんといっても動く恐竜たち。ティラノサウルスやトリケラトプス、ステゴサウルスなど、最新技術を使った恐竜のロボットたちは迫力満点で、あまりのリアルさに泣き出してしまう子どもたちが続出しているとか。

「これ、本物ですか?」と不思議そうにユンギョンさんに質問していたハン・ヨンイルさんは、市内の大学に通う大学生。「リアルに動く恐竜の模型を見て、恐竜が生きていた時代にタイムスリップしたよう」と興奮気味に話していた。

新生代ホールへ進むと、ここにも床にスクリーンが設置されており、色とりどりの魚たちが海を泳ぐ様が映し出されていた。すると突然、海底深くからサメが出現。迫り来るサメの攻撃によってスクリーンにヒビが入り、一触即発の危機に! 音と映像効果によるユーモアあふれる仕掛けに、いたるところから絶叫や歓喜の声が上がっていた。


新生代ホール

生徒らを引率して訪れた教員のリ・ヨンさん(30)は見学を終え、「生徒らの学習意欲は、授業中よりもずっと高かったですね」と笑顔。「自然と向き合い最新の展示物などを観ながら、五感で学ぶことで、授業で学んだことがよりいっそう身についたことでしょう」と語った。
国家的支援のもと

1階が楽しく学べる空間なら、2、3階は高校生以上の大人向けといったところ。動物ホール、植物ホールでは、動植物の進化過程を生態と生息環境に関連付けて説明している。

動物ホールには中央動物園で長く市民に愛されてきた動物たちも剥製となって展示されている。各コーナーにはタッチパネル端末が設置されており、展示パネルよりも詳しい解説を提供している。

連日多くの人々が訪れている

また、2、3階のホールには、自然に関するさまざまな資料を自由に閲覧できるようパソコンを配置しており、コミュニティスペースとしても機能している。4階には、今後さまざまな展示会を開催できるよう臨時展示ホールも備わっている。

リ・ワンイク館長(45)によれば、同館の建設および展示物の製作は全国家的な支援のもとで取り組まれたという。朝鮮全土からあらゆる動植物や化石類などを集めたほか、各種展示物の製作には万寿台創作社をはじめとする市内の創作単位が、映像製作には4.26児童映画製作所などが携わった。同館の魅力は造形美術の素晴らしさとともに、大規模な3Dホログラム(立体映像技術)をはじめとする最先端科学技術が多様に導入されていることにある。これらは金策工業総合大学や国家科学院などの科学者、技術者らが担った。

リ館長は、「自らの力で作り上げた世界レベルの博物館を心から誇りに思っている」としながら、今後も引き続き展示内容を充実させていくとしている。同時に、国内のみならず海外の博物館や研究機関とも積極的に学術協力を行い、展示物の交換などによる臨時展示会の開催なども企画したいと意欲を見せていた。

(朝鮮新報)

2014年に韓国軍は艦対空SM-1ミサイルなど8種類の誘導ミサイルを18発発射した。

2016-09-26 | 戦争も原発もNO
韓国軍の誘導ミサイル、9発のうち4発命中せず
2016年09月26日07時30分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]


過去2年間の韓国軍の精密誘導ミサイル命中率が大幅に低下していると、国会国防委員会所属の金振杓(キム・ジンピョ)共に民主党議員が25日述べた。誘導ミサイルはレーダーで目標物を確認した後、赤外線などを利用して敵の目標物に命中させるミサイル。北朝鮮の核・ミサイル施設を攻撃するための核心手段でもある。

金議員が国防部から提出を受けた資料によると、2014年に韓国軍は艦対空SM-1ミサイルなど8種類の誘導ミサイルを18発発射した。このうち17発が命中して1発だけが外れ、94.4%の命中率だった。昨年は5種類の11発を発射し、1発だけが命中しなかった。

今年は現在まで実施した実際の射撃で命中率が半分水準に落ちたことが明らかになったと、金議員側は伝えた。金議員は「今年、わが軍は計6種類の誘導ミサイル9発を訓練で発射したが、うち5発だけが的中した」と明らかにした。命中率は55.6%と、2年前に比べ大幅に落ちた。

5月の東海(トンヘ、日本名・日本海)での合同戦闘弾実射撃訓練中に護衛艦「江原(カンウォン)」から発射された海星1はすぐに墜落し、7月14日の「2016環太平洋訓練」(RIMPAC)に参加した駆逐艦「世宗大王(セジョンデワン)」から発射された2発のSM2は1発が命中に失敗したと、金議員側は伝えた。RIMPAC訓練当時、SM2ミサイルを手動モードで発射したが不発となり、先月3日に駆逐艦「姜邯賛(カン・ガムチャン)」から発射した2発のSM2ミサイルのうち1発も目標物打撃に失敗した。

