電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

結局、備忘録ノートはカバーなしで使うことに

2010年05月31日 06時28分57秒 | 手帳文具書斎
昨年末に、B6判らせん綴じノートからA5判キャンパス・ハイグレードA80に変更した備忘録ノートですが、ノートカバーを付けると無線綴じが切れてしまい、索引のページが欠落しそうになっていました。カバーノートのデザインの魅力は捨てがたいものの、80枚という厚さもあり、実用的には索引ページのほうが重要です。思い切って、ノートカバーをはずし、ノートをそのまま利用することとしました。

ちょっとしたメモやレシート等の紙片を入れておく用途には、使い古しの封筒を再利用することとし、表見返しに貼り付けると、実用上は同等の機能を持たせることができるようです。
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そこを一歩踏み出せる記事が

2010年05月30日 06時06分07秒 | ブログ運営
ベートーヴェンのピアノ三重奏曲について調べてみて、「大公」トリオ以外の、第1番~第6番についての紹介や解説の記事が意外に少ないことに気づきました。演奏会の案内やCDの通販のページなどは出てくるのですが、演奏家と一般の愛好家とをつなぐような、親しみやすくわかりやすい内容の紹介や解説の記事が、ほんとうに少ないと感じます。ポピュラーな名曲には Wikipedia をはじめたくさんの記事があるのに、そこを一歩踏み出すと、愛好家が途方に暮れてしまうような現状が依然としてあるようです。
音楽を聴いて記事を読み、紹介・解説記事を読んで他の曲を聴きたくなる、という循環に役立つことが音楽ブログの理想だと思いますが、素人音楽愛好家のささやかな記事がきっかけとなり、たとえば若いベートーヴェンなどのように、有名大曲ではない音楽の魅力に気づかれることがあれば、嬉しいことです。
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デジカメは修理でなく機種交換の提案が

2010年05月29日 06時06分58秒 | ブログ運営
光学系の交換にもかかわらず不調が再現した愛用のデジカメ、再修理を依頼していたところ、機種交換ではどうかという連絡が入りました。
カシオの Exilim EX-S12 だそうです。うーん、Z330 を購入したばかりでしたので、ズーム速度のほどのよさと手動マクロモードの確実さ、充電の簡単さなどの美質を評価し、修理を希望していたのですが、修理の方がおおごとだとなればいたしかたありません。Z330 の操作に慣れることとし、新しい EX-S12 が届いたら、妻にプレゼントすることにいたしましょう。
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佐伯泰英『更衣ノ鷹(下)~居眠り磐音江戸双紙(32)』を読む

2010年05月28日 05時42分12秒 | -佐伯泰英
テレビの連続時代劇に取り上げられるくらいだから面白いのだろうと気まぐれで読み始めた佐伯泰英著『居眠り磐音江戸双紙』シリーズも、『更衣ノ鷹(下)』で第32巻となりました。なんとも長大なシリーズとなっていますが、関前藩の騒動が最初の山場とすれば、尚武館道場の佐々木玲圓の養子となり、田沼意次との闘争に巻き込まれる一連の話の中で、本巻がその山場でしょう。

第1章「誘い音」。尚武館佐々木道場の日常風景の中に、土佐の重富利次郎から書状が届き、霧子さんは密かに喜びます。今津屋や金兵衛さんもおこんさん誘拐の一件が落着したことを喜び、幸吉やおそめの成長ぶりも描かれるなど、平凡な日常を描写することでこの後の嵐と対比する意図と見ました。

第2章「田沼の貌」。この章では、吉原会所の四郎兵衛、将軍家治の御側御用取次の速水左近などを通じて、これまで描かれてこなかった首魁の田沼意次の経歴が描かれます。物語の都合上、実態以上に巨大な悪として描かれており(*)、ずいぶん極端ではあります。
ところで、

磐音が道場に出たとき、尚武館の朝稽古は真っ最中で、二百人以上の門弟衆が打ち込み稽古に精を出す光景は、いつものことながら壮観だった。
(ここがわが城だ)
と思いつつ磐音は、この暮らしが一日も長く続くことを願った。(p.122)

