電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

大瀧実花ピアノリサイタル

2006年10月31日 20時04分19秒 | -独奏曲
この日曜日、文翔館議場ホールで、大瀧実花ピアノリサイタルを聞きました。大瀧実花さんは、藤沢周平と同じ鶴岡市の出身だそうで、武蔵野高校、武蔵野音大ピアノ科を卒業して渡仏し、J.M.ダレ、P.サンカン、D.メルレ、ジャック・ルヴィエ各氏の下で学び、フランス音楽を得意とし、プーランク(*)のCDを出されているようです。
当日は、わずかに緑がかったすてきな青いドレスで、次の曲目を演奏しました。

(1) J.S.バッハ イタリア協奏曲 BWV971
(2) ドビュッシー ベルガマスク組曲
(3) プーランク 組曲「ナポリ」より、「イタリア奇想曲」
~休憩~
(4) ショパン 「12のエチュード」作品10、第1番~第12番

観客はどちらかといえば年配の方が多かったように思います。定員が百人程度の小さなホールですので、ピアノの音がすみずみまで響きます。バッハのイタリア協奏曲における強弱の対比や、ドビュッシーの音色もニュアンスもよくわかります。
プーランクの「イタリア奇想曲」は、初めて聞く曲です。とても面白かった。解説によれば、これは1925年に作曲された作品で、作曲家プーランクは「人生を愛し」「茶目っ気があり」「お坊ちゃま育ち」で「人当たりが良くてしかもぶっきらぼう」で、「憂鬱質で穏やかな信仰の持ち主」しかも「僧侶を思わせるところもあれば不良っぽいところもある」人だったといいます。実際の曲の印象も、なんだか育ちのいい上機嫌な青年が威勢良く演奏しているピアノ曲を思わせます。
後半の前奏曲は、ショパンの激しさも充分に表現した演奏で、各曲の性格が描き分けられ、堪能しました。

この日の最大の収穫は、プーランクの曲を初めてナマで聴けた、ということでしょうか。幸せな、いい演奏会でした。帰りにケーキ屋さんに寄り、久々に家内とケーキを食べました。

(*):フランシス・プーランク~Wikipediaより
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県エコ展で子牛をなでる

2006年10月30日 06時06分53秒 | 散歩・外出・旅行
先日、国際交流センター(通称ビッグウィング)で開催された県エコ展に行ってきました。自動車会社各社のエコカー展示試乗会や、木質チップを使ったストーブ、省エネ住宅機器などのメーカー展示のほか、地元高校や大学が研究している、大気や生物生態など自然環境についての研究発表のポスターセッションもありました。
西側の広場にまわると、そこは農協などが地産地消に取り組むイベントが行われており、各地の特産品を試食したり購入したりできるようになっていました。ほほえましかったのが山川牧場(*)の子牛とヤギ(ヤス子という名前がついている)、ウサギやアヒルなどをさわれるコーナー。小さい子どもたちが動物にさわって喜んでいました。私も子牛をなでてきましたが、不思議に優しい気持ちになりました。

(*):(有)蔵王マウンテンファーム・山川牧場
ちなみに、ここの「テーマソング」が面白いです。
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リムスキー・コルサコフ「シェエラザード」を聞く

2006年10月29日 07時25分28秒 | -オーケストラ
昨日はしばらくぶりの秋晴れの休日でした。外出から戻り自宅でリムスキー・コルサコフの「シェエラザード」を聞きました。早朝の音楽には最もふさわしくないであろう選曲ですが、日中ならば堂々と音量を上げて聞くことができます。

