電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

山形交響楽団第273回定期演奏会でハイドン「天地創造」を聴く

2018年11月19日 06時01分24秒 | -オペラ・声楽
よく晴れた日曜の午後、山響こと山形交響楽団の第273回定期演奏会に出かけました。時間に余裕を持って出かけたつもりでしたが、駐車場はすでに満車で、急遽少し遠めの駐車場へ。なんとか駐車することが出来ました。

今回のプログラムは、

ハイドン オラトリオ「天地創造」
 Sop:中江 早希
 Ten:中嶋 克彦
 Bas:氷見 健一郎
 Cem:上尾 直毅
 合唱:山響アマデウス・コア
 鈴木 秀美 指揮、山形交響楽団

というものです。

開演前のロビーコンサートは、井上直樹編曲のヘンデル「組曲ニ長調」。バロック・トランペットが2本、ナチュラル・ホルンが2本、クラシカル・トロンボーンが3本(うち1本はバス・トロンボーン)にバロック・ティンパニという編成です。本番前にバロック・ティンパニを使うの?と不思議でしたが、なんと井上直樹さんの私物なんだそうな。わーお! 演奏は、ナチュラルな音の金管アンサンブルの魅力をたっぷり聴かせるものでした。

本番前のプレトークでは、指揮者の鈴木秀美さんと山響アマデウスコアで合唱指導にあたっている佐々木正利先生とは、実は40年来の交流があるのだそうで、いつか合唱を含むプログラムをやりたいと願っていたのが今回実現したのだそうです。当方も、今シーズンのプログラムの中で一番注目度の高い回だったかもしれません。それに、もしかしたら昨日が「天地創造」全曲の山形初演?

ステージ上は、後方ひな壇に女声59+男声30で計89人の大合唱団。オーケストラは合唱団と客席の間で、座席の関係でよく見えないところもあったのですが、指揮台の後方正面にチェンバロ、それをはさんで第1ヴァイオリン(8?9?)と第2ヴァイオリン(6?7?)とが対向配置、チェロ(5)、ヴィオラ(5)、コントラバス(3)は第1ヴァイオリンとチェロの左後方に陣取ります。正面奥にフルート(3)、オーボエ(2)、その奥にホルン(2)、クラリネット(2)、ファゴット(2)とコントラファゴット(1)が座り、木管楽器の右側に、トランペット(2)とその後方にトロンボーン(3:うち1はバス・トロンボーン)、第2ヴァイオリンとヴィオラの右にバロック・ティンパニ、という配置です。ソリストは、ステージ最前面に、左からソプラノ、テノール、バスという順に並びます。

今回は、第1部、第2部、第3部の計3部を、間に2回の休憩を入れて演奏するスタイルで行われました。
第1部、冒頭のオーケストラによる混沌の描写は、なかなかの迫力です。照明が全体的に暗めだなと思っていたら、天使ラファエルのレチタティーヴォと合唱で「Es Werde Licht! 光あれ!」と歌われると、パッと照明が明るくなるという演出。うーん、なるほど(^o^)/
この第1部は、天地創造と休息の7日間のうち1日目から4日目まで、すなわち光を現出させ天をつくり大地と海、植物をつくり、太陽と月と星を作るまでです。
作曲者ハイドンがヘンデルのオラトリオを聴いて刺激を受けたのは、1791年か1794年か、どちらかのイギリス滞在だったようです。このとき、天文学者ウィリアム・ハーシェルの天文台に招かれ、望遠鏡で星空を眺めて深く感激したそうです。はじめは音楽家として英国に渡り、天文学に興味を持ったハーシェルは、1781年に自宅の望遠鏡で天王星を発見していました。4日目に太陽をつくったのなら、それまでは何で一日の区切りを知ったのかと、今となっては矛盾を感じる天地創造の物語も、ハイドンにとってはハーシェルの望遠鏡で見た広大な宇宙に広がる星の世界に、人智を超えた存在を実感したのかもしれません。例えば第1部の最後の合唱:

Die Himmel erzählen die Ehre Gottes,
Und seiner Hände Werk
Zeigt an das Firmament.

当日のプログラム冊子にはちゃんと対訳がついていましたが、複製・転載不可と明記されていましたので、恥ずかしながら直訳すると、

天は神の栄光を語り、
そして天空は神の両手の所業を表出している。

となります。
これらの曲で、オーボエのパートは天文学者であって音楽家であるウィリアム・ハーシェルを念頭に置いて書かれたのかもしれません。

休憩の後の第2部は、天地創造の第5日と第6日、魚や鳥、地上の生き物をつくり、最後に人間の男と女を生み出すところです。ここまでは、旧約聖書の創世記から。天使ラファエルもウリエルもガブリエルも合唱も基本的に肯定のスタンスで、創造主への讃歌を歌います。第2部の終わりは「アレルヤ」のコーラスです。

Vollendet ist das große Werk,
Des Herren Lob sei unser Lied!(続く)

Alles lobe seinen Namen,
Denn er allein ist hoch erhaben!
Alleluja! Alleluja!

同様に直訳すると、

偉大な作業が完遂された
私達の歌は 彼(主)の賞賛だ
全てのものは 彼(主)の名を賞賛せよ
というのも、ただ彼(主)だけが超越しているから。
アレルヤ、アレルヤ(主を讃えよ)

というところでしょうか。

休憩の後の第3部では、ソリストの並びが変わります。左から、天使ガブリエル(Sop)、ラファエル(Bas)、そしてウリエル(Ten)の順です。ウリエルは始めと終わりのレチタティーヴォ(説明)と最後の合唱に登場するだけで、アダムとエヴァ役のバスとソプラノ、合唱で進められていきます。内容は、ミルトンの『失楽園』に基づく、アダムとエヴァの神への讃歌、そして楽園の美しい光景です。
ここでもハイドンは基本的に肯定のスタンス。アダムとイブといえば、蛇と知恵のリンゴがすぐに連想されるところですが、そこのところはウリエルのレチタティーヴォで

O glücklich Paar, und glücklich immerfort,
Wenn falscher Wahn euch nicht verführt,
Noch mehr zu wünschen als ihr habt,
Und mehr zu wissen als ihr sollt!

