電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

私の好きな「第9番」

2011年02月28日 06時02分20秒 | クラシック音楽
クラシック音楽のオールジャンル中から、番号という共通性だけで、好きな曲を1作曲家1作品、計10曲を選定するという実に無謀な試み(*)も、ついに今回で「第9番」に到達です。今回も、だいぶ苦労して選定しましたが、結果的にはこんなふうになりました。

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」
ハイドン ミサ曲第9番「ネルソン・ミサ」
ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱つき」
メンデルスゾーン 弦楽のための交響曲第9番
ショパン ワルツ第9番
ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」
ブルックナー 交響曲第9番
マーラー 交響曲第9番
プロコフィエフ ピアノソナタ第9番
ショスタコーヴィチ 交響曲第9番

【次点】
ヴィヴァルディ 協奏曲集「ラ・チェトラ」より第9番



モーツァルトは、セレナード第9番「ポストホルン」も候補に挙げて考えましたが、やっぱり華やかなピアノ協奏曲としました。ベートーヴェンも、ヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」や弦楽四重奏曲第9番なども考えましたが、「第九」に敬意を表して決定。メンデルスゾーンの弦楽のための交響曲は、若い時期の作品ですが、なんともチャーミングな曲です。実は、無言歌第9番も、短い曲ですが、一部にちょいと「水虫の歌」と似たところがあって思わず微笑んでしまいます。でもまあ、いくら好きでも、そう毎度毎度、無言歌集からというのも能がありません。で、こちらに決定。ドヴォルザーク、ブルックナー、マーラーは文句なしでしょう。ハイドンのこの曲を入れたくて、シューベルトの交響曲の番号でちょいと小細工をしてしまいました(^o^)/
プロコフィエフのピアノソナタ第9番は、いい曲ですね~。私の選択では、ショパンは少ないのかもしれません。今回はシューマン等の出番がないので、ようやく登場しました(^o^)/

(*):これまでの結果~私の好きな「第○番」の過去記事~「第1番」「第2番」「第3番」「第4番」「第5番」「第6番」「第7番」「第8番

さて、第9番まで到達したものの、このあとどうしましょう。はて、少し考えてみたいと思います(^o^;)>poripori
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よく使うツールは、この30年でどう変化したか

2011年02月27日 06時01分53秒 | 手帳文具書斎
個人の事情にも、たぶん時代の流れは反映していることでしょう。一連の記事(*1,2)の関係で、30年前の1981年はどうだろうと思い、探してみました。



左から、1981年の備忘録ノート(B5判の大学ノート)、消しゴム、シャープペンシルの替え芯、ぺんてるの0.5mmシャープペンシル、パイロットの0.7mmシャープペンシル、ペリカンとパイロットの万年筆、それに関数電卓です。ハサミは重石のために置いたもので、日常的に持っていたわけではありません(^o^;)>poripori
この他に、綴じ手帳を常時携帯していました。一眼レフ(ミノルタXG-E,135mmズーム)を持ち出すことも多かったと思います。当時、フィルムはリバーサルを使うことが多かったはず。
音楽は、カーステレオでカセットテープを聴きますので、テープ類は車内に常備し、音楽を携帯することはありませんでした。もちろん、パソコン用の記録メディアもなし。表計算の代わりに関数電卓が必須でしたし、筆記具はボールペン(*3)を主として使うようになる前で、まだまだペンと鉛筆が基本の時代でした。

こうして見ると、やけにシンプルです。現在と比較してみます。



まず、1980年代の後半から、システム手帳を便利に使うようになりました。備忘録(*4)は、サイズは大判化したり小型化したりという変化はありますが、変わらず使っています。筆記具(*5)も1980年代の後半から太字のボールペンを主に使うようになり、近年はジェットストリームの登場で、定番となりました。大きく変わったのは、音楽と電話を携帯するようになったことと、カメラも含めて、デジタル化により小型化したことでしょう。その意味では、この30年の大きな流れは「デジタル化」ということだと思います。テレビ放送のデジタル化も、その流れの中にとらえるべきなのでしょう。

あらためて感じたこと。手帳(*6)以外には、ほとんどモノを携帯しなかった時代があったことを忘れてしまっておりました。たぶん、現代の若者と同じで、モノを携帯する必要がなく、いろいろなモノを持たないことがスマートだと思っていた世代だったのだろうと思います。

(*1):よく使うツールは、この10年でどう変化したか~「電網郊外散歩道」2011年2月
(*2):よく使うツールは、この20年でどう変化したか~「電網郊外散歩道」2011年2月
(*3):昔のボールペンと今のボールペン~「電網郊外散歩道」2009年1月
(*4):紙が先か筆記具が先か~「電網郊外散歩道」2008年8月
(*5):手帳・ノートと筆記具~「電網郊外散歩道」2008年8月
(*6):来年の手帳のこと~「電網郊外散歩道」2004年12月
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雪融けがすすめば

2011年02月26日 06時01分56秒 | 季節と行事
ここ数日の好天で、雪融けがぐんぐん進んでいます。キャラボクやイチイの上に雪が積もっているせいで、車のわきにすごい積雪のように見えますが、実は高さの半分位は庭木です。もう少しすると、庭木の緑が見えてくるようになります。そうすると、水仙が芽を出し、クロッカスが咲きはじめます。太陽の力はほんとに偉大です(^o^)/

