電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

雪の中を上京予定です。

2006年03月31日 08時58分27秒 | Weblog
子どもの入学式に出席するのは高校までとしていましたが、息子の大学では土曜日に入学式をするという。家内は出てみたいとせっつくし、転勤のほうも四月の頭は連休です。では、行ってみるかということになり、本日休みを取って上京の予定。その前(仕事が春の繁忙モードに突入する前)に、せめて床屋に行っておかなくては。
そんなわけで、数日ブログの更新はお休みいたします。息子が住むところを見てくるほか、息子の大学の大先輩である叔父宅を表敬訪問する予定もありますが、往復の列車の中で、あるいはショップで、こんな予定を立てております。
(1)ミシェル・ベロフの演奏でドビュッシー「前奏曲集」第2巻のCDを聞く
(2)ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』第5巻を読了する
(3)山本周五郎『ながい坂』上下巻を読む
(4)東京でシューマンの「幻想小曲集」等のいいCDを探す
あいにくの雪降りのお天気ですが、明日は晴れそうです。
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ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』第4巻を読む

2006年03月30日 21時24分15秒 | -外国文学
思いがけない春の雪にびっくりしたが、岩波文庫版チャールズ・ディケンズ著『デイヴィッド・コパーフィールド』の第4巻をようやく読了した。

ドーラに夢中になり恋に落ちたデイヴィッド・コパーフィールドは、ドーラの父・スペンロウ氏に交際を禁じられる。だが、スペンロウ氏の突然の死去により、ドーラは窮状に陥る。デイヴィッドはドーラを救うべく決意を新たにする。ウィックフィールド氏の弱みに付け込み、共同経営者に成り上がったユーライア・ヒープが、優しいアグニスを狙う意図をデイヴィッドに明かしたのは、デイヴィッドはドーラに夢中だから、話しても大丈夫だと安心したからだろうか。借金苦のミスター・ミコーバーがヒープのもとで働くことを危惧するデイヴィッドの心配も無理はない。
失踪したエミリーを探してやまないミスター・ペゴティは、デイヴィッドからエミリーが不幸な娘マーサに優しくしてやったことを聞き、マーサに協力を依頼する。
友人トラドルズと一緒に出かけたドーラの伯母さんたちの家で、ドーラと再会するが、善良なトラドルズを嫌ったり、現実を避けようとするドーラの愚かさと、恋愛に関する伯母さんたちのヘンさ加減が際立つ。
デイヴィッドが決意したのは、速記法を修得し、収入と生活を確立すること。ヒープが画策したのは、ストロング先生とその若い妻アニーとの溝を広げること。だが、ミスター・ディックのおかげで判明したのは、アニーが悩みの元凶-それはたえず邪魔をする母親の存在であり、夫ストロング氏の年齢ではなかった。ドーラはアグニスと仲良くなり、信頼を寄せる。
速記法を修得し、議会の論議を新聞に紹介する記事を書くとともに、小説を書きはじめ、デイヴィッドの収入はようやく安定する。デイヴィッドは晴れてドーラと結婚することになる。だが、愛し合う二人の実際の生活は幸せなものと言ってよいのだろうか。デイヴィッドを愛することについては疑いのない「赤ちゃん奥さん」のドーラ。その面倒を見ながら生活に奮闘するデイヴィッドの心に、「考え方と目的とが、互いに噛み合っていないような結婚ほど、夫婦の間に溝が出来るものはない」「心が未熟だったために誤った最初の軽はずみな行い」というアニーの言葉が、苦く響く。
あるとき、ミス・ダートルを通じて、失踪したエミリーの消息が知れる。故郷を懐かしむエミリーは、外国でスティアフォースに捨てられ、こともあろうに召使リティマーに与えられ、憤激し暴れたために監禁され、ようやく逃亡したというのだ。だがエミリーは、故郷ヤーマスの舟の家に帰ることができず、ロンドンにたどり着いたところをマーサに発見される。
デイヴィッドの方も、愛犬ジップの衰えと共に、愛するドーラが次第に元気がなくなり、衰弱していく。衰弱の原因はよくわからないが、この生活ぶりを見ると、どうも栄養失調のような気がしないでもない。そして、ユーライア・ヒープのもとで働くミコーバー氏は、何か秘密を持ち、人間性も歪みを生じたようで、ヒープを憎みののしる言葉を残して去る。

