電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

特定のジャンルについて長期間使いつづけるノートは

2011年11月30日 06時01分04秒 | コンピュータ
私が使っているノートの中で、コンピュータ関係の小型ノートがあります。最初の日付が890326となっていますので、1989年からずっと使い続けているB6判の初代キャンパスノートです。内容は、その時々の年代のシステム構成を書き留め、常用するソフトウェアについての覚えを記したもので、コンピュータや周辺機器を買い換えたり追加したりするたびに、ブロック図のような形でシステム構成を書き出したり、主なソフトウェアと用途を一覧しているものです。

1989年頃の記述から、当時、コンピュータの私的な利用について、どんなふうに考えていたかがわかります。

(1) データ処理 -- 表計算やデータベース
(2) 文書作成編集 -- ワードプロセッサ、テキストエディタ
(3) プログラミング -- 市販ソフトで不足な部分を補完
(4) スケジュール管理 -- システム手帳のダイアリーリフィルを自作
(5) 受発信管理 -- 文書や私信等の受発信管理
(6) パソコン通信 -- コミュニケーション

今になって振り返って見ると、

(4) スケジュール管理 -- 手帳に手書きで一本化した方が、結局は良かった。
(5) 受発信管理 -- メールボックスを見ればすむ。テキストファイルの記録は、当初の目的から離れて一般的な備忘録に変化していき、個人的な記録として重要な意味を持つようになった。
(6) インターネットの普及 -- パソコン通信自体はすたれたが、コミュニケーションそのものは継続した。
(7) 画像編集、音声編集などが普通にできるようになった。
(8) プレゼンテーション -- 画像等を簡単に扱えるようになった結果、素材を効果的に編集できるようになった。

などが、当初考えたことから変わったところでしょうか。

おそらく、仕事を離れて定年退職すれば、コンピュータ利用の中身もずいぶん変わってくるのだと思いますが、そうなれば、「表計算で確定申告」や「同窓会名簿のデータベースによる管理」などの比率が、相対的に高くなってくるのでしょう。

コンピュータのような、特定のジャンルについて長年記録したノートは、時代の変化をコンパクトかつ明瞭に写しています。おもしろいものです。

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ヒヨコ舎編『机』を読む~机を片付けるぞ!プロジェクト

2011年11月29日 06時06分31秒 | 手帳文具書斎
もし、あなたの机を見せてほしいと言われたら、現状では即座に「お断りします」と言うでしょう(^o^;)>poripori
一度、きれいさっぱり片付けたはずが(*1,2)、いつの間にか元の木阿弥に。これではならじと心の中では思うものの、実行が伴いません。これは、「美しい机」を目に焼き付けて、モチベーションを高めるに限る(^o^;)と、ヒヨコ舎編『机』という本を、図書館から借りてきました。

漫画家、建築家、写真家、人形作家、劇作家、自転車店店主などの漢字系から、プラネタリウムクリエーター、コスチュームアーティスト、ロボットデザイナー、ブックデザイナー、クリエイティブディレクター、ルアービルダー、イラストレーターといった横文字系まで、様々な机が写真と文章で紹介されます。登場しているそれぞれの方々のお名前は存じ上げませんが、おそらく現役で活躍中の方々ばかりと思われます。

うーむ。拝見した机は、文筆よりは工房志向の色合いが強いようで、むしろ私の机以上に乱雑なものもあり、モチベーションアップに貢献できたかはきわめて疑問です。ですが、机の配置には、おおむね二通りのタイプがあることがわかりました。それは、

(1) 壁や窓に向かって机を配置し、背後のスペースを空けるやり方
(2) 部屋の中央に向かって机を配置し、窓や壁を背にするやり方

の二つです。
私の場合は、コンピュータ機器の配線のしやすさから、後者のタイプになっています。北側を背にしていますので、窓の映り込みは最小限です。

そうか。逆に快適すぎて立ち上がるのが億劫になり、片付けるのを後回しにしてしまうのかもしれない。後で使うという見通しを言い訳に、机の上にモノを雑多に積み上げるものだから、せっかくの机上のスペースが生かせないのでしょう。これは、がたがた屁理屈を言う前に、気合で片付けるのが良いようです(^o^;)>poripori

