電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

『没後十年 藤沢周平読本』を読む

2008年08月31日 07時11分47秒 | -藤沢周平
山形新聞社は、藤沢周平没後十年を記念して、昨年一年間、特集を企画しました。同紙夕刊に掲載された記事内容はたいへん充実したもので、新しい発見も多く、連載を毎回楽しみにしておりました。当「電網郊外散歩道」でも、そのつど記事にしておりますが、せっかくの特集を、単行本にしてほしいものだと願っておりました。このたび、仙台市の書肆である荒蝦夷社から発売された『没後十年 藤沢周平読本』は、まさに本特集を1冊にまとめたもので、読み応えがあります。

構成と内容は、次の通りです。

第1章 私が選ぶ藤沢作品ベスト12 (高橋義夫)
用心棒日月抄/春秋山伏記/義民が駆ける/三屋清左衛門残日録/回転の門/蝉しぐれ/一茶/雲奔る/橋ものがたり/隠し剣秋風抄/詩塵/漆の実のみのる国
第2章 藤沢作品の表現世界 (中村明)
風/姿/女/剣/心/食/顔/笑/喩/視/始/終
第3章 藤沢周平 その生涯の追憶 (蒲生芳郎)
出会いの頃/同人誌時代/療養生活/妻の発病と死/「溟い海」で新人賞/直木賞受賞後/転機の『用心棒日月抄』/多忙な日々/昭和五十年代の豊熟期/『蝉しぐれ』前後/歴史小説/実りの時期
第4章 藤沢周平を語る
畠山弘/井上史雄/井上ひさし/高山秀子/久保田久雄/山本陽史/池上冬樹/牧野房/佐伯一麦/東谷慶昭/佐藤賢一
第5章 藤沢作品と私 49人の方々の短い文章
第6章 シンポジウム 没後十年 藤沢周平の魅力を語る

第1章と第3章は、新聞掲載時によく読みましたし、何度か感想や紹介を書きました。また、第6章のシンポジウムにも参加して、本ブログでも記事にしました。(*)
しかし、今日の単行本化によって、あらためて感心したのは、第2章の表現論です。藤沢周平の文章を、表現の面から分析し紹介して、実に興味深いものです。なるほど、と頷きます。本書のように単行本化されることにより、年間の特集の全体像が見えてきます。
そして、やはり第3章、「藤沢周平 その生涯の追憶」は、やはり見事な内容です。同級生、文学仲間の一人として、プライベートなことも知っている立場にあるはずですが、これまで積極的には公にすることがなかった事実もあります。たぶん、娘の展子さんや家族の周辺の人々が、没後十年を経て少しずつ語るようになってきたことに力を得て、作家の秘密にそっと触れているのでしょう。このあたりの、情のある姿勢が、初期短編集の公刊に関連するその内容とともに、心を打つものがあります。


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マルティヌー「交響曲第1番」を聴く

2008年08月30日 06時46分13秒 | -オーケストラ
作曲家にとって、「第1番」という番号は、やはり気合の入るものなのでしょうか。晩年には作風が変わってしまう人でも、第1番の作品を聴くと、その人本来の個性がうかがえるようです。

マルティヌーという作曲家は、私にとってはそれほどなじみ深い人ではありませんでした。CDでピアノ協奏曲第5番や、N響アワーで交響曲第4番(指揮はアラン・ギルバート)を聴いたことがある程度です。それだけに、1942年、50歳の作曲家が、米国でクーセヴィツキー夫人追悼のために依頼を受け作曲したという、この交響曲第1番は興味深いものでした。

マルティヌー(1890~1959)はチェコ出身の作曲家で、まだ若い時代にフランスに留学、ルーセルに師事し新古典主義に傾倒します。後、ナチスから逃れてアメリカに移住し、活躍します。6曲ある交響曲のうち、1番から5番までの5曲が、アメリカ時代にかかれているそうです。後年ヨーロッパに戻りますが、戦後のチェコの体制を忌避し、生前は祖国に戻ることはありませんでした。チェコの当局から見れば、歓迎すべき存在ではなかったのでは。

でも、ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコフィルは、マルティヌーの音楽を、批判的にではなく共感を持って演奏しているように思います。1970年代のアナログ録音による交響曲全集の中の1枚(DENON COCQ-84038)、スプラフォン原盤です。録音は充分に鮮明で、力強さをよくとらえているように思います。