さて、最後の第5巻は、いよいよ悪党ユーライア・ヒープとの対決か。楽しみだ。
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ドビュッシー「前奏曲集第1巻」を聞く

2006年03月29日 21時03分49秒 | -独奏曲
このところ、陽気がだいぶ良くなってきたので、ドビュッシーの「前奏曲集第1巻」を聞いている。ミシェル・ベロフのピアノで、DENON COCO-70534というCDだ。以前にも書いたことがある(*)が、私がドビュッシーのピアノ音楽に親しんだのは、ずっと昔に千円盤LPでマグダ・タリアフェロの演奏を通じてだった。ただ、いかんせん録音が古かった。ピアノの低音がびんびん響くような、鮮明な録音であればなぁ、と残念に思ったものだ。この演奏は、1994年から95年にかけて、スイスのラ・ショー・ド・フォンでデジタル録音されたもので、お馴染みの「亜麻色の髪の乙女」などは比較的ゆったりと奏されており、ドビュッシーの不思議な響きを実に鮮明にとらえている。

ミシェル・ベロフというピアニストは、FM放送で聞いた、オリヴィエ・メシアンの曲の演奏で知るようになったと記憶している。当時は、それほどフランス音楽に惹かれることはなかったので、特に注目することもなかった。先日、知人の結婚披露宴に出かけた際に、たまたま購入してきたものだ。通勤のカーステレオ向きの音楽ではないが、自宅で静かに楽しむにはとてもいい。

昨日は職場で送別会を開いてもらい、勢いでだいぶ飲んだ。いい職場で、幸せだったと思う。

(*):録音データを調べる
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子どもの家族会員ユーザーIDを解約

2006年03月27日 21時09分50秒 | Weblog
この春から上京し、晴れて大学生となる子どもが使っていた、ニフティの家族会員IDを解約した。最大時には私を入れて四名が家族会員として利用していたが、これで私と妻と二人だけになった。プロバイダの利用状況にも、家族の状況があらわれている。

今日も素晴らしいお天気だった。写真は、大朝日岳から以東岳に連なる純白の朝日連峰の遠景。車中から見る風景も、転勤によりあと数日で一変する。自宅に戻り、ミッシェル・ベロフのピアノで、ドビュッシーの「前奏曲集第一巻」と「子供の領分」を聞く。今の時期は、ドビュッシーの感覚的な響きが自然に耳に入る。
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ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』第3巻を読む

2006年03月26日 15時29分46秒 | -外国文学
両親を失いながらも、人を疑うことを知らない持ち前の素直さで、なんとか成長してきたデイヴィッドは、帰省した折に幼いエミリーに学友スティアフォースの美質を語り、憧れを吹き込む結果となっていた。成長して美しい娘となったエミリーは、同じく孤児のハムの純情にほだされ、婚約していたのだったが、デイヴィッドが連れてきたスティアフォースに惹かれ、ハムを捨てて駆け落ちする。ペゴティの兄ダニエルとハムの悲嘆は痛切だ。どこまでもエミリーを探しに行く決心をしたペゴティの兄さん、働き続けて待つ決心をしたハム、二人が一晩中かかって出した結論には、一点の疑いもない。

かっこいいが軽薄で無慈悲なスティアフォースにまいってしまうエミリーは、都会育ちのプレイボーイに憧れ出奔する田舎娘の典型的なタイプか。そうかと思えば、中身のない人形のような気まぐれ娘ドーラにひとめぼれするデイヴィッドは、まだまだ人を見る目がないということだろう。それにしてもディケンズの小説『デイヴィッド・コパーフィールド』の前半は、ユーライア・ヒープはもちろんのこと、スティアフォースといいリティマーといい、悪役がやけに存在感がある。