(*1):デスクの上が片付かない理由~「電網郊外散歩道」2008年2月
(*2):昔のデスクの様子を調べる~「電網郊外散歩道」2008年2月

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今年は山響の「第九」を聴くことができそうです

2011年11月28日 06時01分50秒 | クラシック音楽
これまでずっとご縁がなかった山響の「第九」、今年は12月27日(火)の予定ということで、なんとか聴くことができそうです。師走のスケジュールの合間にもぐりこませた休みを当てにして、はじめてチケットを購入しました。よくよく聴いてみると、この公演は山形テルサホールの企画による演奏会だそうです。いつもですと、山響チケットサービスにお願いして送ってもらい、料金を振り込む形を取ることが多いのですが、今回は妻が山形市内に出向く機会がありましたので、なんとか一般指定席を確保できました。全席指定で、一般が@4,000円、学生券が@2,000円です。テルサホールに行けば、ボックス席も@5,000円で買えるらしいとのことでした。

指揮は音楽監督の飯森範親さん、演奏は山形交響楽団、合唱は山響アマデウス・コアです。この合唱団のレベルの高さは、先のモーツァルト定期等の演奏会(*1,2)で体験ずみです。興味の持たれるソリストは、ソプラノの本松三和さん、アルトの星由佳子さん、テノールの西村悟さん、バリトンの大西宇宙さんです。考えてみれば、以前、関東在住だった頃に、たしか読響の「第九」を聴いて以来かもしれないナマの「第九」演奏会です。ベートーヴェンの交響曲はもう飽きたなどとは口が裂けても言えません。今から楽しみにしています。

(*1):山響モーツァルト定期で交響曲第8番・第19番と「孤児院ミサ」を聴く~「電網郊外散歩道」2011年10月
(*2):山響モーツァルト定期で交響曲第21番と「魔笛」ハイライトを聴く~「電網郊外散歩道」2011年2月


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小春日和の陽だまりに

2011年11月27日 06時02分53秒 | アホ猫
久しぶりに良いお天気の週末、妻と庭木の一部の雪囲いをしました。雪で枝が折れる危険性のあるドウタンツツジや、雪の重みに耐えられない南天などを、天吊りにしたりぐるぐる巻にしたり、素人作業ですが、なんとか格好をつけました。



その間、小春日和の陽だまりに、我が家のアホ猫がひなたぼっこをしています。農作業小屋の西側出入り口に寝そべって、午睡を楽しんでいるのでしょうか。それにしては、耳を後方にそらしていますから、むしろカメラを構えた飼い主(私)に対する警戒モードでしょうか(^o^)/



初冬の時期、猫族にとって、こうした小春日和は貴重な一日です。でも、老母が転んで右手首を骨折してしまいましたので、飼い主のほうは、通院や雪囲いや冬支度で猫の手も借りたいほどなのですが(^o^)/

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喪中のお知らせが届くとき

2011年11月26日 06時01分11秒 | Weblog
11月下旬ともなると、喪中のお知らせが届くようになります。友人知人の父君、母堂が亡くなったという知らせは、ある意味、順番だから仕方がないとも言えますが、

喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます

○月に夫(妻)○○が○○歳にて永眠いたしました
本年中のご厚情を深謝いたしますとともに
明年も変わらぬご厚誼のほどお願い申し上げます

などという葉書をもらうとき、今更ながら胸が痛みます。葬儀にも参列し、故人のご冥福を祈ったものの、残された人が時に感じるであろう寂しさを思うと、切ないものがあります。

願わくは、残された家族の心に平安がありますように。

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車も冬支度

2011年11月25日 06時04分06秒 | 季節と行事
11月も下旬に入ると、さすがに天気予報にも雪マークが登場してきます。11月23日は、晴れの特異日ですので良かったのですが、その前日あたりはみぞれまじりの天候になりました。これはそろそろ準備しておいた方が良いだろうと、11月23日に、通勤用の車の冬支度をしました。

