電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

プレッピー(Preppy)でプラチナの古典ブルーブラックインクを試す

2013年02月28日 06時04分09秒 | 手帳文具書斎
プラチナ万年筆で発売している廉価万年筆プレッピー(Preppy)で、同社の古典ブルーブラック・インクを試してみたいと考えました。古典ブルーブラック・インクというのは、酸と鉄(II)イオンを含むもので、青色の染料のせいで筆記時には青く見えますが、鉄(II)イオンが空気酸化されて鉄(III)イオンになり、これが没食子酸などと反応して黒く変色し固着する、という仕組みではなかったかと思います。粘度を調整する等の目的で、タンニン酸なども加えるようですが、昔は耐水性・耐光性が重視され、インクと言えばこの古典ブルーブラックが主流だったはずです。

いつのまにか筆記具の主流はボールペンに移行し、詰まりやすく扱いの難しい古典ブルーブラック・インクは次第に使われなくなり、染料インクに変わっていきました。パイロットもセーラーも、というわけです。ところが、国産ではプラチナが依然として古典ブルーブラックを販売し続けているとのこと。では、その色と変化、書き味を試してみようと、同メーカーで唯一持っている万年筆「プレッピー」をご指名、という経過です。

もともとこのプレッピーは、黒インク・カートリッジで使っていたものです。インクを使いきったので、水洗いしてブルーブラックのカートリッジに替えようと思ったのですが、なぜかプレッピーは水洗いがスムーズに進みません。インクがなかなか水中に出てきません。どうも、ペン軸が普通の構造ではないのでは?と疑ってしまいます。

そんなわけで、中途半端な洗浄になってしまったためでしょうか、どうもインクフローがよろしくない。乾燥も遅く、水分が残っているのか色も薄く感じます。ペン先の細さ(0.3mm)のせいかと思っていましたが、どうもそれだけではなさそうです。プレッピーで古典ブルーブラック・インクを試すには、根気強く使ってみる必要がありそうだ、と覚悟を決めて、辛抱強く使いつづけました。インク・カートリッジが半分ほどの残量になったころには、色の水っぽい薄さもなくなり、本来のインク特性とみなしてもよかろうと判断しました。

で、プレッピーで使ってみた古典ブルーブラック・インクの特徴は:

(1) 色の点からは、青が強めのブルーブラックだと感じます。
(2) ペン先の細さもあるのでしょうが、パイロットと比較すると、インクフローは渋い傾向です。
(3) 各種の用紙に使ってみて、裏抜けしにくい傾向は長所だと思います。
(4) 細字なのにインクが乾くのに時間がかかる傾向があり、書いてすぐにノートを閉じると、反対のページにインクが写ってしまいます。

なるほど、万人向けとは言いにくいが、確かな長所を持った個性的なインクです。うっかり放置すると詰まってしまう可能性があり、高価な万年筆をおシャカにする危険なインクですが、プレッピーのような廉価万年筆との組み合わせであれば、使ってみてもよいかと考えました。とくに、裏抜けするコクヨのドット罫線ノートには、古典ブルーブラック・インクを入れたプレッピーを専用ペンにしてしまうのが良いようです。

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コクヨのドット入り罫線キャンパスノートは紙が薄くなったのか、裏写りする

2013年02月27日 06時04分17秒 | 手帳文具書斎
コクヨのキャンパスノートの中でも、近年になって登場したドット入り罫線キャンパス・ノートは、紙が薄くなったのか、万年筆で書くとかなり裏写りします。とくに中字の万年筆で、黒インクで書いたときにはずいぶん顕著です。

これが、一世代前のキャンパスノートですと、裏写りは最小限に抑えられています。どうやら、ドット入り罫線という機能を付加価値とした代わりに、紙質の面が後退してしまっているようです。どうも、旧バージョンのキャンパスノートのほうが良かったようだなあ。なんだか残念な結果です。ドット入り罫線ノートは、裏写りしにくい青系のインクで細字のペンを用いることとし、まとめて購入しストックしてある旧キャンパスノートは、大事に使っていきましょう。

