電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

10月のリンゴ、11月のリンゴ

2007年10月31日 06時20分25秒 | 週末農業
わが家では、9月のリンゴは「つがる」、10月のリンゴは「紅将軍」です。11月に「ふじ」が食べられるようになるまで、「紅将軍」は人気品種です。以前もこの品種の記事(*1,*2)を書いたことがあります。

毎年のことながら、季節の果物を収穫するのは、大変ですが楽しくもある作業です。特にリンゴや梨は、果実が大きいだけに、収穫量が目に見えます。作業用の脚立を上り下りするのは、運動不足の中年にはけっこうきついものがありますが、一段落してコンテナの上に腰をおろし、もぎたてのリンゴの皮をむいて食べる味は格別です。特に、野鳥がつついて傷をつけたリンゴは、敵もさるもの、味は最高のものばかり。傷のついている方をすぱっと切り落とし、きれいな方を食べると、香り高くみずみずしいリンゴの味を楽しむことができます。



さて、もうすぐ「ふじ」の季節。何度か霜がおりるにつれて、甘さが増していきますので、こちらも楽しみです。

写真は、近所の果樹園の中を通る散歩道。

(*1):10月のリンゴ「紅将軍」がおいしい
(*2):「紅将軍」でアップルパイを焼く
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オルツィ『紅はこべ』を読む

2007年10月30日 06時23分52秒 | -外国文学
創元推理文庫で、バロネス・オルツィ著『紅はこべ』を読みました。すでに何度か映画になっていそうな冒険活劇、映像は未見ですが原作は何度目かの読了です。

物語は1792年9月のパリ、フランス革命の後に荒れ狂ったギロチンの嵐の中を、ド・トゥルネー伯爵夫人と二人の子どもが逃亡に成功する場面から始まります。ここで読者は大胆不敵な「紅はこべ」と名乗るイギリス人のことを印象深く知ることになります。

舞台は変わり、ドーヴァーの「漁師の宿」に、救出されたド・トゥルネー夫人と子息、令嬢シュザンヌの三人が到着します。護衛役の英国の青年貴族アンドルーとシュザンヌは、互いに心通い合う仲になっている様子です。

そこへパーシー・ブレイクニー卿夫妻も到着、かつてフランス一の花形女優だったマルグリート・サン・ジュスト、今はパーシー・ブレイクニー卿夫人に対し、ド・トゥルネー夫人は、サン・シール侯爵夫妻を密告し断頭台に送ったことを非難します。マルグリートは、兄に対する侯爵の侮辱を許せずに話したことであり、やましいことはないと思っていますが、雰囲気は最悪に。そこへ陽気な伊達男、パーシー・ブレイクニー卿がやってきて、その場をとりなします。

英国皇太子の友人、英国有数の資産家であり、怠け者で臆病で愚鈍なだけの伊達男、パーシーとマルグリートは、熱烈な恋愛の末に結ばれたはずでしたが、サン・シール侯爵夫妻の件以来、礼儀正しくとも心の通わぬ仮面の夫婦になってしまっているのでした。

そこへ悪役登場。フランス革命政府の全権大使、実は紅はこべを追うスパイの親玉、ショーヴランです。彼は、恐怖政治下のフランスに渡ったマルグリートの兄アルマンの生死を決める手紙と引替に、紅はこべの秘密を探るようにと、マルグリートを脅迫します。マルグリートは、兄を助けたい一心でスパイ行為を働きますが、それは夫パーシー・ブレイクニーを窮地に追い込むことになるのでした。



せっかくの物語の楽しみがふいになりますので、あらすじはこのへんでとどめておきたいと思いますが、フランス革命後の恐怖政治を背景に、断頭台から多くの人々を救うために活躍する紅はこべとスパイのショーヴランとの智恵比べ。そして仮面の夫婦が真の愛を取り戻すまでの冒険活劇です。

