電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

単身赴任の生活費を決算してみる

2008年12月31日 06時49分31秒 | Weblog
年賀欠礼のハガキは先月に出しましたので、年賀状の心配もありません。師走の休日に、この4月からためておいたレシート類を、表計算 OpenOffice.org の Calc で整理してみました。言ってみれば、この1年の単身赴任生活費の決算です。もちろん、レシート全部を保存しているわけでもありませんし、アパート代は含まれませんし、概算でしかないのですが、それでもアパートで私が支出した生活経費の概要は把握できるはずです。
その結果、単純に1ヶ月あたりの平均を計算すると、グラフのようになりました。おおむね予想どおりですが、意外な結果もあります。

(1)食費が予想よりもずっと少ない。お米や野菜は自宅から持ち込みますし、出前を取った時はレシートが残りません。そもそも休日は自宅にいるので食費が計上されないことも大きいですが、やはり最大の貢献は弁当を作ったことでしょう。毎日ラーメンやそばを食べていたら、この何倍もかかっていたことでしょう(^o^)/
(2)交通費が一番多いのは、少し前の異常なガソリン代の高騰によるものでしょう。最近はよほど落ち着き、100円台になってきましたので、ありがたいです。
(3)光熱費と通信費は、単身赴任ゆえの余分な経費です。これからの冬場は、暖房のための灯油代がかかりますので、ぐっと増えるでしょう。
(4)教養娯楽費は、大部分が音楽CD、書籍代です。弁当を作って食費で浮いた分が、そっくりこちらに回っているようです(^o^)/
なお、演奏会チケット代は定期会員のため一年分をまとめて支払っております。したがって、この決算中には含まれておりません。
(5)車で移動する生活のため、飲み屋でちょいと一杯、という機会はほとんどありません。以前と比べても、交際費はたいへん少なくなりました。
(6)雑費は、不意に必要になった衣類の購入やクリーニング、ちょっとした生活雑貨などの経費です。これも、意外にばかになりません。

以上、たいへんつつましく生活したこの一年の決算でした。もしかすると、某大学生よりもつつましやかな生活かもしれません。家計を預かる女房殿には、努力のあとをほめてもらいたいような結果です(^o^)/

参考までに、こんな記事(*)もありました。

(*):単身赴任の生活費
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ヤンソンスとコンセルトヘボウ管でフランクの交響曲を聴く

2008年12月30日 09時11分30秒 | -オーケストラ
最新の演奏、録音をまるごとダウンロードできると、あちこちの音楽ブログで話題になっていた、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のサイト「Radio4-120yearsRCO」(*)。当方もだいぶ前にメールアドレス等を登録しており、いくつかの音楽をダウンロードして、パソコンで再生して聴いております。本日は、セザール・フランクの交響曲ニ短調、指揮はマリス・ヤンソンスです。

第1楽章、レント~アレグロ・マ・ノン・トロッポ。ニ短調の陰気で重苦しい音楽という印象が強かったのに、これはまた、この演奏ではだいぶ様相が違います。この音楽の暗い情念の反面にある、繊細な美しさが感じられて、印象激変。
第2楽章、アレグレット。緩徐楽章とスケルツォを兼ねたような楽章ですが、ゆったりとしたテンポで、しっとりやわらかく、実に美しい音楽になっています。弦の響きが、クラリネットやホルン、あるいはフルートの一節が、ホールの中でなんとも優美に、魅力的に響きます。
第3楽章、アレグロ・ノン・トロッポ。やや速めのテンポですが、充実した美しい演奏。弦によるニ音の刻みもそれほどきつくはありません。優美で繊細な表現から、先の2つの楽章の主題が再現され、最後はティンパニの迫力の連打とともに、パイプオルガンが鳴り響くように壮大に結ばれます。

フランクの交響曲は、シャルル・ミュンシュ指揮ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の演奏するLPで、長いこと聴いておりました。コンサートホール・ソサエティという通販のレーベルです。当時の、あまり芳しくない音質にもかかわらず、熱気ある演奏を好んで聴いておりました。ただし近年は、ほとんど手に取る機会もまれになり、いささか縁遠い音楽になってしまっていた、というのが正直なところです。

ところが、マリス・ヤンソンスの指揮するこの音楽が、繊細かつ深い響き、集中力に富んだ堂々たる展開、そして終楽章では、オルガンの透明な響きを模したように圧倒的な盛り上がりを示します。ミュンシュとはだいぶ異なる音楽のとらえ方も興味深く、楽章間の聴衆の盛大な咳払いなどもご愛嬌で、ライブらしい、ホールの響きを感じ取れる録音になっています。不可逆圧縮されたMP3ファイルについて、録音や音質を云々するのもおかしな話ですが、思わずコメントしたくなるほどいい音が流れてきます。よく見ると、ファイルサイズが 94.2MB、ビットレートがなんと 320kbps です。思わずびっくり。弦のしっとりとした響きや、オーボエ、クラリネットの音など、PCオーディオの音が、いずれも素晴らしい音に聞こえます。hp の安価なデスクトップ型パソコン、s3140jp/C から、ラインケーブルでプリメインアンプに接続し、バスレフ式の自作箱に入れた Fostex の FE103 を鳴らしているだけなのですが、これは携帯型 MP3 プレイヤーや USB オーディオ出力を真剣に検討する価値がありそうです。CD に焼くための、ジャケット用 PDF ファイルまで用意されていて、それだけの価値のある名演奏、録音だと感じます。メールアドレス等の登録が終了しているかどうかは不明ですが、12月29日の午後の時点で、まだダウンロードできました。

