電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

NHK-FM「名演奏家ライブラリー」で「ハンガリー出身の名指揮者ジョージ・セルの芸術」を聴く

2016年02月29日 06時01分12秒 | -オーケストラ
よく晴れた日曜日、台所の片付けも一段落して、NHK-FM「名演奏家ライブラリー」を聴きました。諸石幸生さんの解説で、今週はハンガリー出身の名指揮者ジョージ・セルの芸術」と題し、次の曲目を取り上げています。

  • モーツァルト:「セレナード ト長調 K.525“アイネ・クライネ・ナハトムジーク”」
  • ラヴェル:「“ダフニスとクロエ”組曲 第2番」
  • ムソルグスキー(ラヴェル編曲):「組曲“展覧会の絵”」
  • ブラームス:「交響曲 第4番 ホ短調 作品98」
    以上、ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団
  • ヘンデル:「歌劇“クセルクセス”から ラルゴ“なつかしい木陰”」
    ジョージ・セル指揮ロンドン交響楽団

いずれも、すでにCDで持っており、ときどき思い出しては聴いている曲ですが、演奏会一回分のプログラムに相当するような、こんな形で放送されると、あらためて聴き惚れてしまいます。とりわけブラームスの交響曲第4番(*)! 「らじる☆らじる」と簡易な PC-audio を通じてミニコンポの小型スピーカから流れる音ではありますが、心洗われるような、ほんとにいい演奏です。

(*):ブラームス「交響曲第4番」を聴く~「電網郊外散歩道」2009年8月
(*2):広島原爆ドームと資料館を見学し、亡父の体験を思う~「電網郊外散歩道」2009年8月

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家具の搬出

2016年02月28日 08時41分36秒 | 料理・住まい
母屋の水回りを中心としたリフォームの関係で、台所と茶の間などに置いていた家具や物品の片付けに追われていましたが、先日は、当面は使わない家具を預かってもらうための搬出作業でした。

朝から専門の業者さんに来てもらいましたが、トラックは大型過ぎて敷地内に入れず、ちょいと難儀をしました。なんとか駐車でき、搬出作業を開始。家具の上から毛布をかぶせ、さらに伸縮性のあるカバーですっぽりと覆います。脚部も保護する形で、よっこらしょとトラックに運びます。



座卓はそのまま運びましたが、書棚やサイドボードのガラス扉などは外してダンボールで多い、棚板は下に集めて、それぞれ破損を防ぎます。なるほど、作業手順の合理性、連携プレーのタイミングを取る声かけの的確さなど、見事なものです。さすがはプロ、アルバイトの学生さん二名をうまく使って、30分ほどで作業完了しました。お茶で一服の時間も惜しんで移動するようでしたので、缶コーヒーを差し入れしてお礼としました。

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ガランとした台所で食事をとるとき

2016年02月27日 06時05分40秒 | 料理・住まい
母屋の水回りを中心としたリフォームの対象となっている台所は、冷蔵庫や食器棚なども搬出し、こんなに広かったのかと思うほどがらんとなりました。道具も食器も最低限のものを残すだけにしてありますので、どうしても簡単な献立になってしまいますが、ここで食事をするのもあとわずかです。今後は、居住部に増設する仮設のキッチンに移ることになり、しばらくは辛抱生活になります。




リフォーム工事が始まる直前のこの時期は、老母のために取り付けた手すりを外して移動したり、残った物品を片付けたり、細かな作業がまだ残っています。よく働いたので、この日は炊事を最小限にして、某店に寿司の出前を頼みました。生産農家の立場から言うと、シャリがいまひとつですが、仕方がありません。仮設のキッチンができたら、少しはお料理もできるかな? 不便さの中に、ふと単身赴任の頃を思い出します。

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地元紙コラムの町田灯子「山形語」がおもしろい

2016年02月26日 06時04分32秒 | Weblog
地元紙「山形新聞」のコラムに「気炎」というのがあります。先日の町田灯子さんの「山形語」はおもしろかった。佐藤誠二さんがタウン誌「やまがた街角」に連載した〈私的「山形語」考〉をまとめた本によりながら、方言のユーモラスな温かさについて紹介したものです。「つれんぽ(杖)」については、例えばこんなふうに:

