電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

休日農業の記録

2009年04月30日 05時50分39秒 | 週末農業
昭和の日となった晴れの特異日はやっぱり晴れて、絶好の農作業日和でした。早朝から起きだし、当ブログを更新して、いざ畑へ。

当方の備忘のために、当日の作業をリストアップすると、
(1)果樹園のサクランボの満開時の消毒~灰星病対策、サンリット(*)水和剤の散布
(2)老母の野菜畑の耕耘
となります。

午前中に消毒を終え、コーヒーでゆっくり一休みしてからいつもの書店に出かけ、少しだけ買い物。妻は婦人会のお花見とかで出かけたので、昼食後、再び畑へでかけ、耕運機で耕しました。耕した後に、ミミズが顔を出しますので、それを狙ってカラスが二羽、土の上をついばみます。と思ったら、足元から小さな野ネズミがチョロチョロ走り出しました。さすがにカラスは見逃しません。あっという間に急降下して、野ネズミをくわえて行きました。な~るほど、カラスは雑食性なのですね!

さて、耕した畑に、老母はジャガイモを植えるそうです。空いているところに何を植えようかと、楽しい計画を立てているようです。

(*):シメコナゾールを主成分とするトリアゾール系殺菌剤で、菌類の細胞壁生合成を阻害するもののようで、農協によれば、省略できない重要な防除の一つだそうです。去年は、老父の病気入院・死去もあり、この消毒をしていなかったので、全く出荷できませんでした。
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山形では生垣を食べるという、その真相

2009年04月29日 05時09分45秒 | 料理・住まい
山形県民は生垣を食べる!と、某テレビ番組で面白おかしく取り上げられて、すっかり有名になった「うこぎ」ですが、我が家のうこぎもちょうど新芽の食べ頃です。先日、うこぎの新芽を摘んで、「うこぎご飯」を食べました。要するに木の芽入り混ぜご飯のようなものです。木の芽の香りがぷーんとして、朝の食卓がたいへん新鮮です。毎年、4月29日頃になると、うこぎご飯やおひたし、あるいは天ぷらなどが登場します。伸びすぎた頃には、冷凍して保存します。



この「食べられる生垣」あるいは「食べられる潅木を生垣にした」うこぎは、今話題の「天地人」の主人公、直江兼続が米沢に持ち込み、食用兼防犯用に生垣としたのだとか。さらに直江兼続を尊敬した米沢藩九代藩主である上杉鷹山が奨励したことで、普及したのだそうです。たしかに、刺のある生垣は、我が家のアホ猫を例外として、外敵が侵入するのは難しいようです。漢方としての薬効もあるのだそうで、注目の成分もあるのでしょうか。



季節になると、隣家の同級生も「摘ませてね」と声をかけて来ます。我が家のうこぎ生垣をはさんで、老母と畑のお友達が仲良くうこぎ摘みをする様子は、ぽかぽか陽気の季節の風物詩なのですが、このところだいぶ寒くて、「途中でやんだぐなって(*)しまう」そうな。

(*):いやになって、の意味。

さて、今朝は久々に晴天の休日となりそうです。これから、朝仕事で畑に出る予定。良い季節になりました。
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吉村昭『私の文学漂流』に見る作家夫婦のあり方

2009年04月28日 06時16分47秒 | -吉村昭
以前、吉村昭氏の未発表原稿が発見されたことを契機に、「小説新潮」誌が特集を組んだことがあり、そのときに、氏の書斎の写真に触れて、夫人の津村節子氏との関係を推測したことがありました(*)。本書『私の文学漂流』(ちくま文庫)で、吉村昭氏による夫婦作家誕生の秘話を読み、これに対する解答を知るとともに、たいへん清々しい感銘を受けました。

結核療養歴のある若い大学生の青年が、短大を出て女流作家を目指す若い女性と同人雑誌で知り合い、やがて正式に結婚を申し込みます。先輩夫婦作家の離婚を例に、小説を一生書きつづけていくために結婚はしないつもりだと断られますが、氏は妻が生涯の仕事と考えているものをはばむつもりはないと答え、やがて二人は結婚します。若い二人の貧乏暮らしはあぶなっかしく、病気をしなかったのが不思議なほどです。

