電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

スプレーヤー修理と動力噴霧機の使い方

2009年03月31日 06時04分58秒 | 週末農業
週末に消毒を予定していたのですが、昨年まるまる一年以上も放置したスピードスプレーヤーが、エンジンがかかりません。おそらくバッテリーが上がったのだろうと予想しましたが、どうもそれだけではなさそうです。バッテリーを充電しても、セルモーターが回らない。古い機械ですので、一部、部品交換が必要とのこと。当座の防除作業には間に合いませんので、動力噴霧機で作業をする準備をしています。どうせ、この週末は雪まじりの天候で、防除作業には不向きですので、段取りを中心に準備をしました。

まず、動力噴霧機のエンジンをかけてみました。こちらは、大丈夫のようです。



スプレーヤーが入り込めない部分の消毒用に使ってきたのは、丸山製作所の MS410 という機械です。これは、ガソリンエンジンで駆動する移動可能なタイプ。使い方を略記すると、



(1)調圧ダイヤルを0にし、余水切替レバーを「始動」にする。
(2)元コックを閉じる。



(3)チョークを引き、セルを回して始動する。
(4)チョークを戻し、エンジンの回転数を常用に調節する。
(5)吸水が始まったら、排水ホースから水がでることを確認する。
(6)余水レバーを倒し、加圧にする。
(7)調圧ダイヤルを回し、35~40くらいにする。
(8)元コックを開く。



(9)噴霧ノズルの手元コックを開き、噴霧を開始する。手元の握りを回すと、噴霧範囲が調節できる。
(10)2~3時間ごとに、動力噴霧機のシリンダ取付部にある注油口にモビール油を差す。

散布方向は、風上から風下へ。
作業終了時は、余水切替レバーを「始動」位置に戻し、調圧ダイヤルを0にして噴霧を停止する。
吸水ホースをタンクから清水に移し、十分に洗浄運転する。
ノズルを外し、低速運転で、調圧ダイヤルを0、余水ダイヤルは始動の位置で吸水ホースを水から引き上げ、空運転で水抜きをする(1分以内)。
ホース内の水が排出されたら、エンジンを停止する。
シリンダ内のドレインプラグを外し、完全に水抜きをする。
各バルブ(コック)は開けておく。

こんなところでしょうか。覚えることがたくさんあり、なかなかたいへんです。
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果樹剪定枝のチップ化の試み

2009年03月30日 06時20分02秒 | 週末農業
果樹農業では、春の剪定が大切な作業です。ぽかぽか晴天時に剪定作業をするのは、楽しい作業でもあります。でも、大変なのはその剪定枝の後始末です。大量に出てくる剪定枝を、ふつうは焼却処分してしまいますが、今年は面白い試みが行われていた(*)のを知りました。

(*):剪定枝のチップ化の試み~山形新聞記事より

なるほど、こんな試みが普及すれば農家は助かるし、燃料として有効利用できます。該当する市町村の収集範囲を広げ、春剪定の時期だけでなく夏場にも取り組めるようになれば、さらに面白いでしょう。
しかし、剪定枝といっても、集積されればすごい量ですね。



さて、我が家の果樹園の週末農業はお天気次第。晴れ間を見て、剪定を進めます。昨年は全く防除作業ができなかったので、まるまる枯れてしまった木もありました。これはもう、切り倒すしかありません。チェーンソーを本格的に使うのも初めてですので、専門家に教えてもらいました。チェーンソーの使い方は、こんなふうで良いのかな。当方の備忘のために、ここに記載しておきましょう。

(1)回転制御を高回転域にロックしておきます。
(2)始動スイッチをオンにします。
(3)ゴム球を数回押して燃料を吸入します。
(4)チョークを引き、濃い混合気を吸入します。
(5)ロープを引き、ブルンと音がしたらチョークを戻し、再度ぐいっとロープを引いて始動します。

ふつうの剪定鋸では能率が上がりませんが、枯れ木や太めの幹を切断するにはたいへん便利です。

と思ったら、角度が悪かったのか、チェーンが外れてしまいました(T-T)
やれやれ、また直してもらわなければ(^o^;)>poripori
今までは、老父の指示に従って作業をしていましたが、司令塔を欠いた週末農業は、まだまだ前途多難です。
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ドヴォルザーク「ピアノ三重奏曲第2番」を聴く

2009年03月29日 06時01分58秒 | -室内楽
通勤の音楽として、第1番に引き続き、ドヴォルザークのピアノ三重奏曲第2番、ト短調作品26を聴いています。週末に、自宅のステレオ装置で、音量を上げて楽しみました。
Wikipedia(*)の「ドヴォルザーク」のページにある作品一覧では、第2番を変ロ長調と記していますが、これは誤りと思われます。ト短調という調を持ち、聴くものに悲しみを感じさせる音楽です。