2001年だったか2003年だったか、記録もれで不明ですが、「千一夜物語~アラビアン・ナイト」という映画がNHKで放送されました。これを、8ミリビデオに録画し、ずいぶん楽しみました。
映画のあらすじはこんな感じ:
王妃である妻が弟を相手に不貞をはたらき、シャリアール王を殺害しようとします。間一髪逃れることができたものの、愛する妻に裏切られた王は女性不信に陥り、次々と新しい娘と結婚し、翌日には新妻を殺害してしまうのです。大臣の娘でシャリアール王の幼馴染でもあったシェエラザードは、自ら望んで王のもとに行き、王の恐怖と不安と人間不信を知ります。そして、不思議な物語を語り始めるのです。王は聡明なシェエラザードの意図を知りつつ、美しい裸身を愛でながら話の面白さに翌日も別の物語を聞かせよと命じます。その物語にこめられた教訓だけでなく、シェエラザードがたとえ話を通じて命がけで訴える慈悲や誠実さや勇気の物語に、いつしか名君であったシャリアール王の勇気と知性とがよみがえり、弟王の反乱に立ち向かうのでした。

冒頭の序奏のヴァイオリン・ソロや、IIIの「若い王子と王女」でのヴァイオリンとチェロとの対話などは、コンサート・マスターの聞かせどころでしょう。たとえば山形交響楽団の場合は、過日のテレビ番組では生真面目な応答ぶりでしたが本当はおちゃめな(?)犬伏亜里さんという女性。あいにく、かつて演奏会でこの曲を取り上げた頃は、私は夜間勤務の単身赴任中で、実演に接することはかないませんでした。でも、将来ポピュラーコンサート等での再演を楽しく空想することはできます。いつもは黒づくめのしかつめらしい服装でも、この曲目のときばかりはおもいきりドレスアップして、シェエラザードの思いのたけを存分に語っていただきたいものです(^_^)/

さて、CDで聞く「シェエラザード」は、

I 海とシンドバッドの船
II カレンダー王子の物語
III 若い王子と王女
IV バグダッドの祭~海~船は青銅の騎士のある岩で難破~終曲

という構成です。

オスカー・ダノン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団による演奏は、ブックオフの全集分売もので、DENON MyClassicGallery シリーズのうちの1枚(GES-9226)。IIのカレンダー王子の物語をゆったりとしたテンポで進めるなど、堂々とした印象を受ける演奏です。オスカー・ダノンはユーゴ生まれのベテラン指揮者で、もう90歳を越している(*)はず。この演奏は、録音データの記載がないのでなんとも言えませんが、デジタル録音以前、おそらく60年代のスプラフォン録音でしょう。だとすれば、ダノンは50代、働き盛りでしょうか。コロムビアのベテラン編集者が、60年代の初来日時を懐かしみながら、全集のリストに入れたのかもしれません。
もう一枚は、シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団の1983年のデッカのデジタル録音(410 253-2)。こちらは代表的な演奏・録音ですので、何も言う必要がないくらい、すばらしくうまい。

参考までに、演奏データを示します。
■オスカー・ダノン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
I=10'00" II=13'30" III=11'11" IV=12'21" total=47'02"
■シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団
I=10'31" II=11'31" III=10'33" IV=12'24" total=44'59"

(*):指揮者オスカー・ダノン近況(2002年)、ピアニストの西井葉子さんのページ
(*2):西井葉子さんのWEBのトップページはこちら

【追記】
ニュースでフィギュアスケートの朗報を伝えていましたが、音楽は「シェエラザード」を使ったのだそうです。これで「のだめカンタービレ」につづき、ひとしきりクラシック音楽の話題が盛り上がるかもしれません(^_^)/
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12月1日(金)、山響第174回定演がBS-2でテレビ放送の予定!

