電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

録画DVDで砂川涼子等が歌うプッチーニ「ラ・ボエーム」を聴く

2020年05月07日 06時01分43秒 | -オペラ・声楽
日中は快適な気温でも、朝晩は少し肌寒いものですから、夜は古い録画を引っ張り出してあれこれ観ることになります。映画で「レベッカ」など古いモノクロ作品を手にとってはみたものの、ちょいと季節感には合わないかも。で、結局選んだのは、だいぶ前に録画していたNHK「芸術劇場」で、藤原歌劇団によるプッチーニ「ラ・ボエーム」。岩田達宗さんが演出し、砂川涼子さんがミミを歌った2007年の公演です。たしか、この時が森田美由紀アナウンサーの最終回だったはず。YouTube にも動画がありました。

森田美由紀 - 砂川涼子 & 岩田達宗 - ボエーム 2007


砂川涼子 - 私の名はミミ - ボエーム 2007


お金で愛は買えないけれど、お金が愛を潤すことができるのは確かです。健康保険もなさそうな1830年代のパリで、ミミが苦しんだ肺結核も怖い病気だったことでしょう。
番組を全部観ましたが、演出も、出演者も、若さがあふれる舞台です。いいなあ! 
そういえば、録画したあの頃(*1)は、13年後に新型コロナウィルスなどというものによって、演奏会も映画もレストランもみな延期や中止や休業になるなんて思いもしなかった。

(*1):NHKの芸術劇場で藤原歌劇団の「ボエーム」を観る〜「電網郊外散歩道」2007年4月

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へぇ〜そうなんだ!〜パトリシア・ヤネチコヴァのこと

2019年10月20日 06時04分02秒 | -オペラ・声楽
先の演奏会で聴いた曲目、レハールの喜歌劇「ジュディッタ」から「熱き口づけ」をネット上で探しているうちに見つけたのが、パトリシア・ヤネチコヴァ(Patricia Janečková)が歌った動画(*1)でした。このソプラノについて、Wikipediaの説明(*2)を眺めていたら、「ドイツ出身スロバキア人のオペラ・ソプラノ歌手」との記述の後に、「チェコスロバキアのテレビ番組タレントマニアにおいて2010年11月に優勝」し、その後テレビ放送を通じて有名になったとあります。へぇ〜、そうなんだ! ポール・ポッツやスーザン・ボイルみたいなものか〜。野次馬根性で、検索してみました。

Patricia Janečková talentmania

で、見つけたのがこれ。12歳です。
Patrícia Janečková First Audition,12, Amazing Pure Tone So Beautiful!! | "TIME TO SAY GOODBYE"

技術的には未完成でしょうが、いやはや堂々たるものです。

そしてスーパーフィナーレでの歌唱。
Patrícia Janečková - O mio babbino caro - SUPERFINÁLE Talentmania


テレビ番組で優勝して、小学校に戻り、歓迎される様子まであります(^o^)/
Patrícia Janečková coming to primary school

チェコスロバキアの小学校の様子も興味深いところ。

2011年、セザール・フランクを歌います。13歳。
2011 - Patricia Janečková, Eva Hornyáková - Panis Angelicus (C. Franck)


2013年、15歳。モーツァルトを歌います。
Patricia JANEČKOVÁ & Eva DŘÍZGOVÁ JIRUŠOVÁ: Canzonetta sull´ aria (W. A. Mozart)


2016年のオッフェンバックとロッシーニ。18歳です。
Patricia JANEČKOVÁ: Les oiseaux dans la charmille, Jacques Offenbach, Les contes d' Hoffmann

Patricia Janečková - Rossini Arias - The Gong - Ostrava - 2016

ヨハン・シュトラウスII世のワルツ「春の声」。これも2016年、18歳。
Patricia JANEČKOVÁ: "Frühlingsstimmen" (Johann Strauss II)

レパートリーも、声質にあったものが選ばれてきているみたい。精進の成果が明らかですね。

最近の様子は、YouTube の彼女のチャンネルから観ることができるようです。

いやはや、思わずミーハー精神が爆発してしまいました。
若い人がチャンスを活かし精進して才能を発揮するのを見るのは嬉しいものです。その意味では、たしかに「恩赦よりも奨学金の免除」のほうが望ましいのは確かだな(^o^)/



今夜は文翔館にて山形弦楽四重奏団(*3)の第73回定期演奏会の予定。シューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」ほか。

(*1):「日露交歓コンサート2019」の新聞記事とYouTubeからいくつか〜「電網郊外散歩道」2019年10月
(*2):パトリシア・ヤネチコヴァ〜Wikipediaの解説
(*3):山形弦楽四重奏団

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ビゼーの歌劇「カルメン」を観る

2019年08月12日 06時02分40秒 | -オペラ・声楽
お盆前の日曜日、午前中に仏壇の飾り物をあらかた済ませ、昼食もそこそこに、天童市民文化会館にでかけました。真夏の太陽の下、列に並んで開場を待ちましたが、いや〜暑かった。風があるのが救いでした。本日の演目はビゼーの歌劇「カルメン」で、オーケストラは山形交響楽団、演出が藤野佑一、カルメンが藤野恵美子、ドン・ホセが宮下通の各氏で、山形オペラ協会のメンバーを中心とした出演陣は、さすがの人気です。県の補助が入って料金が前売1100円(全席自由)というお値段もあってか、1200席が全部満席、当日券も完売、あらかじめ購入しておいて良かった〜(^o^)/