(1) タイヤをスタッドレス・タイヤに交換
(2) ワイパーも冬用ワイパーに交換

(3) ウィンドウオッシャー液を補充し原液に近い濃度にして凍結防止
(4) 車の雪下ろし用ブラシ、スコップ、滑り止めチェーン、牽引ロープ、凍結融解スプレー、曇り止めスプレー等の冬季必備セットの積み込み
(5) 長靴、防寒衣、帽子、手袋、懐中電灯の積み込み

などです。暖地にお住まいの方は、なにを大げさな、と思われるかもしれません。ところが実はそうでもないのです。

1980年代の話ですが、庄内地方の旧立川町から旧藤島町にかかるあたりで、十年に一度という猛烈な地吹雪にあい、前方視界がほとんどなくて、あやうく立ち往生しかけたことがありました。幸いに、すぐ前を走る四駆の尾灯をたよりにのろのろ運転を続けて、なんとか危機を脱しましたが、ずっと後の車はついに立ち往生してしまい、地吹雪で埋まってしまったそうです。車内でエンジンをかけて暖を取っていた方が、一酸化炭素中毒で亡くなった年でした。もし四駆が前にいなければ、道路を見失って雪の中に突っ込み、私も同様の運命にあっていたかもしれません。

最近は、防風防雪柵が普及して、命の危険を感じるほどの地吹雪に遭遇することは少なくなりましたが、油断はできません。いざとなったら車を捨てて脱出し、人家に逃げ込むことできる態勢と覚悟が必要です。雪国のドライバーにとって、冬の装備は、念には念をいれ、最悪の状態を想定して準備するに限ります。

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白菜の収穫が終わる

2011年11月24日 06時04分04秒 | 週末農業
老母が丹精した白菜が、今年も見事に育ちました。夏場の暑さがたたったか、一部に脇芽が育ち、親子白菜みたいなものが出てしまいましたが、なに、自家用にはなにも支障はありません。包丁で根元の少し上から切り取り、写真のように根を残して収穫して、軽トラックの荷台に余裕を持って積み込むことができました。



この上に一輪車をかぶせて自宅に戻り、日当たりの良い作業小屋の前に広げ、天日に当てます。これで、甘さがずいぶん違ってくるのだとか。今年も、美味しい白菜漬や白菜カレー、白菜鍋やキムチ鍋などが食べられそうです。

ほかには、コンテナ数個分ほどダイコンの収穫もありましたので、別途、軽トラックで運搬しました。これも、たくあん漬やおみ(近江)漬などの漬物のほか、キムチにつけたりおでんに使ったり、大根おろしやフロフキダイコンなど、使途には全く困りません。84歳の元気老母の丹精に感謝しながら、美味しくいただきたいと思います。

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恒例の文具店探訪の成果は

2011年11月24日 06時02分35秒 | 手帳文具書斎
少し時間が空いたとき、行きつけの文具店探訪を楽しみにしております。もっぱら筆記具とノート類が中心なのですが、今回は少々色合いの異なる収穫物がありました。それが、「手帳やノートに取り付けるペンケース」、ナカバヤシの「fit around」です。



要するに、ペンが二本入るソフトペンケースの後ろに、長さが調節可能なゴムバンドがついていて、これを手帳やハードカバーのノートの表紙に取り付け、ペンホルダーのないノート類でも複数のペンを携帯できるという製品です。お値段は、希望価格600円のところ504円。
カバーノートには、ペンホルダーやポケットがついていることが多いため、あまり着目したことがありませんでしたが、単純なハードカバーのノートには便利かも。



続いて、各種のノート類です。

(1) マルマンのA5判リングノート「ノートデノート」
(2) LIFE社 のノーブルノート (B6判,横罫,100枚) 800円→714円
(3) ツバメノート社のミニノート (セミA6判,細罫) 150円→134円

いずれも、当面すぐに使う予定はないのですが、キャンパスノート以外の様々な用紙を試してみたくて、購入してきたものです。こういう文具店探訪は、けっこう楽しいものですね。

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高橋義夫『湯けむり浄土~花輪大八湯守り日記』を読む

2011年11月23日 06時04分17秒 | 読書
先に『若草姫』という作品をおもしろく読み(*1)、これが高橋義夫さんの「花輪大八湯守り日記」というシリーズの第二巻であることを知りました。そこで、シリーズ第一作『湯けむり浄土』という作品を読みたくなり、書店で文庫本を探しましたが見つからず、残念に思っておりましたら、偶然というのはあるものです。妻が小学校の読み聞かせボランティアをするということで、大型絵本を借りに出かけた某公立図書館で、お目当ての本を見つけてしまいました。高橋義夫著『湯けむり浄土~花輪大八湯守り日記』です。