1873年に結婚したドヴォルザークは、74年に長男誕生を喜びますが、75年9月に生後2日で長女を喪います。産後の妻の嘆きは30代半ばの夫にも共通のものであり、家庭に悲しみの影を落としたことでしょう。1876年の1月4日から20日という短い期間に作曲されたこの曲は、明朗な第1番と比べて、翳りを帯びた音色や、嘆き・悲しみを特徴とする音楽になっているのは、おそらくこうした事情によるものと思われます。

第1楽章、アレグロ・モデラート、ソナタ形式。弦による鋭い始まり。ピアノも激しい感情をぶつけます。たしかに、喜ばしかるべき愛児の誕生が一転して悲しみの始まりになる、運命の理不尽さへの怒りや嘆きの感情は、誰にぶつけることもできない。曲中、もっとも長い楽章です。
第2楽章、ラルゴ。祈りのような美しいチェロの旋律に重なるヴァイオリンとピアノ。おっぱいを含ませるべき子を失った、産後の愛妻を慰めるものか、それとも亡き子を悼むものか。なんともいえず真率な、素晴らしい音楽です。
第3楽章、スケルツォ:プレスト。速いテンポで、涙を振り払い立ち働くように活動的な前半部。中間のトリオはテンポを落とし、やわらかく踊るような音楽です。再現部では、はじめの急速なテンポに戻ります。
第4楽章、アレグロ・ノン・タント、ソナタ形式。第1主題のリズムが、舞曲のような特徴的なものです。悲しみの影から、明るさや希望の光が差し込むような、そんな音楽です。まだ若いのだもの、いつまでも嘆き悲しんでいては、生活ができません。時がすべてを癒してくれるかのようです。



30代半ばのドヴォルザークは、基本的に結婚生活には恵まれたものの、子供を次々に失っています。カトリック信仰から、産児制限のようなことはできなかったのでしょうか、次々に子供が生まれては死んで行きます。当時、結婚している女性の最終出産年齢は40歳くらい、平均して2年に1回は出産している(*2)とのこと。子を持つ家族であれば、愛らしい子供の死は時代や国境を越えた普遍的な悲しみです。ドヴォルザーク夫妻は、このあとさらに長男と次女も失うのですね。あの「スターバト・マーテル」の悲哀感は、半端なものではありません。ほんとうに気の毒です。稀代のメロディメーカー、あの屈託のなさそうなドヴォルザークの音楽に潜む、嘆きと悲しみの影の出発点になった曲といえるのかも。

演奏は、スーク・トリオ。ヨセフ・スークのヴァイオリン、ヨセフ・フッフロのチェロ、ヤン・パネンカのピアノです。1977年4月、プラハにあるスプラフォン社のドモヴィーナ・スタジオでデジタル録音されたもので、DENON の 33CO-1409。録音は、初期デジタル録音らしく高域にやや固さを感じる部分もありますが、全体にバランスの取れた明瞭なものです。第1番が併録され、今は Crest1000 シリーズに入っており、安価に求められるようになっているのがありがたい。

演奏データは、次のとおり。
■スーク・トリオ盤
I=12'37" II=6'16" III=6'19" IV=6'29" total=31'41"

(*):Wikipedia~「ドヴォルザーク」の記事
(*2):記録に見る出産数~マリア信仰の形成(7)・ザビ神父の証言より
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海老沢敏著『モーツァルトを聴く』を読む

2009年03月28日 06時42分46秒 | -ノンフィクション
岩波新書で、海老沢敏著『モーツァルトを聴く』を読みました。1983年に読了の日付があり、26年後に再読了したものです。没後200年の記念年となった平成3(1991)年頃には、様々なモーツァルト本が出版されましたが、当時の本の中で、今も読まれているものというと、そう多くはないような気がします。1983年に発行された本書は、岩波新書という性格上、記念年による騒ぎとは一線を画したもののようで、多彩な話題を背景として碩学が多年の薀蓄を傾けた本となっています。
構成は、次のようになっています。

序章 ジュピター讃歌~天空の音楽の法則~
第I部 モーツァルトの響き
第1章 モーツァルトの響き~歴史と現在におけるモーツァルト演奏~
第2章 神童の世界~天才の道~
第3章 真贋の問題~モーツァルト的ということ~
第4章 モーツァルト讃~後世のモーツァルト
第II部 モーツァルトの作品の世界
第1章 典礼と信仰と共同体験の音化~教会作品とフリーメースン音楽~
第2章 親密な想念と生活の写し絵~歌曲とカノン~
第3章 情緒表現と劇作の美学~オペラ(その1)~
第4章 演出家と観客の解釈学~オペラ(その2)~
第5章 純音のロゴスとエートス~ピアノ曲~
第6章 親しさの伝え合いと内心の表白~室内楽曲~
第7章 技巧性と社交性のはざま~協奏曲~
第8章 祝宴の響き~セレナード~
第9章 古典派の凱歌~交響曲~
終章 オルペウスの嘆き~『レクイエム』に聴くモーツァルト

