電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

デスクトップとノート

2012年05月31日 06時02分48秒 | コンピュータ
久しぶりのコンピュータ記事です。トラブルもなく、まったく順調ですので、記事にならない(^o^)/

私の場合、パソコンはずっとデスクトップを中心に使ってきました。ノート型は、出張用と割り切り、できるだけ小型のものを選んで、日常的に使うのは大型のディスプレイとフルサイズのキーボードとマウスの組み合わせを重視してきました。

このところ、Windows のパソコンの老朽化が目立ちます。2002年購入の WindowsXP 機です。日常用途には Ubuntu Linux 機があり、データはバックアップを取っていますので、いつ壊れても大丈夫なのですが、今度は Windows はノート型でもいいかなと考えはじめました。

自宅で、ふだん使っている用途では、Ubuntu で間に合ってしまっており、Windows を立ち上げるのは、地域クラブで PC 関連の講師を頼まれたときくらいです。それならば、むしろ持ち運びできる分だけノート型のほうが便利かも。無線LAN を使えば、Word/Excel 必須な場合等にも対応できます。いやいや、その程度の用途ならば、妻のお古を借りていくという手もあるなあ、などとも考えます。そんなどうでもよいこと(^o^;)をあれこれ考えるのは楽しいものです。

Dynabook と PC9801/FMR とが共存していたほんの二十数年前には、とても考えられなかった変化です。FM-TOWNS に Slackware を導入したり、EPSON の DOS/V 機に Vine Linux1.1 を導入して Linux に足を踏み入れた頃が懐かしく思い出されます。

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ツツジは花盛りで、シャクヤクはもう少しか。

2012年05月30日 06時03分48秒 | 散歩・外出・旅行
当地、山形では、ただいまツツジの花盛りです。長井市の白ツツジ公園も、今が満開の花盛りだと思いますが、我が家の裏の畑に植えたツツジも、ちょうど今が見頃です。日が長くなったのを幸いに、少し帰宅時刻が早かったりすると、すかさず着替えて畑に出て、果樹園の手入れをしていますが、脚立の上から見下ろすツツジの花は、心がなごみます。白とピンクと、紅白の対照が見事です。




そうそう、シャクヤクもつぼみがふくらんできました。実際には、ここからが長いように記憶していますが、シャクヤクの花は姿がいいので、咲きはじめるのが楽しみです。



果樹園内のボタンはすっかり終わりました。これからは、ツツジからシャクヤクに主役が移っていく時期です。大阪など関西方面とは、およそ一ヶ月のずれがあるようです。当地のサクランボの作業も、もうすぐ始まります。早生種の「紅さやか」は、少しずつ色づき始めています。


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ボロディン「ダッタン人の踊り」を聴く

2012年05月29日 06時02分35秒 | -オーケストラ
季節が良くなると、オーケストラを聴きたくなります。通勤の音楽もその例にもれず、ストコフスキーの指揮するロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で、「チャイコフスキー・ムソルグスキー&ボロディン管弦楽作品集」というCD (DECCA,UCCD-7119) を聴いておりました。メインは、もちろん大砲入りの「1812年」ですが、今回取り上げるのはボロディンの「ダッタン人の踊り」です。

この曲は、歌劇「イーゴリ公」の中の音楽だそうですが、例によって多忙なボロディンは、とうとうこのオペラを完成せずに急死してしまいます。で、盟友のリムスキー・コルサコフや、後にグラズノフが補完編曲をしたのだそうな。このCDでは、ジョン・オールディスによる合唱指揮で、ウェールズ・ナショナル・オペラ合唱団による合唱が入っており、実際に合唱が入ってくるところでは、やっぱりワクワクします。これに対し、例えばコダーイの「ハーリ・ヤーノシュ」とプロコフィエフの「キージェ中尉」のCDにフィルアップされたジョージ・セルとクリーヴランド管のように、合唱を含まない形で演奏されるものでは、純器楽作品として、オーケストラの表現力を示そうとしているようで、これはこれでストイックな説得力があります。

ボロディンの音楽は、私はわりに好んで聴いており(*1~*4)、この曲もその例に漏れません。時折、ふと聴きたくなる音楽です。

■ストコフスキー指揮ロイヤルフィル盤  11'13"
■ジョージ・セル指揮クリーヴランド管  10'37"