第1楽章、モデラート。重々しいというよりはむしろ、やや悲劇的な色彩を持つ、叙事詩的と形容できるような始まりです。急なダイナミクスの変化を抑え、徐々に高まっていく長大なクレッシェンドが、この曲と演奏に特徴的と言えるでしょうか。
第2楽章、スケルツォ:アレグロ~トリオ:ポコ・モデラート。リズムがとてもいきいきしています。途中、オーボエがしゃれた旋律を聞かせます。これが副主題か。なかなかかっこいい音楽です。ミヨーやプーランクに通じる新古典主義的な共通性も感じられますが、力感のある音楽です。
第3楽章、ラルゴ。低弦がユニゾンで重苦しい、悲劇的な雰囲気の旋律を奏でる、まさに哀歌です。ピアノが低音を連打しますが、弔いの鐘の音を模しているようです。途中、イングリッシュ・ホルンが印象的に使われています。
第4楽章、アレグロ・ノン・トロッポ。この曲としては比較的明るいのどかさがあるロンド・フィナーレです。ピアノが効果的。力強い前進力が支配的になり、盛り上がって終わります。

■ノイマン指揮チェコフィル盤
I=10'31" II=7'59" III=9'00" IV=9'28" total=36'48"

50歳ではじめて交響曲を書いた作曲家の人生は、ホテル暮らしの長いコスモポリタンのようでありながら、実は世界大戦と政治体制に阻まれた望郷の生涯だったのでしょうか。


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便箋と吸い取り紙~ペンとインクにまつわる昔話

2008年08月29日 06時27分37秒 | 手帳文具書斎
昔、ボールペンがまだ発展途上だった頃、手紙はペンか万年筆で書くものでした。便箋は、当然のことながら万年筆対応で、にじまず書き味も良いものでしたが、表紙の次に、たいてい柔らかな吸い取り紙がついておりました。出すぎたインクを吸い取るために、上からそっと押し当てると、うすいピンクの吸い取り紙に濃くインクがにじむのを、興味深く見た記憶があります。

今は、手紙でも便箋を使うことはまれになり、本文をプリンターで印刷して、署名だけ万年筆で書き添えるようなスタイルになってしまいましたので、はたして今でも便箋に吸い取り紙がついているのやら、さだかでありません。逆にいえば、吸い取り紙が付いている便箋は、比較的安心して万年筆用に選べる、ということになるのかも。

学生時代にもらった老父母からの手紙、初めての長期出張時に妻からもらった手紙など、いくつかの手紙は宝物です。そういえば、私たちは息子に手紙を書いているだろうか、と少々反省させられました。
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松本侑子『読書の時間』を読む

2008年08月28日 06時28分26秒 | 読書
1989年か90年頃、パソコン通信の専門誌『Networker』に、松本侑子さんという若い作家と、彼女の仕事場のようす、使っているパソコンなどが紹介されたことがあります。PC9801に一太郎を用いて小説を書き、CD-ROMのシェークスピア全集を検索して『赤毛のアン』の翻訳に豊富な引用を発見した作家・翻訳家の素顔は、意外なほど若々しく繊細な、良家のお嬢さんふうでした。
数年後に、御本人の講演に接する機会に恵まれ、『赤毛のアン』翻訳にまつわるエピソードが興味深く、松本侑子訳『赤毛のアン』をさっそく購入して読みました。物語のストーリーの面白さもそうですが、数々の引用について触れられている脚注を、興味深く読んだものです。

本書『読書の時間』は、その著者の、1991年当時のエッセイ集です。筑波大学からテレビ局の仕事をするようになり、虚構の世界でのうつろな生活をやめて、89年に作家として独り立ちした頃の、読書にまつわる短い文章。孤独な生活ゆえか、意外なもろさを感じさせるところもあります。ただし、当方が感じるのは、廃刊されて久しい「ASAhIパソコン」誌の名前(*)や、一太郎の解説本が百万部も売れたのに、小説は何部売れるのかと慨嘆するあたりの、ちょっと昔の懐かしさです。