とりわけ本書第I部第1章「モーツァルトの響き」で、モーツァルトの歴史的演奏の意義を明快に簡潔に要約しており、なるほどと思いましたし、第II部第3章で『後宮からの誘拐』について、作曲者自身が語っている内容が、オペラ的表現の本質をしっかり捉え、言語表現の形でも音楽的に体現していることの指摘も、全く同感しうるものでした。作品の世界については、室内楽も協奏曲も交響曲も、今更ながら「へ~」「ほぉ~」という発見がありました。
本書の終わりを飾る「レクイエム」に関する部分、弟子のジュースマイヤーによる補作に関する記述は、さすがベテラン、碩学の言葉と感心しました。

音楽理論的に、作曲技法的に、そして音楽的に、ジュースマイヤーの補筆がいかに稚拙なものであれ、彼ジュースマイヤーは師モーツァルトの召天というかけがえのない出来事に立ち会い、師の死に対するこの世に遺された者の思いを痛切に体験し、その哀れさ、悲しみという共有感情のうちに、師の未完の作品を補筆し、その全き成就に参与したのだ。
(中略)
ジュースマイヤーの補筆完成こそ、モーツァルトのレクイエムをして、モーツァルトの鎮魂ミサ曲たらしめるにこの上なくふさわしい行為ではなかったろうか。ひとりの人の死が、その死の瞬間に終わるものではなく、残された人たちの心の中でくりひろげられる追悼の行為、そして生者たちの魂の中への追憶として刻み込まれ、定着することによって完結することを、それは端的に示している。

立派な親や師匠を持った子や弟子が、親や師匠の意義を追体験する営みがあって初めて、その意義が伝承されるものと思います。子や弟子が、親や師匠ほど偉くない・うまくないという理由から、彼らによる伝承を否定してしまうのは、たしかに無残な話。たとえ不完全ではあっても、後輩が共有した感情や経験を伝承することは、意味のあることだと考えます。
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佐伯泰英『捨雛ノ川~居眠り磐音江戸双紙(18)』を読む

2009年03月27日 06時17分22秒 | -佐伯泰英
今津屋にお佐紀が嫁入りし、生活の張りをなくして気鬱状態になっていたおこんが、湯治先の法師の湯で磐音と結ばれ、元気を回復した第17巻に続き、佐伯泰英著『居眠り磐音江戸双紙』シリーズ第18巻、『捨雛ノ川』を読みました。

第1章「土中の甕」。神田三崎町佐々木玲圓道場の改築現場の土中から、大小2つの甕が出てきます。その中からは由緒ありげな太刀が。江戸開府以前の名刀のようです。賭場の手入れと竹村武左衛門のエピソードは、まあ定番でしょう。
第2章「おこぼれ侍」。年の瀬に磐音は、旗本池田家屋敷への掛取りに出向いた番頭の護衛役を果たしますが、なんと続けて二件の強盗との立ち回り。おこんならずとも心配します。ところで、長屋での正月のようす、やりとりを見る限り、おこんさんは料理が上手そう。磐音クン、これは60年の豊作ですよ(^o^)/
第3章「鐘四郎の恋」。佐々木道場の住み込み師範代、本多鐘四郎が、酔漢にからまれていた武家娘を助けます。それが御縁で、西ノ丸御納戸組頭・依田新左衛門から、婿にと望まれます。助けた娘のお市が、鐘四郎を気に入ったようなのです。唯一つ、気がかりだったお千代という初恋の女性の現在をひそかに訪ねたところ、なんとこれがとんだあばずれで。まあ、初恋というのは単なる偶然・境遇の産物、えてしてそんなものかも。きっと、作者も似たような経験をしたのでしょう(^o^)/
第4章「履と剣」。これはまた、変わった敵のキャラクターです。中国拳法でしょうか。ジャッキー・チェンみたいなのが「アチョー」とかいって攻撃してくる様子を想像すると、なんだか笑ってしまいます。
第5章「面影橋の蕾桜」。縫箔の修行の道に進んだおそめと、鰻職人を目指す幸吉の2人、雛流しのシーンは映画ならばさぞ絵になるところでしょう。しかし、ふと気づいてしまいました。本多鐘四郎が佐々木道場を出たら、師範代が不在になります。すると磐音が師範代?それでは、なんだか小さくまとまり過ぎるような気がしますなぁ。さて、どうなることやら?
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単身赴任の知恵

