電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

シューマンの歌曲集から「スペインの歌芝居」等を聴く

2012年03月31日 06時02分10秒 | -オペラ・声楽
このところ、通勤の音楽にシューマンの歌曲集を聴いております。グラモフォンのシューマン「歌曲大全集」(*)から、5枚目のディスクです。

ロマンスとバラード 第2集 Op.49 3曲 Sop.,Bar.
リートと歌 第2集 Op.51から 3曲 Sop.,Bar.
ロマンスとバラード 第3集 Op.53 3曲 Bar.
ベルシャザル王 Op.57 Bar.
ロマンスとバラード 第4集 Op.64から 3曲 Sop.,Bar.
スペインの歌芝居 Op.74から 6曲 Ten.,Bar.
リートと歌 第3集 Op.77から 4曲 Sop.,Bar.

エディット・マティス(Sop)とディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Bar)の2人が中心ですが、「スペインの歌芝居」のみ、ユリア・ヴァラディ(Sop)とペーター・シュライヤー(Ten)とフィッシャー=ディースカウが歌っています。ピアノは、クリストフ・エッシェンバッハ。いずれも見事なものですが、とくに「スペインの歌芝居」中の第2曲「間奏曲」と第3曲「恋の痛手」は、テノールとバリトンの男性二重唱が素晴らしいものです。こちらのサイト(*2)には、歌詞の対訳が掲載されています。

(*):シューマン:歌曲大全集を購入する~「電網郊外散歩道」2008年2月
(*2):シューマン「スペインの歌芝居」作品74、詞:ガイベル~梅丘歌曲会館「詩と音楽」更新情報
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写真がないと画面が寂しい

2012年03月30日 06時02分01秒 | ブログ運営
このところ、ビジネスホテル等の外泊が続きました。間抜けなことに、自宅にデジタルカメラを忘れてきてしまい、数日間、写真なしの記事が続きましたが、やっぱり画面が寂しい。季節の変化や自然の表情の移ろい、あるいは自分の生活史上の変化をとらえる上で、日常風景の写真は意味があります。ちなみに本日の写真は、以前撮影していた某ビジネスホテルのデスク。

東京に出ていた娘が、転勤で戻ってきました。妻はたいそう喜んでいます。アホ猫も喜んでいるようです(^o^)/

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三界に家なし、二階に部屋あり

2012年03月29日 06時05分52秒 | Weblog
実家の両親がなくなったあたりから、妻が「三界に家なし」と言うようになりました。古い言葉です。今どきの女性は、こんな言葉は知らないかもしれません。さすがに、伝統的駄洒落保存会の会長を自認するワタクシは、

だいじょうぶ。二階に部屋があるじゃないか。

と返しています。ユーモアに安心を載せて。
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髪の色

2012年03月28日 06時02分19秒 | Weblog
実際の年齢よりも上に見られたり若く見られたりすることがあります。私の場合は実際よりも若く見られることが多く、妙齢のご婦人に「お若いですね」と言われれば嬉しいのですが、同年代の男性に「若いねェ」と言われると、ちょいと複雑な心境です。
実際の年齢よりも若く見られるというのは、気持ちが若いということよりも、むしろ外見的な第一印象、とくに髪の毛が黒いためであろうと思います。近年は、だいぶ白髪が出てきたとはいえ、白髪よりも黒髪のほうが弾力があるらしく、表面には黒髪が現れて、白髪は中の方でつつましくしているために、外見上の黒髪の若々しさが目立つ、ということなのでしょう。まあ、実質的には「上げ底」黒髪なのですが、しばらくの間は、この長~いお友達を大事にしたいと思います。
お手入れは、とくに何もしていません。洗髪だけで、整髪料やトリートメントなど一切使わず、自然のままです。身体の健康が、髪の毛の健康さにもつながっているのかな、と考えています。
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携帯電話でブログ投稿?

