電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

朝日新聞土曜版be「カロリーの話」より

2011年01月31日 06時05分51秒 | 散歩・外出・旅行
昨年の暮に、朝日新聞の土曜版beに、「カロリーの話」という記事が掲載されました。当方、長年にわたり、ほぼ同じレベルの体重・体型を維持してきており、その秘訣(^o^)を公開(^o^)しております(*1)が、さすがに最近の万歩計の数値を見ると、慢性的な運動不足が明らか(*2)です。昨年の正月のギックリ腰事件にしても、腹筋・背筋等の低下が原因とも考えられ、なんらかの形で運動量の増加を図る必要があります。

妻がときどきこんな魅力的なものを作ってくれたりするものですから、



などというのも、頻度を考えれば実は言い訳に過ぎず、要するに車に頼り、デスクワークの日々をおくるばかりの運動不足が最大の原因です。BMI 値も 22 台を保ってはいるものの、小数点以下がやや上昇ぎみとなっています(^o^;)>

ふむふむ。記事を簡単に要約すれば、

消費カロリー(kcal)=1.05×体重(kg)×運動強度×運動時間(h)
※運動強度は、座って安静に:1、普通の歩行:3、ジョギングやサッカー:7、階段上り:8、水泳(平泳ぎ):10
(例) 60kgの人が5分間階段を上がる(運動強度:8)ときは、
1.05×60×8×5/60=42(kcal)
体重を1kg(腹囲なら1cm)減らすには?=約7,000kcal消費する必要あり。

とのことです。

そこで、この記事を参考に、試算してみました。
私が体重(64kg)を1kg減らすには、7000kcalを消費する必要がある。これを1ヶ月で減らそうとすると、7,000(kcal)÷30(日)=約230(kcal/日)、2ヶ月ならこの半分で115(kcal/日)、3ヶ月なら3分の1で約77(kcal/日)という割合になります。

これを、1ヶ月間で歩いて(運動強度:3)減らすために必要な毎日の歩行時間t(分)は、

 1.05×64×3×t/60=230 より、t=約69(分)

2ヶ月ならこの半分で34分、3ヶ月なら3分の1の23分だけ余計に歩けばよい、ということになります。

ふーむ。やっぱり意識して歩くことを心がけることが大切のようです。しかも、運動強度を考えると、階段登りを含むような都市型の散歩が意外に効果的なのかもしれません。

(*1):25年間同じ体重を維持できた理由食事を抜くと太る理由~「電網郊外散歩道」2005年11月
(*2):泉嗣彦『医師がすすめるウォーキング』を読む~「電網郊外散歩道」2007年4月
コメント (2)

ユーリー・ボリソフ『リヒテルは語る~人とピアノ、芸術と夢』を読む

2011年01月30日 06時02分51秒 | -ノンフィクション
過日、図書館で借りてきた本で、ユーリー・ボリソフ著『リヒテルは語る~人とピアノ、芸術と夢』を読みました。一時は幻のピアニストと呼ばれた、飛行機ぎらいのためシベリア鉄道経由で来日したという、スヴィヤトスラフ・リヒテルへのインタビューをまとめた本です。何の脈絡もありませんが、当方が面白く感じた部分を抜粋してみます。

ーリヒテルの冷蔵庫には日本酒しか入っていなかった。ほかには何もない。住居の反対側にある「ニーナの冷蔵庫」まで行くはめになる。日本酒の瓶をひっつかんでー。(p.133)

いちばん好きな作品は何だと思う?違う。ベートーヴェンの第32番(ハ短調Op.111)ではない。彼のソナタなら、もっと若い番号を好むね。ー違う。プロコフィエフの8番でもない。違う。スクリャービンでもない。確かに第五ソナタには熱い思いがあるけれど。ー答えは、シューベルトの《さすらい人幻想曲》さ。私の導きの星だ。あの音楽を神のように崇めている。だからあの曲をあまり損ねるわけにはいかないんだ。(p.160)

ラフマニノフは自分の手のレプリカを残した。だが、何の値打ちがあるんだ?レプリカはピアノを弾かないぞ!(p.166)

一度ニーナにこう言ったことがある。「うちにも子供が欲しい!」と。本心だった。「だが、ニーノチカ、その子をすぐに九歳にしてくれるかい?手がかかるのはごめんだ。大きくなって、知恵がつくまでにそんなにかかるなんて!」(p.183)

へ~。リヒテルは日本酒好きだったのか!などというびっくりはありますが、本書を読んだからといって、何か客観的なものとしてリヒテルの音楽を理解する助けにはならないようです。過酷なスターリン時代を生きのびた演奏家が、インタビューに正直に答えるものかどうか疑問だというよりも、むしろ風変わりな、独特な想像力が印象的。主観的だが幅広い芸術的な裏付けを持っているようです。ネイガウスの指導とは、どんなものだったのか、興味深いものがあります。

