電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

ラフランスの季節になって

2005年10月31日 20時59分50秒 | 週末農業・定年農業
朝晩は涼しさを通り越し、もう肌寒い。上着の下に、ベストを着込んで出勤している。この寒さが、ラフランスにはちょうどいいようだ。地元の農協の巨大な冷蔵庫に数週間前に入れたラフランス、先日予冷が終わったとの連絡があり、軽トラックで受け取りに行った。これで、若干の追熟期間を置いて、食べごろになったら出荷できる。
ラフランスは、無骨でいかにも見た目が悪い。地元では「みだぐなし」(*)と言っているほどだ。予冷と追熟の期間を必要とし、手間がかかることおびただしい。予冷していないものは、追熟しないために固くて食べられないうえ、そのまましなびて腐ってしまう。だから、本当のラフランスのおいしさを知らない人が多い。しかし、完熟したラフランスは、甘く薫り高く、実においしい果物である。自家用の分も残してあるので、追熟が完了する時期が今から楽しみだ。

私はどちらかといえば生食派だが、こんなふうにして手をかけて食べている人もおられるんですね(*2)。いや~、おいしそう!

写真は9月中旬ごろのラフランス。

(*): 「みだぐなす」から女王様へ~ラフランス出世物語
(*2): ラフランスのコンポートの作り方
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メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を聞く

2005年10月30日 20時30分16秒 | -協奏曲
昨日購入してきたCDをいろいろ聞く。特に、セル/ロンドン響のチャイコフスキーの交響曲第4番とメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。セルのチャイコフスキーについては、後にじっくり取り上げることにして、今日はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のほうを。
この曲、言わずと知れたヴァイオリン協奏曲の名曲なわけで、人気も非常に高いようだ。先にご紹介した「ユング君~」のサイトでも、ヴァイオリン協奏曲の人気投票で、チャイコフスキー、ブラームス、ベートーヴェン、シベリウスについで第5位に入っている(*)。
私も、この曲を愛することは人後に落ちないと思うが、そのきっかけは実に簡単な話だ。まだ高校生の頃だと思うが、コンサートホール・ソサエティというレコードクラブがあって、入会するとどれかLPをプレゼントするという。その入会プレゼントでいただいたのが、リカルド・オドノポゾフ(Vn)、ジャンフランコ・リヴォリ指揮ジュネーヴ放送交響楽団の演奏する、メンデルスゾーンとパガニーニの第1番のLP(*2)で、たしかB面のメンデルスゾーンにとくに魅了された、というわけだ。
その後、このLPはだれかにあげてしまったようで手許に残っていないが、CDでズーカーマン(Vnと指揮)、セントポール室内管弦楽団による演奏(Philips 412 212-2)、ルッジェーロ・リッチ(Vn)、ピエロ・ガンバ指揮ロンドン交響楽団による演奏(デッカ、UCCD-7059)を楽しみ、そして今回取り上げるのが、ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)、アントーニ・ロス=マルバ指揮オランダ室内管弦楽団による演奏(デンオン、GES-9239)である。
カントロフの演奏、第1楽章でわずかな前奏のあとすぐにヴァイオリンソロが第1主題を歌い始め、オーケストラが後に続く。この出だしの部分は、とても印象的だ。第2主題も幸福感に満ちた優しい音楽で、展開部を経てカデンツァに突入。ここは本当に魅力的。そこからはじめの第1主題がちょっと雰囲気を変えて木管に登場。バックをつとめるのは小編成の室内管弦楽団らしく、大オーケストラの迫力ある音響とは違うが、緊密でクライマックスもお見事。第2楽章を優しくゆったりと歌いながらよく透るヴァイオリンの美音を聞かせ、第3楽章では胸のすくような快速テンポで一気にかけぬける。これ、いい演奏ですね!それに、録音もいい。
一緒に収録されてのはベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。これも、いい演奏だ。

参考までに、演奏データを示す。
■ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)、アントーニ・ロス=マルバ指揮オランダ室内管弦楽団
I=12'28" II=8'43" III=6'03" total=27'14"
■ルッジェーロ・リッチ(Vn)、ピエロ・ガンバ指揮ロンドン交響楽団
I=12'55" II=7'35" III=6'12" total=26'32"
■ズーカーマン(Vnと指揮)、セントポール室内管弦楽団
I+II=21'19" III=6'47" total=28'06"