ホールに入ると、ステージ前の、いわゆる「かぶりつき」の席が取り払われ、オーケストラ・ピットに変身しています。暗くて詳しくはわかりませんでしたが、楽器配置はおおむね次のような感じ。まず、指揮者が中央に座し、左手側に弦楽器とハープ、右側に管楽器とパーカッションが位置します。管楽器は、Fl(2:Picc持替え)、Ob(2:うち1はコールアングレ持替え)、Cl(2)、Fg(2)、Hrn(4)、Tp(2)、Tb(3)という編成で、右奥にティンパニとパーカッション(トライアングル、シンバル、大太鼓、小太鼓、タンブリン)が並びます。弦楽器は5部で、第1ヴァイオリンが6、第2ヴァイオリンが5、ヴィオラが4、チェロが3、コントラバスが2という、通常よりも少し編成を縮小した 6-5-4-3-2 というものです。コンサートマスターは犬伏亜里さん。



拍手に迎えられて指揮者の佐藤寿一さんが登場、おなじみの第一幕の前奏曲が始まると、聴衆の期待がぐっと高まるのが感じられます。この場面は、まあ、セヴィリヤのタバコ工場で喧嘩騒ぎを起こした女工カルメンを連行する途中で、衛兵が色気に負けて女を逃がしちゃう話。衛兵ドン・ホセは、やっぱりダメ男でしょう(^o^)/
でも、ドン・ホセの故郷の母がホセの婚約者ミカエラに託したものは、手紙と「お小遣い!」でした。いつの時代も母心は…というところでしょうか。

ここで幕間の休憩(10分)。

ベルの後でチューニングが始まります。第二幕への前奏曲「アルカラの竜騎兵」は、いかにも勇ましく調子が良い。でも、物語はダメ男ドン・ホセが婚約者ミカエラを振りきり、カルメンの色香に迷って上司と対立、ジプシーの密輸団に身を投じます。ここのイングリッシュ・ホルンの音色が実に良いですなあ。義務に縛られる兵士と自由奔放な女の恋は、悲劇に陥るしかないのかもしれません。

再び幕間の休憩(15分)。

第三幕の場面は実に暗い情景なのに、対象的に前奏曲のほうはフルートとハープの爽やかで美しい音色で始まります。密輸団の仲間になり、カルメンと暮らしているドン・ホセをたずねて故郷の婚約者ミカエラがやってきます。ミカエラのアリアは勇気をふるってホセに訴えようという健気な歌。ミカエラが隠れていると、ドン・ホセはカルメンをめぐって闘牛士エスカミーリョと決闘騒ぎになる始末です。さすがのアホ息子も、お母さんが危篤だと聞き、未練たらたら密輸団を去ります。

幕間の休憩(10分)。

第四幕は、群衆の場面から一転してホセとカルメンの深刻な二人劇に変わります。指輪を投げるカルメン、激昂したホセがカルメンを刺す場面は、赤い照明で表現。オーケストラによる音楽もまた緊張感を高めます。自由奔放なジプシー女と軍隊崩れのストーカー男の痴情のもつれによる殺人劇と言ったところでしょうが、音楽はこのなんとも救いのない物語を緊迫のドラマとして描き出しています。

歌い手の皆さんについては、テノールの宮下通さんのホセが、苦悩するダメ男をうまく表現していました。藤野恵美子さんのカルメンは、声質的に可憐なヒロインになってしまわないかとちょっぴり懸念しましたが、杞憂でした。さすがにベテラン、うまく奔放なジプシー女を声でも演技でも演じきっていました。エスカミーリョは、鈴木集さん。闘牛士らしいカッコよさですね〜。原作にはない可憐な役柄のミカエラは、真下祐子さん。純情可憐な乙女の役柄がお似合いで、拍手が多かったですね〜。もしかすると、一番の役得(*1)だったでしょうか(^o^)/
その他の出演者の皆さんも熱演、要所に加わる合唱も良かった。オーケストラ演奏も、また演出、背景、照明も、陰惨なはずの愛憎のドラマを、劇的な緊迫感を減じることなく音楽的にも視覚的にも楽しませてくれた公演だったと思います。あ〜、良かった! いいオペラ公演でした。



(*1):なにせ、「コシ・ファン・トゥッテ」での「別れても好きな人じゃなくって、別れたら次の人よ!」の衝撃的なセリフの印象が強かったものですから(^o^)/
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プッチーニの歌劇「トスカ」第3幕を観る

2019年07月04日 06時01分35秒 | -オペラ・声楽
プッチーニの歌劇「トスカ」第3幕を観ました。
舞台は、夜明け前の聖アンジェロ城の屋上。羊飼いの歌の後に朝の祈りの鐘が鳴り、カヴァラドッシの最期が迫ります。光を極力抑えた舞台は、銃殺刑執行前の暗い雰囲気を醸し出し、音楽もまた悲劇の予告のように奏でられます。死を前にして残り時間は一時間、カヴァラドッシは看守に指輪を与えて紙とペンをもらい、トスカに宛てて別れの手紙を書きます。ここで歌われるのが、カヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」です。

そこにトスカが現れ、旅券を見せて二人で逃亡する計画を伝えます。トスカは、銃殺刑は真似事だと話しますが、実際はそうではなかった。スカルピアにだまされたとわかったのは、兵士が去った後にカヴァラドッシが本当に死んでいることを知った時。しかし、スカルピア殺害が発覚し、警吏が走ってくるため、トスカは城壁の上から身を投げます。「おおスカルピア! 神の御前で!」第3幕も、まことに劇的な幕切れです。