ところで、所有の有無にかかわらず、当方の印象に残っているリヒテルの演奏・録音は、以下のとおりです。

(1) グリンカ 「ロシア歌曲集」ニーナ・ドルリアク(Sop.)
(2) シューマン「交響的練習曲」
(3) シューマン「色とりどりの小品」ブラームス「六つの間奏曲」
(4) ベートーヴェン「三重協奏曲」オイストラフ、ロストロポーヴィチ、カラヤン指揮ベルリンフィル
(5) ベートーヴェン「ピアノソナタ第3番、第4番」
(6) ベートーヴェン「チェロソナタ第3番・第5番」ロストロポーヴィチ(Vc)
(7) チャイコフスキー「四季」ラフマニノフ「音の絵」
(8) ブラームス「美しきマゲローネのロマンス」フィッシャー・ディースカウ

数えてみると、意外に少ないものです。たぶん、レコード会社のドル箱スターだったので、廉価盤には入りにくかったからでしょう。
コメント (2)

マリンバの音は、大きなスピーカの方が、より楽しむことができる

2011年01月29日 06時01分23秒 | -独奏曲
1月22日、山形交響楽団第210回定期演奏会で購入し、サインをもらってきた三村奈々恵さんのCDを、何度も聴いております。マリンバ・スピリチュアルと題して、幅広い分野の多彩な曲を集めたアルバムです。そういえば、初めて購入したマリンバのソロCDかもしれません。

(1) カリビアン・ブルー (作曲:エンヤ、編曲:三村奈々恵)
(2) ヴェロシティーズ (作曲:シュワントナー)
(3) デボラのテーマ (作曲:モリコーネ、編曲:三村奈々恵)
(4) 美しきロスマリン (作曲:クライスラー)
(5) ウィ・トゥー 第1,第2楽章 (作曲:レヴィタン、編曲:三村奈々恵)
(6) 変化する共鳴の長さ (作曲:鷲見音右衛門文広)
(7) シャコンヌ (作曲:バッハ、編曲:三村奈々恵)
(8) パッヘルベルのカノンによるトランスフォーメイション (作曲:パッヘルベル、編曲:三村奈々恵)
(9) マリンバ・スピリチュアル (作曲:三木稔)

エンヤの音楽は、アルバム「ウォーターマーク」の頃によく聴きました。「美しいロスマリン」や「シャコンヌ」は、ヴァイオリンとは楽器の特性も違いますし、表現もまた違います。「パッヘルベルのカノン」も、弦楽合奏ではおなじみでも、マリンバでとなると新鮮さが違います。三木稔さんの表題作は、和風のテイストで、鉦や太鼓や掛け声など、お祭り気分を盛り込んだもので、これもまたたいへん面白い趣向です。

ところで、マリンバの音は、ミニコンポではかならずしも十分に表現できないと感じました。いくら音量を上げても、あの低音の深~い響きは、やっぱり大きなスピーカ向きです。休日に、ステレオ装置の音量を上げて再生すると、多彩なリズムと深い響きに魅了されます。もし、パイプオルガンにヴィヴラートをかけることができたら、きっとこんな音になるにちがいないと妄想させる、素晴らしい録音であり、演奏です。いいCDを購入できて、とっても嬉しい。ミーハー的な意味でも、三村奈々恵さん直筆のサイン入り。当方の宝物に仲間入りです(^o^)/

SONY SRCR-2565 という型番のCDで、2000年1月と6月のデジタル録音。昔懐かしいオーディオ的な意味でも、再生が楽しい。
コメント (6)

通院のついでに音楽CDを購入する

2011年01月28日 06時04分50秒 | 散歩・外出・旅行
過日、土曜出勤の代わりに平日に代休となりましたので、アレルギー性鼻炎の治療のために、耳鼻科の通院と買い物に出かけました。

ついでに、いつもの書店に立ち寄り、新刊書を探しましたが、とくに魅力的なものは見つからず、音楽CDを一枚だけ購入して来ました。R.シュトラウスの「アルプス交響曲」、ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン国立管弦楽団と表記されている、EMIの1,300円のシリーズです。これは、シュターツカペレのことなのかな。たしかメータのものも持っていたはずですが、さすがにLPでは通勤の音楽には使えません。季節が良くなったら、このCDを通勤時に楽しもうという心づもりです。

さて、まだまだ寒さが続くようです。毎日の天気予報で、雪だるまマークはいささか見飽きました。アルプスの見事な日の出を見たいなどと贅沢は言いません。たまには日本海側でも、せめて「赤い太陽マーク」が連続するところを見たいものです(^o^;)>poripori
コメント

はじめての本を開くとき

2011年01月27日 06時03分45秒 | 読書
はじめての本を開くとき、少々ですが、緊張感があります。とくに、ハードカバーの本の場合は、装丁やページの開き具合などに、簡易な造本のものとは違った風格があります。

これが、古書店で見つけた箱入り上製本の場合、箱は少々日焼けしてビニルカバーは変質して引きつれていても、持ち主が手に取り開いた形跡がないこともあります。ページの間のしおりひもが真新しいままであったり、折込の新刊案内があったり、独特の風情があります。この新刊案内の女性は、もしかすると佐久間良子さん?芸能スポーツ情報はとんとうといもので(^o^;)>poripori



先日見つけた河出書房版世界文学全集II-5、ユゴー『レ・ミゼラブル』上巻は、四六判、上下2段組、664頁の立派なもので、奥付には昭和42年12月の刊行と書かれています。もちろん初版で、定価はなんと680円です!