原作は1905年に刊行されています。20世紀開幕の直後、日露戦争での日本海海戦の年です。ヨーロッパは世紀末を抜け出し、帝政の終焉の時代に入ろうとしております。Wikipediaによれば、作者のオルツィはこの原稿をいくつかの出版社に出版を断られたのだとか。しかし演劇として評判を取り、逆に出版を依頼されるようになったのだそうです。典型的な愛と冒険の物語ですから、小難しい理屈を並べる出版業界人には、きっと見下されたのでしょう。なんとも皮肉な結果ですが、ある意味、そこは浮世の常なのかもしれません。

『紅はこべ』の第二作も、翻訳されたことがあるようですが、手近な文庫には入っておりません。著作者の死後50年を経過したことから、自ら翻訳を試みている(*)方もおられるようです。両方の作品とも、できれば文庫本に加えてもらえないものかと思います。

(*):『紅はこべ』第三作を翻訳中のサイト
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すかっとする物語を読みたい気分

2007年10月29日 06時55分24秒 | 読書
写真は、少し前に花盛りだった蔓珠沙華の記憶。秋は深まり、当地の紅葉はすでに里山に下りて来ております。

しみじみな秋もいいのですが、そればかりでは元気が出ません。気持ちがすかっとする物語を読みたいと思ったら、バタくさい本を選ぶに限ります。とくに、娯楽性の強い西洋ちゃんばらものや、思わず手に汗を握り、緊張が一度に解決されるアクションものなどは最適です。たとえば、

『紅はこべ』
『怪傑ゾロ』
『アーサー王宮廷のヤンキー』
『逃亡者』

などは、大いに楽しめます。
今、『紅はこべ』を読んでおりますが、いや、面白いです。創元推理文庫、バロネス・オルツィ作。
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モーツァルト「ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488」を聴く

2007年10月28日 06時13分43秒 | -協奏曲
モーツァルトのピアノ協奏曲を聴いております。本日は第23番イ長調K.488です。だいぶ昔、学生時代に、たしか友人から借りて、クララ・ハスキルのピアノでこの曲のLPを聴いたのが初めてだった記憶があります。今回は、アンネローゼ・シュミット(Pf)、クルト・マズア指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるCD、DENONの紙箱入り全集からの1枚です。

1786年、30歳のモーツァルトは歌劇「フィガロの結婚」を完成しますが、この23番のピアノ協奏曲は、ちょうど「フィガロ」完成前後の作品だそうです。予約演奏会のために作曲された3曲(第23番イ長調K.488, 第24番ハ短調K.491, 第25番ハ長調K.503)のうちの一つ。

第1楽章、アレグロ。いつもの見栄を切るような開始ではなく、たいへん自然でスムーズな出だしがかえって印象的です。オーケストラがオペラのアリアのような主題を提示し、ピアノが再現する形ですが、展開部を経て演奏されるカデンツァはモーツァルト自身によるものと記載(Kadenzen zum Konzert KV488 von Mozart)されています。
第2楽章、アダージョ。呟くような主題がたいへんに美しい、モーツァルトのピアノ協奏曲では珍しいアダージョです。短いけれども、印象的な音楽です。そういえば、アダージョにオーボエが出てこない。クラリネットもソロを主張するほどではなく、なんといってもピアノが主役です。
第3楽章、アレグロ・アッサイ。一転して、飛び跳ねるような軽快なロンド楽章です。ファゴットが速いパッセージで腕前を見せる中、ピアノが華々しく縦横に活躍し、盛り上がります。コーダでティンパニの音がないことに気づきましたが、オーボエとティンパニを欠いたオーケストラの編成で、これほどの音楽になるのですね。

この素晴らしい協奏曲を前に、演奏のあれこれを云々することはいたしません。アンネローゼ・シュミットのピアノは充分に美しく、マズア指揮するドレスデン・フィルも、見事にサポートしています。1971年3月、ドレスデンの聖ルカ教会での自然なアナログ録音は、ミュンヘンのアリオラ・オイロディスク社によるものです。添付のリーフレットの解説は海老沢敏氏による充実したもので、録音データも詳細に記載され、たいへん良心的だと思います。

