電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

秋の夜、一人で声楽曲を聴く

2008年09月30日 06時31分20秒 | -オペラ・声楽
日が落ちるのが本当に早くなりました。仕事で遅くなり、すっかり日の暮れた帰路、ヘッドライトをたよりに車で郊外路を走るとき、なんとなく人の声が聴きたくなります。カーステレオ用に用意しているCDの中から、例の某中古書店で分売していた"GreatMaster"というシリーズの中から、"The Favorite Vocal Music" を聴きましょう。東独オイロディスク原盤で、ルネ・コロやヘレン・ドナートなどが歌っている、オムニバスものです。(DENON GES-9028)

(1) J.S.バッハ-グノー、「アヴェ・マリア」、ルネ・コロ(Ten.)
(2) ヘンデル、「ラルゴ」、ルドルフ・ショック(Ten.)
(3) ハイドン、オラトリオ「四季」より「来れ春」、ライプツィヒ放送合唱団
(4) モーツァルト、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、ベルリン聖ヘドウィッヒ大聖堂合唱団
(5) モーツァルト、モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」より「アレルヤ」、ヘレン・ドナート(Sop.)
(6) ベートーヴェン、「自然における神の栄光」、ベルリン聖ヘドウィッヒ大聖堂合唱団
(7) シューベルト、「ドイツ・ミサ曲」より「サンクトゥス(聖なるかな)」、ハーゲン・シューベルト連盟合唱団
(8) シューベルト、「アヴェ・マリア」、エリカ・ケート(Sop.)
(9) シューベルト、「聞け、聞けひばり」、ルドルフ・ショック(Ten.)
(10)シューベルト、「野ばら」、ルドルフ・ショック(Ten.)
(11)シューベルト、「菩提樹」、ルドルフ・ショック(Ten.)
(12)ジョルダーニ、「カロ・ミオ・ベン」、ルドルフ・ショック(Ten.)
(13)クルティス、「帰れソレントへ」、ミヒャエル・テオドール(Ten.)
(14)コットラウ、「サンタ・ルチア」、ルネ・コロ(Ten.)
(15)カプア、「オー・ソレ・ミオ」、フランシスコ・ラザロ(Ten.)
(16)カルディロ、「カタリ」、ルドルフ・ショック(Ten.)

収録曲目は上の通りですが、あらためて私は美しい女声に弱いのだなぁと痛感(^o^)/
CDのタイトル、日本名は「声楽名曲集」となっていますが、ちょいとそのものずばり過ぎるのでは。イタリアものは少しばかりドイツ風で、ベルカントの朗々とした風情は後退しますが、これはこれで大いに楽しめる立派な歌唱でしょう。おなじみのシューベルトの歌曲は鼻歌まじりに、合唱曲の見事さは素晴らしいもので、聴きごたえ充分です。「帰れソレントへ」と一気に変換しようとしたら、「帰れソ連と屁」になったのには思わず笑ってしまいましたが、1985年の発売当時、たぶん東独は相当に末期症状を呈していたことでしょう。このオイロディスク盤は、彼の地の音楽家の生活を、多少なりとも潤すことができたのでしょうか。
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佐伯泰英『寒雷ノ坂~居眠り磐音江戸双紙(2)』を読む

2008年09月29日 06時42分52秒 | -佐伯泰英
双葉文庫で、佐伯泰英著『寒雷ノ坂~居眠り磐音江戸双紙(2)』を読みました。Wikipediaによれば、著者は当初スペインと闘牛を題材とした写真家・作家としてスタートし、国際的なミステリー等を発表しますがあまり売れず、編集者から事実上の廃業勧告に近い宣告を受けた(*1)のだとか。作家として生き残りを図るべく、藤沢周平に着想を得て時代小説家に転身したのだそうです。