2006年10月28日 05時40分16秒 | -オーケストラ
先日、NHK教育テレビ「オーケストラの森」で放送された、山形交響楽団第174回定期演奏会、こんどはBS-2で放送されることが決まったようです。正式な番組表はまだ発表されていないようですが、山形交響楽団のホームページに告知されておりました。
それによると、放送日時は12月1日(金)午前10時~11時40分の1時間40分とのこと。平日の午前中というところは難点ですが、そこは録画でなんとかなるでしょう。むしろ、放送時間から見る限り、山響第174回定期演奏会の当日のほぼ全プログラムが放送されるのではないか。そうだとすると、佐藤美枝子さんのモーツァルトのアリア等も聞くことができそう。これは楽しみです。

なお、定期演奏会当日のプログラムは以下のとおり。
(1)モーツァルト/歌劇「フィガロの結婚」序曲
(2) 同上より、アリア「心配しなくてもよいのです、愛する人」
(3)モーツァルト/歌劇「後宮からの誘拐」K.384序曲
(4) 同上より、第2幕「コンスタンツェのアリア」
(5)モーツァルト/歌劇「魔笛」K.620より「夜の女王のアリア」
(6)マーラー「交響曲第4番 ト長調」 
- 佐藤美枝子(Sop.)、飯森 範親(指揮)、山形交響楽団
- 平成18年7月22日、山形テルサにて

ちなみに、佐藤美枝子さんは1998年チャイコフスキー・コンクール声楽部門第1位。Wikipediaによれば、過去の第1位は以下のとおり。
1966: ジェーン・マーシ
1970: エレーナ・オブラスツォヴァ
1974: 該当者無し(第2位はリュドミラ・セルギエンコ、シルヴィア・シャシュ、ステフカ・エフスタティエヴァ)
1978: リュドミラ・シェムチェク
1982: リディア・ザヴィリャスタ
1986: ナターリヤ・エラーソワ
1990: デボラ・ヴォイクト
1994: マリーナ・ラピナ(大賞はヒブラ・ゲルズマーワ)
1998: 佐藤美枝子
2002: アイタリーナ・アファナーシエヴァ

先日放送されたマーラーの交響曲第4番も良かったし、今度は佐藤美枝子さんのモーツァルトにも期待して、楽しみに待つことにいたしましょう。ワクワク(^_^)/
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「協奏曲」カテゴリーを追加

2006年10月27日 05時29分37秒 | ブログ運営
「オーケストラ」カテゴリーが増えてきたので、「協奏曲」を独立させることにしました。全部で19個のカテゴリーが作成できるようですが、もう17個を使ってしまったので、残りは二つしかありません。今後の対応としては、
(1)数が少なく独立させる比重の小さい「声楽曲」と「オペラ」を合体し、「歌劇・声楽」とする。
(2)「読書」の中から「ノンフィクション」のカテゴリーを独立させる。
(3)「海外文学」等としてディケンズやデュマなどの翻訳ものをまとめる。
などがあるかな。もう少し考えてみましょう。

現在の総記事数は772件となっています。いつのまにか、結構な量となりました。ここまでくると、カテゴリーを工夫しないと、やはりなかなかたいへんです。
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デュマ『モンテ・クリスト伯』を読む(6)~イタリアでの出来事

2006年10月26日 06時13分39秒 | -外国文学
20歳で無実の罪に問われ、裁判も受けられないままに14年間も獄中生活を送ったエドモン・ダンテスは、シャトー・ディフを逃れてスパダの財宝を手にし、投獄の真相を確かめ、恩人モレル氏に報いたとき、すでに34歳になっていたことになります。

金の力で刺客を放ち、かたきと狙う相手を倒すだけでは復讐にならないと考えたのでしょうか、ダンテスはぷっつりと消息を絶ちます。そして物語は、モルセール子爵ことフェルナンとメルセデスとの間の子であるアルベールの友人フランツが、モンテ・クリスト島で不思議な体験をすることから再開されます。ここでは、モンテ・クリスト伯爵はすでに立派な貴族として登場し、美しいギリシャ美人(エデ)の存在も明かされます。

