電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

映画「杉原千畝」を観る

2015年12月31日 06時03分06秒 | 映画TVドラマ
たまたま休みが取れたクリスマス・イブの午後に、妻と二人で映画を観て来ました。今回は、チェリン・グラック監督による「杉原千畝」です。「激動の第二次世界大戦下、日本政府に背き命のヴィザを発行しつづけ、6000人にのぼるユダヤ難民を救った男の真実の物語」というコピーは、物語を端的に要約していると言ってよいでしょう。白石仁章著の原作『杉原千畝~情報に賭けた外交官』を少し前に読んだ(*1)ところでしたので、タイミングの良い鑑賞となりました。



杉原千畝の決断が、国際的な視野で見たときに、人道的な行為として高く評価されることはその通りですが、この映画では原作と同様に、外交官が諜報という任務も負っていることを描きます。それは、ロシア革命によってハルビンに逃れてきた白系ロシア人社会に接近し、情報を集め、ソビエト連邦と満州国との間の北満鉄道買収交渉を有利に進めることになる一連の経過に表されています。杉原の協力者として働いたイリーナという女性は、はじめは彼の最初の妻のクラウディアのことかと思っていましたが、どやらそうではないらしい。おそらくは、時間の枠の中にコンパクトに収めなければならない映画的制約に従って、前妻の存在をカットし、その代わりにイリーナという女性協力者に投影したものでしょう。

北満鉄道買収交渉で名をあげすぎたために、杉原はソ連政府から「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)との烙印を押され、外交官として入国することを拒否されてしまいます。結果的に、そのことが杉原千畝一家がリトアニアのカウナスに赴任することとなります。当時リトアニアには日本人は在住せず、領事館の開設は明らかに情報収集が目的です。そこで千畝に接触して来たのが、ポーランドの情報将校の一人である愛称「ペシュ」でした。これがなかなかの名優で、陽気な表情でやることはやる、という役を見事に演じ、もう大拍手です。

ナチス・ドイツを横目に見ながらソ連を注視する杉原は、ドイツとソ連との密約に気づき、やがてリトアニアもソ連軍によって占領されると予想します。ナチス・ドイツに追われてポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人たちは、次々に閉鎖される各国大使館の状況を見て、日本の領事館に集まってきます。そこで主人公が葛藤するところはドラマとしての山場なのでしょうが、むしろ祖父と孫が体験した、ナチス・ドイツの残虐性を示す場面の印象が強烈! こうした恐怖を経て逃れてきたカウナスで、もう逃げる場がないという絶望の中に一筋の光明が見える……それを示してくれたのは、オランダ領事のヤンと日本人「センポ・スギハァラ」と言いました。

映画のはじめの方で、外務省に杉原千畝の情報を求めてやってくるかつてのユダヤ人難民のリーダーの姿が描かれますが、同時にこの映画では、日本に渡航する際にJTBの職員が天草丸への乗船許可を決断するなど、1人だけでなく他にも少なからぬ日本人が関わっていたことをも、客観的に描いており、杉原千畝という例外的な一個人の美談にはしていません。このあたりも、冷静な大人の描き方で、好ましく感じるところです。

(*1):白石仁章『杉原千畝~情報に賭けた外交官』を読む~「電網郊外散歩道」2015年10月

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マツダの営業所から来た初売りのお知らせはクリアファイルになっていた

2015年12月30日 06時03分55秒 | 散歩・外出・旅行
この年末に、マツダの営業所から新春初売りのお知らせが届きました。スクラッチを削ってマツダのマークがあれば福袋が当たるというくじが当たっていたようですが、むしろこの案内が入っていた「封筒」がおもしろい。



実は、切り取り線にそって端を切り取ると、「Be a driver.」という標語とともに、現行のマツダの真っ赤な車が並んで描かれたクリアファイルになるという仕掛けです。



ちょっとした書類を持参するのに、A4判サイズのクリアファイルは重宝します。仕事用には、無色透明のものを使うようにしていますが、プライベートな文書はこういう目立つもので区別したいところです。私的な文書と仕事の文書を散り違えて渡したりする事故を防止する意味でも、意外に大切なポイントです。マツダの営業所の、なかなか Good なアイデアでした。これは、正月早々に訪ねる箇所に加えてみようかと、鋭意計画中です。

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今回処分した学生時代の教科書など~私的な価値とは何か

2015年12月29日 06時06分33秒 | 料理・住まい
このたび、思い立って学生時代の教科書や関連資料をばっさりと処分することにしました。あまり使わなかった教科書類はだいぶ前にすでに処分しておりますが、今回のものには若い頃の書き込みやアンダーラインなどが大量にあって、ぱらぱらとめくると当時のことがいろいろと思い出されます。すでに40年以上も前の自然科学の教科書など、ほとんど価値はないと言ってよいでしょう。にもかかわらず、大事にカバーをしたまま保存していたのは、当時どこかに私的な価値を見出していたからと考えられますが、それは何だったのか。

