電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

フリードマン『フラット化する世界』(下)を読む

2006年07月31日 20時18分22秒 | -ノンフィクション
トーマス・フリードマン著『フラット化する世界』の下巻をようやく読み終えました。取材の視点や議論の立て方なども、たいへん興味深く、面白く読みました。

第二部 アメリカとフラット化する世界(承前)
-第6章 無敵の民-新しいミドルクラスの仕事
-第7章 理想の才能を求めて-教育と競争の問題
-第8章 静かな危機-科学教育にひそむ恥ずかしい秘密
-第9章 これはテストではない
第三部 発展途上国とフラット化する世界
-第10章 メキシコの守護聖人の嘆き
第四部 企業とフラット化する世界
-第11章 企業はどう対処しているか
第五部 地政学とフラット化する世界
-第12章 フラットでない世界-銃と携帯電話の持込みは禁止です
-第13章 ローカルのグローバル化-新しい文化大革命が始まる
-第14章 デルの紛争回避理論-オールド・タイムvsカンバン方式
結論 イマジネーション
-第15章 二つの選択肢と人間の未来-11.9 vs 9.11

アメリカ社会と教育の問題点を指摘した「静かな危機」などは、日本でも同様でしょう。メキシコと中国の比較は、「知識労働者の育成において、中国のほうがはるかに速く幅広い変化を遂げた」ため、と指摘しています。教育、民営化、インフラ、品質管理、中間管理者層の育成、新テクノロジーの導入のいずれでも中国のほうが上であり、メキシコは大市場である米国に近い地政学上の有利さを生かす大きな戦略がなかった、とも。
一方で、同じテクノロジーのプラットホームから知識と発想の種を得ていても、そこで花咲く文化は多種多様で。同じ土壌でも違う木が育つ、とも指摘し、中東地域での文化の特徴にも深い理解を示しています。最後に提示された「たった一つの好事例」は、少しほっとします。

しばらくぶりに、小説以外に充実した本を読みました。知的な興奮はジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』以来かと思います。

写真は、先週訪れたある公園で、老人と孫と犬を撮影したものです。こういう風景は心が和みます。フラット化する世界が、こういう平和を押し潰さないことを祈るばかりです。
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カテゴリを分けてみました

2006年07月30日 21時24分19秒 | ブログ運営
「電網郊外散歩道」は、読書と音楽とコンピュータと散歩等が主たるテーマですが、記事の数が増えてきたために、過去記事を見つけるのが不便になってきました。検索すればわかるとはいうものの、検索語がうろおぼえの場合もあり、ある程度ジャンルから絞れるほうが良さそうだと判断した次第。
クラシック音楽は、とりあえず(1)オーケストラ、(2)室内楽、(3)独奏曲、(4)オペラ、(5)声楽曲、とわけてみました。私の記事は、意外に室内楽が多いのに驚きました。
読書のほうは、(1)平岩弓枝、(2)藤沢周平、(3)宮城谷昌光、(4)宮部みゆき、(5)吉村昭、の区分を設け、その他は一括して「読書」としています。こちらは、たぶんまだまだ増えることと思います。実際の書棚には、圧倒的に藤沢周平や吉村昭の本が多いのですが、たまたまこのブログを始めた時期と平岩弓枝を読んでいた時期が重なったために、こんな結果になったものです。
コンピュータのほうは、ちょっと適当なカテゴリ区分が思いつかず、思案中。
いずれにしろ、カテゴリ区分をしてみると、意外な傾向がわかり、面白いものです。
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自作のペン立てがCD立てに

2006年07月30日 10時55分16秒 | Weblog
昨日の記事に掲載した写真、実は自作のペン立てに音楽CDを立てたものでした。単身赴任の頃に、自己流の陶芸で作品を焼く機会があり、作ったものです。なぜペン立てにしたかといえば、抹茶碗などは作っても使う機会がないだろうし、ぐいのみを作るには材料の粘土が多過ぎたのでした。で、考えた結果が、実用的なペン立てを作ろう、という大プロジェクト(^o^)/
ペンを立てる円筒形の部分と、手前にはカードをはさんで立てるスタンドを持ち、両サイドには印鑑やゴム印を立てるリングが付いている、という形です。はじめはでか過ぎるかと思いましたが、実際に焼き上がってみると予想以上に縮小します。ちょうどよい大きさになりました。ただ、色は予想よりも濃い茶色になりました。もう少し明るい色の方が良かったかなと反省。