直訳すれば、

おお、幸せな夫婦よ、いつまでも幸福であれ
もし誤った妄想がお前たちを誘惑しない限り。
お前たちが、持つべきものより多くを望んだり、
知るべきものより多くを知ろうとするような。

というところで、チクリと釘を差しています。このへんは、上品ですが辛辣な貴族の流儀を知っているハイドンらしいというか、奥さんに頭が上がらない恐妻家が曲の中でちらりと愚痴をこぼしたと見るべきか(^o^)/
いずれにしろ、「賛美の歌を競い響かせる」終曲の独唱と合唱、アーメン・コーラスが、すべてを昇華してくれるようです。



今回も、良い演奏会となりました。CDで全曲を漫然と流して聞いているだけではわからなかったところで、なるほどと感じるところが多くありました。とりわけ大人数の合唱の迫力、ナチュラル・ブラスと古楽奏法を取り入れたオーケストラと人の声がまじりあう様子など、山響とアマデウス・コアならではの演奏と感じました。本当に貴重な経験でした。

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旅の空の下、シューマンの合唱曲を聴く

2018年07月01日 06時04分57秒 | -オペラ・声楽
シューマンの声楽曲にはまったついでに、合唱曲を聴きたいと思いましたが、あいにくグラモフォンの「歌曲大全集」には二重唱までで合唱曲は含まれておりませんでした。ほかにシューマンの合唱曲を収録したLPやCDを持たないし、仮に持っていたとしても旅の空の下では急には利用できません。そこで、ネットで探してみました。いずれも YouTube より。

まずは"Zigeunerleben"。ツィゴイナーレーベン=流浪の民ですか。名訳です。小学校の鑑賞教材に指定されているそうですが、当方の小学生時代、小学校にステレオはなかったので、実際に聴いたのは大人になってからでした(^o^;)>poripori

カレッジの合唱団によるオーソドックスな「流浪の民」です。
Schumann: Zigeunerleben (The Hastings College Choir)


続いてグループ5人による「流浪の民」。テンポが速く、緩急の変化をつけたものです。こういういきいきとした歌唱はわりと好み。アルトではなくお茶目なカウンターテナー。
Schumann: Hausmusik. Zu Gast bei Clara & Robert Schumann


ニュージーランドの高校生による Der Wassermann の無伴奏女声合唱です。
Der Wassermann - Robert Schumann


An die Sterne を楽譜とともに。
Schumann | An die Sterne [á 8; The Netherlands Chamber Choir]


まだまだありますが、他人の褌で相撲を取るようなものでしょうから、このへんで切り上げることといたします。しかし、なんとも驚くような時代になったものです。



写真は、定番の洋風朝食メニュー。スクランブルエッグが上手で美味しかったのと、ヨーグルトが大きな容器に取り放題だったのはGoodでした。現在は自宅に戻り、妻の料理にほっとしております。
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シューマン「4つの二重唱曲」Op.34を聴く

2018年06月30日 06時05分22秒 | -オペラ・声楽
しばらく通勤の音楽として聴いていたR.シューマンの二重唱曲集から、「四つの二重唱曲」Op.34 を取り上げます。
1840年に作曲されたこの曲は、クララと結婚する前後の、まさに「歌の年」の産物でしょうか。翌1841年には交響曲第1番Op.38「春」が作曲されるのですから、待ち望んだ幸福に酔う二人の恋人のデュエットとなっています。

  1. 愛の庭
  2. 恋するもののセレナーデ
  3. 窓の下で
  4. 家族の肖像

グラモフォンの「歌曲大全集」Disc-9では、ユリア・ヴァラディ(Sp)とディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Bar)のおしどり夫婦が歌っています。とても立派な完成度の高い歌唱で、それだけにキャピキャピの若い恋人たちというよりは、とても落ち着いた知的な夫婦のような印象を受けます。

探してみたら YouTube にもありました。例えばこれなら、若い恋人たちの印象に近いかも。(投稿者であるソプラノさんの指定で、他サイトでは再生できないようです。ここから YouTube にジャンプします。記事と並行して聴きたい場合はリンクを右クリックし「別窓」または「別タブで開く」を選ぶ。)

Vier Duette: Liebesgarten, Robert Schumann


多くの歌曲の歌詞を訳してくださっている「梅丘歌曲会館」(*1)に、四曲の歌詞対訳がありましたので、この第1曲:「愛の庭」の歌詞(*2)を知ることができますし、その他の3曲も、ちゃんと対訳で歌詞を知ることができます。ありがたいことです。

(*1):梅丘歌曲会館「詩と音楽」
(*2):Liebesgarten Op.34-1〜Vier Duette:「愛の庭」Op.34-1〜四つの二重唱曲より
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カールマン「チャールダーシュの女王」を聴く~1985年・東京文化会館ライブ

2018年01月07日 06時02分21秒 | -オペラ・声楽
注文しても品切れだと言われ、探していたCD、カールマン「チャールダーシュの女王」を見つけ、中古で購入できました。1985年4月6日、東京文化会館におけるライブ録音で、ルドルフ・ビーブル指揮ウィーン国立フォルクスオーパー管弦楽団&合唱団による演奏の二枚組、(DENON:COCQ-85142~43)です。昨年末から通勤の音楽として聴き、またお正月にもニューイヤーコンサートの代わりに楽しみました。

カールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」(正しくは「チャールダーシュ侯爵夫人」*1)は、何かと参照することの多い音楽之友社『ON BOOKS SPECIAL 歌劇(上)』にも記載がありませんので、あまりメジャーなものではないのかもしれません。が、単身赴任時代にナクソスの「ザ・ベスト・オブ・オペレッタ第2集」で親しむようになり、NAXOSミュージックライブラリで全曲を聴き(*2)、とうとう通販で中古CDを探し出すという勢いは、当方には近年珍しい現象です。

CDに添付の対訳解説書によれば、あらすじはごく単純なものです。優柔不断な貴族の若者が歌姫を見初めますが、家柄を重視する父親の反対で破談になりかけるけれど、実は妻(若者の母)も身分を隠した元歌姫だったということが判明、めでたく結ばれる、というものです。

今どき少女マンガでも採用しないであろうこんな陳腐なストーリーを、カールマンの音楽は華やかに賑やかに聴かせてしまいます。おそらく映像があればもっと楽しいのだろうと思いながら、第三幕の「ヤイ、ママン」の三重唱を口ずさみつつタマネギを刻みパスタを作るのは、実に良いものです(^o^)/

当方のPCの設定の問題なのか、ナクソス・ミュージック・ライブラリは60分ほど何も操作しないでいると、接続が切断されてしまうみたい。それではリビングに朗々と音楽を流しつつパスタを作るという「望ましい休日の過ごし方」には不向きですので、CD購入→リッピング→CD2枚分をプレイリストに登録→簡易PC-audioで全曲連続再生、という流れになった次第。やあ、フィナーレも華やかで良いなあ(^o^)/



第一次大戦前夜、オーストリア・ハンガリー帝国の落日の季節に戦争の影が忍び寄る時代背景を考えると、享楽的な貴族の歌が、無理もないのかなと思えてしまうかも。

(*1):題名「Die Csárdásfürstin」の邦訳は、「チャールダーシュ侯爵夫人」が正しいようです。fürst=侯爵ですので、その女性形fürstin=侯爵夫人でしょう。一応、CDの表記に合わせております。
(*2):某公共図書館に登録しNAXOS Music Libraryを初めて利用する~「電網郊外散歩道」2017年8月

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ビーチャム盤でヘンデルのオラトリオ「メサイア」を聴く

2017年12月25日 06時02分09秒 | -オペラ・声楽
クリスマスの季節、ヘンデルのオラトリオ「メサイア」を聴きましょう。これまで、オーマンディ盤、ボールト盤(*2)などを聴いてきましたが、今回はすでにパブリック・ドメインとなっているビーチャム盤です。ユージン・グーセンス編曲のど派手な演奏ですが、この背景が実はおもしろい。

Wikipedia(*3)によれば、ユージン・グーセンス(1893-1962)は英国の指揮者・作曲家で、第二次大戦前はロチェスター・フィルやシンシナティ交響楽団の指揮者を務め、戦後はオーストラリアに渡り、シドニー交響楽団等を指揮しながら同地にオペラハウスの必要を訴え、後にあのシドニー・オペラハウスとなったとのことです。

(写真はシドニー・オペラハウス、Wikimedia commons より)

1956年にオーストラリアから英国に帰国した際に、空港の税関で多量のポルノ写真が見つかり、スキャンダルとなって、英国の音楽界ではすっかり「干されて」しまったのだそうな。そこは親分肌のビーチャム卿、現代楽器と近代管弦楽法を活かしたヘンデル「メサイア」の編曲を依頼、すっかりくさっていたグーセンスがこれでもか!とばかりに腕を振るい、派手な作品に仕上がった、ということらしい。で、それを堂々と演奏・録音したのが1959年、ビーチャム指揮ロイヤルフィルによるこのレコードで、今はパブリックドメインになっている、というわけです。

今年は、政治家等のセクハラ事件がいくつも報道されましたが、いくつか音楽界にも飛び火しているようです。そんな2017年のクリスマスにふさわしく、いわくつきの「メサイア」グーセンス編曲版による録音ですが、演奏はなかなか素晴らしいもので、大いに楽しめます(^o^)/

独唱も生き生きとしていて、「ハレルヤ・コーラス」もジャーンとシンバルをぶちかます冒頭から元気いっぱい。大規模興業として演奏される機会音楽として考えれば、実に効果的な編曲かも。もしヘンデルが現代に現れたなら、案外おもしろがるかもしれない、と思ってしまうような面があります(^o^)/

YouTubeにいくつか登録されていました。
Handel - Messiah - Beecham (Part 1)


Handel - Messiah - Beecham (Part 2)


Handel - Messiah - Beecham (Part 3)


こちらの冒頭に、ど派手な「ハレルヤ・コーラス」が登場(^o^)/
Handel - Messiah - Beecham (Part 4)



(*1):オーマンディのCBS録音でヘンデルの「メサイア」(ハイライト)を聴く~「電網郊外散歩道」2010年11月
(*2):ボールト指揮ロンドン響でヘンデル「メサイア」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年11月
(*3):ユージン・グーセンス~Wikipediaの解説

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ハイドンのオラトリオ「四季」から「冬」を聴く

2017年12月12日 06時01分10秒 | -オペラ・声楽
これまで、ハイドンのオラトリオ「四季」を季節に合わせて聴いてきました(*1〜*3)。最後は、やっぱり冬の季節の到来とともに、「冬」でしょう。ここしばらく、通勤の音楽として聴いてきて、今度は自宅で、珍しくヘッドホンで耳を傾けております。なぜヘッドホンで? それは、あの序曲は静かな環境でじっくりと聴きたいからです(^o^)/

演奏はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団、独唱陣にはシモン:ワルター・ベリー(Bs)、ハンネ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(Sp)、ルーカス:ベルナー・ホルヴェーク(Tn)、CD:EMI CMS 7 69224 2、1972年、ベルリンのイエス・キリスト教会で収録されたアナログ録音です。

