電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

コーヒーと甘味

2007年12月31日 07時36分13秒 | Weblog
早朝、自室で静かにコーヒーを飲むのは、たいへん充実した時間です。できれば、少々の甘味がほしいところ。徹底した珈琲通の方々からは、甘味などは邪道と言われそうですが、人生のほろ苦さはじゅうぶんに味わっておりますので、かたわらに適度に甘さもあってよろしいかと愚考する次第(^o^)/

コーヒーにあう甘さとして、実は「冬至かぼちゃ」がぴったんこだと、以前も記事に取り上げた(*)ことがありますが、そのほかには、上山温泉の利休堂のかりんとうや山形市の山田家の「ふうき豆」、東根温泉の「東根豆糖」なども、田舎風の素朴な甘さがコーヒーによく似合います。

ただし、かぼちゃやサツマイモなどはカリウム分を豊富に含みますので、食べた後には漬物のような塩分がほしくなります。これは、細胞がナトリウム・イオンとカリウム・イオンのバランスを取るために、NaClを欲しがっている証拠でしょう。今の季節なら、豊富な白菜漬や青菜(せいさい)漬、赤カブ漬、あるいは「おみ漬」などを、バイキングのように小皿に盛り合わせて用意するということもあります。喫茶店でいえば、ケーキ・セットにサラダを頼むようなものでしょうか。

(*):コーヒーと冬至かぼちゃ

昨日は、午後の「椿山課長の七日間」と夜の「武士の一分」と、民放映画の二本立ての一日でした。降り出した雪があたり一面を真っ白に変えてしまい、一気に冬景色です。大荒れの予想どおり本格的な降りになっており、これは積もりそうです。子どもたちも帰省し、老父母とともに、一家そろって大晦日を過ごせそうです。
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コメント数の月次推移からわかること

2007年12月30日 07時21分47秒 | ブログ運営
「電網郊外散歩道」に、今年もたくさんのコメントやトラックバックをいただきました。ありがとうございます。最近は、スパムが増えたせいか、トラックバック自体が減少しているように感じますが、いただくコメント数はほどよく増加しているように思います。ありがたいことです。

さて、ふと気づいたことがあり、ちょいと調べてみました。気づいたことというのは、
「お盆や年末などには、休みではあるが、コメント数は少なくなるのではないか?」
という点です。

実際に、8月から12月までの5ヶ月間について、2006年と2007年の二年分のコメント数を集計してみました。グラフは、StarSuite の calc で集計した結果です。もちろん、この中には自分のものも含まれております。

このグラフから、お盆や年末などには、たしかにコメント数が少なくなる傾向があることがわかりました。この原因としては、休みとはいえ、家庭サービスで戸外で移動しているケースが多いこと、地域や家庭の行事で、一人だけパソコンに向かっているわけにはいかない事情などがあるのだろうと思います。むしろ、10月など秋にピークがあり、読書の秋、芸術の秋と一致します。私のブログの主たるテーマが、音楽や読書、コンピュータや散歩などですので、当然のことかもしれませんが、なかなか興味深い結果ではあります。
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シューマン「ピアノ・ソナタ第1番」を聴く

2007年12月29日 10時21分04秒 | -独奏曲
クリスマスにいただいた(*)シューマンのピアノ・ソナタ、嬉しくてずっと聴いておりました。嬰ヘ短調、作品11、エレーヌ・グリモーのピアノです。CDは、33CO-1786 という型番のレギュラー盤で、1987年8月に、ライデンのシュタットヘホールザールでPCM(デジタル)録音されています。解説は平野昭氏です。

思えばこの作品、若い頃にマウリツィオ・ポリーニの演奏するLP(G MG-2415)で、実によく聴いたものでした。1833年に着手され、1835年に完成した作品ですので、1810年生まれのR.シューマンは、23歳から25歳、本作品を献呈されたとき、クララは16歳でした。私がこの曲を好んで聴いていたのは、作曲者が同世代であるという親近感だけではなく、当時置かれていた個人的な状況から、ソナタ形式の枠におさまりきれない、たたきつけるような音楽に魅力を感じていたためでしょう。それにつけても、このCDの録音当時、エレーヌ・グリモーは18歳!本当にピアノを弾くために生まれて来たようなお嬢さんです。