という描写がありますが、実はここですでに物語の結末が暗示されているようです。

第3章「違イ剣」。佐々木家の秘密の章です。佐々木玲圓が磐音を伴い訪れた先は、佐々木家が一子相伝としてきた累代の隠し墓でした。しかも、下谷茅町の料理茶屋にも累代の女系家族が住み、同様の言い伝えを守るとなると、出来杉君ですね~。

第4章「川越行き」。三味線職人の鶴吉が神田橋のお部屋様こと田沼意次の愛妾おすなに気に入られ、重要な情報をもたらします。このあたりも、鶴吉が店を出すに当たって磐音に世話になっていることは周知の事実のはず。あれほど細かくぬかりなく調べてくる敵方には考えられないほどの落ち度ですね。磐音は、旧藩主実高夫妻に別れを告げます。

第5章「生と死」。本書のクライマックスと言うかカタストロフと言うべきか、大きな挫折と犠牲の章です。せっかくですのであらすじは省略しますが、読後感はちょいと複雑。作家が増えすぎた登場人物をリストラするのは物語の都合上いたしかたないことと思いますが、平成の世に殉死とはいささか疑問です。なぜ?と理解不能。平岩弓枝さんも登場人物を簡単に殺しますが、佐伯泰英さんもずいぶん思い切った筋立てにしたものです。夢の中でも敵と戦えてしまうエンターテインメント(^o^)とはいいながら、登場人物のリストラ策としてもその理由と方法の点で、読者としては簡単には頷けません。

(*):時代小説における田沼意次の描き方~「電網郊外散歩道」2009年1月
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ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第6番」を聴く

2010年05月27日 06時03分19秒 | -室内楽
第1番Op.1-1から順に聴いているベートーヴェンの「ピアノ三重奏曲」シリーズも、第6番Op.70-2まで来ました。前の第5番Op.70-1と対になる曲で、ちょうど交響曲第5番と第6番のような関係とも言えそうな、おだやかで魅力的な音楽です。

第1楽章:ポコ・ソステヌート~アレグロ・マ・ノン・トロッポ、変ホ長調、ソナタ形式。チェロがドルチェでそっと呟くように始まります。すぐにヴァイオリンが加わり、弦の響きにコロコロとピアノが入ってくると、気分が変わってアレグロに。繰り返されて最後はテンポが変わり、ゆっくりと曲を閉じます。
第2楽章:アレグレット、4分の2拍子、ハ長調、ロンド形式。なんだか可愛らしく始まりますが、すぐに対比的な壮年の響きに。大人と子供の対話のように曲は展開します。
第3楽章:アレグレット・マ・ノン・トロッポ、4分の3拍子、変イ長調。いかにも中期のベートーヴェンらしい、単純で歌うような旋律が展開されます。ヴァイオリンは飾らず低音をそのまま奏しますし、チェロもピアノも、素朴な味わいがあります。
第4楽章:快活で活発なアレグロのフィナーレ。4分の2拍子、変ホ長調、ソナタ形式です。

演奏は、スーク・トリオ。1984年の4月に、プラハの芸術家の家でPCM/デジタル録音されています。DENON のクレスト1000シリーズ中の1枚で、型番は COCO-70919 です。

ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第6番について、ネット上で記事を探してみましたが、当方が参考になるような記事は残念ながら見つけられませんでした。ただし、ブログ「やくぺん先生うわの空」中に、1974年の夏(8/25)に東京コンツェルトハウス山形支部例会として、ホテル蔵王ガーデンにて、巌本眞理(Vn)、黒沼俊夫(Vc)、坪田昭三(Pf)というトリオがこの曲を演奏した、という記録(*)を見つけました。山形と室内楽の関わりの記録でもあり、ちょいと驚いています。

(*):マリカル5人目のメンバーのこと~「やくぺん先生うわの空」2005年10月

■スーク・トリオ
I=10'03" II=5'08" III=7'04" IV=7'53" total=30'08"
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佐伯泰英『更衣ノ鷹(上)~居眠り磐音江戸双紙(31)』を読む