なるほどと思い、感心したのは、「パリから闇が消え行く頃」と題する、ボードレール著、安藤元雄訳『悪の華』(集英社文庫)を取り上げた文章です。これは、他のに比べてずいぶん長い(p.186~195)。それだけでなくて、ボードレールのオリエンタル趣味を当時の植民地主義的な偏見に根ざすものと指摘するなどの、斬新な痛快さもあります。

う~ん、そうですねぇ、本書で紹介された本の中で、すぐにでも読んでみたいと思ったのは、実はあまりありませんで、むしろ彼女が訳した『赤毛のアン』の続編、『アンの青春』を読んでみたいと思ったことでした。中年の選択はわがままです(^o^;)>poripori

(*):著者も「ASAHIパソコン」と書いていますが、実はロゴは「ASAhI」パソコンだったはずです。なんでhだけ小文字なのか、不思議に思ったものでした。
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紙が先か筆記具が先か

2008年08月27日 06時12分17秒 | 手帳文具書斎
「紙が先か、筆記具が先か」と言うと、「ニワトリが先か、卵が先か」みたいな議論になりそうですが、私の場合について、実証的に(?)検証(?)してみました(^o^)/
度重なる引越しで、学生時代のものなど、古いものはほとんど処分してしまいましたので、1979年以降の、およそ29年分の備忘録ノート類が対象となります。

(1)1979~1994年

ごらんのとおり、B5判の大学ノートを用い、記載は万年筆が中心でした。

(2)1994年途中~2006年

A4判大学ノートに、万年筆で記録しました。コピーや切抜きを貼り付けることが多くなったために、大判化したものです。

(3)2006年途中~現在

B6判のらせん綴じノートに、ボールペンや万年筆で。ブログの素材などが中心になってきたために、演奏会などでひざの上に広げてメモしても、あまり目立たず、じゃまにならない大きさにしたものです。

(4)手帳はかなり早くからボールペンに変わっておりますが、これは筆記具の可搬性と、紙質による裏写り防止のためでした。

これらを総合すると、「用途→判型→筆記具の種類」という順に決まっていることがわかります。つまり、私の場合には「紙が先で、筆記具が後」です。
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フォルクレ「クラヴサン組曲第1番」を聴く

2008年08月26日 06時08分09秒 | -独奏曲
まだ8月なのに、雨降りでやけに肌寒い日曜日、フォルクレのハープシコード組曲を聴きました。さらにアパートで単身生活の月曜夜も、クラヴサン(ハープシコード)組曲に耳を傾けてすごしました。演奏は、リュック・ボーゼジュール。NAXOS の 8.553407 というCDで、1994年にカナダのケベックにある聖Alphonse-de-Rodriguez(アルフォンス・ド・ロドリゲス?)教会でのデジタル録音です。

収録されているのは、組曲第1番、第3番と第5番の3曲。フォルクレという作曲家については、残念ながらほとんど知識がありませんが、ルイ14世の宮廷ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者であった父アントワーヌ・フォルクレのヴィオール曲集を、息子フォルクレがハープシコード用に編成したものだそうです。フォルクレ父子の名は、先ごろ読んだ磯山雅著『バロック音楽~豊かなる生のドラマ』の人名索引にも見当たらず。添付のリーフレットによれば、アントワーヌ・フォルクレ(1671~1745)は、J.S.バッハよりも14歳年長ですが、ほぼ同時代の人のようです。

■組曲第1番
(1)フォルクレ (4'02)
(2)コタン (2'50")
(3)ベルモント人 (4'10")
(4)ポルトガル人 (3'46")
(5)クープラン (3'27")
※(total=18'15")

いかにも典雅なフランス・バロック音楽ですが、けっこう活気があり、自宅のステレオ装置で聴くときには、豊かな低音が意外なほどの迫力を示します。演奏しているリュック・ボーゼジュールという人についても、ほとんど知識をもちませんが、音楽の美質を充分に伝える、立派な演奏だと思います。

写真は、ペンタスという花だそうです。
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新しいパソコンを注文する

2008年08月25日 05時59分27秒 | コンピュータ
先日来、どうも自宅の Windows パソコンのハードディスクが、やけに回転音が大きくなった気がします。購入後七年目に入っており、いつ不調が来てもおかしくない頃です。実際には、Windows 機のほうはメインではなく、Linux 機の方を主として使っているのですが、こちらはもっと古いので、いつ両方がダウンするかわからない状況となっています。だいたい、「最悪の事態は最悪のタイミングで起こる」ものですので、これは今のうちに新しいパソコンを調達しておくほうが賢明というものでしょう。