2009年03月26日 06時28分49秒 | Weblog
2度目の単身赴任も、もうすぐまる1年になります。単身赴任の生活の知恵も、だいぶ定着してきました。この春から、新たに単身赴任を始められる方も少なくないことでしょう。私が感じている、単身赴任生活の知恵といったものを、いくつかまとめてみました。

(1)自律と解放のバランス
単身赴任では、自分の生活を自分で律していかなければなりません。自分ではなかなか気がつかないのですが、多くの場合、周囲の人が言葉をかけてくれることで、生活リズムが成り立っている面があるのが実状でしょう。生活時間、食事、掃除、健康など。所帯持ちは気楽に飲みに誘いますが、うかつに飲みすぎると、寒い部屋で誰も介抱してくれるわけでなし、悲惨です。アルコールはほどほどに、緊張をほぐすのは、すぐ寝られる体勢で、自室で音楽にひたるのが最高です(^o^)/
(2)家族との感情のすれ違い
互いに離れて生活するものだから、感情的なすれ違いがおこりやすくなります。一般に「愛情は一緒にいる時間に比例し、離れている距離に反比例する」という法則(?)があると思います。やはり、意識して相互に行き来することで、感情のすれ違いを埋めておきましょう。自分がせっせと家に帰るだけでなく、たまにはレクレーションを兼ねて家族にも来てもらいましょう。ある程度の年齢になれば、子供がお父さんの単身赴任生活を垣間見るのも、必要なことだと思います。そのためには、家族に予備の合鍵を渡しておくのがいいと思います。
(3)生活の実際的な知恵はネットで
「単身赴任」等のキーワードで検索すれば、役立つサイトがたくさん見つかります。実際の生活上の工夫やノウハウは、ネットで調べればたいていは解決が可能なものです。単身赴任生活に限りませんが、ネット環境は真っ先に準備する必要があるものの一つです(^o^)/

写真は、東根市か村山市あたりから見た葉山のクローズアップ。なかなかいい山容です。
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旧型マーチを廃車にする

2009年03月25日 06時06分08秒 | Weblog
先年、車を新車に交換して、古い旧型マーチ1000を娘が通勤用に使っておりました。娘は、このたび東京勤務となりますので、車が不要になりました。当方は単身赴任ですので、通勤用にどうしても車が必要ですし、自宅には家内の車と軽トラックと亡父が乗っていた軽自動車と、計5台もあります。どうみても車が2台ほど余ります。この際、一番年式の古いマーチ1000から順に廃車にすることにし、家内の車も次の車検までは乗ることとしました。行きつけのディーラーで廃車手続きをして、記念写真をとり、別れを告げてきました。運転しやすく小回りがきき、故障知らずで、実によく走る車でした。通算走行距離は、129,079km でした。



考えてみれば、人口の最も大きなゾーンである団塊世代が退職時期を通過しつつあり、通勤用途に使っていた車も必要性が薄れ、どこでも台数を減らしているのだろうと思います。新車販売の不振が言われますが、もしかするとすでに「中古車余りの時代」に突入しているのかもしれません。
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諸田玲子『末世炎上』を読む

2009年03月24日 06時22分13秒 | 読書
『お鳥見女房』シリーズをきっかけに読むようになった諸田玲子さんの作品から、平安時代を舞台としたミステリー『末世炎上』(講談社文庫)を読みました。
当方の若い頃には、お正月など親戚家族が集まった折に、皆で百人一首を楽しんでおりました。祖父が読み、いとこたちも一緒にかるたを楽しんだ思い出は、懐かしいものです。在原業平や小野小町などは、百人一首を通じてお馴染みですが、摂関政治や応天門の変(*1)などという「専門用語」は、世界史選択の理系人間にはちんぷんかんぷん、むしろこうした物語の背景を Wikipedia 等で調べるなどするうちに、晩学の中世日本史がスタートするのかもしれません(^o^)/

橘音近は左衛門府の大志(だいさかん)で、大内裏の御門の警備を勤める役人です。在原風見は、在原業平を先祖に持つ名門在原家の御曹司ですが、若者の常で暇も自分をも持て余し気味。ある日、貧民街に住むが美しい髪と美貌を持つ娘・髪奈女(かみなめ)が、風見の友人で悪たれの伴信人らに拉致陵辱され捨てられているところへ、音近と従者が通りかかります。衝撃のためか記憶をなくした娘は、身なりはみすぼらしいのに言葉や作法は上品で、貴族にゆかりの者のようで、自らを吉子と名乗り、不思議な断片的記憶を語ります。それは、およそ二百年前の、応天門の変につながるものでした。