現在の文庫本のいわゆる「新装版」と比較すると、文字のポイントはやや小さめで、眼に優しい大きさとは言えませんが、読めないサイズではありません。これで、しばらく楽しめそうです(^o^)/
コメント

アタシはチャイコフスキーよりドヴォルザークのほうが好きなんだけど

2011年01月26日 06時01分09秒 | アホ猫
あのね、近頃うちのご主人は、パソコンにつないだ小型のステレオで音楽を聴いているようなのよ。せっかくお昼寝しているときに、大型のスピーカだと、ドカン・ドスンって、低音が心臓に悪いのよね~。その点では、小型のスピーカの方がありがたいわ。それにね、パソコンで音楽を再生しているソフトが、リズムボックスとかいうものだそうだけど、そのウィンドウに、どうもアタシたちの写真を貼り付けているみたいなのよ。ほら、こんなふうに。



でもね~、どーせアタシたちをモデルに使うのなら、チャイコフスキーよりはドヴォルザークのほうが、獲物がいっぱいいそうで、嬉しいんだけどな~。チャイコフスキーの交響曲って、食べられる鳥やネズミは出てきそうにないもの。ドヴォルザークなら、田舎の畑って感じがするでしょ、獲物がいっぱいいそう。ハンティングには、やっぱりドヴォルザークよね~。あ~、春が待ち遠しいわ~。
コメント (2)

果樹園で着雪による枝折れ被害が多発している

2011年01月25日 06時03分29秒 | 週末農業
雪の中からつきでた枝は、雪中栽培ではありません。実は、先の大雪にともなう着雪によって、サクランボの枝が折れてしまい、その上に雪が積もっている様子です。上の方を見ると、ほ~ら、



ごらんのとおり。

雪の晴れ間を見て、果樹園を見まわりに出てみました。



やはり、何ヶ所か、かなり太い枝が折れて、地面に着いているものがあります。近づいて見ると、



さらに近づいて見ると、あーらら、





ぼっきりですね~。

こちらはプルーンですが、案の定、



かなりひどい被害です。桜の若木などは、もう根元から、



いやはや、粉雪ならばこんなふうにはなりません。これは、湿った雪が一度に大量に降ったことによる被害でしょう。当地はまだいい方で、先日、大雪で電車もストップした山形県北部では、たいへんな雪の被害が出ているのではないかと思います。もしかしたら、今年のサクランボ生産に、ある程度の影響が出るのかもしれません。

春になったら、樹木全体が枯死する前に、折れた太枝を伐採し、トップジン・ペーストで防腐処理をする必要があります。やれやれ。こんなふうに、早く春が来てほしいものです(^o^;)>poripori


コメント (2)

地元新聞の演奏会報道の速さについて

2011年01月24日 06時09分58秒 | クラシック音楽
過日の山形交響楽団第210回定期演奏会について、地元紙「山形新聞」は、翌日の朝刊にはすでに記事が出ておりました。演奏会評はまた別途掲載されることが多いので、これは速報という位置づけだと思いますが、それにしても前日の夜に行われた演奏会の速報がすでに翌日の朝刊に掲載されているというのは、かなりたいへんなことだと思います。

私のブログ記事は、演奏会が終わった後に帰宅して書き始め、翌朝追加してとりあえず投稿し、夜に完成して記事となるようなスタイルになっております。自分で書いて自分で校正するわけで、通勤とのかねあいでこんなところが一番無理がないようです。

でも新聞社では、記事を書くだけでは終わらず、紙面に割り付けたり校正したり、さらには印刷や配送といった業務もありますので、たぶん演奏会終了後間もない頃に締切りが来てしまうのではないかと思います。それにしては毎回よく配慮された的確な記事だと感心してしまいます。どなたが書かれているのか、音楽関係の署名記事は鈴木雅史さんとありますので、もしかするとクラシック音楽関係は、全部が副報道部長という肩書きのある氏によって書かれているのでしょうか。新聞社本来の仕事であり、メールでも記事は送れる時代とはいうものの、地元新聞社の演奏会報道の速さには心から敬意を表したいと思います。
コメント

山響第210回定期演奏会でショパンと吉松隆とR.コルサコフを聴く

2011年01月23日 06時02分33秒 | -オーケストラ
連日の除雪作業にいささかうんざりしている大寒の候、山形テルサホールで、山形交響楽団第210回定期演奏会の第1夜を聴きました。今回は、「魚座の作曲家たち」と題して、三月生まれのショパン、吉松隆、リムスキー・コルサコフを取り上げています。

(1) ショパン 「レ・シルフィード」(グラズノフ編曲)
(2) 吉松隆 マリンバ協奏曲「バード・リズミクス」Op.109 (2010)
(3) リムスキー=コルサコフ 交響曲第2番嬰ヘ短調Op.9「アンタール」

飯森範親さんのプレトークでは、本日の曲目を紹介しました。ショパンの「レ・シルフィード」は「風の精」という意味だそうで、ショパンとジョルジュ・サンドの二人を肖像画に描いたドラクロワが、二人の関係が破綻したら真ん中から分けてしまい、別々の肖像画にしたというエピソードを紹介しました。絵画も好きな音楽監督の説明に、思わず「ヘェ~」です。吉松さんの作品は後で説明するとして、リムスキー・コルサコフの交響曲第2番「アンタール」から。これは、交響組曲として扱われることもあるけれど、今回は交響曲として取り上げたそうです。パルミラの妖精の女王は、鹿に変身しているときに大きな鳥に襲われ、槍を投げて大鳥を追い払った青年アンタールに、「三つの喜び」を約束します。アンタールが願った三つとは・・・という曲だそうです。