2010年05月26日 05時52分09秒 | -佐伯泰英
双葉文庫で、佐伯泰英著『更衣ノ鷹~居眠り磐音江戸双紙(31)』を読みました。だいぶ前に購入して一度読んでおりましたが、最新刊に少しばかり遠慮しておりました。どうやら、第33巻『孤愁ノ春』も発売されたようですし、そろそろ良いかな、と思った次第です。

第1章「お告げ」。槍折れと称する棒術の達人、小田平助を伴い、鵜飼百助の屋敷に愛刀・包平を研ぎに出した磐音は、小田平助の人柄と実力をあらためて実感します。丸目歌女という妖術使いが田沼一味の意図を明確に示しますが、田沼たちのほうが組織的な動きは一枚上手です。羽根村金次郎という入門希望者が、なにやら意味深です。
第2章「辰平、福岡入り」。諸国武者修行中の松平辰平、福岡到着早々に、廻船問屋玄海屋に押し入った泥棒退治です。福岡藩黒田家の藩道場で実力を見せ、修行を許されます。いっぽう江戸では、羽根村金次郎が入門を許され、長屋に住み込むことになります。桂川国端さんの方は、桜子さんの懐妊のうれしさの反面、西の丸御典医を解任され、世嗣家基の周囲を田沼派で固める包囲網が出来つつありました。弥助からの情報では、家基が鷹狩りに出かけるとのこと、緊迫の度合いは日々増しつつあるようです。
第3章「二の江村の放鷹」。家基のお忍びに付き添う役目は何度目でしょう。日光、宮戸川鰻遠足、今度の鷹狩りで3度めかな?鷹のほうは覚えていたようで、うちのアホ猫よりよほど記憶力が良いようです。家基さん、今回は大事無く何よりでした。
第4章「虚々実々」。松平辰平は、福岡藩道場の東西勝ち抜き戦に活躍、道場仲間とともに、箱崎屋の三女お杏に招かれます。このへんは、悲劇に向かう物語に明るさを添えるエピソードでしょうか。一方、江戸では羽根村金次郎への疑惑が深まります。自らの力を秘匿しようとする意図に気づかれたと焦ったか、突然長屋から姿を消しますが、同時におこんさんも行方不明に。ヒロインが攫われる話は、紙芝居では常套手段でしたけどね~。
第5章「神田橋のお部屋様」。娘の行方不明を知った父親の対応、田沼意次の愛妾おすなの出自と経歴、羽根村を出し抜いた小田平助の知恵、おこん救出大作戦のてんまつが描かれる章です。・・・・って、何も言ってないようでいて実はあらかた予想がついてしまう書き方だなぁ(^o^)/

世嗣家基の運命は史実が示すとおりですが、そこへ至る道のりが一方の側からのみ描かれ、田沼意次一派の実際の動きが表されない分だけ、不気味かつ受身の展開になってしまいます。下巻につづく。
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N響アワーで「泰平楽会」の音楽を聴く

2010年05月25日 06時07分30秒 | クラシック音楽
日曜の夜、一週間に一度のお楽しみで、録画しながらテレビを観ます。番組は、「太平楽会~岩倉使節団が聴いたコンサート~」と題し、「明治5年アメリカ東部ボストンで、折から訪米中の維新政府首脳たちを仰天させるイベントが開かれた。日本人が初めて聴いた本格的な西洋音楽のコンサートを振り返る」というものです。当方、理系の歴史オンチですので、こういうテーマになると、企画した方のアイデアに喝采してしまいます(^o^)/

なんでも、普仏戦争の終結を記念して、五万人も収容できる木造の大ホールを作り、その中で1万5千人もの合唱が行われたりしたのだとか。いやはや、岩倉使節団の人たちも、さぞかし「びっくらこいた」ことでしょう(^o^)/

番組案内では、こんなふうに紹介していました。

明治5(1872)年6月、岩倉具視を団長とする遣欧使節団がアメリカ・ボストンを訪れました。 ここでは、普仏戦争終結を記念する「太平楽会(たいへいがくかい、 英名はワールド・ピース・ジュビリー)」が催され、 使節団一行は数万人に及ぶ聴衆と演奏者に度肝を抜かれます。 日本人が初めて接する大規模な洋楽の公開音楽会でした。
一行が鑑賞したのは、6月17日の「イギリスの日」と18日「ドイツの日」の2日間です。 興味深いのは、当時ヨーロッパで人気の絶頂にあったヨハン・シュトラウスが、 このイベントに招かれて大西洋を渡り、自作の指揮にあたったこと。 つまり、岩倉使節団の面々は、かのヨハン・シュトラウスを肉眼で目撃したことになります。
N響のアーカイブスに残る演奏でこの両日のプログラムを一部再現し、 木戸孝允をはじめとする使節団メンバーの手記を紹介しながら、 洋楽が明治の日本人にとって避けて通ることのできない文化となっていくさまを読み解きます。