軍当局は誘導ミサイルの命中率が落ちた理由を分析している。金議員は「精密誘導武器に対するシステムの安定性を点検し、再確認する必要がある」と述べた。

ワシントンなどで多数の博物館を運営するスミソニアン協会の19番目の博物館

2016-09-25 | いかなる差別もあってはならない
米首都に黒人史博物館開館 差別の歴史ひもとく
2016年9月25日 00:43

 
24日、米ワシントンで「国立アフリカ系米国人歴史文化博物館」の開館式典に出席したオバマ大統領夫妻(右の2人)とブッシュ前大統領夫妻(AP=共同)

 【ワシントン共同】米国社会で黒人がたどってきた差別の歴史や文化を包括的に紹介する「国立アフリカ系米国人歴史文化博物館」の開館式典が24日、首都ワシントンでオバマ大統領夫妻も出席して行われた。

 ワシントンなどで多数の博物館を運営するスミソニアン協会の19番目の博物館で、アフリカ系米国人の歩みを主題とした施設は初。収蔵品は約3万7千点に上り、アフリカから奴隷として渡ってきた人々の生活やキング牧師が主導した公民権運動について、豊富な資料や映像を通じて知ることができる。

潘氏は、2月に現地視察した当時よりも事態が悪化し、「国の多くの地域で暴力が再燃している」と

2016-09-24 | 国連の動き
国連 南スーダンめぐり会合
“暴力再燃”“援助要員に犠牲”
事務総長「軍事的解決はない」



 【ニューヨーク=島田峰隆】国連では22日、南スーダンの人道状況に関する高官会合が開かれ、国連機関や加盟国、援助団体の代表などが同国の戦闘激化が住民にもたらしている深刻な影響について話し合いました。

 潘基文(パン・ギムン)国連事務総長は、同国の指導者が部族の違いなどを政治に持ち込んで、武器を向けあう状況の中で「子どもや女性、男性の命が犠牲になっている」と指摘。数万人が死亡し、260万人が国内外で避難民・難民となり、480万人が深刻な食料不足となっていると述べました。

 潘氏は、2月に現地視察した当時よりも事態が悪化し、「国の多くの地域で暴力が再燃している」として、レイプの大規模な横行や、人道援助関係者への襲撃などを挙げて、重大な懸念を示しました。

 日本の自衛隊がPKOで派遣されている南スーダンでは2013年12月以降、キール大統領派とマシャール副大統領派の武力衝突が激化。昨年8月に和平協定が結ばれましたが、今年7月に戦闘が再燃しました。

 潘氏は、7月に首都ジュバでホテルが襲撃され、援助団体要員が殺害された事件を含め、13年以降の援助要員の犠牲者は63人に上ったと指摘。「この紛争に軍事的解決はない」とし、紛争当事者に対し和平協定の尊重を求めました。

 会合では、「南スーダンは子どもにとって世界で最も危険な場所だ」(国連児童基金〈ユニセフ〉のレーク事務局長)、「われわれは受け身の傍観者ではいられない」(欧州連合のスティリアニデス欧州委員〈人道支援・危機管理〉)などの発言が相次ぎました。

 オブライエン国連事務次長(人道問題担当)は民間人保護の「強力な解決策の必要性」に言及しつつ、「戦闘の当事者が流血を止めて和平へ努力するよう、圧力をかけてほしい」と各国に呼び掛けました。

ハリアーは午後1時55分に墜落。午後2時35分に米軍が乗員を救助しました。

2016-09-23 | アメリカの対応
米海兵隊機 沖縄で墜落
本島北部沖 重大事故繰り返す


 沖縄県の米軍嘉手納基地から飛び立った海兵隊のハリアー8戦闘攻撃機が22日午後、沖縄本島北部の辺戸岬の東約153キロの海上に墜落しました。

 第11管区海上保安本部によると、午後2時10分ごろ、那覇空港事務所から、米軍所属航空機が墜落したもようとの連絡がありました。午後2時40分ごろ、嘉手納基地(第18航空団指揮所)から救助要請があり、同本部が、午後3時45分に巡視艇1隻、午後3時55分、航空機1機を派遣しました。

 また、同本部に入った連絡によると、米軍ヘリがパイロット1人を救助し、嘉手納基地が救助要請を取り下げたとのことです。外務省沖縄事務所から県基地対策課に入った連絡によると、ハリアーは午後1時55分に墜落。午後2時35分に米軍が乗員を救助しました。