(*1):ボロディン「弦楽四重奏曲第1番」を聴く~「電網郊外散歩道」2006年10月
(*2):愛妻に捧げる夜想曲~ボロディン「弦楽四重奏曲第2番」を聴く~「電網郊外散歩道」2008年7月
(*3):ボロディン「交響曲第1番」を聴く~「電網郊外散歩道」2011年11月
(*4):ボロディン「交響曲第2番」を聴く~「電網郊外散歩道」2011年11月
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吉田秀和氏逝去

2012年05月28日 19時46分17秒 | クラシック音楽
ニュース(*1,2)によれば、音楽評論家の吉田秀和氏が亡くなられたとのことです。学生時代に、はじめて氏の著書に触れたのは何の本だったのか、今は記憶にありませんが、『レコード芸術』や『ステレオ芸術』等の雑誌記事か、あるいは図書館で借りた単行本だったのではないかと思います。それと、NHK-FMで放送されていた「大作曲家の時間:ローベルト・シューマン」の番組でした。近年のものとしては、2005年の青柳いづみこさんの記事(*3)等から氏の日常と素顔を垣間見ることができますが、ちょいと自分の資料を調べている時間がありませんので、また別に折を見て、数十年前のようすを振り返ってみたいと思います。今はただ、氏の逝去を悼み、ご冥福を祈るばかりです。

(*1):音楽評論家の吉田秀和さん死去 98歳~asahi.com
(*2):吉田秀和さん死去:音楽評論に論理的視点 詩情豊かな文体~毎日jp
(*3):吉田秀和さんの留守電~青柳いづみこのMERDE日記
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多忙な週末でも山形フィルハーモニー交響楽団のファミリーコンサートを聴く

2012年05月27日 19時47分22秒 | -オーケストラ
週末の土曜日は、早朝にサクランボ果樹園の防除作業から始まりました。続いてご近所親戚の初七日に参列。その後、少々お昼寝をしてから、山形フィルハーモニー交響楽団のファミリーコンサートに出かけました。山形フィルハーモニー交響楽団とは、昭和27年に創立され、今年ではや還暦を迎えるアマチュア・オーケストラです。同じ山形にありますが、プロ・オーケストラのほうが山形交響楽団、通称は山響といいます。それに対して、アマ・オケのほうが山フィルという通称で親しまれています。



たまたま知人にチケットをいただいたので、では聴いてみようかと思い立った次第。実は山フィル初体験なのです。会場は山形市民会館、曲目は、

(1) ベルリオーズ 劇的物語「ファウストの劫罰」より「ラコッツィ行進曲」
(2) ドリーブ バレエ音楽「コッペリア」より、語り:熊倉一雄
(3) ベートーヴェン 交響曲第7番
  籾山和明指揮 山形フィルハーモニー交響楽団

というものです。

ファミリーコンサートと銘打っただけあって、客層が山響の定期とはまるで違い、子供たちや家族連れが多いようでした。このあたりは、熊倉一雄さんの語りによる音楽劇の趣向が、すでに17回目を迎えるという実績が、固定客をつかんでいるのかもしれません。たしかに、熊倉一雄さんの語りは、ケペル先生と「ひょっこりひょうたん島」のトラヒゲと灰色の脳細胞の名探偵ポアロとをミックスしたような変幻自在、ドリーブの音楽と相まって実に楽しいもので、人形に恋する若者の喜劇が実にわかりやすく楽しいものでした。たとえば「コッペリア」のワルツ等は弦楽セクションの聴かせどころで、けっこうしっかりしたアンサンブルに、目を開かれる思いでした。



また、当日のメインプログラム「ベト七」は、今はすっかり「のだめカンタービレ」のテーマソングとなってしまっておりますが、活力と推進力にあふれたもので、大いに楽しみました。もちろん、音楽的な完成度の面での課題や多少の演奏上の傷などはあるのでしょうが、ファミリーコンサートに来場のお客様はそんなことはお構いなしで、すっかり満足して帰ったようでした。もちろん私も、予想以上にレベルの高いアマチュア・オーケストラであることを認識しするとともに、山フィル初体験を楽しみました。

推測ですが、山フィルには山形大学のオーケストラ出身の人が少なくないようで、山大オケのトレーナーをしている駒込綾さんが、ヴィオラに賛助出演していました。相変わらずお元気そうでなによりです(^o^)/