アルベールが二十歳くらいの年齢とすると、メルセデスはだいたい四十歳くらいの年齢でしょうし、エドモン・ダンテスについては、本文中に「伯爵は、もはや若いとは言えなかった。少なくとも四十歳にはなっていた。」との記述があります。すると、少なくとも7~8年のブランクがあったことになります。復讐を誓い、剣もピストルも免許皆伝のレベルとなるまで練習し、ヨットの乗組員だけでなくイタリアの山賊や地中海の海賊をも信服させ、東洋を遍歴してトルコで奴隷を救い、化学や薬学の造詣を深めるための時間としては、充分な時間と言えるのでしょうか。たぶん、血のにじむような困難と冒険の日々があったことでしょう。しかし、その苦労は語られず、ただ伯爵の異常に青白い顔色と辛らつな言辞で、なにか辛い過去があったことを周囲の人に想像させるだけです。

ローマの謝肉祭で、アルベールがルイジ・ヴァンパの手に落ち、モンテ・クリスト伯爵の手により救われる一連の出来事は、ただパリで息子の命の恩人として紹介されるただそのためだけのエピソードだったのでしょうか。それにしては、なんとも波乱に満ちた豊かな物語です。

写真は仙台文学館の入り口。
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寒~い!

2006年10月25日 06時28分58秒 | Weblog
いえ、伝統的駄洒落保存の話(*)ではなくて、昨日の気温です。雨降りの上に、とにかく寒い。夕方の気温が8度、夜には、上を向いてハーッと息を吐いたら、白くなって見えました。
先日来、ウールのベストを持参し、上着の下に着込んでいますが、昨日はそれがほんとにありがたかった。家に帰ったら帰ったで、さっそくファンヒーターに灯油を給油し、ほっと一息。さすがに10月も下旬となると、最低気温は3度とかそういうレベルになります。昨日はお風呂に入ってゆっくりして、デュマの『モンテ・クリスト伯』の続きを楽しみました。

で、今朝は?やっぱり寒~い。

(*):伝統的駄洒落の保存について
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ボロディン「弦楽四重奏曲第1番」を聞く

2006年10月24日 06時32分48秒 | -室内楽
ボロディンについては、これまでも何度か取り上げています。「化学者としてのボロディン(*1)」「音楽以外のボロディンの業績(*2)」などです。弦楽四重奏曲としては「夜想曲」の楽章を持つ第2番が有名なのでしょうが、第1番もなかなかの曲です。

ボロディンの弦楽四重奏曲、睡眠の音楽にしたり目ざめの音楽にしたり、作曲者が知ったらさぞや嘆くのではないかと思いますが、いろいろ試した結果、秋から冬にかけてのまだ薄暗い季節の目覚まし用にはベストの選曲だと思っています(^_^)/

第1楽章、モデラート~アレグロ。そっと優しく静かに始まります。中間の各パートの緊密でポリフォニックな対話の部分は、充実した音楽になっています。
第2楽章、アンダンテ・コン・モト。開始がやや悲しげですが、まどろみの中でうつらうつら聞いていると実に気持ちのいい美しさです。途中にロシアの大空のような劇的な下降音形もあり、ちょっとドキッとします。
第3楽章、スケルツォ、プレスティッシモ。活動的な楽章。このあたりになると、仕方がないなぁ、そろそろ起き出さないとなぁ、と思います。途中でヴァイオリンがハーモニクスで幻想的な雰囲気をかもし出しますが、思わず聞きほれてしまいます。
第4楽章、アレグロ・リソルート(決然と)という指示のとおり、ヴァイオリンからヴィオラ、そしてチェロへと、先行する楽章の主題を振り返りながら、やがて四つのパートが緊密・活発に対話する充実した音楽になっていきます。

全体を通じて、実によく歌うチェロの役割がとてもいい味を出しています。どうも私は、チェロが活躍するカルテットを好む傾向があるようです。

演奏はハイドン四重奏団、1993年10月、ブダペストのユニタリアン教会におけるデジタル録音、ナクソスの 8.550850 という型番のCDです。弦楽四重奏曲第2番が併録されていますが、両曲とも演奏・録音ともに優れたものだと思います。
■演奏データ
I=13'13" II=7'48" III=5'58" IV=10'38" total=37'37"

(*1)化学者としてのボロディン
(*2)音楽以外のボロディンの業績
(*3):ボロディン年譜
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目覚めの音楽にモーツァルトは適さない?