職業作家として暮らしを立てるのは難しく、しばらく奮闘した後に、夫は生活のために再び会社勤めに戻り、作品の発表数は激減します。そんなとき、妻の津村節子さんが芥川賞を受賞。妻は夫に、「会社を辞めたら」と言います。夫が生活のために会社の仕事に追われ、このまま小説が書けなくなってしまうことを恐れての言葉でした。氏もそのことを痛感しており、やがて会社勤めを辞める決意をします。このあたり、単に夫婦の関係というよりも、なんとなく同志を気遣うような気配もあります。

それにしても、夫人の受賞をきっかけに取材に訪れた婦人雑誌の記者のインタビューには恐れ入ります。

「芥川賞候補に四回なられて落選し、奥さんが受賞されて、どんなお気持ちですか」

ここまでは仕方がないかも。しかし、

「離婚するのではないか、という噂がもっぱらです。離婚なさるのではないですか」

というのは、婦人雑誌のインタビューとしては核心なのだろうとは思いつつ、雑誌記者というのは腹立たしく因果な商売だなぁと思ってしまいます。これに対する氏の対応は率直で明快ですが、記者は納得していないようです。たぶん、「芸術(文学)と夫婦生活は両立しない」と考えていたからでしょう。

昔の人は、とくに明治~大正期に生を受けた世代の人たちは、芸術を生活よりも上に置き、芸術のためならば生活を犠牲にすることも厭わず、という覚悟を是とする人が少なくなかったような印象を持っています。しかし、吉村昭氏や藤沢周平氏の作品などに見られるのは、日々の生活こそが大切なのであり、芸術はその中で営まれるものの一つだ、という感じ方です。肺結核との闘病生活や、戦争と敗戦期の苦しい生活、あるいは家庭的な不幸や不遇などの共通点もありますが、「芸術(文学)のために離婚も辞さず」という人たちとは異なる価値観を感じます。

夫婦で一緒に生活している。そして夫婦ともに作家であって、生活上の工夫はするが、どちらかが一方的に犠牲になるのではない。そういう作家夫婦のあり方が、この雑誌記者には、おそらく理解できなかったのでしょう。



(*):小説新潮が吉村昭特集~「電網郊外散歩道」2007年4月の記事
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晴耕雨読、年中音楽。

2009年04月27日 06時09分02秒 | Weblog
この週末はあいにくのお天気で、畑の仕事もできず、週末農業はお休みです。日曜日の午前中は、音楽を聴きながら文庫本を読みました。晴耕雨読、年中音楽、といったところでしょうか。
聴いている音楽は、シューベルトの弦楽四重奏曲「ロザムンデ」で、ヌオーヴォ・カルテットの演奏。読んでいる本は、吉村昭著『私の文学漂流』(ちくま書房)です。後日、感想をまとめたいと思いますが、なかなか興味深い内容でした。
午後には洋品店に行き、ワイシャツとネクタイを補充購入。夕方近くには来客対応で日が暮れて、夜はアホ猫と一緒に「N響アワー」を観ておしまい。ジンマン指揮N響のリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトストラはこう語った」と「ばらの騎士」組曲抜粋が面白かったのですが、一日を振り返ってみると、全く畑に出ておりません。ただいま修行中の農業後継者には、いささか物足りない週末となりました(^o^)/

さて、今週も始まります。もうすぐゴールデン・ウィークです。もしかすると、今までの肌寒さが一転して、一気に暖かくなるのでしょうか。
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ドヴォルザークのピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」を聴く

2009年04月25日 21時08分25秒 | -室内楽
ドヴォルザークのピアノ三重奏曲は、明るく幸福な第1番から憂愁と躍動の第4番まで、四曲ともたいへん魅力的な音楽です。とりわけ「ドゥムキー」という愛称で親しまれている第4番ホ短調Op.90は、交響曲第8番やレクイエムを完成・初演した頃、1891年(作曲者50歳)の充実した作品です。
「ドゥムカ」というのは、ウクライナ民謡で「哀歌」あるいは「挽歌」と訳される言葉だそうで、「ドゥムキー」とはその複数形だといいます。曲調から言えば、まさに憂愁と躍動、ゆるやかに憂愁に満ちて始まり、次第に速度と熱を帯びて踊るような独特のリズム感を持った音楽に転じ、突然の転調、激しいリズムと興奮など、自由な室内楽組曲とでもいいたいような曲です。