続いて本日のソリスト三村奈々恵さんが登場。吉松隆さんのマリンバ協奏曲「バード・リズミクス」は、昨年秋に飯森さんと三村さんが京都市交響楽団で初演したそうな。今回の山形は再演ということになります。三村さんは、作曲者からMIDIデータをいただいたとき、日本の里山、もののけ姫が生活する世界をイメージしたそうです。ステージ上は、とにかくイスと楽器がたくさん。ステージいっぱいに並んでいます。とくに、パーカッションの鳴り物が多いようです。楽しみです。

まず、グラズノフが編曲したショパン「レ・シルフィード」から。
第1曲:ポロネーズ。かっこいい行進曲みたいなオープニング。今から番組が始まりますよ~と宣言するみたいな始まりです。同じリズムを刻むパーカッションでも、破裂音を特徴とするドラムと、それよりは深い音のティンパニとを、うまく使い分けているのですね。ティンパニのときはシンバルを加える、みたいに。
第2曲:ノクターン。Hrn,Fg,Cl,Vc,Vlaの旋律。これに2nd-VnとFlが加わる優しさ。そして全休止のあと曲想が変わりますが、弦と管が奏でる音楽はやっぱり優しいものに戻っていきます。
第3曲:マズルカ。ObとFlから。これにFgとCl等が加わり、足立さんのフルート・ソロの聴かせどころです。リズムはくるくると回りながら徐々に速度を上げていくように、マズルカに変わっていきます。
第4曲:タランテラ。妙なところを観察しているようですが、バスドラムの奏者の方の指と手首に巻いた包帯とバンソーコがすごい。パーカッションの振動は指をささくれさせるのでしょうか。音楽は盛り上がって終わります。

続いて吉松隆さんのマリンバ協奏曲「バード・リズミクス」です。演奏の前に、飯森さんが説明を加えます。4拍子の中に変拍子が聞こえ、いろいろな楽器が鳥の鳴き声を模しているそうで、作曲者が「ヘタクソなオヤジがビートルズを歌っているように」などという指示もあったそうです(^o^;)> me?
2楽章は、山響の弦楽器の美しさを堪能でき、3楽章は大音響で終わるとのこと。ステージに並んだ鳴り物の多さに、期待が高まる中、本日のソリスト三村奈々恵さんが登場します。黒の上にサーモン色のドレスで、いかにも動きやすそうな衣装です。
第1楽章:Bird Code. マリンバと管が森の中を表すように、弦は不規則な速いピツィカートで鳥たちの鳴き声を。アカゲラやキツツキのようなドラム音は、コンガでしょうか。三村さんは藤色のマレットを自在に駆使し、面白いリズムです。ときどきピッコロが猛禽類のような鋭い音を発し、大きく盛り上がって再び静けさが戻り、この楽章が終わります。
第2楽章:Rain Song. 弦がほんとに透明な澄んだ響きです。ヴィヴラートはほとんどないか、ごくわずかに。ウィンドチャイムも効果的に使われて、実に高密度な音楽です。ソリストは、マレットを赤から再び藤色に持ち替えて、マラカスもリズムに加わります。速く大きな動きもあって、マリンバのリズムと音色の魅力がいっぱいに展開されます。
第3楽章:Bird Feast. 鳥たちの饗宴、という意味でしょうか。マリンバとフルートとコンガの速い応酬から。細かく複雑なリズムの音が多いので、大型金管楽器の出番が少なくなっていますが、ここへ来て金管舞台も激しく主張します。打楽器の魅力が炸裂!土俗的なリズムのすごい饗宴です!

いや~、堪能しました。これはいい曲だなぁ。CDほしいなぁ(^o^)/
山響レーベルから出ないかな(^o^)/
などと思いながら拍手していると、聴衆の拍手も鳴り止まず、アンコールがありました。マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」から、「間奏曲」を。あの甘美な音楽を、むしろ神秘的な音楽に変えてしまいました。う~ん、満足!