演奏はすべてN響ですが、曲目と指揮は次のとおり。

(1)ベートーヴェン、序曲「レオノーレ」第3番、指揮:アンドルー・リットン
(2)ヨハン・シュトラウス、ワルツ「酒、女、歌」、指揮:テオドル・グシュルバウアー
(3)メンデルスゾーン、オラトリオ「エリア」から“イスラエルを見守る方は”、指揮:ヴォルフガング・サヴァリッシュ、合唱:東京芸術大学
(4)ワーグナー、歌劇「タンホイザー」 序曲、指揮:ハインツ・ワルベルク

ハインツ・ワルベルクさんは、本当に味のある、いい音楽を聴かせてくれました。40年くらい前の若い頃を思いだして、少ししみじみしてしまいました。

番組を案内してくれる西村朗さんと岩槻里子さんのやりとりが、今回は格別に興味深く感じました。坂本龍馬の話は某番組の宣伝でしょうからその分は割り引くとしても、ヨハン・シュトラウスが自作を指揮したのだとか、久米邦武『米欧回覧実記』や久米邦武『久米博士九十年回顧録』中にある感想とか、初めて聞く話ばかりでした。この番組について、早くも詳しく記事にされている方がいらして(*1)、しかも話題が希望ホールとか山響とか、なじみの固有名詞が頻出します。どうやら、山形県は庄内地方在住の方らしい。なんだか嬉しくなりました(^o^)/

以前、アーネスト・サトウがクララ・シューマンの演奏会を聴いている話を取り上げた(*2)ことがありますが、日本史上の出来事とクラシック音楽の話題が結びつくと、妙にリアリティが感じられます。

(*1):日本人が聴いた洋楽~「La stanza del Mare」
(*2):アーネスト・サトウが聞いたクララ・シューマン~「電網郊外散歩道」2006年10月
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白鷹町の簗場を訪ねる

2010年05月24日 06時07分52秒 | 散歩・外出・旅行
先週の某日、山形県西置賜郡白鷹町にある最上川の簗場(やなば)を訪ねました。数年前にも、朝日町ワインのワイン城とともに訪れていますが、今回は長井市の白ツツジ公園とともに訪れたものです。ただし、先週にはツツジの花はまだ咲いていませんでしたので、簗場の写真を中心に掲載しましょう。

国道287号線を走ると、最上川上にたくさんのこいのぼりが泳いでいる風景が目に入ります。ここが目的の簗場です。


無料の駐車場に車を停め、川まで降りていきます。


家族連れが遊んでいましたが、それほど混雑するというほどではありません。これなら、涼しい川風に吹かれながら、写真を撮ったり魚を眺めたり、ゆっくりと過ごすことができます。


水の流れがなんとも迫力です。これでは、流されたらひとたまりもありません(^o^;)>poripori


で、今週の週末は?
いや~、実は近所の親族の葬儀と初七日で終わってしまいました(^o^;)>poripori
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プルーンの花とスモモの花

2010年05月23日 06時02分50秒 | 週末農業
デジタルカメラでプルーンのような小さな花を撮影する場合、マクロモードを利用します。とくにコンパクトなデジタルカメラのオートマクロの場合、ピントを合わせるのが難しいケースもままあります。そんなときは、写真のように手を背景にしてしまうと、自動でピントを合わせてくれるようです。あとは、目測で手と花の距離の分だけ手前に引いてシャッターを押すと、花の向こうの背景がうまくぼけてくれます。一眼レフでフィルムに撮影していた時代のノウハウが、こんな形で生きてきます。