第1楽章、崩れ落ちるように下降する音型と、問いかけるように上昇する短い旋律。暗い響きの、ウン・ポコ・アダージョの序奏部は魅力的です。深い沈黙のあと、再起する音楽はスピードと熱を増して来ます。主部はアレグロ・ヴィヴァーチェ。
第2楽章、短く簡潔で、美しいアリアです。惚れっぽいシューマンの自作歌曲「アンナに寄せて」によるアリアだそうで、アンナって誰?
第3楽章、スケルツォと間奏曲、アレグリッシモ。生き生きとした符点リズムが面白い効果を出しています。
第4楽章、フィナーレ:アレグロ・ウン・ポコ・マエストーソ。ソナタ形式という容れ物に対する青年シューマンの率直な解答がこの楽章かと思います。噴出するロマンティックな情熱と、多彩な転調やリズムを自在に展開しながら、なんとか理知的な形式を保っている音楽、とでも言えば良いのでしょうか。

エレーヌ・グリモーの演奏は、ポリーニ以上の快速テンポですが、ほんとにみずみずしい、伸び盛りのシューマンです。彼女の演奏を通じて、今はやや遠くなった若い時代を思い出すのは、懐かしくもあり、ほろ苦くもあり。1976年9月と書き込みのあるポリーニのLPを聴くのは、大きく方向転換せざるを得なかった当時の個人的事情から、甘さよりも苦さが勝ってしまうようで(^_^;)>poripori

参考までに、演奏データを示します。
■エレーヌ・グリモー盤
I=11'24" II=2'53" III=4'51" IV=11'13" total=30'21"
■ポリーニ盤
I=11'53" II=3'06" III=5'08" IV=11'39" total=31'46"

(*):さえないクリスマスが一転して~「電網郊外散歩道」
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電子辞書の便利さ

2007年12月28日 05時44分41秒 | コンピュータ
CD-ROMが普及し始める頃、代表的なコンテンツは辞書でした。FM-TOWNSで使っていたワープロソフトFM-OASYSをバージョンアップしたら、ワードハンターという三省堂のCD-ROM辞書がついてきて驚いたことがありました。その後、各種のCD-ROMが続々と登場したものの、辞書の性格上、ドライブを常に占有されてしまいますし、辞書を引きたいときにいちいち辞書CDを入れ替えるのも面倒でした。

この問題は、小型の電子辞書が普及し、多くの辞書CDを持ち歩く必要がなくなったことで解決されました。今や、国語辞書や漢和辞典はもちろん、英和・和英辞典や百科事典なども収録されているものが珍しくないようです。意味や用例を調べるだけでしたら、もう十分に用が足ります。

先日、ようやく電子辞書を購入しました。シャープのPW-AT760というものです。平凡社の「マイペディア」は、CD-ROM版の世界大百科にも付いて来ていましたが、なにせ1998年のもの、データなどは電子辞書のほうがずっと新しいようですし、語彙のリンクもはるかに充実しています。また、OXFORD現代英英辞典も、英和辞典ではなかなかわからないところに気づきます。手書き認識や音声読み上げなどは、あまり頻繁に使う機能ではありませんが、「家庭の医学」や「医者からもらった薬がわかる本」なども、たいへん参考になります。

電子辞書を購入して使い始めると、もう一つ、思いがけないメリットがありました。収録されているものと同種の、何種類かの大型の紙の辞書を、手近な書棚と机上から移動することができ、だいぶスペースが空いたことです。「書棚の空きスペースはすぐにうまる」という経験則は承知していますが、少しでも手近な書棚のスペースが空くのはうれしいことです。
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灯油を節約するには

2007年12月27日 07時06分31秒 | Weblog
体調を崩して入院していた老父が退院し、妻と息子が東京から戻り、ようやくにぎやかになりました。老父には、いささか寒さがこたえるようです。この寒空の季節、灯油がずいぶん値上がりしていますので、年金が頼りの老人世帯には厳しい冬です。当方も、なんとか灯油を節約する方法を工夫しなければいけません。

(1) 入浴時間を決めて、短時間で皆が入るようにする。あるいは頻度を減らす。
(2) 暖房を入れる部屋を減らす。端的には、家族が別々の部屋で過ごす時間を減らし、できるだけ同じ部屋で過ごす時間を増やす。
(3) 当方の都合から言えば、書斎滞在時間を減らし、こたつでノートパソコンを使うようにして、テキストファイル「2007電網郊外散歩道原稿.txt」もメディアで運ぶ。
(4) 好きな音楽を、携帯CDプレイヤーとイヤホンで利用~これは、女房殿が怒るだろうなぁ…。でも、一緒に韓国ドラマを見ていると、時間がいくらあっても足りないのだもの(^o^)/

まぁ、最後のは冗談としても、400リットル灯油タンクを毎月給油しなければならないようでは、やっぱり使い過ぎですね。リットルあたり85円としても、月に3万4千円になってしまい、一冬の灯油代が軽く10万円をこえてしまいます。寒冷地では、積雪だけでなく、灯油の値上がりもまた大問題です。
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南極のペンギンはただいま抱卵中?