なるほど、たしかに本編の幕開けは『用心棒日月抄』と同様に、長屋の貧乏暮らしから始まります。食う米がないため、仕方なく貧乏御家人の品川柳次郎とともに、内藤新宿の博奕打ちたちの喧嘩の助っ人やら、両国橋際の矢場の用心棒やらを勤めますが、矢場のおきねの死など、『用心棒日月抄』の夜鷹の死と重なります。ただし、大頭の南町奉行所与力の笹塚孫一というのは著者の創造でしょう。これはまた、すごいキャラクターです。今後もしばしば出てきそうな(作者にとっては大変に重宝そうな)「清濁併せ呑む」タイプ。

出会い茶屋の件は、魔性の女に魅入られてしまった老人の悲劇。今津屋の由蔵の用心棒を依頼され、威張りちらす高家旗本から貸金を回収する仕事なども請負いますが、こちらは危険手当てつき。富士見坂では幸吉を助けるために、金貸し兼やくざの権造一家に用心棒の腕を売り込み、幸吉を発見・救出します。そんな世話好きな磐音さんの活躍の最中にも、豊後関前藩の秘密が次第に明るみに出てきて、親友二人とその妻、および婚約者を失った悲劇が、実は仕組まれたものであったことがわかってきます。

なるほど、このスピーディな展開は、人気が出るわけですね。気は優しくて強いスーパー主人公と、彼を取り巻く美女二人の三角関係が、悲劇とハッピーエンドの間で揺れ動き、周囲の人間模様が彩りを添える物語、と見ました。なるほど、人気が出るはずです。
ただし、改行が多い文章は、特に対決場面になると、こんなところでもいちいち改行するのか、とびっくりします。
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携帯用ノートパソコン談義

2008年09月28日 05時46分08秒 | コンピュータ
IBMのThinkPad220がとうとうこわれました。メインに使っていたのはWindows3.1の頃。ちょっとだけ昔のことかと思っていたら、ずいぶん昔の話なのだと、あらためてびっくりしました。当方のブログ記事で、ThinkPad220 で検索してみたら、けっこう取り上げて(*1~*3)おりました。

このサブノート・パソコンを購入したばかりの頃は、スケジュール管理などもこれでできると考え、紙の手帳とはおさらばできるかも、と考えたものです。ところが、実際に使ってみると、スケジュール管理には実用にならないことが判明。いちいち起動して予定を確認するのはまだるっこしいし、電池が切れると重要な予定の確認もままならない。紙の方がよっぽどましです。結局、このサブノート・パソコンは、テキスト編集や表集計などに特化して、図書館に持ち込んだり出張時に使うなどの用途が中心になり、長く愛用しました。



その後、いろいろとプレゼンの機会が多くなったために、さすがに DOS マシンでは対応できず、NEC LavieZ という、ゼロハリバートン・デザインの B5 の小型ノートパソコンを購入しました。こちらは、ThinkPad220 での経験を生かし、携帯性と電池の持ちを最優先に考えたもので、Transmeta(*4)社の Crusoe という省電力型 CPU を採用した、WindowsXP マシンです。主メモリが 192MB と少なめなので、Office ソフトやグラフィック・ツール等を複数立ち上げると、動作がもっさりしてじれったいところがあります。でも、テキストエディタや MS-WORKS 等のコンパクトなツールの場合は、意外に快適です。きちんと充電してあれば、4~5時間は十分に持ちます。TeX/LaTeX も便利に使えますし、テキスト編集、表集計、プレゼンテーションやメール等の用途には、たいへんありがたいコンパクト機です。次の写真は、数年前に出張したときの、某所での様子。音楽用に小型スピーカが用意してあるところは、当方の趣味も相当に重症です(^o^;)>poripori



今流行のミニノートですが、当方は OS に Ubuntu Linux を採用した、DELL の Inspiron Mini9 (49,800) に興味あり。Linux ノートでプレゼンというのが、ちょいと遊び心をくすぐります。もっとも、プレゼンの最中に話に熱が入り、画面がスクリーンセーバーに変わって「フライング・トースター」で呆れられる可能性もありますが(^o^;)>poripori