このレーザーディスクに収録されたメトロポリタン歌劇場の「トスカ」は、ゼフィレッリの舞台装置と演出の良さもあり、何度見ても飽きない作品になっています。「ブラヴォー!」です。

古いレーザーディスクも充分に楽しめることがわかり、所有するオペラLDが我が家では再び陽の目を見ることになるでしょう。多くはDVD/BDになっていますが、今から全部を買い換えるのは現実的ではありません。それに、今はネット時代、Google で「Puccini Tosca」で検索すれば、歌劇「トスカ」は有名アリアだけでなく、全曲が動画で楽しめるようになっているようです。もちろん、多くは字幕も英語で、日本語字幕のようなわけにはいきませんが、様々な演奏に接することができるのは現代の恩恵でしょう。

YouTube より、Jonus Kaufmann による「星は光りぬ」です。
Jonas Kaufmann - "E lucevan le stelle" - Tosca - Puccini


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プッチーニの歌劇「トスカ」第2幕を観る

2019年07月03日 06時02分23秒 | -オペラ・声楽
プッチーニの歌劇「トスカ」第2幕は、ファルネーゼ宮殿のスカルピアの部屋から。



昔から、悪党は酒を飲みながら陰謀をめぐらすものですが、スカルピアもその例にもれず。トスカに横恋慕するスカルピアは、彼女を手紙で呼び出し、画家カヴァラドッシを捕らえ、尋問します。アンジェロッティを匿っていることを頑強に否定するカヴァラドッシ。そこにやって来るトスカ。脱獄犯アンジェロッティの居場所を探るために、カヴァラドッシは別室で拷問を受けます。スカルピアの悪魔の嘲笑! 拷問の場面を見せず、床板を開けてトスカに声を聞かせる場面は、まことに悪党の所業です。

そこへナポレオンの勝利の知らせが入り、カヴァラドッシは歓喜します。スカルピアは、トスカに白状させた別荘の井戸に警吏を差し向け、カヴァラドッシを助ける代わりに、トスカに身体との交換を求めます。「わしはこの時を待っていたのだ」と。実に悪党らしい悪党です。そして悪党の最期は、トスカの「歌に生き、恋に生き」のアリアの後、恋人と二人分の旅券を書かせて「これがトスカのキスよ!」

いや〜、まことに劇的な幕切れです。そして、幕間のカーテンコールでも、スカルピア役のコーネル・マックニールへの拍手が一段と大きい。これは当然ですね。私も同感です。トスカがテーブルでナイフを見つける場面で、手元のナイフをクローズアップするところは、いかにもビデオらしい手法でした。これは実際の歌劇場ではできない技法でしょう。

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プッチーニの歌劇「トスカ」第1幕を観る

2019年07月02日 06時02分14秒 | -オペラ・声楽
サクランボの収穫と出荷が終わってホッとした頃、梅雨らしい雨降りのお天気の日に、久しぶりに自宅でのんびりしておりました。取り出したのが、プッチーニの歌劇「トスカ」のレーザーディスクです。メトロポリタン歌劇場における1985年3月の収録で、演出はフランコ・ゼフィレッリ、

トスカ:ヒルデガルド・ベーレンス(Sp)
カヴァラドッシ:プラシド・ドミンゴ(Tn)
スカルピア:コーネル・マックニール(Br)
教会の堂守:イタロ・ターヨ(Bs)
アンジェロッティ:ジェイムズ・コートニー(Bs)

などの配役。指揮はジュゼッペ・シノーポリ、演奏はメトロポリタン歌劇場管弦楽団及び合唱団です。

第1幕: 幕開きとともに流れる緊迫した音楽の中、脱獄した政治犯アンジェロッティが教会に逃げ込んで来ます。時代は1800年、場所はローマで、イタリアを支配するオーストリアと、ナポレオンのフランスが対立している構図が背景にあります。妹の手配で鍵を見つけたアンジェロッティが急いで教会内に隠れた後に、俗っぽい堂守の軽妙な場面が続き、壁画を描いている友人カヴァラドッシがアンジェロッティと対面、そこへカヴァラドッシの恋人で歌手のトスカが登場、アンジェロッティをかくまうカヴァラドッシが浮気をしているのではと嫉妬します。誤解は解け、カヴァラドッシは友人を郊外の自分の別荘へと逃します。そこに登場するのが、警視総監スカルピアらの一団。礼拝所で空になった弁当カゴと女物の扇を発見、画家が逃亡犯に弁当を与え、一緒に逃げたと見抜きます。そこに歌姫トスカが戻ってきますが、女物の扇を材料にトスカの嫉妬を煽り、逆上したトスカが郊外の別荘へ急ぐところで、スカルピアは部下にトスカを尾行するように命じます。このあたりは、「オテロ」においてイアーゴがオテロに無実の妻への疑いという毒を注ぎ込むシーンに匹敵する、悪の名場面でしょう。



なんと言ってもオーソドックスな舞台装置の見事さに目を奪われます。そして、プッチーニの音楽が、登場人物の心理を見事に描いています。ドミンゴはまだまだ若いし、ベーレンスはドラマティックな歌を聴かせますし、コーネル・マックニールのスカルピアは、悪党を描いて実に見事な演技、歌唱です。

最近は、新規に購入するときはDVDにしていますが、今回は何を今更のレーザーディスク。1980年代の後半に、せっせと集めたオペラの一部です。でかいディスクをぶん回し、昨今のデジタル映像と比較して決してよろしくはない画質ですが、添付の解説冊子の内容的な充実と文字のポイントが大きいことのメリットを痛感します。レーザーディスク・プレイヤーが動く限りは、まだまだ楽しめるようです。こうしてゆっくりオペラが観られるのは、退職してフリーの身分になったおかげでしょう(^o^)/