疫病が蔓延し火付けが横行する末法の世に、怨堕羅夜叉明王を仰ぐ御導師がカルト集団を率い、平安時代の社会転覆を図る陰謀に、音近や風見らが望むともなく挑む構図で、烏羽玉という色っぽい謎の女が絡む物語。平安期の家族の在り方が苦笑を誘い、役人の退廃と犯罪の横行がスラム化を助長する描き方も、近年の中世史の成果なのでしょうか、作家の想像力だけの産物ではなさそうです。文庫で600ページを超える物語は、時代や舞台が新鮮であるだけでなく、たいへんおもしろく読みました。

ところで、古い京の都は水が最大の弱点で、明治初期の琵琶湖疎水の開鑿以前は、現在の山形市周辺の人口に相当する数十万人規模で千年間推移したとのこと。たしかに、河川の水に依存するだけでは水不足が慢性化し、平安期の人口急増に伴う不衛生と疫病の流行は一体のものでしょう。それが末法思想流行の背景になったと考えると、千年の停滞を打破した田辺朔郎らの土木事業(*2)の意味は大きいものがあるとあらためて感じた次第です。

(*1):Wikipediaより「応天門の変」
(*2):『京都インクライン物語』と『日本の川を蘇らせた技師デ・レイケ』~「電網郊外散歩道」より
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春は足早にやってきて、追い立てられるように

2009年03月23日 06時23分40秒 | 週末農業
春は足早にやってきて、追い立てられるように様々な作業の準備が進んでいます。現在、あちこちで国道の防風柵の撤去作業が行われており、今まで見通しがきかなかった風景が一変し、田んぼの向こうにまだ白い山々が見えます。写真は、つい先頃撮影した、東根市付近から見た月山と葉山。山形市付近からは、月山と葉山がけっこう離れて見えますが、このあたりからは、ずいぶん接近して隣り合うように見えます。庄内側からみた厳しい相貌の月山と同一の山とは思えない、優美な曲線を描きます。

さて、春の訪れとともに我が家のアホ猫もハンティングを開始し、例年どおり3月中旬には獲物第1号を捕まえてきたとのこと。まだ小さい子ネズミだったそうで、始末してくれる娘が転勤でいなくなったら、自分で処分しなければならないのかと、妻はがっくりしております(^o^)/
我が家で一番早い庭のクロッカスも咲きはじめ、可愛らしい花を付けております。



この連休中、サクランボの剪定作業を進めながら防除作業の準備をしております。そうそう、私用の農作業用衣類なども買い揃えました。



(1)防除服
(2)防除マスク
(3)防除メガネ
(4)ゴム手袋
(5)綿の内手袋
一式を揃えたら、1万5千円近くかかってしまいました。来年の確定申告の際に、忘れずに申告しなければ。いろいろ忙しい春です。
ちなみに、カイガラムシ対策に用いるハーベスト・オイルというのは、霧状のオイルを噴霧することでカイガラムシの気門をふさいで窒息させてしまう、いわば物理的な殺虫剤だそうです。連用抵抗性の問題は少なそうですが、噴霧する方は吸い込まないようにしないといけません。

夜は夜で、テレビでN響アワーを見ました。池辺晋一郎さんの司会は今回が最終回だそうで、13年間ほんとにご苦労さまでした、と言いたいですね~。私も壇ふみさんとのコンビの時代から楽しみにしておりました。なんといっても壇ふみさんと高橋美鈴アナウンサーとの時代が印象的。こんどは西村朗さんにバトンタッチするとのこと。どんな雰囲気になるのか、楽しみです。

それから、寝床で岩波新書の海老沢敏著『モーツァルトを聴く』を読んでいます。時代の背景をたどりながら、音楽の特徴を跡づけている本です。なかなかおもしろい。
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晴天に恵まれ、果樹園の剪定作業が進む

2009年03月22日 06時15分39秒 | 週末農業
日中はだいぶ暖かく、良い陽気になりました。晴天に恵まれ、果樹園の剪定作業が進んでいます。剪定枝の後始末が追いつかないほどです。雪で折れたプルーンや柿の枝もばっさり切ってしまい、サクランボの剪定枝と一緒に始末する予定。剪定枝をチップ化し、燃料として使う試みもされているようですが、いつ、どこへ、どのような形で持っていったら良いのかわかりません。そもそも休日に受け付けてくれるのかどうかさえ不明。地元にいない単身赴任者の週末農業は、なにかと不便です。