かつて在郷の代官をつとめた六十石の花輪家の、部屋住みの次男坊である花輪大八は、「火花の大八」と異名をとるほどの暴れ者でしたが、曲がったことがきらいで真っ直ぐな性格のようです。剣の同門中に黒川武平という巨漢がおり、家格が上であることをいいことに、ことあるごとに大八とぶつかります。黒川が、大八の友人を捕らえて指の骨と肋骨を折るという痛めつけ方をしたものですから、許せないと真剣勝負をするに至ります。大八は、兜割りという戦国時代の古武術で渡り合い、双方が負傷します。この事件が尾を引き、大八は家長となった兄の命令で土蔵に閉じ込められ、謹慎の日々を送ります。一方、黒川武平のほうは一命をとりとめ、剣術修行の名目で領外追放となります。喧嘩両成敗の原則により、大八も出羽国新庄藩から離れ、名だたる豪雪地帯である肘折温泉の湯守りとして赴くことになりますが、先任の湯守りは任期途中で金を誤魔化して逃げたらしく、弟をその後任に据えるために、兄がだいぶ出費をしたようなのでした。物見高い村人は、今度の湯守りがどんな人か興味津々です。

湯守りの仕事というのは、要するに湯治客の入湯銭と酒代の監督係で、老練な勘兵衛や草相撲あがりで体格の良い次郎吉などが実務を行いますので、湯傘の修理などの問題が解決したら、あとはデンと構えていれば良いらしい。大八は、酒と村の娘のおせいをあてがわれそうになりますが、「俺は下戸だ、娘も連れて帰れ」と硬派で直球一直線、娘心の機微などわかるはずもありません(^o^)/
自分が嫌われたとおせいは泣くし、真っ直ぐな気性をお捨は気に入ったらしいです。さらに加えて、悪徳目明しの合海の伝兵衛が強請りに来ればこれを追い返すし、宿屋での乱暴狼藉は許さないし、村人はそんな大八が気に入ったようなのです。

肘折の温泉場に、ある日、病持ちの男と少年が住み着きます。実は敵討ちの旅を続け、肘折銀山に目指す敵がいることを知って、これを待ち受けようと、小屋に滞留しているのでした。大八は、健気な少年が気に入り、二人の世話をします。少年の利発さに、泉庵医師も弟子にしたいと言い出します。相撲の紅葉山のエピソードは、ユーモアとペーソスとが入りまじり、終い湯では村の娘たちが混浴し、大八に唄をうたって良い喉を聞かせる。このあたりの情景も、清々しく色っぽい。敵も死病持ちで、討つ方も余命わずかという経緯に、火花の大八も無常を感じるのか、ずいぶん神妙になります。

ただし、因縁の黒川武平からの果し状が届いたからには、命のやりとりの覚悟を決めて、雪深い冬の最中に次年子村の一本杉の下で勝負をします。せっかくですので結末は伏せますが、雪崩をうまく生かしたあたりは、豪雪地帯を舞台に選んだ作家のうまさでしょう。湯守りの入れ札を前に、来年も大八が湯守りとなるように、村人が嘆願書を出してくれたり、無口で恥ずかしがり屋のおせいから寝ずの看病を受けたり、「すっとび天狗」という新たな異名をもらった花輪大八には、まことに「湯けむり浄土」です。



なるほど、このシリーズ第一作を読んで、先に読んだ第二作『若草姫』の場面設定がよく理解できました。それにしても、作者の高橋義夫さんは、もしかすると男子校出身なのではなかろうか。男同士の意地の張り合い、けんか争闘かけひきの場面は実にうまいのですが、娘心の内奥に立ち入った描写や、大人の女性との実のある会話が少ないところなど、作家の青春時代を、男ばかりの汗くささの中に、つい想像してしまいます(^o^)/