というような理屈をつけて、以前案内が届いていた hp のデスクトップの秋冬モデルのうち、最廉価グループの中から一台を選び、先日注文しました。s3540jp/CT というものです。

Celeron Dual-Core E1200
WindowsVista HomeBasic SP1
2GB-RAM
160GB-HD
DVD-multi
GeForce7100

という内容で、6万円ほど。今週あたり届くかな?
届いたら、Ubuntu か openSuSE あたりをインストールして使いたいと思います。楽しみです。
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山形交響楽団第191回定期演奏会を聴く

2008年08月24日 08時08分44秒 | -オーケストラ
8月23日(土)、午前中に果樹園の後始末を終え、小雨のぱらつく夕方から、帰省中の息子とともに、山形交響楽団第191回定期演奏会に出かけました。会場は山形県民会館、今日のプログラムは、「エスプリ・ド・フランス」と題して、ドビュッシー、サン・サーンス、ミヨー、デュカスという組み合わせです。あいにくのお天気、しかも有名曲を柱としないプログラムで、聴衆の入りが心配されましたが、開演前には、ステージ直前や両端を除き、おおむね良好な入りとなりました。

今日の指揮者は、首席客演指揮者の阪哲朗さん。プレトークが始まります。明治維新の頃のパリ万博で浮世絵の紹介があり、世紀末のジャポニズムが起こったこと、ドイツ音楽の時代にはフランスにはあまり今に残る作曲家が現れず、ラモーやクープランの時代の後には音楽教育が熱心に行われたこと、サン・サーンスはパリのコンセルヴァトワールの院長であったこと、デュカが今回のメインになるが、先生が和製の大家デュポアで、この人の和声学の教科書を阪さんも勉強したのだそうな。限られた形式の中でもフランス風の色彩的な和音がある。涼しい感じが出せればいいなぁ、とのことです。

今回は、第1ヴァイオリンが左側で第2ヴァイオリンが右側に分かれる対向配置です。第1ヴァイオリンの後方にチェロ、第2ヴァイオリンの後方にヴィオラが並び、コントラバスが左後方に、以下順にハープ、パーカッション、ティンパニがその右に続きます。木管にはオーボエに新人奏者が入っていました。佐藤麻咲さんです。そしてその後方に、出番の多い金管部隊が並びます。

最初の曲目はドビュッシー「子供の領分」より、カプレ版による演奏です。
第1曲、グラドゥス・アド・パルナッスム博士。はじけるようなリズムを指示します。
第2曲、象の子守歌。ホルンとオーボエに続く、コントラバスがいかにも象の子守歌です。
第3曲、人形へのセレナード。しゃれた感じのリズムが軽快で、たしかに人形ですね。
第4曲、雪はおどる。粉雪が舞うイメージでしょうか。ヴァイオリンは弓の先っぽだけ使い、フルートやオーボエに、ミュートのついたトランペットでしょうか、いかにも雪が降ります、という感じが出ています。
第5曲、小さな羊飼い。オーボエのソロ、クラリネットとファゴットがハモり、フルートが弦と。音色の交替が見事です。
第6曲、ゴリウォッグのケークウォーク。いかにも楽しい曲想です。ヴィオラが面白い役割。この曲では、一生懸命やっていますというのではシャレになりません。軽さが出ていたように思います。

次の曲は、サン・サーンスの交響詩「オンファールの糸車」。楽器編成は多彩ですが、ハープの音が目の助けでようやく聞き取れます。ヴァイオリンの対向配置が面白い掛け合いの効果を生んでいます。今日はオーボエが活躍する機会が多いですね。ヴァイオリンの最弱音で、消え入るように終わります。

三番目、ダリウス・ミヨーの「屋根の上の牛」(*)。だいぶ編成も小さくなり、ブンチャカブンチャカ面白い曲です。かと思うと流れるようなところもあり、それが交互に出てきます。ちょいと中南米ふうな、映画の音楽みたいです。トロンボーンが面白い音を出し、阪さんの指揮ぶりもユーモラスです。なんとも楽しい、なかなかいい曲ですね!大いに愉しみました。