2007年12月26日 06時43分26秒 | Weblog
ペンギン・ウェブカム(*)で観察できる南極マーチン基地のgentooペンギン、どうやら、ただいま抱卵中のようです。北半球とは逆で、今は夏の真っ盛り。同じ場所、同じ姿勢でずっと腹ばいになっているペンギンさんが多いのですが、もしかするとこれが抱卵の姿勢?だとすると、数週間で雛がかえると思われますので、しばらく注意しているとペンギンの赤ちゃんが見られるかも、ですね。

この下の写真、のぞきこんでいるようなペンギン君の様子が、なんとも擬人的でユーモラスです。燕尾服を着た、ちょいと小肥りの紳士の風情。それにしても、厳しい南極での子育ては大変でしょう。人間界で子育て真最中の若いママたちには、思わず共感をよぶシーンかもしれません(^_^)/



(*):ペンギン・ウェブカム~南極マーチン基地
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さえないクリスマスが一転して

2007年12月25日 19時22分37秒 | Weblog
今年のクリスマス・イブは、妻が親戚の法事をメインに息子の生活チェックをかねて上京しており、老父が体調を崩して入院しましたので、老母と二人だけで過ごしております。昨晩は、ろうそくもケーキもサンタさんも割愛し、残りものをおじやにして食べました。なんとも冴えないクリスマスですが、長い人生にはそういう年もありますね。気分を変えて、ジャズ風のバッハを聴きました。

昔、高校生の頃、ジャック・ルーシェ・トリオの「プレイ・バッハ」が流行しておりました。例によって NHK-FM で、この斬新な演奏を知りましたが、またもや例によって、お財布の中身と折り合いがつきませんでした(^o^)/
そして仕事が猛烈に忙しい時代に、一時期ではありましたが、レコード・クラブの会員になったのは、「プレイ・バッハ」やその他の演奏のCDを、探す手間をかけずに集めたいと考えたからでした。実際、何種類もあるジャック・ルーシェ・トリオの「プレイ・バッハ」シリーズ等を全部集めることは、私のコレクションの範囲を越えてしまいますので、いいところを集めた名演集のようなCDは、ありがたいものです。

などとパソコンに向かって愚痴をこぼしていたら、郵便物が届きました。ときどきコメントをいただく、パリ在住のピアニスト、nabukoさんから、エレーヌ・グリモーの演奏する、シューマンのピアノ・ソナタ第1番やショパンのバラード第1番、リストの「ダンテを読んで」などを収録したCDと、心あたたまる、すてきなクリスマス・カードを送っていただいたものです。

さっそくシューマンのソナタを聴いています。感想は、じっくり聴いて後日投稿したいと思いますが、実はフランスからの郵便物を、生まれて初めていただきました。切手を見ながら、おお、フランス語だ~、とアホな感激をしております(^o^)/
Merci beaucoup!!
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倉田喜弘『日本レコード文化史』を読む

2007年12月24日 06時49分39秒 | -ノンフィクション
だいぶ前に入手し、途中まで読んで投げ出していた、岩波現代文庫の倉田喜弘著『日本レコード文化史』を読みました。本書の構成は、次のようになっています。

I. 近代を告げる音 (フォノグラフ、鹿鳴館、など。)
II. 国産化への道 (レコード輸入、外国資本の日蓄登場、など。)
III. 視界ゼロ時代 (はやり歌、政見放送、洋楽、など。)
IV. 対立と抗争 (関東・関西対決、芸術への傾斜、ラジオ出現、など。)
V. 音の大衆化 (電気吹き込み、大衆文化、レコード時代、など。)
VI. 破局への道 (検閲制度、国家総動員法、など。)
VII. 音の追求 (再建、技術革新、LP、オーディオ、CDから音楽配信へ、著作権意識、など。)

全体に、多彩な資料を渉猟した労作で、本格的です。本書の全体を論評することはできませんので、いくつか目からうろこの部分を抜書きするにとどめたいと思います。

「音の大衆化」聴覚のみによって歌が流行するほど、日本人の音楽性は豊かであったのだろうか。(p.178)