このCDのトラック分けは、序曲とレチタティーヴォが別になるなど、少々異なっていますが、Wikipedia の解説によれば、「冬」は次のような構成になっています。

  • 序曲とレチタティーヴォ「今、色褪せた年が沈み」
  • カヴァティーナ「光と命は衰え」
  • レチタティーヴォ「広い湖も凍りつき」
  • アリア「旅人が今ここで」
  • レチタティーヴォ「そこで旅人が近づいてみると」
  • 合唱付きリート「くるくる回れ」(糸車の歌)
  • レチタティーヴォ「亜麻布を紡ぎ終えて」
  • 合唱付きリート「ある時、名誉を重んずる娘が」
  • レチタティーヴォ「乾燥した東のほうから」
  • アリア「これを見るが良い、惑わされた人間よ」
  • 三重唱と合唱「それから、大いなる朝が」

歌詞(*4)の大要は:
 光と命は衰え、広い湖も凍りつく厳しい冬のさなかに、旅人が道に迷っていましたが、ようやく光を見出します。一軒の家の中では、村人たちが楽しく賑やかに仕事をしており、言い寄ってきた貴族を出しぬいた娘の機転を褒め称えます。灰色の冬は厳しさを増し、美徳だけが残ります。天の門が開き、聖なる山が現れ、神の国へと導く報酬へ向けて働こう、と歌われます。



ハイドンの時代、冬の厳しさは現代の我々には想像できないほどだったことでしょう。薪ストーブを設置した人が、一ヶ月に2トントラック2台分の薪を燃やす、と言っていましたので、エステルハージ侯のお屋敷ではどれだけの薪が必要だったかを想像してしまいます。おそらく、屋敷全体を暖房することなどはかなわず、暖炉のある部屋で寒すぎない程度にあたため、住人は着ぶくれして寒さを防いでいたのではなかろうか。
おそらく一般庶民は、冬の間、地主など有力者の家で共同労働に従事していたのでしょう。

もう一つ、ハイドンの合唱の素晴らしさを感じます。そういえば、少年時代のハイドンは、ウィーンのシュテファン大聖堂の聖歌隊で歌っていたはず。変声期に解雇されるまで、九年間も活動していたのですから、合唱の扱いは得意分野だったのでしょう。「秋」の合唱も見事でしたが、「冬」の合唱も素晴らしいです。

YouTube にあった動画を貼り付けておきましょう。


(*1):ハイドンのオラトリオ「四季」から「春」を聴く〜「電網郊外散歩道」2016年3月
(*2):ハイドンのオラトリオ「四季」から「夏」を聴く〜「電網郊外散歩道」2015年7月
(*3):ハイドンのオラトリオ「四季」から「秋」を聴く〜「電網郊外散歩道」2017年9月
(*4):オペラ対訳プロジェクト「四季」〜「冬」
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音楽CDを注文したが品切れと言われて〜カールマン「チャールダーシュ侯爵夫人」

2017年12月03日 06時02分57秒 | -オペラ・声楽
過日、行きつけの書店に新刊書の予約をした際に、同店では音楽CDも扱うことから、ダメ元で音楽CDを注文してみました。カールマンの喜歌劇「チャールダーシュの女王」、ルドルフ・ビーブル指揮ウィーン・フォルクスオーパーの1985年来日公演の録音です。案の定、「品切れです」と言われてしまいました(^o^)/

Amazon ではどうか? 残念ながら、Amazon にも新品の在庫はないようです。NAXOS には過日の記事(*1)のとおり録音がありますし、他の録音もあるようですが、やはりストーリーや歌詞など、解説書は日本語のほうがありがたい。ルドルフ・ビーブル盤は、解説がエクストラ・トラックに入っているようなので、こちらをもう少し探してみることにします。



で、次に考えることは YouTube でしょう。全曲は無理でも、有名どころのアリアなどはけっこう登録されているようです。例えばこんなふうに。

Anna Netrebko - Heia, in den Bergen - Die Csárdásfürstin


うーむ、ディーヴァだなあ(^o^)/

このオペレッタ「チャールダーシュ侯爵夫人」を知ったのは単身赴任時代で、やはり NAXOS のオペレッタ名曲集(2)でした。このときは、イングリド・ケルテシのソプラノで、「巫女の祈りみたい」などと感想を残して(*2)おりますが、このネトレプコの歌を観て聴いて、誇り高く妖艶なジプシー歌手という設定を納得しているところです(^o^)/

(*1):某公共図書館に登録しNAXOS Music Libraryを初めて利用する〜「電網郊外散歩道」2017年8月
(*2):ナクソスの「ザ・ベスト・オブ・オペレッタ第2集」を聴く〜「電網郊外散歩道」2007年6月

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R.シューマン「6つの歌Op.89」を聴く

2017年11月24日 06時04分01秒 | -オペラ・声楽
このところ、通勤の音楽として聴いてきたのがR.シューマンの「歌曲大全集」のCDから、Disc.6です。「子供のための歌のアルバムOp.79」や「3つの歌Op.83」なども魅力的なのですが、しばしば単独で取り上げられることがある「バラよ、かわいいバラよ!(Roselein, Roselein!)」が実はこの曲集に入っていたのかと驚いた「6つの歌Op.89」を取り上げます。

「6つの歌Op.89」は、R.シューマンが40歳の1850年に作曲されたとのこと。デュッセルドルフに移った同時期の作品としては、他にチェロ協奏曲、交響曲第3番、ピアノ三重奏曲第3番など、名だたる傑作が生まれた時期にあたります。若きブラームスはまだ来訪しておりません。この6曲とは、次のとおり。

  1. 夕空に嵐が吹きすさび
  2. ひそやかに去りゆくもの
  3. 秋の歌
  4. 森との別れ
  5. 戸外へ
  6. バラよ、かわいいバラよ!