ここで15分の休憩が入ります。ロビーでは、久々に元の職場の同僚に会うなど、ちょいと嬉しいハプニングもあり、オレンジジュースで喉を潤します。



後半、リムスキー=コルサコフの交響曲第2番「アンタール」です。
第1楽章:「アンタールの夢」、ラルゴ~アレグロ。なるほど、夢の始まりです。どちらかといえば悪夢のような(^o^)/ 妖精の女王ナザールの化身のカモシカはフルートで表されているのでしょうか。大きな鳥は、不気味な低弦で。アンタールの槍で大鳥は退散し、女王は若者に三つの約束をします。ペルシャ風の旋律が、いかにもR.コルサコフらしいです。
第2楽章:「復讐の喜び」、アレグロ。バスドラムと低音楽器群が始まりを導きます。暗い不安な雰囲気で、ペルシャの物語というよりは、ロシアの残酷な物語のように。
第3楽章:「権力の喜び」、アレグロ~リゾルート(決然と)。行進曲風に始まり、弦楽器が奏でる抒情的な主題が、「シェエラザード」みたいな雰囲気です。クラリネットはいそいで管を取り替えるなど、なかなか忙しい。飯森さんが言ったように、まるでこの楽章で終わるみたいに斉奏で盛り上がりますが、まだ次の楽章があるのでした。
第4楽章:「愛の喜び」、アレグレット~アダージョ。ハープ等が前奏に。ObやClがアラビア風の旋律をかなで、FlとFg、Hrnやイングリッシュ・ホルンなど木管が魅力を存分に発揮します。いや~、斎藤真美さんのイングリッシュ・ホルンの鄙びた響きは、あらためていいものですね~と感じました。曲は、静かに終わります。

このお天気に加えて、知名度はあまり高くないプログラムですので、さすがに少々空席が目立ちましたが、このお天気にも関わらず集まってくれた聴衆の皆さんへ、飯森さんがお礼と帰路は気をつけてと挨拶すると、聴衆の皆さんにたいへんウケていました。音楽はもちろんですが、ほんとにこの気配りが、マエストロの人気の秘密なのかも(^o^)/

で、私はちょいとだけファン交流会に参加、飯森さんと三村さんのインタビューを聞きました。司会はトランペットの佐藤さん。



三村さんが吉松隆さんに作曲をお願いしたときの話などを中心に、興味深い話題でした。それだけではなく、せっかくの機会なので、三村奈々恵さんのCDを購入して、ご本人にサインをいただきました。それがこれ。



当方のミーハー心も十分に満足させて、帰路につきました。マリンバの音、深くて豊かな響きを当分楽しめそうで、ちょいと嬉しい(^o^)/
コメント

池宮彰一郎『最後の忠臣蔵』を読む

2011年01月22日 06時04分45秒 | 読書
暮れに観た映画『最後の忠臣蔵』(*)の原作、池宮彰一郎著『最後の忠臣蔵』を読みました。平成16年秋に初版が刊行されて以来、すでに十版を数える角川文庫です。

第1話:「仕舞始」。足軽の寺坂吉右衛門は、大石内蔵助の命により、討入りの後に一統から離れ、江戸から逃亡します。大石の命とは、討入りの際に伝令を務め見聞した一部始終を後世に伝えること、また、赤穂の遺臣が生活に困窮し、名を汚すことのないよう手助けをせよ、というものでした。身分の低い足軽ゆえに、一統を離れて逃亡しても、深く追求されることはあるまいという深謀遠慮も功を奏してか、吉右衛門はついに江戸からの脱出に成功します。

第2話:「飛蛾の火」。幕府の追求は逃れたものの、浅野の本家では、余計なとばっちりを受けぬようにと、吉右衛門の暗殺に動きます。他家に移った赤穂の旧臣たちは、討入り以降、それぞれ卑怯者の侮蔑を受けて苦しんでおり、吉右衛門の朋輩であった麦屋佐平もその一人でした。ただし他と異なるのは、佐平には妹があったことです。左平を助けるため剣を持って立ち向かう羽目になった相手は、大垣藩戸田家きっての武芸達者です。

第3話:「命なりけり」。各務八右衛門は討入りの前に逐電し、家には妻女が残されますが、後々暮らし向きが立つように吉右衛門が口添えしたのが縁で、今は茶店の女主人となっていたのが、槇という女性です。吉右衛門は、槇と所帯を持つ成り行きとなり、わずかに幸福を味わっていたところへ、持ち込まれたのが幕府を相手の大博打でした。将軍綱吉と柳沢吉保に挑んだのは、近衛家の家宰の進藤長保です。寺坂吉右衛門は、自首という大芝居からお構いなしの沙汰を得て辛うじて生還しましたが、槇さんには理由も告げずに立ち去ったわけですからね~。「命なりけり」のタイトルが切ない。

第4話:「最後の忠臣蔵」。討入り前夜に逐電した瀬尾孫左衛門という実在の赤穂浪士のその後に思いを寄せ、大石内蔵助の隠し子の姫を守るという役目をひそかに果たした、と想定する物語で、映画「最後の忠臣蔵」の原作にもなっています。ストーリーの大筋としてはほぼ原作に忠実ではありますが、映画と原作との相違もあちこちに見られます。本作を基準にいくつか思い出せば、

(1) 内蔵助の姫である可音を慈しみ育てた尼寺の庵主はすでに亡く、初老の孫左衛門と可音が二人だけで暮らしています。映画では尼さんではなくて、元は名のある太夫で可音に女性としての行儀作法、芸事全般を仕込みながら、孫左衛門を慕っているという想定です。
(2) 映画では、可音が孫左を慕うという無理な(^o^)想定になっていますが、原作では孫左が可音に秘かに一方的に思いを寄せており、吉右衛門と孫左が刀を抜き合わせるという場面はありません。むしろ、孫左は吉右衛門に「おぬしにだけは言える。言わずば耐えられぬ気がするのだ」と言い、「おれの心には・・・魔が住んでいた」と、禁断の恋情を告白します。
(3) 孫左の切腹の理由として、原作で色濃いのは、禁断の恋情を断ち切り、かつての同志の後を追う絶望と凄惨さですが、映画では少女の淡い恋慕を断ち切り、役目を終えた武士として命を断つ姿の美化が目立ちます。