今後、必要になる作業は、三月末までにカイガラムシの防除が必須です。ハーベスト・オイルを用い、休眠期に散布が必要なのだとか。消毒作業の準備として、スピード・スプレーヤーの点検をしましたが、なにせ老父の病気入院以来、一年以上も全く使っておりません。バッテリーがあがってしまったのか、エンジンをかけようとしても、うんともすんともいわない状況です。こうなると、まるでお手上げです。さっそく農協に連絡して、点検整備をお願いしました。月曜に来てくれることになりましたので、老母と妻に対応を依頼しました。ついでに、枯れた木を切り倒すのに必要なチェーンソーの点検もお願いする予定。

しかし、晴天の下、果樹園で体を動かすのは楽しいものです。そもそも監督する上司も気をつかう同僚もいませんから、くたびれたら休み、誰に気兼ねすることもない。老父によれば、果樹農業だけで生活するには経営規模が不足だそうですが、週末農業にはいささか持て余すほどの面積です。しょうがない、できる範囲でやるしかないと、腹をくくりました。軌道に乗れば、また親戚・家族を呼んでサクランボ狩りを楽しめるかも、と取らぬたぬきの皮算用をしています。
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ドヴォルザーク「ピアノ三重奏曲第1番」を聴く

2009年03月21日 06時37分07秒 | -室内楽
このところ、東北の地もぐんぐん春めいてきています。ここしばらく通勤の音楽として聴いていた、ドヴォルザークのピアノ三重奏曲ですが、本日は第1番変ロ長調Op.21を取り上げます。

ブラームスにとって、ローベルト・シューマンが恩人であったのと同様に、ドヴォルザークにとってはブラームスがいわば大恩人でした。1875年に、ウィーン楽友協会に作品(*1,2)を提出し、審査にあたったブラームスらに認められてオーストリア政府から年収の倍以上にあたる額の奨学金を受けることができ、貧しい作曲家であったドヴォルザークは、以後五年間にわたり経済的援助を受けながら、次々に作品を生み出していきます。ドヴォルザークの「ピアノ三重奏曲第1番」は、まさにその頃、1875年の春、3月~5月にかけて作曲された作品です。

第1楽章、アレグロ・モルト。ソナタ形式。ヴァイオリンが歌う、ドヴォルザークらしい優しい旋律や、中低音部を受け持つチェロの雄弁な旋律が魅力的で、時に強く、時に弱く、対比を示しながらピアノが活躍します。弦が休んでいるときにソロを弾くピアノなど、実に素晴らしい!
第2楽章、アダージョ・モルト・エ・メスト。メスト(悲しげに)の指示が示すように、ピアノが呟き、チェロが嘆き、ヴァイオリンが泣き顔で語るような始まりです。でも、若いドヴォルザークの音楽は、あくまでも慎ましく控えめで、相手の迷惑お構いなしに自分の嘆きだけを訴えるふうではありません。
第3楽章、アレグレット・スケルツァンド。この楽章は、いかにもドヴォルザークらしい、スケルツォというよりはむしろポルカふうな、チェコの民族音楽を感じさせるものです。後年のドヴォルザークは、この道をまっすぐ進んで行ったのですね。
第4楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。ソナタ形式。踊るようなリズムがおもしろい。時に陰りを帯びた激しさを見せながら、充実した、躍動感を持った音楽です。

この作品は、特に第4楽章などを中心に作曲者自身が改訂を行っているそうですから、厳密には作曲当時のままの作品とは言えないわけでしょうが、それでも若い作曲家ドヴォルザークによる旋律が魅力的な音楽だと思います。シューベルトやシューマンの流れをくむ、演奏時間が30分を超える立派な室内楽作品です。

1977年4月、チェコのプラハにある、スプラフォンのドモヴィーナ・スタジオにおける初期デジタル録音。DENON がヨーロッパ録音を始めて間もない頃でしょうか、後のホールトーンを生かした名録音ではありませんが、スプラフォン社の協力を得ながら意欲的に自社録音に取り組んでいた時期のものでしょう。当時のデジタル処理の技術的な制約もあり、やや硬質な印象は受けますが、十分に鮮明な録音です。ディレクターはヘルツォークと結城亨、録音エンジニアはSykoraと穴沢健明の各氏、手持ちのCDは、第2番が併録された 33CO-1409 という正規盤ですが、今は Crest1000 シリーズにデザインも元のままで入っている模様。演奏はスーク・トリオで、ヨセフ・スーク(Vn)、ヨセフ・フッフロ(Vc)、ヤン・パネンカ(Pf)という顔ぶれです。とりわけ、パネンカのピアノが実に見事です。



参考までに、演奏データを示します。
■I=14'11" II=8'57" III=6'59" IV=6'32" total=36'39"