2012年03月27日 06時03分15秒 | ブログ運営
ふだん読んでいるブログで、携帯電話から投稿しているという記事を見かけます。写真もあり、文章もきちんとしていて、とても携帯電話から投稿しているとは思えないものもあります。

考えてみれば、このブログでも、携帯電話から投稿しようと思えばできないことはないのかも。今までは、通話とメールしか使わなかったので、考えたこともありませんでした。小型のノートパソコンとポケット型の無線ルータで、と考えてしまうのは、時代遅れの固定観念なのかもしれません。逆に、変に流行に踊らされず、マイペースを維持できるとも言えますが、さて、本当はどちらなのだろう?
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幕末の長州五人組は英国で何を学ぼうとしていたか

2012年03月26日 06時03分57秒 | 手帳文具書斎
長州ファイブ。この言葉を、先年はじめて知りました。幕末の日本から密出国して、英国に「留学」していた若者たちがいた。理系の日本史オンチには、目からウロコの史実です。日本史の本には、下関戦争の報を聞いて、伊藤博文らが急遽帰国したことが書いてあります。では、そもそも彼らはいったい何を学ぼうとして英国に「留学」していたのか、また「留学」したことが彼らにどんな影響を及ぼしたのかについては、あまり知識を持ちません。このことについて興味を持ち、明治初期のお雇い外国人教師たちとの関連について、時間ができたら少し意識して探ってみたいと思っていますが、さて、どうなりますやら。

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披露宴の祝辞を考えるとき

2012年03月25日 06時02分42秒 | Weblog
近頃は、結婚披露宴もごく内輪にとどめ、昔風の披露宴をする人が減ったように思いますが、形式にかかわらず、お祝いごとによばれるときは気持ちが弾みます。それでも、年齢のせいか、若い人の結婚披露宴で祝辞を依頼されることがあり、文面を考えるのに四苦八苦します。型どおり、新郎新婦への祝意を延べ、ご両親や親族へもお祝いを述べてから、自分の立場を自己紹介し、新郎新婦との関わりや日常的なエピソードを通じて人柄を紹介、先輩として結婚生活の経験談などを話してまとめる、というものになることが多いようです。

基本はそのとおりでも、表現には気をつかいます。どんな言葉を使うかによって、受けるイメージはだいぶ異なります。浮ついた美辞麗句を並べても心がこもらないし、あまりに露骨な暴露話ではひんしゅくをかうでしょう。長すぎず短すぎず、皆さんが心温まる祝辞になるようにと、配慮すべき事項ばかり思い浮かび、肝心の言葉がなかなか出てこない。

ふと思い立って、当人を共通に知る人たちに、どんな言葉がもっともよくあてはまるか、またどんな言葉を贈りたいか、取材してみました。そうしたら、多くの人たちが抱いているイメージがかなり共通であることがわかり、少しばかり驚いた次第。よし、これでいこう、と決まると、なんとか文章がまとまりはじめました。よかった!

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しまった!二年続けて同じ失敗をした!

2012年03月24日 06時01分32秒 | 週末農業・定年農業
昨年も、雪による枝折れ被害が多発しました。その時は、秋になったら支柱を立てて、雪による枝折れを防ぐ処置をしなければ、と考えました。ところが、秋になったらすっかり忘れて、大雪になって初めて思い出しました。しまった!枝折れ対策を忘れた!

今年の雪は、例年にないほどの多さです。ちなみに、2010年の2月27日に撮影したときは、こんな感じ。雪など影も形もありません。

ところが今年は、まだこんな具合です。一ヶ月以上も雪融けが遅くなっています。

で、果樹園の枝折れ被害は?案の定、サクランボ畑では、あちこちでボッキリでした(T-T)
これは、プルーン。

こちらはスモモ。焼却しやすいように、チェーンソーで細かくしてしまいました。

残念無念。スプレーヤで消毒の際に、邪魔になるからと外してしまった枝折れ防止の支柱は、やっぱり必要なものです。亡父の工夫は、意味があるのでした。

(*):サクランボの剪定作業を始める~「電網郊外散歩道」2010年2月
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備忘録ノートにシャープペンシルを使わない理由

2012年03月23日 06時02分48秒 | 手帳文具書斎
当方、以前はシャープペンシルをよく使いました。今も何種類かを持っています。0.5mm, 0.7mm, 0.9mm と、芯の太さも三種類、メーカーも、ぺんてる、プラチナ、ゼブラ、オートに三菱の多機能型と様々です。これだけあるのだから使えばいいのに、と思うのですが、わざわざ下敷きをして書き始めるのはちょいと面倒です(^o^)/
プラスチックの板を探す手間なしに、ボールペンや万年筆を使って書き始める敷居の低さが、備忘録には必要な気がします。
私にとってシャープペンシルは、以前のように筆記するための道具ではなく、フリーハンドで図の下絵を描いたりするのに重宝する筆記具となってしまっています。

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五十嵐佳子『つや姫』を読む

2012年03月22日 06時04分20秒 | -ノンフィクション
少し前に、新聞の読書らんで、五十嵐佳子著『つや姫』という本の紹介を読み、興味を持っておりました。「10万分の1の米」という副題を持つ、角川フォレスタ刊の単行本です。帯には、こんな言葉が踊っています:

10万分の1粒が生んだ、コシヒカリを超える米!
山形県庁・JA・生産者が一丸となった、新ブランド米誕生までの軌跡ー!!
老舗料亭「菊乃井」、人気イタリアン「アル・ケッチャーノ」ほか、プロが認める〈白さ・つや・甘み〉!