第1楽章、レント・マエストーソ、ホ短調。上昇するチェロと下降するピアノが対比される、暗くメランコリックでゆったりとした始まりから、ヴァイオリンが加わり活動的で情熱的に転じたかと思うと、再び憂鬱な気分が交差する、たいへんに印象的な楽章です。
第2楽章、ポコ・アダージョ、嬰ヘ短調。チェロが長めの哀歌を歌い、ピアノに主題が受け継がれると、ヴァイオリンが切れ切れにオブリガートをつけます。このときのピアノの分散和音は、まるでギターのアルペジオを模したように響き、突然に速度を増して気分が変わったかと思うと、再びチェロの哀歌に戻ります。後半のヤン・パネンカのピアノは、ため息ものの美しさです。
第3楽章、アンダンテ、イ長調。美しさが結晶したような始まり。呟くようなピアノ、憂愁に沈むチェロ、非常に集中力に富む前半部です。ヴァイオリンが旋律を奏でるあたりから活発さを増し、まさに憂愁から躍動の音楽となっています。ヴァイオリンが重音で旋律を奏でるとチェロが応え、ピアノが呟き、三者とも静かに終わります。
第4楽章、アンダンテ・モデラート、ニ短調。ピアノに導かれてチェロが歌い始め、ピアノとヴァイオリンに移り、再びチェロとピアノに戻るときにはヴァイオリンが独特のリズムを刻みます。突然の転調と、リズムや気分の変化が起こり、踊るようにしだいに速度と熱を増していきますが、やがて静まって終わります。
第5楽章、アレグロ、変ホ長調。やや明るい響きの序奏に続き、チェロとヴァイオリンがそれぞれ主題を提示し、変奏していきます。全曲中、最も憂鬱さの少ない楽章です。
第6楽章、レント・マエストーソ、ハ短調。民族的な舞曲ふうの主題と、チェロが奏する哀歌が交替する印象的な音楽で、自由で活発な気分と憂鬱な気分が交錯しつつ、しだいに盛り上がります。

演奏はスーク・トリオで、ヨセフ・スーク(Vn)、ヨセフ・フッフロ(Vc)、ヤン・パネンカ(Pf)の三人。1977年5月11日~13日、プラハにあるスプラフォン社のドモヴィーナ・スタジオでデジタル録音されており、スプラフォンとの共同制作のようです。当時のデジタル録音機器の演算処理能力の制約はありますが、演奏する三人が年齢的にもほんとうに充実していた頃の好録音だと思います。
型番は、DENON COCO-70443 で、クレスト1000シリーズに含まれています。以前、LP 時代に手元不如意で買いそびれ、残念に思っておりました。その後、大好きな第1番と第2番を収録したCDをレギュラープライス盤で求めましたが、第3番と第4番は廉価シリーズで再会できました。嬉しい一枚です。

参考までに、演奏データを示します。
■スーク・トリオ
I=4'02" II=6'58" III=6'08" IV=4'36" V=4'16" VI=4'44" total=30'44"
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タニシの章を吐し老翁をことぶき

2009年04月25日 05時50分44秒 | 読書
理系の堅物にはちょいと珍しい読書です。本県にゆかりの書籍を手にし、おもしろい連句を見つけました。落合晃著『やまがた俳諧独り案内』(一粒社)です。羽前国新庄戸沢藩金山の住人、西田李英らの新庄金山連中によるものだそうです。

田にしの章を吐し老翁をことぶき、
荘周泥亀の心をおもひ出て、
1 うら嶋も釣らぬ田にしの齢ひかな 雀山公
2 春の恵にほこる日あたり 如ぼく
3 余所からは霞む高根を庵にして 李英
4 年中客のたへる間はなし 亭々
5 眠いかと調市を天窓撫ながら 保紅
6 蚊がうすらいで宵もよっぽど 市柳