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2月も終わりに近づくと

2013年02月26日 06時03分29秒 | 季節と行事
2月も終わりに近づくと、例年ならば雪も日中には融けてしまい、晴天ともなれば道路は乾いて走りやすくなるのが通例でした。積もった雪の下では、まだまだ草花の芽は顔を出しませんが、雪融け水でゆっくりと休眠解除が進む季節です。

ところが、日差しに油断はできません。昨年も今年も、例年とはいささか事情が異なります。気圧の谷が通過し、寒気団が南下すれば、西高東低の冬型のお天気となり、真冬に逆戻りです。ここ数日の荒れ模様は、一月の厳冬期にも例を見ないほどのものでした。除雪が間に合わず新幹線が不通になり、高速道路は閉鎖され、雪捨て場がいっぱいになって川がせき止められるほどです。

春の天気は三寒四温と言いますが、早くそれに近づいてほしいものです。春の訪れを待ちわびているのは、アホ猫も同じです。我が家のアホ猫たちは、早朝からやけに走り回って、裏の畑でのハンティングに備えてトレーニングをしているようです(^o^)/

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NHKテレビで「蝉しぐれ」7回版の再放送を観る

2013年02月25日 06時03分30秒 | -藤沢周平
今まで、再放送を含めて何度観たことでしょうか。でも、オリジナルに近い七回版の再放送であれば、何としても観たい。藤沢周平原作、黒土三男脚本による金曜時代劇「蝉しぐれ」です。実は、先々週から放送が始まっており、うっかり初回「嵐」は見逃しておりました。先週の第二回「蟻のごとく」から見始めたのですが、やっぱり泣かされました。原作では、助左衛門との対面の後、逸平と会います。逸平に、何か話したかと問われて、何が起こったのか聞きたいと言ったのだが、と答えたとき、不意に、本当に言いたかった言葉が溢れてきます。

 言いたいのはそんなことではなかったと思ったとき、文四郎の胸に、不意に父に言いたかった言葉が溢れて来た。
 ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして、父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。

という地の文のあとに、逸平との会話、

「泣きたかったら存分に泣け。おれはかまわんぞ。」
「もっとほかに言うことがあったんだ」
文四郎は涙が頬を伝い流れるのを感じたが、声は顫えていないと思った。
「だが、おやじに会っている間は思いつかなかったな」
「そういうものだ。人間は後悔するように出来ておる」
「おやじを尊敬していると言えばよかったんだ」
「そうか」
と逸平が言った。

が続きます。テレビドラマでは、原作にかなり忠実に会話を再現しており、脚本の質の高さを感じました。

そして今週の第三回、「ふくと文四郎」。家禄を減らされ、母とともに長屋暮らしとなっていた文四郎は、里村家老に突然呼び出されて、旧禄に戻し、郡奉行支配に入ることを告げられます。父の仇である里村家老の意図を訝しみながらも、謹慎が解かれたことを母とともに喜びます。朗報がふくに伝わることを期待し、普請組屋敷に小柳甚兵衛を訪ねますが、小柳家はもうそこにはなく、ふくに殿のお手が付いたことから、甚兵衛さんは80石に出世していることを告げられ、淡い初恋の終わりを知るのです。思い悩む文四郎に、道場主の石栗弥左衛門が、秘剣村雨を授けることを伝えます。ただし、それは次の奉納試合で、興津新之丞に勝ったら、という条件でした。

一方、長屋では矢田作之丞の未亡人、矢田淑江が、かつて婚約者であった野瀬郁之進と不倫の関係にありました。たまたま、野瀬との争いを押しとどめた関係で、布施鶴之助と知り会います。布施は、淑江を実の姉だと説明し、文四郎との交友が始まります。交友と言えば、小和田逸平から急用だと呼び出しがあり、逸平の家に急ぎますが、そこで江戸から帰国した与之助に再会します。与之助は、助教として論語を講義する立場であり、文四郎にふくの近況を知らせます。それは、決して幸福とは言えない、辛く痛ましいものでした。文四郎は、与之助とともに染川町で酔いつぶれ、心の痛みをそらそうとします。

次回は、どうやら少し後になるらしいです。3月3日は「琵琶湖マラソン」でお休みとのこと。同日は仕事で出ていますので、むしろ「ラッキー!」かも。10日の日曜も何かの都合で放送はなく、第4回は3月1710日になるようです。