参考までに、演奏データを示します。
ヤンソンスのものは、Real Player で再生し、各楽章の時間表示から引き算して求めたもので、ほぼ実時間に近いものです。
■マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
I=17'51" II=10'53" III=10'51" total=38'59"
■シャルル・ミュンシュ指揮ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
I=16'01" II=8'33" III=11'27" total=36'01"

(*):Radio 4 - 120 years RCO
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パソコンによる音楽再生の意外な恩恵

2008年12月29日 06時30分10秒 | クラシック音楽
パソコンによる音楽再生は、その昔のFM-TOWNS時代から、音楽CDを聴きながらテキストエディタで編集を行うスタイルが定着しておりました。ただし、FM-TOWNSは音声回路が比較的品質が良かったものの、近年メインに使ってきた省スペース型ビジネスマシンFMV-6450CL3のオーディオ回路はS/N比が悪く、閉口しておりました。ところが、過日導入したhpの普及型s3140jp/Cは、比較的S/N比も良好です。また、単身赴任先での音楽再生環境も、ミニコンポで充分に間に合うようです。それならばと、Lineケーブルで予備のプリメインアンプに接続し、自作の小型スピーカで鳴らしてみました。当然のことですが、これまで使っていたパソコン本体付属の小型SPの音とは段違いです。むろん、メインのステレオ装置の音とは比べるべくもありませんが、テキスト編集の合間に耳を傾ける音としては充分な品質です。

思いがけない恩恵もありました。ラファエル・クーベリック指揮ベルリンフィルによる、グラモフォンのドヴォルザークの(紙箱)交響曲全集は、たとえば交響曲第4番が2枚のCDに泣き別れの変則収録になっておりましたが、2枚をハードディスクに取り込んでしまうと、第1楽章から第4楽章まで、CD交換なしで途切れなく聴き通すことができるようになりました。なるほど、私たちはクーベリックの録音を聴きたいのであって、CDというメディアを聴きたいわけではない、ということが実感できます。Ubuntu Linux 上で Rhythmbox で聴いております。

先日来、色の調子が悪かったデジカメですが、乾燥作戦の結果、色が飛ぶ現象は今のところ起こらないようです。もしかすると、持ち主に見放される危機感を感じたのかな?(^o^)/
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デジタルカメラの色がおかしい

2008年12月28日 09時01分16秒 | ブログ運営
2004年の7月に購入したデジタルカメラが、ここ数日どうも調子が変です。ごらんのように、ふつうに撮影しても、色が白っぽくとんでしまいます。ストロボで撮影すると、正常に写ることもあるため、レンズの汚れを疑い、脱脂綿で拭き取ってみたりもしましたが、症状は改善されません。設定をいったんリセットし、出荷時の状態に戻してみましたが、やっぱり同じです。内部に水蒸気がたまったのかな。それなら、根気良く乾燥してみればいいはず。それとも、パソコン同様に、4年もすると壊れてしまうのでしょうか。もし乾燥作戦がうまくいかなければ、一度専門家に見てもらう必要があるのかも。やれやれです(^o^;)>poripori
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佐伯泰英『残花ノ庭~居眠り磐音江戸双紙(13)』を読む

2008年12月27日 07時15分54秒 | -佐伯泰英
佐伯泰英著『残花ノ庭~居眠り磐音江戸双紙』を読みました。ようやく第13巻、半分くらいまで来たところかな。

第1章「花びら勝負」。宮戸川の鰻の蒲焼を谷中まで出前に向かう幸吉と磐音は、ゆすりの脅しなどにはびくともしません。むしろ本題は、将軍の日光社参に今津屋はじめ商人が資金を出すことと、それを今津屋が取り仕切ることです。実務は老分の由蔵が、そして磐音には後見を頼みたい、とのこと。なるほど、今津屋吉右衛門は、頼まれると嫌とは言えない磐音の性格をよく承知していますからねぇ(^o^)/
と思ったら、強請りの一味には元佐々木道場の強者が一枚噛んでいた模様。あちゃー。剣は人を作りません。人が剣を使うのですね。
第2章「おそめの危難」。金兵衛さんは着々とおこんの見合い話を進め、磐音も内心複雑です。さらに加えて、桜子様も桂川国端の求愛を受け入れる覚悟を決め、磐音の心を確かめに来る始末。親しみを持つ女性がみな去って行くようで寂しさがつのる、ということでしょうか、そんな迷いを師匠に散々に打ちのめされ、心のままに生きよと諭されます。幸吉のガールフレンドのおそめちゃんも奉公に出る年齢となり、縫箔屋を希望。なかなか職業選択もしっかりしています。もしかしたら、中高生時代の私より、よほどしっかりしているかもしれません。
第3章「夜半の待ち伏せ」。今津屋の老分由蔵さん、さすがに敏感です。