客観的にみて、当時もごく普通の教科書だったわけですから、これらを勉強したことが特別な意味を持っていたわけではありません。たぶん、これらが若い時代の息吹のようなものを感じさせるものだったからなのでしょう。そして、今回これらのものを処分しようと思ったのは、懐かしい若い時代がもう遠くに過ぎ去ってしまい、別のものに、端的に言えば「老い支度」に目を向けていかなければならないという決意からというわけではありません。むしろ、残りの人生を、懐かしさという名で美化されたゴミの中で暮らしていくことでよいのか、という抵抗感です。



もしかして後で学生時代の教科書を懐かしむことがあったとしても、内容よりもせいぜい表紙を眺める程度でしょうから、今回処分した教科書のうち主なものの表紙のみ、並べておきましょう。以下は、読者にとってはおそらく何の意味もない画像です(^o^;)>poripori

まずは、教養時代を中心に使った「細胞学」「動物生理学」「動物行動学」等の教科書から。



続いて、同じく教養時代の教科書で Eyring「Quantum Chemistry」と「物理化学概説」。


教養時代の有機化学の教科書 Fieser&Fieser「BAsic Organic Chemistry」と有機化学実験のテキスト。


学部に進学してから使った教科書で、「分析化学におけるイオン平衡」、斎藤一夫「無機化合物」。


同じく学部時代の教科書で、野副鉄男「有機化学」(上・下)とP.Sykes「有機反応機構」(上下)、「紫外可視吸収スペクトルの応用」。



同じく学部時代の教科書で、コーンスタンプ「生化学」とレーニンジャー「生命とエネルギーの科学」、レーニンジャー「生化学」(上下)。



教科書ではないけれど、必要に応じて参照した日本生化学会編「代謝マップ」と雑誌「蛋白質核酸酵素」の「生命の起源と進化」特集号。


おそらく、実物が目につくから懐かしいと思うのであり、目にしなくなれば忘れてしまうはず。記憶と回想に関する実験でもあります(^o^)/

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ようやく雪が降った日~学生時代の教科書類を処分することに

2015年12月28日 06時00分19秒 | 料理・住まい
今年はなかなか雪が降らないと思ったら、クリスマスも過ぎてようやく雪が降りました。前夜からだいぶ風が強く、荒れ模様のお天気でしたが、日中は少しおさまり、小雪がパラつく程度でした。庭木はうっすらと白くなっていますが道路は黒いままで、一面の銀世界にはまだ程遠い状況です。

昨日は、せっかくの休日ですので、家中の書棚の片付けをしました。もう二度と読みそうにない本を処分しようかと思い、学生時代の教科書に手をつけたら、もう思わず懐かしさが全開(^o^)/

これでは整理にならないと思い直し、表紙の写真だけでも撮影して懐かしく思い出すときのために残し、現物は意を決して処分することとしました。「断捨離」などという語とは程遠い、懐旧的なため息とともに、冬の休日は過ぎていきました(^o^;)>poripori

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紙箱入りLP全集を購入した頃

2015年12月27日 06時01分58秒 | クラシック音楽
自宅の棚に、まだ若い頃に少ないお小遣いを工面してようやく購入した紙箱入りLP全集が何組かあります。例えば、

  • ベートーヴェン 交響曲全集 セル指揮クリーヴランド管
  • フォーレ 室内楽全集 ヴィア・ノヴァ四重奏団他
  • モーツァルト 弦楽五重奏曲全集 スーク+スメタナ四重奏団
  • メンデルスゾーン 「エリア」 コルボ
  • J.S.バッハ 「マタイ受難曲」 コルボ
  • シューマン 交響曲全集 クーベリック指揮バイエルン放送響

などです。たしかに、プロコフィエフやヴェルディなどは含まれていないけれど、自分の音楽の好みが端的に現れているようです。

時代的には、ベートーヴェンは学生時代ですが、ほかは就職して独身時代から結婚したばかりの頃ではないかと記憶しています。70年代後期から80年代初頭、LPの最後の頃でしょう。この後は実質的にCDに移行してしまいますので、紙箱入りLP全集を購入するという「贅沢」ができたのは、ごく短い期間でした。

原爆症だった父が初めての癌に倒れ、闘病生活をしていた頃、大学院進学を諦めて就職し、結婚し、最初の子どもが生まれ、故郷にUターンするあたりの時代。今考えても、たしかに人生の激動期でした。そんな懐かしさがあるものですから、同じ録音をCDで買い直した後でも、処分しきれていません。LP全集の立派な解説書を読みながらCDを聴くなどというアホな事をいまだにやっております。