【追記】
もう少し正確に言うと、

3月3日・24日・31日は放送がありません。

ということだそうです。(小和田逸平の母親役、五代路子さんのブログ「夢を紡いで」より

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葉室麟『秋月記』を読む

2013年02月24日 06時04分02秒 | 読書
角川文庫で、葉室麟著『秋月記』を読みました。直木賞を受賞した『蜩の記』では、いささか死を美化する傾向を感じましたが、本作ではそれほど濃厚ではなく、比較的素直に読むことができました。

筑前の小藩・秋月藩において、藩政に専横を極める家老の宮崎織部を除くべく、間小四郎ら若手の藩士が立ち上がります。それは、本藩である福岡藩に訴えるというものです。企ては成功したように見えましたが、小四郎は背後に策謀があり、自分たちは福岡藩に利用されたのではないかと考えはじめます。

このあたりの構造は、単純な善玉・悪玉ではなく、入り組んだ利害と人間関係に現れており、いかにも大人の物語です。一度はどうしようもない悪役に見えた元家老・宮崎織部に、小四郎が、実は重要な意味を持って再会するあたり、うまいなあと感心します。こういう逆説的表現は、山本周五郎『樅の木は残った』などで得意とするところでしょう。しかし、著者はもっと簡潔に、引き締まった物語とすることに成功しています。

作者は、どうやらほぼ同世代のようです。存命の作家の中では、最も注目している時代小説作家の一人です。『蜩の記』『銀漢の賦』に続き本書を読み、思わず引き込まれてしまいました。おもしろいです。

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R.シューマン「ピアノ四重奏曲」を聴く

2013年02月23日 06時02分11秒 | -室内楽
R.シューマンの「ピアノ四重奏曲変ホ長調Op.47」は、悩み深く嘆きとともにある暮らしの中で、思わず心に沁み入り、慰められるような音楽です。とりわけ第3楽章アンダンテ・カンタービレには、思わずリピート・ボタンを押してしまうでしょう。1842年の室内楽作品の中で、ピアノ五重奏曲に続いて書き初められ、最後に作曲されたもので、11月に完成したものだそうです。

第1楽章:ソステヌート・アッサイ~アレグロ・ノン・トロッポ、変ホ長調。
第2楽章:スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ、ト短調。
第3楽章:アンダンテ・カンタービレ、変ロ長調。嘆きと慰めの音楽。チェロを奏するシューマンの嘆きに対し、ヴァイオリンによる慰めはクララさん?
第4楽章:フィナーレ、ヴィヴァーチェ、変ホ長調。

通勤の音楽として、また自宅で耳を傾けるのは、ピアノのジャン・ユボー、ヴァイオリンのジャン・ムイエール、フレデリック・ロデオンのチェロ、ヴィオラはヴィア・ノヴァ四重奏団員と表記されていますが、たぶんクロード・ナヴォーによる演奏で、1978年~79年にかけて、パリのノートルダム・リバン教会で収録されたエラート録音です。1981年度フランスACCディスク大賞を受賞した「シューマン室内楽全集」(6枚組)から分売された二枚組のCD。型番は、WPCS-11379/80というものです。

この「シューマン室内楽全集」は、LPの時代に、手元不如意につき買いそびれ、CDになって発売されたときにも優先順位を後回しにしたら廃盤になり、思い切ってそろえれば良かったと後悔したものでした。二枚組で部分的に入手できたときは、嬉しかったものです。できれば、残る「ヴァイオリン・ソナタ集」を見つけて購入したいものですね~。

ムイエールのヴァイオリンもすてきですが、ユボーのピアノがなんとも言えず魅力的な演奏です。シューマンのロマン性がいっぱいに花開いたような、香り高い演奏と言って良いでしょう。そうは言いながら、おそらく若い演奏家の方々はまた別な表現を模索していることでしょうし、1980年頃の代表的な演奏・録音を楽しみつつ、現代の若い演奏家のフレッシュな息吹も味わってみたいものだと、素人音楽愛好家らしい贅沢な願いを持っているところです。

■ユボー盤
I=8'57" II=3'14" III=7'37" IV=7'35" total=27'23"