(*1):古いノートパソコンを起動すると
(*2):住所録データベースのこと
(*3):あるソフトウェアの歴史~MS-WORKSのこと
(*4):一時、Linux の Linus Torvalds 氏が籍を置いていた Transmeta 社も、Intel 社に身売りすることになったとかいうニュースもありました。省電力 CPU という着想は面白かったのですが、Intel 社自身が同じ目標を追求し始めると、経営はなかなか難しかったのでしょうか。
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ニュース・サイトのページ・レスポンス

2008年09月27日 06時19分29秒 | Weblog
ネットの普及で様々な月刊誌が休刊に追い込まれているニュースが話題になっています。ニュースは新聞のオンライン・サイトで読んでいるのですから、実は新聞といえども安閑としてはいられません。
当方の「ブックマーク」(IEふうに言えば「お気に入り」)には、アサヒ・コムやよみうりオンライン、CNN などのニュースサイトが登録されています。以前は、これらのニュースサイトで真っ先に開くのは「アサヒ・コム」でした。ところが、最近、アサヒ・コムのページがやけに重いのです。そこで、相対的に軽い、「よみうりオンライン」を読む回数が増えました。
どうも、原因は、記事よりもビデオ映像やフラッシュを多用した広告の多さにあるのではないか、という気がします。オンライン・ニュースはページ・レスポンスが命だと思うのですが、見た目の派手さにとらわれてしまうのでしょうか。
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マルティヌー「交響曲第4番」を聴く

2008年09月26日 05時37分13秒 | -オーケストラ
この冬、2月頃だったと思いますが、いつも観ている「N響アワー」で、アラン・ギルバートとN響による、マルティヌーの交響曲第4番を聴きました。これが実に新鮮で、あまりなじみのなかったこの作曲家の音楽について、興味を持つきっかけになりました。たまたま、いきつけのCDショップで、ノイマン指揮チェコフィルの全集(DENON COCQ-84038~40)を購入し、第1番から聴き始めて現在第4番まで来ております。ようやく原点に到達したところ、でしょうか。

マルティヌーの交響曲第4番は、彼の6曲ある交響曲の中で唯一、長調の曲です。どちらかといえば悲しげな曲調のものが多い中にあって、珍しく晴れ晴れとした気分を持っている音楽。作曲されたのが1945年ごろといいますから、ヨーロッパ戦線がナチスドイツの降伏によって終結し、祖国チェコが解放されて、帰郷の可能性も出てきた頃でしょう。アメリカ側から見れば、太平洋戦争も時間の問題であることがはっきりしており、戦争の終わりと平和への期待が高まっている頃でしょう。

第1楽章、ポコ・モデラート。マルティヌーとしては明るい楽しげな音楽で、フルートとピアノが一緒にリズムを奏するところなど、効果的です。
第2楽章、アレグロ・ヴィーヴォ。低弦がスタッカートのリズムを刻む中で、ファゴットが提示した主題がトランペットや木管に受け継がれ、じりじりとエネルギーを高めていって、トゥッティで全休止。するとやわらかな旋律を弦が奏し、再びオーケストラが目覚めます。はじめのオスティナートが再現され緊迫感が増す中で終わり、たいへん魅力的な楽章になっています。
第3楽章、ラルゴ。弦楽合奏が息の長い半音階的な旋律を奏で、低弦のうめきのような響きの中で、ピアノが弔いの鐘のように鳴り響きます。弦のカンタービレが延々と続き、ティンパニで締めた後に、ゆらゆらとゆらめくような旋律が続きます。
第4楽章、ポコ・アレグロ。金管が華やかに活躍、低弦が行進のようなリズムを刻みますが、しだいにオーケストラ全体が高揚していきます。

■ノイマン指揮チェコ・フィル盤
I=7'01" II=8'59" III=10'02" IV=7'11" total=33'13"
■アラン・ギルバート指揮N響
I=6'54" II=9'29" III=9'46" IV=7'02" total=33'11"
(ただし、DVDに録画したものの、プレーヤーの再生時間表示で計算したもの。)

