電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

新車1ヶ月点検を契機に夏タイヤに交換~ついでにゴミ箱を新調

2015年03月31日 06時00分16秒 | 散歩・外出・旅行
マツダ・デミオXD(ディーゼル)の新車一ヶ月点検の時期となりましたので、過日ディーラーに行ってきました。点検の結果は異常なしで、ついでに冬タイヤを夏タイヤに交換してもらいました。(2,160円)

前の車の日産ティーダ・ラティオの場合は、トランクルームに夏タイヤが四本ともすっぽり収納できましたので、持参するのも苦にならなかったのですが、今度は後部座席もぜんぶ使わないと無理のようです。当日は老母の通院と重なっていましたたので、老母には助手席に乗ってもらいました。このあたりは、ホイールベースの差で、前車のスペース性が長所だったことを感じます。まあ、このあたりは最小回転半径とトレードオフになる面があり、日常的な取り回しの点では、現用デミオが優ります。

夏タイヤで走り出すと、毎年のことですが、こんなに車が軽かったのかと思うほど、走りが軽快に感じられます。たぶん、燃料消費率(いわゆる燃費)の値にも良好な変化がでてくるものと思われます。



ついでに、某カー用品店に立ち寄り、ゴミ箱を二種類、購入してきました。



  1. 大きめのゴミを一時保管するもの~シート下に置くタイプ
  2. 丸めたティッシュ等を入れるもの~蓋つきコップ状のタイプ

大きい方は、運転席のシートの下にもぐりこませておき、使いたいときに引きだします。フタ付きコップ型のものは、運転席側のドアに用意されたボトル置き場に入れて使うようにしましょう。



新型デミオは、全体的に見てたいへん合理的な設計だとは思いますが、物品の収納場所が少ないのが欠点ですね。例えば、ティッシュボックスをどこに置くかが問題です。そうそう、私にとってはもう一つ、音楽CD/DVDをどこに置くかも大問題です(^o^)/

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剪定枝の焼却が終わり、雨の午後ゆっくり音楽を聴く

2015年03月30日 06時02分29秒 | 週末農業・定年農業
三月最後の日曜日は、朝方はまあまあのお天気でしたので、剪定枝の処理を続行。まずは、積み上げた剪定枝の山のまわりに、防火線となる溝を掘ります。



これをやっておかないと、枯れ草に火が付き、周囲に広がって野火騒ぎになってしまいます。「燎原の火のように」という言い方がありますが、四方八方に広がっていく火の勢いを止められるものではありませんので、こうした用心がたいへん大事です。



燃えやすい枝を人の背丈を超える高さに積み上げていますので、これだけ巨大な火になると、すごい熱量です。大きく燃え上がっている最中は写真を撮る余裕もなく、火の回り方に注意を払いました。



幸いに風もなく、小雨がぱらつくような雲行きになってきた昼頃には、ほとんど燃え尽きてしまいました。





午後からは予定どおり雨模様となりましたので、消火作業も不要で、たいへんありがたい。自室のステレオ装置で、CDによる音楽鑑賞タイムとなりました。曲は、もちろんジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるドヴォルザークの交響曲第8番(*1)です!



この音楽を聴いていると、ほんとにゆったりした気持ちになります。とりわけ、のべ日数で一週間以上もかかった作業が完了した後ですので、満足感もひとしおです。

(*1):ドヴォルザークの「交響曲第8番」を聞く~「電網郊外散歩道」2006年5月

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週末は果樹園でひたすら剪定枝集め~青空の下でラジオを聞きながら

2015年03月29日 06時05分13秒 | 週末農業・定年農業
三月末の週末、幸いに好天に恵まれて、サクランボ果樹園の剪定枝を集めて焼却処理するための準備をしております。サクランボは、枝のどこにでも実るわけではなく、枝のうち昨年伸びたものの付け根に花が咲きます。したがって、不要な枝を切り落として新しい枝を出させ、来年に実らせることになります。剪定は、サクランボ果樹園農業の最重要課題なのです。

これまでは、自前で素人剪定を行っていましたが、今年はプロに依頼して真冬の休眠期に剪定をしてもらいました。おかげで、写真のとおりすっきりした樹形になっております。当然のことながら、切り落とした枝がたくさん落ちていますので、これを集めて焼却するのは栽培農家の仕事になります。単に集めて積み上げただけでは、内部がすき間だらけで燃えませんので、剪定ノコギリで細かく切断して束ねたものを中心に置き、その上に積み上げるようにしています。