■アンネローゼ・シュミット(Pf),クルト・マズア指揮ドレスデン・フィル盤
I=11'00" II=7'05" III=8'05" total=26'10"
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祝!山響地域文化功労賞・文部科学大臣賞受賞

2007年10月27日 07時35分43秒 | クラシック音楽
先日の地元紙「山形新聞」の記事(*)によれば、山形交響楽団が、地域文化功労賞・文部科学大臣賞を受賞することになったとのこと。たしかに、地道なスクール・コンサート等の活動は、若い聴衆を育てるとともに、活力ある地域文化活動のために大きな貢献をしていると感じます。



2001年にサントリー地域文化賞を受賞しておりますが、先頃は音楽監督の飯森範親さんが芸術選奨新人賞を受賞しておりますので、こんどの大臣賞受賞は二重に嬉しいニュースです。

(*):山響に地域文化功労大臣表彰 交響楽振興と地域への貢献評価

受賞式は11月1日とのことですが、山響は現在北陸・関西地方を公演旅行中とのこと。山形交響楽団の意欲的な響きを、できるだけ多くの方々に、ぜひ聴いていただきたいものです。
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木曜時代劇「風の果て」第2回を観る

2007年10月26日 06時02分35秒 | -藤沢周平
藤沢周平原作の木曜時代劇「風の果て」第2回を観ました。今回は、「太藏が原」と題する、上村隼太が桑山孫助の家に婿入りするエピソードの回です。

杉山は一千石の杉山家の跡を継ぎ杉山忠兵衛を名乗り、楢岡家の娘千加を娶ります。執政を目指す忠兵衛から太藏が原の開墾の話を聞き、藩政に参画しようとする彼の野心と、部屋住みの自分達への優越意識を感じます。失意の隼太は、夜遅く酔って家に戻ったところで足を挫き、出戻り女中のふきに助けられますが、その夜ふきとわりない仲に。一藏は年上の女房と一応は幸せそうですし、隼太も太藏が原で出会った桑山孫助を尊敬し傾倒するようになり、桑山の家に婿入りすることが決まります。

大櫛山の映像は、山形県鶴岡市側から見た月山でした。太藏が原は、旧羽黒町あたりの原野かと思います。いい風景ですね。地方ロケが生きています。

ところで、乱暴者の小黒勝三郎は嫌な奴ですが、隼太もふきの純情にちゃんと気づいているのか。もちろん、気づいているのですね。だからこそ、「すまん」と頭を下げ謝ったのでしょう。しかし、桑山孫助の奥方はすごい。「女のわがままはこの家の家風です」と言い切るところがすさまじい。烈女です。

さて、一人だけ取り残された野瀬市之丞ですが、次回は一蔵を斬るはめに。やっぱり、独身者だったから討手に選ばれたのでしょうか。間違って怪我をしても、本人だけですむ、という計算が、藩の上層部には働いていると見るべきでしょう。

【追記】このテーマは長くなりそうですので、関連リンク集をまとめて掲載します。

■『風の果て』関連記事リンク
(*1):藤沢周平『風の果て』上巻を読む
(*2):藤沢周平『風の果て』下巻を読む
(*3):「ながい坂」と「風の果て」
(*4):NHK木曜時代劇「風の果て」公式WEBサイト
(*5):木曜時代劇「風の果て」第1回を観る
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食用菊の季節

2007年10月25日 05時49分56秒 | 週末農業
秋、食用菊の季節です。昔、関東地方に住んでいた頃、食用菊の話をしたら、目を丸くして驚かれました。「え~っ、菊の花を食べるのォ~!」というわけです。当地では、「もってのほか」(*)という食用菊がポピュラーで、多くの家で(非農家でさえも)、自宅の裏庭に植えているほどです。もともとは薄紫色の品種がルーツでしたが、現在は写真のような黄色もあり、目で色を楽しみ、香りを楽しみ、シャキシャキした歯ごたえを楽しむという具合。