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久々に手料理~妻のリクエストでカレーを作る

2013年02月22日 06時05分08秒 | 料理・住まい
先の休日、久々に手料理を楽しみました。妻のリクエストにより、カレーです(^o^)/
単身赴任の頃は、毎朝毎晩のご飯を作り、お弁当も作っていました。その頃のようすは、当ブログの「料理」カテゴリーにかなり残っております。まあ、レトルトカレーにトマトやお肉を追加するくらいの手抜きでしたが、もともと料理は嫌いではないので、今回は当方の「正規メニュー」のほうです(^o^)/

(1) ジャガイモ、ニンジンは、皮を剥き、一口大に切って、面取りをしておきます。生じる細かな部分は、あとでまとめて煮込んでしまうので、取っておきます。
(2) タマネギはザク切りにし、白菜の白いところも数枚、適当な大きさに切って用意しておきます。
(3) トマトも湯むきなどの方法で皮をむいておき、ざくざくに切っておきます。
(4) 水の量は、白菜やトマトの分だけ少なめにし、固形ブイヨンを加えます。
(5) お肉と野菜を入れて、煮込みます。
(6) 隠し味にプレーン・ヨーグルトを大さじで数はい入れます。
(7) ニンジンやジャガイモに竹串がすっと通るようになったら、市販のカレー・ルーを入れます。できれば二種類(^o^)/

こんなふうにして作ったカレーは、白菜の味がよく出ているのと、トマトとヨーグルトの酸味がきいて、けっこう美味しく出来上がりました。たまたまジャワの中辛とエスビー・ゴールデンの辛口をブレンドしたために、やや大人向け辛口の仕上がりで、妻には好評でしたが、老母にはいささか辛すぎて不評でした(^o^)/
まあ、よくあるケースで(^o^;)>poripori

写真は、何度も温め直して、だいぶとろけてしまった二日目のカレーです。

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「いずれ、また読む」本は購入しておく。

2013年02月21日 06時01分07秒 | 読書
一過性の流行の本や話題の本は、少し経ってから図書館で借りて読むことが多いです。面白いことは面白いけれど、一度読めば十分で、あとは再読することはない場合が多いかも。これに対して、「いずれ、また読む」と判断したものは、できるだけ自分で購入しておきます。読みたいと思ったときにすぐ読むことができるのは、自分の本だからこそですので。

最近は、本の寿命がどんどん短くなっているようで、良い本でもすぐに入手しておかないと、なくなってしまいます。マイナーな本などは、図書館に入っていれば良いのですが、田舎の図書館では一般性の点で疑義が生じるのでしょうか、あまり期待はできません。やっぱり購入しておくに限ります。で、またまた蔵書が増えてしまいます(^o^;)>poripori

「ウチのご主人は、アホだニャー。本棚がいっぱいで困っているのに、また本を買ってくるんだニャ。どこがいいんだかニャ~。」

いや、まったく面目ない。今日はアホ猫に反論できません(^o^;)>poripori

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プーシキン『大尉の娘』の新訳・新刊はないものか

2013年02月20日 06時03分44秒 | -外国文学
プーシキン著『大尉の娘』は、長年の愛読書の一つ(*1)です。子どもの頃に、「少年少女世界名作全集」か何かで読んで以来、何度も読んだ物語で、学生時代に購入した文庫本は、すっかり黄ばんでしまっています。





活字のポイントも、今となっては小さくて読みにくく、できれば活字を大きくした新装版をと願っているのですが、売れ筋ではないらしく、新装版の話はとんと聞きません。なんとかならないものでしょうか、新潮文庫担当者さん!あるいは、光文社古典新訳文庫の担当者さん!