これは、「東京行進曲」という流行歌が、映画という視覚の影響で生み出されたものであり、「波浮の港」なども同様であることを指摘したものです。

大衆化の過程で、安売りは避けることのできない宿命であった。(p.212)

最初の廉価盤レコードの出現について、触れた文です。出版業で文庫本が現れるように、広く大衆に受け入れられることを目指すとき、廉価な版が誕生するのは、時代とジャンルを問わず普遍的な現象のようです。

レコードがなければ日本人に歌唱力は付かなかったであろう。逆にいえば、レコードがあればこそ日本人は歌えるようになったのである。こんにち歌うことは人間の本能だといわれているが、それは現代の話であって、ついこの間までの日本人にはあてはまらない論理である。(p.238)

このあたり、「最上川舟歌」のように朗々と歌われる当地の豊富な民謡の伝統を思うとき、いささか疑問な面もありますが、いわゆる西洋音楽の受容過程という範疇で考えれば、まことに妥当な話かと思います。

体裁は文庫本ですが、索引もきちんとついており、何か目的を持って調べるにも便利な、立派な本です。わくわく面白いという類ではありませんが、我が国のオーディオや音楽再生のルーツに興味のある人には、たいへん示唆に富む本です。
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プロコフィエフ「ピアノソナタ第8番」を聴く

2007年12月23日 08時14分33秒 | -独奏曲
通勤の音楽、ここしばらくは、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第8番と第9番を聴いておりました。特に、第8番、Op.84。もともと好きな曲ですが、今回はかなり長い間カーステレオのCDプレイヤーを占領しておりました。ピアノは、イェフィム・ブロンフマン。SONYのSB3K87747 という型番の3枚組CDで、プロコフィエフのピアノ・ソナタ全9曲を収録しています。CDケースの裏面に、
www.essentialclassics.co.uk
と表示がありますので、イギリスからの輸入盤でしょうか。数年前に、某新☆堂で購入したものではなかったかと思います。

第1楽章、アンダンテ・ドルチェ。静かで神秘的な雰囲気を持った始まり。叙情的な長い楽章ですが、ダイナミクスの幅が大きく、訴えかけてくる音楽に聞こえます。
第2楽章、アンダンテ・ソニャンド。まるでシューマンのピアノ曲のような、夢見るような音楽ですが、響きはまぎれもないプロコフィエフの音楽です。
第3楽章、ヴィヴァーチェ。途中で、初心者のための練習曲のようなところがあり、さらにドビュッシーやラヴェルのようなところもあり、最後は荒れ狂うように終わります。音楽史的なものというよりも、作曲者の個人的な音楽生活の回想なのでしょうか。だとしたら、最後の荒れ狂う終わり方は?素人音楽愛好家である私には、専門的なことはわかりませんが、技巧的にたいへん難しいものを持つ音楽なのだとか。充実した、見事な音楽としか言いようがありません。

1939年に着手、1944年に初演されたこの曲は、交響曲第5番と同時期に作曲され、3曲の「戦争ソナタ」のうち最後の、叙情性に特徴を持つ音楽です。初演は、エミール・ギレリスが担当、妻ミーラ・メンデリソンに捧げられ、スターリン賞を受賞した作品とのこと。後の、官僚が芸術を規制しようとした「ジダーノフ批判」以前には、ソ連国内で、しかるべき人がきちんと評価していたということなのでしょうか。

そういえば、20世紀の作曲家の中で、ソナタ形式で書かれた作品をピアノ・ソナタと銘打って発表し続けた人は少ないのかも。1人で9曲も書いたプロコフィエフにとっては、ピアノは最も親しい楽器であり、ソナタ形式は必ずしも古い形式ではなかったのかもしれません。

■ブロンフマン(Pf)
I=14'31" II=4'09" III=10'17" total=28'57"
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まいど変わりばえせず4年目に突入

2007年12月22日 07時40分20秒 | ブログ運営
去る12月19日に、当ブログ「電網郊外散歩道」を始めてから四年目に突入いたしました。デザインも話題も、まいど変わりばえせずに、なんとか継続しております。
今後とも、ローカルな話題の中にもちらりと普遍性を志向しつつ、普通の庶民の生活の中で感じたこと・考えたことを綴りたいと思います。