下の写真のように、道の駅などで、袋入で売っているかもしれません。花弁を散らしてゆでる際には、ちょっと酢をたらすと色合いがしゃきっとします。今ならおひたしにして食べますし、白和えなど和え物もいけます。わが家では漬物に入れて色を楽しみますし、塩漬けにして保存し、冬におすましにしていただいてもいいものです。汁椀に菊の花びらが広がり、ぷーんと香りがします。上品な澄まし汁です。

上の写真は、散歩の途中で撮影したリンゴ畑と食用菊の栽培の様子。下の写真は、某道の駅で売っていた袋入の食用菊で、薄紫色のものがオリジナルの「もってのほか」です。



(*):クイズ番組で全国区、この名を知らぬは「もってのほか!」~山形のうまいもの
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若い頃の感想文が出てきた

2007年10月24日 06時27分12秒 | クラシック音楽
本棚を整理していたら、若い頃、高校生か大学生の頃に書いた感想文が出てきました。ほとんど40年近く前のものです。驚くより何より、どんなことを書いていたのかと、興味津々。主題は小林秀雄の「モオツァルト」(新潮文庫)です。

小林秀雄「モオツァルト」を読んだ。六曲の「ハイドン・セット」の価値を認めることに異論はないが、「殆ど当時の聴衆など眼中にない様な、極めて内的なこれらの作品は、続いて起こった『フィガロの結婚』の出現より遥かに大事な事件に思われる」とすることには異論ありま~す。「シンフォニイ作者モオツァルトは、オペラ作者モオツァルトから何物も教えられる処はなかった様に思われる」だって!この人は、「フィガロの結婚」の伯爵夫人の嘆きや、「魔笛」のパミーナの喜びなどを、どのように聴いたのだろう?モーツァルトの遺作は「レクイエム」には違いないが、彼が死の直前にパパゲーノのアリアをうたってることを、この人はどう考えるのだろう?「モオツァルトは歩き方の達人だった」なんて、彼のエッセイ「モオツァルト」はちっとも歩いてる感じがしないじゃないか!

まあ、なんともはや(^o^;)>poripori
無謀にも、小林秀雄氏にかみついています。身の程知らずなどということは薬にもしたくない、たぶん、これが若さですね。

たしかに、今も同感できる部分はあります。小林秀雄氏は、モーツァルトの歌劇作品にうらみでもあるのかいな、と思うほど、純器楽作品を高めてオペラ作品を低める。「コシ・ファン・トゥッテ」のような作品が、弦楽四重奏等と共通のアンサンブル・オペラであると指摘できることはわかるが、ニ重唱や四重唱がみな器楽に由来するわけでもないでしょう。音楽史的には話が逆ではないかと思います。この、一方を低め他方を高く見せるという手法は、あまり読後感が爽やかではありません。

あ、いけない、年甲斐もなく、小林秀雄氏にかみついてしまった。もしかすると、今も昔と変わらず無謀なのかもしれない(^o^)/
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月末は「名前を付けて保存」

2007年10月23日 06時52分18秒 | コンピュータ
Weblogのようなサーバー側にすべてのデータが置かれるサービスは、サーバー側でトラブルがあると、回復不可能です。しかも、機械のことですから、トラブルは不可避ですし、ユーザー側があらかじめ予知することはできません。
私のこのブログ、データが全部消えたら、かなりショックでしょう。gooブログの場合、有料ユーザーには「gooブログアドバンス」といって、アクセス解析のほかにデータのバックアップ機能が提供されているようです。ただし、これもテキストだけ。

ベストとは言えないまでも、全部のデータが消えると言う最悪の事態は避けるために、私はこんな対策をとっています、という御紹介。

(1) ブログのトップページを表示したときに、全文がずらずらと15件表示され、アーカイブのページも最大の15件が全文表示されるよう、設定しています。
(2) 月末には、ブラウザで「ファイル」「名前を付けて保存」goo-0710-1.html などとファイル名を付け、mydata の goo-blog などのフォルダに保存します。
(3) このページの一番下にある「前ページ」をクリックして同月の続きを表示し、同様に「ファイル」「名前を付けて保存」goo-0710-2.html などとして保存。
(4) 同様にして、その月のページを全部保存します。ふつう、毎日更新していても、~1.html から ~3.html まで3回保存すればすみます。
(5) 念のため、mydata の goo-blog をそっくり CD-R 等に焼いておけば、なお良いですね。