そして後半は、デイヴィッドがミスター・スペンロウの娘ドーラに恋し舞い上がった状態が描かれる。年若い青年が、きれいでかわいい女性に恋をするのは、洋の東西を問わないのかもしれない。そして、恋は見境いのない情熱だが、生活には互いの智恵と忍耐が必要だ。それが片方には欠けていたら?たぶん、残念な結果に終わることだろう。デヴィッドとドーラの婚約の仲立ちをしてくれたミス・ミルズは心優しい人だが、人生を洞察する経験には乏しかったというしかない。

ベッツィ・トロットウッド伯母さんが破産し、ディックとともにデイヴィッドの住まいにやってくる。共同経営者に実権を奪われたウィックフィールド氏とその娘アグニスも訪ねてくる。蛇のように執念深いユーライア・ヒープは、零落しつつある人々の前で、うわべは慇懃に、しかし実際には無礼にも勝ち誇る。
デイヴィッドは、生活のために退職した恩師ストロング博士の助手を兼務することになる。善良な恩師は、まだ若い妻アニーがいとこのジャック・モールドンとの関係に悩んでいることに気づかない。ディックは文書清書の仕事でトロットウッド伯母さんを助けることに意欲を燃やし、ミコーバー氏はユーライア・ヒープのもとで働くことになる。こうして、物語の後半の主題の一つであるユーライア・ヒープとの戦いの布石は着々と打たれていくのである。

写真は、30年ほど前に、若い美術学生からもらった習作。フランスの世界遺産モン・サン=ミシェルの修道院を描いたものらしい。美しい風景だが暗い空の色に、失踪したかわいそうなエミリーを連想する。
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我が家で一番最初に咲く花

2006年03月26日 07時20分26秒 | 散歩・外出・旅行
雪が融けると、それまで雪で隠されていた地面があらわになってくる。枯葉の下に、水仙の芽が顔を出し、どんどん伸びてくる。山間部なら、さしずめカタクリの花が咲いているところだろう。私の家では、一番最初に咲くのが、クロッカスである。何十年もずっとほったらかしになっているので、葉は小さく可哀想なくらいだが、毎年早春のこの時期に、律義に可憐な花を咲かせる。古い家には、あちこちにこんな花が咲くポイントがある。たぶん、最初は祖父か曾祖母あたりが植えたのだろう。八重咲の古い水仙は、どうやらそのずっと前の先祖が植えたものらしい。ラッパ咲きの水仙は、老母がお嫁に来てから植えたものだと言う。今までの家族が、それぞれに好きな花があり、老父と私は豪華な芍薬が好きで、裏の畑に芍薬を何本も植えている。休日に、古い家の周囲をぐるりと回ると、季節に応じ、家族のゆかりの花が咲く。私には、印象の薄い戒名の刻まれたお墓よりも、これらの花の方で故人を思い出す。墓を守る跡取り息子の立場では、いささか不謹慎な感想かもしれないけれど。
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今日も素晴らしいお天気・・・でも休日出勤

2006年03月25日 20時39分54秒 | Weblog
ここ数日、素晴らしいお天気が続いている。写真は、すっかり雪が消えた田んぼの向こうに見える月山。通勤の車中、こんな風景を見ながら通ってきたが、それももうすぐ終わりになる。また別の職場に転勤することになった。今の時期は、残務整理で大忙しだ。今度は、仕事の内容もがらりと変わりそう。ただ、職場の環境が変わっても車で通勤できることに変わりはないし、今度は通勤路に郊外型書店もあるようだ。その意味では、楽しみな面もある。

大学の卒業式と祝賀会を終えて、子どもが帰宅。この春からは大学院生となる。親戚からお祝いの花が届いていた。私もタケダワイナリーの「蔵王スター」アイスワインのロゼで乾杯。カルミナ四重奏団の演奏で、ハイドンの弦楽四重奏曲第77番「皇帝」を聞いています。ただいま、ほろよい加減であります。
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住所録データベースのこと