昨日までで作業はだいぶ進み、ごらんのとおり、樹下はすっきり片付いてきました。



休憩時には、ホットコーヒーと「でん六ミックス」で一休み。賑やかなラジオの会話に、思わず和みます。



オオイヌノフグリなどが花を咲かせている地面にごろりと横になると、空は青空、なんとも気持ちがいいです。ここで音楽を聴くなら、ドヴォルザークの交響曲第8番だな。セルとクリーヴランド管のEMI録音か、あるいはクーベリックの録音がいいな~。



さて、枝集め作業を再開。少しは山が高くなったかな?



くたびれたので、そろそろ帰りましょう。実は、ここまでが昨日の作業。



ということで、本日も週末農業の作業日です。天気予報によれば、曇り時々雨の予報らしい。それなら、乾燥注意報の中で燃やすよりも、むしろ安心して処理できそうです。なんとか本日中に終えたいところですが、さてお天気の具合はどうでしょうか。

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ノートと万年筆の相性

2015年03月28日 06時05分28秒 | 手帳文具書斎
昨年の備忘録ノート「キャンパス・ハイグレード澪」の薄手の用紙には、常用する細字のプラチナ#3776ブルゴーニュがよく合いました。滲みにくくすべりの良い薄手の紙に、古典ブルーブラックの青色と細字の線幅がちょうどよかった。今年は、ツバメノートのA5判の100枚(200頁)のものを使っていますが、ツバメ中性フールス紙は紙厚がやや厚くなり、裏抜けや裏写りも問題なく、たいへん実用的です。

ただし、実はツバメノートだと、ブルゴーニュの細字の線幅が細すぎると感じられる時があり、ついつい中字のカスタムやカクノを選んで手にしていることに気が付きました。別に不都合はないのだけれど、線が細い印象というか、中字の方が鮮明さにまさるからでしょう。

このあたりは、不平不満というよりは、かなり高い満足度を満たした上で、よりかっちりとした見やすさを求めるという判断が無意識のうちにはたらいているためかもしれません。還暦も過ぎて、細かな文字よりも大きくて鮮明なほうがありがたいという事情もありそうです。



そういえば、昔はノートに何で書いていたのだろう? 備忘録ノートが残っている1979年以降、使っている筆記具を調べてみたら面白いかも。

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もうすぐ100万IPのアクセスに

2015年03月27日 06時11分19秒 | ブログ運営
当ブログ「電網郊外散歩道」のアクセスデータを見たら、いつのまにかIPアドレスで99万を超えていました。一時は朝ドラ効果で1日平均で500IPくらいまで増えていた(*1)のですが、最近は落ち付いて、だいたい350~400IPくらいでしょうか。単純計算すると、

10,000÷400=25

となりますので、早ければ来月中には100万の大台を突破することになりそうです。

考えてみれば、IPアドレスで50万アクセスに到達した(*2)のが2012年の春でしたので、およそ七年ほどでした。そこからは3年弱で100万に到達したことになります。

わーお! 延べ人数で100万人といえば、たいへんな数です。100万アクセスに到達したら、記念になにか考えようかと思いましたが、格別にアイデアも浮かびません。ひそかに自分で乾杯するくらいでしょうか(^o^;)>poripori

画像は、2015/03/25の時点でのアクセス記録です。実際は、3/24のデータになります。

(*1):最近のブログ運営の状況~「電網郊外散歩道」2014年9月
(*2):祝!~IPアドレスで50万アクセスに到達~「電網郊外散歩道」2012年5月

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近ごろ残念に思うこと

2015年03月26日 06時05分56秒 | Weblog
近ごろ、残念に思うことが続きました。いえ、世の中にあふれる事件事故のことではなくて、ごく身近な、私的な出来事の中での残念さです。

一つ目は、定年退職前の職場の関係で、ご縁の深かった人が、この三月に、定年退職を目前にして急逝されたことです。過日、葬儀にも列席して来ましたが、故人の仁徳でしょうか、多くの会葬者がホールにあふれました。献花や弔辞も多く、あの人柄が愛され信頼されていたのだなと、あらためて急な逝去が惜しまれてなりません。ご遺族の方も、まだ呆然としている様子がうかがえ、職場の方々が中心となって葬儀を取り仕切る状況に、思わず同情してしまいました。まことに残念でなりません。