筆者による通釈は、このように記されています。

田にしの章を詠まれた老翁をお祝いし、
荘周の泥亀の心を思い出して、
1 玉手箱を開けてしまって長寿を保てなかった浦島太郎が、自分のようには誘惑できなかった、田螺殿の素晴しいご長寿であることですよ。
2 春の恵みを受けて日当たりのよいことを、有難く名誉であることと田螺は思っているのです。
3 よそからこの高嶺を眺めると霞んで見えるのですが、その人はこんな素晴しい所に庵を結んでいて。
4 その庵には主人の徳を慕って、客の往来が絶えることはないのです。
5 その主人は、来客の少年の頭を撫でながら、眠くはありませんかと、からだの調子を聞いているのです。
6 蚊の数もめっきり減って、宵もよほど過ごしやすくなりました。

おもしろいものです。「角出して争ひもなき田にし哉」という句が当時地元で評判になっており、これを受けてのもののようです。ちなみに如ぼく(王へんに僕のにんべんを取ったもの)は須藤春庵という医師で、菅江真澄の『雪の出羽路』にも記載があるそうな。「春の恵みを受けて日当たりのよいことを有難く名誉である」と思っている田螺(タニシ)に、いたって人畜無害の当方も、思わず共感してしまいます(^o^)/
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goo RSS reader が真っ白に!

2009年04月24日 06時31分15秒 | コンピュータ
これまで、四年以上も便利に使い続けてきた WEB版 goo RSS reader ですが、今朝はちょいと様子が違います。いきなり利用許諾契約の画面が出てきたので「やれやれ」と苦笑しつつ同意したら、いきなり真っ白な画面が出てきてしまいました。ごらんのとおりの、真っ白です。はい、私の頭も、真っ白になりましたですよ、一瞬ですが。

>ウェブ版RSSリーダー動作条件
>Windows:
>Internet Explorer 6.0以上,Firefox 1.5以上,Opera 9.0以上
>MacOS X:
>Safari 2.0,Firefox 1.5以上,Opera 9.0以上
>およびこれらと互換性があるブラウザ

なるほど、当方の Ubuntu Linux + Firefox 3.0 は、突然、「排除されてしまった」わけですね。
こういうのは、改善とはいわず、改悪と言うべきでしょう。
サーバ依存型サービスの、典型的な不都合の事例です。

この記事、当方にはめずらしく、「むかつく」というジャンルに区分しました。

【追記】
Firefox のプラグインで Brief というのを試してみたが、ローカルで利用することに変わりはなく、当方のように、自宅と単身赴任のアパートと、離れた場所で共通に使うには必ずしも適していない。Google の RSSリーダーを利用しようかと思って、夜に Firefox を立ち上げ、試しにもう一度 WEB版 goo-RSS-reader を立ち上げて見たら、今度は下のように表示された。朝は、何度か Firefox をクローズし再度立ち上げてもダメだったが、夜には下のように大丈夫になっていた。何か、システム側で気づいて、修正を加えたのかもしれない。


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音楽ファンの定額給付金の使い道

2009年04月24日 06時09分57秒 | クラシック音楽
定額給付金なるものが出るそうです。中年おじさんには12,000円だそうで、使い道を思案しました。これだけで消費拡大に貢献するとは思えませんが、不景気で影響を受けると思われる、地元オーケストラの演奏会のチケットを購入することにしました。私自身は、すでに定期会員になっておりますので、妻の「モーツァルト定期」会員が9,000円と、自分自身のために山響のCDを1枚3,000円、あわせて見事にぴったんこ12,000円です。もしかすると某総理大臣の命を受けた某お役人は、山響のチケットとCDを根拠に給付額を積算したのかもしれません(^o^)/ahoka~

地方在住音楽ファンの、実に明快な定額給付金の使途構想でした。
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西原稔『クラシックでわかる世界史』がおもしろい