(*): 「クラシック音楽へのおさそい~ユング君のホームページ」から、過去のアンケートの結果
(*2): 安田さんのコンサートホール・ソサエティLP紹介のページ
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ブックオフで見付けた音楽CDなど

2005年10月29日 22時24分00秒 | クラシック音楽
夕方から、単身赴任した前の職場の同僚とOBたちと懇親会。若い人も多く、盛況だった。楽しく語り合い、夜に帰宅。途中、ブックオフに立ち寄り、本と音楽CDを見付けて購入して来た。
本のほうは、単行本で宮城谷昌光『子産』(上下)、音楽CDは次の4枚。@500 也。
(1)ベートーヴェン/メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)マルバ指揮オランダ室内管弦楽団。
(2)チャイコフスキー/ブルッフ ヴァイオリン協奏曲 石川静(Vn)コシュラー指揮チェコフィル、スーク(Vn)アンチェル指揮チェコフィル
(3)ストラヴィンスキー「春の祭典」「ペトルーシュカ」 コシュラー指揮チェコフィル
(4)チャイコフスキー 交響曲第4番/ベートーヴェン 「エグモント」序曲 ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団
特に、嬉しかったのは(4)だ。デッカの輸入盤のようで、425 972-2 という番号のものである。こういう発見があるから、嬉しい。
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宮部みゆき『孤宿の人』(下巻)を読む

2005年10月29日 12時56分47秒 | 読書
引き手をクビになった宇佐は、英心和尚のもとでお救い寺のボランティア生活。この和尚さん、気骨があり、なかなかの人物だ。涸滝のお屋敷で、ほうは加賀殿のもとでお仕えすることになる。加賀殿に習字と算盤の手習いを受けながら、ほうは「人ではない、悪鬼だ」と恐れられた加賀殿が、実は聡明で心優しい方であることを知る。ほうに優しさを示した石野や同心渡部の死、やがて来るカタストロフのような大騒動。そして雷雨、宇佐の死。法隆寺五重塔ではカマが避雷針の役割をしているが、涸滝のお屋敷ではカマだけが設置されていたと見るべきだろう。最後の場面では泣かされた。劇的な幕切れだ。阿呆のほうが進むべき方角を知り宝となる。エピローグがいい。

さて、と考えてしまう。ルソーをはじめとして、幼児童女の純真無垢さが自明のことのように前提とされるが、はたしてそうか。オオカミに育てられた少女が野生に育ち、愛情の中で育まれた子が優しく育つように、人間らしく遇され、言葉と知識とを吸収するからこそ、人間として成長するのではないか。そうであるなら、不幸なおいたちをした幼女ほうが、物語の始まりで純真無垢に育っていたこと自体、実はすでに奇跡ではないのか。「はだかの王様」と同じで、皆がおびえる鬼のような悪者が実は絶望した善人だとは、無知で無垢なものでなければ知りえない。そこで作者は、不幸な境遇の中でも純真無垢なままに育った愚かな幼女ほうを登場させる。このように設定された最初の人物像の中に、物語としての作為が埋め込まれていると見るべきだろう。
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備忘録を「組織」で検索すると

2005年10月29日 08時59分55秒 | Weblog
1989年より、不定期でテキストファイルに備忘録を記録している。これは、
YYYY/MM/DD 題名 内容~(改行)
という形式で1件1行で記録しているものだ。これを、あるキーワードで検索すると、自分の思考の思いがけない方向性に気づかされる。たとえば、何気なく「組織」というキーワードで検索したら、こんな結果が出てきた。

1994/03/11 単純労働と知的労働 一人で十日間の仕事に十人を投入すれば一日でできる仕事と、一人で十日間の仕事に十人を投入すれば二十日以上かかる仕事の差はどこにあるか。それは、前者が機械的な単純労働であり、後者は知的な創造労働である。人員の配分を主とする組織の変更で対応できるのは、いわば人海戦術の効く単純労働にたいしてであり、後者の知的な創造活動に対しては、組織機構の変更は役に立たない。環境やプロセスの変革を通じて、一人当たりの生産性を飛躍的に向上させることが必要である。そこに、思考を助ける道具としてのパソコンや通信ネットワーク等の情報装置の意味がある。
1999/05/28 組織として仕事をするとは 組織として仕事をするという言葉は、個人の考えや都合によるのではなく、組織としての方向性を優先する、ということが本意であろう。そのためには、組織内での情報の共有と方向性の共通理解が前提である。しかし、情報が共有されず、組織としての方向性が不明確なとき、この言葉は「つべこべいわずに黙って従え」という意味に転化する。情報が共有され、方向性が共通理解されていれば、その組織の構成員は、組織としての仕事に進んで参加し、積極的に貢献しようとするだろうに。
2003/05/10 人間の管理だけで仕事の改善がない 「なぜ日本の企業は客に嫌われても通い続ける営業マンを評価するのか。なぜ奨励金を与えれば営業成績が上向くと信じるのか。なぜだれも読まない営業日報を書くのか。」「日本の企業は、やる気があるかどうか、という人間の管理ばかりで、仕事をどう改善すべきかという本来の管理がない。要はマネジメント、経営者の問題ですよ。」ソフトブレーン会長、宗文州さんの言葉。組織機構の改変より業務のプロセスの改善が重要、という主張に裏付けとなる考え。2003年5月10日付け朝日新聞土曜版"be"より。