2006年10月23日 07時03分05秒 | クラシック音楽
朝、わが家では、目覚しがわりにラジカセでCDが鳴るようにしています。夏場はずっと福田進一さんの19世紀ギター曲集を使っていましたが、先ごろモーツァルトのピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」(*)にかえたら、曲の開始が予告なく突然はじまるので、ドキッとして心臓に悪い。しかも「あ~もう朝か。起きようかな~、どうしようかな~」とまどろむ幸せなひとときに、まるで追い立てられるような旋律です。映画「アマデウス」で見せた、あのモーツァルトのけたたましい笑い声が、無慈悲に響きわたるように感じるほどです(^_^;)/
で、再び昨年と同じボロディンの「弦楽四重奏曲第1番&第2番」に戻したら、不満はなくなりました。これはほんとに幸福な音楽だからなぁ。
モーツァルトは、やはり覚醒時の音楽だ、ということなのでしょう。

(*):田部京子さんのピアノで、ヘスス・ロペス=コボス指揮、ローザンヌ室内管弦楽団による演奏。今、通勤の音楽として聞いていますが、これはとてもいい演奏です。
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福田進一「19世紀ギター・デビュー!」を聞く

2006年10月22日 07時10分32秒 | -独奏曲
夏場にラジカセで目覚し音楽として使っていたCDです。はじめは、普通の現代ギターを使って19世紀のギター名曲集を演奏したものかな、と思っていましたが、部屋に持ってきてステレオで聞くと、ちょっと響きが違う。実は現代ギター以前に用いられていた、やや小ぶりのギターである「19世紀ギター」の魅力をたっぷりと味わえる曲集であり、録音でした。
「ラコート」という1840年頃の19世紀ギターを演奏しているのは、福田進一さん。1840年と言うと、R.シューマンがクララ・ヴィークと結婚し、交響曲第一番を作曲し、数々の歌曲を生み出していた頃。いわば、当時の古楽器を用いた演奏です。

(1)ナポレオン・コスト、「夢」Op.53の1
(2)~(5)フェルナンド・ソル、「エチュード」Op.6-12, Op.29-17,Op.35-22, Op.31-23
(6)同、モーツァルト「魔笛」の主題による変奏曲 Op.9
(7)同、「ワルツ」Op.32-2
(8)ディオニシオ・アグアド、「華麗なロンド」Op.2-2
(9)ナポレオン・コスト、「交響的幻想曲」~アンダンテ Op.38-14
(10)同、スペインの歌「カチューシャ」によるカプリス Op.13
(11)ヨハン・カスパル・メルツ、「ハンガリー風幻想曲」Op.65-1
(12)同、夕べの歌「吟遊詩人の調べ」 Op.13 より

聞きなれたソルのロ短調のエチュードOp.35-22や、「魔笛」の主題による変奏曲などが、爪を伸ばしてはじくのでなく、指頭を使って、共鳴をやや抑えぎみに響く音色で演奏されると、これはまた、なんともチャーミングです。

1994年11月、埼玉県の秩父ミューズパーク音楽堂にてデジタル録音された、DENON COCO-70452 という型番。クレスト1000シリーズの価値ある1枚です。
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orzは何を表すのか

2006年10月21日 05時57分23秒 | Weblog
若い方のブログに、よく orz という記号があるのを目にして、何の意味だろう?と不思議に思っていましたが、最近ようやくその意味を知りました(^_^;)>poripori
「くずおれる」姿を表しているのだそうですね。ははぁ、なるほど。そういえばそんなふうに見えるから不思議です。こんなページがありました。