後日もう一個作りましたが、こちらは塩を使った青と白で、デスクに置くにはやわらかい色合いの落ち着いたものに焼き上がり、もっぱらこちらを愛用しています。そんなわけで、茶色のほうはCDスタンドになってしまった、という次第。単身赴任時代の記念品でもあります。

現在、ドヴォルザークの交響曲第3番を聞いております。クーベリック指揮、ベルリンフィルの演奏です。
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シューマン「ピアノ五重奏曲」を聞く

2006年07月29日 18時00分20秒 | -室内楽
いささかくたびれた週末、午前中の気温は肌寒いくらいでしたが、日中は湿度が高く気温も上がり、梅雨の中休みのようなお天気です。今日はローベルト・シューマンの命日だそうで、自宅でゆっくりとシューマンのピアノ五重奏曲を聞きました。演奏は、ジャン・ユボーのピアノとヴィア・ノヴァ四重奏団で、1978年から79年にかけて、パリのノートルダム・リバン教会でのエラート録音(WPCS-1137/8)です。

第1楽章、アレグロ・ブリランテ。ピアノが活躍しますが、その中でもはじめに出てくるチェロの旋律がとってもすてきです。
第2楽章、イン・モード・ドゥナ・マルチア、ウン・ポーコ・ラルガメンテ。始まりは暗く重苦しい嘆きの音楽。やがて優しい曲調にかわりますが、それも哀しみの音楽のようです。再び重苦しい嘆き節のあと、激しさを増します。
第3楽章、スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ。一転してピアノと弦楽によるテンポの速いスケルツォ。
第4楽章、アレグロ・マ・ノン・トロッポ。前半の楽章と同じ旋律が何度も登場しますが、ずっと活力のあるものになっています。曲が終わった後に、充実した音楽を聞いたあとの満足感を感じます。

これまで一番なじんできたヴィア・ノヴァ四重奏団の演奏は、全体としてやや速めのテンポで緊張感や焦燥感を出しているように感じます。しかし第2楽章はゆったりと葬送行進曲ふうであり、スメタナ四重奏団の演奏との一番の違いになっています。

スメタナ四重奏団の演奏は、あまり大きくテンポを変えないで、落ち着いたペースで進みます。にもかかわらず、音楽の姿がくっきりと浮かびあがるのは不思議です。シューマンの若々しさは後退しますが、むしろ作曲当時の落ち着きが感じられるようです。ピアニストのヤン・パネンカは、この頃腕の故障でしばらく演奏活動を停止していたはず。それが、ようやく復帰した最初の録音だったのではないかと思います。1986年秋、プラハの「芸術家の家」ドヴォルザーク・ホールでのデンオンによるデジタル録音(COCO-70741)です。

ローベルト・シューマンが32歳の1842年、三曲の弦楽四重奏曲とピアノ四重奏曲などを産んだ、いわゆる「室内楽の年」に完成されました。この曲は、オーケストラのような大音量で聞くには不向きで、どちらかといえば抑え目の音量で、ピアノと弦楽カルテットの響きのバランスを楽しむものでしょう。スピーカーとの距離も、あまり遠過ぎず、ほどよく近付いた位置の方がよいようです。

参考までに、演奏データを示します。
■ジャン・ユボー(Pf)、ヴィア・ノヴァ四重奏団
I=8'42" II=9'03" III=4'26" IV=6'43" total=28'54"
■ヤン・パネンカ(Pf)、スメタナ四重奏団
I=8'54" II=8'39" III=4'49" IV=7'09" total=29'31"

写真は、自分で焼いた陶器のペン立てのつもりだったのですが、いつのまにかCDスタンドと一輪ざしになってしまいました。しかも、間違ってピアノ四重奏曲のCDになっている(^_^;)>poripori
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九州・四国地方の梅雨明けの後は

2006年07月28日 20時22分40秒 | 週末農業
北陸・東北南部地方に雨が降っている糢様です。毎年のことながら、この集中豪雨が通り過ぎると本格的な梅雨明けになるはず。大きな被害が出ないで、早く夏らしいからりとしたお天気になってくれることを願っています。

幸いにも、当地は水害の心配も台風の影響も少なく、(冬の積雪さえなければ、)実に住みやすいいいところではあります。プラムの収穫を終えると農作業も一段落で、あとは夏の桃の収穫を待つばかり。今日は、老母が作ったサクランボのジャムで、自家製ヨーグルトを食べました。100%佐藤錦のサクランボのジャムは、適度の酸味もあってヨーグルトにはけっこう相性がいいようです。