ある営業マンにきいた話だが、今は学生アルバイトを斡旋する仕事も、大学から企業に移っているのだとか。企業側がアルバイト募集情報を整理し、一定の条件で検討を加え、提携する大学側に提供する。資金は募集する企業側が出し、大学側は資金を出す必要がない。すると、大学では学生アルバイト募集に関わる事務量が軽減でき、スリム化できるのだという。これなどは、情報化が業務プロセスの改善にとどまらず、組織機構の変化をももたらした実例だろう。多くの組織で個別にやっている定型的な業務を一括して請け負う形を提案すれば、アウトソーシングが成立つ、ということだろう。そして、定形業務を担当していた部門・組織は人員削減となるのだ。

命令に忠実なだけではだめで、組織の将来を考え方向性を示すような自律的な機能がその部門や組織に備わっているかどうかがキーポイントになるのではないか。
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日常を軽やかに

2005年10月28日 20時37分17秒 | Weblog
出張の帰り、昨日の宿泊先ではよく眠れず、おまけに万歩計をなくしてしまったようで、さんざんだった。だが、当方で準備した資料とCD-Rも好評だったようで、有益な講演を聞くこともできたし、まずまずよい出張だったと言うべきか。

ふと考えたこと。誰が言ったのか忘れてしまったが、創造性を高めるには、日常を軽やかにすることが必要だ、という。たしかに、30分単位で組み立てられたスケジュールで動くような日常では、創造的な活動は難しかろう。軽やかなフットワークですぐ動け、なおかつ時間を忘れてとことん課題を追求できるような、そんな日常でなければ、創造的な活動などできはしない。日常のルーティンワークを工夫し、なんとかしてスリム化して、できるだけ創造的なことに時間とエネルギーを向けるようにしたいものだ。
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宮部みゆき『孤宿の人』(上巻)を読む

2005年10月26日 20時44分52秒 | 読書
大店の主人が使用人に生ませた子・ほうは、主人の死後に店から体よく追い払われ、四国丸海藩の医者の家に住み込みで働くようになる。優しくしてくれた琴江さまが毒殺されたというのに、幕府の流罪人の応接係の家の不祥事になることをおそれ、毒殺者は裁かれない。そんなことがあってよいのか。目撃者ほうを信じる若い娘・引手(目明し)の宇佐は、井上家の若い医師・啓一郎に身分違いの思いを寄せており、同心の渡部一馬は毒殺された琴江に思いを寄せていた。藩の事なかれ主義のため、犯人とわかっている美祢を罪に服させることができない。だが、毒殺者は、何の毒を用い、どこから入手したのか。そして、涸滝のお屋敷に幽閉された幕府の流罪人である加賀様とはどんな人で、女中奉公することになった哀れな娘ほうはどうなるのか。上巻ではまだまだ全貌が見えない。下巻が楽しみだ。

ひさびさの単行本、装丁がきれいだ。上巻には硫酸紙のようなうすいカバーがかけられ、表紙には白いウサギが遊んでいる絵が使われている。新しい本のインクのにおいが嬉しい。
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ネットで聞く音楽