春は名のみの風の寒さや~と歌われますが、寒さが少々ぶり返したとしても、確実に春はすぐそこまでやってきています。雪融けがすすめば、畑の作業も開始できるでしょう。ぽかぽか陽気を背中に受けて、剪定をしたり片付けたりすれば、運動不足も一気に解消できるかも(^o^)/
そうそう、春になって、アホ猫がハンティングを開始するのも仕方がないけれど、獲物を律儀に見せに来るのだけは勘弁してほしいものですね~(^o^)/
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よく使うツールはこの20年でどう変化したか

2011年02月25日 06時02分20秒 | 手帳文具書斎
よく使うツールは、この10年でどう変化したかを見ると、サイズのコンパクト化や容量のアップなどはありますが、本質的な変化はなかったように見えます。では、この20年ではどうか。20年前に使っていたものを、記憶をたよりに再現してみました。

まず、20年前、1991年のものです。第一印象は、図体がでかく、武骨だな、というものばかりです(^o^)/



左から、備忘録(B5判大学ノート)、ヴァレンチノのボールペンとぺんてるのシャープペンシル、フロッピーディスク・ケース、フロッピーディスク、システム手帳(Bindex)、カセットテープとカセットプレイヤー、一眼レフ(XG-E,135mmズーム)、ペンケース、です。
ちなみに、このカセットテープは、1990年の6月10日に放送された「プラハの春」開幕コンサートをNHK-FMでエアチェックしたもので、ハベル大統領の出席を伝えるアナウンスと拍手に続き、スメタナの「わが祖国」全曲を、ラファエル・クーベリック指揮チェコ・フィルが演奏したものです。独特の熱気があふれています。
そうそう、×印を付けたPHSは、うっかり1991年からずっと使っていたような錯覚に陥ってしまい、間違って並べてしまいましたが、そんなはずはありませんね(^o^;)>poripori
実は、2001年に使い始めたPHSが、私が携帯する道具の中では大きな変化だったと言えるでしょう。

これに対し、現在のものです。



左から、システム手帳、備忘録ノート(A5判キャンパス・ハイグレード)、USBメモリ(1GB)、Jetstreamボールペン、ウォークマンEタイプ、PHS、小銭入れ、です。この他には、CASIOのコンパクト・デジタルカメラなどが入ります。

ここで、両方に共通なものというと、システム手帳と備忘録ノート、ボールペンでしょうか。変化しているものというと、やはりカメラと音楽プレイヤーのデジタル化・小型化でしょう。昔は、カセットテープとプレイヤーを持ち歩いていたのだな、とあらためて実感。それを駆逐したのは携帯電話だった、ということでしょう。もう一つ、フロッピーディスクから光磁気ディスクを経て現在のUSBメモリに至る記録メディアの変遷は、1.2MB→640MB→2GBと容量アップしてきており、デジタルカメラ等の発達と普及などと軌を一にするもので、画像や音声といった大きなファイルを扱うことが増えたことと関連があります。また、専用ドライブを必要とするメディアはすたれやすく、パソコン本体にドライブが装備されているメディアはしぶとく生き残ることがわかります。

その意味では、さらに10年後の2021年には、たぶんシステム手帳と備忘録とペンは変わらず、画像(映像)の記録・再生メディアと通信機がコンパクトに合体しているような気がしますが、さて、いかがなものでしょうか。

【追記】
昨日の記事と同じ写真なので、更新をさぼったように見えた、との声がありましたので、順序を逆にしてみました(^o^)/
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よく使うツールは、この10年でどう変化したか

2011年02月24日 06時04分08秒 | 手帳文具書斎
よく、十年一昔と言います。では、よく使う文具や、日常的に携帯する道具類は、この10年でどう変化したのだろうか。実際に、並べてみました。

まず、現在のものです。



左から、システム手帳、備忘録ノート(A5判キャンパス・ハイグレード)、USBメモリ(1GB)、Jetstreamボールペン、ウォークマンEタイプ、PHS、小銭入れ、です。この他には、CASIOのコンパクト・デジタルカメラなどが入るでしょう。

これに対して、2001年に使用していたものです。



左から、一眼レフ・カメラ(ミノルタXG-S)、システム手帳(Bindex)、備忘録ノート(A4判キャンパスノート)、光磁気ディスク(640MB)、PHS、万年筆(ウォーターマン)、USBメモリ(32MB)、ポケットラジオ、です。この他には、携帯用CDプレイヤーを愛用していました。

比較してみると、意外な共通点があります。違う点は、
(1) 備忘録のサイズが小さくなった
(2) カメラがデジタル化してコンパクトになった
(3) USBメモリの容量がアップし、MOを携帯する必要がなくなった
(4) 筆記用具に、Jetstreamボールペンが登場した
(5) 音楽再生用USBプレイヤーが登場し、多くの曲を常時携帯できるようになった
という具合で、サイズや容量の違いはありますが、道具の顔ぶれや本質はあまり代わり映えしていないようです。
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C.W.ニコル『盟約』を読む

2011年02月23日 06時04分41秒 | -外国文学
文藝春秋社の単行本で、C.W.ニコル著『盟約』を読了しました。上下二巻の物語は、同じ著者の『勇魚』(*)の続編にあたり、息子の三郎を中心とするものです。