(*1):高橋義夫『若草姫~花輪大八湯守り日記』を読む~「電網郊外散歩道」2011年10月

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寒くなってきて、近頃の目覚ましの音楽は

2011年11月22日 06時05分19秒 | クラシック音楽
だいぶ寒くなってきました。日の出もぐっと遅くなり、早朝起床には条件が悪くなってきています。それでも、目覚ましの音楽は無慈悲に鳴り出します(^o^)/

ただいまの季節、目覚ましの音楽に採用しているのは、ボロディンの弦楽四重奏曲第1番。例の「夜想曲」を含む第2番ではなくて、その前のイ長調の曲のほうです。こちらもなかなかいい曲で、一度同趣旨で記事(*)にしています。静か~に始まるものだから、うっかりすると気持ちよくまた寝入ってしまいそうですが、逆に突然大音響で鳴り出して激怒する、いや、もとい、怒られる(^o^;)ようなものではありませんので、家庭の平和のためには良好な選曲です。この時期になると、なぜかこの曲を選んでしまいます。

ただし、CDではなくて、MDにダビングしたものを使っています。寝床のわきのラジカセは、CDドライブのほうはおやすみの音楽のためにあけておく必要がありますので。

(*):ボロディン「弦楽四重奏曲第1番」を聴く~「電網郊外散歩道」2006年10月
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村上もとか『JIN~仁~』第8巻を読む

2011年11月21日 06時02分41秒 | 読書
集英社漫画文庫版の村上もとか著『JIN~仁~』全13巻シリーズも、第8巻まで到達しました。前巻に続き、川越から江戸への帰路で、物語は始まります。

旅籠の娘お初が川から転げ落ち、木の枝が突き刺さって腹部出血、緊急に手術をすることになります。血液型はO型で、同じ型の咲さんが血液を提供し、輸血しながら執刀することにしますが、なぜか南方先生は消滅しそうになり、お初ちゃんは助かりませんでした。このことで、咲さんは三重の痛手を負います。一つ目は、輸血により相当に多くの血液を失ったこと。二つ目は、にもかかわらず少女を助けられなかったこと。三つめは、尊敬し愛する南方先生が眼前で消えかかったこと。咲さんの迷いは深いようです。

一方、江戸の仁友堂には、全国から40名異常の医師たちが、ペニシリンの製法と使用法を学ぶために集まって来ていました。その中には、シーボルトの子である楠本イネも混じっています。咲さんは、表紙イラストのように描かれた楠本イネ先生から励まされ、少し元気になります。産科が苦手な仁先生、楠本イネさんの経験を手助けに、幕末期無麻酔帝王切開を敢行!痛そう……(^o^;)>
生まれた赤ちゃんを「お初」と命名したと聞き、大井宿で助けられなかった少女のトラウマから、少しだけ解放されます。ここも、いい場面です。

そして南方先生は、幕府の軍艦で長崎へ。出島の精得館の医学所で、ペニシリンの講義と実習を行いますが、ボードウィン医師は経歴不明の南方先生を疑っています。そこへ起こったのが、グラバーへの傷害事件です。命に別状はなかったものの、刀傷を受けた箇所が、治療の難しいところです。南方先生は、ルーペと針金を用いて、涙小管断裂の手術に成功し、眼科が専門のボードウィン医師も、南方先生の実力に感服してしまいます。

長崎では、さらにからくり儀右衛門こと田中久重と知り合い、坂本龍馬が結成した亀山社中の面々とも大宴会(^o^)/
龍馬クンは、咲さんに顔向けできないようなことを画策するのですが、堅物の仁先生には残念ながら空振りに終わります。さらに坂本龍馬クン、グラバー邸では東修介の白刃を前にして、「新しい世界が見てみたい」と豪語します。うーん、このあたり、どうしても坂本龍馬=内野聖陽のイメージになってしまいます(^o^)/


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ジョージ・セル指揮クリーヴランド管でチャイコフスキー「交響曲第5番」を聴く

2011年11月20日 06時04分44秒 | -オーケストラ
ボロディンの交響曲第2番、第3楽章で登場するホルン・ソロの旋律に触発されて、チャイコフスキーの交響曲第5番を聴きたくなりました。記事としては、すでに掲載(*1)しておりますが、今度はすでに公共の財産となっている、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による凛とした演奏です。