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山形交響楽団第273回定期演奏会でハイドン「天地創造」を聴く

2018年11月19日 06時01分24秒 | -オペラ・声楽
よく晴れた日曜の午後、山響こと山形交響楽団の第273回定期演奏会に出かけました。時間に余裕を持って出かけたつもりでしたが、駐車場はすでに満車で、急遽少し遠めの駐車場へ。なんとか駐車することが出来ました。

今回のプログラムは、

ハイドン オラトリオ「天地創造」
 Sop:中江 早希
 Ten:中嶋 克彦
 Bas:氷見 健一郎
 Cem:上尾 直毅
 合唱:山響アマデウス・コア
 鈴木 秀美 指揮、山形交響楽団

というものです。

開演前のロビーコンサートは、井上直樹編曲のヘンデル「組曲ニ長調」。バロック・トランペットが2本、ナチュラル・ホルンが2本、クラシカル・トロンボーンが3本(うち1本はバス・トロンボーン)にバロック・ティンパニという編成です。本番前にバロック・ティンパニを使うの?と不思議でしたが、なんと井上直樹さんの私物なんだそうな。わーお! 演奏は、ナチュラルな音の金管アンサンブルの魅力をたっぷり聴かせるものでした。

本番前のプレトークでは、指揮者の鈴木秀美さんと山響アマデウスコアで合唱指導にあたっている佐々木正利先生とは、実は40年来の交流があるのだそうで、いつか合唱を含むプログラムをやりたいと願っていたのが今回実現したのだそうです。当方も、今シーズンのプログラムの中で一番注目度の高い回だったかもしれません。それに、もしかしたら昨日が「天地創造」全曲の山形初演?

ステージ上は、後方ひな壇に女声59+男声30で計89人の大合唱団。オーケストラは合唱団と客席の間で、座席の関係でよく見えないところもあったのですが、指揮台の後方正面にチェンバロ、それをはさんで第1ヴァイオリン(8?9?)と第2ヴァイオリン(6?7?)とが対向配置、チェロ(5)、ヴィオラ(5)、コントラバス(3)は第1ヴァイオリンとチェロの左後方に陣取ります。正面奥にフルート(3)、オーボエ(2)、その奥にホルン(2)、クラリネット(2)、ファゴット(2)とコントラファゴット(1)が座り、木管楽器の右側に、トランペット(2)とその後方にトロンボーン(3:うち1はバス・トロンボーン)、第2ヴァイオリンとヴィオラの右にバロック・ティンパニ、という配置です。ソリストは、ステージ最前面に、左からソプラノ、テノール、バスという順に並びます。

今回は、第1部、第2部、第3部の計3部を、間に2回の休憩を入れて演奏するスタイルで行われました。
第1部、冒頭のオーケストラによる混沌の描写は、なかなかの迫力です。照明が全体的に暗めだなと思っていたら、天使ラファエルのレチタティーヴォと合唱で「Es Werde Licht! 光あれ!」と歌われると、パッと照明が明るくなるという演出。うーん、なるほど(^o^)/
この第1部は、天地創造と休息の7日間のうち1日目から4日目まで、すなわち光を現出させ天をつくり大地と海、植物をつくり、太陽と月と星を作るまでです。
作曲者ハイドンがヘンデルのオラトリオを聴いて刺激を受けたのは、1791年か1794年か、どちらかのイギリス滞在だったようです。このとき、天文学者ウィリアム・ハーシェルの天文台に招かれ、望遠鏡で星空を眺めて深く感激したそうです。はじめは音楽家として英国に渡り、天文学に興味を持ったハーシェルは、1781年に自宅の望遠鏡で天王星を発見していました。4日目に太陽をつくったのなら、それまでは何で一日の区切りを知ったのかと、今となっては矛盾を感じる天地創造の物語も、ハイドンにとってはハーシェルの望遠鏡で見た広大な宇宙に広がる星の世界に、人智を超えた存在を実感したのかもしれません。例えば第1部の最後の合唱:

Die Himmel erzählen die Ehre Gottes,
Und seiner Hände Werk
Zeigt an das Firmament.

当日のプログラム冊子にはちゃんと対訳がついていましたが、複製・転載不可と明記されていましたので、恥ずかしながら直訳すると、

天は神の栄光を語り、
そして天空は神の両手の所業を表出している。

となります。
これらの曲で、オーボエのパートは天文学者であって音楽家であるウィリアム・ハーシェルを念頭に置いて書かれたのかもしれません。

休憩の後の第2部は、天地創造の第5日と第6日、魚や鳥、地上の生き物をつくり、最後に人間の男と女を生み出すところです。ここまでは、旧約聖書の創世記から。天使ラファエルもウリエルもガブリエルも合唱も基本的に肯定のスタンスで、創造主への讃歌を歌います。第2部の終わりは「アレルヤ」のコーラスです。

Vollendet ist das große Werk,
Des Herren Lob sei unser Lied!(続く)

Alles lobe seinen Namen,
Denn er allein ist hoch erhaben!
Alleluja! Alleluja!