おそらく、映画「最後の忠臣蔵」は、原作に秘められたロリコン性をあからさまにせず、役目を終えた武士の、忠義の最期として描くために、可音という少女を初老の孫左に恋慕させ、死んだはずの尼さんを色っぽい女性に変えて孫左に寄り添わせるという変更を行ったのでしょう。それがねらいどおり大衆性を獲得する結果になったのかどうか、どうも、微妙なところだと思いますね~。

(*):フォーラム東根で「最後の忠臣蔵」を観る~「電網郊外散歩道」2011年1月
コメント (2)

ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」より「冬」を聴く

2011年01月21日 06時04分00秒 | -協奏曲
厳冬期の通勤の音楽として、ヴィヴァルディのヴァイオリンのための協奏曲集「四季」を聴いております。演奏は、懐かしのネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団、正確に言えば、アカデミー・セントマーティン・イン・ザ・フィールズという団体。もともと12曲からなるヴァイオリンのための協奏曲集「和声と創意の試み」Op.8だったわけですが、この中から四曲を選んで「四季」と命名して親しまれたのだそうな。最初に発案した人の、企画とネーミングの勝利と言うべきでしょう。

本日は、その中から、第4番「冬」、ヘ短調を取り上げます。急・緩・急の3つの楽章からなり、それぞれにソネットがついています。
第1楽章:アレグロ・ノン・モルト。「冷たい雪の中の凍りつくような寒さ、吹きすさぶ荒々しい風の中を行く。絶え間なく足踏みしながら走り、あまりの寒さに歯の根が合わない。」とのこと。いかにも冬の風のような音楽の描写も、見事なものです。それにしても、イタリアってそんなに寒かったのだろうか(^o^;)>poripori
第2楽章:ラルゴ。「炉辺で静かに満ち足りた日々を送り、その間、外では雨が万物をうるおす。」実に穏やかな音楽です。万物をうるおす雨が降るというのですから、やっぱりヴィヴァルディが住むイタリアの冬の寒さはたいしたことはありません。当地山形はいま、真冬の真っ最中、雨降りどころか、大雪であります。
第3楽章:アレグロ。「氷の上を歩き、ゆっくりとした足取りで、転ばないように注意深く進んでいく。乱暴に歩いてすべって倒れ、また起き上がって、氷上を激しい勢いで走る。氷が砕け、裂け目ができるほど。閉ざされた扉の外に出て、南風、北風、あらゆる風が戦っているのを聴く。これが冬なのだ。でも何という喜びをもたらすのだろう。」様々な風が戦うさまを、高音域と低音域というように、協奏する音楽になっています。うーん、子供の頃は、どーして休みの間に雪が降らずに、休みが終わってから降るんだよ!と冬空を見上げたものでしたが、今はそんな気分にはとてもなれません(^o^)。イタリアの冬のシロッコと北風の争いにも負けぬほど、除雪機の爆音で毎日毎日ひたすらに冬の静けさを破っております(^o^)/sumankotte

でも、ヴィヴァルディの音楽は実に楽しい。冬道の通勤の緊張を、やわらげてくれます。マリナー指揮アカデミー室内管の演奏も、少女たちの合奏団を率いる赤毛の司祭(*)の前向きで活動的な意識を、よく伝えてくれるようです。

■マリナー指揮アカデミー室内管(London,F00L-23004)
I=3'17" II=2'19" III=2'59" total=8'35"
■イタリア合奏団(1986,DENON COCO-70722-3)
I=3'43" II=2'28" III=3'13" total=9'24"
■イタリア合奏団(1996,DENON COCO-70429)
I=3'34" II=2'10" III=3'08" total=8'52"

(*):ヴィヴァルディは女学校音楽部の顧問の先生~「電網郊外散歩道」
コメント

更新したPHSは、充電して2週間持ちました

2011年01月20日 06時03分48秒 | 手帳文具書斎
この正月に更新したPHSは、ポチポチと再入力している間は、けっこう電池も消耗したようでしたが、1月6日にフル充電して以降、19日の夕方まで持ちました。ほぼ2週間、無充電で大丈夫だったということになります。この間の使用状況は、通話が数回に簡単なメールを数回送受信した程度ですから、当然といえば当然なのかもしれません。

そういえば、以前のパナソニックの製品の場合、夜に電源をオフにして、朝に電源をオンにする機能がありましたので、夜中のワン切りだとか迷惑な間違い電話だとかをシャットアウトする意味でも便利でしたが、今度の京セラの製品には、そういった機能はないようです。ただし、待ち受けの間、ディスプレイはオフになっており、省電力は徹底されている模様。

1月6日にフルチャージしてから、16日に充電の目安の目盛りが二つになり、18日には一つに減っており、19日にはついにゼロになりましたので、今の程度の使用状況ならば、おおむね10日ごとに充電していれば良いようです。それならば、定期的に充電の日を決めて、安定して維持していけそうです。
コメント (2)

そういえば、年賀状でタックシール派が激減している

2011年01月19日 06時04分43秒 | 手帳文具書斎
今年の年賀状を整理しながら、住所録データの更新をしております。毎年のことながら、この作業が実は来年の年賀状のために重要な準備段階にあたります。転居や住居表示変更だけでなく、孫が生まれたなどの知らせもありますが、20年前はちょいとカッコよかった電子メール・アドレスの表記も、今ではごく普通のことになりました。

ところで、ふと気づいたことがあります。そういえば、いつのまにかタックシール派が激減している!

