電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

三月末に退職し、当座の感想は

2019年04月20日 06時02分29秒 | Weblog
この三月末に退職して、すでに20日になります。当座の感想はこんな感じ。

  • 時間が自由になります。毎朝の通勤がなくなることがこんなに楽だとは思いませんでした。逆に、生活に意識して計画性をもたないと、だらだら過ごしがちになります。
  • 図書館、農協、銀行や郵便局など、営業時間に行けるのはありがたいです。
  • ゴミ出しや料理など、家事について少しずつ覚えて協力できています。
  • 農作業を、お天気に合わせてできるのはありがたい。
  • 畑に出ると歩数計の数値が10,000歩以上になりますが、家にごろごろしていると、歩数計はせいぜい2,000〜3,000歩にしかなりません。

まだまだ表面的な感想にとどまり、今まで入ってきていた給料が入ってこないという本質的な、またシビアな面が見えていないのだと思いますが、季節も桜の満開の時期となり、まずは良かったと言えそうです。

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クロネコ・メンバーズに登録

2019年04月11日 06時03分29秒 | Weblog
過日、万年筆のトラブルで販売元に送付する必要があり、「クロネコヤマトの宅急便〜」のヤマト運輸に行ったところ、サクランボやモモ等、たびたび宅配便を利用するのであれば、クロネコメンバーズに登録すると便利ですよ、と教えてもらいました。要するに、メンバーズカードに初回5,000円をチャージすることで、以後はタブレット端末から宛先等を入力できるようになり、送り状を手書きする必要もなくなるし、営業所側でも電子的に処理できるので負担が少なくなり、その分だけ送料等の経費を安くすることができるのだそうです。なんだ、そうだったのか。今まで発送は妻にまかせきりで、ご近所取扱店に持ち込むだけで、経費等の詳しいことを調べないできました。宅配便の送料が上がっていることでもあり、少し距離はありますが、今後はクロネコ営業所に持ち込み電子入力とすることで、送料負担をいくらか少なくできそうです。さっそくクロネコ・メンバーズに登録しました。



アホ猫よ、ちがうよ。我が家にやってくる不審な黒猫じゃなくて、クロネコヤマトの宅急便のことだよ。だから、クロネコ違いなんだってば!

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歓送迎会の夜に

2019年04月08日 06時01分12秒 | Weblog
先日、職場の歓送迎会があり、まだ非常勤で一年間は継続するというものの、一応のけじめで皆さんにご挨拶して来ました。その晩はホテル泊、写真は翌朝の食事です。

せっかく山形市に出向きましたので、ついでに某富岡楽器店に立ち寄り、オペラのDVDを1枚と演奏会のチケットを購入してきました。




  • ヴェルディ 歌劇「イル・トロヴァトーレ」英国ロイヤル・オペラ2002
  • 山形弦楽四重奏団 第71回定期演奏会 2019年4月12日(金)18:45〜

で、家に帰りましたら、なぜかアホ猫が甘えて離れません。



こんな感じです。この写真を撮ってくれた妻の話では、前夜は私の寝床の前でニャーニャー鳴いていて、可哀想だったとのこと。そうか〜、いつも一緒に寝るはずの「ご主人」が不在で、寂しかったのか〜! アホ猫(母)、20歳。すでに自分は人間様と同格だと思っているのかもしれません(^o^)/

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ONKYOのミニコンポのアンプ、CDドライブは修理できた

2019年04月03日 06時03分22秒 | Weblog
MDドライブに続きCDまでもトレーが開閉しないなどのトラブルに見舞われていたONKYOのミニコンポ、FR シリーズ XN7TX(D) のアンプは、CDドライブのみ修理できたとのことで、先日戻ってきました。残念ながらMDのほうは部品供給が途絶えているため修理できなかったとのことですが、CDだけでも復活したのはありがたい。税込6,480円也。



これで、CD再生とともに、FM放送をダブル・カセットデッキで録音再生が可能になりました。NHK-FM で日曜午後と月曜朝の再放送と、二度「きらクラ!」を聴き、退職後の自由時間を満喫。デスクトップ・PC-audioで「らじる★らじる」でも聴取できるけれど、田舎のメリットを生かした13.5畳相当の書斎です。スピーカまである程度の距離があるほうが聞きやすく安定感があります。



なんとなく昭和のテイストを残す、平成前半の雰囲気のシステムで、元号が変わって「令和」となった今どきの時代にそぐわないのですが、いいのです。なにせ、まだLDプレイヤーが現役なのですから(^o^)/