ノイマン盤は、抑制された力が内向しつつエネルギーを高めていくような演奏、アラン・ギルバートとN響のほうは、悲劇性よりは美しい響きを求めるような、統率の取れた集中力に富む表現のように感じます。アラン・ギルバートは、ニューヨーク・フィルのヴァイオリニスト夫婦の間に生まれ、ヴァイオリニストから指揮者になった人だそうです。マルティヌーのこの交響曲第4番は、彼のお気に入りの曲だそうな。こういう演奏を、テレビ放送で全曲通して楽しめるなど、ありがたい限りです。さすがは池部晋一郎さんの番組だけあります。
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三崎亜記『となり町戦争』を読む

2008年09月25日 06時06分05秒 | 読書
集英社文庫で、三崎亜記著『となり町戦争』を読みました。となり町の日常的な親近感と、戦争という非日常性をむりやり接合したような題名のおもしろさに興味をひかれて手にした、というのが真相です。
舞坂町の広報誌のお知らせらんに小さく掲載されていた【となり町との戦争のお知らせ】という始まりの意外性は、想定外の事柄が日常性の装いで起こり始めるという意味で、実に違和感たっぷりです。

ありえないでしょ、という出来事が起こっちゃうのは、物語の常套手段ではありますが、ここでも実に効果的です。ところが、この「となり町との戦争」が、職場でも近所でも、全然話題にのぼらない様子なのです。思わず「嘘くさ~い!」。そりゃ、全編フィクションなのですから、嘘くさいのはもともとなのですが、それにしてもこのリアリティのなさ、あまりの都合のよさ。「成和23年」のこの町には、マスコミの取材も、ブログの発信も、携帯電話による掲示板への書き込みも、全くないようなのです。そういえば、香西さんから初めて来た電話も、壁の内線電話でしたし、偵察員記録表とやらは二枚連写の手書きです。2004年に発表された本書は、情報化社会の要素を注意深く排除して成り立っているようです。

いかにも行政組織っぽい細部の「らしさ」と、大きな目で見た「ありえなさ」。主人公ならずとも、現実感を持てと言う方が無理があります。ここは、架空の時代の架空の町の架空のお話の、ちょっと気持ちワルい、奇妙な浮遊感を楽しむべきなのでしょう。
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ジェットストリームの大容量・高級タイプがほしい

2008年09月24日 05時34分20秒 | 手帳文具書斎
自宅では万年筆を使うものの、外出時やちょっとした筆記には、ボールペンの手軽さ、簡便さは重宝します。ただし、あらたまった場で、おもむろに1本100円のボールペンを出すのは気が引けることもありますので、少~し見栄をはって、ちょいと高級そうなボールペンを使いたいものです。できればインク切れの頻度の少ない大容量インクリフィルを使ったジェットストリームがほしい。ちょっとした記念品や贈答用に使えるような高級タイプならば、リフィルで稼ぐ必要性も薄いでしょう。これがあれば、海外のブランドものの、書き出しの重い油性のボールペンとはおさらばできるのですが。
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バラ公園で今年も弦楽四重奏

2008年09月23日 20時08分30秒 | -室内楽
秋分の日の午後、山形県村山市の東沢バラ公園で、山形弦楽四重奏団の演奏会を聴きました。今朝は涼しく農作業日和でしたので、午前中にたっぷり草刈りをして汗をかき、シャワーを浴びて着替えもそこそこにお昼をかきこみ、車で東沢バラ公園へ。入り口で入園料400円を払い、ログハウスに急ぎます。時間前に到着しましたので、コーヒーで一服できました。



さて、山形弦楽四重奏団の皆さんが登場。左から第1ヴァイオリンの中島さんはダークグレーのシャツにノーネクタイで。第2ヴァイオリンの駒込さんは、グレーのノースリーブにロングスカート。髪型が短くなり、とてもよくお似合いです。チェロの茂木さんは、ダークグレーのシャツに斜縞のネクタイ。汗よけでしょうか、楽器にもバンダナをつけています。ヴィオラの倉田さんは、上下とも黒一色で統一して、ぐっと渋いスタイルです。