今日は午後から三時間以上も立ちっぱなしで疲れました。明日は土曜日。今日は、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲盤を聞いています。演奏は、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団、同合唱団、1990年のデジタル録音です。大きな音量にすると、味わいが違いますね。
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フリードマン『フラット化する世界』(下)を読んでいます

2006年07月27日 19時39分24秒 | -ノンフィクション
上巻にひきつづき、トーマス・フリードマン著『フラット化する世界』の下巻を読んでいます。たいへん興味深く、じっくり読んでいますので、テンポ良く進むわけにはいきませんが、ようやく中ほどまで来ました。びっくりしたのは、アイルランドの大学教育が無料だということ。1960年代にハイスクールを無料化し、1990年代に大学教育を無料化したそうです。アイルランドといえば、かつては貧しく多くの移民を出した国、というイメージが強かったのですが、今はEU諸国の中で、国民1人あたりのGDPが、英独仏を抜いてルクセンブルグに次ぐ位置にいるのだとか。そういえば、LinuxのLinus Tovaldsの母国フィンランドも、大学教育は無料だったはず。人口規模の小さい国だからできることかもしれませんが、実に思い切った政策です。でも、それが功を奏し、産業振興に貢献しているのであれば、素晴らしいことでしょう。資源に乏しく人材だけが頼りであるにもかかわらず、父母が教育費負担に悩む日本なら、出生数増加にも貢献するかもしれない(^_^)/

とにかく、次々と興味深い記述が続きます。ただただ「へ~」と感心するばかりです。
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メモは記憶力の減退をカバーする

2006年07月26日 19時50分21秒 | 手帳文具書斎
年齢と共に確実に記憶力は減退します。いいアイデアを思いついても、すぐ忘れてしまいます。このWeblog記事の題材もその例にもれません。通勤の車中や出かけた先で思いついたことも、すぐメモをしなければ忘却のかなたに。
寝転がってもメモできるという点で最良な筆記具は鉛筆ですが、外歩きの場合は胸ポケットからすぐ取り出せるボールペンが便利です。パワータンクというこのボールペンは、窒素充填により上向きでもインクが切れないのが特徴です。

とかなんとか言っているうちにインクを使い切ったので、ボールペンのリフィルを交換してきました。窒素充填のリフィル、さぞや高価なのかと思いきや、300円程度でした。それならば、このボールペンの本体(ホルダー)は700円以上もするのか。それはちょいと高すぎると思いますね(^_^)/
この件、さっそくメモをいたしました。
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絶版になる前に~『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』のこと

2006年07月25日 20時59分20秒 | -オペラ・声楽
私はヴェルディの音楽とドラマのファンです。「トラヴィアータ」「ドン・カルロ」「オテロ」「リゴレット」「ルイザ・ミラー」「エルナーニ」など、映像と音楽とが織り成すドラマティックな世界が大好きです。
作曲家ヴェルディについてもたいへん興味があり、白水社の「永遠の音楽家シリーズ」中の一冊、プティ著『ヴェルディ』や、東京書籍の加藤浩子著『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』などの書籍をおもしろく読みました。
とりわけ、2002年3月に第1刷が刊行された『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』は、豊富に挿入された美しいカラー写真が楽しめるだけでなく、作品の位置づけや性格の分析が鋭く、たいへん読みごたえのある内容でもあります。音楽書は、一度読めば終わり、というケースが少なくないのですが、この本は新しい作品に触れるごとに何度も参照しており、本当に参考になります。音楽関係で、購入してよかったと感じる本の一つです。
著者である加藤浩子さんは、「浩子の言いたい放題!日記」というブログを主宰しており、先日の記事(*)では、この本が絶版になるということでした。私は基本的に他人様にモノを勧めたりしない主義ですし、全く余計なお世話ではありますが、ヴェルディの音楽やイタリア・オペラに関心があり、本書をまだ手にとってごらんになっていない方は、絶版になる前にぜひごらんになることをおすすめいたします。ブックオフに出てくるような性質の本でもありませんし、一度絶版になると、以後は入手が困難になると思いますので。
そんなこと、先刻承知だよ、という皆様には、なにとぞご寛恕を願います(^_^)/

(*):絶版宣言~「浩子の言いたい放題!日記」より
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ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」を聞く

2006年07月24日 20時46分31秒 | -オーケストラ
昨日に続き、ジョージ・セル指揮ウィーン・フィルの演奏で、ベートーヴェンの劇音楽「エグモント」の音楽を聞きました。1969年の12月、ウィーンでのデッカ録音。
実はこの曲、もともとはドイツ語の語りが入るのですね。デッカBest100シリーズに収められたほう(UCCD-7036)は、ヴッソウの語りが入った全曲版。チャイコフスキーの交響曲第4番と一緒に収録されたデッカの 425 972-2 の方は語りを省略した抜粋版です。正直に言って、外国のラジオドラマのようなドイツ語の語りは、とても興味深いとはいえません。気楽に聞きたいときは、やはり抜粋版に手が伸びます。