ところで、近ごろ拝金主義が蔓延し、お金に群がる人が多いために、すべての人がそうだと思ってしまうのか、傲岸不遜に見下したような態度を取る人や事件が目立ちます。また、専門家が、その力量と社会的貢献によって尊敬を受けるのではなく、お金に換算して、その程度によって相対的に「尊敬」されるという、妙な風潮もあります。2004年12月21日というとずいぶん昔のように感じてしまいますが、当ブログ初期のこんなスタンス(*)を大切にしながら、人畜無害のサイトを継続していきたいと思いますので、どうぞよろしく。

(*):普通の庶民のモラルの高さ~「電網郊外散歩道」最も初期の記事
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「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」(4)

2007年12月21日 19時57分15秒 | -藤沢周平
去る12月9日に行われた、「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」シンポジウムについては、先日12月19日(水)付けの山形新聞に、その内容が大きく掲載されました。さすがに報道と編集のプロだけあり、発言内容を過不足なく要約してまとめ、見開きの紙面におさめて掲載しており、読み応えがあります。ただし、同紙のホームページ(*1)を見ても、これだけ力を入れている藤沢周平の特集に関する項目が見当たりません。おそらく、後日単行本化されるものと考えていますが、さてどうでしょうか。

パネルディスカッションの最後に、コーディネータである寒河江浩二さん(*2)が、各パネリストにいくつかの質問をしました。これが面白かった。

Q:「家族愛」については?
蒲生さんが答えます。娘さんの本に、「普通が一番」普通の暮らしを守ることが一番大切なことと教えられた、とある。これは、長い不遇の冬の時代に関連している。他の作家と異なり、藤沢さんは業界紙生活を楽しかったと評価している。やはり妻の闘病生活と早過ぎた死をくいとめられない悔しさ、鬱屈があったのではないか。家族愛と普通の生活を守ることの大切さは、他の作家の剣豪がみな独身で、藤沢時代小説ではみな家族持ちである点にも現れている。

Q:「努力しても報われない人を描いているが?」
高橋さんが答えます。努力しても報われない社会である。そもそも報われることを求めていない。ある行動原理に基づいて、誠実に生きているだけではないか。与えられたことを懸命にやっているだけ。そういう人を描いているのでは。

Q:「爽やかな読後感」については?
中村さんが答えます。藤沢周平の世界では、人生の成功者はだれもいない。みな失敗者であって、痛みを感じるかどうかの違いだろう。主人公には、悪いことをする人や醜い人もいる。そんな中にも、どこかに良い点を残し、救いを求める。人を信じる心が、奥行きを持って人間を描くことに通じている。人間は矛盾を抱えつつも、変わり得る存在として描いている。食べるものを描くときも、高級食ではなく、庄内の普通の食べ物だった。

以上、どの発言も、たいへん共感し、納得できるものばかり。参加者の様子を見ると年配の人たちが多く、大人のシンポジウムの印象でした。

(*1):山形新聞ホームページ~やまがたニュースオンライン
(*2):山形新聞社編『藤沢周平が愛した風景』(祥伝社黄金文庫)の実質的執筆者です。同書は、庄内支局勤務だった平成9年に、庄内・海坂藩を訪ねる旅を連載し紹介した記事をもとにしています。
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「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」(3)

2007年12月20日 19時26分19秒 | -藤沢周平
パネルディスカッションが佳境に入った頃、蒲生さんが「学生時代の藤沢には、郷里に恋人がいるようだと、小野寺君は知っていたようだ(*)」と話します。

桐咲くや 掌触るるのみの 病者の愛
汝を帰す 胸に木枯 鳴りとよむ
汝が去るは 正しと言ひて 地に咳くも

互いに別々にあった句を並べると、情景が見えて来ます。郷里にいた恋人、病気療養中に、ときどき見舞いにきてくれていた女性。しかし、当時、直るあてのない結核患者は、結婚不適格者でした。
泣く泣く去っていった恋人と藤沢周平の間には共通の友人(女性)がおり、作家として有名になった後で、彼女がガンになって入院したことを、その友人が藤沢さんに知らせたのだそうです。
「俺、見舞いに行っていいんだろうか」
「来てくだされば、喜ぶでしょう」
というようなやりとりがあり、入院していた病院から外出許可をもらって、互いに共通の友人二人と一緒に、計四人で会食をして、昔をしのぶ話をして別れたのだそうです。藤沢周平らしい、いい話だ、と蒲生氏は回想します。お嬢さんが、本の中で淡々と書いているから、今となっては紹介してもいいだろうと思って(新聞の連載に)書きました、とのこと。長塚節の悲恋、『蝉しぐれ』の結末に通じる。しかし現実の再会は、節度を持った優しいものであった、と結びました。