(*1):ドヴォルザーク「交響曲第3番」を聴く~電網郊外散歩道
(*2):ドヴォルザーク「交響曲第4番」を聴く~電網郊外散歩道
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ある日のごはん

2009年03月20日 06時13分34秒 | 料理・住まい
単身赴任ももうすぐ満一年になりますが、私生活上の日々の課題は、相変わらず食事の準備です。毎日のことなので、そうそう手間暇をかけるわけにはいきません。ある日の朝ごはんは、こんなメニューでした。
(1)ホウレンソウとナスとしめじと豚肉の塩胡椒炒め
(2)キャベツの千切り
(3)漬物(青菜、たくあん、赤カブ)
(4)納豆
(5)ごはんとみそ汁
こんな感じです。自分で言うのも何ですが、けっこう美味しい。中年おじんが、こんなふうに毎日やっています。「よくできました!」と妻には褒めてもらいたいものです(^o^)/
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それぞれの春~年度末のあわただしさの中で聴いている音楽

2009年03月19日 06時19分57秒 | Weblog
近ごろは、夜明けがしだいに早くなり、日暮れははっきりと遅くなっているのが感じられます。先日かなり降った雪もその日のうちにとけてしまい、太陽の光が日に日にその力を増しているようです。

昨春に就職した娘が、この春から東京勤務に決定したとか、妻はがっかりしております。このご時世、不景気で自宅待機になるよりいいじゃないかと慰めておりますが、何度か「娘と私のアホ旅行」を決行し楽しんできただけに、「子分」がいなくなることを残念がっているようです。息子は短期語学留学先の英国から帰ったとのこと。律儀に父親に報告するようになったのは、少しだけ成長してきた証でしょうか。子供たちには、それぞれの春と言うべきでしょう。

さて当方は?
年度末のあわただしさの中で、通勤の音楽も一定しておりません。じっくり音楽に耳を傾けるというよりも、とっかえひっかえ、音楽が流れている、という感じが強い今日このごろです。それでも、最近聴く頻度が多いのは、ドヴォルザークのピアノ三重奏曲第1番と第2番、演奏はスーク・トリオ、それにベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3~5番、ロストロポーヴィチ(Vc)とリヒテル(Pf)の演奏です。偶然にも、第1番から第5番まで、数字が揃い踏みです(^o^)/
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森博嗣『すべてがFになる』を読む

2009年03月18日 06時12分26秒 | 読書
"The Perfect Insider" という副題を持つミステリー(*1)『すべてがFになる』を読みました。Unixやプログラミングを題材とした作品ということで、最近になって購入した講談社文庫です。

第1章「白い面会」。犀川助教授と学生の萠絵が、天才プログラマにして両親の殺害者でもあるという伝説の存在、真賀田四季博士に会いに行くことになります。
第2章「蒼い再訪」。犀川と萠絵は、妃真加島にある真賀田研究所を訪れます。ところが、密室から自動カートに乗って、ウェディングドレスを着た女性の遺体が出てくる場面に遭遇してしまいます。
第3章「赤い魔法」。研究所内の人間が紹介されます。ネットワークで接続され、管理・制御された特異な環境のため、完全な密室殺人であることが明らかになります(*2)。
第4章「褐色の過去」。ヘリコプターで真賀田博士の妹を連れて来た、医師であり叔父でもある研究所の新藤所長死体が発見されます。第二の殺人です。真賀田博士の部屋の中には、ロボットのミチルとおもちゃのレゴブロックなどがあり、ワークステーションは shutdown されていました。起動すると、真賀田博士が書いた研究所のシステムソフトウェアの新バージョンがあり、スケジュールには「すべてがFになる」とだけ書いてありました。すべてがFに?一瞬「 FFFFFF なら白だな」と考えてしまった私は、HTML に毒されているのでしょうか(^o^)/
第5章「灰色の境界」。犀川助教授と萠絵は、一緒にキャンプに来ていた研究室の学生たちを船で帰すことにします。二人は研究所に残り、映像記録の中からエレベータの階表示に異変があったことを見つけます。
第6章「虹色の目撃」。真賀田四季博士の密室で、犀川と萠絵は再び探索を開始します。書棚の本は全部途中の15巻までしかなく、この部屋に15年いたことを示していました。古くからの所員に事情を聴取するうちに、萠絵はヴァーチャルリアリティのシステムで真賀田四季博士と会話をします。やっぱり!
第7章「琥珀色の夢」。犀川は、どうやら真相がつかめたみたい。真賀田四季博士が作った研究所のシステムが停止し、ふつうのUnixが動作するようになります。
第8章「紺色の秩序」。ようやく外とのネットワーク接続が回復します。犀川は「telnetで!(*3)」大学のシステムにリモート・ログインし、メールチェックなどをします。萠絵の保護者である、愛知県警の本部長が自ら乗り込み、警察は大人数で殺人事件の捜査を開始します。雑誌記者の儀同世津子が犀川になれなれしいものだから、萠絵は嫉妬します。でも、副所長の死体~第三の殺人~が発見され、それどころではありません。
第9章「黄色いドア」。犀川の時計とシステムの時計のずれ。ビデオ映像に残された階表示の異変。これを考え合わせ、トリックが明らかになります。ヴァーチャル・リアリティに再び登場した真賀田四季博士は、果たしてどこにいるのか。一連の事件の犯人は誰か。ここまで来ると、事件の状況はおぼろげながら浮かんで来ます。そして、なぜ叔父である新藤所長が医師の職を捨て、天才とはいえ姪のために孤島の研究所の所長などという生活に入ったのか、という疑問も、今さらながら大きくなって来ます。
第10章「銀色の真実」、そして第11章「無色の週末」。すべての謎が明らかになりますが、せっかくのミステリーですので、あらすじは省略いたします。