残念ながら、この方法ではコメントまでは保存できませんが、全部消えるよりはましかな、と思っています。ひさびさのコンピュータがらみの話題でした。
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R.シューマン「ピアノ協奏曲イ短調」を聴く

2007年10月22日 06時44分01秒 | -協奏曲
日曜の朝、何気なくFM放送を聴いたら、素晴らしい音楽が耳に飛び込んできました。ああ、シューマンのピアノ協奏曲だ、と思って耳を傾けていると、いつも愛聴しているレオン・フライシャー(Pf)とジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏でした。NHK-FM「20世紀の名演奏」で、レオン・フライシャーを特集していたのです。

番組では、このシューマンの協奏曲を手始めに、左手のピアニストとして活躍した時代の、バッハ「シャコンヌ」(ブラームス編)やゴドフスキ「“宝石のワルツ”の主題による交響的変容」、さらにコルンゴルドの室内楽作品「2つのヴァイオリン、チェロ、左手ピアノのための組曲」などを紹介、最後に奇跡的に病から回復した後の演奏として、バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」(マイラ・ヘス編)、「羊は安らかに草をはみ」(エゴン・ペトリ編)を放送しました。遺伝子レベルでの研究の進歩が難病の治療を格段に進歩させたことが背景にあり、音楽を愛し続けていたからこそ奇跡的な回復もあった、という放送のまとめはいささかステレオタイプな気がしますが、なかなかいい番組でした。

で、シューマンのピアノ協奏曲イ短調です。私は、LP時代からこの演奏ひとすじ。本日は、この音楽と演奏の魅力を、勝手に、存分に、語ることにいたします。

R.シューマンのピアノ協奏曲イ短調Op.54は、クララと結婚した翌年の1941年に管弦楽作品をたくさん書きますが、その中の一つが「ピアノとオーケストラのための幻想曲」でした。ところが、盟友メンデルスゾーンのピアノ協奏曲に刺激を受け、この幻想曲を第1楽章に改作し、第2・第3楽章をくわえた全3楽章の協奏曲として1845年に発表したのがこの作品です。このピアノ協奏曲について、クララ・シューマンは

「私は長らく、ロバートの作曲による華麗なピアノ曲を望んでいた。この曲をオーケストラとひくことを思うと、私は王様のごとく幸福である」

と述べているとのこと。(原田光子『真実なる女性-クララ・シューマンの生涯-』角川文庫、下巻p.6、昭和43年、第4版)

LPの解説によると、シューマン本人はこの曲を「交響曲と協奏曲とスケールの大きなソナタとの混成」と語ったとのことですが、実際この曲は、オーケストラの役割がきわめて大きな協奏曲で、それだけに指揮者の腕前が問われます。シューマンの管弦楽作品を愛し、その真価を認めさせるために努力したジョージ・セル(*1)は、シューマンの交響曲だけでなく、ピアノ協奏曲においても、ほぼ私の理想となる演奏を遺してくれました。1960年の録音にはやや不満が残り、第3楽章のくしゃみがなんとも絶妙のタイミングで入りますが、実際の演奏会ではよくある話。この名演が記録されただけでも良しとすべきでしょう。

第1楽章、アレグロ・アフェットゥオーソ。冒頭の導入がなんとも素晴らしい。甘くなく、決然としています。この後オーケストラが主題を提示すると、これを引き継ぎ、ピアノの音が上昇し下降しますが、それが毎回少しずつ違う響きを持っています。夢見るようなカデンツァのなんとロマンティックなこと。そして巨匠的な華麗さもちゃんと併せ持っています。オーボエに導かれてピアノが静かに語ると、オーケストラが余裕を持って応えます。
第2楽章、間奏曲。アンダンティーノ・グラツィオーソ。軽やかに入る第2楽章は、前の楽章の主題との関連を思わせながら、美しい抒情性を見せます。そして、オーケストラが、なんともいえず憧れに満ちた旋律を響かせます。この楽章でも一番のお気に入りの箇所です。
第3楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。前の第2楽章から休みなしに入り、生き生きとしたシンコペーションが特徴的。大きな演奏、絢爛と羽ばたく情熱の奔流です。