「それが坂崎様のいいところであり、ご損なところでもありますよ。おこんさん、そいつを認めなきゃあ、一緒に暮らしていけませんよ。」

「一緒に」?「暮らす」?二人の仲は、どうやら傍目にも進展しつつある、ということのようですね。しかも、中居半蔵氏の報せによれば、磐音の父・坂崎正睦が近々出府するらしいとのこと。
さて、オランダ商館長フェイトと外科医ツュンベリーが長崎から江戸にやってきます。これを快く思わない漢方医の背後に、田沼意次が敵方として登場。おかしいな、今津屋は南繚銀の普及政策では、田沼方の旗頭として働いたのではなかったか?いつの間に立場が変わったのだ?いえいえ、その程度で驚いていては、エンターテインメント講談話は成り立ちません。田沼意次のほうが堕落したことになっているのでしょう、きっと。
この章では、さらに将軍家治と嗣子家基の英明さなどが語られます。日光社参といい将軍世嗣といい、突然のようですが伏線はちゃんと張ってあったようで。案の定、速水左近までが今津屋に登場、帰途の田沼一派の襲撃を磐音が護衛する、という筋立てです。
第4章「正睦の上府」。おそめちゃんの奉公の話もありますが、主として磐音とおこんが坂崎正睦に会い、認められる場面でしょう。おこんさん、急に言葉つきまで変わっちゃって、「磐音様」などと呼んでますよ。そりゃ、親に紹介するという意味は大きいですな。わが娘もダンナを初めて連れてきた時は……いやいや、それはどうでもいいけれど。
第5章「カピタン拝謁」。オランダ商館長フェイトや、田安の種姫が罹患したマシンじゃない麻疹を治療した医師ツュンベリーらが江戸城に登城し、将軍家治に拝謁するお話です。おそめは縫箔師のもとに奉公する前に、お佐紀の嫁入り前で何かと多忙な今津屋の奥向きを手伝うことになり、幸吉も一安心。豊後関前藩の迷惑上司である福坂利高とついに対立した中居半蔵さん、とうとう腹をくくったようです。しかしツュンベリーを誘って舟遊びとは、中川淳庵と桂川国端さん、なかなかやりますなぁ。シーボルト事件の例もある鎖国の時代に。おこんさんの接待では、西洋のお医者さんも鼻の下が伸びたことでしょう(^o^)/
国家老坂崎正睦を刺客が狙ったということは、次巻あたりでは福坂利高氏も最後と見ましたが、日光社参もありますので、さてどうでしょうか?

以前、平岩弓枝さんの『御宿かわせみ』シリーズを続けて読んでいた時期がありました。気楽に読める長大な連続シリーズを読むのは、その時以来かもしれません。たしか、佳境に入っていた(*)のは、やっぱりこんな季節だったような気がします。

(*):平岩弓枝『御宿かわせみ29・初春弁才船』
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矢野直明『パソコンと私~情報快的生活人』を読む

2008年12月26日 05時31分14秒 | -ノンフィクション
矢野直明『パソコンと私[情報快的生活人]』を読みました。実は、図書館で借りた本です。雑誌「ASAhIパソコン」誌に連載されていたインタビュー記事をまとめた内容で、1991年2月に福武書店から発行されています。
構成はこんなふうになっています。