カナダで暮らす甚助とスーザンとの間に生まれた三男・三郎は、母が生後すぐに亡くなってしまっているせいもあってか、血の気の多い乱暴者で、カナダの学校では人種的偏見に敏感に反応し、暴れてばかりで適応できません。相手を怪我させたときに、刃物を持っていた、という事態を重く見た父・甚助は、三郎を明治の日本に帰国させ、日本人の武術家の下で鍛えてもらおうと考えます。日本への航海で船乗りとして鍛えられた三郎は、その武術家のもとで心身を鍛え、江田島の海軍兵学校に入学して頭角を現します。仲間も出来て、優秀な成績で卒業、日露戦争の日本海海戦に従軍します。実戦経験を持ち、容姿端麗で語学に堪能な青年士官として英国に留学、実は海軍情報部員としての活動をする、というのが上巻のお話です。前著より成人向けの描写も増え、日英同盟の時代が描かれます。

これに対し、下巻では、海軍情報部員としての闇の活動が中心となります。前著『勇魚』とはずいぶん違った趣きを持ったお話です。ストーリーをあまり簡単に要約してしまうと面白さが半減してしまいますので、以下は省略いたしますが、三郎が父親の故郷・太地の浜を訪れ、アザミの花に来たスズメガをスケッチしているところへ、前著で夫を失ったおよしが老婆となって登場し、夫と同じ名を持つ若者と出会う場面はたいへん印象的。

もちろん、ツッコミどころは少なくなく、三郎は超人的な格闘技の強さを持つスーパーマンとして描かれ過ぎかも。それに、超美人だが麻薬中毒で性マニアという想定のロシア側スパイ・リリーとの腐れ縁は、愛があれば何でもありなのかと、当方、むしろ呆れてしまいます。全体に、前著よりもいささか極端な物語になってしまっており、作者の気性の激しさが出ているというべきでしょうか。

文春文庫で出ていたこともあるようですが、現在は品切れのようで、図書館で単行本を借り出しました。こんなときに、図書館はありがたいものです。

(*):C.W.ニコル『勇魚』上巻を読む~「電網郊外散歩道」2008年6月
(*):C.W.ニコル『勇魚』下巻を読む~「電網郊外散歩道」2008年6月
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ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第5番「春」を聴く~その2

2011年02月22日 06時02分25秒 | -室内楽
最近の通勤の音楽は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第5番「春」を選んでおります。この曲については、以前にも一度記事にしており(*)、このときはフランチェスカッティ盤や西崎崇子盤を取り上げておりましたが、今回は、ヨセフ・スーク(Vn)とヤン・パネンカ(Pf)による DENON 全集盤(COCO-83953~56) と、ジョナサン・カーネイ(Vn)とロナン・オーラ(Pf)のコンビによる、ロイヤルフィルハーモニック・コレクション中の一枚(FRP-1023)からです。

スークとパネンカの演奏は、ゆったりしたテンポの落ち着いたもので、フランチェスカッティとカサドシュとの小気味いい演奏とはだいぶ印象が違います。むしろ、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタというジャンルにおける意欲的な作品として取り組み、くっきりと描き出している、という印象を受けます。その分、この曲が持っている、「春」という愛称に象徴されるようなはずむような軽快感よりも、音楽の立派さ、構成感のような美質が、しっかりと現れているようです。とくに、パネンカのピアノは、ニュアンスに富む美しい音で、聴きごたえがあります。

もう一枚の、ロイヤルフィルの廉価盤も楽しいものです。Wikipedia によれば、ジョナサン・カーネイという演奏家は、1963年生まれのアメリカのヴァイオリニスト、指揮者で、アシュケナージの推挙によりロイヤルフィルハーモニー管のコンサートマスターとして活躍した、とあります。2002年からは米国ボルチモア響のコンサートマスターに就任しているとのこと。1687年のストラディヴァリウスを有し、現代音楽を得意とし、指揮者としては、1996年にナイマンのピアノ協奏曲を録音しているそうな。いっぽう、ロナン・オーラは1964年生まれの英国のピアニストで、欧米圏を中心に活動する一方で、EMI 等に録音を行い、現在は英国の音大・音楽学校の教授として活躍中だそうです。いずれも40代の演奏家です。私は初めて聴きますが、ゆったりめのテンポでじっくり取り組みながら楽しい音楽を聴かせてくれる、なかなか魅力的な演奏です。

この季節は、晴天にさえ恵まれれば、どんどん雪融けが進みます。融けた水が流れ、土を潤します。球根は目覚め、おそるおそる芽を出し始めます。若いベートーヴェンの作品24は、本来は第4番イ短調作品23と2曲セットで発表される予定だったとのことですが、どういう事情か単独で発表されたものらしい。通称「スプリング・ソナタ」は、聴く者に幸福感を感じさせてくれる、お気に入りの音楽です。

■スーク(Vn)、パネンカ(Pf)盤
I=10'55" II=6'35" III=1'10" IV=6'55" total=25'35"
■カーネイ(Vn)、オーラ(Pf)盤
I=9'55" II=6'22" III=1'13" IV=6'38" total=24'08"

参考までに、前回取り上げた演奏は、次のとおりでした。

■ジノ・フランチェスカッティ(Vn)、ロベール・カザドシュ(Pf)盤
I=7'00 II=4'50 III+IV=7'28" total=19'18"
■西崎崇子(Vn)、イェネ・ヤンドー(Pf)盤
I=9'35" II=5'43" III=1'08" IV=6'33" total=22'59"