次の写真はピントが甘いですが、もう花の時期は終わったスモモの花です。花粉樹として残している古い木ですので、味の方は酸っぱいばかりであまりおいしくないのですが、花の付き方はごらんのとおり。花粉樹としては十分に役立ちます。スモモといえば、周囲に植えられた大石早生やソルダムなどのほか、今年はもう一つの園地に植えた「秋姫」という新品種が楽しみです。


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季節の味

2010年05月22日 05時54分11秒 | 料理・住まい
この季節になると、親戚や知人から、山菜や筍をいただきます。老母が丹精している我が家の畑の野菜とあわせて、煮物・漬物・天ぷらなど、季節の味をいただくとき、田舎暮らしに感謝する気持ちになります。

写真で見るこの日のメニューは、

(1)ご飯とニラ卵(実はお昼の残り)
(2)タケノコと牛肉と糸コンニャクの煮物
(3)フキの煮物
(4)ワラビとキュウリの漬物
(5)サンマの塩焼き(これも実はお昼の残り半分)
(6)シーチキンとわかめのサラダ
(7)メキシコ・ウィスキーのお湯割り

というものでした。タケノコと牛肉の取り合わせは、不思議によくマッチします。おそらく明治以降の工夫だと思いますが、最初にこれを考えた人は実に偉い!と思います。





近所の親族に不幸があり、昨日は納棺の儀に参列、焼香をしてきました。90歳を過ぎての大往生でした。今日は、朝から自宅で葬儀、午後から告別式の予定です。
山形交響楽団のチューバ奏者の松下晃一さんが逝去されたとのこと、あまりに若すぎるのでは。素晴らしい演奏に接してきただけに、残念でなりません。ご冥福を心からお祈りいたします。
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和田哲哉『文房具を楽しく使う~ノート・手帳編~』を読む

2010年05月21日 06時04分44秒 | -ノンフィクション
ハヤカワ・ノンフィクション文庫で、和田哲哉著『文房具を楽しく使う~ノート・手帳編~』を読みました。文房具好きにはたいへん楽しい文庫本です。構成はこんなふうです。

プロローグ 「文房具はやっぱり楽しい」
第1部 ノート篇
-第1章 ノートと生活の深いかかわり
-第2章 「ロディア」からはじめよう
-第3章 ノートには「つながり」が大切
-第4章 ノートにはこんなに種類がある
-第5章 「多ノート派」という選択
第2部 手帳篇
-第6章 手帳と気軽につきあう
-第7章 まだまだ人気、バインダー手帳
-第8章 心をつかむダイアリー「クオ・ヴァディス」
-第9章 温故知新の手帳「モールスキン」
-第10章 皆さんの「手帳&ノート構成」は?
第3部 応用篇
-第11章 気持ちの良いA4サイズを取り入れる
-第12章 電子ツールとの華麗な連携プレー

帯のコピーが「情報を一冊のノートにまとめきれないあなたに」とありますが、これは『情報は一冊のノートにまとめなさい』という書名を意識したものでしょう。

けっこうな田舎にある当地では、本書に登場するロディアやモールスキン、クレールフォンテーヌなどの製品は、種類も数量も安定供給に難があり、結局はコクヨのキャンパスノート、マルマンのルーズリーフ、日本能率協会のシステム手帳やリフィルといったところが定番になってしまいます。さすがに都会で働く自由業の方々のように、情報を一冊のノートにまとめて持ち歩いていたら、情報管理上レッドカードが出るのは目に見えています。その意味で、仕事のノートとプライベートなノートは、はっきりと分ける必要がある。であれば、多くの人々はおのずと多ノート派になってしまうでしょう。

パソコンや携帯電話(スマートフォン)等も含めて、ノートという範疇に入れてとらえ、多ノートの構成と使い分けを工夫するという考え方は、「すべてのデバイスはファイルである」とするコンピュータの考え方に通じ、本質的には賛成。だけど現実には、ずいぶん差があるんだよなぁ。紙のノートの記入の手軽さ、自由さは、電子メディアにはない。いっぽう、電子メディアのような検索や編集、コピーの自由さは、紙のノートにはない。