同様に直訳すると、

偉大な作業が完遂された
私達の歌は 彼(主)の賞賛だ
全てのものは 彼(主)の名を賞賛せよ
というのも、ただ彼(主)だけが超越しているから。
アレルヤ、アレルヤ(主を讃えよ)

というところでしょうか。

休憩の後の第3部では、ソリストの並びが変わります。左から、天使ガブリエル(Sop)、ラファエル(Bas)、そしてウリエル(Ten)の順です。ウリエルは始めと終わりのレチタティーヴォ(説明)と最後の合唱に登場するだけで、アダムとエヴァ役のバスとソプラノ、合唱で進められていきます。内容は、ミルトンの『失楽園』に基づく、アダムとエヴァの神への讃歌、そして楽園の美しい光景です。
ここでもハイドンは基本的に肯定のスタンス。アダムとイブといえば、蛇と知恵のリンゴがすぐに連想されるところですが、そこのところはウリエルのレチタティーヴォで

O glücklich Paar, und glücklich immerfort,
Wenn falscher Wahn euch nicht verführt,
Noch mehr zu wünschen als ihr habt,
Und mehr zu wissen als ihr sollt!

直訳すれば、

おお、幸せな夫婦よ、いつまでも幸福であれ
もし誤った妄想がお前たちを誘惑しない限り。
お前たちが、持つべきものより多くを望んだり、
知るべきものより多くを知ろうとするような。

というところで、チクリと釘を差しています。このへんは、上品ですが辛辣な貴族の流儀を知っているハイドンらしいというか、奥さんに頭が上がらない恐妻家が曲の中でちらりと愚痴をこぼしたと見るべきか(^o^)/
いずれにしろ、「賛美の歌を競い響かせる」終曲の独唱と合唱、アーメン・コーラスが、すべてを昇華してくれるようです。



今回も、良い演奏会となりました。CDで全曲を漫然と流して聞いているだけではわからなかったところで、なるほどと感じるところが多くありました。とりわけ大人数の合唱の迫力、ナチュラル・ブラスと古楽奏法を取り入れたオーケストラと人の声がまじりあう様子など、山響とアマデウス・コアならではの演奏と感じました。本当に貴重な経験でした。

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旅の空の下、シューマンの合唱曲を聴く

2018年07月01日 06時04分57秒 | -オペラ・声楽
シューマンの声楽曲にはまったついでに、合唱曲を聴きたいと思いましたが、あいにくグラモフォンの「歌曲大全集」には二重唱までで合唱曲は含まれておりませんでした。ほかにシューマンの合唱曲を収録したLPやCDを持たないし、仮に持っていたとしても旅の空の下では急には利用できません。そこで、ネットで探してみました。いずれも YouTube より。

まずは"Zigeunerleben"。ツィゴイナーレーベン=流浪の民ですか。名訳です。小学校の鑑賞教材に指定されているそうですが、当方の小学生時代、小学校にステレオはなかったので、実際に聴いたのは大人になってからでした(^o^;)>poripori

カレッジの合唱団によるオーソドックスな「流浪の民」です。
Schumann: Zigeunerleben (The Hastings College Choir)


続いてグループ5人による「流浪の民」。テンポが速く、緩急の変化をつけたものです。こういういきいきとした歌唱はわりと好み。アルトではなくお茶目なカウンターテナー。
Schumann: Hausmusik. Zu Gast bei Clara & Robert Schumann


ニュージーランドの高校生による Der Wassermann の無伴奏女声合唱です。
Der Wassermann - Robert Schumann


An die Sterne を楽譜とともに。
Schumann | An die Sterne [á 8; The Netherlands Chamber Choir]


まだまだありますが、他人の褌で相撲を取るようなものでしょうから、このへんで切り上げることといたします。しかし、なんとも驚くような時代になったものです。



写真は、定番の洋風朝食メニュー。スクランブルエッグが上手で美味しかったのと、ヨーグルトが大きな容器に取り放題だったのはGoodでした。現在は自宅に戻り、妻の料理にほっとしております。
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シューマン「4つの二重唱曲」Op.34を聴く

2018年06月30日 06時05分22秒 | -オペラ・声楽
しばらく通勤の音楽として聴いていたR.シューマンの二重唱曲集から、「四つの二重唱曲」Op.34 を取り上げます。
1840年に作曲されたこの曲は、クララと結婚する前後の、まさに「歌の年」の産物でしょうか。翌1841年には交響曲第1番Op.38「春」が作曲されるのですから、待ち望んだ幸福に酔う二人の恋人のデュエットとなっています。

  1. 愛の庭
  2. 恋するもののセレナーデ
  3. 窓の下で
  4. 家族の肖像

グラモフォンの「歌曲大全集」Disc-9では、ユリア・ヴァラディ(Sp)とディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Bar)のおしどり夫婦が歌っています。とても立派な完成度の高い歌唱で、それだけにキャピキャピの若い恋人たちというよりは、とても落ち着いた知的な夫婦のような印象を受けます。

探してみたら YouTube にもありました。例えばこれなら、若い恋人たちの印象に近いかも。(投稿者であるソプラノさんの指定で、他サイトでは再生できないようです。ここから YouTube にジャンプします。記事と並行して聴きたい場合はリンクを右クリックし「別窓」または「別タブで開く」を選ぶ。)

Vier Duette: Liebesgarten, Robert Schumann


多くの歌曲の歌詞を訳してくださっている「梅丘歌曲会館」(*1)に、四曲の歌詞対訳がありましたので、この第1曲:「愛の庭」の歌詞(*2)を知ることができますし、その他の3曲も、ちゃんと対訳で歌詞を知ることができます。ありがたいことです。

(*1):梅丘歌曲会館「詩と音楽」
(*2):Liebesgarten Op.34-1〜Vier Duette:「愛の庭」Op.34-1〜四つの二重唱曲より
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カールマン「チャールダーシュの女王」を聴く~1985年・東京文化会館ライブ