このCDでは、前の5曲がフィッシャー・ディースカウ(Br)が歌い、最後の「Roselein, Roselein!」だけをエディット・マティス(Sp)が歌っています。ピアノ伴奏は、クリストフ・エッシェンバッハです。この、フィッシャー・ディースカウの歌唱の見事なこと! さすがに素晴らしいです。通勤の音楽としてロードノイズの中で聴いているときはさほどにも感じませんが、自宅でステレオ装置で聴いていると、ピアノ伴奏も見事です。



ところで、「Roselein, Roselein!」の歌詞は、夢で見たバラは棘がなかったのに、目覚めてみたら棘のあるバラしか見えなかった、というような嘆きです。マティスの歌は見事だし可愛らしいけれど、この曲はちょいと「かまぼこって、おとと(魚)でできてるの? え〜っ、知らなかったワ!」みたいな感じがしないでもない(^o^)/
もしかしたら、ローベルト君はこういうコケットリーに弱いタイプだったのかもしれない、などとヲジサンは邪推してしまうのです(^o^)/

ちなみに、この曲集の第6曲だけは、さすがに有名曲だけあり、YouTube にもたくさんありました。その中からご紹介。
R. Schumann - Röselein, Röselein op. 89 no. 6 - Talya Liebermann, Michał Biel


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ハイドンのオラトリオ「四季」より「秋」を聴く

2017年09月30日 06時02分42秒 | -オペラ・声楽
先日、秋の音楽を取り上げた際に、ハイドンのオラトリオ「四季」から「秋」を聴いて、あらためていい曲だな〜と感じました。カラヤン指揮ベルリン・フィル、ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団による1972年の録音です。「秋」は次の11曲から成っています。

  • 序奏
  • レチタティーフ:「はじめ、春が」
  • 三重唱と合唱:「こんなに自然は、勤労に報いてくれた」
  • レチタティーフ:「ごらんなさい、あそこの榛(ハシバミ)の茂みのほうへ」
  • 二重唱:「町から来た美しい人、こちらにおいで」
  • レチタティーフ:「いま、裸に剥かれた畑に」
  • アリア:「広い草原を見渡してごらん!」
  • レチタティーフ:「ここで、野兎をねぐらから」
  • 田園の人々と狩人の合唱:「聞け、この大きなあわめきを」
  • レチタティーフ:「ぶどうの樹には、いま」
  • 合唱:「ばんざい、ぶどう酒だ」

通勤の音楽として聴くときも、レチタティーフもはっきり聞こえますし、合唱は迫力も楽しさも充分に聞き取ることができます。アリアやレチタティーフのバックに奏でられるオーケストラの音楽が、またいいのですね〜。狩人の合唱では、「お約束」どおりホルンが活躍しますし、突然の銃声のようなびっくり効果もハイドンらしいユーモアです。「ばんざい、ぶどう酒だ」の合唱は、酔っ払って「ヒック」としゃっくりをしているような表現が、おもしろいリズムの効果を出しており、ハイドン先生だけでなく、たぶんカラヤンも、身近な酔っぱらいをモデルに強調したな(^o^)、と笑ってしまいます。

YouTube には、いろいろな演奏があるようです。たまたま出会ったものですが、このバスはすごい。
Haydn Die Jahreszeiten The Seasons Kuijken, Laki, H Wildhaber, P Lika - 3 The Autumn Der Herbst


収穫を祝うお祭り騒ぎは、どうも洋の東西を問わないようです。当地でも、昔は稲刈りといえば田植えとともに一大行事でした。今はコンバインという機械であっという間に終わってしまいますが、機械化される前は他所に嫁いだ叔母さんが応援にやって来たり、多くの人出を要するもので、昔はそれなりに賑やかでした。「刈り上げ」と称する収穫後の家々の祭りはけっこう賑やかなもので、お酒とごちそうを出してふるまい、大いに盛り上がったものでした。たぶん、当時の収穫後の喜びというのは、これで一年間食いっぱぐれずにすむという安心感と一体のものではなかったかと思います。



(*1):ハイドンのオラトリオ「四季」から「春」を聴く〜「電網郊外散歩道」2016年3月
(*2):ハイドンのオラトリオ「四季」から「夏」を聴く〜「電網郊外散歩道」2015年7月

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プロコフィエフのカンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」を聴く

2017年05月30日 06時05分47秒 | -オペラ・声楽
プロコフィエフの音楽を初めて意識したのは、いつごろ、何の曲だったろう? それは多分、学生時代に図書館のLPレコード貸出サービスで借りた、アイザック・スターン(Vn)、オーマンディ指揮フィラデルフィア管による「ヴァイオリン協奏曲第1番&第2番」のレコードだったのではないかと思います。その後、廉価盤で購入した「ヴァイオリン・ソナタ」の、自由で幻想的な音楽にハマりました。また、「ピアノ協奏曲第3番」や「交響曲第5番」、「チェロ・ソナタ」、「ロメオとジュリエット」、「ピアノソナタ第8番」などにもハマりましたし、近年はバレエ「シンデレラ」を映像付きで楽しむようになりました。ところが、彼の合唱付きの音楽や声楽曲については、ほとんど触れることなく来てしまいました。そんな意識が働いていたのか、たまたま某書店のCDワゴンセールで、カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」を購入し、しばらく通勤の音楽としてくりかえし聴いております。

このCDというのは、NAXOS の 8.555710 で、イリーナ・ゲラホヴァ(MS)、スタニスラフスキー合唱団、ドミトリ・ヤブロンスキー指揮のロシア国立交響楽団による2002年のスタジオ・デジタル録音です。

第1曲:モンゴル治下のロシア。オーケストラのみで演奏されます。圧政を表すのか、低弦楽器が活躍するのだけれど、残念ながらカーステレオでは充分に再現されません。
第2曲:アレクサンドル・ネフスキーの歌。待望される英雄を讃える歌でしょうか。
第3曲:プスコフの十字軍。これは、ローマ・カトリック教会の東方進出の先兵たるドイツ騎士団でしょう。
第4曲:起て、ロシアの人々よ。力強い、戦意高揚の合唱です。
第5曲:氷上の激戦。ドイツ騎士団との決戦が迫る緊迫感、迫力の音楽ですが、中にはユーモラスな表情も。
第6曲:死人の野。メゾソプラノの独唱と管弦楽で、戦いの後の累々たる屍の光景を悼みます。
第7曲:アレクサンドルのプスコフ入城。勝利に凱旋する讃歌の合唱です。