 翁長雄志知事は、「一歩間違えば重大事故につながりかねず、大変遺憾。原因究明まで同機種の飛行中止を求める」とのコメントを発表しました。

 県基地対策課によると、
 日本共産党沖縄県委員会基地対策・平和運動委員会責任者の真栄里保氏は、「AVハリアー戦闘攻撃機は、沖縄周辺で訓練を繰り返し行っており、この間、機体出火事故や緊急着陸、墜落事故など重大な事故を起こしています。AVハリアーの沖縄への飛来と訓練はただちに中止すべきです」と話しています。

国民はただでさえ危険な原発でプルトニウムを燃やすことに不安を持っており、反対の世論

2016-09-22 | 戦争反対は、国民みんなの願い
新たな高速炉推進
「もんじゅ」は廃炉含め見直し
閣僚会議



 政府は21日、「核燃料サイクルを推進するとともに、高速炉の研究開発に取り組む」との方針を確認しました。日本原子力研究開発機構が運営する高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)については、「廃炉を含め抜本的な見直しを行う」としました。同日開かれた原子力関係閣僚会議で決定。会議を踏まえ、年内に結論を出すといいます。

 高速炉は、普通の原発(軽水炉)よりエネルギーの高い高速中性子を利用する原発。政府は、高速炉の一種であるもんじゅを、原発の使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出し再利用する「核燃料サイクル」政策の柱として位置付けてきましたが、すでに破たんは明白です。

 それにもかかわらず今回の決定では、高速炉開発の司令塔を担う「高速炉開発会議(仮称)」を新たに設置。会議には経済産業相を中心に、文部科学相、原子力機構、電力会社や原発メーカーが参加し、開発方針案の検討・策定作業を進めるとしています。

 もんじゅを含め世界でも高速炉実用化のメドはたたず、核燃料サイクル政策・原発推進に固執することで、利用見通しのない大量のプルトニウム(現在約48トン)を保有する日本に対する核兵器開発の疑惑の目が強まることになります。

 一方、政府と電力会社は破たんをごまかすため、普通の原発でウランとプルトニウムを混合したMOX燃料を使うプルサーマル発電の推進を標ぼうしています。国民はただでさえ危険な原発でプルトニウムを燃やすことに不安を持っており、反対の世論がいっそう強まることは必至です。

日本文化のルーツにせまる!陵山里古墳群は昨年7月、百済歴史遺跡区としてユネスコ世界文化遺産に登載。

2016-09-21 | 日朝韓友好親善のために
扶余陵山里古墳群で百済王陵級と推定される墓を発掘

登録 : 2016.09.20 22:24 修正 : 2016.09.21 06:24


記録にのみ残っていた古墳4基と新たな古墳3基を確認 
6~7世紀、百済王陵古墳の築造法あらわる


露出した8号墳の石室部分と封墳。石室部分と入口を塞いだ衍門の姿が鮮明な形で出土した=韓国伝統文化大考古学研究所提供//ハンギョレ新聞社

 百済の古都である忠清南道扶余(プヨ)の陵山里(ヌンサンリ)古墳群(史跡14号)西側の丘から日帝強制占領期間(日本の植民地時代)の記録のみが残っていた百済時代の王陵級古墳の実体が大量に出土した。

 文化財庁と扶余郡は、韓国伝統文化大考古学研究所の調査チームが扶余邑陵山里山36-14番地一帯の西古墳群を試掘および発掘調査した結果、日帝強制占領期間の記録にのみ残っていた百済後期の王陵級古墳4基の実体を確認し、存在が知られていなかった古墳3基も新たに追加発掘したと20日発表した。陵山里古墳群は、日帝強制占領期間に日本の学者によって3回にわたり発掘調査が行われたが、解放後に韓国国内の学者が学術発掘調査を行ったのは今回が事実上初めてだ。

 確認された4基の王陵級古墳は、学界で陵山里西古墳群7号墳、8号墳、9号墳、10号墳と呼ばれていた墓だ。これまで正確な墓の位置が把握されていなかったが、試掘調査を通じて各墓に王陵級の封墳囲郭を保護するための護石列の輪郭があらわれ、明確な位置が分かった。この墓は日帝強制占領期間に略式調査されたことが分かっている。1917年日本の学者による発掘調査結果報告書「大正6年度古蹟調査報告・1920)」によれば、陵山里王陵群の西側に王陵に次ぐ古墳4基があるという記録が伝えられている。しかし当時、封墳内を掘りまともな掘削調査が行われたのは、石室平面図が残っている9号墳と人骨と木棺片が出てきた10号墳だけで、この2基を含む西古墳群の墓の正確な位置や分布状況は把握されていなかった。

 調査内容によれば、最も注目される成果は調査団が本格的な発掘調査を行った8号墳と10号墳だ。二つの古墳は直径が15~20メートル程度の横穴式石室墳構造だ。今回の発掘で石室の外部の姿と入口を閉ざした衍門、羨道の仕組みと封墳内部の積まれた断面が鮮明に出土した。