2018年01月07日 06時02分21秒 | -オペラ・声楽
注文しても品切れだと言われ、探していたCD、カールマン「チャールダーシュの女王」を見つけ、中古で購入できました。1985年4月6日、東京文化会館におけるライブ録音で、ルドルフ・ビーブル指揮ウィーン国立フォルクスオーパー管弦楽団&合唱団による演奏の二枚組、(DENON:COCQ-85142~43)です。昨年末から通勤の音楽として聴き、またお正月にもニューイヤーコンサートの代わりに楽しみました。

カールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」(正しくは「チャールダーシュ侯爵夫人」*1)は、何かと参照することの多い音楽之友社『ON BOOKS SPECIAL 歌劇(上)』にも記載がありませんので、あまりメジャーなものではないのかもしれません。が、単身赴任時代にナクソスの「ザ・ベスト・オブ・オペレッタ第2集」で親しむようになり、NAXOSミュージックライブラリで全曲を聴き(*2)、とうとう通販で中古CDを探し出すという勢いは、当方には近年珍しい現象です。

CDに添付の対訳解説書によれば、あらすじはごく単純なものです。優柔不断な貴族の若者が歌姫を見初めますが、家柄を重視する父親の反対で破談になりかけるけれど、実は妻(若者の母)も身分を隠した元歌姫だったということが判明、めでたく結ばれる、というものです。

今どき少女マンガでも採用しないであろうこんな陳腐なストーリーを、カールマンの音楽は華やかに賑やかに聴かせてしまいます。おそらく映像があればもっと楽しいのだろうと思いながら、第三幕の「ヤイ、ママン」の三重唱を口ずさみつつタマネギを刻みパスタを作るのは、実に良いものです(^o^)/

当方のPCの設定の問題なのか、ナクソス・ミュージック・ライブラリは60分ほど何も操作しないでいると、接続が切断されてしまうみたい。それではリビングに朗々と音楽を流しつつパスタを作るという「望ましい休日の過ごし方」には不向きですので、CD購入→リッピング→CD2枚分をプレイリストに登録→簡易PC-audioで全曲連続再生、という流れになった次第。やあ、フィナーレも華やかで良いなあ(^o^)/



第一次大戦前夜、オーストリア・ハンガリー帝国の落日の季節に戦争の影が忍び寄る時代背景を考えると、享楽的な貴族の歌が、無理もないのかなと思えてしまうかも。

(*1):題名「Die Csárdásfürstin」の邦訳は、「チャールダーシュ侯爵夫人」が正しいようです。fürst=侯爵ですので、その女性形fürstin=侯爵夫人でしょう。一応、CDの表記に合わせております。
(*2):某公共図書館に登録しNAXOS Music Libraryを初めて利用する~「電網郊外散歩道」2017年8月

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ビーチャム盤でヘンデルのオラトリオ「メサイア」を聴く

2017年12月25日 06時02分09秒 | -オペラ・声楽
クリスマスの季節、ヘンデルのオラトリオ「メサイア」を聴きましょう。これまで、オーマンディ盤、ボールト盤(*2)などを聴いてきましたが、今回はすでにパブリック・ドメインとなっているビーチャム盤です。ユージン・グーセンス編曲のど派手な演奏ですが、この背景が実はおもしろい。

Wikipedia(*3)によれば、ユージン・グーセンス(1893-1962)は英国の指揮者・作曲家で、第二次大戦前はロチェスター・フィルやシンシナティ交響楽団の指揮者を務め、戦後はオーストラリアに渡り、シドニー交響楽団等を指揮しながら同地にオペラハウスの必要を訴え、後にあのシドニー・オペラハウスとなったとのことです。

(写真はシドニー・オペラハウス、Wikimedia commons より)

1956年にオーストラリアから英国に帰国した際に、空港の税関で多量のポルノ写真が見つかり、スキャンダルとなって、英国の音楽界ではすっかり「干されて」しまったのだそうな。そこは親分肌のビーチャム卿、現代楽器と近代管弦楽法を活かしたヘンデル「メサイア」の編曲を依頼、すっかりくさっていたグーセンスがこれでもか!とばかりに腕を振るい、派手な作品に仕上がった、ということらしい。で、それを堂々と演奏・録音したのが1959年、ビーチャム指揮ロイヤルフィルによるこのレコードで、今はパブリックドメインになっている、というわけです。

今年は、政治家等のセクハラ事件がいくつも報道されましたが、いくつか音楽界にも飛び火しているようです。そんな2017年のクリスマスにふさわしく、いわくつきの「メサイア」グーセンス編曲版による録音ですが、演奏はなかなか素晴らしいもので、大いに楽しめます(^o^)/

独唱も生き生きとしていて、「ハレルヤ・コーラス」もジャーンとシンバルをぶちかます冒頭から元気いっぱい。大規模興業として演奏される機会音楽として考えれば、実に効果的な編曲かも。もしヘンデルが現代に現れたなら、案外おもしろがるかもしれない、と思ってしまうような面があります(^o^)/

YouTubeにいくつか登録されていました。
Handel - Messiah - Beecham (Part 1)


Handel - Messiah - Beecham (Part 2)


Handel - Messiah - Beecham (Part 3)


こちらの冒頭に、ど派手な「ハレルヤ・コーラス」が登場(^o^)/
Handel - Messiah - Beecham (Part 4)