第0章 情報社会とパソコン
1. ニコラス・ネグロポンテ●コンピュータに「うーん」といえばあなたの思いを伝えてくれる
2. 梅棹忠夫●現代の博物館は「博情報館」コンピュータが支えるメディア
3. 木村泉●キーボードなんか気にしない ワープロは新しい文化の創造
4. 相磯秀夫●コンピュータを使いこなすのがこれからの知的活動の鍵
5. 森毅●情報には虫がつきものと覚悟してつきあっていくしなかい
第1章 私のパソコンワールド
◆知的生産術◆
6. 岡嶋二人●パソコン通信をフルに使って岡嶋二人は24時間営業です
7. 藤村由加●七ヶ国語を話すのも数学を学ぶのもパソコンをいじるのもみんな楽しい
8. 増田正造●情報システム作りは自己表現 失敗しながら楽しく
9. 紀田順一郎●アフターファイブの生活を充実させるユニークなソフトがほしい
10.加藤秀俊●手紙はワープロで書くが 印字は和紙に、署名は墨で
11.矢野徹●コンピュータと出会って老後が楽しく、明るくなった
◆ワープロ◆
12.金春惣右衛門●金春流家伝の太鼓の手附もワープロを使えばご覧のとおり
13.荻野綱男●ワープロの辞書は自分で育てるのが一番
◆通信◆
14.神崎紫峰●メッセージの向こうに人がいる パソコン通信で広がる出会い
15.町田武美●パソコンを農具として使いこなす クリエーティブな仕事にぴったり
16.川内康裕●全国に広がる草の根ネットのゆるやかな連合体を作りたい
◆データ・ベース◆
17.一ノ瀬正輝●「元気が出る農村づくり」をコンピュータでお手伝い
18.藤沢秀一●データベースは情報の海 うまく利用するのがコツ
19.上村数洋●ペンを加えてパソコン駆使 通信やCGで新人生切り開く
20.太田茂●障害者の社会参加を促すための電子機器の環境づくり
21.近藤亨●開業医は患者とのふれあい第一 薬もパソコンも処方箋次第
22.松浦覚●ICカードに医療情報をインプット 町民の健康管理に一役
◆フリーウェア・ゲーム・ファジイ◆
23.吉崎栄泰●ユーザーと意見交換しながらソフトを作る楽しみ
24.アレクセイ・パジトノフ●テトリスは楽しいパズル 建設的なゲームです
25.山川烈●ファジイはあいまいな処理が得意 やさしくたくましいコンピュータ
26.本多弘男●秋葉原電気街で30年 アイデアひとつで商売になった
27.白田由香利●「マイコン乙女」「UNIX解説者」 コンピュータとともに歩んだ十有余年
28.峰岸順二●TK-80からX68000まで ホビーマイコン暮らし15年
29.青木由直●ソフトアイランド北海道にはテクノアートがよく似合う
30.嶋正利●発注者が設計の助っ人になってマイクロプロセッサは誕生した
31.ビル・トッテン●わが社はソフトウェアの出版業 いい作品を見つけて安く提供
第2章 文化としてのパソコン
◆マルチメディア・DTP・ネットワーク◆
32.テッド・ネルソン●ハイパーテキストには紙を離れたひらめき重視の万能メディア
33.ビル・アトキンソン●コンピュータが初めての人も自由に使えるハイパーカード
34.浜野保樹●ハイパーメディアの先にある人間の姿を見つめたい
35.ロバート・スタイン●あらゆるメディアを駆使して新しいタイプの本を作りたい
36.戸田ツトム●デスクトップ・パブリッシングが切り開く可能性に注目したい
37.ハワード・ラインゴールド●これからはコンピュータの中で触れ合いながらインタビュー
38.渡辺和也●パソコンからネットワークへ新たな潮流に乗り出す
◆教育・文化・著作権・プライバシー◆
39.佐伯胖●パソコンをみんなで使えるおもしろくてためになる道具に
40.逢沢明●コンピュータ(情報)社会を文化の視点でとらえ直す
41.石綿敏雄●パソコン・ワープロ・コンピュータ 新しいカタカナ辞書があっていい
42.野田正彰●いまのような使われ方ではコンピュータがかわいそう
43.吉田正夫●ソフトウェアのコピー防止には発想の転換が必要になっている
44.堀部政男●現代のプライバシーは自己情報コントロール権

うーむ。いずれの記事も、かつて読んだ記憶あり。懐かしさとともに、ほぼ20年前のパソコン興隆期の様子に、思わず昭和末~平成初期にタイムスリップしたような印象を持ちました。あまりにも楽天的な見通しに違和感を感じたり、時代を見通す先駆的な卓見に、いまさらながら感動したり。わずか20年前のことなのに、時代の先を読むと言うのは難しいものです。

あらためて読んでみて、とりわけ興味深かったのが、ハイパーカードの開発者、ビル・アトキンソンのインタビューでした。ハイパーカードは、当時マッキントッシュに標準添付され、簡単にマルチメディア・ハイパーテキストを実現できるということで、画期的でした。でも、マックユーザーでなければその恩恵を受けることはできませんでした。私自身も、FM-Towns の TownsGEAR というツールで、ハイパーテキスト風のマルチメディア作品を作ったりしましたが、いずれもそのマシンを越えて他の人と関係をつくることはできませんでした。それを思うと、ティム・バーナーズ=リーが考えた WWW は本当に素晴しいと思いますし、特許を取ることをせずに無償で公開したことは、実に偉かったと思います。また、マーク・アンドリーセンらが作った Mozaic は、歴史に残る画期的なプログラムだったと、いまさらながら思います。

では、ハイパーカードを MacOS X 上で拡張し、HTML を解釈可能なプログラムとして再び登場することはないのか?どうやら、その可能性はなさそうです。なぜなら、ハイパーカードの権利を持っているのは、開発者本人ではなく、スカリー氏らしい(*)からです。開発者に権利がないとはおかしな話ですが、ここでもオープンソースの本質的な長所を感じます。

(*):ハイパーカードが消えた理由~ビル・アトキンソンさんの話をきく~
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クリスマスの夜にメトネルのピアノ曲を聴く

2008年12月25日 06時32分58秒 | -独奏曲
クリスマスの夜に、単身赴任のアパートで、メトネルのピアノ曲集を聴きました。演奏は、イリーナ・メジューエワさん。1999年の10月に、笠懸野文化ホールでデジタル録音された、DENON COCO-70811 という型番のCDは、同社のクレスト1000シリーズに収録されたメジューエワの2枚目のメトネル作品集にあたります。1枚目のアルバム(*)もたいへん好ましく聴きましたが、このアルバムも、まるでたった一人のクリスマスのために録音してくれたような、ぴったんこの音楽です。