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吉村昭『生麦事件(上)』を読む

2012年05月26日 06時01分52秒 | -吉村昭
生麦事件という出来事は、たしか日本史で習いました。薩摩の殿様の行列と、事情にうとい外国人の衝突事件で、幕末にはよくある事件の一つ、という程度の認識でした。最初は、史実を丹念に掘り起こして物語とする練達の書き手である吉村昭氏が、この事件をどのように描いているのか、という興味で読み始めたのですが、どうしてどうして、事件の歴史的意義はそんなものではありませんでした。今回、再読となる『生麦事件』(上巻、新潮文庫)について、あらすじをたどることは割愛し、感じたことをそのまま列挙することといたします。

(1) 犠牲となったリチャードソンは、実は帰国するばかりになっていたのだそうな。異国でハイキング気分で馬による遠乗りを計画した友人に誘われ、薩摩示現流で二度も斬られ、内臓を露出させながら逃げる途中に落命するという不運。なんとも皮肉な結果です。
(2) イギリスの代理公司ニールと領事ヴァイスの対応は対照的です。当座の感情では、商人たちや領事の感情の爆発は理解できますが、東海道を封鎖せよとか島津久光を処刑せよとかいう要求は無茶です。ニールの対応は、犯人追及と賠償要求で、軍事力を背景に戦争も辞さない強硬なものです。右に左に行動する領事の姿は、慎重なニールよりも信頼できるものに映ったことでしょうが、事態を前に進めたのは、結局はニールの外交交渉だった、ということでしょう。
(3) 薩摩藩側の対応もひどいものです。不逞浪人によるもので薩摩藩は無関係と言い繕い、次は岡野何某という架空の藩士をでっちあげ行方不明と言い逃れようとするなど、およそ責任ある対応とは言い難い。それに比べて、攘夷と事件とを切り離し、賠償金でまず事件の決着を図った幕府の老中格の小笠原長行の論理的で冷静な対応が光ります。
(4) 攘夷を決行した長州藩の現実は、当然のことながら、散々な敗戦でした。現地で戦争の無謀を説いた中島名左衛門の堂々たる論陣は見事ですが、これを面白くなく思い、テロで殺害した藩士たちは、おろかな暴発としか言いようがないでしょう。後に、英米蘭仏の手痛い反撃を受けたとき、中島名左衛門の暗殺を後悔し悔しがっても遅い、ということでしょう。

この上巻では、生麦村で起こったローカルな事件が、長州赤間関での戦闘を経て、いよいよ薩英戦争へと突入する歴史的な事件となる経緯が、実に説得力ある描き方となっています。思わず引き込まれる抜群の面白さです。

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訃報が相次ぐ

2012年05月25日 06時04分34秒 | Weblog
ここしばらくご近所で訃報が相次ぎ、出張中でしたので妻に代わって出席してもらいました。そうしたら、またまた訃報が入り、土曜日に葬儀と初七日とがかちあいます。どうにもやりくりがつきません。こういうときは、本当に困ります。

亡父からそういう年代、年齢があるというのは聞いていましたが、いざ自分がその立場に立ってみると、なかなか大変です。まずは親戚ご近所を優先し、仕事関係の義理はどなたかに依頼するほかないでしょう。さて、どなたにお願いできるだろうか。浮世の義理の立て方にも知恵が必要だと感じます。

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橘みのり『トマトが野菜になった日』を読む

2012年05月24日 06時04分07秒 | -ノンフィクション
子供の頃、トマトは生で食べるものだと思っていました。真夏にトマト畑で物色するとき、まだ青いところがあるものはパスして、真っ赤に完熟したものを選んで食べておりました。井戸水で冷やして食べるトマトは、みずみずしく適度な酸味があって、実に美味しく、トマトは野菜だという区分に違和感を持っておりました。
私が小学生の頃、老母もまだ若かったので、生活改善講習会とやらでトマト料理をいろいろ習ってきたらしいのです。カレーに湯むきしたトマトを入れると美味しくなるという話をしてくれたのに、腹ペコ小学生は早く食べられる方を重視し、「トマトなんかどうでもいいから、早くカレー食べたい~」とせがんだ記憶があります(^o^)/
時は流れて数十年、今ではレトルトカレーにトマトを加えるブログ記事(*1)を書いています。

さて、そのトマトですが、いつ頃どんな経緯で日本に伝わったのか。例によって興味を持ち、橘みのり著『トマトが野菜になった日』(1999年12月、草思社)を読みました。後書きによれば、カゴメ株式会社創業百年を記念して企画された事業のようで、トマトのルーツを尋ねて世界をたどる調査旅行をまとめた本のようです。しかも、あっと驚くような記述が満載でした。