二つ目は、これはやむを得ない事情なのですが、寺の役員会で、新年度の檀信徒総会の日程が来月26日の午後に決まってしまったこと。うーむ、この日この時刻は、楽しみにしていたヤンネ舘野さんのヴァイオリン・リサイタルの予定だったはずではないですか! 総代の立場上、欠席というわけにもいかず、今年の演奏会は諦めるしかなさそうです。それにしても、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ「雨の歌」とモーツァルトのト長調のヴァイオリン・ソナタは聴きたかった! 残念無念です。

明日を窺い知ることができない人の身の不確実さと、自分の都合だけでは立ち行かない人の世のしがらみと、いずれも仕方のないことではあるのですが、やっぱり残念でならず、珍しく後ろ向きの愚痴記事でした(^o^;)>poripori
考えがマイナスの方向にしか向かない時は、美味しいものを食べて、暖かくして寝るに限ります。

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マツダ・デミオの取扱説明書を読破する

2015年03月25日 06時04分33秒 | 散歩・外出・旅行
「ウリ坊」こと新型マツダ・デミオXDの取扱説明書を読んでいることを一度記事にしました(*1)が、このほどようやく全部を読破しました。単なる取説を「読破」とは、何を大げさな、とは思うのですが、けっこうな厚さもあり、面白さや手に汗握るスリルが味わえるわけでもなく、それでもじっと我慢して通読したのですから、これを「読破」と言わずして何と言おうか! という勢いです。鼻息荒いです(^o^)/

読んでみて、たしかに収穫がありました。オーディオ関係の操作やナビの機能を確認できたのは大きな収穫でしたし、オプションで付けたCD/DVDプレーヤーのおかげで、テレビ放送を受信できるを知りました。試してみたところ、たしかに運転時には画像は出てきませんが、停車時には放送を聴取できます。コンビニ等でちょっとニュースを見たいときなどには便利そうです。これまでテレビ放送が受信できることに全く気付いていませんでしたので、あやうく宝の持ち腐れになるところでした。いろいろな気づきがある毎日は、けっこう楽しいものです。

(*1):操作がある程度わかったところで取扱説明書を読むと~「電網郊外散歩道」2015年3月
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シューマンの交響曲第1番「春」をスウィトナーによる自筆原典版で聴く

2015年03月24日 06時03分58秒 | -オーケストラ
雪が融け、春風が心地よい季節になると、シューマンの交響曲第1番の、あの音楽が聴きたくなります。ふだんは、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管によるCDを取り上げることが多いのですが、今回はオトマール・スウィトナー指揮ベルリンシュターツカペレによる1841年の自筆譜による録音を、ずっと繰り返し聴いておりました。

この演奏は、一番わかりやすい違いは、冒頭のホルンとトランペットによるファンファーレが3度低いところでしょうか。現在ポピュラーな出版譜による演奏の場合は、第1楽章の冒頭の輝かしさがいかにも春の到来を告げるようで、たいへん印象的です。これに対して、1841年の自筆譜では、冒頭が3度低く、なんかヘンなというか屈折したというか、輝かしさというよりはもっと別なものを感じます。第2楽章の冒頭の第1主題は、出版譜では第1ヴァイオリンのオクターブの分奏であるのに対して、自筆譜では下のパートのみです。また第3楽章はスケルツォの第2トリオ部がなく、演奏時間も短くなっています。こんなふうに、シューマンが改訂を加える前の姿は、より明快な現行版とは少しずつ違っており、素直でありません。

スウィトナーは、なんでまたこの自筆原典版を元にして録音しようとしたのだろう? それは、もちろん他と異なる独自性を示したかったということがあるでしょうが、その前に、この自筆稿の魅力を感じたからだろうと思います。基本的には幸福な音楽ではあっても、輝かしい率直な明快さではない、屈折した幸福感の魅力です。

音楽の演奏効果としては、現行版のほうがわかりやすく効果的だろうと感じますが、一方で、病気の治療のために投与された水銀療法により運動機能障害が起こっている中で、クララとの結婚が実現したわけですので、単純な幸福感ではありえない。一抹の不安を抱えながら、屈折した幸福感を表すとしたら、自筆原典版の響きはありうることと思います。1989年に実質的に引退してしまうスウィトナー自身も、この一連の録音を行った1986年には、すでにパーキンソン病の兆候が出ていたと思われます。病の不安を背景にした幸福な音楽のあり方として、ベテラン指揮者が選んだのは自筆原典版だった、という考えはどうでしょうか。