2006年03月24日 21時46分44秒 | コンピュータ
ふと思いついて、住所録データベースを印刷してみた。私の住所録は、ずっと前からデータベースで管理している。MS-DOSの時代は、アシストカードのようなカード型データベースとともに、いざという時のためテキストデータで管理していた。Windowsの時代になってからは、もっぱら DOS の時代から愛用している MS-WORKS のデータベース機能を使った。写真は DOS の時代の MS-WORKS2.5 と ThinkPad220 だが、Windows3.1 と Windows95 では MS-WORKS3.0 を、Windows98 では MS-WORKS99 を利用し、現在は MS-WORKS2001 を使っている。使ってみて総合的に一番できのいいのが MS-WORKS99 であるように思うが、データベース機能はあまり大差がない。レポート作成で住所録一覧表を出力してみた。これで、万が一電子データをすべて失ったとしても、最低限の連絡は取れる。
ところで、Linuxユーザーはこういう用途ではどんなふうにしているのだろう。もちろん、テキストデータベースで対応もできるが、葉書印刷や宛名ラベル作成や手帳用のリフィル形式の印字出力などを考えると、やはりデータベース・マネージメント・ソフトを使うほうが便利だろうと思う。Linuxにおけるデータベースのことはよくわからない。
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ひたすら眠い

2006年03月23日 20時49分46秒 | Weblog
昨日・今日と、一定の重要な意志決定を要する重量級の会議が続いた。帰りの車中も、眠い眠い。家に帰ってから、赤ワインを飲んで一休み。とにかく疲れたので寝ることにする。明日はまた子どもの大学の卒業式がある。お天気になるといいが。
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メンデルスゾーン「弦楽四重奏曲第2番」を聞く

2006年03月22日 22時10分18秒 | -室内楽
このところ、若いメンデルスゾーンの曲を聞いている。3月8日に八重奏曲、10日にピアノ三重奏曲を取り上げた。最近、通勤の車中で聞いていたのがこの曲、弦楽四重奏曲第2番イ短調、作品13である。
この作品、添付の解説によれば、メンデルスゾーン18歳の1827年に作曲されたもので、実際は第1番よりも先になるという。ベートーヴェン以後、特別なジャンルとなってしまった感のある弦楽四重奏曲という分野で、習作を除き六つの弦楽四重奏曲を書いたメンデルスゾーンの出発点となった。
実際、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲のあとに書かれた作品で、若者らしい濃厚なロマン的気分を持ち、しかもしっかりと構成感も感じさせる、充実した作品であると思う。通勤の車中にずっと反復し、繰り返し聞くにたえる、新鮮味を感じる音楽だ。

第1楽章、アダージョ~アレグロ・ヴィヴァーチェ。そっとささやくような序奏のあと、イ短調の急速な主部が、情熱的な歌曲のように奏される。(8'05")
第2楽章、アダージョ・ノン・レント。お互いに響きを確かめながら、ゆっくりと語り合うような、静かな楽章だ。同じ主題を追いかけるようにメロディが次の楽器に移っていき、フーガ風の構成になっている。(7'17")
第3楽章、インテルメッツォ:アレグレット・コン・モート~アレグロ・ディ・モルト。子守唄かわらべ歌のようなメロディーが素朴に歌われた後、軽快なスケルツォが展開される。(4'48")
第4楽章、プレスト~アダージョ・ノン・レント。悲劇的な緊張感をたたえた音楽で始まり、ちょうど嘆き悲しむ人が心の痛みを訴えるように、テンポを変えながら展開される。やがて、ゆっくりしたアダージョ・ノン・レントと指示された部分が始まり、始めのメロディが回想されて静かに終わる。(9'14")
total=29'24"

カルミナ四重奏団によるこの録音(COCO-70517)は、同団体によるDENONレーベルへの始めての録音だったそうだ。初録音にメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲をもってくるというのも、カルミナ四重奏団という団体の自負と意欲とを感じることができる。
第1ヴァイオリンのマティーアス・エンデルレとヴィオラのウェンディ・チャンプニーの2人は、この団体を通じて結婚しているようだ。チェロのシュテファン・ゲルナーを加え、カルミナ・トリオとして始まったが、第2ヴァイオリンが加わってカルテットとなり、後に現在のスザンネ・フランクと交代し、現在のメンバーとなっているという。いかにも室内楽の団体らしいエピソードだ。
録音は、1991年1月、スイスのラ・ショー・ド・フォン、ムジカ・テアトルにてデジタル録音されたもの。
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老父母、ひ孫の初節句に行く