 内部の遺物は盗掘と日帝強制占領期間の発掘によってほとんど消えたと見られる。だが、二つの墓の羨道(古墳入口から遺体を安置した墓室に達する道)を塞いだ石の門(衍門)の外側の床には漆と共に金でメッキされた木棺破片と金銅製の釘などの遺物が少量発見された。特に木棺に使われた木が、高級木材のコウヤマキと確認された点が目を引く。コウヤマキで木棺を作った事例は公州の武寧王陵などの百済王陵でたびたび見られる。今回調査された古墳2基が百済王陵級の古墳であると判断する主な根拠になったとのことが調査団側の説明だ。

 もう一つ特記すべきことは、二つの墓から封墳の形と護石、墓壙、石室など造成当時の原型が最も完全に出土したという事実だ。調査団長のソ・ヒョンスク韓国伝統文化大教授は「遺物は少ないものの、6~7世紀の百済時代王陵級古墳の規模と築造・造成技法を断面を通じて具体的に見せる唯一の遺跡なので考古歴史的な価値は非常に大きい」と評価した。

 百済後期の王家の専用墓地と推定されてきた陵山里古墳群は、日帝強制占領期間に3回(1915年、1917年、1937年)調査が行われ、古墳15基が確認された。その後60年代に封墳を整備して古墳2基が追加で出土し、現在までに計17基の古墳の存在が把握されていた。今回の調査を通じて新たに古墳3基が追加で確認され、位置が不明確だった王陵級古墳の実体まで把握され、陵山里古墳群の領域や性格について学界で活発な議論が起きるものと見られる。陵山里古墳群は昨年7月、百済歴史遺跡区としてユネスコ世界文化遺産に登載された。


8号墳の石室入口を塞いだ衍門。残念ながら内部は盗掘されたと見られる=韓国伝統文化大考古学研究所提供//ハンギョレ新聞社


10号墳の羨道部分と石室内部を塞いだ衍門施設=韓国伝統文化大考古学研究所提供//ハンギョレ新聞社


上空から見た陵山里古墳群。下側に突出した森の中央の黄金色の土が見える部分が8,10号墳の発掘地点だ。森の右側の芝生土の墓が史跡指定された既存の陵山里古墳群。森の左側の白く大きな建物跡は1993年に金銅大香炉が出土した陵寺跡だ=韓国伝統文化大考古学研究所提供//ハンギョレ新聞社


内視鏡で確認した8号墳玄室内. 遺物はほとんど失われていた==韓国伝統文化大考古学研究所提供//ハンギョレ新聞社

ノ・ヒョンソク記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

実情に合わせて多様な形式と方法で行い、北・南・海外の接触と往来を正常化する活動を果敢に展開

2016-09-20 | 朝鮮新報ニュース
「青年統一大会合」開催を提案/北の青年同盟
北・南・海外の結集を
民族自主を旗印に


朝鮮中央通信によると、金日成―金正日主義青年同盟(青年同盟)中央委員会は7日、国内外の全ての朝鮮青年に送るアピールを発表し、北・南・海外の青年団体と青年が参加する「朝鮮青年統一大会合」を開くことを提案、民族の念願である祖国統一の実現のために青年が奮起し、共同歩調をとることを訴えた。
連席会議と連動

「朝鮮青年統一大会合」に関する提案は、現在、北・南・海外で進められている連席会議開催計画と連動する動きだ。

朝鮮は今年5月に行われた朝鮮労働党第7回大会で新たな祖国統一路線と方針を提示。その後、北南関係の改善を南側に呼びかけ、積極的なアクションをとってきた。

党大会後に開かれた「第7回党大会で提示された祖国統一の方針を貫徹するための朝鮮政府・政党・団体連席会議」では、今年の8月に祖国解放71周年にちなんで「北・南・海外の諸政党・団体、個別人士の連席会議」(「統一大会合」)を開催することについての提案がなされた。この「統一大会合」とは、最悪の状態にある朝鮮半島の現情勢を緩和し、北南関係を再構築し、統一問題を解決するための出路について議論する場で、北と南の当局・政党・団体の代表や名高い人士をはじめ、心から朝鮮半島の平和と統一を願う者であれば誰でも参加できるというもので、南や海外の同胞からの支持を集めた。
北・南・海外の青年が一堂に会することへの期待が高まっている(写真は昨年8月、平壌で行われた朝鮮解放70周年を祝う朝鮮の平和と統一のための交歓会、朝鮮中央通信=朝鮮通信)

北・南・海外の青年が一堂に会することへの期待が高まっている(写真は昨年8月、平壌で行われた朝鮮解放70周年を祝う朝鮮の平和と統一のための交歓会、朝鮮中央通信=朝鮮通信)