休憩時には、新しい山響グッズが販売されていましたので、オリジナルのトートバッグ5色を、各色1個ずつ購入しました。老母と妻と娘と息子と私のマイバッグにしようと思います。@800×5=4,000円也。ちょっと嬉しいお買い物気分です。

後半は本日のメインプログラム、ポール・デュカスの交響曲ハ長調です。ハープやシンバル、バスドラムなどが退きますが、ホルンが5本、ファゴットも3本など、だいぶ強化されたところもある編成です。自己批判が強く、多くの作品を自ら破棄してしまったデュカスが、自信を持って発表した数少ない作品、さすがにいい曲です。第1楽章は、透明感のある、近代的な響きです。少し飛び出し気味に感じられた箇所もありましたが、リズムによく乗り、爽快感があります。
第2楽章は悲歌でしょうか。しかし深刻にならずに、静かに美しく。演奏する側は、たぶん、たいへんに集中力を求められる音楽でしょう。途中、弦と木管だけになり、金管はほとんどお休みとなりますが、やがてホルンが導き、金管部隊が加わり、素晴らしい響きを聞かせます。始めの主題が再現され、しっとりと終わります。
第3楽章、勇壮な雰囲気を持ったロンド・フィナーレといったところでしょうか。でもカラ元気ではなくて、あくまでもしっとりとした音楽がベースになっています。管楽器の使い方がとてもうまい!音色をつないでいくところや、比較対照するようなところ、それまろやかに響きを重ねるところに、弦のリズミカルな動きもあって、たいそう魅力的です。ファンファーレの要素も含む、近代オーケストラ音楽好きにはたまらない魅力です。

ブラボーがかかり、拍手がなかなかなりやまず。指揮者の阪さんが何度も呼び出されて、今回、山形でデュカスの交響曲がこれだけ支持されるとは、ちょいと見直しました。間違いなく指揮者とオーケストラの功績でしょう。今回も、いい演奏会でした。息子も大喜びでした。四十九日も終わらないうちに歌舞音曲を楽しんでおりますが、なに、老父はそんな了見の狭い人ではありません。日中、畑仕事に精を出した息子と孫が、地元オーケストラの演奏会で喜ぶさまを、天国でニコニコ笑って見ていた事でしょう(^_^)/



写真は、購入してきた山響オリジナルのマイバッグ。赤は妻が、緑が老母、白を娘、青を息子が選び、私のはど派手な(?)黄色が残りました(^o^)/
コンパクトに折りたたんだときに底革がカバーになり、皮革部には山響のシンボルマークがある、というものです。マイバッグ運動にも貢献しそうです。

【追記】
ダリウス・ミヨーの「屋根の上の牛」は、「へ~」と驚く意外な内容の音楽喜劇のようです。
(*):「中爺通信」より「屋根牛」
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今晩のFMシアター「父さんの花笠」に初出演?

2008年08月23日 16時12分32秒 | 映画TVドラマ
今晩のNHK-FM「FMシアター」は、山形局制作の「父さんの花笠」です。実は、この中で使われているであろう軽トラックの音は、たぶんわが家の軽トラックのものだと思います。たまたま収録に協力したもので、narkejp 家の軽トラック君の、初出演になるのでしょうか(^o^)/

あらすじ(*)は、

夏8月、故郷山形にある男が帰ってきた。東京で若手脚本家として頑張っていたが、挫折。心の支えを求め、山形の実家に戻るが、そこには未だ和解できない親父が居た。ぎくしゃくする親子がやがて心を通わせ、男が幼い頃二人で行った花笠祭りに再び出掛けることになる……。地方色豊かに親子の絆をじっくりと描く。

というものだそうです。楽しみです。

今晩は夜7時から山形交響楽団の第191回定期演奏会で、阪哲朗さんの指揮するフランス音楽の特集。息子と一緒に聴きに行きますので、NHK-FMの番組のほうは、念のためにラジカセでタイマー録音をセットしました。

(*):NHK-FM オーディオドラマ掲示板
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用紙と万年筆インクの裏写りについて