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ONKYOのミニコンポのアンプ、修理に出す

2019年03月31日 06時03分18秒 | Weblog
昨年秋から MD/CD ドライブの不調が続いていた、単身赴任時代の名残りのミニコンポ(*1) ONKYO FR シリーズの XN7TX(D) ですが、たまたま家に訪問してくれた出入りの電器屋さんに、修理可能かどうか聞いてみました。やってみます、とのことだったので、お願いしました。



実は、リフォームの時の暖冷房の工事だけでなく、亡父の生前から、LDプレーヤーやビデオデッキなど、けっこういろいろ修理してもらっています。回転系は部品が途絶えれば無理だそうですが、アンプ部はまったく大丈夫ですので、使えるものであれば使いたい。

こうなると、簡易なデスクトップ PC-audio の存在(*2)がありがたいものです。装置が故障すると、修理が完了するまで音楽がおあずけになってしまった若い頃と比較すると、恵まれた環境になっているなあと実感します。音楽を大事に聴きなさい、という教訓だな、これは(^o^;)>poripori

(*1):ONKYOのミニコンポのアンプ、MDもCDドライブも不調に〜「電網郊外散歩道」2018年10月
(*2):デスクトップ・オーディオと自室のオーディオ〜「電網郊外散歩道」2016年1月



今日は、退職記念に家族で昼食会に出かける予定。ありがたい。

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三度目の退職辞令をもらう日に

2019年03月30日 06時02分44秒 | Weblog
今日は、三度目の退職辞令をもらう日です。一度目は、大学を出て関東某県で就職した後、山形へUターンするために退職願を出したため。二度目は、山形にUターンして三十数年間つとめた後、定年退職でした。そして今回が三度目、年齢的にも最後の退職辞令でしょう。

昨日は、遅くまで残務整理をして机を片付け、私物を運んで一日が終わりました。なんだかくたびれてしまい、山響オーケストラの日はお休みとしました。今日はゆっくり自宅を出て、退職辞令をもらった後、妻と街を散歩する予定です。妻も、長年のお弁当作りから解放されて喜んでいるようです。無理もない。単身赴任の頃を除き、ほぼ四十年間ですから。おかげで健康そのもの、ただただ感謝です。

【追記】
と思ったら、妻はなんだか地域行事で役割があることを思い出したそうな。では仕方がない。今日は一人でゆっくりと出かけましょう。エンジン不調で農協のサービスセンターに出した動力噴霧機がまだ返ってこないのも気になります。気化器かな。だいぶ古いからなあ。

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フルタイムの勤務を終了し、新年度から非常勤に

2019年03月28日 06時04分06秒 | Weblog
定年退職からだいぶ経ちました。今の職場もそれなりに面白さがあるのですが、なにぶん冬場の通勤も大変ですし、老母も高齢になりましたので、フルタイム勤務は今年度限りとすることを雇用主に伝えておりました。この三月末で、長年続けてきた勤め人生活にいったん幕を下ろします。ただし、仕事の引き継ぎは必要ですし、勤務先の諸般の事情もあり、非常勤で少しだけお手伝いすることになりました。というわけで、本日は後任者と引き継ぎをする予定。資料等の準備はなんとか間に合って、まずは一安心。

というわけで、四月からは専業農家兼非常勤の勤め人という生活になります。気分的にはだいぶホッとする感じかな。今後は生活の軸足を「農家」のほうに移しますので、今度は必ずしも「週末農業」ではなくなります。さて、このカテゴリー名を何としよう? 「定年帰農」というわけでもないし、「専業農家」を自称するほどの経営規模はない。「高齢農業」? なんだか嫌な感じだなあ。さて、しばらく考えてみましょう(^o^)/

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老いるときは急に意欲が減退するのかも

2019年01月24日 06時03分24秒 | Weblog
物事が急にどうでもよくなってくる、言い換えれば前向きな意欲が減退するのは、どうも老いの兆候ではないかと思います。それまでまめに続けていた習慣が面倒に思えたり、急に止めてしまったりするのは、できる・できないという面よりも、意欲の減退が大きいのではなかろうか。