最初は、幸松肇作曲「弦楽四重奏のための四つの日本民謡第1番」から。こちらは、(1)さんさ時雨(2)そーらん節(3)五木の子守唄(4)ちゃっきり節、の四曲が、それぞれ第1楽章~第4楽章という構成になっています。
第1楽章、ヴィオラで「さんさ時雨」の旋律が始まります。次いでチェロが旋律を歌い、ヴィオラがハーモニーを。さらに第1ヴァイオリンに移り、という具合。とてもすてきな旋律です。
第2楽章、「そーらん節」はリズミカルに第1ヴァイオリンがリード。裏拍のようなリズムが面白い音楽です。
第3楽章、「五木の子守唄」もヴィオラが旋律を奏して始まり、ヴァイオリンの移ります。そしてチェロが少し開放的に。半音階ふうの部分をはさみ、チェロのピツィカートの中で高音弦が旋律を再現します。
第4楽章、「ちゃっきり節」は、リズミカルで楽しい、粋でいなせな風情がよく出た音楽です。

次は、第1ヴァイオリンを中島さんから駒込さんに交代し、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」です。これはもう、駒込さんの台詞ではないですが、「どクラシック」、超有名な音楽。言葉は不要ですね。そうそう、一つ発見がありました。最後の終わり方が、どうも「アーメン」のような気がする。
それから、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の第1楽章を。これも、もう超有名曲ですので、今さらのような言葉は不要です。この音楽が、ずっと続くといいなぁと思いながら聴きました。
さらに、バラ公園での演奏会にちなんで、「バラが咲いた」と「百万本のバラ」を。これは昨年も聴きましたが、編曲も素敵で、何度聴いてもいいものです。東沢バラ公園のお土産用に、山形弦楽四重奏団の演奏で小さなCDを作ってほしいほどです(^o^)/
親しみやすい曲目が続きます。「小さい秋見つけた」、「千と千尋の神隠し」から「命の名前」。ログハウスに集まったお客さんも、一曲ごとに拍手をしながら、ほんとに楽しそうです。

後半は、第1ヴァイオリンが再び中島さんに代わり、幸松肇作曲「弦楽四重奏のための四つの日本民謡第2番」です。(1)八木節(2)南部牛追歌(3)おてもやん(4)会津磐梯山、の四曲からなる音楽。先の定期演奏会で演奏した曲目とのことですが、あいにく仕事で行けなかったので、今回聴くことができて嬉しい!
第1楽章、「八木節」、太鼓のバチで樽を打つような音も入り、リズミカルで活気のあるアレグロ楽章です。
第2楽章、チェロが朗々と「南部牛追歌」を導入すると、旋律はヴィオラ、第2ヴァイオリンがオブリガート。なかなか魅力的な緩徐楽章ですね。チェロがギターのアルペジオふうに指でぽろん。いい歌です。
第3楽章、4人とも弓を置き、ピツィカートで「おてもやん」を演奏します。強くはじくだけでなく、ピゥ~っとズラシのテクニックも入り、面白い効果です。文字通り諧謔的なスケルツォ楽章に相当するのでしょうか。
第4楽章、本作品はただ民謡を編曲した音楽ではないことを示す、現代的な緊張感を持った「会津磐梯山」。見事なフィナーレ楽章です。
たいへん魅力的な作品だと思います。先の定期演奏会には、作曲家の幸松肇さんご自身が来形されていたとか。お話もお聞きしたかったのにと、今更ながら残念無念です。

アンコールに「ふるさと」を聴きながら、今年も元気で「バラ公園で弦楽四重奏」を聴くことができる幸せを感じておりました。終演後、バラのソフトクリームを食べ、少しだけ散歩をして、所用で親戚の家を回ってから帰りました。うーむ、今日も充実した一日だったぞ(^_^)/