写真は、今回参考にした、フライシャー/セル/クリーヴランド管によるLPとCD(右2段目)、LPの下段は、左側2枚のCDがセル/クリーヴランド管によるシューマンの交響曲、間の文庫本二冊が原田光子著『真実なる女性-クララ・シューマンの生涯-』上下巻、右側がアラン・ウォーカー著『シューマン』(横溝亮一著、東京音楽社)、右上は、もう一枚よく聴いているCDで、ナクソスのヤンドー(Pf)盤です。こちらは、録音が新しい分、鮮明です。オーケストラもたいへん良い演奏なのですが、セルのシューマンと比べてしまうと、ちょいと相手がすごすぎる(^o^;)>poripori

■フライシャー(Pf)、セル/クリーヴランド管 (録音:1960年)
I=14'47" II=5'32" III=9'58" total=30'17"
■イェネ・ヤンドー(Pf)、アンドラーシュ・リゲティ/ブダペスト交響楽団 (1988)
I=14'01" II+III=16'12" total=30'13"

フライシャー/セル/クリーヴランド管の演奏は、1970年頃にはCBS-SONYからSONW-20105~6という2枚組2500円のLPで出ておりました。そしてセル没後に1300円シリーズ(13AC-808)で復活。単身赴任時代に、偶然入ったレコード店でCD(SRCR-1838)を見つけたときは、舞い上がるほど嬉しかった。グリーグのピアノ協奏曲も素晴らしい演奏(*2)です。

原田光子さんの本はクララ・シューマンの伝記で、1976年の夏に仙台市の古本屋で見つけたもの。以前はダヴィッド社から単行本で出ていましたが、今はたぶん入手不可能だろうと思います。11月の山形交響楽団定期演奏会(*3)で、ブラームスのセレナードとクララ・シューマンのピアノ協奏曲、そしてローベルト・シューマンの交響曲「ライン」が取り上げられる予定ですので、しばらくぶりに読み返しているところです。
それから、岩波文庫でシューマンの『音楽と音楽家』(吉田秀和訳)が復刊されるとのこと。古いものを持っておりますが、文字のポイントが小さく、つらいものがあります。改版されているのかどうか、文字は大きくなっているのかどうか、興味深いところです。

(*1):ジョージ・セルとシューマンの交響曲
(*2):セル/フライシャーのグリーグ「ピアノ協奏曲」を聞く
(*3): 山形交響楽団ホームページ
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木曜時代劇「風の果て」第1回を観る

2007年10月21日 09時44分29秒 | -藤沢周平
この18日(木)から始まった、NHKの木曜時代劇「風の果て」を録画したDVDを取り出して、じっくり観ました。すでにいろいろなところで話題になっているようです。

番組の冒頭、貧しい少年が、酒を飲み凍死した父親を発見する場面。これは原作にはなかったはず。続いて筆頭家老の座にある桑山又左衛門の屋敷に、執政を風刺する狂歌が楽書きされる場面。そして又左衛門の家庭生活の場面。又左衛門は、幼名を隼太といい、上村家の次男坊でした。当時郡奉行だった桑山家に婿入りしたのでしたが、妻とはあまりしっくりいっているとは言えません。家庭のさざなみと、現在の政事の一端が描かれるとともに、主だった登場人物と青年時代の悔いが回想される形で進行します。

特に今回の山場は、同じ片貝道場に通う五人の仲間の一人である寺田一蔵が婿入りする相手、宮坂の後家の不倫の場を目撃するところでしょう。やや偏屈な野瀬市之丞に話しますが、二人よりもさらに貧しい一蔵の家の様子を目撃し、市之丞も結局は一蔵に伝えることができませんでした。そして、隼太と市之丞は分れ道で異なる方向へ歩み出すのです。