我が家でも、少しばかり田んぼがありますが、勤め人では稲作まで兼業はできず、委託してお米を作ってもらっています。「はえぬき」も美味しいお米ですが、「つや姫」を食べると本当に美味しい!初めて食べた時のことを記事(*1)にしています。

本書は、NHK-TVの連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の作者で山形県出身の五十嵐佳子さんによる、「つや姫」誕生レポートです。たいへん読みやすく、熱気が伝わってくるようです。本書の構成は次のとおり:

はじめに
第1章 米どころ山形の悲願
第2章 米つくりの相場
第3章 「日本一のブランド米」を目指して
第4章 「つや姫」を育んだ手
第5章 「売れるものを作る」農業の時代
おわりに

理系人間としては、やはり新品種が作られるまでの、開発の現場が興味深いところです。「つや姫」の生みの親と言うべき設計スタッフの中心メンバー・結城和博さんは、水稲の品種開発のために、内陸の山形市から日本海側の旧藤島町(現鶴岡市)の県水田農業試験場に、一家そろって移り住み、育て上げたのだそうです。現代の技術でも10年の歳月をかけて生み出された新品種の誕生に関わった結城さんの言葉:

先輩から教えられた言葉が私の座右の銘です。「品種育成は、駅伝で言う"たすき渡し"。長く時間がかかるものだから、人から人へつないでいくことが最も大切だ」と。私たちがやっていることは、阿部亀治や阿部次郎兵衛、森屋正助といった先人から連綿と連なっています。より美味しく、より栽培しやすく、冷害や暑さにも強い米を目指して、長い長い時間をかけ、多くの人が尽力した結果、誕生したのが「つや姫」と言えます。(p.22)

これは深い言葉です。明治の阿部亀治翁が見付け、選抜した「亀ノ尾」から、ずっとずっと連なる遺伝子のプールの中から、多くの人々が見つけ出し、加えてきた様々な品種のリストの中に、さらに優秀な「つや姫」が加わったことになります。吉村美栄子知事がモデルになっている「つや姫」のポスターがほしいと言ったら、妻におこられるでしょうか(^o^)/

(*1):「つや姫」は美味しい!~「電網郊外散歩道」2010年10月

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ブルックナー「交響曲第5番」を聴く

2012年03月21日 06時03分40秒 | -オーケストラ
職場まで、毎日かなりの長距離マイカー通勤をしています。もうすっかり慣れた道ですが、雪が融け、黒いアスファルトの路面になると走りやすさが段違いで、うれしくなります。最近の通勤の音楽は、ブルックナーの「交響曲第5番」を選び、2種類の演奏をとっかえひっかえ聴いておりました。一つは、ロブロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニーによるもの(DENON COCO-70415)、そしてもう一つは、飯森範親指揮山形交響楽団による原典版によるもので、SACDとCD のハイブリッド盤(YSO-Live,OVCX-00048)です。このときの演奏は実演で聴いており、すでに記事(*1)にしております。

マタチッチとチェコフィルの演奏は、大きなホールと四管編成のオーケストラのパワー(*2)を発揮し、じりじりと盛り上げて行って、豪快に爆発するタイプのもの。マタチッチが作り出す音楽も、ワーグナーのように聴衆の感情を扇動して一つの方向に連れていく力があります。車の中で思わずこぶしを握り、一緒に唸ってしまうようなタイプ(^o^)か。1970年11月、プラハの芸術家の家で収録された、スプラフォンによるアナログ録音です。

これに対して、飯森範親指揮する山形交響楽団の演奏は、オリジナルの楽譜どおりの二管編成で、あまり大きくないが音響の良いホールを生かし、透明な響きと音楽の推進力とを両立させようとしたものでしょう。そして、その成果は確実にあがっていると感じます。ホールを満たす弦楽の緻密さや盛り上がる場面でのティンパニの迫力、金管セクションの音色など、大オーケストラによるブルックナーを聴き慣れた耳に新鮮に響きます。こちらは、2009年1月、オクタヴィア・レコードが担当して山形テルサ・ホールにてデジタル収録されたもので、たいへん優秀な録音です。