十六世紀前半に新世界アメリカからもたらされたトマトは、旧世界ヨーロッパですんなり受け入れられたわけではなかった。毒がある、媚薬かもしれないといういかがわしい噂から、なかなか食用「野菜」としては認められなかったのである。(p.125)

トマトは、フランス革命時に、南フランスから「ラ・マルセイエーズ」とともにパリに入り、定着したのだそうな。1862年にパリ~リヨン~地中海線の鉄道路線が一本につながると、南仏の豊かな食材がどっとパリになだれこんだ、という背景もあったようです。トマトソースやトマトポタージュなど、レストランでトマト味は割高だったそうです。

また、美食家で有名だったロッシーニは、友人にあてた手紙の中で、

「マカロニ料理がおいしく仕上がるのは、良いパスタ、良いバター、真にすばらしいトマトソースとパルメザンチーズを使った場合だけ。パスタをゆで、混ぜ、供するには、知性が要求される」

と書き残しているそうな。(p.146)

1885年に出版された『クレオール料理』というタイトルの本の中で、著者ラフカディオ・ハーンは、こんなふうに言っているとのこと。

この中でトマトは、あらゆる煮込み料理に使われていると言ってよい。特に、肉の煮込み料理には欠かせない材料となっている。(p.156)

プレーンビーフスープ、ピカントトマトソース、パミセリまたはマカロニスープ、野菜入りトマトソースなどのレシピもあるといいますから、これは興味深いものです。

トマトケチャップは魚醤がルーツというのも驚きでした。たしかに、ケチャップという語は英語的ではない。インドネシア語が語源だという説明は納得できます。

日本では、文久2(1862)年に、横浜の居留地で、ヘボン夫人(ヘボン式ローマ字の創始者の夫人)が、自家菜園にトマト、レタス、セロリなど多種の西洋野菜や西洋果実を作って収穫したという記録があるそうです。(p.192)
このときは、いちご、玉ねぎ、キャベツ、にんじん、ハツカダイコン、ジャガイモなどのほかに、トマトも栽培されていたようです。なんとなく、伝統的な食習慣に対して頑固なご婦人を連想してしまいます(^o^)/

それにしても、おもしろい本でした。これだけ楽しめるのですから、トマトも本望でしょう(^o^)/

(*1):一人暮らしで簡単・美味しいカレーの作り方~「電網郊外散歩道」2008年5月
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クローズアップ現代「音楽にすべてをゆだねて~左手のピアニスト館野泉」を観る

2012年05月23日 06時03分13秒 | 映画TVドラマ
出張の旅先で、何気なしにテレビのニュースを見ていたら、続く番組が「クローズアップ現代」で、館野泉さんを取り上げていました。「音楽にすべてをゆだねて~左手のピアニスト館野泉」という題です。

十年前に脳出血で倒れ、その後左手のピアニストとして再起し、二年間に及ぶ左手のための音楽を集大成するツァーをスタートさせるまでの経緯をたどったものでした。この番組でも紹介された、左手のためのピアノ音楽に目覚めるきっかけを作った息子のヤンネさんは、現在、山形交響楽団のヴァイオリン奏者として活躍していますが、もう一つ、館野泉さんについての記憶があります。

あれはいつ頃だったか、村山市で山響の定期演奏会が開かれ、館野泉さんがベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番「皇帝」を演奏したことがありました。このとき、館野さんには珍しく、あきらかにわかるミスタッチが続き、指がもつれていると感じました。終演時に、指揮者の村川千秋さんが、ヨーロッパから長時間のフライトで、風邪による熱をおしての演奏会となり、本人も不本意なものとなりました、と釈明したのが印象的でした。

もしかしたら、あれは病気の前触れだったのではないか。指がもつれたり、段差でつまづいたり、言葉がへんだったりしたら、躊躇せずお医者さんに診てもらったほうがいいのだろうと思います。忙しさにまぎれて、つい後回しにしてしまいがちですが、健康あっての仕事であり趣味であり、生活の前提条件であると思います。

旅先で、ゆったりした生活を夢見るというのは、いつものパターンではあるのですが(^o^;)>poripori
ただいま、出張先のホテルより。スカイツリーは強風のためにエレベータが停止したとか、そんなニュースがトップになるほど、平穏な一日でした。
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ノック式蛍光ペンはけっこう便利