本作品は、1996年の刊行です。執筆されたのはそれよりも前でしょうから、ああなるほど、それで telnet なんだな、と納得しました。当時、ワークステーションのお値段は高かった。富士通でOEM生産していたサンのワークステーションs-4なども、百万円以上したはず。IBMのディープ・ブルーがチェスの世界チャンピオンであったカスパロフ氏を初めて破り、ジョブズがアップルに復帰した年、娘が「るろうに剣心」にはまっていた頃です。最先端を気取っていても思わず時代を感じさせてしまう部分はありつつ、ユニークな題材と想定を楽しみました。

ただし、作品の本質とは関係ない話ですが、ちょいと不満もあります。風邪をひくと激しく咳込む苦しさは、なかなかわかってもらえないものです。昔、抜け出すことができない会議中の喫煙に悩まされた身には、作品中でタバコが意味ありげに描かれる物語は、(少なくともその部分は)どうもあまり良い印象を持てません。面白さも割り引かれるようです。

(*1):著者はミステリィと表記しています。技術系文書で、コンデンサーではなくコンデンサ、コンピューターではなくコンピュータ、フロッピー・ディスクをフロッピィ・ディスク等と表記するように、ミステリィに統一しているようです。
(*2):実は、この時点で、この遺体は本当に真賀田四季博士なのだろうか、と疑いを持ちました。当然ですね。これだけ天才だ、すごいプログラマだ、と持ち上げておいて、作者がこんなに早くあっさりと死なせるわけがないですから。
(*3):犀川助教授は、研究室のワークステーションにtelnetでリモートログインしています。認証時のやりとりが暗号化されず平文で行われるtelnetを、信頼がおけるかどうかわからないネットワークシステムから平然と使える神経は、ずいぶん図太いというか無神経というか、本書で想定された主人公の性格とはちょいと合わない感じがします。
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上映が楽しみな映画「ラ・ボエーム」

2009年03月17日 06時21分58秒 | -オペラ・声楽
最近、上映を楽しみに待っている映画があります。それが、映画「ラ・ボエーム」(*1)です。
以前、ザルツブルグ音楽祭のハイライトを放送したテレビ番組でヴェルディの歌劇「椿姫」を観て(*2)、ソプラノのアンナ・ネトレプコを知りました。このときの相手役、ローランド・ビリャソンとのゴールデン・コンビの再現で、プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」の映画がやってくるというのですから、期待が高まります。

「ラ・ボエーム」は、実に名作です。ミミとロドルフォという主役二人の悲恋だけでなく、詩人ロドルフォを取り巻く貧しい若者たちの生活に、中年おじんも若い頃を思いだし、最終幕~屋根裏部屋での再会、外套の歌、ミミの死を知ったロドルフォの絶叫~では、思わずホロリ(*3,*4)となってしまいます。

ネトレプコ&ビリャソンという当代随一のカップルが、ベルトラン・ド・ビリー指揮バイエルン放送交響楽団と合唱団という素晴しいバックを得て収録されたオペラ映画です。昨年の「敬愛なるベートーヴェン」、「魔笛」に続き、今からわくわくです。山形では、山形フォーラムにて、5月23日からの公開予定とのこと。楽しみです!!

(*1):プッチーニ生誕150年記念~映画「ラ・ボエーム」~スタッフ&キャスト
(*2):ヴェルディの歌劇「椿姫」を見る
(*3):NHKの芸術劇場で藤原歌劇団の「ボエーム」を見る
(*4):プッチーニの歌劇「ボエーム」を見る
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