(1)序曲
(2)クレールヒェンの歌:「太鼓をうならせよ」
(3)間奏曲第1番、アンダンテ
(4)間奏曲第2番、ラルゲット
(5)クレールヒェンの歌:「喜びにあふれ、また悲しみに沈む」
(6)戦いのシンフォニー、アレグロ・コン・ブリオ。

(2)と(5)で歌っている、ソプラノのピラール・ローレンガーが来日したのはいつごろだったのでしょう。70年前後のベルリン・ドイツ・オペラあたりだったでしょうか。緊張感あり迫力あり、これはほんとに素晴らしい音楽、演奏です。
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ネルロ・サンティとN響でチャイコフスキー「交響曲第4番」を聞く

2006年07月23日 18時45分12秒 | -オーケストラ
チャイコフスキーの交響曲の中では、一番お気に入りかもしれない第4番(*)、時期遅れですが、録画していたDVDから、ネルロ・サンティ指揮NHK交響楽団の演奏で聞きました。今年の第1回目のN響アワーなのかな、放送年月日の記録を忘れてしまいましたが、まだ大河内奈々子さんが池辺晋一郎さんのお相手を勤めていますから、今年か昨年の正月第1回あたりではないかと思います。

第1楽章、アンダンテ・ソステヌート:モデラート・コン・アニマ。
第2楽章、アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーナ。
第3楽章、スケルツォ、ピチカート・オスティナート:アレグロ。
第4楽章、フィナーレ、アレグロ・コン・フォーコ

サンティさんの演奏では、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンが対向配置になっており、チェロが中央部でコントラバス群が後ろにいます。たぶん、会場では左右のステレオ効果が高いだけでなく、弦楽部が奥行きのある響きになったことでしょう。
第1楽章の途中で、チェロ奏者の一人が演奏中に席を立ち、また戻って来るという場面がちらりと見えます。これは、あまりの熱演で弓が折れてしまったとのこと。そんなこともあるのですね、でもサンティさんは少しも騒がず、堂々たるテンポで大熱演です。
第3楽章、弦楽器のピツィカートのあと管楽器が登場するととたんにぱっと明るくなり、ピッコロが効果的に活躍します。同じピツィカートでもコントラバスやチェロなど低弦楽器のは迫力があります。これは携帯音楽プレイヤーのイヤホンではとても無理ですね。

参考までに、演奏データを示します。サンティさんのは、DVDプレイヤーの時刻表示をもとに、実際の演奏のタイミングで引き算して算出しました。

■ネルロ・サンティ指揮N響
I=20'19" II=9'43" III=6'01" IV=9'11" total=45'14"
■ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団
I=17'41" II=8'41" III=5'33" IV=8'45" total=40'40"

ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団の演奏は、デッカの Historic シリーズの中の一枚で、425 972-2 という型番の 1962年の録音です。これについては、ジョン・カルショウの『レコードはまっすぐに』に記載の通り、ロンドン交響楽団が世代交替期にあり、最高の状態とはいえない時期であって、編集によっても改善できないミスがあったために、セル自身は発売を拒否したものだそうです。しかし、これほどの演奏解釈は、演奏の不備を補って余りあるという理由で未亡人が発売を許可した、といういわくありのもの。
演奏データからわかるように、各楽章の快速テンポが特徴的なだけでなく、セルとしては比較的身振りの大きな、ダイナミックな演奏のように思います。セルのファンにとっては貴重なものと言えます。

(*):これまでも、アバドとシカゴ交響楽団の演奏を取り上げています。
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娘がブックカバーを作ってくれた

2006年07月23日 08時30分36秒 | 手帳文具書斎
先日、出張から帰った日に、娘が作ってくれたというブックカバーを受け取った。嫁ぎ先で、子育てをしながら楽しんで作ったものらしい。高校時代には男子にまじってスポーツを楽しみ、大学時代はアルバイトと社会人合唱で明け暮れたはずなのに、いつのまに手芸などを楽しむようになったのだろう。子育ての合間に楽しむには、手芸などは趣味と実益を兼ねたちょうどいい時間つぶしなのかもしれないが、本好きな父親を今のところ忘れないでいるようで、ちょっと嬉しい。
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クライバーの「こうもり」序曲を聞く