「なんだ、お前、つれんぽなの使わんなぐなたのがはぁ」
(なんだ、お前、杖なんか使わなきゃいけなくなったのかい)
「こだな使わねくてもええんだげんとよ。んでも使てみっど、あんばぇええぞ」
(こんなの使わなくてもいいんだけれど、それでも使って見ると、塩梅がいいんだぞ」
「ほだえ やじゃがねぐ(役に立たなく)なったら、あらます(おおよそ)終わりっだなは」
(そんなに役に立たなくなったら、おおよそ終わりなんじゃないのかい)
……だが実際に使って見ると
「ほう、あんがえ ちょうすええな、こえづ」
(ほう、案外調子がいいなあ、これは)

という具合。

当ブログでも一度紹介(*1)しておりますが、町田さんのコラムは、いつもおもしろい。他県出身の人が山形をおもしろがっているのがよくわかります。最後の、「実家の両親よりも夫の親と話していた時間の方が長かったということなのだなあ。」というあたりに、「嫁の感慨」を感じます。

(*1):人の輪の中の弦楽四重奏~「電網郊外散歩道」2013年12月

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コピー資料の束の表紙代わりに

2016年02月25日 06時04分35秒 | 手帳文具書斎
図書館やネット上で見つけた資料をコピーしたりプリントアウトしたりして、空き時間に読もうと持ち歩くことがあります。昔は仕事上の資料が中心だったのですが、最近は当ブログの「歴史技術科学」カテゴリーに関連した、明治大正期の産業技術や科学についてのお堅いものが中心になっています。



これらを他の文書類と識別するために、期日が近い演奏会のチラシを表紙代わりにしてダブルクリップで留めておくと、一目でわかって、なかなか便利で見栄えも悪くありません。それに、演奏会の日時を忘れることがないという点も、意外にポイントが高いところです。

そうそう、4月3日(日)午後の「久良木夏海チェロリサイタルvol.2」のチケットを、忘れないように買っておかなければ(^o^)/

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若い頃に買った本の紙質

2016年02月24日 06時05分27秒 | 手帳文具書斎
母屋のリフォームの関係で、古い本を大量に処分しました。若い頃、といってもほぼ40~45年くらい前に購入した本を見ると、紙の色が変色してしまっているものと、ほとんど変化が見られないものとがあることに気づきました。概して文庫本や新書などは紙質が悪いのか変色が甚だしく、単行本、中でも岩波書店等の専門書は、箱入りの装幀のおかげもあってか、あまり変色しておりませんで、いつでも開いて続きを始められます、という風情です。

これは、お値段の関係で紙が選ばれていることが大きいのでしょうが、それだけでなく、出版社が自社の本にどのくらいの寿命を想定しているかという姿勢も関係がありそうです。例えば、細菌の形質転換を明かにした一連の研究を知ることができたF.ジャコブ&E.L.ウォルマンの『細菌の性と遺伝』(1963)などはすでに古典的名著という位置づけだったのでしょうか、薄いけれど変色しにくい紙に印刷された文章や図版などが、まことに鮮明です。著者の寿命を超えて、燦然と輝くようです。このあたりは、さすがに岩波書店だなあと感心します。

箱から頻繁に取り出して熱心に読んだのでないからという理由もあるのではという指摘については……まあ、言わぬが花で(^o^;)>poripori



文庫本で購入して、これまで何度も読み返し愛読しているものは、できれば古びてしまう前に単行本で購入しなおしたいと思っていますが、意外にも文庫になってしまうと単行本が消えてしまうことが多いようです。たまに古書店で新しめのものを見つけることがありますが、そういうときは内心「やったね!」と喜ぶほどに嬉しいものです。

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言葉と感覚

2016年02月23日 06時04分25秒 | Weblog
水の温度は、1気圧では0℃から100℃までありますが、数字で表す以外に、温度を表す言葉は、「冷たい、ぬるい、あたたかい、熱い、人肌くらい」など、そう多くはないように思います。例えば58℃とか65℃とかを的確に指示する形容詞は存在しないのでは。