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マルティヌー「ピアノ協奏曲第2番」を聴く

2015年12月26日 06時01分21秒 | -協奏曲
通勤の音楽で、しばらくの期間、マルティヌーのピアノ協奏曲を聴いておりました。第1番に続き、第2番を繰り返し聴くうちに、この曲の華やかさと人懐こさを感じるようになりましたが、いかんせん、文字、文章にするのはなかなか難しい。そのため、しばらく寝かせておき、しばらくぶりにまた取り出して、こんどは自宅の簡易な PC-audio で聴いてみました。うん、こんどは何となく印象を言葉にできそうです。



CDに添付のリーフレットには関根日出男氏の解説が掲載されていますが、それによれば、マルティヌーのピアノ協奏曲第2番H.237は、1934年10月から11月にかけて作曲され、1935年の初めに完成、同年のうちに委嘱者のフィルクシュニーのピアノ、ターリッヒ指揮チェコフィルによりスメタナ・ホールで初演されたそうです。10年後にアメリカで広範な改訂を行ったそうですが、「荒々しくきらびやかな独奏ピアノの対比で、彼の傑作の一つに数えられる」という評価を受けているのだそうな。

オーケストラの楽器編成は、ピッコロ(1)、フルート(2)、オーボエ(2)、クラリネット(2)、ファゴット(2)、トランペット(2)、ホルン(4)、トロンボーン(3)、ティンパニ、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シンバル、弦5部、となっています。

第1楽章:アレグロ・モデラート、4分の4拍子、変ロ長調。マルティヌーらしい、しなやかな主題に始まり、独奏ピアノがこの主題を自由に縦横に展開します。このあたりは、ピアノの名人芸がもてはやされた20世紀、特に1930年代の雰囲気を残したものでしょうか。後半にはジャズ風のテイストが感じられるところなどは、まさにこの1930年代の雰囲気でしょう。ピアノとオーケストラが渾然一体となるあたり、マルティヌーの真骨頂です。

第2楽章:ポコ・アンダンテ、4分の6拍子、変イ長調。弦楽合奏がやわらかに静かに始まり、その後にピアノがユニゾンで自由に展開する中で、オーケストラがこれを受けて、不思議な曲調の音楽を奏します。ピアノ独奏はさらに自由に移調しつつ歌い、最後に冒頭部が回想されて静かに終わります。

第3楽章:ポコ・アレグロ、4分の2拍子。民族舞曲風の衣装をまとった20世紀風ロンドとでも言うのでしょうか、独奏ピアノとオーケストラが活気ある自由な音楽を繰り広げます。符点リズムのオーケストラ部や、のどかで牧歌的な木管と華麗なピアノの対比はおもしろい。途中に出てくる小太鼓というかスネアというか、この音も効果的です。カーステレオでは聞こえにくいバスドラムの音も、音量を上げた自宅のオーディオではビンビン響きます。華やかな終結です。



プロコフィエフといいマルティヌーといい、大戦間期の1930年代前後の音楽は、お気に入りのものが多いように思います。残念ながら、1960年代など前衛音楽の時代の音楽でお気に入りのものというのはほとんど見当たらず、ビートルズとかそういうものになってしまいます。シュトックハウゼンとかブーレーズとか、ほんとは同時代のはずなのに、あまり同時代性を感じられないのです。

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アホ猫(娘)の背中の怪我の回復状況は

2015年12月25日 06時02分12秒 | アホ猫
少し前に背中を怪我して化膿していたことがわかった(*1)我が家のアホ猫(娘)、このところようやく回復基調のようです。

ほ~んと、ひどい目にあったわ~。動物病院では毛を剃られてしまうし、奥さんからは薬を飲まされるし、娘さんからは「ハゲタマ」なんて言われて、ほんとに心外だわ! あれ以来、奥さんからも「ハゲ珠子」とか「ハゲ珠世」とか言われて、あ~、ホントに腹が立つ!


だってね~、おまえ、自分では見えないかもしれないけど、ほんとにそうなんだよ(^o^)/

プンプン! そりゃ、たしかにスースー寒いのはわかるけど、アタシのせいじゃないわ! いいわよ、アタシはご主人の膝の上で寝るんだから!