2006年07月22日 20時29分46秒 | -オーケストラ
ようやくゆっくりできる週末、のんびりとウィンナ・ワルツを楽しみました。カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルによる1989年のニューイヤー・コンサートです。「加速度円舞曲」から始まり「ラデツキー行進曲」に終わる全11曲は、いずれも楽しい演奏ばかり。収録された映像からは、美しいムジークフェラインザールに集まった聴衆が、演奏を楽しんでいる様子がうかがえますが、それ以上にクライバーの表情が実にいい!
その中でも、シュトラウスII世の喜歌劇「こうもり」序曲は、私の一番のお気に入りです。オペレッタの楽しさを存分に予告する、美しい音楽です。クライバーははずむように緩急をつけた情熱的な演奏で、これはもう大満足。ほどよくまわっているワインのせいばかりではありません(^_^)/

今はすっかりDVDに主役の座を譲ったLDでは、A面のトリをつとめる第5曲目の配置です。ポリドール社で POLG-9068 という型番を持つユニテルのライブ映像は、ブライアン・ラージが映像監督をつとめたとクレジットされています。
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Wikipediaで「卵かけご飯」を引いてみると

2006年07月21日 19時32分27秒 | コンピュータ
インターネットのフリー百科事典「Wikipedia」は、通常の用語には一定の信頼性があり、便利に使っていますが、日常的な用語を引いてみると、思いがけない記述に出会うことがあります。以前ご紹介した「トゥーランドット」(*1)もその一つですが、今回ご紹介するのは「卵かけご飯」の記事(*2)。ある意味、これも実にすごいです。
ユーモアと言うのは、まじめにやるほどおかしさがただようものですが、この記事などは実に典型的でしょう。思わずうれしくなって、「卵かけご飯」を食べたくなってきます(^_^)/

(*1):これはすごい~Wikipediaの「トゥーランドット」解説
(*2):これもすごい~Wikipediaの「卵かけご飯」の解説記事
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避けられない酒席のあとは

2006年07月20日 22時35分12秒 | クラシック音楽
一人で電車で帰りましょう。今朝は「ペール・ギュント」を聞きながら出勤したので、帰りはプロコフィエフのピアノ協奏曲第2番と第4番。酔っ払いの耳には快く響きます。遅い電車の中には高校生の姿が多数。昔は通勤帰りのオッサンたちがほとんどだったけれど、今はこんなに高校生が乗っているのですね。夜型生活が確実に1時間は進み、街の照明に心を奪われ、本当に自由な時間はそれだけ減っているのでしょう。失ったものの代償が携帯電話なのでしょうか。
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病院の情報化の追求が医師の多忙化に

2006年07月19日 20時28分19秒 | コンピュータ
先日の同窓生の会で、病院の情報化の影響について聞くことができました。かつては、三時間待って三分診療、会計までさらに三時間、と悪口を言われましたが、今は違うのだそうです。大きな病院では、順番待ちは相変わらずですが、診察が終わると後ははやくて、「電子カルテに記入した時点で」すべての検査や診断の点数が計算され、会計ができる状態になっているのだそうです。

問題は電子カルテに誰が記入するのか、というところ。カルテに記入するのはあくまでも医師の責任で、患者の主訴を聞き、問診しながら、診察の結果や必要な検査をマウスでチェックしていくのだそうです。体はディスプレイを向き、患者の方は向いていないことが多く、評判が悪いのだとか。昔はカルテになぐり書きをしても、看護婦さんが判読し、検査等の指示もてきぱきとしてくれたので、必要な患者には正対してゆっくり対応できたのだそうです。今は事前に説明する内容も増え、マウスで指示をチェックする時間も一日でトータルするとばかにならず、時間に追われて診察しているのが現実だと嘆いていました。

定型的業務を電子化し自動化することで、様々な業務の効率を向上させることができますが、問題は誰が入力するか、ということ。入力と点検という業務は、最もしんどい部分です。そこさえクリアしてしまえば、あとはプログラムしだい。いくらでも計算し、加工し、保存し、出力してくれます。では、入力と点検の業務を医師に負わせていいのか。大きな病院なら、二人の医師につき一人くらいの割合で、電子カルテに入力し点検する業務を専門にする人を配置し、医師の専門的能力は患者と対面しての診療に専念させるほうがいいのではないか。

先進的な病院はすでにそうなっているのだそうですが、経営が困難な地方病院などでは、情報化の負担が医師に(そして結果的には患者に)しわよせされているのが実態のようです。
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