収録されているのは、
(1) 8つの心象風景 Op.1 より(4曲)
(2) ピアノソナタ 変イ長調 Op.11-1 「三部作ソナタ第1番」
(3) おとぎ話 ハ長調 Op.9-2
(4) おとぎ話 ハ短調 Op.42-2 「フリギア旋法」
(5) おとぎ話 嬰ト短調 Op.42-3
(6) 忘れられた調べ Op.39 (5曲)
です。

前半には、どちらかといえばロマンティックな要素の強い、初期の作品が並びます。そして後半には、いわば中期の作品が並んでおり、作曲者の変わらぬ本質と音楽的な変容とが概観できるものとなっている、というところでしょうか。

音楽院時代に書かれたという、記念すべき作品1の「8つの心象風景」は、たった一人のクリスマスに聴くにふさわしい、見事な旋律と響きを持った音楽です。
解説によれば、本CDの最後に収録された「忘れられた調べ」というのは、ロシア革命直後の1919~20年頃の作品だそうで、1921年の、モスクワ音楽院大ホールにおける初演当時は、プログラムに「抒情的作品集」と書かれていたそうな。でも、いつの頃からか、「忘れられた調べ」になっていったのでしょう。たしかに、革命当時の騒然たる空気や、当時の前衛的な風潮を思えば、時代に忘れられた調べのように思うのも無理はありません。でも、一部にある苦汁に満ちた表情などは、間違いなく時代の刻印のような気がします。



(*):「おとぎ話」「忘れられた調べ」などメトネル作品集を聴く
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単身赴任アパートの給湯機を交換してもらう

2008年12月24日 07時02分29秒 | Weblog
単身赴任のアパートのガス給湯機の具合が悪く、水漏れするようになっていました。金曜の朝に、アパートを出る前に空のバケツを置くと、週末を自宅で過ごし、アパートにもどる月曜の夜までには、4分の1~3分の1ほど水がたまっておりました。不在時に勢い良く水が噴出し、室内が水浸しになってからでは大変と、管理人に事情を説明し、修理を依頼していたところ、補修部品がもうないと言われたそうです。さいわい、先日、写真のような新品に交換してくれました。今度は、お風呂の温度設定も給湯量も、一度セットすればあとは全部自動だそうです。たぶん、マイクロコンピュータが自動的に管理してくれるのでしょう。まさか MS-Windows ではないでしょうが(^o^) 組込み技術を応用したものであることは確かです。今度は湯たんぽのお湯の心配もいりません。情報技術の恩恵を、たっぷりと享受できそうです。
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ドヴォルザーク「スラブ舞曲」を聴く

2008年12月23日 06時48分07秒 | -オーケストラ
ドヴォルザークの「スラブ舞曲」は、なにかと取り出すことの多い、大好きな音楽の一つです。当方は、昔のLDの、映像付のコシュラー指揮チェコフィルのものと、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の録音などを好んで聴いております。

ズデニェク・コシュラー指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏する「スラブ舞曲」は、ごく初期のレーザーディスクです。たぶん、1980年代の初めに発売されたもので、映像はプラハの街並みや郊外風景、あるいはガラス工芸や楽器製作などの様子を撮影したもの。ちょうど、「名曲アルバム」が16曲分ずっと続いているような調子です。CXノイズリダクションをONにすると、けっこういい音で聴くことができます。曲間は楽譜を映像で示すことによって充分な間を取り、ゆったりと聴くことができます。コシュラーの指揮ぶりは丁寧なもので、音楽も親しみ深く躍動的なものになっています。

ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏は、しょっぱなの「ジャーン」からして、切れ味がまるで違います。現代オーケストラによる演奏として、機能的には極北に位置する名演でありましょう。にもかかわらず、'70年の日本公演でもアンコールで取り上げたり、あるいはEMIのドヴォルザークの交響曲第8番の録音にフィルアップした第8番や第10番のように、生活を愛おしむような懐かしさを感じさせるあたたかさも併せ持っています。
たとえば第10番を聴くというのは、ふと読みかけの文庫本を手にしたのが藤沢周平の『小説の周辺』で、たまたま開いた所が「再会」だったりすると、なんだかじんとしてしまうような、そんな気分。

クーベリックが「スラブ舞曲」の録音を出すことになったとき、レコード会社が昆虫のデザインのジャケットを提案したのだそうです。ドヴォルザーク=田舎=昆虫、というイメージでしょうか。そうしたら、クーベリックは怒って、発売を許可しなかったのだそうです。ドヴォルザークはもっとまじめな音楽だ!ということなのでしょう。たしかに、現在出ている録音では、昆虫のデザインのジャケットではありません(^o^)/

自宅の Ubuntu Linux パソコン中に、RhythmBox で取り込み、小型のスピーカで聴いたり、通勤の車のカーステレオでCDを聴いたり、気が向いて修理したLDプレイヤーで映像とともに楽しんだり、あるいは休日に自宅のステレオ装置でかなり大きな音量でCDを何度も繰り返し聴いても、その都度に懐かしくあたたかい気分にさせてくれる、そんな音楽です。
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佐伯泰英『探梅ノ家~居眠り磐音江戸双紙(12)』を読む

2008年12月22日 05時48分19秒 | -佐伯泰英
勢州村正の事件や南町の与力暗殺未遂事件の背後などで、速水左近とのつながりを深くした坂崎磐音さん、相変わらずの長屋暮らしですが、おこんと桜子の二人が前面に出て白鶴太夫はぐっと影がうすくなっています。男と女の関係は、一般に時間に比例し距離に反比例するのが普通ですので、これはやむをえないことでしょう。ではこの巻では?