前二句は、文春文庫『藤沢周平のすべて』中に掲載されていますが、最後の句は知らなかった。この記事は、たしかに記憶にあります。私も、この話を始めて知り、藤沢周平らしい、いい話だと感じました。

シンポジウムはまだ続きます。当方の記事も、もう一回分くらいか。

(*): 文春文庫『藤沢周平のすべて』、座談会「わが友 小菅留治」p.132、小野寺茂三氏の発言、など。
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「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」(2)

2007年12月18日 06時37分55秒 | -藤沢周平
「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」シンポジウム、後半はパネル・ディスカッションです。パネリストは、作家の高橋義夫さん、早稲田大学名誉教授で文体論の中村明さん、宮城学院大学名誉教授で藤沢周平と同級生だった、蒲生芳郎さんの三名、コーディネーターは、山形新聞取締役編集局長の寒河江浩二さんです。

蒲生芳郎さんは、少年時代の濫読体験の共通性から、一緒に同人雑誌を作ることになった、山形師範学校での学生時代の話をしました。藤沢周平さんは、あの頃の小説はむやみに面白かったなあと語りながら、しかし同人雑誌に寄せたのは、エドガー・アラン・ポーの評伝だったり四編の詩だったりした。藤沢時代小説の原点は、「面白さ=エンターテインメント性」と「詩」だ、と指摘します。「砕氷船」「プレリュード」という同人雑誌にも詩を発表、その後も昭和51年に小説新潮に、昭和54年にも詩を発表、若い時代の四編を含めて計11編。時代小説作家である以前に詩人であったわけで、文藝としては両極にあるものを融合した、と指摘します。

中村明さんは文体論から、表現のあり方、どういう効果をもたらすかを新聞に連載しました。集英社国語辞典を編纂された、元国語学会の会長さんも、藤沢作品はほとんど全作品を読んでおり、読みごたえがある、と話しておられたとのこと。たしかに、主人公の視線で見ている風景・心理を、読者が追体験することができるように表現されている。また、「文四郎さんのお子が私の子で…」など、婉曲的ではあるがまっすぐな愛の表現、女性の芯の強さを表している、とのこと。

高橋義夫さんは、藤沢周平以後、豊かな表現が邪魔になると言われていた時代小説や推理小説の文章が変わってしまったと指摘。藤沢周平の文体は、昔の自然主義小説、近代ヨーロッパ文学に根ざす小説に近い。それまでにはなかった、空気や血の匂いなど、情景を皮膚感覚で描くように工夫している。正岡子規が提唱した写生や実感に通じ、農民文学がモダンな形で息を吹き返した進化形かとも感じる、と話します。

大部分は山形新聞の夕刊の連載記事ですでに取り上げられた内容が多いのですが、この後で、蒲生氏から、藤沢周平の学生時代に郷里に恋人がいた、という話が出ます。これはまた次回に。ただし、ちょいと野暮用で出かけますので、もしかすると明日は更新できないかもしれません。
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「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」(1)

2007年12月17日 06時44分46秒 | -藤沢周平
去る12月9日(日)、山形市のAZ七日町、山形市中央公民館の6階ホールにて、山形新聞社が主催する「没後10年、藤沢周平の魅力を語る」というシンポジウムが開かれました。前々から楽しみにしておりましたが、当日はAZの駐車場が混み合っていてなかなか入れず、向かいの八文字屋書店の有料駐車場に停めて、ようやく入場できました。おかげで、開会行事の主催者挨拶は聞けずじまい。当日の山形新聞夕刊の記事によれば、相馬健一会長が

1971(昭和46)年、藤沢さんが「オール読物」新人賞を受賞したさいにインタビューした経験に触れ「非常に魅力ある人柄だった」と振り返った。

というものだったようです。

続いて作家の高橋義夫さんによる「周平さんの椅子」と題した講演がありました。高橋さんが直木賞を受賞された際、藤沢さんが、歴史的事実について、単行本にするときには直したほうがよい、とアドバイスしてくれたことにふれて、選考の際に指摘するのではなく、後でそっと編集者を通じて知らせてくれる、そういう人柄だった、というエピソードを披露しました。受賞作品選考というきわめてデリケートな場面を考慮した、藤沢周平らしい、心優しい配慮を示すできごとでしょう。高橋さんも、実は今回初めてお話するのです、と言っていましたので、尊敬する先輩作家に対する感謝の気持ちを、そんな形で表明されたのかな、と思います。