(*1):私の好きな物語~海外編~「電網郊外散歩道」2008年2月
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日産ノートがRJCカーオブザイヤーを受賞した理由

2013年02月19日 06時01分40秒 | 散歩・外出・旅行
走行距離10万キロを超えても、通勤に、ドライブに、わが愛車ティーダ・ラティオはたいへん好調です。日産からは、時々「Shift」というオーナーズマガジンが送られてきます。先月(1月)号の特集の中では、なかなか数値化や機械化が困難な分野での、人間の感性の大切さと、その分野における卓越した技能者の存在にあらためて注目し、興味深いものがありました。

それはそうと、最後のページにあった情報で、「新型ノート、RJCカーオブザイヤー(*)受賞」という記事に、おや、と思いました。今どき、ハイブリッドや電気自動車といったような新機軸がなければ、あまり注目を受けず、ごく普通のガソリンエンジン車が受賞するというのが不思議だったからです。高度な運動性能とか居住性能とか、あるいは画期的な大衆性というものでもなさそうです。では、いったい受賞理由の本音は何なのだろう?

若者たちの卒業~就職シーズンが近づくにつれて、新聞にたくさんの折込チラシが入ってくるようになりました。一人暮らしを始める人のための電気製品や寝具等のほかに、自動車ディーラーのものも入ってきます。それを眺めているうちに、ふと、気づきました。秘密は価格にあるのではないか。

ハイブリッド車や電気自動車などは、たしかに技術的に優れているのはわかるが、日常の足として使うだけならば価格が高すぎる。もっと手頃な価格で、燃費も良く、ある程度の安心感や満足感を持てる小型車という区分に合致したためではないか、というのが理由です。さて、真相はどうか。

(*):RJCカー・オブ・ザ・イヤー~Wikipediaの解説
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お弁当箱を新調する

2013年02月18日 06時02分42秒 | 料理・住まい
先週末に大型スーパーに買い物に行った際に、弁当箱がだいぶ痛んでいたことを思い出して、新調することにしました。探してみたら、男性用と思われるものは、色は真っ黒けで、とてもじゃないが量が多すぎると感じます。「ご飯のおかわりをしない」ことで30年以上も同じ体重を維持してきた(*1)流儀の本質は、主食の量の制限にあることは明らか(*2)ですから、お弁当箱の大型化はぜひとも避けたいところです。

で、結果的に選んだのは、女子高生か若いOLあたりが使いそうな、「となりのトトロ」のキャラクターのお弁当箱(^o^)/



妻に、「本当にこれでいいの?」と念を押されてしまいましたが、いいのです。今までだって、娘のお下がりのお弁当箱を愛用し、量的にちょうど良かったのですから、同タイプのものを選ぶのは、論理的にごく自然なことです。で、数日前から新しいお弁当箱を使い始め、「おじさんとトトロ」の組み合わせになりました(^o^)/

(*1):25年間同じ体重を維持できた理由~「電網郊外散歩道」2005年11月
(*2):食事を抜くと太る理由~「電網郊外散歩道」2005年11月

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山響モーツァルト定期第18回で交響曲K.81とハ短調ミサを聴く

2013年02月17日 07時34分35秒 | -オーケストラ
昨朝は20cmほど積雪があり、娘の土曜出勤のために、早朝から雪かきに精を出しました。ゆっくりしていたら来客があって午前中はつぶれてしまい、お昼過ぎにもう一度除雪をして、だいぶくたびれて出かけました。

会場の山形テルサでは、満車の表示がついたり消えたりしています。少し待って、ようやく駐車できました。本日の席は二階の真正面で、響きは良さそうです。山形交響楽団が八年の年月をかけて、モーツァルトの交響曲全曲を演奏しようという企画の第六年目、年に三回ずつで、通算して第18回となります。本日のプログラムは、14歳で書いたと言われる(お父さんの作という説もあるそうな)、交響曲ニ長調K.81(第44番)と、ハ短調ミサ曲K.427 です。

ホールに入ると、ステージ正面に合唱のためのひな壇があり、期待が高まります。オーケストラは対向配置で、正面左から第1ヴァイオリン(9)、チェロ(5)にファゴットが加わり、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)、正面にはホルン(2)とオーボエ(2)がならび、その奥にコントラバス(3)、という形です。女性奏者の方々も、いつものモーツァルト定期はカラフルなドレスで華やかさを感じさせてくれるのですが、本日はハ短調ミサという曲目のせいか、皆さん黒の衣装です。私のように、うっかり間違えて色物を着て来てしまった、などという方はおられないようです(^o^)/
コンサートマスターは、高木和宏さん。そのお隣に犬伏亜里さんが座り、セカンドのトップにはヤンネ館野さんが座ります。