第1章「吉祥天の親方」。江戸の師走です。焼き立ての秋刀魚を食べ損ね、今津屋の由蔵に頼まれた用件は、鎌倉の建長寺への代参でした。今津屋に泊まった夜、火事騒ぎの中の押し込み現場で、湯で会った吉祥天の彫り物を背負う初老の男を再び見かけます。そして、店の中二階に生き残りの少女を発見します。その少女が呟いたのが、「吉祥天の親方より稼ぎがいい」という言葉でした。
第2章「水仙坂の姉妹」。今津屋の由蔵との2人旅、建長寺にお艶の遺髪と戒名を捧げて代参を終えます。泊まりは相模屋で、亡きお艶の兄、赤城義左衛門が、小田原の脇本陣の主である小清水屋右七の娘お香奈を今津屋吉右衛門の後添えにと図ったことでした。ところが、お香奈は失踪してしまいます。磐音と奈緒の運命を知ったお香奈の妹お佐紀は、姉の恋と決死の道行きを認めます。
第3章「師走の騒ぎ」。磐音は、落ち着いたお佐紀の聡明さ、情深さを挙げ、大店のお内儀としてふさわしいのはむしろ妹であると指摘します。一晩考えた結果、お佐紀は見合いのための江戸行きを承知します。坂崎磐音と月下氷人の役割は、何とも不似合いですが、信頼を寄せるに足る人物と感じたのでしょう。この物語の普通の若い娘なら、「磐音さん、ステキ!」となりそうなものですが(^o^)/
品川柳次郎救出劇は、やっぱり時代物にはチャンバラ場面が必要とする作者のサービス精神でしょうか。
第4章「二羽の軍鶏」。新たな登場人物です。若くてイキのいい2人の若者、土佐の重富利次郎と、旗本の次男坊の松平辰平です。若い辰平が悪い仲間を抜けて剣に集中することに。おこんと磐音は神田明神と湯島天神に初詣に行きますが、言葉はすれ違っているようで。
第5章「白梅屋敷のお姫様」。桂川国端の白梅屋敷に招かれた中川淳庵と磐音でしたが、桂川国端さんの狙いはどうも織田桜子さんにあるようで、磐音がすげなくするのですから、当然ですね。どう考えても、この組み合わせの方が自然です。今津屋吉右衛門とお佐紀の見合いはうまくいきそうです。目下、うまくいかないのは磐音だけ。君、取り残されるよ!でも、それはあり得ない。作者がそうはさせませんって!
(^o^)/
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山形交響楽団第193回定期演奏会を聴く

2008年12月21日 06時03分32秒 | -オーケストラ
開演1分前にようやくすべりこんだ山響第193回定期演奏会、シャブリエの「田園組曲」第1曲「牧歌」が、トライアングルの静かな音で始まります。心の準備もなく、いきなり始まってしまいましたが、どこかで聴いたことがあるような気がする、しゃれた感じの優しい音楽です。第2曲「村の踊り」、クラリネットのかっこいいソロから始まる、活発な音楽です。工藤俊幸さんの指揮ぶりは丁寧なもので、素人目にもたいへんわかりやすいです。フルートは一部ピッコロ持ち替えで。第3曲「森の中で」。チェロのブンブンいう導入は、クマンバチの羽音でしょうか。なるほど、森の中ですね。第4曲「スケルツォ・ワルツ」。あ、この曲、知ってる!ピアノ曲でしょ。「絵画的小品」の中にある曲。素人音楽愛好家の、ちょいとうれしい発見です。そういえば、「牧歌」も「イディール」という題で、このピアノ曲集にあったような気がします。なるほど、ピアノ曲が管弦楽曲になると、こんなふうになるのですね。ピアノ演奏の軽やかさはやや後退するかわりに、多彩な音色の変化、ダイナミクスの変化が大きく、楽しい。

さて、こんどはチェンバロの登場です。楽器としても美しいものですね。曽根麻矢子さんは、白を基調とし、少しグリーンの浮かんだパンタロン風のドレスです。曲目はプーランクの作品で、チェンバロと管弦楽のための「田園のコンセール」。
第1楽章、アダージョ~アレグロ・モルト。チェンバロのソロから始まります。いつもバロック音楽で聴き慣れたチェンバロの音楽とは異なり、20世紀の音楽、しかも難解で不機嫌なタイプではなく、どちらかというとモダンで軽快で楽しい音楽です。途中、印象は一変して、ゆっくりとした、やや悲しげな音楽に。そして急速にテンポを変じて、最後はオーケストラが全開でドカン!と爆発。
第2楽章、アンダンテ、第3楽章、プレストでフィナーレ。チェンバロと弦楽合奏や大太鼓が一緒にならない、チェンバロのソロや音色を聴かせる時は、オーケストラを全休止させるのもいとわない、あまり多くの楽器を重ねない。オーケストラの音色的な魅力もふんだんに生かしながら、異質なチェンバロの魅力を生かしています。引き算の効果でしょう。プーランクさん、うまいもんですねぇ!