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年度末の多忙の合間をぬって剪定枝を焼却

2015年03月23日 06時02分15秒 | 週末農業・定年農業
年度末の多忙のただ中にありますが、週末農業の方も「待ったなし」の状態です。春が来たとなると急速に暖かくなりますが、一方で三寒四温の言葉どおり、冬の寒さに戻ることもあります。お天気の良い日をとらえて、素早く剪定枝の焼却処理を行わなくてはなりません。



だいぶ太い枝でも枯れたところがありますので、伐採し積み重ねて焼却します。このくらいの太さだと、剪定ノコギリでは能率が悪く、チェーンソーが適しています。でも、お彼岸の最中に無粋な爆音を響かせるのもちょいとためらわれますので、今回は手作業でやりました。



週末農家のゆかしい配慮(^o^)を知ってか知らずか、春の陽気に裏の畑のオオイヌノフグリが笑っておりました(^o^)/

自宅裏の果樹園はほぼ作業が終わりそうですが、もう一つの園地のほうは、まだこれからです。今月いっぱいで、なんとか終わらせたいものです。

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満タン法で実測した新型デミオXDの燃費はいかに?

2015年03月22日 06時03分32秒 | 散歩・外出・旅行
過日、給油所に立ち寄り、新車のマツダ・デミオXDに給油してきました。いつもの習慣で、思わず「レギュラー満タン!」と言いそうになる危険を感じますので、給油カードのケースの表にも、大きく「軽油をお願いします」と書いておきました。スタンドマンが誤ってディーゼル・エンジンにガソリンを入れるという事故(*1)は、たぶん防げるのではないかと思います。

で、実質的に初の給油となったこの時のデータは:

走行距離:776km 給油量:33.7L 燃料消費率:23.0km/L

となりました。

マツダ・コネクトという電子的な管理システムが記録した燃費データは、平均で 23.1km/L を示していましたので、満タン法で計測した値と、ほぼ同じ結果となりました。立派なものです。もう少し頑張れば、800km 走行で給油できたのですが、一応念のために、油量計の残量が4分の3くらいで給油してみました。冬タイヤでこの数値ですので、夏のノーマルタイヤならばさらに燃費向上が期待できます。もしかすると、東京まで無給油で往復もじゅうぶんに可能ではないかと思います。

前車ティーダ・ラティオでも、郊外から山形市内への通勤で、年間平均でおよそ 16.0km/L くらいの値を示していましたので、エコドライブのスタイルはほぼ定着していると見てよさそうです。渋滞する時間帯を避けて、早めに出発しているのも大きく影響していると思います。

(*1):ディーゼル車にガソリン入れたら?!~Yahoo!知恵袋
(*2):新型デミオXDの気になる燃費は~「電網郊外散歩道」2014年3月
(*3):最近は、リットルという単位を、l ではなく L で表すようになっています。ですから、化学のモル濃度も、mol/l ではなくて、mol/L または逆数を-1乗で表し、molL-1 となります。べき乗の表記が不自由ですので、ここでは mol/L と表記することにします。
※うーむ、こんな注記を入れるところなんぞは、ワタクシは間違いなくコチコチの理系だなぁ(^o^;)>poripori

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福島哲史『クリアホルダー整理術』を読む

2015年03月21日 06時01分48秒 | 手帳文具書斎
図書館で、福島哲史著『クリアホルダー整理術』なる本を見つけ、読んでみました。「文具マニアの著者が長年の経験と必要から生み出した驚異の整理術!」という売り文句に、ちょいとひかれまして(^o^)/

クリアホルダー(あるいはクリアフォルダ)に関しては、以前から関心があり(*1)、初めて発売されたメーカーはどこで、いつ頃なのか、知りたいと思っていましたが、残念ながらいまだに果たせていません。本書にも、クリアホルダーの歴史に関するウンチクでも載っていないかと期待しましたが、この点では残念ながら期待はずれでした。むしろ、実用的な、あるいは思わず笑い出しそうな破天荒な使い方などが紹介されており、すっと読み飛ばせますが、いくつかは実用的な意味がありました。