このあたりの構成は、よく整理されていると感じます。脚本は、まずは成功していると言ってよいかも。役者さんの名前は、ふだんテレビを見ない私にはちんぷんかんぷんですし、後に最大の政敵となる杉山鹿之助は少し優等生に類型化されすぎのようにも思いますが、演技のほうも上手だなと思います。なによりも緊迫感があります。

原作との違いは、妻の描き方でしょう。今回のドラマでは、妻の満江が語りを担当していますが、これは原作とは大きく違います。婿入りした桑山の家では、母娘ともにわがままで厄介な存在として描かれ、ふきが重要な日陰のヒロインになっているのですが、今回を見る限り満江さんがそれほど悪妻には見えず、ちょっぴり視聴者を意識したのかな、と思います。
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「白鳥ーチェロ名曲集」を聴く

2007年10月20日 05時50分09秒 | -室内楽
チェロの音色がお気に入りなもので、「チェロ名曲集」などという題名を見ると、ついつい手が伸びます。これまでも、チェロソナタやチェロ名曲集といった室内楽や独奏曲のCDを記事にしてきました(*1~*7)が、本日の、DENON の My Classic Gallery シリーズ中の1枚(GES-9260)は、ヤーノシュ・シュタルケルのチェロ独奏によるものが多く収録されています。

(1) サン=サーンス、「白鳥」
(2) シューベルト、「楽興の時」第3番 作品94-3
(3) ブロッホ、「祈り」
(4) ポッパー、「タランテラ」
(5) ウェーバー、「アダージェットとロンド」
(6) シューマン、「トロイメライ」
(7) カザルス、「鳥の歌」
(8) フォーレ、「シシリエンヌ」 作品78
(9) フォーレ、「夢のあとに」 作品3-3
(10)ポッパー、「ハンガリー狂詩曲」 作品68
(11)ファリャ、「火祭りの踊り」
(12)パガニーニ、「モーゼ幻想曲」
(13)カステルヌオーヴォ=テデスコ、ロッシーニ「セヴィリャの理髪師」より「フィガロ」
(14)グラナドス、「ゴイェスカス」間奏曲

特におもしろく感じたのは、シューベルトの「楽興の時」第3番や、ファリャの「火祭りの踊り」、パガニーニの「モーゼ幻想曲」、カステルヌオーヴォ=テデスコの「フィガロ」など。「楽興の時」第3番は、NHKラジオで日曜朝の「名曲の泉」とかいう超・長寿番組のテーマ曲に使われていたかと思います。これがチェロで演奏されると、なんとなく、しみじみと哀愁を感じさせる音楽になります。

ツルゲーネフに『父と子』という作品があります。田舎で父親が素人チェロを愛好しながら、自足した生活を送っている。息子はそれに満足せず、父と対立し、都会に飛び出そうとする。若い頃に読んだこの場面が、なんとも印象的でした。今、中年の息子として老父の検査結果を待ちながら、同時に若い息子を持つ父親の立場にもありますので、両方の「父と子」を重ね合わせ、歴史は繰り返されるのだな、という感慨を持ちます。

一方で、カステルヌオーヴォ=テデスコの「フィガロ」。ロッシーニの『セヴィリャの理髪師』中に出てくる例の「フィガロ、フィガロ、フィガロ」というアリアを、思わず唖然とするテクニックで演奏します。これなんぞ、ツルゲーネフの感傷をぽいっと吹きとばす勢いです。しばし唖然、呆然。なんともすごい演奏です。

全14曲のうち、(7)~(9)までの三曲だけが藤原真理(Vc)、岡本美智子(Pf)による演奏で、あとは全部ヤーノシュ・シュタルケル(Vc)の演奏です。ただし、(1)~(6)は岩崎淑(Pf)、(10)~(14)は練木繁夫(Pf)と記載されています。