しかし、南朝鮮当局は「核問題を度外視して平和と統一について語るのは欺瞞である」などと述べ、行事準備のための北・南・海外実務会議に参加した南側メンバーに罰金を課すなどの妨害行動を行ってきた。

結局、内外の反統一勢力の妨害によって、8月の統一大会合は実現できなかったものの、北・南・海外側は、連席会議開催のための活動を実情に合わせて多様な形式と方法で行い、北・南・海外の接触と往来を正常化する活動を果敢に展開していくことにした。
青年同盟大会の課題体して

7日に発表された青年同盟中央委員会のアピールは、国内外の全ての朝鮮青年に対し、▼民族自主の旗印、民族大団結の旗印を高く掲げ、統一愛国の道で青春の志と心を合わせて祖国統一の大路を切り開くこと▼青年が祖国統一の3大憲章と歴史的な北南共同宣言を祖国統一の大綱として変わることなく捉えて、北南関係の改善と祖国統一の新しい局面を先頭に立って開くこと▼米国とその追随勢力の侵略戦争挑発策動を阻止、破綻させること▼海外同胞青年が朝鮮民族の誇りと自負を抱いて祖国の自主的統一と民族の隆盛・繁栄のために寄与することなどについて指摘し、北・南・海外の青年団体と青年が参加する朝鮮青年統一大会合を開くことを提案した。

これは、8月27、28日に平壌で開催された、青年同盟第9回大会で提示された課題を体したものだ。同大会では、青年同盟組織と青年が社会主義強国の建設で先頭に立つこと、青年が祖国の自主的統一を実現すべく積極的に闘うこと、青少年育成事業に力を入れることなどが課題として示された。

青年たちはいつの時代も統一運動の先頭に立ってきた。李承晩政権を打倒した4.19抗争(60年)後、南の青年学生たちは「行こう北へ! 来たれ南へ! 会おう板門店で!」のスローガンを掲げ統一運動を主導した。88年には北南学生会談の実現を目指す運動が起こり、当時在日同胞青年らも積極的に役割を果たした。

今回の朝鮮青年統一大会合開催に関する提案を受け、朝青や留学同といった在日青年学生団体はすぐさま支持を表明した。

南でも民族の大会合実現に向けた連帯の動きが広まっている。南の8.15青年学生統一文化ハンマダン準備委員会(以下、準備委員会)は去る8月14日、「南・北・海外青年学生統一文化ハンマダン」を開催することを提案した。

(金里映)

済州空港の場合、施設15カ所のうち54%の8カ所が耐震設計を適用していなかった。

2016-09-19 | 大韓民国
「済州島も地震安全地帯ではない」不安感拡散
2016年09月18日12時08分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]


秋夕(チュソク、中秋)連休期間に済州島(チェジュド)内外では地震に対する懸念と心配が続いた。「済州島もこれ以上地震の安全地帯ではない」という認識が広がったことによる現象だ。

島地域の特性上、空港や港湾などが地震の被害を受ければ孤立無援に陥るという懸念が出ており、島民の不安感が加重されている。だが依然とし済州道レベルでの予防対策は不十分だと指摘される。実際に今回の慶州(キョンジュ)地震の余波で嶺南(ヨンナム)地域だけでなく済州でも揺れが感知され、12日には済州地域で411件の問い合わせ電話が続いた。

済州島では今年に入り9回の地震が起きている。1カ月に1回だ。直近の地震は先月20日に起きた。西帰浦市城山邑(ソグィポシ・ソンサンウプ)海域でマグニチュード(M)2.6の地震が起きた。済州は2000年から2015年まで内陸で2回、海底で67回の地震が発生した。今年の9回の地震を合わせれば16年間で78回の地震が発生した。このうち最も規模が大きかったのは2008年5月31日に済州市(チェジュシ)西方78キロメートル海域で発生したM4.2の地震だ。M3.0 以上の地震も14回観測された。

このように毎年済州島の地震発生頻度が増えている実情だが予防策は不十分だ。済州道は12日に強い規模の地震が慶州で発生したことを受け非常勤務体制に入り、地域内の老朽建物に対する安全点検に乗り出した。だが済州道の公共施設の耐震適用水準は期待以下だ。道内の公共施設のうち耐震設計対象建築物は済州道庁を含め1142棟に達する。このうち耐震適用は半分以下の45.3%にとどまっている。橋梁198カ所と漁港140カ所、港湾施設57カ所、水道施設41カ所など625カ所の公共施設が地震発生時に危険施設に変身しかねない状況だ。