2006年03月21日 21時39分59秒 | Weblog
大腸ガンと胃ガンの手術を経てようやく平常の生活が可能となった老父母、お嫁に行った娘のところへたずねていくことにした。ようやく晴れた春のお彼岸の今日、区総会が終わった午後から、老父母を車に乗せて、おはぎを持って出かけた。郊外の道路は車の数も少なく、順調に走る。ほどなく娘夫婦の住いに到着、老父母は初めておひな様を見る。ひ孫「ほにょリータ」はあいにくお昼寝中だった。初めての遠出に多少の懸念はあったが、二人とも体調が良いようで、疲れた様子は見せない。ひとしきり茶飲み話に興じた後、帰る間際になって「ほにょリータ」が目覚め、曽祖父母をお見送り。
帰り道は新しい道路を通り、年寄りの見聞を広める。風は冷たいものの、ぽかぽか陽気の晴天に恵まれ、遠くの景色もよく見渡せる。大きな手術を乗り越えて再び生のありがたさを感じる春である。

写真は、青空に伸びる桃の枝。桃の花が咲くのももうすぐだ。
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区自治会の総会に出席する

2006年03月21日 13時27分16秒 | Weblog
午前中、区自治会の総会があった。年会費を中心にした事業と会計の報告、次年度の計画と予算などを中心に、定型的な報告があったほか、自主防災会やごみステーションの運営報告などが行われ、きわめて良好とのことで、拍手で承認された。特に大きな計画としては、消防ポンプ庫の移転改築、防犯ブザーの寄贈などが報告・諒承された。当地のような地域性の安定した田舎でも、子どもに対する不審者の声かけ事案などがあるのだそうで、社会的に安定するとそのはけ口が弱いものに向かうのだろうか、国際的にもいじめや弱者への暴行などが特徴的になるのだそうだ。私の場合はすでに子育ての峠は越えているけれど、現在幼い子どもを育てている人達には心配なことだろう。困ったことである。そのためにも、区長さんたちによるこうしたタイムリーで細やかな心配りはありがたい。
区自治会の総会というと、以前は年寄りの集りという印象があったが、最近はまったく違和感を感じない。これも、自分たちの世代が年を取り、親の世代が徐々に引退しつつあることを意味する。交代制を取っている役員も少しずつ若返っている。高齢の役員は、子どもが遠方で生活しており、老人だけの世帯となっている例が多い。したがって、冬季間の除雪など、一人暮し老人の日常生活に対する配慮も細やかだ。だてに年をとってはいない。さすがだと感じる。誰も知らない都会の息子や娘の家で孤独な生活をするより、どれほど心安らぐことだろう。老木は根付いたままに枯れるほうが自然であり、無理に移植すべきではないようだ。
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「暑さ寒さも彼岸まで」がタイヤ交換の基準

2006年03月20日 20時37分54秒 | Weblog
昔の人はいいことを言っています。暑い暑いと言ってても、お彼岸を過ぎればだいぶ涼しくなるし、寒い寒いと言っていても、春のお彼岸を過ぎれば暖かくなります。当地の雪の状況は、写真のように植木の間に雪が残っている程度。もっとも、昨日今日と雪が降りましたので、山岳部ではまだまだ油断はできませんけれど。

毎年、冬タイヤを夏のタイヤにはきかえるのですが、その判断の基準がこの言葉です。お彼岸をすぎれば、いくらなんでも冬タイヤで走る必要はなくなります。冬タイヤというのは、いわゆるスタッドレス・タイヤのことです。積雪時の走行は良いけれど、乾燥した路面ではロードノイズが大きく、乗り心地も良好とは言えません。当然のことながら、カーステレオで音楽を聞くにも影響がありますので、夏タイヤにはきかえると、嬉しさもひとしおです。さて、明日はタイヤ交換して、アルミホイールに夏のラジアルタイヤでドライブし、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲を堪能することにいたしましょう。
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結婚披露宴に出席~音楽CDを購入