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付録目当てに雑誌「DIME」を購入

2008年09月23日 05時47分42秒 | コンピュータ
先日、出かけた先の書店の雑誌コーナーでたまたま手にした雑誌「DIME」19号の、「特別付録MicroSD/SDカードリーダー」という宣伝文句が目にとまりました。定価が500円の雑誌に、カードリーダーがついてくるのだそうで、これも中国効果でしょうか。品質のほうはあまり期待できませんが、ノートパソコン用に、ケーブルレスのアダプタタイプは使えるかもしれないと思って、付録目当てで購入してきました。

で、雑誌のほうは?うーむ、そうですねぇ。パソコンのデータ整理の極意という特集ですが、アプリケーションソフト機能からファイル操作をするのではなくExplorer等のファイル管理機能で管理することを勧め、フォルダ名を日付+イベント名の形で作成したり、VistaやSpotlight等のインデックス式の検索機能を紹介したりする内容です。また、メールでは、処理すべきメールに集中できるよう、受信ボックスを常に空にするなどの方式を紹介しています。古くから雑誌「アスキー」読者だった当方には、あまり目新しいものはありません。むしろ、この種の雑誌は、一つのジャンルを深く掘り下げるのではなく、浅く広く、様々な情報を簡便にコンパクトにまとめて紹介するという切り口なのでしょう。その意味では、なかなか成功しているほうかもしれません。

さて、今日はお彼岸です。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、実際に朝晩は急速に涼しくなってきております。先日から、半袖はやめにしました。今日は、お彼岸の来客の合間をぬって、村山市の東沢バラ公園に、山形弦楽四重奏団のミニ・コンサートに出かける予定です。午前の部が11:00~12:00で、午後の部が13:30~14:30、来客の状況で、午前の部に行けるか午後の部になるか不定ですが、本日の最大の楽しみです。
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佐伯泰英『陽炎の辻~居眠り磐音江戸双紙』を読む

2008年09月22日 06時20分06秒 | -佐伯泰英
双葉文庫で、佐伯泰英著『陽炎の辻~居眠り磐音江戸双紙』を読みました。たぶん、双葉文庫というのは初めてです。
豊後関前藩に戻ったばかりの二十代後半の青年たちの間に起こった悲劇。江戸から戻ったばかりの夫に、いわれのない妻の不貞を告げ口した酒癖の悪い叔父。その言葉を信じ、怒りと嫉妬のあまり、夫を信じ帰りを待ちわびた妻を問答無用で切り捨てた夫の狂気。妹を惨殺した友を、怒りにまかせて一刀両断した妻の兄の激情。このあたり、藤沢周平『山桜』の中で、主人公に再嫁を懸念させた、剣客の乱暴な人間性そのものでしょう。さらに加えて、藩命によりその友を討ち果たさねばならなかった悲劇性。坂崎磐音の物語の始まりは、読者をぐっとつかんでしまう力があります。

田沼意次が始めた南鐐二朱銀による通貨統一の政策を背景とし、幕府内部の隠れた権力闘争と、両替商どうしの確執が描かれ、その中に坂崎磐音と周囲の町人たちの交流があります。磐音の許嫁は、討ち果たした友の妹でもありました。乱心者とされたその一家は、行方知れずとなっており、江戸三崎町の佐々木道場で目録を受けた腕前を持つ主人公は、豊後関前藩から脱藩し、今は浪人となっています。深川生まれで両替商に奉公する大家の娘おこんの思慕は、とうぶん実るあてもありません。このあたりの物語の想定は、やきもき、ハラハラという、まさに典型的時代劇の王道を行くものです。

藤沢周平の彫師伊之助シリーズの後に読むと、やや通俗に感じられる面もありますが、主人公は人柄は良いし強いしもてもてなのですから、きっと気楽に読んでよろしいというシリーズなのでしょう。ふだんテレビを見ない生活なので気づかずにいましたが、NHK-TVですでに何度か放送されているらしいです。流行に遅れているのは毎度のことですが、多くの人が「面白かった」と言っているものは、たぶん私も面白く読めるはず。次作を楽しみにしたいと思います。
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日曜朝の長寿番組「音楽の泉」