2008年08月23日 06時09分55秒 | 手帳文具書斎
現在愛用している薄型のシステム手帳では、リング径の大きさの制約から、Pilot の「リテバ923」等の、少し厚手の用紙のメモ・リフィルを使っています。ところが、これらシステム手帳のリフィルは、一部を除き一般に万年筆には相性が悪いのです。愛用のウォーターマンのブルーブラックでメモしてみると、写真のように、裏側のページにまでインクが浸透してしまいます。いわゆる裏抜け、裏写りです。ボールペンでは裏写りは発生しませんので、これらのリフィルは万年筆は想定外で、ボールペンを想定しているのでしょう。

ブログ記事の題材等に近年愛用しているB6判の小型ノートですが、ボールペンの場合にはあまり心配しなくてもよいのに、万年筆の場合は、やはり紙質によって大きな違いがあります。特に、中字や太字などの場合には、インクの量が多いだけに、裏写りが発生しやすいようです。

コクヨのキャンパス・ノートなど、定番ノートではそのような心配は無用ですが、デザインに引かれてそれ以外のノートに手を出すときには、ちょっと心配です。表紙のカラーがきれいだとか、ゴムバンドが便利そうだとか、値段が手ごろだとか、いろいろな理由で手を出しては、裏移りがはなはだしくて万年筆に向かない場合が多いものです。

ボールペンならそんな問題はないのに、万年筆だと問題が生じる。では、ボールペンだけを使うこととして、万年筆など使わなければよいのでは、とは少しも思わないのは、やっぱり中年、万年筆世代だからなのでしょう。昔、大学生協で購入した、クラシックな大学ノート、フールスキャップ紙に万年筆ですらすらと筆記したあのスムーズな書き味が忘れられないのですね。

結局、携帯する手帳はボールペンで、自宅で書き込む頻度の高いノート類は、万年筆の使用を想定し、裏写り・裏抜けの少ない用紙のものを選んで使う、というやり方が良いようです。



ノイマンとチェコ・フィルによるマルティヌーの交響曲全集、なかなか良い味です。以前N響アワーで聴いた、第4番周辺から、少しずつ聴いています。
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手帳・ノートと筆記具

2008年08月22日 06時52分02秒 | 手帳文具書斎
学生時代は、ノートに鉛筆か万年筆というスタイルが主流でした。鉛筆といっても、芯を削る必要がないように、シャープペンシルが普及し、0.9mmから0.5mmへと移行していきました。細く小さい字でびっしりと書き込まれた同級生のノートに感嘆したものです。

私はといえば、高校生の頃、世界史の授業がクラシックな口述筆記スタイルで、スピードの追求のために万年筆を愛用するようになりました。大学時代も同じスタイルが中心で、大学生協の学生版能率手帳に Pilot の Elite というショートサイズの万年筆を愛用しました。

ところが、万年筆を胸ポケットにさすというのは、何かとトラブルの元です。体温であたためられ、インクが漏れやすいのです。書き始める前に、ティッシュペーパーで汚れを拭き取ってからでないと使えない、といった具合です。

当時、ボールペンの高級品が出回るようになり、社会人になってからは手帳用途にはインク切れの少ない太字のボールペンを愛用するようになりました。万年筆はやはり書斎のもので、携帯用途にはボールペンと割り切ったものです。

こうなると、用紙の紙質はあまり問題になりません。万年筆であれば、フールス紙などが使いやすいのですが、ボールペンで使うならば、ふつうの上質紙でも大丈夫です。システム手帳の手作りリフィルなどの流行も、ボールペン利用が前提になっていたようです。
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木登りネコが降りて来る

2008年08月21日 05時17分48秒 | アホ猫
わが家の井戸の屋根に上っていた木登りネコが、声をかけたら飛ぶように降りてきました。体操競技なら、オリンピックに出られるでしょうか。アホ猫オリンピックなら、間違いなく代表資格あり、かもしれません。そろえた前足が、なんとも可愛らしい(^o^)/



先日、書店に出かけ、レイモンド・チャンドラーの文庫本を2冊、購入して来ました。『さらば愛しき女よ』と、短編集『フィリップ・マーロウの事件』です。
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単身赴任アパートもようやく光接続に

2008年08月20日 07時15分49秒 | コンピュータ
局からの距離が遠く、最低の1.5MのADSLで契約するしかなかった単身赴任のアパートですが、このたびようやくマンションタイプの光接続が可能となりました。固定電話は契約解除してしまい、通話は携帯電話のみとし、インターネット専用としています。それでも、実質的に全く困りません。恒例の回線速度ですが、Flash版で測定してみると、