ただし、実演の記憶もあるだけに、カーステレオで聴く音楽の限界も痛切に感じてしまいます。冬のスタッドレスタイヤで走る車内では、繊細な弦のピアニシモは聴き取れませんし、楽器間で受け渡される際の音色の変化などは、とても再現は困難なのだなと感じてしまいます。思わず要求水準が高くなってしまうからでしょうか。

ど田舎にある超静かな自宅のオーディオ装置で聴くときには、車内の音楽再生の不満も忘れて、思わず大音量で聴き惚れてしまい、家人のひんしゅくを買ってしまいます。オルガン奏者でもあったブルックナーがなぜオーケストラを必要としたのか。たぶん、例えば音色が微妙に変化しながらppからffまでクレッシェンドしていくあの効果を、パイプオルガンでは出せなかったのだろうなぁ、などと空想しています。責任のない、素人音楽愛好家ならではの楽しみです(^o^)/

■マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニー管
I=19'25" II=18'18" III=11'50" IV=20'30" total=70'03"
■飯森範親指揮山形交響楽団
I~21'43" II=15'50" III=13'52" IV=24'00" total=75'25"

(*1):山形交響楽団第194回定期演奏会を聴く~「電網郊外散歩道」2009年1月
(*2): Czeck Philharmonic Orchestra ~チェコフィル公式サイト によれば、16型の四管編成。
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子供叱るな来た道だ、年寄り笑うな行く道だ。

2012年03月20日 06時01分21秒 | Weblog
先日、おもしろい言葉を知りました。あまり正確ではないのですが、たしかこんな内容だったはず:

子供叱るな、来た道だ。
年寄り笑うな、行く道だ。
来た道、行く道、二人旅。
これから通る、今日の道。
通り直しのできぬ道。

いや~、本質をついていますね。なんとなく抹香臭いにおいもしますが、中高年夫婦には、剽軽な中にも実にしみじみとした味わいのある警句です。

さすがの雪も、だいぶ融けてきました。裏の果樹園も、樹木のまわりは土が見えてきました。なんとか時間をやりくりして、剪定を進めなければと、いささか焦っています。お天気が持ってくれればよいのですが。

などと言っているそばから、また雪!今朝は、うっすらと雪化粧です。日中はお天気になるのでしょうか。例年ならば、剪定作業も佳境には言ってじゃない、入っている頃なのですが、今年は全般に遅れぎみです。
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池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(下巻)を読む

2012年03月19日 06時06分23秒 | 読書
講談社文庫で、池井戸潤著『空飛ぶタイヤ』の下巻を読みました。走行中に外れたタイヤが歩行者の命を奪うという事故の背後に、自動車会社のリコール隠しがあった、という企業小説の続きです。

事故の証拠品となる、外れた車輪まわり部品の返還を自動車会社に求めつづけたら、部品を返還しない見返りに一億円の補償金を出すという申出がありました。赤松運送の赤松徳郎社長は、札束で懐柔しようというやり方を拒絶します。それは、赤松運送への対応に決着をつけ、商品開発部に転出するという、ホープ自動車内部における担当者・沢田の打算が打ち砕かれたことを意味しました。

赤松運送の経済的苦境は、同じ事故を経験した児玉運送の協力や、はるな銀行の支援によって、なんとかしのいでいたものの、子供のPTA内の不愉快な動きや、被害者が裁判に訴えたことにより、一段と深刻化してきます。頼みの綱の週刊潮流のスクープ記事も、ホープ重工グループの広告掲載を引きあげるという脅しによってあえなくボツになってしまいますが、担当記者が提供してくれた事故一覧をもとに、全国の運送会社を一つ一つ調べて回るうちに、赤松社長はホープ自動車の欠陥とリコール隠しの証拠をつかみます。それは、週刊潮流の榎本記者が足で調べ上げたリストにはない、整備不良と言い逃れることができない、決定的な証拠でした。新車で同じ事故が起こっていたのです(^o^)/



読了までハラハラドキドキ、実におもしろい企業小説でした。とくに、銀行や大企業組織内部の権謀術数、面従腹背、抜きつ抜かれつのデッドヒートなど、サラリーマン経験のない作家には描けない、組織の内部の世界が描かれているところは、圧巻です。赤松社長の不屈の意志と社員の団結力などは、いささか出来杉君の面もありますが、ホープ自動車や東京ホープ銀行などの大企業の生態は、いかにもありそうな話で、このあたりが元銀行マンという作者の面目躍如たるところでしょうか。

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池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(上巻)を読む

2012年03月18日 06時05分08秒 | 読書
先に面白く読んだ『下町ロケット』に続き(*)、同じ作者による長編を読みました。池井戸潤著『空飛ぶタイヤ』の上巻です。まだ記憶に残る、「起こるはずのない」脱輪事故をテーマに取り上げた企業小説です。講談社文庫には2009年に入っているようですが、あいにく話題になっていたことすら記憶にありませんでした。こんなにおもしろい本ならば、もっと早く読んでいればよかった!