最初の曲目、交響曲(第44番)ニ長調K.81は、直筆の楽譜は残されていないのだそうで、「1770年4月25日、ローマ、作曲者:モーツァルト」と書かれた筆写譜と、それによって作成された総譜(レオポルト・モーツァルトと記載)の二種類により伝承されているのだそうです。これがモーツァルトの作品であるという確証はないわけですが、第1回ローマ旅行の際の、同年4月25日付けのモーツァルトの書簡の中で、一曲の交響曲を作曲している旨の記述があり、オリジナルはモーツァルトの作曲であって、スコアはお父さんが手を入れて作成した、という可能性は十分にある、と言って良いでしょう。
第1楽章:アレグロ。第2楽章:アンダンテ。第3楽章:アレグロ・モルト。小規模な編成が有効に作用し、どこかイタリア風の、たいへん軽快で美しい澄んだ響きとなっています。山響の弦楽アンサンブルの見事さを感じます。

前半は、およそ15分であっという間に終わり、すぐに休憩(^o^)/
後半のハ短調ミサは、一部楽器の配置も変わり、楽員も増強されたようです。対向配置の基本はそのままですが、コントラバスは左手奥に移動し、ヴィオラ(7)に。
チェロの左奥にオルガン、ヴィオラの右奥にティンパニ等、正面にはフルート(1)とオーボエ(2)、その奥にホルン(2)、ファゴット(2)、トロンボーン(3 うち1はバス・トロンボーン)、トランペット(2)となります。
合唱団アマデウス・コアは、女声が43、男声が22の計65人で、ずらりとひな壇上に整列し、中央に独唱者が座ります。本日のソリストは、ソプラノの吉原圭子さんと富岡明子さん、テノールの児玉和弘さん、バスの与那城敬さんの四名です。

第1曲:キリエ。いつも感心してしまいますが、合唱の発声の明瞭なこと、とりわけ子音の明確なことが、荘厳な曲の印象をより強めているようです。合唱の圧倒的な量感に対して、たった一人のソプラノの独唱が対比されます。
第2曲:グローリア。神の栄光を讃える音楽。独唱あるいは重唱の曲と合唱の曲とがほぼ交互に配置されます。いろいろな立場の個人がそれぞれに神を讃え、合唱が民衆の歓呼を歌うような構造になっているようです。ホルンはナチュラルホルンですので、曲によって管を交換しながらのようで、なかなか忙しそうです。
第3曲:クレド。オーケストラはいよいよ快調に、合唱は熱を持ってきました。人数的にはやや少なめの男声の健闘が光ります。木管のアンサンブルがお見事でした。
第4曲:サンクトゥス。合唱にトロンボーンとトランペットが入ると、なんと輝かしく聞こえることでしょう!バロック・ティンパニも活躍です。
第5曲:ベネディクトゥス。独唱者四人が立ち、弦楽にホルンと木管が加わる中での四重唱。オルガンもいい役割を示します。バスの与那城さんの出番はこの曲だけですが、声がよく通る、印象的なバスです。二階席の正面は、ステージがよく見えるだけでなく、声とオーケストラの響きとがよく溶け合って、実にいい感じです。良かった~!一緒に聴いた妻の感想も、「アマデウス・コアも、四人のソリストの皆さんも、素晴らしかった!」だそうです。

雪の中、例によって「ピザリア」まで足を伸ばし、「季節の野菜ピザ」を食べました。これも美味しかった。照明の加減か、降り続ける雪が実に幻想的で、雪国らしい風情を十分に味わいました。









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モーツァルト「ディヴェルティメント第17番』を聴く

2013年02月16日 06時04分42秒 | -室内楽
通勤の道路も、一時ほどの悪条件ではなくなりました。少し好天になれば、太陽の光に路面も本来の黒さに戻り、タイヤのグリップも復活します。ありがたい!