(*):ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」を聴く~「電網郊外散歩道」2007年3月
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地区の剪定講習会に参加する

2011年02月21日 06時02分05秒 | 週末農業
冬は雪に閉ざされ、週末農業もお休みとなっておりますが、早春の息吹とともに、畑の作業も動き出しました。この日曜日には、地区の剪定講習会があり、雪の園地に集合し、剪定作業の講習を受けてきました。妻は昨年も受講し二度目ですが、私は今年が初めてですので、何から何までみな面白い。

要するに、樹形全体を見て、光が全体に行き渡るように整えるわけですが、その際に、頂芽優勢ですので垂直に伸びようとしている幹は枝をごく少なくして成長を抑制し、横に伸びて生殖成長をし花芽を付ける幹は、枝を付けて葉面積を多くするようにする、というのが大原則で、幹を馬にたとえれば、馬乗りになった枝は払い、主幹よりもずっと細い枝を残す、ということでしょうか。あとは、良い花芽を付けた枝を残すことと、幹から出た成長枝は払うが、枝から出た成長枝は将来を考えて残すことなどでしょう。



言葉ではなかなか伝わりにくいのですが、畑で実際に樹木を剪定しながら整えていく様子を見ていると、空間的・立体的な位置関係に、なるほどと納得します。このあたりも、経験を通じて体得するものが多いと感じます。我が家の週末農業では、雪解けを待って剪定に取りかかろうと思っていますが、当地の篤農家では、かんじきをはいて雪で真っ白な園地に入り、すでに剪定が始まっているようです。
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山響モーツァルト定期で交響曲第21番と「魔笛」ハイライトを聴く

2011年02月20日 06時03分32秒 | -オーケストラ
山響こと山形交響楽団のモーツァルト全曲演奏プロジェクトも4年めの3回めを迎え、ちょうど半分まで来ました。本日のプログラムは、交響曲第21番と歌劇「魔笛」ハイライトの二つです。会場に入ると、お客さんの入りは、最前列に若干の空きがありますが、それ以外はほぼ満席の状態です。

音楽監督・飯森範親さんのプレトークでは、主に曲目についての説明でした。交響曲第21番イ長調K.134は、第3回イタリア旅行の前に作られた曲だそうで、第4楽章に総休止(ゲネラルパウゼ)が置かれるなど、いろいろな工夫がされている曲だそうな。休憩の後の「魔笛」は、「魔の笛」ではなくて「魔法の笛」という意味です、と指摘。このあたりは、初めてのお客様にも親切な解説です。作曲者モーツァルトも興行師シカネーダーも、いずれもフリーメーソンの会員で、このオペラはフリーメーソンの色濃い作品だと指摘します。ただし、フリーメーソンは陰謀組織ではなくて、現在も子供のための善意の活動をしたりしている組織で、東京交響楽団の音楽監督のスダーン氏も会員だとのこと。この会は3という数字を特別のものとして大切にするそうで、モーツァルトもこれにならっているそうです。すなわち、序曲の三和音、三人の侍女、三人の童子という具合です。
また、e-ONKYO を通じて、今回も演奏会の録音が配信されるとのこと。携帯電話の電源を再確認してくださいというお願いがありました。飯森さんに言われて、あわてて確認する人もけっこういましたね(^o^)/

さて、交響曲第21番です。ステージ上の楽器配列は、左側に第1ヴァイオリンが4プルト(8人)、コンサートマスターは高木和宏さん。その奥にチェロが5人とファゴットの高橋あけみさん、右にヴィオラが3プルト(6人)、その右に第2ヴァイオリンが4プルト(8人)という対向配置です。正面後方にはフルート(2)とホルン(2)、さらにその後方にコントラバス(3)という具合で、この曲ではオーボエの出番がありません。
第1楽章:アレグロ、イ長調、4分の3拍子。軽やかに跳ねるような始まりで、山響の弦楽セクションの美質を聴かせてくれます。ホルンとフルートも、全体の音の中に調和して響きます。ファゴットは、低い音域でのリズムの軽やかさをねらったものでしょうか。
第2楽章:アンダンテ、ニ長調、4分の2拍子。ゆったりとした緩徐楽章です。透明感のある音色で、フルートもホルンも突出せず、弦にブレンドされて響きます。曲想が変わると、ホルンがよく響きます。
第3楽章:メヌエット、イ長調、4分の3拍子。フルートが印象的。くるくる回るような、舞曲風のリズミカルな音楽です。
第4楽章:アレグロ、イ長調、2分の2拍子。こちらも舞曲風の音楽です。ゲネラルパウゼがあり、曲想が軽やかに転換します。けっこうインパクトがありますね!