本書の構成は、次のとおりです。

序章 クリアホルダーは整理に最適なツール
第1章 クリアホルダー活用のメリット
第2章 クリアホルダーをキャパ30倍、活用する!
第3章 クリアホルダー発想法でアウトプットしよう!
第4章 クリアフォルダーの「中身」整理術
第5章 まだまだあるぞ!クリアホルダーアイデア活用法

私の場合は、クリアフォルダの枚数を限定し、あまり増やさないことで当面の課題を意識するような使い方をしていますが、この中では第4章:クリアホルダーの「中身」整理術 の章が有益でした。要するに、クリアフォルダの中身を定期的に捨てていかないと、クリアフォルダが限りなく増えていく、というジレンマを解決する考え方です。

著者が「捨てる基準」にしているのは、

  • オリジナルのあるもののコピー
  • ある時期を過ぎた資料
  • 仕事関係、取引の終わった相手のもの
  • 一時的なもの
  • ダブってあるもの
  • 使えないもの、使いにくいもの

というものだそうで、情報の場合は、

  • 自分と関係ないもの
  • 知っているもの
  • 不要になった(使った)もの
  • 役立たないもの
  • 古いもの

としています(p.150)。このあたりの割り切り方が、ポイントでしょう。ただし、現実には、それまでほとんど棚の場所ふさぎでしかなかった1970年代の雑誌『科学の(と)実験』のバックナンバーが、「歴史技術科学」カテゴリーの記事を書く上でたいへん参考になったりしますので、機械的には捨てられないところがあります。むしろ、せいぜい数枚程度の定型文書をいつまでも保存しておくから悪いのだ、という感じもします。

(*1):美崎栄一郎『文具術』を読む~「電網郊外散歩道」2014年3月

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宮城谷昌光『呉越春秋~湖底の城(5)』を読む

2015年03月20日 06時01分07秒 | -宮城谷昌光
先日、某図書館で宮城谷昌光著『呉越春秋~湖底の城(五)』が入っているのを見つけ、借りてきて読みました。前巻はいつ読んだのかを調べて見ると、昨年(2014年)の1月(*1)となっていますので、約1年ぶりに続巻を読んだことになります。どおりで、脇役の名前がピンと来ない。はて、この人は誰だったろう? それでも、読了した後でもう一度読み返すうちに、「たしかこの人は…」とおぼろげながら思い出しました(^o^;)>



公子光が即位し呉王・闔閭(こうりょ)となりますが、伍子胥は彼を補佐して呉の国力の増大につとめます。まずは、孫武を呉に迎えること。王が孫武を試したやり方はあまり褒められたものではないけれど、怒りに我を忘れることなく、帰国しようとする孫武を招く決断をした内省の力は、やはり一流のものでしょう。一方、楚は、人望篤い季子の逝去という呉の弱みにつけこむこともせず、伍子胥の父と兄を殺した誤った政治を続けています。国力を蓄えた呉は、やがて楚を揺さぶりつづけるまでになります。伍子胥の復讐はついに果たされるのか? というところで本巻はおしまい。要するに、「呉王、伍子胥の推挙により孫武を得る」の巻と言ってよいでしょう。



相変わらず思わせぶりに「黄金の楯」が話題になりますが、この巻では早くも行方不明になってしまっています。華登の娘の華英の帰郷はいったいどういう意味があるのかも、今はまだ判然としません。ある程度具体的になった頃に続けて読めば判明するのでしょうが、図書館から借りて読む本には、こういうもどかしさがあります。文庫本では、すでに第三巻まで確保していますが、第四巻以降はまだ刊行されていないようです。

(*1):宮城谷昌光『呉越春秋~湖底の城(4)』を読む~「電網郊外散歩道」2014年1月
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疾風と勁草と松林

2015年03月19日 06時01分17秒 | Weblog
古い中国の言葉に、疾風と勁草についての言葉があります。たしか、疾風が吹くと弱い草はみななぎ倒されて、勁(つよ)い草だけが残る、というような意味だったと記憶しています。光武帝が不運の時代、したがっていた家臣がみな離反してしまい、忠実な者がわずかに残ったという場面ではなかったかと思います。そこから運良く復活するドラマは、たしかに魅力的です。強さに憧れる若い時代、自分もそういう勁い草でありたいと願うような素朴な感性がありました。しかし、年月が過ぎ経験もできると、いささか異なる見方をするようになりました。