となれば、楽しい音楽を聴きたくなります。モーツァルトのディヴェルティメント第17番。ウィーン八重奏団員によるデッカ原盤のCDで、K30Y-1535 という型番のものです。たしか、鶴岡市から自宅に戻ることになったときに、今は亡きM君からいただいた記念の品です。キングレコードから1961年に発売されたLPレコードのCD化で、第1-Vnがボスコフスキーからフィーツに交代して間もない時期のものでしょう。1961年4月のアナログ録音で、なかなか好ましい録音だと思います。

第1楽章:アレグロ
第2楽章:主題と変奏、アンダンテ
第3楽章:メヌエット
第4楽章:アダージョ
第5楽章:メヌエット
第6楽章:ロンド、アレグロ

第3楽章のメヌエットは、昔の NHK-FM で、何かの番組のテーマ曲として使われていたと思いましたが、はて、何の番組だったか思い出せません。困ったものです(^o^;)>poripori

ディヴェルティメントとは「嬉遊曲」と訳すのだそうです。喜び遊ぶ曲!それは素晴らしい(^o^)/
少しの陰影を織り交ぜながらも、展開される音楽は愉しさにあふれたものです。演奏する人たちも楽しみながら、聴く方も屈託なく楽しむことができる、いかにもモーツァルトらしい素晴らしい音楽です。

さて、本日は山形交響楽団のモーツァルト定期の予定です。がんばって、確定申告の準備を進めましょう。
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確定申告の準備を早めに進め、年度末に備えたい

2013年02月15日 06時04分34秒 | 週末農業・定年農業
この年度末の多忙を見越して、農業所得の確定申告をする準備を早めに開始しました。先月末の段階で、

(1) 給与所得の源泉徴収票
(2) 農協と農業専門店の購買証明書
(3) 人件費を含む各種支払い経費の領収書・レシート
(4) 家族の医療費の領収書
(5) 固定資産税など税金関係

などはすでに集まっておりましたので、残るは農協の出荷証明書だけとなっておりました。こちらは、二月上旬に配付されましたので、先の連休から、まとまった作業を開始しました。

そういえば、2011年には確定申告を済ませたとたんに、東日本大震災に見舞われたのでした。停電でパソコンもプリンターも使えなくなっていたら、と考えると、どうやら「ぎりぎりセーフ」のタイミングだったようです。今年は、早めに仕上げて年度末に備えたいと思っています。

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万城目学『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』を読む

2013年02月14日 06時05分16秒 | 読書
角川文庫の新刊で、万城目学著『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』を読みました。たぶん私の興味関心の範囲に、自然には入って来にくい種類の本ですが、いつも楽しい本や映画を教えていただいている「きし」さんのおすすめで、某書店の新刊平積みに気がつき、購入したものです。で、結果は今回も大正解~(^o^)/
久しぶりに爆笑しつつ、大いに楽しみました。



文庫のオビには「無敵の小Ⅰ×最セレブな猫」「わたしの街の最強コンビ」というコピーの文字がおどります。最初の出だしのところで、「ごきげんよう」だの「今日もいい天気でありますように」「そうありますように」だのという会話に、思わず

シマッタ、ガラデモナイモノヲ選ンデシマッタカナ……

という懸念がちらりとかすめましたが、第1章「かのこちゃん」で、アカトラ猫のマドレーヌに親指をかみつかれて「知恵が啓かれ」、指しゃぶりをやめた小Ⅰの女の子の無邪気さに、思わず参ってしまいました(^o^)/

「ゴリラじゃないやつ」=ゲリラ豪雨のこと。たしかにゴリラではありません(^o^)/
「フンケーの友」=同級生のすずちゃんのこと。このあたりまではまだ良かった。ところが、「茶柱」、それもトイレの便器で、というところがおかしい!
しかもそれを二人とも絵に描いて、というところで、たまらず爆笑してしまいました(^o^)/

老犬「玄三郎」とアカトラ猫「マドレーヌ夫人」が夫婦になるというのも、なかなかいい話です。それでいて、玄三郎の最期の場面には思わず厳粛な気持ちになりました。



本書を楽しく読み終えて、ふいに思ったのが、私の中学の同級生で、妻の仲良しお友達でもあるS夫人のこと。無類の「天然」ぶりは、まさしく「かのこちゃん」の成長した姿ではなかろうか?さっそくS夫人に対し、「かのこちゃん」という尊称を、ひそかに奉りましたですよ(^o^)/

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