録音は、最新のものと比べればさすがに時代を感じますが、響きは濁らず透明で、演奏は素晴らしいものです。第1楽章、冒頭のクラリネットによる暗い序奏もブラボーですが、その後に展開される音楽の素晴らしいこと。第2楽章の例のホルン・ソロも、ここぞとばかり吹くのではなくて、全体の中でバランスのとれた、控えめですが格調高いものです。チャイコフスキーに嫋々たる風情や泣き節を求める場合は、この演奏はふさわしいとは言えないかもしれません。でも、変な言い方ですが、「気品あるチャイコフスキー」と感じます。精妙なリズムとアンサンブルは、第3楽章のワルツなど速い箇所でも驚くほどにそろっていて、思わず舌を巻くうまさです。そして終楽章、盛り上がっていったクライマックスの爆発に、隠し味のようにシンバルが加わります。これは、もちろんオリジナルの楽器編成にはないわけです。ジョージ・セルとクリーヴランド管弦楽団の演奏を愛する人にはすでに承知のことかもしれませんが、いったいどういう経緯でセルがここにシンバルを加えることにしたのか、興味深いところです。

これについて、「クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label」の主宰者「ユング君」さんは、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との関連を推理(*2)しています。ケンペン指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の1951年の録音に、シンバルが派手に加えられているほか、1939年のメンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ録音や、1940年のベルリンフィルとの正規録音でもシンバルが加えられていることから、セルとヨーロッパの伝統とのつながりを指摘しています。ああ、なるほど、と納得しました。コンセルトヘボウ管弦楽団のスコア・ライブラリには、そういった蓄積がたくさんあるのでしょうね。

参考までに、演奏および録音データを記します。
■ジョージ・セル指揮クリーヴランド管
I=14'38" II=13'07" III=6'03" IV=11'48" total=45'36"

1959年10月23日、米国オハイオ州クリーヴランド、セヴェランス・ホールにて録音されたステレオ録音で、オリジナル・プロデューサーはハワード・スコットとクレジットされています。通勤の車内で聴いているのは、リミックス版で SONY-BMG の 82876-78744-2 という型番のCDです。

(*1):チャイコフスキー「交響曲第5番」を聴く~「電網郊外散歩道」2010年10月
(*2):ジョージ・セル指揮 チャイコフスキーの5番~「クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label」

【追記】
1970年の CBS-SONY クラシックLPカタログから、チャイコフスキーのこの録音の写真を追加しました。はじめて気がつきましたが、どうやら『レコード芸術』誌の推薦盤になっていたようです。へぇ~、意外です。

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吉村昭『逃亡』を読む

2011年11月19日 06時05分35秒 | -吉村昭
吉村昭著『逃亡』を読みました。文春文庫(新装版)です。

本作品の主人公、望月幸司郎は、福島の農村の次男坊で、霞ヶ浦の海軍航空隊で整備兵として地味な生活を送っています。ある日、兄の紹介で慰問に来た女性の招きで、川崎の自宅を訪問、楽しい時間を過ごしますが、帰りの上野駅では、土浦を通過する常磐線の終列車がすでに発車した後でした。翌朝の始発まで待っていては、過酷な制裁を受けなければなりません。水兵服を着て狼狽する彼を見て、ソフト帽をかぶった四十歳くらいの男が声をかけてきます。男の貨物トラックに乗せてくれるというのです。上野から土浦まで、手賀沼のふちを迂回するように走りながら、航空隊の見学はできるのかとたずねられ、幸司郎は「できる」と答えます。無事に隊に戻れた昭和18年の晩秋、ある日曜日の午後に、トラックに乗せてくれた男が面会に来ます。そして、航空隊を見学させてくれたお礼に、翌週の日曜に、ご馳走すると言います。知り合いもない幸司郎は、山田と名乗る男に親近感と信頼を覚え、男の知人が経営する繊維会社が製造し海軍に売り込む参考とするため、数日だけ落下傘を借用したいという頼みを、つい承諾してしまいます。