卵を加熱するとき、温度によって、先に黄身が固まるか白身が固まるかが違います。このあたりの温度の加減は、温度計などなかった時代には、感覚と経験で伝えたものでしょう。言葉に頼って理解しようとすると、細かな温度の違いが的確に伝わらない。それで、職人は言葉ではなく勘と経験を重視したのではないかと思います。

温度センサーが登場すると、プログラムの仕方によって半熟卵にするか温泉卵にするかを設定できてしまうというのは、たしかに技術の進歩ではありますが、言葉が感覚のすべてを表しているものではないことに、気づかないでしまうように思います。

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J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第3番」を聴く

2016年02月22日 06時02分15秒 | -協奏曲
このところ、通勤の音楽として聴いているのは、トン・コープマン指揮アムステルダム・バロック管弦楽団による演奏で、J.S.バッハの「ブランデンブルグ協奏曲」全6曲をCD2枚に収めた、1983年のデジタル録音です。つい最近、カラヤン指揮ベルリンフィルの録音がパブリック・ドメインになり(*1)、ストリームで聴いたりダウンロードして聴くことができるようになっていましたので、比較をしながら、おもしろく聴きました。

ブランデンブルグ協奏曲は、言ってみれば就職活動のための思惑があってまとめられた作品でしょうが、この第3番は、Vn(3)-Vla(3)-Vc(3)という構成による、各3声部、計9声部の音楽です。管楽器を使いませんので、弦楽器だけの、明るいけれども実に密度の濃~い音楽になっています。中間の楽章では、楽譜上では単にフリギア終止を形成する二つの和音が記されているだけなのだそうですが、この演奏ではチェンバロのカデンツァに相当するところに、「トッカータ」ト長調BWV916のアダージョを演奏しているとのことです。

そういえば、先の12月の山響第248回定期演奏会では、この第3番を取り上げていました(*2)。あのときには、コントラバスが加わっていましたし、間にやはりチェンバロによるかなり長いカデンツァを置いていました。この点から言えば、近年のバロック音楽の演奏習慣に従い、自由な装飾を許容するものとしてバッハの音楽をとらえているようです。

これに対して、カラヤン指揮ベルリンフィルの録音では、この第2楽章を、さらりとチェンバロで演奏し、わずか20秒ほどで終えて、終楽章に入ってしまいます。カザルス指揮のマールボロ音楽祭管弦楽団による演奏でも同様で、CDのトラック分けも二つだけです。

また、演奏表現の面からも対照的です。トン・コープマン盤では、速いテンポ、快活なリズムと表情で、思わずワクワクするような動的なブランデンブルグ協奏曲になっていますが、カラヤン盤のほうは、しかつめらしい顔をしてひたすら流麗な表現を求めると言っては言い過ぎでしょうが、いわば静的なブランデンブルグです。

うーむ。1980年代、グスタフ・レオンハルトらが古楽器で演奏した録音がLPとして出始めたときには、かなり違和感を感じていたのに、今では古楽奏法の側を自然で活力があっておもしろいと好感を持ち、逆にかつての有名大家による演奏に、なんだか違和感を感じるようになっています。オリジナル楽器や古楽奏法を取り入れた山響のモーツァルト定期を九年間も聴き続けたことにより理解が進んだ面が大きいですが、一番大きいのは、やっぱり「時代の力」でしょうか。

■トン・コープマン指揮ABO盤
I=5'38" II=2'05" III=4'43" total=12'26"
■カラヤン指揮ベルリンフィル
I=6'46" II=0'20" III=5'50" total=12'56"

(*1):J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第3番」~カラヤン指揮ベルリンフィル~「クラシック音楽へのおさそい」~Blue Sky Label
(*2):山響第248回定期演奏会でベートーヴェン、バッハ、ハイドンを聴く(2)~「電網郊外散歩道」2015年12月

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使用済みトナーカートリッジの処分法

2016年02月21日 06時01分50秒 | コンピュータ
昨年の10月に愛用しているモノクロ・レーザープリンタのトナーが切れ、予備に買い置きしていたトナー・カートリッジに交換(*1)して便利に使っています。ところで、この使用済トナー・カートリッジをどうしよう?



