電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

佐伯泰英『朧夜ノ桜~居眠り磐音江戸双紙(24)』を読む

2009年06月30日 05時34分57秒 | -佐伯泰英
博多道草から江戸に戻り、佐々木玲圓の養子として尚武館道場を継いだ磐音、さてその続きは。佐伯泰英著『居眠り磐音江戸双紙』シリーズ第24巻、『朧夜ノ桜』です。

第1章「白梅屋敷の花嫁」。時は小正月過ぎ、所は江戸の外れの麻布広尾村の白梅屋敷、江戸幕府御典医の桂川国端に、鳥取藩重臣のおてんば娘桜子さんが嫁入りします。むろん、磐音とおこんも、花嫁行列の到着を今や遅しと待っていますが、物語が無難に通り過ぎるわけがありません。案の定、浪人組による金の無心と、おこんの伝法な啖呵、そして磐音の登場です。もう、娯楽時代劇の王道ですね。祝いの宴にて、磐音・おこんの祝言にわしも加えろと、桂川家三代の談合です。山形の白鶴太夫こと奈緒の消息もチラリ。
第2章「偽銀遣い」。次々と訪れる道場破り。こんどは橘右馬介という老武芸者でした。背後にある老中の影を感じ、磐音は読売屋に情報を提供します。磐音とおこんの祝儀弁当の段取りやら僞銀でひともうけを企む上方衆の登場と南町奉行所への協力やら、色々伏線をいっぱい仕込んだ章というところでしょうか。
第3章「小さ刀吉包」。おこんが今津屋を出て速水家に養女に入る日、磐音と由藏が付き添い、小吉の棹で屋根船ということになりました。今津屋の人々はもちろん、本所深川の人たちもおおぜい見送ります。いいシーンです。いっぽう、三味線職人の鶴吉がもたらした情報は、たいへん重要なものです。遠州相良での三味線造りの修行中に、隠居所でふと耳にした坂崎磐音の名前。一介の浪人の暗殺のために、西国の武芸者五名が集められ、尚武館道場破りの形で磐音を倒す計画なのだそうです。もちろんその背後には、徳川家の世嗣家基を排除しかいらいの擁立を企む田沼意次父子がおります。まず一人目は、久米仁王蓬来。
第4章「三味芳六代目」。磐音クン、さっそく情報を読売屋に提供します。江戸のジャーナリストの気概は立派です。こんどは磐音は関前藩江戸屋敷に出向き、中居半蔵に金子の借用を申し込みます。鶴吉の店を出す資金にとの算段でした。吉原の四郎兵衛の協力もあり、三味芳六代目の暖簾が上がりそうです。
第5章「尚武館の嫁」。関前での仮祝言(*)では、ややしっとりと描かれた磐音とおこんの婚礼ですが、本章はなんだかがさがさと色々なものを詰め込み過ぎて、周囲の人々の情や善意の印象がいっこうに高まりません。おまけに祝宴のあと、花嫁と寝所に引っ込んでからの来訪者との血腥い闘争シーンなど、いささか興が醒める思いです。祝言だけでの作劇は難しいのかもしれませんが、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』シリーズ第10巻所収の「源三郎祝言」(*2)や、第15巻所収の「祝言」(*3)など、それぞれの作者の工夫が読み取れ、興味深いものです。

(*):佐伯泰英『鯖雲ノ城~居眠り磐音江戸双紙(21)』を読む~電網郊外散歩道
(*2):平岩弓枝『御宿かわせみ10・閻魔まいり』~電網郊外散歩道より
(*3):平岩弓枝『御宿かわせみ15・恋文心中』~電網郊外散歩道

テレビドラマ「陽炎の辻3』ほうは、これから関前への旅が実現するようで、もしかすると関前で仮祝言ではなく、だんなの実家で本祝言にしてしまうのかもしれません。そのためにも、おこんさんには軽挙妄動を慎んでもらわねば(^o^)/
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藤沢周平作品と食べ物の登場回数

2009年06月29日 05時35分23秒 | -藤沢周平
当地の地元紙である山形新聞の6月22日付け朝刊に、興味深い記事(*)が掲載されました。山形大学農学部の平教授の調査で、見出しは次のようになっております。

藤沢周平作品、郷土食にこだわり 庄内舞台では食べ物の種類・回数が2倍

時代小説家と食べ物というと、池波正太郎の食通ぶりが思い浮かびますが、藤沢周平はグルメだったのだろうかと、興味深く記事を読みました。
藤沢作品に登場する食べ物を全集から拾った結果は、たとえば野菜の場合、

大根(15%)、漬物(13%)、ナス(10%)、青物(9%)、青菜(7%)、山菜(6%)、カブ(5%)、タケノコ(4%)、ワラビ(4%)、その他

という具合。結論から言うと、昔懐かしい庄内の郷土食へのこだわりはあるものの、やっぱりグルメではなさそうです。ここでも「普通が一番」ということなのでしょう。

(*):藤沢周平作品、郷土食にこだわり~山形新聞社記事

写真は、車中から見た、ある日の庄内浜の風景です。
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息子が友人と帰省し、サクランボ狩りを楽しむ

2009年06月28日 19時48分36秒 | 週末農業
この週末、大学生の息子が友人をおおぜい連れて帰省しております。佐藤錦はもうシーズンが終わり、わが家の収穫作業はもう終了しているのですが、息子たちのために、雨よけテント内のナポレオン(晩生種)を一本残しておりました。防鳥ネットのおかげで野鳥も入れませんので、真っ赤に熟したナポレオンが鈴なりになっております。佐藤錦ほど甘くないとはいえ、真っ赤に熟したナポレオンは、それなりにおいしいものです。

昨夜は、少しだけ残しておいた紅秀峰と南陽を出して歓迎しました。今朝からナポレオンの収穫を体験してもらいますが、田舎の家に泊まり、自分で収穫したサクランボを自分で箱詰めし、各地に発送して喜ばれるのも、学生時代の良い体験でしょう。

さて、午前中にサクランボの収穫をしましたが、息子の友人の皆さんはそろって初めての体験のようで、摘み取りのしかたや脚立のかけ方などをちょいと手ほどきをしたら、わいわいとサクランボ狩りに熱中しておりました。



で、収穫したのがこれ。さすがに若者の人海戦術は違います。あっという間に成木一本分を収穫してしまいました。ナポレオンの出荷受付はすでに終了しておりますので、残されても鳥が食べるだけです。残らず収穫してもらって、手間が省けました。



昼食のあと、老母の指導で箱詰めを体験、梱包機で梱包し、それぞれの自宅などに宅急便で送付したほか、友人知人の分も持ち帰り。しばらくは、サクランボ狩りの体験で話に花が咲くことでしょう。
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私の好きな「第4番」

2009年06月27日 04時36分01秒 | クラシック音楽
オールジャンルで同じ番号を持つ作品から、作曲家1人につき1曲を選ぶという試み、第4番あたりまでは、なんとか多くの候補があり、10曲まで絞るのが容易でないほどです。そういえば、シューマンとブラームスの交響曲が4曲まで、第5番以降からはこの二人の作曲家の影は薄くなります。では、その第4番の顔ぶれです。

J.S.バッハ 管弦楽組曲第4番
モーツァルト 弦楽五重奏曲第4番
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番
メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」
ショパン バラード第4番
シューマン 交響曲第4番
ブラームス 交響曲第4番
ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」
チャイコフスキー 交響曲第4番
マーラー 交響曲第4番

【次点】
シューベルト 交響曲第4番「悲劇的」
ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」
マルティヌー 交響曲第4番

うーん、やっぱりオーケストラ作品、しかも交響曲が多いなぁ(^o^)/
バッハは、ブランデンブルグ協奏曲も考えましたが、第5番での登場を考え、こちらにしました。ベートーヴェンは、やっぱりこの曲でしょう。メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスのトリオも、ちょいとこれ以外の選択は考えられませんでした。モーツァルトとショパンとドヴォルザークが、室内楽・器楽曲からで、チャイコフスキーとマーラーは、それぞれ彼らの番号付き交響曲の中で一番お気に入りの作品です。
むしろ次点の顔ぶれが、特にシューベルトとマルティヌーあたりが登場するところに、当方の好みが反映されております(^o^)/
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モンゴメリ『赤毛のアン』を読む(4)

2009年06月26日 05時31分08秒 | -外国文学
モンゴメリ作『赤毛のアン』(松本侑子訳、集英社文庫)の続きです。ギルバートと共にクィーン学院に進学したアンのその後は・・・。

第35章「クィーン学院の冬」第36章「栄光と夢」。クィーン学院で勉学に励むアンは、ギルバートを意識することはあっても、浮ついた気持ちはありません。全試験が終わり、結果はギルバートが金メダルを、アンがエイヴリー奨学金を獲得します。レドモンド大学への進学を希望するアン、ギルバートは学費を稼ごうと教職への道を選びます。アヴォンリーに帰ってみると、若者たちが自分の将来に夢中で努力している間に、マシューとマリラがずいぶん老いて弱っていることに気づきます。そして、全財産を預けている銀行が危ないという情報も伝わっています。
第37章「死という命の刈り取り」第38章「道の曲がり角」。生の終わりは唐突に来るものなのでしょう。マシューが突然倒れ、そのまま亡くなります。マリラの悲しみは深く、アンが心からの話し相手となります。マリラの青春時代、そこにはギルバートの父との愛と別れがあったのでした。銀行の破産のため、グリーン・ゲイブルズを売却する決心をしたマリラに、アンは自分が学校で教師になって働くと言います。それが、若い教師アンの誕生でした。

運命は、しばしば人の進む道を変えてしまいます。もし、あのとき○○だったら、と考えるときには切ない思いがつのりますが、しかし人生万事塞翁が馬です。今になってみると、実際にその時そうなるのが本当に良かったかどうかわかりません。私の大学時代の恩師は、どうしても決断に迷うときは、周囲の人が喜び、幸せに思う方を選ぶのが良い、と言ってくれたものでした。たしかに、むしろ方向転換後の歩みの確かさのほうが、より説得力があるように思います。アン・シャーリー、16歳の勇気ある決断です。

いや、面白かった。この本は、少女のための児童文学ではありませんでした。大人の目で見ても、十分に魅力的な世界です。若い人ならば、主人公アンのひたむきな努力や、数々の失敗にもめげない天真爛漫な性格の魅力、好青年ギルバートとのぎくしゃくなどに夢中になるのでしょうが、中年おじんにとっては、むしろマシューとマリラの人間的な深まりや、レイチェル、バリー家の人々、アラン牧師夫妻やステイシー先生など、周囲の多彩な人間観察を面白く感じます。主人公の魅力だけでは名作にはなれない、脇役や舞台となる土地や生活などの描き方によって、名作となるのでしょう。その意味でも、中学生向けの本と誤解して読まないですませてしまうのはもったいない、実に魅力的な名作です。

訳文は読みやすく、豊富な脚注に、引用の出典探しの面白さが加わります。原作を読むまでは、グリーン・ゲイブルズはローカルな地名だと思っていました。実際は、"Green Gables" は「緑の切妻屋根」という意味で、家の名前だったのですね。

【追記】
全4回の記事のリンクを追加しました。
(1), (2), (3)
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モンゴメリ『赤毛のアン』を読む(3)

2009年06月25日 05時32分27秒 | -外国文学
モンゴメリ原作の『赤毛のアン』(松本侑子訳、集英社文庫)の続きです。

第23章「アン、名誉をかけた事件で、憂き目にあう」第24章「ステイシー先生と教え子たちの演芸会」。バリー家でのダイアナのパーティで、「できるものならやってみよ」ごっこが始まります。一種の度胸試しで、中学生くらいの年代ならば、ありそうななりゆきです。要するに、意地を張ったアンが屋根から落ちて骨折、新任のステイシー先生に会うこともできません。先生は、村で初めての女の先生です。自然観察をしたり体操をしたり、新しい教育方法を取り入れるだけでなく、アンの作文の力をも認めてくれました。もちろん、マシューのアンに対する全幅の信頼とほめ言葉が、世界中の良心的教育を束にしたよりも大きな教育効果をアンに与えているのですが。
第25章「マシュー、パフスリーブにこだわる」第26章「物語クラブの結成」。実際、マシューの観察は的確でした。同世代の女の子たちの中でアンに感じた違和感は、マリラが作ってくれる実用一点張りの洋服が原因でした。マシューは一大決心をして、パフスリーブのついた、かわいい洋服をアンにプレゼントします。演芸会では、アンの朗読が人気をさらいます。その余熱はなかなかさめず、アンとダイアナに数名の女の子が加わり、物語を書くクラブが結成されます。
第27章「虚栄心、そして苦悩」第28章「不運な百合の乙女」。自分の赤毛に対する劣等感から、行商人に髪染めを買わされたアン、どぎつい緑色に変わった頭を見て打ちひしがれます。赤毛でも、失って初めてわかる豊かな巻き毛の価値でした。中学生くらいならショートカットも可愛いと思うけれど、この時代ではそういう価値観はなかったのでしょうね。失敗はさらに続きます。桂冠詩人テニスンの悲劇にならい、舟に乗せられて流されていく娘の遺体を演じることになったアンは、途中で小舟が浸水していることに気づきます。かろうじて橋脚につかまり助けを呼ぶのですが、ダイアナたちは狼狽して走り回るばかりで助けに来てくれない。タイミングよく助けに来てくれたのは、白馬の王子様ならぬ、ギルバートでした。命を救われて、仲直りを申し出たギルバートに対し、アンの取った対応は誠実なものではありませんでした。それは後悔しても遅い、後の祭りです。
第29章「一生忘れられない思い出」第30章「クイーン学院受験クラス、編成される」。アンとダイアナは、バリー叔母さんの家に招かれます。立派なお屋敷で気ままな暮らしをしていても、きっと寂しく満たされないものがあるのでしょう。留守中、ステイシー先生が家庭訪問。クィーン学院の受験勉強クラスに入れたいかどうか、相談に来たとのこと。マシューとマリラは、アンを進学させることを決意します。放課後一時間の補習授業には、競争相手のギルバートも一緒でした。
第31章「小川と河が出会うところ」第32章「合格発表」。ダイアナの小さい妹の喉頭炎を治療し、アンの的確な対応に注目していたスペンサーヴェイルの医者が往診先でアンを見かけ、健康を懸念してマリラに手紙を寄越します。夏休みを健康回復にあてたアンは、新学期が始まると、また勉強を再開します。そして島中から志願者が集まったクィーン学院の入学試験の結果は、アンとギルバートが一位を分け合い、アルファベット順でアンの名前が一番上に載ったのでした。マシューとマリラは、さぞや嬉しく誇りに思ったことでしょう。
第33章「ホテルの演芸会」第34章「クィーン学院の女子学生」。ホテルで開かれた慈善演芸会で、アンの朗読は大人気を博します。それは多分、アンが知的な美しさを持った女性に成長していることを示すもの。アンがクィーン学院に進学するために町へと旅立つ日、マシューとマリラは嬉しさと寂しさがないまぜになった複雑な気持ちです。学院で、アンはエイヴリー奨学金に目標を定めます。



娘が生まれたとき、老父が言っていました。娘というのは、18歳くらいでもう家を離れる。せいぜい小さいうちに可愛がっておけ、と。実際、そうでした。大学生になると、もう心は家にはありません。飛び立つ鳥が可愛いほど、残される巣は寂しく感じられるものです。ましてや、マシューとマリラは高齢なのですから。

以下、続く。
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モンゴメリ『赤毛のアン』を読む(2)

2009年06月24日 05時22分25秒 | -外国文学
東京行きの電車の車中、先日来読みかけ(*)だった、ルーシー・モード・モンゴメリ作『赤毛のアン』(松本侑子訳、集英社文庫)を読みました。

第11章「日曜学校の印象」第12章「おごそかな誓いと約束」。アンは日曜学校に出かけますが、形式的なところを率直に感じ取るところに、質実の権化のようなマリラもひそかに共感しているようです。バリー家の娘ダイアナと友達になります。
第13章「待ち焦がれる楽しさ」第14章「アンの告白」。ピクニックに行くことを楽しみにしていたアン。マリラの母の形見である、紫水晶のブローチが見えなくなり、疑いはアンにかかります。マシューはアンを疑わないのですが、ピクニックに行きたいばかりにアンはウソの「自白」をします。でも、紫水晶は思わぬところから見つかります。
第15章「学校での一騒動」第16章「お茶会、悲劇に終わる」。学校に行き始めたアン、ギルバート・ブライスに赤毛を「ニンジン」とからかわれ、怒りのあまり石板をギルバートの頭にバシン!超有名なシーンですね。グリーン・ゲイブルズにダイアナを招いたアンは、マリラの言を信じて、木苺水を出したつもりだったのに、ダイアナを酔っ払わせてしまいます。こちらも、超有名なアンの失敗の章です。
第17章「新たな生き甲斐」第18章「アン、救援に行く」。石板事件に関する先生の不公平な仕打ちに、頭にきて登校を拒否していたアンは、学校に戻り、ギルバートに学業面で対抗し始めます。カナダの首相が遊説に来たため、大人たちがみな町に出てしまっている頃、ダイアナの幼い妹が急病にかかります。薬を持ってかけつけたアン、かつて三組の双子の世話をしていたときの経験が活きて、幼いミニー・メイは危機を脱します。バリー夫人はアンに感謝し、ダイアナとの友情も復活します。
第19章「演芸会、悲劇、そして告白」第20章「豊かな想像力、道を誤る」。楽しい演芸会の後、バリー家で客用寝室に泊まる許可を得ていたアンとダイアナの二人は、走ってベッドに飛び込んだはずが、そこには1人の先客がいたのでした(^o^)。お客様のバリー老婦人は、風変わりなアンの言動に興味を示します。でも、自分で空想した幽霊が怖くて暗い森の小道が歩けないというのは、よく理解できますね~。そりゃ、街灯もない真っ暗な森の道なんて、田舎の肝試しに使われるくらいですもの、不気味にきまっています。もっとも、街灯はあっても、都会の夜のほうが実際は危険ですけどね(^o^)/
第21章「風変わりな香料」第22章「アン、お茶に招かれる」。新任の牧師夫妻はとても良い人たちで、お茶にお呼びしたときに出したケーキはアンが焼いたものでしたが、案の定でした(^o^)/ お返しにアラン牧師夫人にお茶に招待され、礼儀作法を心配するアンにマリラが忠告します。

「あんたのいけないところはね、アン、自分のことばかり考えていることですよ。アラン夫人のお気持ちを考えて、どうすればいちばんお喜びになるか、それを考えなさい」

これは、なかなか含蓄のあることばです。以下、続く。

(*):モンゴメリ『赤毛のアン』を読み始める~「電網郊外散歩道」より
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東京行の新幹線シートでAC100V電源に驚く

2009年06月23日 05時16分23秒 | Weblog
先日は、あいにくの雨の中、早朝から起き出して山形新幹線で東京へ。指定席は予想以上にまばらでした。今回は少し手荷物がありますので、残念ながら音楽CDプレイヤーは持参いたしませんで、旅のおともに持参したのは、携帯電話、デジカメ、システム手帳と備忘録ノート、名刺入れ、Jetstream のボールペン、折りたたみ傘、それに文庫本です。文庫本は、モンゴメリの『赤毛のアン』。先日来、中断していた箇所からの再開です。読んでの感想は別途記事にいたしますが、いや、面白いです!

ところで、驚いたのは、たまたま乗った山形新幹線の車両には、各シートにAC100V(2A、50Hz)のコンセントがついていたことです。たぶん、携帯電話の充電やノートパソコン用なのでしょうが、車内でノートパソコンを開くことが市民権を得ているあらわれといってよいのでしょう。かつて、図書館でノートパソコンをコンセントに接続すると「盗電」になるということで使用を禁止されていた時期もあったことを考えると、大きな進歩かも(^o^)/

残念ながら、帰りは普通の車両でしたが、新型車両が少しずつ増えて、ネットブックのような小型パソコンを、電源の心配なく使えるようになってほしいものです。
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知人がサクランボ狩りに来る

2009年06月22日 05時28分16秒 | 週末農業
この土曜日は、知人夫婦がサクランボ狩りに来ました。生まれは夫婦共に九州と四国だそうで、山形とのご縁は、これまではあまりなかったそうです。昨年、わが家ではじめてサクランボ狩りを体験し、その楽しさに「はまった」そうな。今年は、裏のサクランボ畑はほぼ収穫が終わりですので、自宅から少し離れた露地の園地に案内しました。熟した佐藤錦と、ちょうどシーズンに入った紅秀峰を収穫して大喜びです。もう二年も手入れをしていないので、伸びてしまった高所の枝を鋸で切り落とすと、野鳥も見落としていたのか、真っ赤なサクランボが鈴なりです。携帯のカメラで撮影し、あちこちに送信していたようでしたが、受信した方々がすぐに返事をくれたようで、楽しんでもらえて何よりでした。収穫したサクランボを箱詰めして、各地に発送しましたが、きっと山形ファンがまたおおぜい増えたことでしょう。

さて、わが家のサクランボ収穫作業はほぼ終わり。あとは、わずかの晩生種「南陽」と、花粉樹として植えている「ナポレオン」を残すのみとなりました。
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電話で聞く懐かしい声~元気そうで何より

2009年06月21日 05時37分40秒 | Weblog
先日、夜に自宅から電話がありました。以前の職場でご縁のあったMさんから電話があったとのこと、携帯電話の番号を教えてもらったので、かけてほしい、とのことでした。
はて、何年ぶりだろうかと思いながら電話をすると、弾んだような声で出てくれました。これはまた懐かしい、元気そうで何より。もう40代に入るころでしょうか、部屋の整理をしていたら、昔の名簿が出てきて、懐かしくなって電話をしてきたのだそうで。しばらく話をして、遊びにおいでと言ったら、ぜひ来たいと言います。再来週の日曜あたりではどうかと約束をしました。どんなふうに変わっているか(または変わっていないのか)、楽しみです。

今朝は、野暮用で早朝から東京へ。車中、少しは本が読めるでしょうか。
写真は、先頃出かけた庄内浜、トンネル工事中の赤信号で撮影しました。
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ブルッフ「ヴァイオリン協奏曲第1番」を聴く

2009年06月20日 05時09分45秒 | -協奏曲
最近の通勤の音楽は、ブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」です。演奏は、チョン・キョンファ(Vn)とルドルフ・ケンペ指揮ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団。CD は、DECCA 原盤で UCCD-7045 というものです。

第1楽章、序奏、アレグロ・モデラート。遠くでティンパニが静かに鳴る中で、フルート、クラリネット、ファゴットの木管楽器とホルンに導かれて、ソロ・ヴァイオリンが低音を響かせたのち、中~高音へと音色の魅力を示します。これだけで、ソリストに一気に注目を集める効果大、といったところです。そして第1主題を示し、美音をふんだんに振りまきます。第2主題は優美なもので、再現部の後、静かに第2楽章に続いていきます。
第2楽章、アダージョ。弦だけで歌われる始まりの部分から、ずっと美しい旋律が続きます。全曲中、もっとも長い楽章で、前の楽章はこの前奏曲という位置づけになる、とのこと。瞑想的というか夢想的というか、なんともロマンティックな音楽です。
第3楽章、フィナーレ:アレグロ・エネルジコ、ソナタ形式。思わずワクワクするような始まりです。独奏ヴァイオリンがカッコよく登場すると、オーケストラも盛り上がりを見せます。低弦のリズムの刻みが効果的で、推進力を感じさせます。伸びやかな音楽はプレストでコーダに突入、華やかに全曲が閉じられます。

当方がごく若いころ、情熱的な演奏をする、チョン・キョンファという韓国人の女性ヴァイオリニストがデビューし、売り出し中でした。あの頃の新人も、今や60代。若いころの録音が普及版として出回るようになりました。当時は買えなかった録音を、今頃になって楽しんでおります。若さも時間も買えやしないのに、なぜか当時の録音に手が伸びてしまうのです。

■チョン・キョンファ(Vn)、ケンペ指揮ロイヤル・フィル
I=8'18" II=8'38" III=7'15" total=24'11"
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燃費データから見た好燃費の秘密

2009年06月19日 05時38分59秒 | Weblog
五月の給油データを OpenOffice.org の表計算に記録して、Nissan TIIDA Latio 1500 sedan の燃費の良さを再認識しました。郊外路でエコドライブを心がけているとはいえ、このところずっと 20km/l を超えている燃費はただものではありません。この秘密を私なりに分析してみると、次のような要因が考えられます。

■車自体の要因
(1) オートマチック・トランスミッションが、オイル粘性によるトルクコンバータではなく、CVT(*)によるものであること
(2) エンジン特性が、高出力よりもむしろ省燃費を目標にセッティングされていると思われること
■道路と運転の要因
(3) 信号の少ない郊外路で、なおかつ信号で何度も止まらなくてすむように、スピードを加減しながら通勤していること

(*):無段変速機~Wikipedia より

もう一つ、給油データからわかることとして、エアコンの影響が挙げられます。通常は、長距離ドライブになるほど燃費データが向上する傾向がありますが、エアコンを使い走行する時期には、どうしても燃費が低下する傾向があります。梅雨時から夏場の暑い時期には、長距離ドライブであろうとなかろうと、エアコンをかけて走ることが多くなり、その影響が出やすいものですが、当方は朝晩の涼しい時期に通勤しておりますので、比較的エアコンの使用頻度が少なめになっているのかもしれません。
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農作業ウェア

2009年06月18日 05時40分11秒 | 週末農業
新米農業後継者として、本腰を入れて農作業に取り組むようになったとき、作業着の上下を新調しました。たしか、上下で 3,000 円くらいだったと思います。
作業着の便利なところは、ポケットがたくさんあって、メモ帳やボールペン、あるいはポケットラジオ等を入れることができる点。しょっちゅう洗濯しても大丈夫なところもありがたいものです。
夏場にはたくさん汗をかきますので、Tシャツを下着がわりに着て、どんどん着替えます。足元は木綿の指付ソックスに、お天気が良ければ運動靴。帽子をかぶり、目を保護する防護メガネをして、軍手というのが、基本的な果樹園芸農業スタイルです。

ちょいとこのまま町に出れば、どこぞの製造業界人と間違われそうですが、よく観察すると、運動靴に土がついているとか、背中に枯葉がついているとか、やっぱり農業後継者の風情。最近、スーツにネクタイ、ブリーフケースといういでたちよりも、とみにこのスタイルが気に入っております。本を片手にオーケストラや室内楽をこよなく愛する農業人というのが、現在わが家のトレンドです(^o^)/
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ブックカバーにしおりひもを付ける