CDで聴くと、充分ではありませんがロードノイズに負けずに迫力の音楽が展開され、ちょいと興奮してしまいます(^o^)/

Wikipedia 等で調べてみると、この曲はもともとエイゼンシュテインの映画「アレクサンドル・ネフスキー」(1938)のための音楽から、演奏会用カンタータとして改作されたものだそうで、カンタータとしての初演は1939年だそうです。ロシアの中世の英雄が、ドイツ騎士団の侵攻を退けた伝説を描く、せっかくの映画、音楽でしたが、1939年といえばスターリンとヒトラーが独ソ不可侵条約を結んだ年ですので、どうやら冷遇されたらしい。エイゼンシュテインは、スターリンの過ちを認識していたのだろうか? 中世の故事になぞらえて批判したのだろうか? このあたりは不明ですが、ローマ・カトリック教会の東方進出の先兵としてのドイツ騎士団を退け、ロシア正教を保護したということで聖人視される「救国の英雄」を描いた作品が、スターリンのソビエト連邦とヒトラーのナチス・ドイツとの結託を批判する暗喩となって厄介視されるという事情は、なんとも皮肉な状況です。

映画「アレクサンドル・ネフスキー」は、YouTube で全編を観ることができます。白黒の映像は鑑賞にたえるけれど、残念ながら音声は充分とは言えず、当時のプロコフィエフにとっても、音楽的には満足できるものではなかったかもしれません。

Alexandre Nevski (Aleksandr Nevskii) - 1938 - Sergeï Eisenstein - VOSTFR


全編を観るのは時間がかかりますが、一部を観るだけでも作品の雰囲気はよくわかります。例えば次の「氷上の戦い」は、オリジナルの音声ではなく、カンタータの第5曲を映像にあてたものなのかもしれませんが、緊迫感や雰囲気は充分に伝わります。
Alexander Nevsky - "The Battle of the Ice"


こういう作品ほど、映像付きの迫力がものをいう面があります。残念ながら、通勤の音楽にはCDかUSBメモリに仕込んだMP3等の音楽ファイルに限られますが、CD等をきっかけに通勤の音楽で聴き馴染んだ作品を、週末に自宅のPC-audioで映像付きで楽しむというのが、どうやら正解のようです(^o^)/

エイゼンシュテインの映像を観ながらプロコフィエフの音楽を聴くと、短い場面を繰り返し重ねることによって、緊張感やリズムを作り出す手法が、プロコフィエフの音楽でも意図的に使われていることがよくわかります。自宅でそういうこともわかるようになったという意味で、すごい時代になったものです。

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テレサ・ベルガンサでハイドンの「アリア&カヴァティーナ集」を聴く

2017年01月16日 06時03分51秒 | -オペラ・声楽
雪かきでくたびれた休日、リビングに戻って「どれ一服」と煙草ならぬLPを取り出しました。テレサ・ベルガンサのメゾソプラノで、ハイドンの「アリアとカヴァティーナ集」(エラート:REL-5)、レイモンド・レッパード指揮スコットランド室内管弦楽団による、1982年3月、英国エジンバラのクィーンズ・ホールにおけるデジタル録音です。
収録曲は次の通り。

    Side-1
  1. ジャンニーナのアリア「貞淑な妻は」
  2. アガティーナのアリア「ああ、つらいこと!あなたがお望みだから」
  3. エッセリーナのアリア「人は恋をすると」
  4. 待降節のためのカンティレーナ「ひとりの処女にして神の下婢なりと」
    Side-2
  5. カンタータ「哀れなるわれら、哀れなる祖国」
  6. アルチーナのカヴァティーナ「わたしはアルチーナ」
  7. メルリーナのアリア「わたしの最高の当たり役を」
  8. リンドーラのアリア「わたしはやさしく、親切な女」


LPに添付されたマルク・ヴィニャルの解説によれば、いずれもハイドン自作のオペラからではなく、雇い主のエステルハージ候のためにチマローザやガッザニーガ、ビアンキ、パスティッチョなどといった作曲家の作品をアレンジする過程で作曲したものだそうです。さらにハイドンには、そうした選曲やアレンジの仕事に加えて、オペラの上演準備、リハーサル、指揮などの仕事もあったのだとのこと。その活動の規模と曲の性格については、

ヤーノシュ・ハリッヒによれば、ハイドンは1780年から1790年までの間に96曲のオペラ、1786年1年間だけで17曲のオペラの仕事をし、再演をも計算に入れれば、その上演回数は総計1026回にも達し、その中で125回は1786年に行われている(3日に1回の割合である)。ハイドンは他の作曲家によるこれらの作品を指揮する前に、当時の習慣に従って改変や省略を行い、不適当と思われるアリアを自作のアリアと置き換えるなど、容赦なく筆を加えた。このレコードに収められた8つの作品のうち6曲と、おそらくもう1曲("Miseri noi, misera partria"哀れなるわれら、哀れなる祖国)は、このようにハイドンが自作以外のオペラのために書いたものである。

と、このように説明しています。なるほど、エステルハーザ宮での充実した多忙な音楽生活が見えるようです。

テレサ・ベルガンサの歌声はたいへん魅力的で、ポピュラーとは言えない曲目も、続けて何度も耳を傾け、繰り返し聴いてしまいます。上品だけれどウィットに富むジャンニーナのアリア「貞淑な妻は」や、心を打つ「哀れなるわれら、哀れなる祖国」など、冒頭からぐいっと引き込まれます。
リビングのオーディオ装置は、録音を云々できるほどのレベルではありませんが、鴨居に固定した小型の自作スピーカから流れる歌声と室内オーケストラの音はごく自然なもので、たぶん優秀録音なのだろうと想像させてくれます。