■これまで記事にしたチェロ独奏曲やチェロ主体の室内楽作品
(*1): J.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲第1番」を聴く
(*2): ヨー・ヨー・マ「愛の喜び」を聴く
(*3): シューベルト「アルペジオーネ・ソナタ」を聴く
(*4): ベートーヴェン「チェロソナタ第3番」を聴く
(*5): フランクのチェロソナタを聞く
(*6): 「風のかたみ~宮澤賢治へのオマージュ」を聞く
(*7): J.S.バッハ/チェロとチェンバロのためのソナタ

ヨー・ヨー・マ、リン・ハレル、ロストロポーヴィチ、フルニエ、藤原真理、シュタルケルと、演奏家も多彩。そういえば、マイスキーのCDは持ってないかもしれない。

写真は、路傍のタンポポの綿毛。クローズアップにすると、風情があります。
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吉松隆「ロシア音楽の楽しみ」

2007年10月19日 05時50分57秒 | クラシック音楽
作曲家の吉松隆氏のWEBサイト「月刊クラシック音楽探偵事務所」は、毎月興味深い記事を掲載してくれます。10月は、「ロシア音楽の楽しみ」でした。チャイコフスキー、ストラヴィンスキー、リムスキー・コルサコフとムソルグスキー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ラフマニノフと、主だったロシア音楽の作曲家の位置づけを紹介してくれます。吉松隆氏らしい、なかなか面白い視点です。

(*):吉松隆「月刊クラシック音楽探偵事務所」

昨日は、日中晴天に恵まれ、気温も20度まで上がりましたが、昨今の朝晩の寒さに、たまらずストーブを使いはじめました。今朝の室内の気温は13度。記録を見ると、一昨年の同時期にひどい風邪をひいています。衣類とともに適宜暖房を用い、寒さに痩せ我慢は禁物、ということでしょう。

NHKの木曜時代劇、藤沢周平の「風の果て」第1回はなかなか面白かった。これから楽しみです。
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同級生の母堂の葬儀を手伝う

2007年10月18日 05時56分29秒 | Weblog
先日、小学校の同級生の母堂が亡くなり、本日葬儀の予定です。田舎の同級生パワーが結束し、葬儀の手伝いをします。私は昨日のうちに休暇を取りましたので、朝、8時半に同級生の自宅に集合。その後、焼香をしてお悔やみを述べ、告別式の会場となる寺の準備やら、花輪や供物の運搬、駐車場の手配、受け付けや下足番や、その他もろもろの仕事です。あまり喜ばしいことではないのですが、だいぶ慣れて来てしまいました。そういえば、両親が健在なのは、近隣に在住の同級生の中で、私を含めて二人だけになってしまったかも。

わが老父も、先日から検査入院をしておりますが、なにやら不調の模様。葬儀が終わりしだい病院に行き、主治医と面談の予定。ちょいと心配をしております。ヤーノシュ・シュタルケルの演奏する、シューベルトの「楽興の時」第3番などが、妙にしみじみと聞こえます。
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木曜時代劇は藤沢周平の「風の果て」

2007年10月17日 06時52分57秒 | -藤沢周平
昨日、朝食のサンマを食べたら、なにか固いものが。なんだこりゃ、猟銃の散弾か?と一瞬思いましたが、サンマに猟銃をぶっぱなす図はマンガですね。よく見ると、自分の歯の金属冠でした。午後、休みを取って歯医者さんへ行き、そのままかぶせて大丈夫とのことでしたので、無事復元できました。よかった~(^o^)/

さて、金曜日から1日ずれてしまったNHKの木曜時代劇、今週10月18日から、藤沢周平の『風の果て』が始まるそうです。1話45分の8回シリーズ。「蝉しぐれ」等が良かっただけに、これは注目したいところです。さっそく録画の予定。

原作は、当「電網郊外散歩道」でも取り上げております。

(*1):藤沢周平『風の果て』上巻を読む
(*2):藤沢周平『風の果て』下巻を読む
(*3):「ながい坂」と「風の果て」

原作の持ち味をどのように生かしながら、どの部分をカットして映像化するのか、興味深いものがあります。
写真は、稲刈りの終わった田んぼです。
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