2008年09月21日 08時46分14秒 | クラシック音楽
日曜の朝、所用で車を走らせているとき、中波のNHK第1放送を選びましたら、昔懐かしい「音楽の泉」のテーマ音楽が聞こえてきました。シューベルトの「楽興の時」でしょうか。お話は皆川達夫さんに変わっています。昔は村田武雄さんが出ていた時期が長かったような気がしますが、いつ頃交代されたのか全く不明でした。そういえば、村田武雄さんが、日本コロムビア社の廉価盤「ダイヤモンド1000」シリーズの推薦文をかかれていた1970年頃にはすでにかなりの年配だったはずです。氏の話で「音楽の泉」を聞いていたのは、たぶん結婚したばかりで関東在住の頃ですから、もう30年ほどになります。
話し手は変わっても、同じ時間帯、同じテーマ音楽で始まる同じ番組。もう確固とした存在感です。中波ラジオの音域の狭さも、聞き流すには気になりません。たまには、こういう長寿番組を聞いてみるのも、懐かしくて良いものです。
そういえば、NHK-FMの番組「名曲のたのしみ」の吉田秀和さん、未だに現役です。こちらも、たぶん驚くほどの長寿番組になっているのではないでしょうか。

早朝から河川清掃の草刈りボランティアに出かけたら、作業が終わるあたりで雨が降ってきました。家でシャワーを浴び、着替えてほっとしています。朝のコーヒーがおいしいです。
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藤沢周平『ささやく河~彫師伊之助捕物覚え(3)』を読む

2008年09月20日 21時36分42秒 | -藤沢周平
新潮文庫で、藤沢周平著『ささやく河~彫師伊之助捕物覚え(3)』を読みました。5年ぶりの再読です。文章のうまさにあらためて感心させられる、大江戸のハードボイルドな物語、始まりは小間物屋の主人が島帰りの老人を誘う場面から。二人の過去の関係がほのめかされただけで、老人は唐突に口を封じられてしまいます。

ところがこの老人は、

「そんならいいけど」
と言って、おまさはぱっと笑い出した。
「何がおかしいんだ」
「そんなじいさんがいちゃ、あんたいつになってもここに泊まれないじゃないか。とんだ迷惑だよ」
「ちげえねえ」
といって伊之助もにが笑いした。外に踏み出すと、暗い夜だった。松井町の通りには灯影ひとつ見えなかった。

という具合に、伊之助のところに行き倒れて拾われていた男だったのです。このあたりの展開、会話や描写で自然に物語の本筋に引き込むうまさは、また格別です。

三人の悪党が次々に殺されていく。それも、未解決のままに残された昔の悪事にからんだ者ばかりです。ですが、いくら悪人とはいえ、奉行所の面子にも関わると、同心の石塚は伊之助を頼ります。伊之助は、親方の怒りの矛先をかわしながら、休みをとっては探索に出歩きます。最後は思いがけない犯人が浮かび上がりますが、それもまた、過酷で哀れな運命でした。

せっかくのミステリー仕立てですので、あらすじは省略しますが、三部作を通して読み返すとき、本作の終わりの場面でも、作者の実人生と同様に、おまさが救いになる描き方になっています。

一人になって、伊之助は吉原土手に曲った。暗い土手の向こうに吉原の灯が見えた。死んだ幸右衛門のことがわずかに気持ちを重くしていて、伊之助は今夜はまっすぐおまさの店に行こうかと思っていた。

寝たきりの父と病弱な妹をかかえたおまさと伊之助との関係が今後どう進むのかと、思わず興味を持ってしまうのですが、作者が亡くなってすでに十年をこえます。もう少し、この続きを読みたかったと残念でならないシリーズです。
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そうだ、FMを聴こう!