ここで休憩です。すぐ近くの席を立った方、もしかして「うに」さんこと作曲家の木島由美子さんでは?と思いました。
後半は、いよいよ歌劇「魔笛」ハイライト。演奏会形式ではありますが、モーツァルト晩年の傑作の、音楽の力を存分に味わえるはず。

楽器の配置が変更になっています。指揮台を中央に、左から順に第1ヴァイオリン(8)、チェロ(5)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)、コントラバス(3)はチェロの奥で、その右にホルン(2)。正面奥の方にはフルート(2)、オーボエ(2)、さらにその奥にクラリネット(2)とファゴット(2)の木管が配置され、右隣にバロック・ティンパニが陣取ります。ヴィオラと第2ヴァイオリンの右後方にトランペット(2)、トロンボーン(3)。左端にあるのは、チェレスタでしょうか。

まず、序曲から。ふわっと透明な響きです。初めはやや緊張気味でしたが、しだいにワクワクしてくるような音楽の展開です。
序曲の後には、指揮者の飯森さん自身のナレーションで、このオペラのあらすじを説明します。時は古代、場所は先日ムバラク長期政権が崩壊したエジプト、という解説に、客席がどっとわきます。そこへタミーノが登場、大蛇と戦い気を失っていると、夜の女王に仕える三人の侍女が現れ、軽やかで優雅でちょいと色っぽい三重唱を歌います。緑が藤野恵美子さん、青が真下祐子さん、赤が佐藤美喜子さんで、「コシ・ファン・トゥッテ」などですでにおなじみの方々です。

再び飯森ナレーションに続いて、会場内からパパゲーノが登場、パパゲーノのアリアを歌います。パパゲーノ役は高橋正典さん。衣装は燕尾服スタイルですが、動作・演技はコミカルです。飯森さん、ナレーションでかんでしまい、会場の笑いを誘います。このあたりの愛嬌も、音楽監督の人気の秘密かも(^o^)/
そこへ、思い込み男(^o^)タミーノのアリア。パミーナの絵姿に一目惚れです。タミーノ役は高野二郎さん。なかなかカッコいいタミーノで、とても立派な声です。

ナレーションでパミーナ救出の依頼が行われると、夜の女王が登場。濃紺のドレスに黒い手袋と妖艶ないでたちの夜の女王は、安井陽子さん。もう大迫力のソプラノ・アリアです!これに対比されるファゴットの低音が、実に見事でステキです。
さて、ナレーションにより舞台はザラストロの神殿に移ります。パミーナを救出するためにタミーノがやってきますが、そこで叡智を司る三人の童子が登場し、道を照らします。

三人の童子は、山形大学の音楽科の学生さんだそうです。写真は交流会でのものですが、清楚な感じがよく出ていました。

第二幕、ナレーションにより、ザラストロは高徳の僧であり、夜の女王こそ悪女であるという逆転が説明されます。合唱付きアリア、ザラストロと民衆の合唱です。ザラストロは同世代の藤野祐一さん。60人近い合唱は、山響アマデウス・コアを主体に山形大学・岩手大学で音楽を専攻する学生さんたちが加わったもののようで、実にハイレベルで見事なものでした。
そうしているうちに、パミーナと夜の女王の場面となります。白いドレスのパミーナに、夜の女王がザラストロ殺害を命じます。夜の女王のアリア「地獄の復讐にこの胸は燃え」です。いや~、すごい迫力、緊迫感。オケも鋭く切り込む音です。激しいアリアに、大拍手!

ナレーションは、タミーノとパパゲーノが無言の修行をしていると説明、三人の童子が二人を迎えます。オケも軽やかで、このあたり絶好調といった感じです。
そして、話しかけても答えてくれないタミーノに、パミーナの歌う悲しみのアリア。白いドレスのパミーナは吉原圭子さんで、切々と訴えかけるアリアは胸をうちます。悲しみにファゴットとフルートが寄り添い、嘆きとため息を表します。このあたりのモーツァルトの音楽のひとふしは、実に実に素晴らしいものです!
ナレーションが、試練に出発するタミーノとパミーナの別れを説明した後に、パミーナ、タミーノ、ザラストロの三重唱。ソプラノとテノールとバスの、声による絶妙のアンサンブルです。

ナレーションは、落第したパパゲーノを説明し、「恋人か女房がいれば」というパパゲーノのアリアが歌われます。ここでのチェレスタの音が、実にチャーミングです。こういう音色を選ぶモーツァルトのセンスにしびれます(^o^)/
ナレーション後、パミーナが母に渡された剣で死のうとしますが、三人の童子に助けられ、タミーノに再会。火と水の試練を乗り越え、再会と成就を喜びます。それを祝福する二人の門番の役柄は、衣装がないのでわかりにくいと感じましたが、アマデウス・コアのパートリーダーのお二人の声を堪能しました。小柄なパミーナは可憐な印象ですが、声は実に良く通ります。オーケストラは、バロック・ティンパニの音が歯切れ良く、なるほど昔の楽器を復元して用いる意味がよくわかりました。
そして再び圧倒的な合唱。「勝ったぞ、勝った!」が輝かしく響き、光の世界を象徴します。

当然のことながら、光が輝くほど闇は暗くなる。モノスタトスと夜の女王、三人の侍女が神殿に忍び込もうとしますが、雷にうたれてしまいます。モノスタトスは宮下通さん。いつもは軽妙な役が多いのですが、モノスタトスとは驚きでした。
ザラストロと合唱が登場、フィナーレです。軽やかさと輝きのある音楽が、華やかに展開されます。モーツァルトの音楽の持つ充実感を、ぞんぶんに味わうことができました。良かった~!客席の皆さんも、手が痛くなるほどの拍手、大拍手です。

そうそう、すぐ近くの席の方は、やっぱりうにさんでした(^o^)
息子さんにお祝いを申し上げ、ファン交流会に急ぎましたが、こちらは「紅藍物語」の木島さんと存じ上げていても、うにさんの方からはヘンな中年おじんとしか見えないかもしれず、最初はわからなかったかもしれませんね~(^o^;)>poripori