なんだかんだと忙しさを理由にほったらかしていたのでしたが、母屋のリフォームがらみで片付けの邪魔になるからと、すぐに対処しなければならないはめに。とりあえず、近頃は同型品を扱うようになった某量販店に電話してみたところ、店舗の入り口付近に回収ボックスがあるとのこと。それはありがたい。さっそく持っていくことにしましょう。こうしたリサイクルも考えると、通販よりも店舗での販売は意味があるなあと感じます。

(*1):レーザープリンタのトナーを交換する~「電網郊外散歩道」2015年10月

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冬の手袋

2016年02月20日 06時01分12秒 | 散歩・外出・旅行
ここしばらく、愛用していた手袋が見当たりません。某コンビニで購入した(*1)、すべり止め加工がしてある毛糸の手袋が、黒一色で愛想のないものでも、暖かいしハンドルを握るのにも滑らなくて良かったのです。はて、どこへ置き忘れたものか?



雪国では、外出の際に手袋なしは考えられません。仕方がないので、モンベルの青い手袋を出してきて使っていますが、防風性は良いけれど保温性はあまり良くないようで、ハンドルを握る手が冷たくて閉口しています。



もう一度コンビニで見つけたら、同じ手袋を買おうとねらっているのですが、どうもタイミングが合わないのか、すでに季節外れになっているのか、見当たらないようです。手袋を探してお店めぐりをするほど暇はないし、古い薄手の婦人用手袋をインナー代わりにモンベルの中に重ねて使っておりますが、どうも具合は今ひとつです。手袋の要らない暖かい春が早く来てくれれば、問題は解決するのですがね~(^o^;)>poripori

(*1):コンビニで買った手袋~「電網郊外散歩道」2015年12月

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自宅用マウスは初期不良で交換となる

2016年02月19日 06時01分32秒 | コンピュータ
自宅のデスクトップPC用マウスが不調の件、レシートと保証書、それに状況を説明したメモを添えて、購入した某量販店に持参しました。そのメモには、

  • 症状 使用中にマウスカーソルが動かなくなり、応答せず
  • 状況 ALT+F でメニューを選び、アプリケーションを終了できるので、OSの問題ではなさそう。
  • 補足 WindowsでもLinuxでも(PCが違っても)共通に再現する。おそらく、マウス本体の不良と思われる。

というような推測を記しておきました。

某量販店にこのメモと一緒にレシート・保証書一式を提示すると、さっそく動作を確認してくれて、引っかかるような不調を確認しました。その結果、初期不良と判断、同型品在庫と交換してもらいました。こんどは、ちゃんと動作しているようです。



動作不良・不調には、症状をメモして持参すると、対応がスムーズになるようです。場合によっては、症状がなかなか再現しないこともありますので、写真やビデオ映像なども説明する際に役立つかもしれません。

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自宅用マウスを新調したものの

2016年02月18日 06時05分30秒 | コンピュータ
先日、自宅のデスクトップ・パソコン用のマウスを新調しました。今までは、Ubuntu-Linux で使っているhpのパソコンに付属していたPS/2マウスを使っていましたが、先日 Windows 機を入れ替えたために PC 切替器も交換することとなり、その巻き添えを食ってマウスも USBタイプに変更したのでした。今まで PS/2 タイプばかり使って来ましたので、USB タイプの手持ちは、出張&プレゼン用の小型ノート・パソコンに合わせて準備した小ぶりのものしかなく、それで代用してはみたものの、長時間使用するとどうも肘によろしくないようです。

そこで、外出時に某量販店に立ち寄り、USB マウスのLサイズを購入して来ました。1,972円也。使って見ると、昔のマイクロソフト・マウスのようなホールド感はないものの、使い心地や肘への負担はかなり改善されるようです。こんなことなら、もっと早く交換するんだった!