2006年03月19日 20時45分11秒 | Weblog
今日は、職場関係の知人の結婚披露宴によばれて出席した。会場では、日がいいらしくずいぶん何組も披露宴を挙げるカップルが目だった。おひらきの後、いつものショップで音楽CDを購入、ほろ酔いのご機嫌で帰った。
今日、購入したのは、カルミナ四重奏団によるハイドンのエルデーディ四重奏曲Op76の六曲(DENON,COCO-70790-1)、ミッシェル・ベロフのドビュッシー「前奏曲集」第1巻(同 ,COCO-70534)と第2巻(同,COCO-70535)。ハイドンの弦楽四重奏曲は、実は中年になってから魅力を感じるようになったもので、若いときにはちっとも楽しいと思わなかった。年を取るということは、失うものもたくさんあるが、得るものもまたあるということだろう。これまでは、ナクソスのコダーイ・クヮルテットの演奏で親しんでいるが、カルミナ四重奏団がどんなふうに演奏しているか、また楽しみだ。

そんなわけで、今日はディケンズの『デイヴィッド・コパーフィールド』第3巻の途中まで読んだ。ベッツィ・トロットウッド伯母さんの援助により、スペンロウ・アンド・ジョウキンズ法律事務所で年季契約で働くようになるが、アグニスの父ウィックフィールド氏は、ユーライア・ヒープを共同経営者にせざるをえない破目に陥り、再会した学友トラドルズは、ミコーバー氏の破産の巻き添えを食って結婚延期となり、デイヴィッド本人はドーラに一目惚れ。ハムと結婚するはずだったエミリーはこともあろうにスティアフォースと駆け落ちをする。今日はとりあえずそこまでとし、続きが楽しみ。
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子どもが家を出る準備をする

2006年03月19日 08時58分20秒 | Weblog
この春から、晴れて都会の大学生活を送ることとなった末っ子が、あれこれ考えながら家を出る準備をしている。ここ数日、紳士服店でスーツを買ったりするのに私もつきあったりしている。普段は中年おやじの意見を聞いたりはしないのだが、母親よりも父親の意見を選択の参考にしようということらしい。
高校生の感覚で言えば、スーツやジャケットなどは大人の着るものであり、自分たちはよれよれのユニクロ・ウエアで十分だということかもしれないが、さすがに普段着とフォーマルとを分ける必要は感じているようだ。昨日は、ジーンズの上にも着られるデザインのジャケットを買った。いつもの店長に一言挨拶したら、御得意さんということで、値札から三割引いてくれた。おかげで、息子が2枚、私が1枚、音楽CDを購入できた。私が買ったのは、モーツァルトとベートーヴェンの、ピアノと管楽のための五重奏曲、ジェームズ・レヴァインのピアノ、アンサンブル・ウィーン、ベルリンという、シェレンベルガー(ob)、ライスター(cl)、ヘーグナー(hrn)、トゥルコヴィッチ(fg)という豪華メンバー。
次に電器店に行き、MD/CDの聞けるラジカセを購入。自分の部屋ではDVDデッキとアンプで自作スピーカを鳴らしているのだが、さすがにそれを持っていこうとは言い出さなかった。本はずいぶん買い込んでいるようだが、身の回りはできるだけコンパクトにしようということらしい。
帰ってから、子どもが落っことしてへこんでしまったと言うので、MDウォークマンを分解してみた。アルミの筐体が少しへこんでいるものの、内側から少しずつたたいて平らにしてやると、メカ自体は大丈夫だったようで、動き出した。ガム電池を更新し、もうしばらく使うことにした。
妻は寝具の心配をしている。なんだかんだでずいぶんな荷物になるようなので、引越しパックに頼むことになりそうだ。
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