ここで魅力的なフランス音楽の前半部が終わり、休憩に入ります。単身赴任先からノンストップで山形テルサホールに向かいましたので、食事をしていませんでした。腹ペコでしたので、ホットコーヒーでようやく一息つきました。そういえば、新しい2009/10年のシーズンの定期演奏会等のパンフレットが出ています。新シーズンも、意欲的&魅力的なプログラムになっています。山響定期、ますます楽しみです!

後半は、ブラームスの交響曲第3番です。第1楽章、ずいぶんゆっくりしたテンポで、リズムはやや重めの表現です。第2楽章、ホルンとヴィオラとチェロの響きの中に、オーボエのひとふし。いいですねぇ!平安を感じさせる魅力がありました。第3楽章、チェロやホルンが見事な旋律を聴かせます。テンポが全体に遅めで、やや重いブラームスです。第4楽章、弦の透明な響きはさすがです。あまり大きくはないオーケストラで、大きなブラームスを表現しようとしたのでしょうか、響きは重厚なブラームスのものでしたが、さて。身長196cmくらいのブラームス(^o^)になっていたような気がします。素人音楽愛好家のブラームスの印象は、あまり大男ではなくて、身長は174cmくらい(^o^)、もっさりしているようでいて、おどけてワルツを踊るステップはもっと軽快さのある、そういう人物なのでは、と思います。とはいえ、生ブラームス3番は初めてで、充分に響きを堪能いたしました。

うーん、今日は腹ペコだったせいか、後半やや辛口の感想だなぁ。でも、アンコールは同じくブラームスのハンガリー舞曲第1番。こちらは切れ味のよいリズムで、ほんとに体が踊り出すよう。ちょいと軽薄な言い方になりますが、とってもナイスな音楽、演奏でした。よかったです!

ところで、ブラームスの身長って、ほんとはどのくらいだったのでしょう(^o^)/
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成果とプロセス

2008年12月20日 06時21分43秒 | Weblog
単身赴任生活をしていると、心身の健康のためには、日々の生活を楽しむことが大切だと感じます。仕事ではいろいろなことがあるでしょうが、それはそれ、これはこれ。

かつては滅私奉公で仕事を家に持ち帰り、期限までに仕上げて間に合わせる人が、有能だ、熱心だと評価されましたが、今の時代にはどうでしょうか。情報のセキュリティの面から見れば、オキテ破りの行為です。かつての人物や業績の評価とは反対に、独断で危険な行為を行う人、ということになってしまいます。期限までにより大きな成果を示す有能さ、という観点からだけではなく、業務のプロセスの観点から見てどうであるか、という複眼の視点が必要、ということでしょう。昨今の金融がらみの報道を見聞きするにつけても、多くの平凡な同僚を尻目に、少数の有能な人材が業績の大部分を稼ぎ出す、という見方は一面的で、多くの法令順守の地道な営みが日常的な信頼や信用を築き上げているのであり、少数の、有能だがややもすると暴走しかねない元気さを制御している、という見方もできるのではないか、と思ったりもします。

さて、今晩は山形交響楽団の第193回定期演奏会。シャブリエの「田園組曲」、プーランクの「チェンバロと管弦楽のための田園のコンソール」、ブラームスの交響曲第3番というプログラム。楽しみです。問題は、19:00の開演に間に合うかどうか。プーランクまでにはなんとか山形テルサに到着したいものです。車が普通に走行できるよう、雪が降らないように祈りましょう。
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満4年を過ぎ、5年目に突入

2008年12月19日 06時59分21秒 | ブログ運営
2004年12月19日に初の記事を掲載してから満4年が過ぎ、5年目に突入しました。当初は、ブログというものを試してみようという程度の、ごく軽い気持ちで始めたのでしたが、「電網郊外散歩道」という題名が、自分でも意外に気に入ってしまい、音楽や読書、コンピュータや散歩といった当初からの話題に加え、週末農業やら手帳文具書斎やらといった話題にもぶらりと立ち寄るといった風情で、楽しんでおります。

特にこの一年は、転勤に伴う単身赴任や老父の死去といった変化もありましたが、おかげさまで健康で、けっこう忙しい時でも、ブログの記事を早朝更新することを楽しみに生活することができました。日頃ご愛読いただき、またコメントやトラックバックをいただきます皆様に感謝を申し上げます。

当ブログも、グラフのようなアクセス数を示しており、ありがたい限りです。最近は週あたりのIPアドレス数(赤い線)で2100~2500、ページビュー(青い線)で8000~9000といったところで、記事によっては一日あたりのIPアドレス数が400をこえて、gooブログのランキング(1000位以内)に顔を出すことさえあります。人畜無害な中年おじんの個人的な感想に関心を寄せていただけるというのは、本当にありがたい限りです。
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佐伯泰英『無月ノ橋~居眠り磐音江戸双紙(11)』を読む