勁い草も、土壌の養分がなくては育つことさえできません。土壌の養分は元々は何だったのかと問えば、それは間違いなく疾風になぎ倒された弱い草でしょう。多くの弱い草が、好天の日々に営々と光合成を行っていたからこそ、勁草は育つことができたのであって、やせた荒地にポツンと一本だけで成長することはできないだろうと思います。

庄内砂丘には、松の防風・防砂林が広がっていますが、これらは酒田の本間光丘をはじめとする代々の篤志家が植林を行っていた成果であることが伝えられています。その技術的なポイントは、松の苗木だけを植えたのではダメになってしまうけれど、松の苗木の根元に、砂の飛散を防ぐマントの役目をする草も一緒に植えてやるということだったように記憶しています。これもまた、強いスーパーな一本の松が孤独に成長するのとは違っていて、マントの役割を果たす植物とペアを組む多数の松の集団が一定の面積で広がって、はじめて砂丘に定着できることを表しています。下草を根こそぎ奪われた一本松は、弱いのです。

疾風があきらかにする勁草は、実はその地域における弱い草たちの日々の営為により成長することができたのであり、下草を根こそぎ奪われた一本松が弱いように、多くの弱さの中にあって、はじめて強さが生まれるように思います。

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ビジネスホテルのデスクライト

2015年03月18日 06時04分41秒 | 散歩・外出・旅行
某日、外せない宴会があり、某ビジネスホテル(*1)に一泊しました。これまでは、ビジネスホテルというものを、

ビジネスホテルとは酔っぱらい御用達の一時宿泊施設。酒を飲んで酔っ払うことをビジネスと勘違いした人々が好んで利用する。一般にデスクは狭く照明も薄暗く、ビジネス実務を行うことは困難(^o^)

などと自嘲的に揶揄しておりました(*2)が、今回はいささか違いました。写真のとおり、専用のデスクライトが設置されており、パソコン作業にもたいへん具合がよろしい。これなら、「酔っ払い御用達」だけではない利用も可能(*3)です。

早朝に温泉に入れたのもありがたいし、朝食も和風で、




芋煮などもあり、お味もまずまずです。

眼下では、早朝ランナーがジョギングなどを開始しているようです。世間は早くも動き出しています。



(*1):今回は、某ワシントンホテル七日町を利用しました。意外なことに一階に浴場が併設されており、朝湯をしてたいへんゆったりできました。
(*2):飲み会の翌朝は~「電網郊外散歩道」2013年1月
(*3):とはいうものの、実態はメールチェックとブログの更新くらいなのですが(^o^)/

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急速な春の訪れに剪定枝の処理を急ぐ

2015年03月17日 06時08分07秒 | 週末農業・定年農業
急速に春がやってきて、雪に埋もれていた剪定枝が露わになっています。週末農業は、剪定枝の処理を急がねばならない時期に入りました。この土日は幸いにも好天に恵まれましたので、妻と二人、裏の畑で剪定枝の処理に追われました。ラジオを聞きながら、切り落とした枝をざっと束ね、一ヶ所に集めます。早朝は風がなく安定していますので、少しずつ焼却処理をします。

この草木灰は、炭酸カリウムなどの形で植物に必要な(窒素以外の)栄養素を含みますので、堆肥とともに、昔ながらの良い肥料となります。もしも、剪定枝を産業廃棄物として外部に処理を委託すると、結局は化学肥料に依存するばかりで畑の地力が弱まってしまい、略奪農業となってしまいます。そんなわけで、この剪定枝の焼却処理が、畑の中の無機栄養分の循環に貢献することになるのだそうです。

なるほど、そういう見方をすれば、これは廃棄物処理ではなくて、昔ながらの伝統的な肥料製造工程の一部とみなすことができます。当地で剪定枝の焼却処理が条例で認められている根拠は、このあたりにあるのかもしれません。



とは言いながら、実はワタクシ、こういう焚き火が昔から大好き。野外での芋煮会などでは、率先して焚き火係をつとめたほどですので、腕前も折り紙付きです(^o^)/
お天気の良い休日に、野外で盛大に焚き火をするなどは、都会暮らしの方々には夢のような趣味・道楽に思えることでしょう。「ど」がつくほどの田舎に暮らす醍醐味を感じるひとときです(^o^)/
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