こちらは交流会の様子です。肖像権の問題もありますので、写真はごく小さく(^o^)/




今回も、たいへん素晴らしい演奏会となりました。ソリストの方々も、山形の聴衆の暖かさを感じておられたようで、また機会があれば、ぜひもう一度素晴らしい歌をお聴きしたいものだと感じました。

【追記】
山形新聞の朝刊に、もう昨晩の演奏会の記事が掲載されておりました。さすがに地元紙。早い!もしかして当方の記事と競争してたりして(^o^)/ さすがにそれはないか(^o^)/
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加入電話の名義変更でインターネット接続が不通に

2011年02月19日 06時01分17秒 | コンピュータ
我が家の加入電話は、先年亡くなった父の名義になっておりました。電話帳に、故人の名前がいつまでも掲載されているのもさすがにどうかと思い、先月末に加入電話の名義変更、いわゆる「承継手続き」を完了しました。NTT の言うことには、電話の名義変更を行うと、インターネット接続に不都合を生じる場合があるとのことで、契約しているプロバイダに連絡するように、とのことでした。

そこで、すぐにプロバイダに電話をしたら、さんざん待たされたあげく、別に何もする必要はない、とのこと。へえ、そうですかと引き下がったものの、なんだか釈然としません。これが先月末のことでした。

ところが、一昨日になって、突然インターネット接続が不通になりました。「サーバが見つかりません」というエラーです。機器や接続状態を点検しましたが、とくに異常は見当たりません。ルータまで、ping も通ります。でも、ppp ランプが消灯しており、ルータから先がうまくいかないようです。そこで、NTT 東日本のサポートダイヤルに電話をして、回線の状況をチェックしてもらいました。ルータの設定画面は異常無しで、フレッツスクエアにも接続されます。ということは、プロバイダの認証エラーでしょう、とのこと。

翌日、プロバイダに電話をしました。はじめに接続障害の担当に電話をして事情を説明すると、すぐに調べてくれました。先月末の当方からの申し出も記録に残っているそうで、料金コースが、光常時接続ではなくダイヤルアップの無制限コースに変更されているために接続できなくなっていた、ということが判明しました(^o^)/

そこで、担当のお嬢さんには冷静に紳士的に(^o^;)対応し、事態を解決するにはどうするかを尋ねたところ、その部署では料金コース変更の権限がなく、新たに入会手続きの方へ電話をして、再度「光常時接続」に変更してもらう必要がある、とのこと。やれやれ、面倒な(^o^)/

さらに電話をかけ直し、さんざん待ったあげく、入会手続き担当の方にもう一度事情を説明して理解してもらい、ようやく料金コースをダイヤルアップから光接続に変更できました。夕刻にはプロバイダの認証も通って、インターネット接続が開通し、やれやれ、ようやく一安心です。

しかし、サポートの皆さんが誠実に対応してくださったことはわかりますが、契約者の意向にかかわらず、加入電話の名義が変更されると、強制的にダイヤルアップに戻ってしまう、という状況はいかがなものかと思いますね~。老人世代から中年世代への交代で、名義の変更も少なからず起こっているはず。「ダイヤルアップから光へ」というのならばまだわかる気もしますが、その逆の「光からダイヤルアップへ」というのは、むしろ何か不具合が起こっていないかというチェックリストに入るべき項目ではないかと思います。どんなもんでしょうか、@nifty さん(^o^)/



さて今日は、夕方から山形交響楽団のモーツァルト定期第12回、交響曲第12番と演奏会形式での歌劇「魔笛」ハイライトです。もう、ワクワク楽しみです。
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アタシにもちょうだい!

2011年02月18日 06時02分16秒 | アホ猫
アホ猫が、なにやら見つけたようで、近づいてきました。

ねえ、あたしにもちょうだいよ~!



それ、一つちょうだい!



ちょうだい!



ねえってば~!



だめだめ、虫歯になるよ(^o^)/
これはね、奥さんと一緒に食べるんだよ。



なんとも美味しそうです。アホ猫が、わけもわからずほしがるのも無理はありません(^o^)/
なんのことはない、今年のバレンタインの記録です。
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ショスタコーヴィチ「交響曲第8番」を聴く

2011年02月17日 06時03分21秒 | -オーケストラ
このところ、通勤の音楽として、ショスタコーヴィチの交響曲第8番を聴いておりました。当方、プロコフィエフについては、オーケストラ作品もピアノ曲や室内楽等も好んで聴いておりますが、ショスタコーヴィチの作品を積極的に聴こうという気になるのは珍しいことです。しかも、何を好きこのんで第8番(^o^;)>poripori

そういえば、当ブログでショスタコーヴィチのCDを取り上げた記事は、今のところ交響曲第4番(*)だけです。第7番「レニングラード」とか、第5番「革命」とか、もうちっと聴きやすい曲目を選べばよさそうなものですが、急いで出かけなければいけないときにたまたま手にしたのがこのCDだったという、ただそれだけの理由です(^o^;)>poripori

演奏は、エリアフ・インバル指揮ウィーン交響楽団。DENON COCO-70655、クレスト1000シリーズの中の一枚です。
実は、この曲の記事を書く予定はぜんぜんありませんでした。ところが、先日、雪の月山道を越えて鶴岡日帰りを敢行した際の帰路、すれ違う車もない夜の山道で、この曲を聴きながらドライブしたのです。いや~、不気味で恐かった!運転も、音楽も(^o^)/
当方、素人音楽愛好家らしく、そのことを書こう、と思った次第(^o^)/