2012年05月22日 06時03分49秒 | 手帳文具書斎
某コンビニのトイレに寄ったのが縁で、無印良品の「ポリプロピレン・ノック式蛍光ペン・黄色」を見つけ、購入しました。要するに、黄色のラインマーカーです。別にそんなもの、普通のキャップ式(*1)でいっこうに困らないと思っていましたが、使ってみてはじめてわかりました。ノック式蛍光ペンは、けっこう便利です。手に取って、片手でノックすればすぐに使えるということが、これほど便利なものだとは思いませんでした。で、すでにカラーマーカーの定番となっております。どこのメーカーのOEMなのかわかりませんが、「滑らかな書き味のノートパッド」(*2)に次ぐ、当ブログにおける無印良品のヒット商品です。

(*1):無印良品の蛍光ペン~「電網郊外散歩道」2008年4月
(*2):無印良品の「滑らかな書き味のノートパッド」~「電網郊外散歩道」2011年5月
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祝!~IPアドレスで50万アクセスに到達

2012年05月21日 06時01分08秒 | ブログ運営
もうすぐIPアドレスで50万アクセスに到達することに気づき、注目しておりました(*)が、過日、さりげなく到達していたようです。5月20日(日)一日のアクセス数がIPアドレスで419でしたので、おそらく19日の土曜日には達成できていた模様。この2日間、ずっと週末農業に従事し、気づきませんでした(^o^;)>poripori
ほぼ毎日、決まって訪問いただくご常連の方々もおられるようで、ありがたく思います。

最近の検索キーワードの傾向としては、「草花の名前」「モンテクリスト伯 結末」「銀鏡反応 事故」などが多くなっています。コメントはほとんど残っていませんが、確かに読まれているようで、嬉しく思います。

(*):もうすぐIPアドレスで50万の来訪者数に~「電網郊外散歩道」2012年5月
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山響第221回定期演奏会で西村朗、チャイコフスキー、ブラームスを聴く

2012年05月20日 06時05分11秒 | -オーケストラ
平日の夜、花の金曜日にもかかわらず、高速で車を飛ばして、ようやく19時の開演に間に合いました。山形テルサホールで行われた、山形交響楽団の第221回定期演奏会です。本日のプログラムは

(1) 西村朗 「弦楽のための悲のメディテーション」(山形交響楽団創立40周年記念委嘱作品)
(2) チャイコフスキー 「ピアノ協奏曲第1番ロ短調Op.23」(Pf:ダニール・トリフォノフ)
(3) ブラームス 「交響曲第2番ニ長調Op.73」
  演奏:飯森範親指揮山形交響楽団

というものです。

入場したとき、プレトークはすでに終わりに近く、なにやら飯森さんがエプロン姿で話をしています。SUN&LIV「山形代表」というストレート果汁100%のジュースのデザインのものらしく、黒地に黄緑色でラフランスが描かれています。こんど、モンテディオ山形と山響とのコラボで売り出す(*1)らしく、ゲストの西村朗さんから「指揮者をやめて料理でもやっていけるのでは」と、盛んに冷やかされていました。
まあ、それは冗談として、最初の曲目、西村朗さんの作品は、本人曰く「創立40周年を祝して渾身の力をこめて作曲した」ものだそうで、飯森さんがさかんに「難しい!」を強調していました。西村さんは、チャイコフスキーとの間には140年ほどの間があるけれど、人間は変わっていないのに、人間は知らなくてもいいことが起こってきたと言い、悲しみに対する同情や共感を念頭に置いていると説明します。フーガの最高峰といえばJ.S.バッハですが、この曲でもフーガが3回出てきて、いずれも断ち切られる。フーガの秩序の苦しさを表しているそうです。西村さんは、山響の弦楽セクションに惚れ込み、山響弦楽セクションのために書いたとのこと。ただし、フーガなので誤魔化せない、とも。飯森さんは、山響の弦楽セクションの素晴らしさが、きっと理解してもらえると思う、と語り、期待が高まります。

弦楽合奏の配置は、指揮者を中心に、左から第1ヴァイオリン(10)、第2ヴァイオリン(8)、ヴィオラ(6)、チェロ(6)と並び、正面奥にコントラバス(4)が配置されます。
不安気な始まりは、コントラバスが入ることにより強調されます。第1ヴァイオリンの緊張感に富む澄んだ音色、意図的な音のずらしや、コントラバス等に日本民謡風な連想をさせる音もあります。そこで連想されるのは、失われた暮らしや民謡です。心地よい和声はありませんが、合奏は調和があります。多くの悲しみが絡み合って立ち昇るさまを、客観的に描くというよりは、半ば主観的に、半ば客観的に描いたものでしょうか。津波や原発事故による人々の悲しみを、ミツバチのぶんぶんいう羽音に置き換えたらどんな音がするのでしょうか。思わずそんな連想をしてしまいました。
演奏がすごく難しいという話だったけれど、難しそうな様子はぜんぜん見られず。山響弦楽セクションの実力発揮でしょうか。