2009年04月23日 06時07分06秒 | クラシック音楽
図書館から借りてきて、少しずつ読んでいる西原稔著『クラシックでわかる世界史』(アルテスパブリッシング)が、たいへん興味深い内容です。たとえば、海上貿易の覇権をめぐるオーストリアとヴェネツィアの争いを背景に、トリエステに行幸した神聖ローマ帝国カール六世がヴェネツィアの作曲家ヴィヴァルディに面会を求め、ヴィヴァルディもまた、同地に二週間も滞在し、話をしたことの意味などについて、知ることができました。海上貿易におけるヴェネツィアの独占を、トリエステが打破することになる役割は、実はヴィヴァルディのもたらした情報に基づいていたと考えると、現代における産業スパイもどきの役割を果たしてしまったと見ることができます。ヴェネツィアの側からは、とんでもない裏切り行為に見えたことでしょう。なるほど、それで晩年はヴェネツィアを去り(追われて)、カール六世のもとに行くのですが、頼みのカール六世が逝去してしまい、不遇のうちに没するという運命になるわけです。ヴェネツィアの側からは、産業スパイの当然の末路でしょうし、オーストリア側から見れば、すでにご用済みの存在となっていたのかもしれません。
ヴィヴァルディがカール六世に献呈し、一連の経緯のきっかけとなったらしい曲集「ラ・チェトラ」には、そんな歴史上の役割があったのですね。
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ある日の晩ごはん

2009年04月22日 05時59分19秒 | 料理・住まい
単身赴任の夜は、食事が楽しみです。面倒がらずに夕食を作れば、翌日のお弁当やおかずに一部を利用することもできます。この不景気のご時勢、収入は増えるどころか減る一方ですし、お弁当を持参する人が増えたような気がします。たしかに、お弁当持参だと一ヶ月の昼食費が一万円くらいは浮く計算になりますから、若い人にとっては切実な問題でしょう。

この日のメニューは、例によっていたってシンプルで、

(1)お肉とナスとカブの葉の塩コショウ炒め
(2)カブのキムチ味一夜漬
(3)青菜の煮物
(4)ごはん
(5)豆腐と油揚とカブの葉の味噌汁

というものです。なかなか美味しいというだけでなく、カブの葉も捨てずに徹底利用しているところに、単身赴任料理の年季が見えるところです(^o^)/

この中で、(2)の「カブのキムチ味一夜漬」は、小型のタッパーによく洗って刻んだカブの葉の上に5ミリ程の厚さにスライスしたカブを並べ、塩を振りかけた上に、キムチの素をたらして冷蔵庫で一晩寝かせたものです。手間入らずで簡単で、ぴりりと辛い味が食欲を増します。お勧めです。
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春の妖精に再会する

2009年04月21日 05時46分17秒 | 散歩・外出・旅行
昨年春に、某所で発見したカタクリの群落(*)を、今年も訪問しました。幸いに、誰にも荒されることなく、見事に咲いておりました。ちょっとうつむき加減に咲く様子は、まだ幼さの残る妖精役のバレリーナのようです。周囲には青色や白色のキクザキイチゲも群生しており、ちょっとしたお花畑の風情です。





昔は、このカタクリの根からデンプンを取り、片栗粉と称したのだとか。今はジャガイモデンプンに変わっていますが、飢饉のときには救荒植物になったのでしょう。それでも取り尽くされ姿を消すことなく今に続いているのは、ちゃんと次の年の分を残しておく昔の人の知恵と自制心のゆえでしょうか、それとも横着者を懲らしめる制度としての村八分を背景とした、集落の掟の強固な制約のゆえなのでしょうか。

(*):カタクリの花を見つける~「電網郊外散歩道」2008年4月より
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N響アワーで「名曲の難所・急所」

2009年04月20日 05時47分21秒 | クラシック音楽
この週末は、暑くもなく寒くもなく、春らしい陽気となっております。畑仕事が一段落したところで、お昼時に床屋に行き、さらに午後はたっぷり一時間以上散歩しました。万歩計の本日の歩数は、12,000歩を超えております。夜は近所の蕎麦屋でそばを食べて、その足で近所の懸案事項の相談に行き、無事解決の見通しが立ち、まずは安心しました。