昔、年配者が例えばサミュエル・ウルマンの言葉を引用したりして、年齢は関係ない、いつまでも青春でいられる、などと公言するのを見聞きした時、無理してるとか、年寄りの冷水とか、空元気に思えて批判的に見ていたものでした。今にして思うのは、たぶん急に意欲が減退し老いの兆候を自覚したとき、自分自身を励ます意味で、生活のモットーとして選んでいたのだろうということです。

その年齢になって初めてわかることがある、ということを知りつつあるとき、空元気でなくごく自然体で、意欲を保ち続けたいものだと思います。

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ふだんは多忙だが時に暇な世代とふだんは暇だが時に忙しくなる世代

2019年01月16日 06時02分20秒 | Weblog
子育て世代は、育児にも仕事にも忙しい世代ではなかろうかと思います。日常は、それこそアホ猫の手も借りたいほどでしょう。核家族であればなおさらのことだろうと思います。これに対して、リタイア世代は基本的に暇なことが多いでしょう。特に田舎の農閑期には、有り余るほどの時間があります。これが通常のパターン。

ところが、お盆や正月にはまったく逆になります。リタイア世代は地域の行事や盆正月の準備と対応に追われることになります。特に、順番により当番が当たったりすると、基本的に食事もそこそこに家を空けなければなりません。これに対して子育て世代は、子どもを遊ばせたり家族サービス・家族行事に忙しいけれど、地域の割当や順番からは除外されていることが多いです。いつもは多忙なのですが、実家に帰ったりすると、基本的にヒマなのです。リタイア世代はその逆。いつもはヒマなのに、ここぞとばかり当てにされる。世の中、それで回っているようなものですが(^o^)/

当方も、もうすぐ本格的にリタイア世代の仲間入りをする予定。立場が変わるというのは、いろいろと戸惑うこともあるでしょうが、できれば早くのんびりゆっくりしたいという気持ちが強いです。この冬の通勤は、最後の辛抱でしょうか。

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携帯電話普及の背景には勤務形態が厳しくなった面もあるのでは

2019年01月14日 06時02分57秒 | Weblog
携帯電話が普及する以前は、地域行事等の関連で、自宅に電話をかけて用が足りる面がありました。家庭には誰かがいて、伝言を頼むとメモをして伝えてくれました。重要な案件で返事が必要な場合には、向こうから問い合わせや返事の電話をかけてきたりするのが通常のパターンでした。



ところが、いつ頃からか、自宅に電話をしても用が足せないことが多くなりました。夕方、自宅に電話をしても誰も出ない。夜に電話をかけ直しても、まだ職場から帰宅していない。場合によっては自宅に番号が公開された固定電話がない。とにかく本人をつかまえたほうが早い。そんな事情から必要に迫られて、多くの人が携帯電話というパーソナル端末を買い求め、結果として普及を後押ししたのでは。これは、核家族化の進行や勤務形態の過酷化、雇用の不安定化などが背景にあるのではなかろうかと思います。

この頃、就業中の私用携帯電話の禁止などのルールが新たに生まれたのではなかったかと思います。確かに、スマホや携帯電話などのパーソナル端末は、命令されて動く「兵隊」にふさわしい道具であって、トイレの個室の中でも命令を聞かなければいけない。命令を発する立場の人は、大画面のパソコンを操作する参謀的役割の人をそばに置いて、全体的な立場から指揮するのですから、「将軍」みたいなものでしょう。

いわゆる「失われた20年」の間で、労働者派遣法やワーキング・プアなどが問題になった時期と、携帯電話が広く普及した時期は、かなり重なるのではないかと想像していますが、さて、どうか?

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携帯電話を忘れて行った一日

2018年12月20日 06時03分43秒 | Weblog
過日、お寺の大掃除の日に、携帯電話(PHS)を寺関連書類用のバッグに入れたため、翌日に出勤してから忘れてきたことに気づきました。すぐに自宅に電話をして妻に確認と万一の着信時の対応を依頼しましたが、当日はとくに対応を要する着信はなかったようです。

考えてみれば、某国の大統領とは異なり、私用の携帯電話を仕事に使っているわけではないので、それほど問題にはならなかったのでした。だいたい、家族間の連絡メールとか、あるいは予約注文したお店からの連絡などがせいぜいです。ないと不便ではありますが、仕事上の不都合はないと考えてよいでしょう。

携帯電話を忘れて行った一日は、なんとか無事に過ぎました。
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へぇ〜、今はこんな切手もあるんだ!