残念ながら、この録音はCD時代にも廃盤になって久しく、当方ではこのLPでしか聴くことができません。その意味では貴重な盤で、なかなかLPを捨てられない理由の一つでもあります。他の同一録音のCDとLPを比較したピッチから判断して、回転数がやや速めの簡易なレコードプレーヤー(*1,2)ではありますが、ほんとに買って良かったと思っています(^o^)/

(*1):リビングのデスクコーナーに簡易型のレコードプレーヤーを設置する~「電網郊外散歩道」2016年7月
(*2):リビングでLPレコードを再生してみると~「電網郊外散歩道」2016年7月

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ドヴォルザーク「スターバト・マーテル」を聴く

2016年08月18日 06時05分13秒 | -オペラ・声楽
簡便なレコードプレーヤーを購入(*1)以来、若い頃に集めたLPをじっくりと聴き直しております。今回は、ドヴォルザークの宗教曲で「スターバト・マーテル」作品58、R.クーベリック指揮のバイエルン放送交響楽団・合唱団・他による演奏で、独唱者は、エディット・マティス(Sp)、アンナ・レイノルズ(コントラルト)、ヴィエスワフ・オフマン(Te)、ジョン・シャーリー=カーク(Bs)、1976年9月、ミュンヘンのヘルクレス・ザールでのアナログ録音です。LPはグラモフォンのMG8308/9という二枚組で、見開きジャケットとなっています。曲目解説は渡邊學而さん、演奏者解説は浅里公三さん。思わず懐かしくなるお名前です。

渡邊學而さんの解説によれば、この曲は作曲者が34歳の1875年9月に長女を失い、2年後に長男と次女を一ヶ月も経たないうちに相次いで失うという悲しみの中で作曲されたとあります。ドヴォルザークが結婚したのは、たしか1873年(32歳)のときでしたので、1歳か1歳に満たないくらいの年齢の赤ちゃんの時期に、次々に亡くなったことになります。

参考までに、ネットで19世紀までの乳幼児死亡率を調べてみると(*2)、ベルリンにおける種痘の導入が1801年で、まだまだ乳幼児死亡率が高かった時代のようです。それにしても、かわいい盛りの幼児を次々に失うということは、結婚して二年程度の若い夫婦にとって、大きな痛手だったことでしょう。




LPジャケット裏面の記録によれば、購入したのは鶴岡在住の時代、1983年のようです。この頃、私も乳幼児の親であり、アパート生活でLPを聴くことなどはかないませんでした。にもかかわらずLPを購入し、たまに帰省した実家で、つかの間の楽しみとしてLPを聴いておりました。

この曲は、ぜんぶで10曲からなります。

第1曲:「悲しみに沈める聖母は」
第2曲:「誰が涙を流さぬものがあろうか」
第3曲:「いざ、愛の泉である聖母よ」
第4曲:「わが心をして」
第5曲:「わがためにかく傷つけられ」
第6曲:「われにも汝とともに涙を流させ」
第7曲:「処女のうちもっとも輝ける処女」
第8曲:「キリストの死に思いをめぐらせ」
第9曲:「焼かれ焚かれるとはいえ」
第10曲:「肉体は死して朽ち果てるとも」~「アーメン」

1枚目のレコードは、A面に1曲目、B面に2~3曲目までを収録しており、悲歎の色濃い音楽が流れます。これに対して2枚目のレコードは、第4曲目以降を収録し、しだいに悲歎よりも慰めと祈りの要素が大きくなっていくようです。

肺ガンで亡くなった大学時代の恩師や、白血病で若くして亡くなった大学時代の同級生、あるいは父親と同じ年齢で同じ病気で亡くなった同業仲間の場合など、何度か教会での葬儀に参列しましたが、皆が心を込めて歌う賛美歌の役割(*3,4)が、悲しみを慰めるものであることを感じておりました。ドヴォルザークの「スターバト・マーテル」もまた、悲しみを慰めに変える、祈りの音楽であると考えて間違いないでしょう。音楽として素晴らしいものであるだけでなく、大きな慰めの音楽である点からも、名曲と呼ばれる理由が理解できるように思います。

(*1):リビングでLPレコードを再生してみると~「電網郊外散歩道」2016年7月
(*2):高木正道:近世ヨーロッパの人口動態、『経済学研究』、(PDFファイル)
(*3):恩師の葬儀に出席~「電網郊外散歩道」2005年1月
(*4):モーツァルト「レクイエム」を聴く~「電網郊外散歩道」2011年3月

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プッチーニ「グロリア・ミサ」を聴く

2016年08月07日 06時03分26秒 | -オペラ・声楽
夏休みを利用して、リビングで昔集めたLPを楽しんでおります。今回は、プッチーニの「グロリア・ミサ」です。



LPは、エラートの REL-8348、1984年にRVCから2,800円で発売されたものです。録音は1983年3月にロンドンのオール・セインツ教会で収録されたもの。演奏者は、ホセ・カレーラス(Ten.)とヘルマン・プライ(Bar.)、クラウディオ・シモーネ指揮フィルハーモニア管弦楽団、アンブロージアン合唱団。



LPジャケット裏面の金沢正剛氏の解説によれば、ルッカの町の音楽家の家系に生まれた「五代目の跡取り」プッチーニが、若くして父を失い、母親の期待を一身に受けてルッカ音楽院で音楽の基礎をたたき込まれた後に、近所の教会オルガニストとして頭角を現していた頃に書かれたのがきっかけで、ルッカの音楽院の卒業課題として完成されたものだそうです。この曲が評判になり、金持ちの叔父の援助を受けてミラノの音楽院に進むようになりますが、彼自身はオペラのほうに方向を定め、この曲は「若気の罪」であるとして出版も演奏も禁止し、封印してしまいます。