MY くずおれる男コレクション

作者は「~別に集めてた訳じゃないけど気が付くと貯まってた~」と言ってますが、たぶんこれはポーズでしょう、ぜったいある時期から意図的に集めましたね(^_^)/
思わず笑ってしまいました。

ところで、「くずおれる」イメージというと、どうしても「星飛勇馬」を思い出してしまうのは、一定の年齢以上の世代というべきなのでしょうね(^_^;)>poripori

「あたいはいつもくずおれてるわよ」と写真の母ネコが言ったとか言わなかったとか(^o^)/
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恩田陸『夜のピクニック』を読む

2006年10月20日 20時53分13秒 | 読書
東京駅で山積みになっていた、恩田陸著『夜のピクニック』をようやく読みました。
高校生活最後の歩行祭、学校を出発し少々の仮眠を取っただけで往復80kmを歩き通し学校に戻る、ただそれだけの行事の一部始終が淡々と語られます。往路はクラスごとの集団歩行。その中で伏線として語られるのが、少年と少女の生い立ちです。異母兄妹が同じ高校の同じクラスになり、互いに意識しながら反発のために口もきいたことがない状況にあり、しかし二人の不自然さに級友は気づいている。この歩行祭の復路、自由歩行をきっかけに、せめて自然に話ができるようになりたい、という願いがかなうまでの、ゆったりした和解の物語です。もっとも、これが物語と言ってよいのかどうか。
作者のことはよく知りませんが、たぶん比較的若い人なのだろうと思います。「ウォーターボーイズ」「スゥイング・ガールズ」などと共通するものを感じます。殺人もラブシーンも大金も権力も登場しない。肩をいからせた事大主義からはだいぶ離れた価値観だから、そんなふうに感じるのでしょうか。
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アーネスト・サトウが聞いたクララ・シューマン

2006年10月19日 20時27分42秒 | クラシック音楽
1988年11月22日付けの朝日新聞には、幕末から明治の日英のキーマンの一人であった、アーネスト・サトウの日記抄をもとにした、萩原延寿「遠い崖~サトウ日記抄」第1579回が掲載されていました。この記事の内容に興味を持ち、なぜかこの回だけをスクラップしています。

これによれば、明治9年(1876年)、サトウは休暇を得てイギリスに滞在し、音楽会に頻繁に顔を出しています。

3月18日、クリスタル・パレスの音楽会。モーツァルト「フィガロの結婚」序曲、ヨアヒムのヴァイオリン協奏曲「ハンガリー風」、シューベルトの未完成交響曲、シュポーアのヴァイオリン協奏曲第9番アダージョなど。
3月23日、フィルハーモニック・コンサート。メンデルスゾーン「フィンガルの洞窟」序曲、ウェーバー「オイリュアンテ」序曲、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、シューマンの交響曲第2番、ショパンのノクターン嬰へ短調など。ピアノ演奏はシューマン夫人。
3月24日、セント・アン教会でバッハの「ヨハネ受難曲」
3月25日、土曜のポピュラーコンサート。シュポーアの弦楽五重奏曲、シューマン「クライスレリアーナ」2番・4番・5番・8番、シューマンのピアノ五重奏曲など。ピアノ演奏はシューマン夫人。
3月31日、エクセター・ホール。ハイドンのオラトリオ「天地創造」
4月1日、クリスタル・パレスの音楽会。モーツァルト「魔笛」序曲、ヨーゼフ・ヨアヒム・ラフのチェロ協奏曲、メンデルスゾーンの交響曲「スコットランド」、モーツァルト「フィガロの結婚」のアリア「恋の悩みを知る者は」など。

ほとんど音楽の飢餓状態のようですね。無理もない。日本では、生麦事件や薩英戦争に遭遇し、明治維新の動乱に立会い、通訳としてサムライとわたりあったのですから。しばらくぶりの休暇に、好きな音楽に浸っている気持ちがよくわかります。