当方、今のように、バインダー手帳でスケジュールを把握・管理するとともにカード類や切手・現金(お札)、筆記具を携帯し、小型の備忘録ノートにアイデアや備忘録を手書きで記入し、自宅に戻ってパソコンに整理するやり方が、一番しっくりするようです。
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ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』上巻を読む

2010年05月20日 06時02分26秒 | -ノンフィクション
先に触れておりました(*1)、ジャレド・ダイアモンド著『文明崩壊』上巻を読みました。プロローグと第1部「現代のモンタナ」は先述のとおりですが、上巻は第2部「過去の社会」がつぎのように描かれます。

第2部 過去の社会
-第2章 イースター島に黄昏が訪れるとき
-第3章 最後に生き残った人々ーピトケアン島とヘンダーソン島
-第4章 古の人々ーアナサジ族とその隣人たち
-第5章 マヤの崩壊
-第6章 ヴァイキングの序曲と遁走曲
-第7章 ノルウェー領グリーンランドの開花
-第8章 ノルウェー領グリーンランドの終焉

森林の破壊により土壌侵蝕が起こります。養分の枯渇と溶脱によって食料生産が深刻な事態となり、孤島で木材の枯渇が起こるとカヌーも作れず漁も不可能となります。地理的環境要因と人口密度から、森林の再生は難しいとなると、ここからは急激な社会崩壊、深刻な内部闘争、人口の急減が起こります。かつて首長たちが競って建立したモアイは、打ち捨てられるだけではなく、引き倒されます。

花粉分析、氷柱分析、放射性同位体による年代決定、年輪分析など、多くの手法を用いて明かになる事実が物語るものは、多くの文明の崩壊の過程に、ひどく似ている面がある、ということ。

そういえば、昔、高校の世界史で世界の四大文明について習ったとき、どの文明も荒廃した荒地にあることに気づきました。よりによって、どうしてこんな荒地に、墓や建物などを作ったのだろうと不思議でしたが、あるとき新聞を見てはたと気づきました。「サハラ砂漠はむかし緑の草原だった」というのです。それならば、きっと四大文明もまた緑の大地に成立していたにちがいない。たぶん、緑の大地が荒涼たる土地になってしまったから、文明は滅んだのだろう、と。

また別の本で、シリアの岩山地帯の花粉分析から、かつては一帯がレバノン杉におおわれていたこと、レバノン杉の過剰な伐採が文明の崩壊の一因であることなどを知りました。本書は、文明と環境要因、とくに森林の価値について、示唆に富む内容ですが、それだけではなく、さらに様々な要因を加えて分析しています。たいへん興味深い内容です。

(*1):ジャレド・ダイアモンド『文明崩壊』上巻を読んでいます~「電網郊外散歩道」
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クラシック音楽の演奏会におけるマーフィーの法則?

2010年05月19日 06時10分11秒 | クラシック音楽
クラシック音楽の演奏会では、とくに冬場など風邪が流行する時期に、思わず咳が出てしまうことがあります。楽章間のちょっとした間に、エヘンと咳払いしたり、ここぞとばかり咳をしたりする音が、そちらこちらで聞こえます。当方も、春先に引いた風邪がもとで咳が長引き、あちこちでご心配をおかけしておりますが、呼吸器内科で見てもらったところ、幸いに心配にはあたらないそうで(^o^;)>poripori
でも、先の山響定期でも、こんな法則を発見してしまいました。

「ffでは咳が出ず、ppになると出る」

それだけでなく、先日は、なんと携帯電話のアラームが鳴り響いたのだそうで。

「ffでは鳴らないのに、ppのいいところに限って、携帯のアラームが傍若無人に鳴り響く」

これなど、真剣に演奏する側にしてみれば、「不倶戴天の敵!」か、はたまた「勘弁してよ~(T-T)」の類だと推察いたします。私も気をつけなければ(^o^;)>poripori

それはさておき、会場では「携帯電話の電源を切るか、マナーモードに」というお願いのアナウンスが何度も流れています。にも関わらずアラームが鳴ってしまうのは、たぶん「話を聞いていない」からだと思われます。以前、『話を聞かない男、地図を読めない女』とかいう本の題名が話題になりましたが、果たしてこれは本当なのかどうか?アナウンスにもかかわらず携帯のアラームが鳴ってしまった経験のある方の性別比率が知りたいなどと、不謹慎にも思ってしまいます(^o^;)>
やっぱり、野次馬根性なのでしょうね~(^o^;)>poripori
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あれれ、直っていないんだけど・・・

2010年05月18日 06時04分27秒 | ブログ運営
愛用のデジタルカメラ、カシオの EX-Z30 が修理完了して喜んだのもつかの間、同じ不調が再現。夕方、咲き始めたボタンを撮影しようとしたら、ごらんのような状況です。「たぶん光学系」ということで、光学系の交換をしたはずなのに、この現象が再び発生するということは、原因は何なのか?