2008年09月19日 06時26分23秒 | クラシック音楽
単身赴任のアパートと自宅と、生活の場所が複数あるとき、不便なのは、聴きたい音楽が手元にない場合が多いことです。できるだけ荷物にならないように、音楽CDも選んでアパートに持参しておりますが、たまには違う音楽も聴きたいと思うこともしばしばあります。

そんなときは、「そうだ、FMを聴こう!」ということに。昔ならば雑誌「FM-fan」の出番となるところですが、さいわい今はネットで「Listen! NHK-FM」(*)などという公式ページがあり、番組案内やら放送予定やらが掲載されています。

これによれば、9月23日には、18:00~21:10まで、ウィーンフィルの演奏会が生中継の予定とのこと。リッカルド・ムーティ指揮で、

(1) ロッシーニ「歌劇“セミラーミデ”序曲」
(2) ストラヴィンスキー「バレエ音楽“妖精の口づけ”によるディベルティメント」
(3) チャイコフスキー「交響曲 第5番 ホ短調 作品64」

というプログラムだそうです。もしかしたら、テレビでも放送するのかもしれませんが、たぶん生中継ではないでしょう。ラジオの同時性、臨場感もいいものです。

(*):Listen! NHK-FM
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古いFMVにLANボードとUSBボードを増設

2008年09月18日 06時11分36秒 | コンピュータ
最近、やけに機嫌が悪かった FMV6450CL3 の LAN ボード、四十九日を終えて単身赴任アパートにもどり、パソコンの電源を入れても、やっぱりエラーで接続できない事態が続いておりました。そこで、某量販店で単体の LAN ボードを探したところ、たった1個だけ、残っておりました。corega の PCI LAN アダプタ、CG-LAPCITX というものです。780 円也。



Realtek のチップを使ったもののようで、そういえば昔、カニさんチップを認識せず、VineLinux2.0 にて設定に苦労した覚えがあります。



ところが、パソコン本体のフタを開け、LAN ボードを差し込んで元通りに接続し、電源を入れると、なんと、簡単にチップを認識。configure しますか、と(英語で)聞いて来たので、Yes と答えます。すると、configure して勝手に立ち上がってくれました。



ついでに手元に余っていた USB2.0 ボードも増設。こちらも同様です。設定ファイルをテキストエディタで手直しすることを覚悟していたのに、なんだか拍子抜け。最近の Linux 界は、たしかに確実に進歩しているんだなぁと、嬉しくなった次第。



わずかに 780 円の追加投資で、FMV-6450CL3 は生き返りました。ついでに、USB2.0 もちゃんと使えるようになっているかどうか、調べてみたいと思います。添付の Windows 用 CD-ROM など全く使わず。とりあえず本日はここまで。
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古いFMVのLANボードの機嫌が悪い

2008年09月17日 06時04分08秒 | コンピュータ
単身赴任のアパートに持参した古いFMV-6450CL3ですが、OS(VineLinux)のほうは大丈夫なのに、時々サーバーエラーになります。シャットダウンして電源を入れ直すと復旧します。CPU切替器で同じルータに接続している、FMVよりちょっとだけ新しいNECのLavieのほうは接続できているところをみると、ルータやモデムや回線の問題でないことは明らかです。おそらく、発売以来九年ぐらい経ちますので、LAN ボードのハード的な問題でしょう。

CPUこそPentiumIII(450MHz)と二時代以上前のものですが、320MBのRAMを搭載しており、VineLinuxのような軽めのOSを用いることで、メールやWEB閲覧などには十分に実用になっています。写真の右側、もう一台のNEC/Lavieの方は、Windows2000+AVGという環境が、どうも今ひとつ軽快さに欠けるものですから、足元に2台を並べると、利用の重点は、どうしても写真の左側のFMVに傾きます。実際はLANボードだけ更新すればよいわけですが、さて単体のPCIのLANボードなんて、そもそもまだ市販しているのでしょうか。一度調べてみる必要がありそうです。
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