2008年12月18日 06時36分57秒 | -佐伯泰英
前作では、幕府から江戸城の石垣の修繕を命じられた津山藩に、資金を用立てる今津屋吉右衛門の護衛として、豆州熱海まで出かけた話で、幕閣の速水左近のフィクサーぶりが示唆されました。もう一つ、因幡鳥取藩の内紛がらみで、織田桜子様という姫様が登場、奈緒の影が薄くなった分、おこんをやきもきさせる役割を担わせておりました。さて今回は。

第1章「法会の白萩」。研ぎに出した愛刀包平を受け取りに、鵜飼百助の元に足を運び、無理を通そうという御小普請支配の用人を懲らしめ、品川柳次郎・幾代親子の墓参に付き合い、武村武左衛門の難儀を救い、おまけに今津屋の老分由蔵の護衛も頼まれ、坂崎磐音氏はなんとも忙しい人です。おこんがあきれるのも無理はありません。
第2章「秋雨八丁堀」。神田三崎町の佐々木玲圓道場で、先の豆州熱海での功績を上様からも認められ、磐音は速水左近から脇差を与えられます。その場で、鵜飼百助の元で目撃した、正宗と改鑿した勢州村正の一件を話すと、速水は聞き捨てならずと関心を示します。今津屋で報告した後に六間湯の湯舟につかっていると、南町奉行所の笹塚孫一が斬られたとの報せが。すぐに八丁堀の診療所にかけつけると、例の御小普請支配の屋敷に出向き、帰路に辻斬りを装って斬られたというのです。中川淳庵らの治療を受けますが、傷は重く生死の境をさまよいます。磐音は速水左近の屋敷をたずね、与力暗殺未遂事件の背景を伝えます。速水は奉行の牧野にはかり、一件の解決は磐音の手に委ねられます。
第3章「金貸し旗本」。南町奉行所の笹塚孫一の容態はようやく快方に向かい、今津屋では日光社参の話題が出て、豊後関前藩からは二番船の報せが届きます。事件といえば、秩父から娘たちを連れてきた一酔楼の千右衛門が引っかかった巧妙なからくりでしょうか。幕切れはあまり気分のよいものではありませんし。
第4章「おこん恋々」。白鶴太夫が登場しないので、おこんがやきもきする場面が作れないと見てか、作者は新手を繰り出しました。鳥取藩の重臣織田家の娘桜子様が、六間湯まで駕篭で乗りつけ、坂崎磐音を迎えに来ます。困った磐音は、笹塚孫一の手術に力を尽くしてくれた中川淳庵と桂川国端との会食に、桜子を同道します。宮戸川の鰻料理に魅了される桜子の無邪気さに、桂川さんがぞっこん惚れ込んだみたいです。磐音の足が少し遠のいたので、おこんの方はなんだかめそめそしてしまい、ちょいと印象が違う感触がありましたが、それを一気に振り払うような襲撃事件でした。
第5章「鐘ヶ淵の打掛け」。斬り合いを眼前で目撃した衝撃から、どうやら立ち直ったようではあるものの、おこんをも巻き込んだ事件の経緯はキチンと始末せねばなりません。鳥取藩の内紛の火種は未だ消えていない模様。吉原では白鶴太夫がらみの争いごとです。お大尽には、そんなに白鶴太夫が魅力的なのでしょうか?どこが?打掛は描かれていますが、この物語の文章では、白鶴太夫の魅力が今ひとつ読み取りにくいのですが。むしろ、豊後関前藩の物産プロジェクト第2弾の成果と、戻り船の荷の問題の解決策に、なるほど、そうきたか、と感心しております。

ところで、これまで章の題名は「泉養寺夏木立」のように、漢字のみで表されておりましたが、この巻ではひらがなも入っております。作者の心境の変化でしょうか。むしろこのほうが自然な感じです。
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事故渋滞時の運転と音楽

2008年12月17日 06時53分14秒 | クラシック音楽
過日、トラック二台が冬道でスリップ事故を起こしたらしく、乗用車二台を巻き込んで、だいぶ渋滞しておりました。路肩には雪がだいぶ残っており、路面はところどころ凍結して、滑りやすくなっています。寒冷地の運転に慣れていないドライバーが、ついブレーキを踏んでしまったのか、いずれにしろ怪我がないことを祈りたいと思います。
考えてみれば、事故を起こそうと思って運転している人はいないでしょう。それを思えば、渋滞も我慢しなければいけないのかもしれませんが、いやいや、こちらも色々と都合というものがありまして(^o^;)>poripori
ですが、とにかく渋滞で動けません。幸い、ガソリンは満タンに入っていますので、あとは通行止めが解除になるのを待つばかりです。こんなときは、カーステレオの音楽に注目し、心を落ち着かせるに限ります。運転時の音楽は、今のところ、ずっとドヴォルザークの「スラブ舞曲」です。演奏は、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団。よく飽きませんね~。はい、飽きません。大好きな音楽です。
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