11日に国会国土委員会所属のチョン・ヨンギ議員が公開した韓国空港公社の「国内空港耐震設計反映現況」によると、済州空港の場合、施設15カ所のうち54%の8カ所が耐震設計を適用していなかった。また、昨年末基準で道内の民間建築物の耐震設計比率も2万1358カ所中6735カ所で31%水準であることがわかった。

済州道の元喜竜(ウォン・ヒリョン)知事も今回の地震と関連し13日午前8時30分に緊急幹部会議を開き道内の施設に対する耐震補強を積極的に推進し、事業費拡充に向けた国費確保に出るよう求めた。済州発展研究院のパク・チャンヨル責任研究員は「島という特性上、災害救護のゴールデンタイムを逃しやすいため、災害発生時に備えた確実な救護対策も用意されなければならない。コンビニエンスストアなど物流体系を活用できる民間業者との協約を通じ災害発生時に被災者に適時に救護物資を支援できる自律民間防災団の構築が必要だ」と指摘した。

人口は518万人:首都圏への人口集中現象がさらに進んだことも分かった。

2016-09-18 | 日朝協会府県連機関紙...
人口5000万人時代到来…高齢化が進む大韓民国

登録 : 2016.09.07 23:05 修正 : 2016.09.08 17:54


統計庁「2015年人口住宅総調査」を発表 
高齢人口の割合は13.2%で「高齢社会」進入を目前 
単身世帯の割合が27.2%で最多
2015年人口住宅総調査の主要内容。首都圏人口の割合//ハンギョレ新聞社
 韓国に居住している人口が1985年に4000万人を超えて以来、30年間で初めて5000万人を超えた。しかし、1985年に比べ、幼少年(0~14歳)人口は518万人減り、高齢人口(65歳以上)は482万人増え、少子高齢化が人口構造に暗い影を落としている。破片化された個人の日常は世帯構成にも影響を及ぼしており、「単身世帯」が初めて全世帯のうち最も高い割合を占めた。

 統計庁は7日、このような内容を盛り込んだ「2015年人口住宅総調査の全数集計結果」を発表した。集計の結果、韓国の総人口(外国人を含む)は5107万人だった。2010年の4971万人に比べて2.7%増えた数値だ。韓国の人口は1985年に4045万人を記録し、初めて4000万人台に入り、2000年には4614万人、2005年には4728万人と増加を続けてきた。 性別に見れば、女性が2546万人、男性が2561万人だった。ソウル、仁川(インチョン)、京畿道に居住する首都圏人口の割合も、2000年の46.3%から2015年には49.5%へと徐々に増えており、首都圏への人口集中現象がさらに進んだことも分かった。

人口の年齢構成//ハンギョレ新聞社
 人口構造も年老いていることが分かった。2015年の幼少年人口は691万人で、全人口の13.9%だった。高齢人口は657万人で全体の13.2%を占めている。国連が「高齢社会」の基準としている14%を目前にしている。特に、全羅南道は高齢人口の割合が21.1%に達し、初めて「超高齢社会」(高齢人口が全体の21%以上)に進入した。5年前の調査に比べ、幼少年人口は97万人減り、高齢人口は121万人増えた。高齢人口と幼少年人口の割合を示す老齢化指数は、1985年の14.5から2000年に35.0、2010年に68.0、2015年には95.1へと急激に上昇している。全人口を年齢の順に並べた際に、真ん中を意味する中位年齢も41.2歳を記録して、初めて40代に進入した。経済活動の主体である生産年齢人口は横ばい状態で、経済に活力を期待するのは難しい見込みだ。2015年の生産年齢人口(15~64歳)は3623万人で、全人口の72.9%だった。2010年に比べて72万人増えた数値だ。

世帯員数の規模//ハンギョレ新聞社
 世帯の構造にも急激な変化が現れている。韓国の世帯数は合計1956万世帯で、このうち単身世帯(520万3000世帯)が27.2%で最も多い割合を占めた。2010年の調査では2人世帯(24.6%)が最も多く、2005年以前の調査では4人世帯が最も多かった。10年間で単身世帯が急激に増えたのだ。単身世帯の割合は1995年の12.7%から2015年には27.2%に20年間で2倍以上増えた。一世帯当たりの平均人数も1995年の3.40人から2015年には2.53人に減った。

姓氏貫籍別人口比率//ハンギョレ新聞社
 一方、韓国の姓氏と貫籍は3万6477に達すると調査された。人口数が最も多い姓と貫籍は「金海(キムへ)金氏」で445万7000人(9.0%)と集計された。密陽(ミリャン)朴氏(310万4000人)、全州(チョンジュ)李氏(263万2000人)、慶州(キョンジュ)金氏(180万1000人)、慶州李氏(139万2000人)がその後に続いた。帰化した人などを含む多文化世帯は29万9000世帯で、全世帯の16%を占めた。韓国在住の外国人は、2010年96万人から2015年136万人に41.6%増加し、初めて100万人を超えた。