と思ったら、Linux で突然マウスカーソルが固まります。Windows でも同ようです。アプリケーションをキーボードで動かすと、きちんと動作しますので、OS の問題ではなく、たぶんマウスの問題でしょう。
今までの小型マウスではそんなことはなかったのになあ。これは、返品だな。

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祖母の23回忌

2016年02月17日 06時02分18秒 | 季節と行事
平成6年の2月15日が、祖母の命日でした。14日がちょうど日曜日でしたので、住職に依頼し、家族だけで簡素な23回忌法要を営みました。朝から妻は大忙しで、前日から準備していた献立で調理をします。祖母が好きだった炊き込みご飯や生麩の煮物など、仏前にお供えして私たちもいただきました。



住職が到着する頃合いをみて、お燈明(ろうそく)と香箱の炭に火を着けておきます。焼香用の炭に火を着けるのは少々コツがあり、炭の端に少し灰を付着させ、そこをろうそくやライターの火にかざすと、灰が触媒の作用をして燃えつきます。

法要の後、住職と少し話をして、お布施と卒塔婆代をおあげして見送りました。あれから23年も経過したのかと、時の過ぎ行く早さにただ驚くばかりです。



生きている者は、健康と日々の楽しみに感謝しなければいけませんね。贈り主の妻には多大なる感謝と応分の分け前を、そして某菓子業界の陰謀にも多少は感謝をしなければなりませぬ。抹香臭い法事の後ではありますが、なにせ2月14日ですから(^o^)/



実は、祖母も甘いものが大好きだったのです(^o^)/
30代で緑内障で全盲になってからも、たびたび蒸しパンや草餅などを作ってくれた記憶があります。「ちよこれいと」も好物でした。

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山形市は川に囲まれ守りやすい城下町だった?

2016年02月16日 06時03分09秒 | 散歩・外出・旅行
毎日の通勤で、県都・山形市に通勤しておりますが、山形市内へ入るのには必ず川を渡らなければならず、その橋の前後の信号で渋滞が発生することが多いようです。

この、市内に入るには必ず橋を渡らなければいけない、すなわち山形市内は川に囲まれているという地理的条件は、戦国時代であれば防衛上大きなメリットだったのでしょう。中央部の霞城公園のあたりに山形城があり、その周囲に旧市街地が広がりますが、この範囲がほぼすっぽりと三の丸の内に収まるのですから、山形城が日本有数の規模を持つ平城であった(*1)ということになります。

庶民の区画までを城の中に囲い込む形は、おそらくは小田原城に範をとったものでしょうが、今もなお「総構え」の規模と配置が踏襲されていることに、最上義光の先見性を感じます。最上氏の没落以後は、大名の度重なる配置転換で所領も削られる一方となり、大きすぎる城を維持することが難しくなります。分不相応の城を維持しなければならないということは、小規模な大名にとっては大きな負担で、どうしても維持できない部分が多くなっていったのでしょう。幕末にはすでに二の丸の内部でも荒れ果てていた箇所が少なくなかったようです。

(*1):山形城~Wikipediaの記述より

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山形交響楽団「アマデウスへの旅」リクエストコンサートVol.2を聴く

2016年02月15日 06時02分06秒 | -オーケストラ
バレンタインデーの日曜日、祖母の23回忌や母屋の片付けを済ませて、午後から山形交響楽団「アマデウスへの旅」リクエストコンサートVol.2 に出かけました。今回は二階席の正面付近で、ステージ全体がよく見渡せます。



プレコンサートトークでは、音楽監督の飯森範親さんと西濱事務局長のかけ合いを興味深く聴きました。スキーが大好きな飯森さんは、すでに今シーズンで蔵王に四回目だそうで、スキーの板とシューズとを蔵王のスキースクールに預けてあるのだそうです。今回の演奏会については、まず滅多に演奏されないであろう珍しい曲を含むものとなっている点が特徴だそうで、たしかにそうかもしれません。プログラムは、



  1. 歌劇「フィガロの結婚」序曲
  2. 交響曲ニ長調K.141a(K.161/163)"歌劇「シピオーネの夢」のための"
  3. 交響曲ニ長調K.196/121(207a)"歌劇「偽の女庭師」序曲のための"
  4. ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調K.219「トルコ風」第2楽章・第3楽章  高橋和貴(Vn)
  5. 交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」第4楽章
  6. 聖三位一体のミサ ハ長調 K.167