当方、一時タックシールをよく使いました。仕事上ではもちろん、年賀状でも、MS-DOS上のデータベース・ソフトから、ドットインパクト・プリンタで宛名と住所をタックシールに打ち出し、ペタリと貼り付けて宛名書きの労力からはだいぶ解放されたと感じました。それが、いつのまにタックシールを使わなくなったのか振り返って見ると、どうもいくつかの要因がありそうです。

(1) オートシートフィーダが標準装備された、安価なインクジェットプリンタが普及した。
(2) インクジェット専用ハガキが発売され、顔料インクが普及し、雪で宛名が流れてしまう心配がほぼなくなった。
(3) 年賀状ソフトや年賀状テンプレートなどが普及した。

そういえば昔は、プリントゴッコで賀状を作成し、宛名面にタックシールを貼って投函するスタイルでしたので、これらはプリントゴッコの衰微とも密接な関係がありそうです。
コメント (4)

備忘録ノートを書くときに気づいたこと

2011年01月18日 06時05分27秒 | 手帳文具書斎
いつも携帯している備忘録ノートに記入するとき、ときどき漢字でどう書くんだったか、わからないときがあります。一昔前の年配の方々ならば、ワープロを使ったために字を忘れて困る、と嘆いたことでしょう。でも、私の場合は、いささか事情は異なるようで、もともとその漢字を書けなかったというケースが多いように思います(^o^;)>poripori

ふだん、パソコン等でかな漢字変換を便利に使っているものですから、読める漢字は変換できて当たり前、という感覚がしみついています。言ってみれば、かな漢字変換という機能がもたらす、仮想的な有能感です。ところが現実には、小中学生の書き取りを思い出すまでもなく、実際に自信を持って書ける漢字はそれほど多くなかったはず。

あれ、この字は、どう書くんだったかな?

と辞書を引いて書いていたのが実態でした。それを忘れて、あたかも「昔は書けた字が書けなくなった」と錯覚することが少なくないのでは、と思います。手書きで備忘録を記入する作業中には、出来事を記録するだけでなく、ときどき、ふと考えさせられることがあります。

脳みその老化防止に、実は手書きと計算が有効なのだそうですが、こんなふうに手書きで備忘録を書き、給油の際に電卓を使わず燃料消費率を計算すること等の心がけが、実際に有効であることを願いたいものです(^o^)/
コメント (4)

山形弦楽四重奏団第38回定期演奏会でハイドン、ベートーヴェン、ドヴォルザークを聴く

2011年01月17日 06時03分42秒 | -室内楽
厳寒の日曜の夜、山形市の文翔館議場ホールまで、山形弦楽四重奏団第38回定期演奏会に出かけました。あいにく妻は過日の雪かきで腰を痛め、本日は私一人です。激しく降り出した雪道をノロノロと走り、ようやく会場に着くと、すでにプレコンサートが始まっておりました。今夜は、茂木智子さんと菊地祥子さんのヴァイオリン・デュオです。曲目は、作曲者名を聞き漏らしてしまいましたが、ベルギーのヴァイオリニスト・作曲家でフランコ・ベルギー楽派の創始者であるベリオの(*1)作品57-3から、第1楽章と第3楽章とのこと。なかなかすてきな曲、すてきな演奏です。

続いて駒込綾さんが登場、本日のトークを行いますが、「おやっ!」とびっくりするほど見事なショートカットに変身。「センセ、タカラヅカ」と生徒にひやかされるほど(*2)だということですが、なるほど、です。タカラジェンヌ、いつでも代役ができそうなほど、よくお似合いでした(^o^)/
まあ、それは冗談として、本日の曲目については、ハイドンのプロシャ王四重奏曲については、あちこちに「キラキラした輝きを持った曲」とのこと。ベートーヴェンの「大フーガ」は、ぎゅうっと凝縮したエネルギーを感じるすごい曲、とのことですし、ドヴォルジャークの第10番は、伝統的な様式に民族的な旋律とリズムが見事に調和した曲、とのことです。私的には、大好きなドヴォルザークの第10番(*3)が聴けるのが何といっても楽しみです。

さて、四人のメンバーが登場します。第1ヴァイオリンの中島光之さんは、ダークスーツに白いシャツ、ダークグレーかあるいはこげ茶色のネクタイです。第2ヴァイオリンの駒込綾さんは、上半身に水玉の入った紺色のドレスに黒のボレロ。そしてヴィオラの倉田さんは、黒のダークスーツに黒っぽいシャツ、赤いネクタイです。チェロの茂木さんは、黒のダークスーツと白いシャツに、濃いピンクのネクタイを合わせています。こうして四人揃ってまたカルテットが聴けるのは、うれしい限りです。