この頃、クララ・シューマンは57歳、夫シューマンが亡くなり20年の歳月が過ぎていました。ブラームスは43歳、交響曲第1番を書いている真最中です。クララ・シューマンが、ハイティーンの娘たちを育てながら、夫の作品を精力的に演奏旅行して回っていたことが窺われる記録でもあります。

なんだか、教科書の歴史にはない、なまなましさが感じられます。
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デュマ『モンテ・クリスト伯』を読む(5)~モレル氏の恩に報いる~

2006年10月18日 20時23分38秒 | -外国文学
シャトー・ディフから逃れ、モンテ・クリスト島でスパダの財宝を手にしたエドモン・ダンテスは、14年間の牢獄生活の始まりとなった故郷マルセイユを訪ねます。父の餓死と婚約者メルセデスの行方は不明、などという消息は悲しいものでした。

ポン・デュ・ガール旅館に仕立屋だったカドルッスを訪ねたのは、ブゾーニ神父という人でした。神父はエドモン・ダンテスの死亡を告げ、かつての友人にと残されたダイヤモンドを示します。カドルッスは、ダンテスがどのように告発されたかを語りますが、それはファリャ神父が推測し示したとおりでした。フェルナンはメルセデスを妻としてモルセール伯爵となっていること、ダングラールは銀行家となり男爵として有力な地位を築いていること。14年の歳月は、無慈悲なものでした。

ローマのトムスン・アンド・フレンチ商会の代理と名乗る一人の気まぐれなイギリス人がイフの刑務所を訪れ、囚人の記録を調べます。その一人はファリャ神父で、もう一人はナポレオン・ボナパルトの復帰に貢献した危険な男とヴィルフォールが記載した、エドモン・ダンテスの記録。そしてモレル氏の嘆願書の束でした。

しかし、ダンテスの無実を信じ、赦免のために奔走してくれたモレル氏はどうなっていたのか。不運続きで持ち船を次々と失い、今ではかつてエドモン・ダンテスが乗り組み、船長になるはずだったファラオン号ただ一隻を残すばかりとなっていました。そんなモレル父子商会に最後の不運が襲います。すべての運をかけた航海で、ファラオン号は嵐のために沈没してしまうのです。救助された乗組員たちからこの報せを聞いたモレル氏の言葉は胸をうちます。
「ありがとうございます、神さま」そして続ける。「少なくとも、あなたが叩きのめしたのは、わたしだけで済んだのです」

イギリス人が手形を書き換えてくれたおかげで、金策は数ヶ月の余裕ができました。モレル氏はパリに行き、大嫌いなダングラールにも頭を下げますが、ダングラールはにべもなく断ります。マルセイユに戻ったモレル氏は、ついに万策尽きて死を決意します。

ここから後は、とてもいい場面です。そう、本当にいい場面です。船乗りシンドバッドとの約束を守ったモレル氏の娘ジュリーが飛び込んでくる場面、その手に握られたふるい財布。誠実な息子マクシミリヤンは、後で重要な役割を演じます。
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家電量販店にて

2006年10月17日 21時05分50秒 | Weblog
いつもDVDを買いに行く家電量販店で、しばらくぶりにオーディオ部門を見てきました。録音のできるMDプレイヤーを見に行ったのですが、あまりの様変りに、しばらく呆然としてしまいました。なんと、携帯型のMDプレイヤーやCDプレイヤーはすっかり場所を減らし、録音可能タイプは選択の余地なし。ハードディスク系やシリコンディスク系統のものが花盛りです。某リンゴ社の携帯型音楽プレイヤーの浸透は承知していましたが、家電・音響メーカーがこぞって自社ブランドの製品を出し、ミニコンポもハードディスクを装備したりUSB等を通じてパソコンなしで記録転送できることをうたうなど、今やメディアを購入して曲名を手書きで書き入れたりする時代ではないのですね!
う~む、時代はヲジサンの先を進んでいるなぁ(^_^;)>poripori
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