ノ・ヒョンウン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

原発銀座での大地震:炉。配管、建屋、などなど、じわじわといろんな箇所でダメージを受けているはず・・

2016-09-17 | 大韓民国
慶州地震で韓半島動いた…東に1.4センチ、南に1センチ移動
2016年09月16日09時41分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]



慶尚北道慶州(キョンサンブクド・キョンジュ)でマグニチュード5.1と5.8の地震が発生した12日午後、ソウル銅雀区(トンジャクク)の気象庁で関係者が地震発生の位置を説明している。
韓国国土情報工事(LX公社)空間情報研究院は慶州(キョンジュ)地震の影響で韓半島(朝鮮半島)の座標が最大東に1.4センチ、南に1センチそれぞれ移動し地殻が1.6センチ上昇したと14日明らかにした。研究院が国内30カ所余りのGNSS常時観測所を利用して韓半島の地殻変動量を分析した結果だ。

研究院によれば震源地と隣接した慶尚北道軍威(キョンサンブクド・グンウィ)地域の場合、東に1.4センチ移動した。蔚山(ウルサン)は1.3センチ、釜山機張郡(プサン・キジャングン)は1.2センチそれぞれ東に移動したことが分かった。

しかし平均位置の変化が2センチ以内で平時許容誤差範囲(プラスマイナスセンチ)以内にあり国土の位置変化には影響がないと分析された。

強制併合の直後の満州・沿海州の抗日運動史料、1919年の北間島領事分館の外務省報告

2016-09-16 | 日朝韓友好親善のために
明東学校を監視した100年前の日帝機密文書発掘

登録 : 2016.08.16 09:04 修正 : 2016.08.16 13:45


金躍淵記念事業会のキム・ジェホン事務総長が公開
1912年の憲兵司令部「在外不良鮮人言動」
強制併合の直後の満州・沿海州の抗日運動史料
1919年の北間島領事分館の外務省報告
尹東柱・宋夢奎の親など明東学校教師として確認

1912年11月、朝鮮駐在憲兵隊司令部で作成した報告書「在外不良鮮人言動」の表紙//ハンギョレ新聞社

 映画「東柱」で、尹東柱(ユンドンジュ)や宋夢奎(ソンモンギュ)が生まれ育った明東村など北間(ブクカンド)と沿海州一帯の韓人共同体を、日帝が朝鮮支配初期から「不良鮮人本拠地」として集中的に監視した事実が確認できる秘密文書が100年ぶりに公開された。

 圭巌・金躍淵(キムヤクヨン)記念事業会のキム・ジェホン事務総長は15日の光復節を迎え、1912年11月に朝鮮駐在憲兵司令部、1919年6月に北間島頭道溝(トゥドグ)の日本領事館分館で、本国外務大臣に送った「機密公信」を発掘しハンギョレに知らせた。

 明治天皇の子で裕仁(ひろひと)の父の嘉仁(よしひと)が王位を継承した大正元年(1912年)11月の朝鮮駐在憲兵司令部の「在外不良鮮人言動」によると、強制併合された朝鮮本土とは違って民族精神教育と独立運動の勢いを衰えていない北間島の韓人たちの活躍ぶりを逆説的に確認できる。

「機密公信21号」の目次。露領(ウラジオストク一帯)、豆満江(北間島)、鴨緑江(西間島)、ハルビンから奉天(瀋陽)方面、米国地方に分け朝鮮人の抗日独立運動の動向を詳細に整理していた//ハンギョレ新聞社

 北間島キリスト教民族運動史が専門のソ・グェンイル韓神大教授(国史学科)は「文書の目次を見ただけで、露領(ウラジオストク一帯)、図們江(北間島)、鴨緑江(西間島)、ハルビン~奉天(瀋陽)方面、米国地方まで網羅されており、当時、朝鮮本土以外に広まっていた韓人共同体の国権回復と抗日闘争運動の様相を広範囲かつ総体的に表している」と史料価値を高く評価した。例えば、日付別に整理された文書には、浦潮(沿海州)で韓人らが真っ先に定着したゲチョン里で朝鮮人70人余りが決死隊を組織し、日本帝国の朝鮮侵奪を糾弾する檄文5千枚を配布して日本人に投石をしたという「報告」がされている。また、韓人学校で演説会を開き、異国の地で不幸にも病死した李儁(イジュン)烈士の妻や家族を助けると話され、安重根(アンジュングン)義士の殉国1周忌を迎え、義士の家族を助けるとする演説会が開かれたという記録もある。