『暗殺の年輪』の後、「なぜ時代小説を書くか」という随筆を発表しています。当時は、立原、五木、野坂さんなど、いかにも新しさが感じられる流行作家が活躍しており、ひっそりと登場した藤沢作品は、地味で暗いものでした。今でこそ海坂藩は有名になりましたが、かつての海坂藩は意地悪で抗争に明け暮れ、ここだけは住みたくないと思わせる土地でした。編集者は「いい本を書くんだが、売れない」と嘆く時期もあったようです。多くの読者に受け入れられるようになったのは、用心棒シリーズや隠し剣シリーズなど、作品が明るさを持つようになってからで、『蝉しぐれ』も、出て何年かたってから、じわじわと評価が高まっていったのです、と高橋さんは語ります。

高橋義夫さんが若い頃に、ある人から、流行作家の椅子は15脚しかない、と聞いたそうです。藤沢周平さんは、その「流行作家の椅子」にすわったことはない。きっと独自の、別の椅子にすわっていたのだろう。同じ作家の立場から、そう指摘する高橋さんの見解に、思わずなるほどと頷きます。

たいへん興味深い講演で、メモを全部記事にすると、いろいろと差障りもあろうかと思いますので、あとは多分単行本になることを期待し、最後に一つだけ。

市井ものに出てくる女性たちを読むと、江戸にあんなしおらしい女性が本当にいたのかと疑問に思うそうです。女性が二割位しかいない特殊な町で、商家の切盛りも女性が中心、離婚の申し立ても女性の方から、という例も多いのだとか。「不義密通は死罪」という法律も、土佐藩の実績では280年間に1件しか適用例がないのだそうです。法律どおりにしていたら、藩士がいなくなってしまう。そういう現実を充分に知っている藤沢さんがモデルにしたのは、故郷の庄内・黄金村の農家の女性たちだったのではないか。

この指摘は、思わずうーむ、とうなってしまいました。
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第185回山形交響楽団定期演奏会を聴く~ショスタコーヴィチ第9他

2007年12月16日 06時55分32秒 | -オーケストラ
昨晩7時から、山形県民会館にて、山形交響楽団第185回定期演奏会を聴きました。指揮は、関西フィル首席指揮者である藤岡幸夫(ふじおか・さちお)さん。曲目は、
(1)エルガー セレナード ホ短調、Op.20
(2)黛敏郎 シロフォンのためのコンチェルティーノ
(3)ショスタコーヴィチ バレエ組曲第1番
(4)ショスタコーヴィチ 交響曲第9番、ホ長調、Op.70
というプログラムです。

恒例の指揮者プレトークによれば、21世紀は地方オーケストラの活躍が鍵になり、在京オーケストラが刺激を受ける時代だそうで、飯森さんをリーダーとする山形交響楽団の活躍と一層のレベルアップが素晴らしい、とのこと。
エルガーの曲は、愛妻に捧げた曲をまとめたセレナード。三村さんは、素晴らしいテクニックの持ち主で、今回は、もともと木琴のための協奏曲をマリンバで演奏する。ショスタコーヴィチは、シリアスな一方で、カフェで演奏されるような軽い音楽も好きだった。交響曲第9番は、軽妙で聴きやすいが、生命を賭けたすごい曲。「第9」に壮大さを期待するスターリンらが連なる前で、生命を賭けて馬鹿にした。そういう音楽を、山響は素晴らしい表現をする。

演奏が始まります。コンサートマスター(ミストレス?)は、犬伏さん。今回は黒の、何と言うのでしょうか、パンタロン・スーツのようないでたちです。
エルガーのセレナードは弦楽のみ。第1楽章、アレグロ・ピアチェーヴォレ。犬伏さんのソロに、弦楽アンサンブルが優しく応えます。第2楽章、ラルゲット。もともとは「悲歌」と題されていたという、ゆったりとした、ひたすら美しい緩徐楽章です。第3楽章、アレグレット。少しテンポが速くなります。ヴィオラが活躍しますが、肩を痛めたと言う「らびお」さん、なんとか大丈夫そう。音楽は優美に終わります。