2005年10月25日 21時36分03秒 | クラシック音楽
ふだんはCDで音楽を聞いているが、ときどき参考のために、ネットで音楽を聞くことがある。たいていは「クラシック音楽へのおさそい~ユング君のホームページ~」(*1)などのサイトが多いが、BBC3などのインターネット・ラジオ(*2)で楽しむこともある。
「クラシック音楽へのおさそい~ユング君のホームページ~」は、音楽の「青空文庫」を目指した志の高いサイトだが、この中に「若きセルの音楽」という項目があり、モノラル時代のセルの音楽を聞くことができる。
特に、カザドシュ(PF)との演奏でウェーバーのピアノ小協奏曲や、セル自身が編曲したスメタナの管弦楽版「わが生涯より」の演奏などは、すばらしいものだと思う。通常はステレオ録音以降に絞っているが、これらのモノラル録音をコンピュータ用の小型ステレオスピーカで聞くと、音質の不備を忘れ、しばしば聞きほれてしまう。
また、このサイトの記事も、内容が豊富で深い。全部を読んだわけではないが、考えさせられることが多い。こんな立派なサイトが何年も継続されているのを見ると、嬉しくなってしまう。

(*1): 「クラシック音楽へのおさそい~ユング君のホームページ~」
(*2): BBC3--Discovering Music
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平岩弓枝『御宿かわせみ21・犬張子の謎』を読む

2005年10月24日 21時05分33秒 | -平岩弓技
第1話「独楽と羽子板」、「かわせみ」に泊まった客をあやうく盗人夫婦と勘違いするところだった。あぶないあぶない。客商売ですからね。第2話「柿の木の下」は、乱暴者のために若死にした兄の仇をとる娘の話。その昔、祖父に「桜折る馬鹿、柿折らぬ馬鹿」という言葉を教えてもらった。柿の枝は、折ると新しい枝に翌年実がなるのだそうな。確かに柿の枝は折れやすくできており、木登りには向かないだろう。
第3話、表題作「犬張子の謎」、るいが気に入って求めた犬張子を、職人が注文品なので別のものと交換してほしいと頼みに来た。だが、老職人と母となったが幸うすい娘は無残にも殺害される。危難は息子にも及びそうになるが、元締め文吾兵衛らの活躍もあり、かわせみの玄関前の大捕物となる。真っ二つにされた犬張子の中に隠されたこよりの中には、孫を思う祖父の周到な心配りがあった。
第4話「鯉魚の仇討ち」、人前では決して描かない人気の高い絵師が、実は父親の絵を横取りした男だった。第5話「十軒店人形市」は、一種のどたばたコメディだ。東吾が仙五郎の孫に祝いに与えた旗を、正吉にも買ってやったら深川の長寿庵の長吉にも、源三郎の息子の源太郎にも、ついには七重に無心されて小太郎にも、という具合で、あちらでもこちらでも買わされる。事件はもう記憶にないが、東吾の苦笑が目に見えるようだ。なかなか愉快な話です。
第6話「愛宕まいり」、材木問屋の甲州屋に長年奉公したのに、暇を願ったら引き留めもされない。だが、馬に蹴られてケガをしたのが幸いして、火付け犯人にされずに済んだ。永年勤続の社員が窓際族にされ、なくなく辞職願を書くようなものですな。
第7話「蓮の花」、たしかお釈迦様が乗っている花ではなかったか。蓮沼に三十年間遺体が埋まっていたなんて、あまりぞっとしません。
第8話「富貴蘭の殺人」、預った花を枯らしたとして女が自殺したと言う。だが、女には自殺する理由がなかった。しかも、飼い犬は知っている人には吠えない。奥方の密通に気づいた殿様は、蘭のために詰腹を切らされている。神林東吾の推理が冴え、犯人があがる。

麻生宗太郎と七重の夫婦は、なんともとぼけた味があり、幸せを感じさせる。七重さんを見ていると、ほれた人に嫁ぐばかりが幸せではない、言い替えれば、恋愛が幸福への唯一の道ではないのだ、と感じる。
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ヴェルディ歌劇「ルイザ・ミラー」第1幕を聞く

2005年10月23日 12時41分52秒 | -オペラ・声楽
ここ1週間、通勤の音楽として聞いていたヴェルディの歌劇「ルイザ・ミラー」、二枚組のうち1枚目はようやく聞きなじんできた。(ハンドルを握りながら、鼻歌が出るレベルをこう言う)。連日往復の車中でループで再生していれば、自然と耳に残ります。ましてや、ヴェルディ中期の音楽ですもの。