(*1):オーマンディのCBS録音でヘンデルの「メサイア」(ハイライト)を聴く~「電網郊外散歩道」2010年11月
(*2):ボールト指揮ロンドン響でヘンデル「メサイア」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年11月
(*3):ユージン・グーセンス~Wikipediaの解説

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ハイドンのオラトリオ「四季」から「冬」を聴く

2017年12月12日 06時01分10秒 | -オペラ・声楽
これまで、ハイドンのオラトリオ「四季」を季節に合わせて聴いてきました(*1〜*3)。最後は、やっぱり冬の季節の到来とともに、「冬」でしょう。ここしばらく、通勤の音楽として聴いてきて、今度は自宅で、珍しくヘッドホンで耳を傾けております。なぜヘッドホンで? それは、あの序曲は静かな環境でじっくりと聴きたいからです(^o^)/

演奏はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団、独唱陣にはシモン:ワルター・ベリー(Bs)、ハンネ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(Sp)、ルーカス:ベルナー・ホルヴェーク(Tn)、CD:EMI CMS 7 69224 2、1972年、ベルリンのイエス・キリスト教会で収録されたアナログ録音です。

このCDのトラック分けは、序曲とレチタティーヴォが別になるなど、少々異なっていますが、Wikipedia の解説によれば、「冬」は次のような構成になっています。

  • 序曲とレチタティーヴォ「今、色褪せた年が沈み」
  • カヴァティーナ「光と命は衰え」
  • レチタティーヴォ「広い湖も凍りつき」
  • アリア「旅人が今ここで」
  • レチタティーヴォ「そこで旅人が近づいてみると」
  • 合唱付きリート「くるくる回れ」(糸車の歌)
  • レチタティーヴォ「亜麻布を紡ぎ終えて」
  • 合唱付きリート「ある時、名誉を重んずる娘が」
  • レチタティーヴォ「乾燥した東のほうから」
  • アリア「これを見るが良い、惑わされた人間よ」
  • 三重唱と合唱「それから、大いなる朝が」

歌詞(*4)の大要は:
 光と命は衰え、広い湖も凍りつく厳しい冬のさなかに、旅人が道に迷っていましたが、ようやく光を見出します。一軒の家の中では、村人たちが楽しく賑やかに仕事をしており、言い寄ってきた貴族を出しぬいた娘の機転を褒め称えます。灰色の冬は厳しさを増し、美徳だけが残ります。天の門が開き、聖なる山が現れ、神の国へと導く報酬へ向けて働こう、と歌われます。



ハイドンの時代、冬の厳しさは現代の我々には想像できないほどだったことでしょう。薪ストーブを設置した人が、一ヶ月に2トントラック2台分の薪を燃やす、と言っていましたので、エステルハージ侯のお屋敷ではどれだけの薪が必要だったかを想像してしまいます。おそらく、屋敷全体を暖房することなどはかなわず、暖炉のある部屋で寒すぎない程度にあたため、住人は着ぶくれして寒さを防いでいたのではなかろうか。
おそらく一般庶民は、冬の間、地主など有力者の家で共同労働に従事していたのでしょう。

もう一つ、ハイドンの合唱の素晴らしさを感じます。そういえば、少年時代のハイドンは、ウィーンのシュテファン大聖堂の聖歌隊で歌っていたはず。変声期に解雇されるまで、九年間も活動していたのですから、合唱の扱いは得意分野だったのでしょう。「秋」の合唱も見事でしたが、「冬」の合唱も素晴らしいです。

YouTube にあった動画を貼り付けておきましょう。


(*1):ハイドンのオラトリオ「四季」から「春」を聴く〜「電網郊外散歩道」2016年3月
(*2):ハイドンのオラトリオ「四季」から「夏」を聴く〜「電網郊外散歩道」2015年7月
(*3):ハイドンのオラトリオ「四季」から「秋」を聴く〜「電網郊外散歩道」2017年9月
(*4):オペラ対訳プロジェクト「四季」〜「冬」
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音楽CDを注文したが品切れと言われて〜カールマン「チャールダーシュ侯爵夫人」

2017年12月03日 06時02分57秒 | -オペラ・声楽
過日、行きつけの書店に新刊書の予約をした際に、同店では音楽CDも扱うことから、ダメ元で音楽CDを注文してみました。カールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」、ルドルフ・ビーブル指揮ウィーン・フォルクスオーパーの1985年来日公演の録音です。案の定、「品切れです」と言われてしまいました(^o^)/

Amazon ではどうか? 残念ながら、Amazon にも新品の在庫はないようです。NAXOS には過日の記事(*1)のとおり録音がありますし、他の録音もあるようですが、やはりストーリーや歌詞など、解説書は日本語のほうがありがたい。ルドルフ・ビーブル盤は、解説がエクストラ・トラックに入っているようなので、こちらをもう少し探してみることにします。



で、次に考えることは YouTube でしょう。全曲は無理でも、有名どころのアリアなどはけっこう登録されているようです。例えばこんなふうに。

Anna Netrebko - Heia, in den Bergen - Die Csárdásfürstin


うーむ、ディーヴァだなあ(^o^)/

このオペレッタ「チャールダーシュ侯爵夫人」を知ったのは単身赴任時代で、やはり NAXOS のオペレッタ名曲集(2)でした。このときは、イングリド・ケルテシのソプラノで、「巫女の祈りみたい」などと感想を残して(*2)おりますが、このネトレプコの歌を観て聴いて、誇り高く妖艶なジプシー歌手という設定を納得しているところです(^o^)/