というものです。モーツァルトの若い時代の作品にも、作曲者の天才性が現れているとのことです。

ステージに楽員が登場、例によって女性奏者の皆さんは色とりどりのドレスで、実にカラフル、目の保養です(^o^)/
スタート時の楽器編成は、ステージ左から第1ヴァイオリン(8),チェロ(5)、ヴィオラ(6)、第2ヴァイオリン(8)の対向配置、左端にはコントラバス(3)が陣取って弦楽5部を構成します。正面奥にはフルート(2)、オーボエ(2)、その奥にクラリネット(2)、ファゴット(2)、さらにその奥にはホルン(2)、トランペット(2)、右奥にティンパニが配置されます。

音楽監督の飯森さんが登場、第1曲目、歌劇「フィガロの結婚」序曲。山響にはおなじみ、お得意の曲だと思います。思わずワクワクするような演奏会の始まりです。第2曲目、交響曲ニ長調K.141aは、全3楽章形式の短い曲です。第1・第2楽章は、ザルツブルグの新大司教のために作ったオペラ「シピオーネの夢」K.126の序曲からとられ、それに第3楽章フィナーレを新たに加えたものだそうです。フィナーレの作曲年代は自筆譜の用紙の研究から1772年と推定されているそうで、1756年生まれのモーツァルト16歳の作品ということになるようです。
第3曲目、交響曲ニ長調K.196/121(207a)は、歌劇「偽の女庭師」K.196の序曲が2つの楽章を持つことから、同様に新たにフィナーレを加え3楽章としたものだそうです。楽器編成は、Ob(2),Hrn(2)に弦楽5部。

第4曲目、ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」の第2・第3楽章。楽器編成はさらに縮小され、1st-Vn(6), 2nd-Vn(6), Vla(4), Vc(3), Cb(2)が対向配置となる弦楽5部に、Hrn(2), Ob(2)が中央奥に加わります。独奏はコンサートマスターの高橋和貴さんですが、同時に指揮も行うという、いわゆる奏き振りで聴かせてくれました。指揮台なし、ステージ中央に立ち、ゆったりとした実に美しい第2楽章と、活発な第3楽章を楽しみました。

ここで、15分の休憩です。

演奏会の後半は、交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」の第4楽章です。
休憩時間に再びステージ上の楽器配置が変わります。今度は Cbが左端に移動して、8-8-6-5-3 の対向配置をとる弦楽セクションに、管楽器は左からHrn(2)、Ob(2)、Fg(2)が中央奥に、右奥にTp(2)とTimp. という形です。演奏も、全体に精妙なオーケストラ演奏の中でも、例えば流麗かつチャーミングな左側と少し暗めでリズムを刻む右側が掛け合うようなところが随所にあるなど、対向配置が効果的と感じました。

さて、最後は「聖三位一体の祝日のミサ」です。この曲は、楽器編成が1st-Vn(9)が左で中央がVc(5)、右に2nd-Vn(8)という対向配置にCb(3)が左端に位置し、その右横には順に Org, Fg, Ob(2), Tp(4), Timp. と並びます。なんと、ヴィオラがない!
これは、もともとそういう編成なのだそうです。さらに、男声(27)に女声(50)という合唱がずらりと並びますが、独唱者がいません!
これもまた、ミサ曲としては異例の編成ではないかと思います。このあたりも、珍しい曲とされる所以なのかもしれません。
演奏が始まると、やっぱり合唱がすごいです。そして、グローリアやクレドなどの歌い出し役をつとめた男声ソロがすばらしかった! 堂々たるものでした。また、清らかな女声合唱や、弦楽合奏の後に続く合唱の見事さ、ベネディクトゥスでのオーケストラの軽やかさ、細やかさも特筆すべきところでしょう。最後のアニュス・デイでは、2本のTpに2本の少し大きめのTpとティンパニも加わり、厳かに劇性を高めます。いや~、いいなあ!

ほんとに珍しい曲を集めたプレミアム・コンサートでした。最後を締めたのが、アマデウス・コアを中心とする合唱で、実に良かった。
演奏会の後は、妻も私もお腹をすかせていましたので、まっすぐホールを出て、某店で平田牧場三元豚のトンカツを食べました。これまた美味しかった~(^o^)/



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