本書は、冒頭に事故の犠牲になった妻におくる夫からの文章が置かれ、次に事故を起こした赤松運送の社長・赤松徳郎を中心として、事故の発生と対応、整備状況をめぐる関係者の葛藤が描かれます。いかにも今ふうの、門田という若い整備士が担当したトラックでした。人身事故の原因は、製造した自動車会社の調査により、整備不良と結論づけられます。当然のことながら、赤松運送には資金繰りの問題が発生し、取引銀行の貸しはがしや、大口取引先の契約打ち切りなど、いまにもつぶれそうな状態になってしまい、薄氷を踏む思いで対応にかけまわることになります。

ところが、事態は決して単純な整備不良ではなく、製造元であるホープ自動車の欠陥、リコール隠しだったのでした。ホープ自動車の販売と品質保証の部門間対立に加え、大企業組織内の権力闘争が絡みます。端的に言えば、企業体質が起こした問題と言えなくもない。

主人公である赤松運送の社長・赤松徳郎は、ただでさえ胃が痛くなる状況なのに、小学生の息子のPTAで女王蜂とあだ名される意地悪女の攻撃を受け、まさに内憂外患の状態です。しかし、ホープ自動車の事故原因調査のため、部品の返却を求めたところ、なんだかんだと断られることから、整備状況ではなく製品の欠陥ではなかったのか?という疑いを強く持つようになります。しかし、予断を持って見られている赤松運送に対する社会の風当たりは、責任回避と受け取られ、逆に強まるばかりです。



うーむ。社会的信頼のある大企業を相手にした戦いは分が悪いのは承知していますが、この状況はなかなか困難ですなあ。はたして逆転の可能性はあるのか?下巻が待たれます。

(*):池井戸潤『下町ロケット』を読む~「電網郊外散歩道」2011年2月
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葉室麟『蜩ノ記』を読む

2012年03月17日 06時01分16秒 | 読書
祥伝社から刊行された単行本で、葉室麟『蜩ノ記』を読みました。蜩という字を何と読むのかわからず、表紙の題字の下に小さく「ひぐらしのき」とあったのを見て、「ひぐらし」と読むことを知ったというのは、実は内緒です(^o^;)>poripori

内容は、豊後・羽根藩の奥祐筆・檀野庄三郎は、城内で友人と刃傷沙汰に及び、切腹は免れたものの、家老の命で向山村に幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷の監視役として左遷されます。七年前に、前藩主の側室と不義密通を犯した罪で戸田は死罪となるべきところを、主君の命により、十年間で家譜編纂を完成させ、切腹をすることになっているのでした。

ところが、戸田の家族と一緒に生活をするうちに、戸田秋谷の清廉さと人格の立派さ、家族の信頼に触れるとともに、山間の向山村の百姓や猟師たちの暮らしを見聞きして、庄三郎は武士のあり方や自らの生き方を問い直すようになります。
まだ元服前の息子が、父に切腹を命じた家老に迫る気迫、戸田秋谷と家老との若き日の縁など、たいへん印象的な場面も多く、第146回直木賞受賞にふさわしい完成度を持つ時代小説であると感じました。



ところで、作品の構造から、思わず藤沢周平の『蝉しぐれ』等との対比をしたくなります。例えば、家老が悪役でヒロインは主君の側室ですし、彼女は家中の対立により命を狙われますが、若き日に心を寄せた忠義の武士とともに深夜の逃避行を敢行し、救われます。彼は、農村の生活を理解し、百姓たちから絶大な信頼を得ていますが、義のために切腹する運命にあり、息子は父親を信じて疑いません。牧助左衛門や文四郎の影をあちこちに見てしまうのは、たぶん『蝉しぐれ』の読みすぎかも(^o^)/

やがて死を迎えるのは誰でも同じ。明確に期限を切られていないだけでしょう。切腹という戸田秋谷の死を美化しすぎていないか、気にかかる面はありますが、たいへんおもしろく感銘を受けた作品でした。
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