第1楽章:アダージョ~アレグロ・ノン・トロッポ~アレグロ~アダージョ。全体で30分近い、この楽章だけで交響曲一曲分はあるのに、全体が悲痛かつ悲劇的、実に恐~い音楽です。冬の山道に向かいながら、この始まりを聴いただけで、しまった、高速道を使えば良かった、と後悔してしまいました。何を今さら、もう遅い(^o^)/
第2楽章:スケルツォ、アレグレット。リズミカルな行進曲風の音楽の上を、ピッコロが無責任に(^o^)飛び回ります。やがて力のこもったボクサーのフットワークのような音楽に。
第3楽章:アレグロ・ノン・トロッポ。ヴィオラが無窮動的なリズムを反復する中で、拷問に悲鳴をあげるような、そしてそれを重々しく遮るような、非情で脅迫的なフレーズが繰り返されます。その中から立ち上がるトランペットと小太鼓の進軍。緊迫感が盛り上がるスケルツォです。
第4楽章:ラルゴ、パッサカリア。盛り上がったままアタッカでいつの間にか次の楽章へ入ったと思ったら、やけに静かな、むしろ荒涼とした音楽に。でも、幸か不幸か冬タイヤのロードノイズにまぎれてしまいます。ここは、やっぱり自宅のスピーカでじっくり耳を傾け、見事な変奏に感心するべきところでしょう。
第5楽章:アレグレット~アダージョ~アレグレット。ここもアタッカで。ただし、曲の印象はがらりと変わります。盛り上がって終わるという意味でのクライマックスを構成しない終楽章です。プロコフィエフの第7番も、当初は静かに終わる終結を作曲しましたが、盛大な盛り上がりバージョンを余儀なくされました。ショスタコーヴィチもまた、「苦悩から歓喜へ」という形は、きっととりたくなかったのでしょう。不思議な合致です。

1991年1月21~23日、ウィーンのコンツェルトハウスで収録されたデジタル録音で、細かくインデックスがうたれています。プロデューサーは川口義晴さん、制作担当がホルガー・ウァバッハさん、録音・技術が高橋幸夫さん。
考えてみれば、ウィーン交響楽団の演奏した録音は、あまりたくさんは持っていないような気がします。今すぐにぱっと思いつく限りでは、ベーム指揮のモーツァルトの「レクイエム」旧録音あたりでしょうか。あれも、すごい演奏でした。インバルとのショスタコーヴィチは、積極的に集めようとしたわけではありませんが、なんとなく気になる録音ではあります。

(*):ショスタコーヴィチ「交響曲第4番」を聴く~「電網郊外散歩道」2010年7月
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「仰げば尊し」の原曲が見つかった

2011年02月16日 06時01分11秒 | -オペラ・声楽
卒業式の定番で、映画「二十四の瞳」でも印象的に使われていた唱歌「仰げば尊し」の原曲は、これまで作曲者不詳で、小学唱歌集の最大の謎とされていたのだそうです。ところが、2011/01/25付けの朝日新聞に、この曲の原曲を発見した、という記事が掲載されました。

米国で19世紀後半に発表された、「卒業の歌~SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」の旋律が同じであることがわかったとのことです。発見したのは、一橋大学名誉教授で、英語学・英米民謡の桜井雅人氏(67)。記事によれば、1871年に米国で出版された本「THE SONG ECHO」に収録され、作詞はT.H.ブロスナン、作曲は H.N.D. とある、とのこと。「仰げば尊し」は、明治17(1884)年発行の「小学唱歌集」第3編に掲載されているそうで、たしかに時代的にも合致するようです。

当方、卒業式にはこの歌を歌った世代です。「いまこそ~わか~れめ~」の部分は、だいぶ後まで「今こそ別れ目」と思っておりました。「天下分け目の関ヶ原」という言葉があるのだから、「分け目」があれば「別れ目」もあるはず、というリクツです。そうしたら、「今こそ別れむ」が「今こそれめ」と係り結び?になっているのだと聞き、理系の非常識(*1)を今更に痛感したものでした(^o^;)>poripori

Wikipedia では、1月11日に発表されたこの内容が、すでに取り入れられておりました(*2)。これも驚きです。

(*1):「ぬれ手にアワ」の意味~「電網郊外散歩道」2005年6月
(*2):仰げば尊し~Wikipediaの解説

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映画「二十四の瞳」を観る

2011年02月15日 06時04分33秒 | 映画TVドラマ

フォーラム東根で、一週間だけの特別上映、木下恵介監督の映画「二十四の瞳」を観ました。休日勤務の代休日となった平日の午後の回ですから、ゆったり気分です。観客層は圧倒的に年配者が多く、お孫さんらしい娘さんに車で連れてきてもらったという風情の老夫婦の姿もちらほら。こういう風景もいいものです。

昨年の秋にはじめて原作を読み(*1)、この映画を一度観てみたいと願っておりました。幸いに劇場で観ることができたことを、企画してくれた方々に感謝したいと思います。今回上映されたものは、昭和29年の映画(*2)のデジタルリマスターだそうで、画面の荒れも感じられず、舞台となった小豆島の、モノクロームの光と陰影が美しい。あらすじは原作を読んだ際の記事にゆずるとして、気がついたことをいくつか。