続いて、チャイコフスキーです。楽器の配置が変わります。ピアノを中心に、左から第1ヴァイオリン(10)、チェロ(6)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)の対向配置。正面奥へ、フルート(2)、オーボエ(2)、クラリネット(2)、ファゴット(2)、ホルン(4)、トランペット(2)、最奥部にトロンボーン(3)、その左脇にコントラバス(4)というものです。
ピアノは、ダニール・トリフォノフさん。たしか、各種音楽コンクールに入賞・優勝した後に、チャイコフスキーコンクールで、ピアノ部門はもちろんですが、他の部門を含めての総合グランプリを獲得した逸材とのこと。どんな人か興味津々、期待が持たれます。ステージに登場したソリストの姿を見て、驚きました。若く細身で長身で、女性が放っておかないタイプでしょう(^o^)/
演奏が始まり、驚きました。すごい!「見事」の一語に尽きます。50年に一人の逸材という飯森さんの評価も頷けます。第1楽章で、フルートに寄り添うピアノの高音域の動きは優しく、オーケストラの全奏と張り合うときのピアノの強打は激しく、しかもリズムは精確で、うねるように強弱のニュアンスをつけています。ピアノをよく響かせ、コントロールしています。音と音の間に音楽がいっぱいつまっているような運び方です。なめらかな運指、うっとりするようなカデンツァ。思わず拍手が出るのも理解できます。
ピツィカートで始まる第2楽章でも、思わず完璧なチャイコフスキーと言いたくなるほど見事なピアノに、意図をよく理解したオーケストラの繊細な演奏を楽しみます。オーボエがお見事でした。第3楽章も、ティンパニの一撃に続き、ピアノとオーケストラのアレグロ・コン・フォーコ。メモもせず、ただ演奏に聴き惚れました。

演奏が終わったあとのトリフォノフさん、実に嬉しそう。演奏がうまくいき、聴衆に届いているという実感があったのでしょう。拍手にこたえ、アンコールはリスト編のシューマン「献呈」。この曲、キーシンのライブ録音でも聴いています(*2)が、シューマンの音楽がリスト風に変わり再びシューマン風に戻る、あの音楽が眼前で展開される見事さに、ただうっとりと聴き惚れておりました。山響の皆さんも、楽器や弓を置いて、手で拍手をおくっていました!

鳴り止まぬ拍手で、もう一つアンコールを。ヨハン・シュトラウスII世の歌劇「こうもり」序曲。いつもの「こうもり」序曲が、ラグタイム風のところが出てきたり、実に自由な演奏になっています。あらためて唖然呆然、これはすごい!



皆さん、6月には東京でも「西村朗・チャイコフスキー、ブラームス」という同じプログラムで演奏会があるようですので、ぜひご自分で確かめてください。ダニール・トリフォノフさん(*3)、「半世紀に一人の逸材」というのは確かだと思います。

さて、休憩時間には山響の新しいCDを見つけて購入しました。それが、これです。



先のニューイヤーコンサートを収録したもので、ライト・クラシック中心の選曲ですが、ワーグナーとヴェルディはクオリティの高い合唱がついていますので、贈り物にも好適でしょう。当方も、ちょいとヒソカな計画あり、です(^o^)/