こうして忘れられた音楽を、1951年に米国の神父がプッチーニの伝記を書くために資料集めにイタリアに渡った際に、ルッカの音楽院の書庫の中からこの曲の楽譜を発見、この年の内に勝手に出版してしまったそうです。「グロリア・ミサ」とは神父が勝手につけた名前で、もともとの曲名は「管弦楽を伴う四声部のミサ曲」というものなのだとか。プッチーニ死後50年になる1974年に、遺族の同意のもとに原典版が出版され、演奏も許可されるようになったのだそうで、このあたりは著作権法関連の国際条約の50年規定あたりが影響したのかもしれません。

このミサ曲は、次の五つの曲から成っています。LPでは、A面に「キリエ」と「グローリア」を、B面に残りの3曲を収録しています。

  1. キリエ
  2. グローリア
  3. クレード
  4. サンクトゥス
  5. アニュス・デイ

たしかに、宗教的と言うよりはむしろ劇的な音楽で、後年の歌劇の作曲家プッチーニらしいもので、「キリエ」の主題は初期のオペラ「エドガー」に転用され、さらに「アニュス・デイ」の主題を歌劇「マノン・レスコー」に転用しているとのことです。残念ながら、当方はいずれの歌劇とも未だ視聴の機会がありません。LPのジャケット・解説とも、曲ごとのタイム表示はありませんが、時間的には「グローリア」と「クレード」の比率が大きいものとなっているようです。とくに、「グローリア」におけるカレーラスの歌は、敬虔な宗教曲というよりは、まるでオペラ・アリアのような立派なもので、東洋の島国の素人音楽愛好家にはたいへん好ましい(^o^)/
また、「アニュス・デイ」における美しい男声二重唱と合唱の掛け合いのうちに静かに終わるところなどは、「われらに平安をあたえたまえ」という祈りに合った、まことにチャーミングでプッチーニらしい終わり方だと感じます。

この録音当時(1983年3月)、カレーラスはまだ36歳、プライは53歳です。ほんとに堂々たる声、表現力で、若いプッチーニの劇的な音楽を歌っています。アンブロージアン合唱団による合唱、フィルハーモニア管弦楽団による演奏も素晴らしいです。

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ハイドンのオラトリオ「四季」から、「春」を聴く

2016年03月22日 06時03分06秒 | -オペラ・声楽
当地・山形への春の到来にあわせて、このところ春の音楽を選んで聴いております。ここしばらくは、ハイドンのオラトリオ「四季」から、カラヤン指揮ベルリンフィルの演奏で、「春」。以前、「夏」を取り上げたことがあります(*1)が、まとまって聴くのはあのとき以来です。

この曲は1799年~1800年に作曲が進められ、1801年に全曲が完成したとのこと。それは、若いベートーヴェンが、交響曲第1番とピアノ協奏曲第1番などを引っさげてウィーン・デビューを果たす頃ではなかろうか。ハイドンとベートーヴェンと言うと、なんだかハイドンの方がずっと古いような印象を持ってしまいがちですが、どうしてどうして、まさに同時代なのですね。

第1曲、序奏とレチタティーヴォ「見よ、厳しい冬も」。このダイナミックな始まりは、若いベートーヴェンと同時代であることを強烈に印象づけます。
第2曲、合唱「来い、のどかな春よ」。この曲ののどけさが、いかにも春の訪れらしくて好きなんですよ~(^o^)/
第3曲 ごく短いレチタティーヴォ「天の牡羊座から、今」。第4曲、アリア「農夫は今、喜び勇んで」は、思わずスキップするような陽気で軽やかな音楽。さりげない転調も効果的です。第5曲、こちらもごく短いレチタティーヴォ「農夫は今、骨惜しみをせず」。
第6曲、三重唱と合唱「慈悲深い天よ、恵みを与えてください」。素朴で敬虔な祈りの音楽ですが、どことなくオペラ的な要素も感じられます。
第7曲、レチタティーヴォ「私たちの願いは聞き届けられました」。第8曲、三重唱と合唱「おお、今や何と素晴らしい」(喜びの歌)。第9曲、合唱「永遠にして、全能の、恵み深い神よ」。ここでは、とくにベルリン・ドイツ・オペラ合唱団による合唱の素晴らしさにうたれます。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団
シモン:ワルター・ベリー(Bass)
ハンネ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ(Sop.)
ルーカス:ベルナー・ホルヴェーク(Ten.)
CD:EMI CMS 7 69224 2
録音:1972年、ベルリン、イエス・キリスト教会

演奏は、強弱のメリハリをはっきりと付けたダイナミックなものです。農夫と娘と恋人の会話にしては、ずいぶん立派過ぎるような印象もありますが、それでもこの演奏を聴くと、納得してしまいます(^o^)/

(*1):ハイドンのオラトリオ「四季」から「夏」を聴く~「電網郊外散歩道」2015年7月

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ボロディンの歌劇「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」の舞台は

2016年01月18日 06時05分02秒 | -オペラ・声楽
過日の山響定期で序曲が演奏されたボロディンの歌劇「イーゴリ公」の音楽では、「ダッタン人の踊り」が有名ですが、実際の舞台上ではどんな場面が展開されるのだろうと思っておりました。たまたま歌劇「イーゴリ公」の序曲を調べていて、YouTube でボリショイ劇場での動画があるのを見つけました。

Alexander Borodin Prince Igor Polovtsian Dances Bolshoi Theatre


ふーむ、なるほど~。予想以上にエキゾチックな場面なのですね。スケールの大きな音楽に見合った舞台となると、半端なものではできませんで、スピード感と力感を併せ持ったものが要求されるようです。しかし、日曜作曲家と言うけれど、それにしては本格的にすごいです、ボロディン。

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