2018年11月26日 06時02分21秒 | Weblog
先日、いただいた封書に貼ってあった切手が、なんと、熊本県の某有名ご当地キャラクターでした。えぇっ! あのお固い郵政省が、なんと粋な……と思ったら、郵便局はすでに民営化して久しいことを思い出し、思わずはるか遠くを見る目に……。そうか、大人気ご当地キャラクターは、切手にもなっているのか。すると、某「梨の妖精」も切手になっていたりして? 知らぬは私だけだったりして? テレビのワイドショーも見ないし、世情に疎いのは自覚しておりましたが、今は少々落ち込んでおりまする…(^o^;)>poripori

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習慣の力の強さと欠点

2018年11月07日 06時03分31秒 | Weblog
もともと、あまり意思の強いほうではなかったらしく、若い頃は一度決意しても途中でくじけて、自分の意思の弱さを嘆いたものでしたが、ある年代から、意思の力に頼ろうとすると継続に難があるのだから、要するに習慣にしてしまえば良いと考えるようになりました。これならば、たまたま出来なかったとしてもさほど嘆く必要はない。また普段通り再開すれば良いだけです。まことに「意思は弱く、習慣は強い」(*1)ものです。

ところが、習慣の力の強さには欠点もありました。習慣というのはコワイもので、普段とは異なる重要な新規課題があっても、それらを脇に置いて、いつもの習慣的なルーティンを果たして安心してしまいます。例えば春の嵐で一部が壊れた雨樋の修理依頼が延び延びになっているとか、屋根の塗装の業者選定が未着手であるとか、心当たりがいくつも(^o^;)>poripori
要するに、習慣は優先順位を錯覚誤認させる傾向がある、ということです。

年を取ると、あまり考えずに日常の生活習慣に頼る傾向が強まるだけに、この点はよく自覚しておく必要がありそうです。

(*1):意思と習慣〜あるいは強さと合理性〜「電網郊外散歩道」2011年5月
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若い頃、FM放送をじっくり聴けたのは

2018年11月06日 06時03分56秒 | Weblog
月曜の朝、通勤の車中で NHK-FM 「きらクラ!」を聴いています。今回は、曲名を当てる「きらクラ・ドン!」のコーナーで、以前コメントをいただいた「木曽のあばら屋」さんが、ラヴェルの「スペイン狂詩曲」をみごと正解して紹介されていました。おめでとうございます!

ところで、若い頃は NHK-FM をよく聴いていましたが、最近はFM放送に耳を傾ける機会が減ったなあと感じます。これは、父親が亡くなり、様々な仕事や役割を引き継いで、なにかと時間を取られるようになったことが大きいと感じます。例えば先の日曜には、

  • 朝、寺の雪囲い作業に従事
  • その後、剪定枝の焼却を行いつつ

  • 午前と午後に干柿用と渋抜き用の柿の収穫作業
  • 夕方から残っていたリンゴの収穫
  • 夜はスーパーとドラッグストアで買い物

という具合で、結局は「名演奏ライブラリー」も「トーキング・ウィズ・松尾堂」も「きらクラ!」も聴けなかったのでした。夜に買い物から戻ってから、ようやくホッと一息ついてPCの前に座り、ドヴォルザークの「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」などを聴いた程度です。

若い頃は、FM放送をじっくり聴いていた。聴くことができた。それは多分、亡父が様々な役割を引き受けてくれていたからなのでしょう。畑仕事が終わる氷雨の季節に、NHK-FM を聴くのを楽しみにしたいと思います。

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高校時代の同級生の訃報に

2018年10月27日 06時02分16秒 | Weblog
地元紙・山形新聞の訃報欄で、高校の同級生の逝去を知りました。すい臓がんとありましたが、沈黙の臓器と言われる膵臓の変調は、現役の医師だった彼でも、気づくことができなかったということでしょうか。それとも、多忙をきわめ、自分の体は自分であって自分のものでないという状況だったのでしょうか。

若い頃に、お子さんが誕生してしばらくしてから、何かのきっかけがあって、五味太郎の絵本『うみのむこうは』を贈った記憶があります。もしかしたら、その子が喪主? うーむ…。

人を助ける仕事をずっと続けてきて、大勢の人に感謝され、惜しまれる生涯であったろうとは思うけれど、まだまだこれから、ゆっくり人生を楽しめる時期が始まるところだったのに、なんだか早すぎるなあ。なんとも惜しまれます。もし魂というのがあるのなら、彼に充分な安息を、残された遺族に幸いをと願わずにはいられません。


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