17世紀のチロル地方の普通の市民の物語、原作はシラーの「たくらみと恋」。序曲は不安をかきたてるように始まり、緊迫感のある音楽となって高揚する。
第1幕「愛」、ミラー家の屋外で、ルイザの誕生日を祝う村人たちの合唱がのどかに響き、ルイザは恋人カルロとの出会いを「あの人を見たとたん」と歌う。カルロが登場し、愛の二重唱。皆で教会へ行く途中、悪役ヴルムはルイザの父ミラーにルイザとの結婚の約束を迫るが、父は娘の自由と答える。ヴルムはカルロが領主ヴァルター伯爵の息子ロドルフォであることを暴露する。
ヴァルター伯爵は、息子ロドルフォにフェデリカとの結婚を命じるが、ロドルフォはフェデリカに他に愛する女性がいることを告げる。
狩人たちの合唱に続いて、父ミラーは娘にカルロの正体と彼が結婚することを告げるが、ロドルフォはルイザに変わらぬ心を打ち明ける。ヴァルター伯爵はミラー父娘を兵士に連行させる。怒る父と嘆く娘の真情。息子ロドルフォに、過去の悪行を暴くと脅され、父ヴァルターはやむなくルイザだけを釈放する、という筋立てだ。

音楽としては、娘ルイザ・ミラーの可憐さが印象に残る。激しく叫ぶような役柄ではないため、なおいっそう来るべき悲劇が予感される。

ヴェルディの伝記的な事項については、Wikipedia(*1) でヴェルディを引けば簡潔な記述がある。また、作品年表がWEB上に公開(*2)されており、参考になる。

パヴァロッティ(ロドルフォ)、ルイザ(モンセラート・カバリエ)、アンナ・レイノルズ(フェデリカ)、シェリル・ミルンズ(ミラー)、ヴァン・アレン(ヴルム)などの配役で、ペーター・マーク指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏。

このCD(Decca 473 365-2)、録音年月日などのデータは記載されておらず、デッカのCDにしては不備だな、と思う。また、Enhanced CD ということで、Windows95OSR2 以降のパソコンで台本を表示しながら再生できるとされている。推奨環境としては Pentium(R)Processor, 100MHz, 64MB, CD-ROM 24x, High Color 16bit display, mouse とのこと。音楽CDとしてみるとたかだか数年前のことなのに、コンピュータ環境として見るとき、思わず時代を感じてしまうが、はたしてオペラCDに Enhanced CD というアイデアは成功したといえるのだろうか。

(*1): Wikipediaに記載されたヴェルディのページ
(*2): ジュゼッペ・ヴェルディ作品年表
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「紅将軍」でアップルパイを焼く

2005年10月23日 12時21分32秒 | 料理・住まい
やや肌寒いお天気で、心はずむような陽気ではない。こういう日は、自宅でのんびりと休養日である。幸い、家人が十月のリンゴ「紅将軍」を使って、アップルパイを焼いてくれた。先日コーヒーが切れたが、ちょうど新しいもの買ってきたところだったので助かった。コーヒーをいれ、まだ温かい焼きたてのアップルパイを賞味。紅玉のような酸味は弱いが、スターキング系のような渋みはなく味は良い。たぶん、「紅将軍」という品種の珍しさもあり、店頭ではけっこうなお値段になるのではないか。それを惜しげもなく使い、アップルパイを焼くことができるのは、田舎の生産農家のありがたさであろう。個人的には、もう少し強く焼いたほうが好みですが、あまり贅沢を言うと、「作ってあげない」と言われそうなので、老父母と家人に感謝しつつ、おいしくいただきました。
参考までに、アップルパイの作り方のページを再掲します。
アップルパイの作り方
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ISDN→ADSL化のてんまつ

2005年10月22日 21時24分25秒 | コンピュータ
金曜日、自宅の電話回線をフレッツISDNからADSLに変更することとなっていた。当方、猛烈に忙しい日程の中、とても自分で電話の確認などできず、食事を作るのがいやで帰って来た子どもにすべて依頼し、遅い帰宅。177で通話を確認し、「一家に一台、理系の子どもだね」と言ったら、フフンと鼻で笑われた。風呂に入りバタンキュー。
本日は例によって朝から出勤。仕事を済ませ、量販店でルータ(Buffalo BBR-4HG)を購入。夕食のあと、モデムにルータを接続し、ルータに添付の接続ツールでIPアドレスを検知し、DNS等を設定すると、すぐにつながった。さらにハブを経由して、各部屋のパソコンから接続を確認。フレッツADSL(24M)、損失が大きいものの、一応 6M 位はでている模様。今までの 64K と比べれば、画面表示が断然速い。