持ち出した落下傘を、約束どおり返してもらったものの、元の場所に戻す機会をうかがっているうちに、落下傘一個の不足が発覚、捜索が始まってしまいます。一つのボタンの掛け違いが別の不都合を生むように、落下傘の不足を埋め合わせるために、男に指示されたのは、九七式艦上攻撃機を燃やしてしまうというものでした。



名を変え、姿を変え、苦しい逃亡生活が始まります。しかし、生活はしていかなければなりません。逃げ込む場所は、軍属という名の、実態はタコ部屋というところで、残酷な監督が逃亡者に制裁を加える、過酷な労働の日々でした。しかし、それでも軍法会議と銃殺刑におびえる軍隊生活よりはましだったのでしょうか。敗戦の玉音放送を聞き、占領軍に保護を願い出ます。そして、さらに五年間、諜報工作員として占領軍に使われます。

プロローグの奇妙な電話は、戦後も心休まることのなかった望月幸司郎の日々をより効果的に表すべく工夫された、作家による小説的な想定なのだろうと思います。古くは高野長英や、昭和の脱獄囚など、逃亡記を得意とする作家の、この分野の代表作と言ってよいでしょう。

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旅の荷物をできるだけコンパクト化するには

2011年11月18日 06時04分05秒 | 手帳文具書斎
今回の出張では、荷物をできるだけコンパクト化しようと試みました。次回の参考になればと思い立ち、自宅に戻ってから、主なものを再現してみました。徹底した実用本位で、コンパクト化を最大限に追求したものです。持参した資料類と着替え、また洗濯した衣類は入っていませんが、おおむねこんなものかと思います。これを、Victorinox のカバンにぎゅうぎゅう詰め込んで、なんとか過ごすことができました。

左上から右下へ:
(1) ペットボトルの水
(2) コンパクト・デジタルカメラ
(3) 充電池式のシェーバー
(4) ワイシャツ等の衣類用ソフトカバー(下着は半袖、セーター不要)
(5) 充電用ケーブル類(橙色のソフトメッシュ)
(6) 折りたたみ傘
(7) タオル (実際は使わないことが多い)
(8) 歯磨き、歯ブラシのセット
(9) ウォークマンE
(10) 小銭入れ
(11) ノートパソコンとソフトカバー (LANケーブル在中)
(12) ACアダプタ
(13) 文庫本
(14) 手帳と備忘録ノート
(15) (カバン内に)ボールペン、Jetstream赤/黒0.7mm, PowerTank黒1.0mm



特に重宝したのは、百円ショップで購入したダブルジッパー・タイプのソフトメッシュケース(オレンジ色)でした。入り口となるジッパーが二ヶ所についていて、携帯電話の充電器やデジタルカメラの充電ケーブル、1.5mくらいの小型テーブルタップなどを別々に区分して入れることができます。こういうものは、どれがどれに適合するのだったか、わかりにくいのですが、この袋のおかげで、混乱せずにすみました。文字通り「たかが百円、されど百円」です。

ノートパソコンをスマートフォンに変更すれば、もっとコンパクトになるのかもしれませんが、どうも携帯電話のような、片手でポチポチの入力機器は苦手です。せめて、ネットブック程度の小型キーボードがあれば、メールチェックも返信も、ずっとスムーズにできるというものです。

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パワータンク太字(1.0mm)を使い切っての感想

2011年11月17日 20時19分17秒 | 手帳文具書斎
三菱のパワータンク(PowerTank)ボールペンの太字(1.0mm)を使い切ったので、リフィルを交換しました。幸いに、手元に替え芯を一本だけ用意してありましたので、すぐに対応できました。よくよく眺めると、加圧式のためか、インクをぜんぶ使い切っています。見事なものです。

このパワータンクというボールペンは、油性のインクにしては、わりに書きやすく感じています。筆圧が大きめの太字ゆったり派にはありがたい、しっかりした書き味です。

残念なのは、軸のデザインでしょうか。圧力に耐える替芯の太さがデザイン上の制約になっているのは理解できますが、むしろ安定した信頼性を強く打ち出して、握りの太さを特色とし、高級感のあるしっかりした軸を出してほしいものです。アウトドアのハードユース用途に限定せず、ビジネスシーンに似合いの高信頼性を目指すべきなのでは?


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