15分の休憩の後は、ブラームスの交響曲第2番です。楽器編成上の変更は、トロンボーン(3)の隣にチューバが加わったくらいでしょうか。

第1楽章の始まりで、低弦の音にホルンが加わるのを聴いて、ブラームスの音だと感じました。山響は二管編成のオーケストラですが、ブラームスの響きのバランスはしっかりと出ていて、分厚い音ではないけれど、内省的な人間が珍しく伸び伸びとペンをふるった音楽と感じます。金管の一斉吹奏の後の弦の中低音部に現れる憧れの旋律も、まぎれもないブラームスのものです。ホルン・ソロもお見事で、フルートとオーボエの組み合わせも、先ほどのチャイコフスキーとは違った風情になるのですね。
第2楽章、低弦にホルン、チューバ等で始まります。Hrn,Fg,Ob,Flの見事な絡み合いや、Clと1st-Vnがともに奏でる旋律、響きのブレンドの具合の見事なこと。
第3楽章、田舎風ののどかな響きを持った優雅な音楽です。速い部分もあり、森の小動物の動きのようです。曖昧模糊としたブラームスではなくて、明瞭で繊細なものです。再びはじめののどかなオーボエの旋律に戻り、終わります。
第4楽章、フィナーレ。弦楽合奏の響きのバランスが素晴らしく、これに管が加わり、柔らかいがときどき固さを要求するというブラームスの響きになります。重量級の響きと雰囲気ではないけれど、推進力を感じさせ、テンポ良くクライマックスに入ります。あ~、ブラームスを聴いたなぁ!と心地よい満足感がありました。

終演後、恒例のファン交流会が行われました。トリフォノフさん、すっかり注目の的で、



少しはにかみながらも、誠実な受け答えには、たいへん好感を持ちました。



山響については、練習の最初から、ピアニシモの部分も自分の意図をよく汲んでくれて、とても弾きやすかった、とのこと。どうやら、トリフォノフさんと山響の出会いはかなり好感度の高いものだったようです。



西村さんも、若いトリフォノフさんにすっかり注目のようで、自分の曲の話の前に、「すごいですね~」を連発していました。でも、「現代音楽も弾いてほしい」と、しっかりと希望を述べていましたね(^o^)/
N響アワーが終わり、西村朗さんのお話を毎週聞くことはできなくなりました。本当は、「N響アワーが楽しみでした」とご挨拶したかったのですが、なにせ人見知りするほうなものですから(^o^;)>poripori
山響で、あるいは別のテレビ番組等で、またお会いできれば嬉しく思います。

(*1):果汁100%ストレートジュースSUN&LIV「山形代表」:山形食品株式会社
(*2):R.シューマン(リスト編曲)「君に捧ぐ」を聴く~「電網郊外散歩道」2007年2月
(*3):ダニール・トリフォノフさんのブログ(英語)

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良質の製品

2012年05月19日 06時11分06秒 | 手帳文具書斎
長く手元に置きたい製品として集まってしまったものを見ると、いずれも良質の製品が多いことに気づきます。ジェットストリームJetstream、パワータンクPowerTankなどの筆記具に、キャンパスノートハイグレード澪などのように、品質と実用的な経済性とが、よくバランスが取れています。いくら高品質でも、毎日365日、大量に使うものですので、あまり高価なものでは実用的ではありません。かといって、安さだけが条件では、殺風景です。良質の製品は、このあたりのバランスが良いと感じます。

お皿やカップなども、若い頃は景品でもらったものなどを無頓着に使っていましたが、お祝いの品等を日常的に使うようになると、ボーンチャイナ等の品質をあらためて感じます。もったいないとしまっておいても仕方がない。日常的に使った方がよいと感じるようになったのは、人生の残り時間を意識するようになった頃からでしょうか。惜しむべきは品物ではなく、私たちが失っていく時間のように思います。

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豊富過ぎると大切にされない

2012年05月18日 06時04分56秒 | 手帳文具書斎
モノがあまり豊かでない時代に育ったせいか、物を粗末にすると、なにか悪いことをしているような後ろめたさを感じます。愛用の品をとことん使うというのは、私のような世代にとってはまことに望ましいスタイルです。ところが、子供や子供の同世代の人たちを見ていると、どうも必ずしもそうではないらしい。

例えば文具です。子供たちは、プラスチック製の安価で華奢な作りの文具を豊富に持ち、カラーやシリーズで統一したりして楽しんでいるようです。ところが、これらの製品は壊れやすいのか、安いからと大切にしないのか、忘れる・失くす・探さない・名前も書かない、という具合で、我が家の子育ての不備なのかもしれないとは思いつつ、ヲジサン世代には想像を絶する事態です。クリップが取れたシャープや、キャップを失くして書けなくなったボールペンなど、使えなくなった子供の文具類をごっそり捨てるとき、ちょいと心が痛みますが、まだまだ使える筆記具を惜しげもなく捨てるのとは違い、壊れたものを捨てるのだから仕方がないと割り切ることはできます。

考えてみれば、モノが貴重だった時代には、それ一つしかないのですから、大事に使うしかない。ところが、モノが豊富で安価であれば、壊れたり紛失したりしたら、また買えばすむわけです。大事に使うという発想が出てこないのかもしれません。