(*1):某公共図書館に登録しNAXOS Music Libraryを初めて利用する〜「電網郊外散歩道」2017年8月
(*2):ナクソスの「ザ・ベスト・オブ・オペレッタ第2集」を聴く〜「電網郊外散歩道」2007年6月

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R.シューマン「6つの歌Op.89」を聴く

2017年11月24日 06時04分01秒 | -オペラ・声楽
このところ、通勤の音楽として聴いてきたのがR.シューマンの「歌曲大全集」のCDから、Disc.6です。「子供のための歌のアルバムOp.79」や「3つの歌Op.83」なども魅力的なのですが、しばしば単独で取り上げられることがある「バラよ、かわいいバラよ!(Roselein, Roselein!)」が実はこの曲集に入っていたのかと驚いた「6つの歌Op.89」を取り上げます。

「6つの歌Op.89」は、R.シューマンが40歳の1850年に作曲されたとのこと。デュッセルドルフに移った同時期の作品としては、他にチェロ協奏曲、交響曲第3番、ピアノ三重奏曲第3番など、名だたる傑作が生まれた時期にあたります。若きブラームスはまだ来訪しておりません。この6曲とは、次のとおり。

  1. 夕空に嵐が吹きすさび
  2. ひそやかに去りゆくもの
  3. 秋の歌
  4. 森との別れ
  5. 戸外へ
  6. バラよ、かわいいバラよ!

このCDでは、前の5曲がフィッシャー・ディースカウ(Br)が歌い、最後の「Roselein, Roselein!」だけをエディット・マティス(Sp)が歌っています。ピアノ伴奏は、クリストフ・エッシェンバッハです。この、フィッシャー・ディースカウの歌唱の見事なこと! さすがに素晴らしいです。通勤の音楽としてロードノイズの中で聴いているときはさほどにも感じませんが、自宅でステレオ装置で聴いていると、ピアノ伴奏も見事です。



ところで、「Roselein, Roselein!」の歌詞は、夢で見たバラは棘がなかったのに、目覚めてみたら棘のあるバラしか見えなかった、というような嘆きです。マティスの歌は見事だし可愛らしいけれど、この曲はちょいと「かまぼこって、おとと(魚)でできてるの? え〜っ、知らなかったワ!」みたいな感じがしないでもない(^o^)/
もしかしたら、ローベルト君はこういうコケットリーに弱いタイプだったのかもしれない、などとヲジサンは邪推してしまうのです(^o^)/

ちなみに、この曲集の第6曲だけは、さすがに有名曲だけあり、YouTube にもたくさんありました。その中からご紹介。
R. Schumann - Röselein, Röselein op. 89 no. 6 - Talya Liebermann, Michał Biel


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ハイドンのオラトリオ「四季」より「秋」を聴く

2017年09月30日 06時02分42秒 | -オペラ・声楽
先日、秋の音楽を取り上げた際に、ハイドンのオラトリオ「四季」から「秋」を聴いて、あらためていい曲だな〜と感じました。カラヤン指揮ベルリン・フィル、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団による1972年の録音です。「秋」は次の11曲から成っています。

  • 序奏
  • レチタティーフ:「はじめ、春が」
  • 三重唱と合唱:「こんなに自然は、勤労に報いてくれた」
  • レチタティーフ:「ごらんなさい、あそこの榛(ハシバミ)の茂みのほうへ」
  • 二重唱:「町から来た美しい人、こちらにおいで」
  • レチタティーフ:「いま、裸に剥かれた畑に」
  • アリア:「広い草原を見渡してごらん!」
  • レチタティーフ:「ここで、野兎をねぐらから」
  • 田園の人々と狩人の合唱:「聞け、この大きなあわめきを」
  • レチタティーフ:「ぶどうの樹には、いま」
  • 合唱:「ばんざい、ぶどう酒だ」

通勤の音楽として聴くときも、レチタティーフもはっきり聞こえますし、合唱は迫力も楽しさも充分に聞き取ることができます。アリアやレチタティーフのバックに奏でられるオーケストラの音楽が、またいいのですね〜。狩人の合唱では、「お約束」どおりホルンが活躍しますし、突然の銃声のようなびっくり効果もハイドンらしいユーモアです。「ばんざい、ぶどう酒だ」の合唱は、酔っ払って「ヒック」としゃっくりをしているような表現が、おもしろいリズムの効果を出しており、ハイドン先生だけでなく、たぶんカラヤンも、身近な酔っぱらいをモデルに強調したな(^o^)、と笑ってしまいます。

YouTube には、いろいろな演奏があるようです。たまたま出会ったものですが、このバスはすごい。
Haydn Die Jahreszeiten The Seasons Kuijken, Laki, H Wildhaber, P Lika - 3 The Autumn Der Herbst


収穫を祝うお祭り騒ぎは、どうも洋の東西を問わないようです。当地でも、昔は稲刈りといえば田植えとともに一大行事でした。今はコンバインという機械であっという間に終わってしまいますが、機械化される前は他所に嫁いだ叔母さんが応援にやって来たり、多くの人出を要するもので、昔はそれなりに賑やかでした。「刈り上げ」と称する収穫後の家々の祭りはけっこう賑やかなもので、お酒とごちそうを出してふるまい、大いに盛り上がったものでした。たぶん、当時の収穫後の喜びというのは、これで一年間食いっぱぐれずにすむという安心感と一体のものではなかったかと思います。



(*1):ハイドンのオラトリオ「四季」から「春」を聴く〜「電網郊外散歩道」2016年3月
(*2):ハイドンのオラトリオ「四季」から「夏」を聴く〜「電網郊外散歩道」2015年7月

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