とにかく、「直っていないよ~」ともう一度戻す必要があります。こんなこともあろうかと、EX-Z330 を購入しておいて良かった。まことに遺憾ながら、事態は当方の読みどおりです。
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ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第5番」を聴く

2010年05月17日 06時09分04秒 | -室内楽
記念すべき作品1-1である第1番から、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲を順に聴いてきました(*1~4)が、こんどは第5番ニ長調Op.70-1です。作曲されたのは1808年といいますから、ちょうど交響曲第5番や第6番「田園」などが作曲された、まさにその頃。なるほど、第1番~第3番などと比べて若々しくフレッシュな魅力は後退しますが、中期のベートーヴェンらしい、ぐっと充実した音楽です。

第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ・エ・コン・ブリオ、4分の3拍子、ニ長調、ソナタ形式。出発まぎわの通勤電車にあわてて駆け込むような始まりでこの曲の基本主題が提示されます。これが様々に変形され、再提示、再現・変奏されていきます。「運命」交響曲に通じる、たいへん緊密に構成された音楽と感じます。

第2楽章:ラルゴ・アッサイ・エ・エスプレッシーヴォ、4分の2拍子、ニ短調。なにやら不思議な響きが、「幽霊」などというあまり有難くない愛称を頂戴した所以なのでしょう。でも、エスプレッシーヴォの指示に現れているとおり、ご婦人に優しいベートーヴェンの感情の所在はたいへんよく伝わってきます。

第3楽章:プレスト、2分の2拍子、ニ長調、ソナタ形式。基本となる主題をてっていてきに利用するやり方は、まさに第五交響曲の作者のしつこさそのものです(^o^)/
でも、ピアノ三重奏という編成のせいか、あれほど粘着的ではなく、もう少しカラリとしています。

青木やよひさんの『ベートーヴェンの生涯』によれば、アンデアウィーン劇場の劇場付き音楽家の立場を願い、請願書を出したら却下されたばかりか、彼の演奏会の開催も拒否されて、どうもこの頃のベートーヴェンの生活は、ひどく不如意だったらしい。引越し魔のベートーヴェンが転がり込んだのは、当時夫と別居状態にあった名門貴族エルディーディ伯爵夫人の邸宅でした。まあ、今でもとかく噂になりやすい状況ですが、どうもここでの生活はけっこう充実した楽しいものだったようで、「運命」「田園」などの交響曲もここで仕上げているそうな。

ラズモフスキー四重奏団がやってきて内輪で演奏会を開いたり、仕事が一段落したベートーヴェンが夫人とピアノを連弾したり、時には伯爵がやってきてヴァイオリンパートを受け持つような雰囲気の中で、このピアノ三重奏曲第5番と次の第6番は作られ、夫人に献呈されたようです。その意味では、勝気でお転婆な(と思われる)エルディーディ伯爵夫人に感謝しなければ!

演奏はヨゼフ・スーク(Vn)、ヨゼフ・フッフロ(Vc)、ヨゼフ・ハーラ(Pf)の3人の「ヨゼフ」からなるスーク・トリオで、1983年6月に、プラハの芸術家の家でPCM/デジタル録音されています。DENON のクレスト1000シリーズ中の1枚で、型番は COCO-70919 です。




(*1):ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第1番」を聴く~「電網郊外散歩道」
(*2):ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第2番」を聴く~「電網郊外散歩道」
(*3):ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第3番」を聴く~「電網郊外散歩道」
(*4):ベートーヴェン「ピアノ三重奏曲第4番《街の歌》」を聴く~「電網郊外散歩道」
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