1919年6月、北間島頭道溝の日本領事館分館から本国外務大臣内田康哉に送った「機密公信21号」//ハンギョレ新聞社

 ソ教授は「米国で結成された大韓人国民会議の安昌浩(アンチャンホ)、鄭在寬(チョンジェグァン)らがロシア領に来て黄公達(ファンゴンダル)や崔寬屹(チェグァンフル)らと会ってキリスト教信者中心の国権回復運動を議論する内容などは、キリスト教と独立運動の関係を究明するうえで貴重な手がかりとみられる」とキリスト教民族運動史の観点から新たなアプローチが必要かもしれないと指摘した。

 また他の文書は、1919年6月に日本の頭道溝領事館分館の主任・諏訪光瓊が外務大臣子爵の内田康哉に送ったもので、「朝鮮独立運動ニ関スル情報送付件、本件ニ関スル情報中ノ重ナルモノ別紙写ノ通リ一括御参考迄ニ差進矣間御査閲相成度」と書かれている。さらにこの公信の写本には、鈴木領事と木島主任に先に送付したと明らかにしている。

在外不良鮮人言動に載る1919年現在の明東学校職員名簿。詩人尹東柱の父ユン・ヨンソクは会計と教師、宋夢奎の父ソン・チャンヒも教師と記されている//ハンギョレ新聞社

 この文書には特に明東村にあった明東学校の初期の教師陣と第1~5回の主要卒業生のリストと動向を具体的に明らかにしている。1919年の明東中学校の現役職員のリストを見ると、校長・金躍淵、校監・崔ジェ鶴(チェジェハク)、学監・朴景チョル(パクキョンチョル)、総務・朴光ソプ(パクグァンソプ)、会計・尹永錫(ユンヨンソク)、教師にキム・ヨンオン、朴・景チョル、崔ジェ鶴、イ・ギュシク、ヨ・ボンガプ、ヨ・ボンウン、チェ・シンハク、ユン・ヨンソク、ソンチャンヒ、ラ・ホンなどとなっている。また「明洞イエス協学校同窓録」という題名で第1~5回小学校と中学校卒業生の一部の名前はもちろん、年齢、出身地、卒業後の活動まで一目瞭然に整理されている。

 キム・ジェホン事務総長は「これまで初期の明東学校の教師と生徒名簿は、生存者らの口述や証言に依存して部分的に把握されていたにすぎなかったが、日帝の監視記録のおかげで正確に確認できるようになった」と説明した。

 たとえば詩人の尹東柱の父ユン・ヨンソクと文益煥(ムンイクファン)牧師の父ムン・ジェリンが中学校の第2回卒業同期だと明らかになっており、ユン・ヨンソクは卒業後に会計として学校で勤務しており、ムン・ジェリンは北京留学をしたという事実が分かる。また、宋夢奎の父ソン・チャンヒをはじめ、イ・ドンフィの娘イ・ウィスンも女学校教師の名簿に載っている。今までイ・ボンウンとされていた「東亜日報」記者出身教師はウ・ボンウンであることが確認された。

 ソ・グェンイル教授は「卒業生の出身地を見ると、北間島4県の和竜県、延吉県、琿春県、汪清県地域だけでなく、国内の咸境北道鍾城、会寧、穏城、羅南、吉州、慶興、慶源、清津と忠清南道舒川からも留学にきており、ロシア領の秋風、水靑、海参威地域の出身もいる」と明東学校が当時の先進教育機関として早くから名声と信望を得ていたことが分かると語った。また、日帝の文書はムン・ジェリンをはじめ、キム・ソククァン、ムン・ソンリン、キム・ジョンフンなど北京留学生らが戻ってきて北間島地域の民族教育運動と青年運動の先頭に立った事実も確認される。

 明東村は漢学者の金躍淵先生が1899年に咸鏡北道会寧からムン・ビョンギュ、キム・ハギュ、ナム・ジョンギュなど4家門142人とともに豆満江を渡って北間島和竜県ジシン郷に開拓した村だ。1908年に明洞書塾として発足した明洞学校は、翌年に明東中学校となり、1911年に明東女子学校が増設され、25年間で1200人の人材を輩出して間島独立運動の拠点になった。

明東村の設立者、金躍淵先生のひ孫に当たるキム・ジェホン圭巌記念事業会事務総長//ハンギョレ新聞社

 金躍淵先生のひ孫にあたるキム氏は、航空業界に従事したため30年間、米国、カナダ、日本など世界各国を回りながら明東村だけでなく北間島や沿海州付近の韓国人独立運動資料を収集してきた。これをもとに記念事業会は報勲処とともに満州抗日運動資料集20冊の編纂作業を進めている。

キム氏は「編纂作業のために植民地支配下の陸海空軍のマイクロフィルム文書などを確保する過程で、今回の外務省秘密文書を発掘した」と話した。

キム・ギョンエ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )