電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

定年退職に実感はないものの

2013年03月31日 06時03分52秒 | Weblog
このたび、定年退職いたしました。ですが、ほとんど実感はありません。昨日と今日は、この三月になってはじめて取ることができた土日の二連休です。そちらの方が、実は嬉しく感じています。定年前は、過ぎ去った日々を思い、もっとしんみりするのかなと思っておりましたが、格別そんなこともなく、淡々と受け入れて、例年のように週末農業に従事しております。



お嫁に行った娘からはお花が届き、かつてお世話になった先輩からも電話をいただくなど、それなりに退職祝賀ムードはあるのですが、どうもまだ実感がわきません。むしろかつての上司のお世話で勤めることになった、全く別の世界に飛び込むことに少々緊張しており、定年退職というよりは転職の要素が強いためでしょう。こんどは県都への通勤となりますが、朝は渋滞が予想され、少々難儀するのかもしれません。

もっとも、演奏会のチケットの入手や音楽三昧の生活には、今までよりも格段に便利になることと思われます(^o^)/

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結局は自然治癒力が大切ということ

2013年03月30日 06時05分46秒 | 健康
低温熱傷の治療は、ようやく一週間おきに通院するところまで来ました。腫れがまだひかない頃は、お風呂に入るときには片方の足を浴槽の外に出して、不自由な思いをしていましたので、両足で入れるようになったときには、生き返るようでした。たっぷりお湯を使い、湯槽に首までつかって、「こういうのを幸せと言うのではなかろうか」と思わず安堵のため息がでました。今は、傷口もだいぶ小さくなってきましたが、まだ肉が盛り上がった状態には届いておらず、もう少し時間がかかりそうです。

それはそうと、外科に通院して、痛くない注射針やネット包帯など周辺技術の進歩に驚かされましたが、治療の本質は感染を防御し、熱傷した皮膚の再生を待つ、というものなのでしょう。その意味では、技術がいかに進歩しても、結局は自然治癒力が大切、ということです。ヒポクラテスの時代から、それは変わらぬ真実、ということなのでしょう。免疫力アップのためにせっせと歩き、ヨーグルトを食べ、よく眠ることにつとめましょう。

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ステキな王子様にもおじ様にもなりそこねたけれど

2013年03月29日 06時02分54秒 | Weblog
若いころは、相当に石頭だったのでしょうか、浮いた話にはついぞ縁がなく、同級生の女子学生からは、「○○君(私)って、思わず惚れたくなるっていうより、信頼できるってタイプだよね」などと言われたものでした。今でこそ、最高の賛辞だと喜んで受け止めることができますが、若い時分は、前半のフレーズにショックを受けたものでした(^o^)/

おかげさまで、若くてステキな王子様にも、中年のシブいおじ様にもなりそこねてしまいましたが、まだ「ステキなおじいさん」になれる可能性は残っています。つつましく質素に暮らし、人生の苦さはユーモアで包み、間違っても「クソジジイ」などと罵倒されることのないように、程よく控えめに生活したい。そうして、静かに心豊かに老いることができたら、最高ですね~。

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モーツァルトはなぜ弦楽五重奏曲を6曲も作曲したのか?

2013年03月28日 06時02分51秒 | クラシック音楽
弦楽四重奏にヴィオラを一本加えた弦楽五重奏曲は、中低音部が充実し、モーツァルトに特有の高音部のキラキラした輝きの印象からはずっと地味な、落ち着いた印象を受けます。モーツァルトは、どうして弦楽五重奏曲を6曲も作曲しようと思ったのだろう?誰かに依頼されたのだろうか?

こうした音楽史上の詳細などは承知しておりませんので、ふだん聴いているモーツァルトの響きとは一味違うものを感じながら、その理由に興味を持っていました。
たいていは、LPやCDに添付のリーフレット等に、なんらかのヒントが書かれていることが多いのですが、今までLPに添付のものもCDに添付のものも、そういう観点で読んだことはありませんでした。
通勤の音楽に、弦楽五重奏曲全集のCDを選んでから、そんなことをぼんやりと考えながら聴いております。いろいろ調べるには、年度末はあまりよい時期ではありませんが(^o^;)>poripori

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NHK大河ドラマ「八重の桜」を観ています

2013年03月27日 06時02分42秒 | 映画TVドラマ
山本勘助を主人公にした大河ドラマや、直江兼続を主人公にした「天地人」などは、比較的まめに観ていましたが、その後は大河ドラマはずっと観ていませんでした。今年の大河ドラマは、新島譲の夫人である新島八重という女性が主人公だとのことで、賢夫人か肝っ玉母ちゃんか、いずれにしろ縁のないドラマだろうと、はなから関心を持たずにいました。

ところが、たまたま妻にお付き合いしてある回を観てみたら、武家の娘が鉄砲に興味を持ち、射撃手となる話で、戊辰戦争の会津攻防戦にも参加することになるようです。
うーむ、これは今までとは一味違う大河ドラマになりそうだとの勘がはたらき、妻と一緒に見始めました。何回か続けて観ていると、なかなか面白い。佐久間象山に洋学を習った兄・山本覚馬、その友人で鉄砲を研究し試作を重ねる川崎尚之助、男勝りで力自慢の妹・山本八重らを中心にしながら、会津藩主・松平容保と一橋慶喜、朝廷をめぐる幕府と長州や薩摩の動きなど、幕末の京都の激動が描かれます。会津藩お抱えでありながら、血なまぐさいテロリスト集団として勝手に動き始める新選組の様子など、会津の目を通して見た、得難い幕末史となっています。今後の展開が楽しみです。

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ほんとに久しぶりに音楽CDを購入する

2013年03月26日 06時02分02秒 | クラシック音楽
先の週末、ちょいと用事で外出した際に、某郊外型書店に立ち寄り、NAXOS の音楽CDを販売しているのを見つけました。まだそれほど棚がスカスカになっていなくて、けっこう興味深いタイトルが並んでおりましたので、久し振りに、ほんとに久し振りに、音楽CDを購入しました。

ハイドン 弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲Vol.1」Op.33-1,2,5 コダーイ四重奏団
ハイドン 弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲Vol.2」Op.33-3,4,6 コダーイ四重奏団

ハイドンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を目指す山形弦楽四重奏団の定期演奏会で、毎回新鮮に新しい曲に接するのを楽しみにしています。それと同時に、ハイドンの弦楽四重奏曲のCDを、一枚一枚、ていねいに聴いていくのもまた、大きな喜びです。

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薬を飲み忘れないために

2013年03月25日 06時04分14秒 | 健康
薬を飲んだかどうか、つい忘れてしまいます。そこで、考えました。それほどたくさんの種類を飲まなくてもいいのなら、袋に記録するらんを設ければよいのではないか?たとえば一日三回、朝昼晩ならば、日付とその回数分だけのマス目を作っておき、薬を飲んだら○をつけておけば良いだろう。

で、試してみました。一日二回、朝晩に飲むように指示されているのは、化膿どめの抗生物質らしい。なかなか便利です。できれば薬の袋にマス目が印刷されているといいのだけれど、汎用のものでは難しいのかもしれません。そこは、利用者側の工夫で、なんとかしましょう(^o^)/

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バーンスタインのマーラー~「交響曲第3番」がパブリック・ドメインに

2013年03月24日 06時01分38秒 | -オーケストラ
私がマーラーの音楽を意識するようになったのは、おそらく1960~70年頃に、バーンスタインとニューヨーク・フィルによる交響曲の録音が次々と発表されていたことがきっかけだと思います。交響曲第7番「夜の歌」にギターだかマンドリンだかが加わっているとか、交響曲第3番の、LP二枚組をたっぷり使う長大さとか、とにかく度外れて規模も大きな音楽を聴いてみたいと、当時から念願しておりました。その後、様々なマーラーの演奏に接し、クーベリックやノイマン、インバル、セルなど、CDの長時間収録を生かしたタイトルを集めて楽しみました。

それが、今やバーンスタインによるマーラーの交響曲が徐々にパブリック・ドメインになりつつあります。レリ・グリストの可憐なソプラノ・ソロが美しい第4番に続き、このたび第3番が公共の財産として公開されました(*1)。バーンスタインのマーラー、しかも第3番がパブリック・ドメインに!驚くべき時代に入ってしまったものです。もっとも、団塊の世代の周辺にとっては驚くべきことでも、ずっと若い世代にとってはそれほどの「事件」ではないのかもしれませんが。

マーラーの交響曲第3番については、すでに記事(*2)にしておりますが、公開されたバーンスタインの1961年の録音を、PCオーディオで聴いております。あいにく、mp3 形式のファイルは車のカーステレオで聴けないのが残念ですが、CD交換なしで全曲を通して聴くことができ、その点では便利でありがたいものです。

(*1):マーラー:交響曲第3番ニ短調~クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~リスニングルーム
(*2):マーラー「交響曲第3番」を聴く~「電網郊外散歩道」2012年9月

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万年筆のインク・カートリッジが普及した理由と現代

2013年03月23日 06時02分51秒 | 手帳文具書斎
かつて、万年筆のインク補給は、インクびんからコンバータへ吸入するやり方が一般的でした。手元にある万年筆では、ペリカン社の400Nが、このスタイルを守っています。ところが、大気圧などの関係で、コンバータのインク容量には限度があり、大量筆記をするためには、補充のためインクをびんごと持ち運ぶしかありませんでした。そこで、インクをカートリッジに入れて、スペア・カートリッジだけを持ち歩けば、いつでもインクの補充交換は可能だということで、カートリッジ式が普及したのだろうと思います。

ところが、時代は変わり、今や筆記具の主流はボールペンになりました。万年筆は、大量筆記の主役から外れ、インクのスペアを常に携帯する必要性は薄れてしまいました。むしろ、インクの量の面では不利ですが、様々な色のインクを選んで使うことができるという、コンバータ式のメリットが見直されてきています。

こうして見ると、カラフルな水性ペンやゲルインク・ボールペンと同様の感覚で、比較的廉価な万年筆を何本もそろえ、しかもコンバータで用いられるという風潮が理解できます。



そういえば、私が初めて使った万年筆は、中学生の頃に父親に買ってもらった、パイロットのものだったように記憶しています。製品名は忘れてしまいましたが、たしか屋根型のペン先で中くらいの軸長のタイプ、さらにカートリッジは小型のショートタイプだったように思います。今風に言えばヨーロッパタイプに近いものですが、あれはたしかプラチナかパイロット製品だったような。



残念ながら、高校受験の朝に落としてしまったらしく、紛失してしまいましたが、身代わりに落ちてくれたみたいで、本人は合格しておりました(^o^)/



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備忘録用としてのツバメノートの評価

2013年03月22日 06時04分42秒 | 手帳文具書斎
これまで、コクヨのキャンパスノートやキャンパスハイグレード澪などを主として使ってきた備忘録ノートですが、今年はツバメノートのA5判(50枚)をはじめて使っています。万年筆の筆記にはたいへん良好で、厚手の用紙は裏抜けも裏写りもなく、昔の大学生協のクリーム色をしたツバメ・フールス紙の記憶にはかないませんが、十分に満足できるものでした。

では、備忘録ノートとして満点かと言えば、そこがおもしろいところで、長所は別の面からみれば欠点になりうるのでした。というのは、用紙が厚手のために、チケットやレシートを貼ったり、新聞や雑誌のスクラップなどをすると、ずいぶんと厚くなってしまうのです。なるほど、あちら立てればこちらが立たず、むしろ薄手の用紙にボールペンで書くという流儀は、スクラップも含めて考えれば、意味のあるものなのだと思います。

とは言いながら、先日から二冊目に入りました。今年の備忘録ノートは、二冊めもツバメノートを使います。良質のノートに手書きの楽しみは、なお続きます。

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死後のコレクションの運命~散逸の悲しさ

2013年03月21日 06時02分39秒 | 手帳文具書斎
お彼岸の中日、当地はやや肌寒いお天気となりました。こんな日にも出張しなければならないなんて、とぼやきながら、車を走らせました。

さて、若い頃には、雑誌等で紹介される人々の蔵書やLP等のコレクションを見て、驚きうらやんだものでした。ところが、身近な幾人かの方々が鬼籍に入られた後の、様々なコレクションの運命を見聞きすると、惜しまれながらも散逸してしまうケースが多いようで、複雑な思いです。普通の個人のコレクションだけでなく、名だたる学者や収集家のものでさえ、結局は遺族にとっては重荷でしかない、というのが現実でしょう。漱石文庫でさえも、東大や朝日新聞社では居場所を得ず、結局は小宮豊隆の縁で、ようやく東北大学に収まった(*)ほどですから、個人的なコレクションというのは、その人一身のものだと考えるべきなのだろうと思います。

藤沢周平は、持ち物を少しずつ減らし、身軽にしていって、枯れ木が倒れるように去っていきたい、というような趣旨のことを書いていますが、当たっているなあと感じます。不要なものは見切って手放し、徐々に身を軽くしていくことが大切だ、ということでしょう。私の場合は、貴重なコレクションなどはありませんし、個人的な思い出の類でしかありません。その点では、写真を残してモノは捨て、完全にデジタル化して、HDD とともに廃棄されるようにしておくというのも、案外良い方法なのかもしれません。

(*):漱石文庫が仙台にある理由~夏目房之介『漱石の孫』を読む~「電網郊外散歩道」2007年10月

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上田誠也『地球・海と大陸のダイナミズム』を読む

2013年03月20日 06時04分55秒 | -ノンフィクション
1998年に初刷が刊行されたNHKライブラリー中の1冊で、上田誠也著『地球・海と大陸のダイナミズム』を読みました。実は私が購入したものではなく、娘が学生時代に読んだものらしいのですが、東日本大震災を経て、正規には習ったことのないプレートテクトニクスに基づく考え方を、一度整理してみたいと思ったためです。
本書は、次のような構成になっています。
第1章:地球の身上書
第2章:大陸移動説~革命の発火点
第3章:ウェゲナーと大陸移動説の死
第4章:大陸移動説よみがえる
第5章:地磁気の逆転
第6章:熱残留磁気の反転~私の初めての研究
第7章:地球の熱をはかる
第8章:海洋底拡大説~海洋底の生成と消滅
第9章:プレートテクトニクスとは何か
第10章:日本列島のプレートテクトニクス
第11章:地震は予知できる
第12章:もっと新しい地球観~プリュームテクトニクス

第1章では、地球の大きさを測るエラトステネスの方法から、地球の内部構造や地球誕生の歴史などを概括します。そして第2章では、ウェゲナーの大陸移動説の提唱、第3章ではその反響と学説の死を、第4章では古地磁気の逆転を説明できるとして大陸移動説が復活するまでを描きます。第5章と第6章は、残留磁気が自己反転する可能性を検証します。
第7章では、地殻熱流量の研究に転じた著者が、第8章で海洋底拡大説を通じて、第9章ではプレートテクトニクスが受け入れられていく経緯などを概括します。第10章の日本列島のプレートテクトニクスが、本書の中心的な内容でしょう。「日本列島周辺の地殻熱流量の分布は西高東低」であり、東側の沈み込むところは低温で、西側には火山帯があり温度が高く柔らかくなっているからこそ、東側のプレートが下方に沈み込んでいき、それが中央海嶺の裂け目を生じさせる一つの要因になっている、ということでしょうか。
第11章の地震の予知の話は、「予知」という言葉をめぐって、私たちのような素人と専門家とが同床異夢の状況にあると感じられる面もあり、議論がかみ合っているとは言えないようです。第12章は、地球深部を探る近年の知見を紹介し、不連続な地学現象の発現を、プリュムがたまって落ちるモデルでとらえる可能性を示しています。

うーむ、私が高校時代に習った自然地理や地学は、いったい何だったのかと思ってしまうような内容です。はじめて疑問が氷解した思いがします。
(1) はじめは平らな大地を水や氷が侵食して谷ができると教わったが、そうではないようだ。大地の割れ目にそって水が流れ、川ができる。だから、川の下には割れ目(断層)があるとみてよい。
(2) 日本列島の造山運動は、隆起と沈降の垂直運動だと教わったが、実はプレートが移動し沈み込むときに、プレートに乗っかって動いてきて付加された陸地の集まりだということ。四国の縞模様も東北地方の折れ曲がりも、水平移動だったのだな、と納得。
(3) 1971年の岩波新書『新しい地球観』は、実はこの科学革命における歴史的な意味を持つ著作だったのだな、と再認識しました。

東日本大震災を経た現在、部分的には従来の常識の限界であったと思われる箇所も散見されます。例えば、

真の巨大地震とわれわれがよんでいるマグニチュード8.5あるいは9以上という大きさの地震は、ペルー、チリのようなところ、さらにはアラスカあたりにしか起きない。われわれが典型的だとしてきた西太平洋のマリアナ型沈み込み帯でも、沈み込みにともなう地震はもちろん起きているが、それほどの巨大地震は起きない。せいぜいマグニチュード8程度どまりである。」(p.202)

というあたりは、訂正が必要でしょう。この点、むしろ従来の知見から言いきってしまうことのこわさを感じさせます。

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武器ではなく作物の品種を主要な題材としたタイムスリップものがあったら

2013年03月19日 06時01分10秒 | 読書
世の中には様々なタイムスリップものがあります。その中で、『戦国自衛隊』は、現代の武器燃料弾薬を持って戦国時代にタイムスリップする異色のSF物語でした。では、武器弾薬ではなく、作物の品種や栽培技術を持って、武士の時代にタイムスリップしたらどうなるのでしょうか?

衣服や風貌が異なる者たちは気味悪がられ、とりわけ武器を持たない場合は、異界の存在として排除され処刑されてしまうおそれがありますので、やはりその時代の聡明な人に存在価値を認めてもらう必要があるのでしょう。それには、例えばかなりの山間地に米を作る田んぼと野菜や果物を作る畑を想定し、山の中のためにしばらくの期間は発見されずにいる必要があります。そして、誰かが追手を逃れてくる。この人の危難と負傷を救っただけでなく、冷害による飢饉を逃れることができる品種の種もみを与えることで、村人との密かなつながりが出来ます。冷害のさなかの収穫に驚いた役人が役所に報告し、事態は急進展する。進言を取り入れて、来るべき大冷害の対策を進め、なんとか大飢饉を部分的に回避することができますが、当時の社会体制に由来するものは回避できません。むしろ、民主主義に基礎を置く現代の知恵は、武士の時代には両刃の刃となるのか?というようなストーリーです。

戦乱や殺戮のお話は、少々うんざりしています。たとえば大飢饉が来ることを知っている者が、たとえ蟷螂の斧であろうと、それを回避しようと奮闘するお話なら、ぜひ読んでみたいものです。

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民放テレビで「文房具総選挙」

2013年03月18日 06時07分54秒 | 手帳文具書斎
過日、民放テレビで、「文房具総選挙」なる番組を放送しておりました。文房具をどんなふうに取り上げるものか、興味を持って観てみました。
想定では、参加メーカーの2007年以降に発売された製品について、評論家や文具店員などにより審査を行い、得点によって順位をつける、というものでした。
例えば、筆記用具部門の投票結果は、

第1位:テキストサーファーゲル (ステッドラー日本)
第2位:筆タッチ・サインペン (ぺんてる)
第3位:ペンケース NEO CRITZ (コクヨ)
第4位:NUboard A4判 (欧文印刷)
第5位:大人の鉛筆・芯削りセット (北星鉛筆)

などというような結果です。おやおや、Jetstream も PowerTank も クルトガ も20位までの順位にすら入っていません。どうやら、三菱鉛筆は参加していないらしい。それでは、白鳳も杷瑠都も出場していない大相撲のようなものではないのか?などと思ってしまい、「総選挙」などという大げさなネーミングの割には、いささか期待はずれなものでした。

ただし、部分的には面白そうな製品もあり、第11位のオートの「筆ボール」などは、太字好きには興味津々の筆記具です。

写真は、放送とは関係なく、雑多なメモをとっている小型ノートです。

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常夏の島のお土産

2013年03月17日 06時04分41秒 | 手帳文具書斎
娘が近頃せっせと土曜出勤していたのは、某「常夏の島」へ海外旅行にいくためだったようです。先日、ようやく帰ってきて、父親にも土産をくれました。「ふらりと入ったお店に普通に置いてある舶来文具」というリクエストどおりの中身でした。具体的には、

(1) 三穴のスパイラルノート(11"×8.5")
(2) セミA5サイズのダブルリング・スパイラルノート
(3) PaperMateのボールペン、黒、0.7mm、2本組
(4) Bicの使い捨てボールペン、黒、1.0mm、2本組
です。

(1)のスパイラルノートは、紙質は決して良好とは言えませんが、米国の小中学生にはおなじみのものであろうと思います。このような大判のノートに、1.0mm などの太めのボールペンでぐいぐいと書いていくのが、海の向こうの流儀なのでしょう。私も何冊かストックがありますが、いかにもアメリカ製文具らしいチープさと頑固な合理性とを感じます。




(2)は、中身の構成も、2013年から2015年まで四年分のカレンダーや Contacts リスト、綴りを誤りやすい語のリスト、米国各州の名前と州都の地図、などが付いています。本文は横罫で、日付とタイトルの記載欄があり、裏面は方眼になっています。しっかりした作りのように見えますが、裏をみると made in china とあり、コスト優先が貫かれているのは確かなようです。








(3)はアメリカ製ではなくてインド製で、0.7mm という細さの水性またはゲルインクタイプかと思われます。書き味は、うーむ、当方の基準では常用は厳しいレベルです。
(4)は、文字通り使い捨ての典型的な安価ボールペン。油性の書き味は、Jetstream 登場以前の重い書き味の典型です。



「常夏の島でふらりと入った店に普通に置いてある文具」という想定で、買ってきてもらったお土産は、いわばランダムサンプリングの実験(^o^)/
あらためて、「普通の」国産文具の品質の高さを感じます。
とはいえ、チープな舶来文具を、気分はアメリカンで使うのも、それはそれで割り切って楽しめるものです。しばらく使ってみたいと思います。

そうそう、父親のコーヒー好きを知っていて、コーヒーをお土産に加えてくれたのはありがたい。持つべきものは気が利く娘です(^o^)/



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