続いて指揮台わきにマリンバが運ばれて来て、その大きさにびっくり。横幅がけっこうありますね。あまり広くないステージいっぱいに広がり、指揮者は大変そうです。マリンバの独奏者は三村奈々恵さん。やや銀色がかった白のロングドレスが、ロングヘアーによく似合う長身の女性です。赤いマレット(?)を二本持って登場。
さて、黛敏郎の曲ですが、私はもちろん初の体験です。
I、アレグロ・ヴィヴァーチェ。けっこう躍動的な音楽です。マリンバが大活躍、リズムが面白い。
II、アダージェット。叙情的な旋律をマリンバがかなでます。ちょっと民謡風な旋律です。打楽器なので、旋律は細かな連打で表します。ピアノのようなペダルを用いた効果はありません。
III、プレスト。再び速い楽章で、短く終わります。
聴衆の拍手に応え、白いマレットを四本持って再び登場した三村さんのアンコール。「今のはもともと木琴のための曲でしたので、マリンバの魅力である低音を使っていませんでしたので」と、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」から「間奏曲」をマリンバ用に編曲したものを。
素晴らしい!マスカーニの甘美な旋律がやや変質し、ミステリアスで気高い音楽になり、聴衆から大きな拍手が贈られました。ホールがもう少し響くものであれば、ピアニシモがさらに美しく聴くことができたのではないかと、やや残念。素晴らしいホールを会場とする庄内演奏会では、たぶん最高の条件となるでしょう。

休憩の後、ショスタコーヴィチのバレエ組曲第1番。おや?編成が少し小さくなり、ファゴットの高橋あけみさんの姿が見えません。内心ブーイングをしながら、しかしこれも初体験の曲を堪能しました。
第1曲、叙情的ワルツ、木琴が活躍します。チェレスタもポロンと。もともとはジャズ組曲だそうですが、モダンジャズの時代以前でしょう。あまりジャズという印象は受けません。
第2曲、ダンス。弦のピツィカートで始まります。木琴と管が主役で、弦はあくまでもピツィカートで脇役。
第3曲、ロマンス。今度は弦がちゃんと弓を使って、木管と歌い交わします。
第4曲、ポルカ。軽快なテンポのよい曲です。ピアノがホールのダンス・ミュージック風に。運動会の玉入れ競技に似合いそうな音楽です(^o^)/
第5曲、ワルツ・スケルツォ。ピッコロとチェレスタが、ヴィオラとチェロのピツィカートをバックに。あまりウィーン風ではないワルツです。
第6曲、ギャロップ。ラッパ部隊大活躍のロシア風ギャロップ。シンバルも派手にジャーンと鳴らします。要所でトライアングルが響き、軽快で楽しい曲です。
全体的に、ショスタコーヴィチはピッコロやトライアングルなど、派手な鳴り物が好きみたいですね。

さて、長いファゴットを持って、高橋あけみさんも登場、編成もフルに回復し、いよいよショスタコーヴィチの交響曲第9番が始まります。
第1楽章、アレグロ。ピッコロ、フルート大活躍。パプーンと鳴るのはトロンボーンでしょうか。ティンパニのほかにバスドラムも。
第2楽章、モデラート~アダージョ。クラリネットの旋律は、不気味な墓場に流れるようなものです。木管が奏でるうめき声と嘆き、弦楽も緊張感に満ちた音楽を表現し、ピッコロのロングトーンがこの楽章を見事に締めます。
第3楽章、プレスト。ラッパ部隊が軍隊ふうに進軍し、チューバ、トロンボーン、トランペットなど金管の威圧的な響き(独裁者?)の後に、高橋さんの、息の長い素晴らしいファゴット・ソロ!本曲の白眉でした。
第4楽章、ラルゴ、第5楽章、アレグレットと、続けて演奏されます。音楽が唐突に盛り上がって行進曲ふうになるところや、横面を張り倒すようにタンブリンをぶったたいて終わる場面など、たしかにある種の、何と言うか、挑戦的な印象を受けました。

うーむ。私の個人的な好みからはちょいとずれている音楽ですが、ショスタコーヴィチの交響曲の理解、解釈について、たいへん有意義な演奏でした。演奏会の後に、得体の知れないわだかまりを抱えて帰路につく、そういう時があっても良いのかもしれません。地方オーケストラの定期演奏会で、時折こうした苦みのきいたスパイスのような機会があるのは、たしかにありがたいことです。少なくとも、私の通勤の音楽にショスタコーヴィチが第一セレクション群に選ばれることはないとは思いますが、こういう時代があったのだということは、忘れてはならないことだろうと思います。
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