夜は、一週間のお楽しみである、N響アワーの時間です。今回は、「名曲の難所・急所」がテーマでした。出だしのドヴォルザークの交響曲第8番第3楽章で、胸キュン。これは「背景みがき」という解説です。次はショスタコーヴィチの交響曲第5番の第4楽章を例に、「テンポのドライブ」という解説。さらに、プロコフィエフの交響曲第5番第4楽章を例に、「合奏の呼吸」について。ショスタコーヴィチはアジテーション風ですが、プロコフィエフの音楽は、シャープで童話的で、実にいい旋律ですね~。そして最後は、「音の五感」というわけで、ドビュッシーの「牧神の午後の前奏曲」。フルート・ソロの出だしが印象的です。西村朗さんの解説は、池辺晋一郎さんの駄洒落とも異なる雰囲気を持ち、なかなか面白いです。

さて、今週も始まりました。なんとか元気に乗りきりましょう。
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桃と桜とサクランボとスモモの花を区別する

2009年04月19日 06時29分48秒 | 週末農業
果樹園は、もうすぐ花盛りの時期を迎えます。梅の花が終わり、桃とスモモと桜の花が咲いています。ちらほらと早生種のサクランボ(高砂など)の花も咲き始めました。もう少しすると、サクランボの花にやや遅れて、リンゴやナシの花も咲き始めることでしょう。五月上旬になると、果樹園も花盛りです。

音楽のほうは、引き続きドヴォルザークのピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」を聴いております。やっぱり魅力的な音楽ですね~。今の季節には少々メランコリックな気分が勝っているかもしれませんが、お天気の方が上々ですので、破格の6楽章構成もそれほど違和感はありません。時間的な余裕を見て、記事にまとめたいと思います。

さて、クイズです。下の四種類の写真のうち、どれが桜で、どれが桃で、どれがサクランボで、はたまたどれがスモモか、区別できるでしょうか。

(A)


(B)


(C)


(D)


答えは、コメントでどうぞ(^o^)/
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畑のお友達

2009年04月18日 19時04分48秒 | 週末農業
お天気に誘われて、隣家でも畑仕事に精を出しているようです。隣家は小学校の同級生ですが、すでに早々と退職し、悠々と畑仕事を楽しんでいる模様。乞われて老母が色々と教えているとのことです。今日はジャガイモを植え、さらにネギを植えたのだそうな。世代はまさに文字通り親子ほど離れているのですが、畑のお友達といった感じです。



当方も、サクランボの芽の様子を確かめながら、こんどの週末になると思われる、開花期の消毒作業の準備をしました。農協に行って老父の名前を出したら、一発でわかってもらえました。先ごろスピードスプレーヤの使い方指導のために、わざわざ早朝に来ていただいたことといい、実は老父は有名人だったのかも(^o^)/
だとすると、途中で投げ出すわけにもいかず、新米農業後継者といたしましては、いささか緊張いたします。

娘は、今朝、新しい勤務地(東京)に向けて出発しました。子分がいなくなって、妻は嘆いております。娘の部屋を片付けたり、働いていると気が紛れるそうです。夫を失って畑に精を出す老母と同様、おそらく日常の生活をきちんと営むことが、何よりの薬なのでしょう。
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耕作放棄農地の現状

2009年04月17日 06時06分37秒 | 週末農業
過日、新聞等に耕作放棄農地の現状について、報道(*)されておりました。これまで老人世代が耕作してきた農地が、とうとう力尽きて耕作できなくなり、そのまま放棄されて荒地化している現状を再確認するものです。



当方も、何度か同様の記事を掲載(*2)しておりますが、老父母の世代がリタイアしても、後継者がいない現状です。農地全体の面積から見れば、今はわずかに3%の割合でしかないのかもしれませんが、農業の担い手の世代の急速なリタイアの状況を見ると、今後の推移は予断を許しません。ちなみに、当方の集落で、農業の実質的な担い手はほとんどが60代後半から70代の高齢世代です。その中で、農業後継者がいる割合は半分以下でしょう。あと10年後、農業はどうなっているのでしょうか。

(*):13万ヘクタールが農地復元不能 耕作放棄で森林原野化~47NEWSより
(*2):水田の将来、食料の未来~「電網郊外散歩道」

さて、今晩は山形交響楽団の定期演奏会の予定でしたが、仕事で予定が組まれており、聴きにいくことができません。残念ですが、チケットは知人にあげました。どんな演奏会だったのでしょう。チョッピリザンネンデス。
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