第1曲、ハイドンの弦楽四重奏曲、第44番、変ロ長調Op.50-1、プロシャ王四重奏曲です。1787年に作曲されたそうで、モーツァルトのお父さんが亡くなり、「ドン・ジョヴァンニ」が初演された頃の作品です。
第1楽章、アレグロ。チェロの刻むリズムから始まります。このブンブンブンブンという反復は、チェロに現れたりヴァイオリンに現れたりしますが、これに対し、ヴァイオリンとヴィオラが、優しく落ち着いた音楽を奏でます。
第2楽章、アダージョ。1st-Vn が主導して始まる緩徐楽章は、続いて 2nd-Vn に移り、四人の合奏を導きます。
第3楽章、メヌエット・ポコ・アレグレット。1st-Vn と 2nd-Vn が瞬時の間を置いて、キコキコキコと下降するところなど、おもしろい効果です。
第4楽章、フィナーレ、ヴィヴァーチェ。軽やかに始まり、リズミカルな音楽です。

2曲目は、ベートーヴェンの「大フーガ」Op.133 です。もともと、1825年に完成した、弦楽四重奏曲第13番(Op.130)の終楽章として完成したのだそうですが、第13番は好意的に迎えられたものの、この楽章だけは難解なものとして評価され、当時の楽譜出版側から、終楽章の別途作曲とともに、この大フーガは別作品として出版したいと提案されたとか。たしかに、現代のカルテットの演奏側でも「複雑」「難解」という語を用いるくらいですから、当時の商売の観点からは(^o^;)もっともな話です。当方は、映画「敬愛なるベートーヴェン」にて、「あなたと同じに聴こえました」を観ております(*4)し、さほど抵抗はありませんが、でも格別の集中力を求められることは間違いないところです。
曲の始まりで四者が序奏を響かせる中から、やがて1st-Vnが決然と厳しい音楽を開始し、不協和なフーガが展開されます。音楽はサラサラとは流れず、いかにもゴツゴツと、しかしテンポはしっかりと保たれ、リズムは強靭に貫かれます。全体のプロポーションは、現代のバルトークの音楽がすぐ近くに感じられるほどです。



15分間の休憩ののち、プログラムの後半、ドヴォルザークの「弦楽四重奏曲第10番」です。
第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ。始まりはチェロとヴィオラからです。ヴァイオリンはバランスに配慮しているようで、抑えめに。チェロのピツィカートがとってもリズミカルで、曲にぴったり乗っている感じです。ほんとにドヴォルザークは、旋律に恵まれた作曲家ですね~。
第2楽章:ドゥムカ、エレジーア。アンダンテ・コン・モト。ゆったりした悲歌です。1st-Vn がややストイックに美しい音を聴かせると、2nd-Vn は感情をこめて応えます。なかなかいい塩梅です。後半、スラブ舞曲ふうにテンポアップして、再びチェロのポロロン、ポロロンというアルペジオに続いて悲歌が再現して終わります。
第3楽章:ロマンツァ。アンダンテ・コン・モト。始まりは第1Vnと第2Vnから、ヴィオラとチェロがそれに答える形で、です。ロミオとジュリエットみたいな連想をしてしまう、シンプルながら美しい場面です。やがて、ロマンティックではありますが静かに落ち着いた感じで、この楽章が終わります。
第4楽章:フィナーレ。アレグロ・アッサイ。曲は一転して速いテンポで活動的な音楽に変わります。背後でヴィオラがおもしろい音の効果を出しています。第1ヴァイオリンは終始見事なリードをしてくれますが、ここでも第2ヴァイオリンがしっとりとしたいい役回りを見せてくれます。そういえばこの曲は、第2ヴァイオリンにとっては、聴かせどころの「美味しい」部分が多いみたいですが、だちゅさん、違いましたか(^o^)/

アンコールは、同じドヴォルザークの弦楽四重奏曲「アメリカ」より、第3楽章を。やっぱり「アメリカ」いいですね~。なお、ハイドンの弦楽四重奏曲全曲演奏も、ついに残すところあと28曲になったとのこと、次回の定期演奏会は4月23日(土)18:45からで、ハイドンのプロシャ王四重奏曲から、Op.50-2 ほか、だそうです。

いや~、今日も真冬の室内楽演奏を堪能いたしました。外は大雪でも、文翔館議場ホールの中は、あたたかな親密空間でした(^o^)/
チェロの委員長氏は、某「畑の先生」と会話をしているようでしたし、私はといえば、某「庄内の笛吹き」夫妻とはじめてご挨拶。無事に酒田に到着されることを祈りつつ、当方も吹雪の中を疾走して田舎の我が家へ帰りました。

(*1):シャルル=オーギュスト・ド・ベリオ~Wikipediaの記事
(*2):そういや~「★だちゅのにっき★」より
(*3):ドヴォルザーク「弦楽四重奏曲第10番」を聴く~「電網郊外散歩道」2005年10月
(*4):映画「敬愛なるベートーヴェン」を観る~「電網郊外散歩道」2007年1月

【追記】
チェロの茂木さんから、プレコンサートで演奏された曲はベリオの作品で、ベリオといっても20世紀のイタリアのベリオではなく、フランコ・ベルギー楽派の創始者で、ベルギーのヴァイオリニスト・作曲家のほうであること、などの追加情報をいただき、訂正しました。
コメント (8)   トラックバック (1)