普及すれば有り難味が薄れる。豊富過ぎると大切にされない。音楽の録音も、1960年代のステレオ録音が次々にパブリック・ドメインとなり、公共の財産として広く提供されるようになったとき、大切に聴かれるのでしょうか。書籍も、某中古書店の棚を眺めていると、つい同様のことを考えてしまいます。

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高橋義夫『雪猫~鬼悠市風信帖』を読む

2012年05月17日 06時03分00秒 | 読書
文春文庫で、高橋義夫著『雪猫』を読みました。「鬼悠市風信帖」シリーズ第5作です。前巻(*)では気味の悪いカルト&ホラー調でしたが、今回は本来のストイックなハードボイルド調に少しのお色気を加味して、気持ちよく楽しめました。

第1話:「黒塚の女」。竹林内の争闘から助けた男は、御奏者番・加納正右衛門の庭番をつとめる佐藤太兵衛でした。米の先物取引の空米相場を探っているうちに正体が暴かれてしまったらしく、探索は中断してしまいます。空米相場の場所を提供する油屋の女主人お伊万は、安達ヶ原の鬼女を指す黒塚と噂されるしたたかな女らしいのです。
第2話:「天狗にらみ」。足軽目付の組頭の竹熊が、金縛り状態で記憶を失って倒れていました。山伏の後をつけていて、天狗にらみに遭ったというのです。そんな馬鹿な!でも、やっぱり案の定でした。公儀の隠密がらみだそうで、竹熊さんではちょいと荷が重い。
第3話:「立ち帰り新左」。これは、筋立てはごくシンプルな話です。追放になった男が、死にかけた娘のために帰ってくる。娘を看取り、自訴しようとする新左と医者の道悦に、足軽目付の竹熊はイキなはからいをします。
第4話:「闇の烏」。思わず鳥と間違えてしまいそうになりましたが、カラスです。竹熊が襲われ、負傷したといいます。鬼悠市が調べていくうちに、昔の御蔵米の不正事件が、実は飢饉の際に救民のためのお救い米に使われたのではないかということがわかってきます。しかし、責任を一身に負って死んだ男の息子は、ただ関係者を恨むばかりです。これは、なんとも切ない話です。
第5話:「猫の繰り言」。御奏者番の加納正右衛門の庭番・佐藤太兵衛が、風邪で寝込んだといいます。江戸から来た桃川実延という講釈師の軍談が評判になっており、油屋に泊まっているといいます。足軽目付の竹熊は何やら探索中のようで、本番の最中に捕物が展開されます。いっぽう、年寄り扱いされるのが嫌いな太兵衛さんのほうは、因縁の勝負に精魂を使い果たしていました。
第6話:「地吹雪街道」。奏者番の加納正右衛門が、湯治という触れ込みで熱浜に滞在し、五十嵐という男と会っていました。鬼悠市さんも呼び出されますが、酒に仕込まれた石見銀山(砒素)で加納は倒れてしまいます。地吹雪の中、医者の桜井道悦を迎えに行った鬼さんらは、なんとか加納の命が助かったことに安堵します。熱浜には、油屋の黒塚ことお伊万と、藩の須貝甚兵衛も宿泊しており、加納に毒を盛った犯人は誰か、探索はなかなか進みません。五十嵐は、毒が自分を狙ったものではないかと言いますが、加納さんも敵が多いようです。
第7話:表題作「雪猫」。佐藤太兵衛は、自分の仕事は田の草取りのようなものだと言います。なるほど、土着して長年諜報活動に従事している他国者や幕府隠密を草とすれば、これをあぶり出し、抜き取る仕事はたしかに草取りでしょう。でも、お伊万は本命ではなかった様子。草は、もっと思いがけない人物でした。やはり先入観、思い込みはいけません。



養子の柿太郎が、独楽回しに興じたりする子供らしさも見せますが、手にあかぎれを作りながら竹細工の修行に励む姿は、健気です。この作品のシリーズ中、定番の魅力になりつつあります。

(*):高橋義夫『どくろ化粧~鬼悠市風信帖(4)』を読む~「電網郊外散歩道」2012年2月
(*2):高橋義夫『猿屋形~鬼悠市風信帖(3)』を読む~「電網郊外散歩道」2012年1月
(*3):高橋義夫『かげろう飛脚~~鬼悠市風信帖(2)』を読む~「電網郊外散歩道」2010年1月
(*4):高橋義夫『眠る鬼~鬼悠市風信帖(1)』を読む~「電網郊外散歩道」2011年12月
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