【自宅】

------ BNRスピードテスト (ダウンロード速度) ------
測定サイト: http://www.musen-lan.com/speed/ Ver3.5001
測定日時: 2008/08/04 14:38:26
回線/ISP/地域:
--------------------------------------------------
1.NTTPC(WebARENA)1: 15110.495kbps(15.11Mbps) 1888.3kB/sec
2.NTTPC(WebARENA)2: 8717.259kbps(8.717Mbps) 1089.1kB/sec
推定転送速度: 15110.495kbps(15.11Mbps) 1888.3kB/sec

【単身赴任アパート】

------ BNRスピードテスト (ダウンロード速度) ------
測定サイト: http://www.musen-lan.com/speed/ Ver3.5001
測定日時: 2008/08/19 21:41:37
回線/ISP/地域:
--------------------------------------------------
1.NTTPC(WebARENA)1: 2848.869kbps(2.848Mbps) 355.87kB/sec
2.NTTPC(WebARENA)2: 3104.204kbps(3.104Mbps) 387.7kB/sec
推定転送速度: 3104.204kbps(3.104Mbps) 387.7kB/sec

だいぶ違いがありますね。でもまあ、今までの 1.5M の ADSL よりははるかに速いですので、よしとしましょう。
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吉村昭『夜明けの雷鳴~医師 高松凌雲』を読む

2008年08月19日 05時07分50秒 | -吉村昭
少し前に購入していた文春文庫で、吉村昭著『夜明けの雷鳴~医師 高松凌雲』を読みました。USBメモリーで持ち歩いている、1989年頃からのテキスト備忘録を、「夜明けの雷鳴」で検索すると、

2002/08/15 『夜明けの雷鳴』読了 吉村昭著(文芸春秋社)『夜明けの雷鳴』を読了した。徳川慶喜の弟でパリ万国博覧会に参加した徳川昭武に随行した幕末の外科医、高松凌雲を描く。幕臣として榎本武揚に従い函館戦争に従軍、敵味方の区別なく負傷者の治療に当たる。明治初期の東京に、貧民を救うために同愛社を設立、ヨーロッパの赤十字思想を日本にもたらした貢献者の一人。

とあります。ちょうど6年ぶりの再読です。当時は、たしか図書館で単行本を借りて読んだはずです。

全体は三つに分けられます。はじめは、生い立ちからフランスでの医学修行です。次が明治維新により急ぎ帰国し、徳川幕府に義理立てして箱館戦争に従軍しますが、フランスでの経験から、箱館病院で敵味方の区別なく治療にあたります。そして最後が、箱館戦争終結後、東京で医師として活動し、同愛社を育てる経緯です。波乱に満ちた、しかし重厚な物語は、じゅうぶんに読み応えがあります。
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NHK-FM「20世紀の名演奏」~ホルスト・シュタイン追悼特集を聴く

2008年08月18日 05時30分15秒 | -オーケストラ
8月17日の朝9時から、黒田恭一さんの案内で、「20世紀の名演奏」という番組が、NHK-FMで放送されました。先日亡くなられた、ホルスト・シュタインさんの追悼特集です。

最初はN響との「ジークフリートの葬送行進曲」から。ワーグナーの深い呼吸をいっぱいに披露する演奏です。来日してN響とワーグナーの名演を聴かせた記憶は鮮明でしたが、実際に今、録音として演奏を聴くと、また格別です。1986年の、バンベルク交響楽団とのシューベルト「交響曲第5番」の演奏が、今回唯一の「ワーグナー以外」の曲目で、これもいい演奏でした。この後の、「リエンツィ」序曲、「タンホイザー」序曲とヴェヌスベルクの音楽、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲、「ローエングリーン」第3幕への前奏曲、「さまよえるオランダ人」より「水夫の合唱」と、バンベルク響やN響との演奏が選ばれておりました。

ホルスト・シュタインといえばやっぱりワーグナー、という印象が強いだけに、納得の選曲ではあります。ワーグナー以外にはシューベルトが1曲だけ、というのも寂しい気もしますが、過去にN響アワーでも何度か登場しており、本ブログでも、リストの「レーナウの『ファウスト』による二つのエピソード」より「村の居酒屋の踊り」などの記載があります。時々、昔の録画を見るのもいいものです。
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