2009年06月17日 05時43分10秒 | 手帳文具書斎
おもしろく読み始めた集英社文庫版モンゴメリ『赤毛のアン』に、なぜかしおりが見当たらない。そこで、ブックカバーにしおりひもを付けようと考えました。まず、ゼリー菓子のひもを使って、パッチで仮止めします。ひもの一端をパッチの穴に通し、その上から荷造り用のアセテートテープで固定。こうすれば、しおりひもがすぽっと抜けてくる心配はほぼないでしょう。



これでできあがりです。講談社文庫のシルバー・カラーのブックカバーが、なんなくしおりひも付きに変身しました。これは簡単、便利です。もう少し早く気づけば良かった(^o^)/


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モンゴメリ『赤毛のアン』を読み始める

2009年06月16日 06時07分06秒 | -外国文学
先日、娘が古いLDの「赤毛のアン」「続・赤毛のアン」を借りて行きましたので、話題の一つにと、モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズを探し出しました。以前、購入していた、松本侑子訳『赤毛のアン』『アンの青春』(以上、集英社文庫)、そして先日購入したばかりの村岡花子訳『アンの愛情』の三冊が、とりあえず出てきました。

第1章「レイチェル・リンド夫人の驚き」第2章「マシュー・カスパートの驚き」。カナダの東岸、セント・ローレンス湾内に浮かぶプリンス・エドワード島アヴォンリーに静かに暮らす老兄妹マシュー・カスパートとマリラ・カスパートは、体力の衰えを感じ、孤児院から男の子を引き取って育てることにします。ところが、手違いにより、駅に到着したのは、男の子ではなく、おしゃべりで夢見るような赤毛の少女アン・シャーリーでした。
第3章「マリラ・カスパートの驚き」第4章「グリーン・ゲイブルズの朝」。とりあえず少女を家に連れ帰ったマシューは、この子を家に置きたいと言いますが、マリラは賛成しません。美しいグリーン・ゲイブルズが気に入ったアンは、ここに置いてくれるように懇願しますが、マリラは仲立ちをしてくれたスペンサー家にアンを連れて行き、事情を確かめることにします。
第5章「アンの生い立ち」第6章「マリラの決心」。スペンサー家に向かう馬車の上で、マリラはアンの不幸な生い立ちと気だての良さを知ります。少しおしゃべりなのは欠点ですが。スペンサー家に着き、手違いを話すと、無慈悲なブリュエット夫人のところにやればよいと言います。猫の子じゃあるまいし、人の子を何だと思っているのでしょう。結局、マリラはアンを家に連れ帰り、マシューと相談して家に置くことに決めます。
第7章「アンのお祈り」第8章「アンの教育、始まる」。マシュー、マリラとアンの生活が始まります。まず、お祈りを教えなければ。そして、教育も。ただし、形ばかりではなく、心からのものにしなければ。このあたり、マシュー、マリラの生き方、考え方の真率さが光ります。
第9章「レイチェル・リンド夫人、呆れかえる」第10章「アンのお詫び」。おせっかいな隣人レイチェル・リンド夫人がアンの赤毛と容貌をけなしたために、アンのかんしゃくが破裂。レイチェルはぷんぷんです。マシューとマリラは、内心では痛快に思う半面、隣人とのつきあいにも考慮しなければなりません。強情なアンの姿勢も、朴訥なマシューの言葉にほぐれます。一世一代のお詫びの演技力を見ると、アンは天性の役者なのかも(^o^)/

子ども向けの本やアニメでおなじみのお話ではありますが、これは決して子供だましのような物語ではありません。機智と警句がいっぱいつまっています。思わず先を読んでしまう面白さがあります。

ところで、集英社文庫にはしおりひもがついていませんし、たまたま手にしたこの本には、どこへ行ったのか、しおりがはさんでありませんでした。読みかけのページを探すにも不便です。ブックカバーにしおりひもを付ける工夫をしてみましょう。
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