まず、原作をほぼ忠実に再現する形の脚本に感心しました。原作と映像作品とは別だとはいうものの、原作の想定とあまりにかけ離れた映画化はいかがなものかと思ってしまいます。その意味では、脚本がポイントになると思いますが、本作は二時間半を越える時間をかけて、島の生活を丁寧に見せながら、大石先生と12人の子供たちを中心に、島の人々を押し流す時代の荒波を描き、原作の香りを充分に感じさせてくれます。

母親に死なれ、残された赤ちゃんも死に、自分も奉公に出る少女の悲哀。百合の花が描かれたアルマイトの弁当箱のエピソードは悲しい。戦場から帰還しない夫や息子。戦争の悲劇と貧しさと。当時、この映画を観た人々には、各場面に共感する要素がたくさんあったのだろうと思います。空腹のために柿の木に登り墜落した幼い子供の事故死の話は、飽食の現代の子供には、笑われてしまうかもしれません。でも、たしかにあの時代には、ごくありふれたことだったのです。
そうそう、戦争未亡人となり、バスに乗るお金もなく、生活のために再び教壇に立つ決心をした大石先生に、自分たちのお金を少しずつ出し合って自転車を贈った教え子たちの気持ちが胸をうちます。たぶんそれは、怪我をした大石先生に米や大豆を贈ったような、島の大人たちの生きる姿勢が、無言のうちに教えた知恵だったということなのでしょう。いい映画でした。

ここからは、例によって無用のツッコミです(^o^)/

大石先生は、自宅から岬の分教場まで、自転車で50分の通勤時間だそうです。片道四里、現代風に言えば約16kmですから、平均時速は 19km/h に達します。自転車とはいえ、かなりの健脚です。洋服も着物もよく似合う、高峰秀子さん演じる大石先生はとっても魅力的ですが、昔の人はたくましかったのだなぁと、あらためて車に頼りがちな自分の軟弱さを反省しました(^o^)/
低学年の子供たちがわりに素朴で田舎風なのに比べて、高学年になると、修学旅行の船上の場面など、しぐさがどことなく都会風になる、というところは「うふふ」でしたが、師範学校出の大石先生の薫陶よろしきを得てのことだろうと好意的に解釈しました(^o^)/
また、映画では歌を歌っている場面ばっかりで、算数や理科の授業の場面などは出てきませんでした。大石先生が子供たちの心をしっかりつかんでいることは素晴らしいと感じましたが、教え子の一人が、数字を見ると頭が痛くなる、と話す場面を見ると、名教師でも算数を教えるのは難しいのかなと、ちらりと思ったり(^o^)/
修学旅行先の飯屋のおばちゃんは、浪花千栄子さんでした。当方が若い頃には、老け役でよく出ていたものでしたが、実に何十年ぶりでしょうか、思わず粛然といたしました。

(*1):壺井栄『二十四の瞳』を読む~「電網郊外散歩道」2010年11月
(*2):二十四の瞳(映画)~Wikipediaより

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映像メディアの私的な変遷について

2011年02月14日 06時02分52秒 | 映画TVドラマ
映像を記録保存し、時間を経て再生できる機器として、はじめて触れたのは、ベータ方式のビデオテープレコーダーだったと思います。当時はβIモードだけで、1本のテープに60分しか録画できなかったと思いました。それが、VHS方式の登場に影響され、βIIやβIIIといった長時間モードが登場しました。この頃の、β方式とVHS方式の競争は、かなり熾烈なものでした。

でも、実際に自分で購入したのは、実はレーザーディスクの方が早かった。ガスレーザー方式から半導体レーザー方式になったときに、これはCDも再生できる機械が出るぞと予想し、初代コンパチブル機が出て早々に購入しました。LDのタイトルは高かったけれど、子ども向けのアニメや、映画、ミュージカル作品などを少しずつ購入し、家族で一緒に楽しみました。「アラジン」「美女と野獣」「ダンボ」「ピノキオ」「ファンタジア」、「サウンドオブミュージック」「マイフェアレディ」「ハロードーリー」「巴里のアメリカ人」「雨に濡れても」、「秘密の花園」「家族ロビンソン」「盗まれた飛行船」「バックトゥザフューチャーI,II,III」「グレンミラー物語」など、おそらく今も子どもたちの記憶に残っているものばかりだと思います。

ところで、子育ての時期には、例によって映像に記録することも試みました。録画媒体としては8ミリビデオカメラを使い、運動会やピアノの発表会など、人並みに撮影したものです。でも、子どもが大きくなったら、ピタリとやめてしまいました。撮影対象のないムービーはつまらないものです。今は、DVD に音楽番組や映画をたまに録画する程度です。

代わって、このところお気に入りなのが、著作権保護期間が過ぎた、昔の映画です。「レベッカ」「高慢と偏見」「ライムライト」「街の灯」「アメリカ交響楽」「愛の調べ」「グレートワルツ」など、実におもしろく、興味深いものがあります。

そういえば、フォーラム東根で、12日~18日まで、「二十四の瞳」を上映予定(*)とのこと。先ごろ原作を読んだばかり(*2)でもあり、これはぜひ一度は見たい映画だと思っておりました。この件は、また別に記事にいたしましょう。

(*):フォーラム東根「二十四の瞳」上映予定は2/18まで1日4回
(*2):壺井栄『二十四の瞳』を読む~「電網郊外散歩道」2010年11月
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