ところで、困ったのが親子電話。今までISDNで二回線を利用し、2台の親機を接続し4箇所で電話が鳴るようにしていたが、今度は1台しか親機を接続できない。現在、茶の間と老父母の部屋が電話が鳴らない(使えない)状態だ。結局、親機を1組廃止し、子機を増設して対応するしかない模様。やれやれ、思わぬ伏兵がいたものだ(^_^;)>poripori
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宮城谷昌光『華栄の丘』を読む

2005年10月20日 19時16分54秒 | -宮城谷昌光
かつて大国であった国が、滅亡の淵から小国を立てる。商(殷)が暴虐の王とともに滅び、残された民が立てた国が宋である。強大な二つの国、楚と晋との間にあり、宋王・昭公の死により即位した文公は、襄王夫人の推挙により、華元を右師(右大臣)に任命する。出目で太鼓腹の巨躯を持つ華元は、争いを好まない。先手を打ち勝ちを狙うことをせず、相手に攻めさせて大義を得ることを重視し、見事に防ぎきるタイプだ。乱世とはいえ、戦で何万人も殺すことを常とする将軍や王を主人公とした物語を読んでいると、なんだか殺伐とした気持ちになる。だが、争わず勝とうとせず、義において負けないことを主題とした王と宰相の物語は、いっぷう変わった味わいがある。
文公と華元の信頼関係は、心を打つものがある。華元がとらえられたとき、文公は「わが庫が空になろうとも」華元を救えと命じた。無残な戦国の時代に、こういう話は心洗われるようだ。何度か読み返してなお後味の良い中編である。

剣道や柔道とは異なり、弓道の試合は相手が強いから負けるのではない。相手がいかに強かろうと関係がない。外すのは自分である。勝とうとして勝てるわけではない。淡々として的を外さなければよい、つまり負けなければよいのである。華元の流儀に、ふとそんなことを思った。

自己に苦しみ、徳の薄さを哀しむ士仲に対し、華元は言う。
「徳は、生まれつき、そなわっているものではない。積むものだ。足もとに落ちている塵をだまってひろえ。それでひとつ徳を積んだことになる」

20世紀、道端のゴミ集積所から、ゴミ袋が一つ、邪魔っけに道路に転がっていた。若者は足で道路の端に蹴り寄せる。通り過ぎた後、すれ違ったいきつけの床屋のじいさんが、どっこいしょとそのゴミ袋をあるべき場所に抱え上げていた。四十年前の光景を思い出し、中年となったかつての若者はただ恥じいるばかりである。
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10月のリンゴ「紅将軍」がおいしい

2005年10月19日 20時29分59秒 | 週末農業・定年農業
日が短くなり、秋の深まりを感じる。10月のリンゴ「紅将軍」(*)が出荷の最盛期だ。このリンゴ、「ふじ」の早生品種で、山形県東根市の矢萩良蔵氏が育成した品種だという。品種登録されたのが平成五年というから、栽培面積も近年ようやく増えてきた頃だ。まだ耳(目)にしたことがない方も多かろう。香り高い「ふじ」が約一ヶ月早く食べられると思えばよい。写真のものは、色づきが良くないので出荷からはじいたもの。でもでっかくてみずみずしく、自家用で食べるには充分においしい。一人ではとても食べきれない。二人で一個を食べるか、一人なら半分にして塩水をぬり、ラップをかけて冷蔵庫に入れるかすればよいだろう。

左側の文庫本は、きょう読みはじめた宮城谷昌光の「華栄の丘」(文春文庫)。争いを好まない宰相・華元の物語である。

(*): 十月のリンゴ、紅将軍は、こんなリンゴです。
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CRTモニタが不調

2005年10月18日 21時27分27秒 | コンピュータ
自宅でメインで使っているCRTモニタが不調だ。上端と下端が縦方向に数cmだけ伸びたり縮んだりする。しかたがないので、予備の液晶モニタを引っ張り出し、AtenのCPU切替器に接続した。これで、Windowsのほうは大丈夫になったが、さてVineLinuxの方が、垂直同期周波数の不一致が起こり、X-windowのプログラムが見えない。キャラクタモードでXconfigulatorで手動で変更しようにも、VineLinux3.1はCTRL+ALT+BackspaceでXからキャラクタモードに戻らないでXのログイン画面に戻ってしまう。なんかいい方法はないかなぁ。CRTモニタ(三菱Diamondtron RDG17X)を修理すれば大丈夫ではあるのだが。

このところの通勤の音楽は、ヴェルディの歌劇「ルイザ・ミラー」。西洋チャンバラの劇伴は、なかなかカッコいい。
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