どうやら、このところの寒さを感じてか、夜はワタシの膝の上をねらっているようです。

(*1):アホ猫(娘)、背中を負傷する~「電網郊外散歩道」2015年12月
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コンビニで買った手袋

2015年12月24日 06時04分51秒 | 季節と行事
11月の末に、急に寒くなった時期がありました。たまたまトイレ休憩に入ったコンビニに冬物グッズコーナーが設けられていて、何種類かの手袋が目につきました。そういえば、今年はまだ手袋を出していない上に、何年も愛用した今までの手袋はだいぶ古びて、指に穴が開きそうになっています。この際なので、黒い毛糸の手袋を購入しました。580円也。

一丁前に、手のひら側には滑り止め加工がしてあります。おそらくは、ハンドルを握る際に滑り止めになるように考えられたものでしょう。これはけっこう実用的でした。さらに意外だったのは、予想以上に暖かかったことでした。特に早朝出勤時に、まだ車が暖まっていない段階で、毛糸の暖かさがありがたい。ハンドルを握る手が冷たくなるのをうまく防いでくれます。

いや~、コンビニ商品も馬鹿にできないと、その実用性に認識を新たにいたしました。

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変テコなノック式パワータンク・ボールペン

2015年12月23日 06時05分34秒 | 手帳文具書斎
軸にひび割れが走ったパワータンク・スマートの件はすでに記事にしております(*1)が、もしもクリップ部が破損した場合はどうすれば良いのか?
これについては、面白いことを見つけました。すなわち、パワータンク・スマートとパワータンク・スタンダードのクリップ部は、互いに互換性があるのです! 



写真では、ゴールドのパワータンク・スマートと黒のスタンダードのクリップ部を交換しております。デザイン的には、ヘンテコリンなものになりますが、実用上は問題がありません。いざとなったら、応急的にそういう対応も可能ということで、覚えておきましょう。

それにしても、いい製品なのに妙なところで節約が目立ちますね~、三菱鉛筆さん(^o^)/
これも、ほどよく壊れてくれないと新規に商品が売れなくなって困る、ということでしょうか(^o^)/

(*1):パワータンク・スマートの軸にひび割れが発生~「電網郊外散歩道」2015年12月

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冬至前後の朝はまだ暗いが

2015年12月22日 06時01分33秒 | 季節と行事
日頃の習慣で、早朝五時すぎには目を覚まし、ゴソゴソと起き出します。タイマーでファンヒーターが点火していますので、寒さを感じることはありませんが、薄明というよりもまだ真っ暗に近く、閉口します。夏場ならば、もうとっくに明るくなり、思わず活動的になるところですが、この季節は活動性が低下して、どうしてもじっとしていることが多くなります。

しかしながら、それも冬至を境に少しずつ変わっていきます。本格的な降雪はこれからですが、少なくとも明け方の明るさは日に日に増して行きます。朝がしだいに明るくなっているのを実感するのは、一月も中旬頃になるかと思いますが、今は冬至かぼちゃを楽しみに、この暗~い時期を乗りきりたいと思います。



この時期、バロック音楽が妙にしっくりきます。弦楽合奏の華やいだ雰囲気が、冬至前後の暗い朝を照らしてくれるようです。たとえばヴィヴァルディの「調和の霊感」とか「ラ・チェートラ」、あるいは「ラ・ストラヴァガンツァ」など。

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山響第249回定期演奏会で、ペルト、シベリウス、シューベルトを聴く

2015年12月21日 06時17分42秒 | -オーケストラ
数日前にようやく雪が降ったものの、たちまち融けてしまった暖冬の日曜日、山形テルサホールで山形交響楽団第249回定期演奏会を聴きました。

今回のロビーコンサートは、1st-Vn:丸山さん、2nd-Vn:黒瀬さん、Vla:井戸さん、Vc:久良木さんの四人で、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番から第4楽章とパンフレットに紹介されています。実際には、黒瀬さんに「新婚生活はいいものですか」と質問した西濱事務局長が紹介したように、第3楽章の途中から演奏し、第4楽章ぜんぶと、クリスマス・メドレーもありました。皆さん、けっこう楽しみにされているようで、ホワイエが聴衆でぎっしりになるほど集まっていました。

クリスマス・メドレーの途中でホール内でのアナウンスがホワイエにも入ってしまったのは、たぶんホールの音響担当者がアナウンス放送区域の設定を間違えたのだろうと思います。メンデルスゾーンの途中でなくて良かったかも(^o^;)>poripori

ホール内に入り、演奏前に恒例の指揮者プレトークがありますが、今回は2002年以来13年ぶりの登場となる高関健さんに、西濱事務局長がインタビューするという形です。高関さんは実はヴァイオリン出身で、シベリウスの協奏曲の第3楽章が演奏できず指揮者に転向したというエピソードを披露、ホールの音の向上とともに山響の音も向上したこと、とくに「アマデウスへの旅」というプロジェクトの経験と、金管楽器を主体にオリジナル楽器を採用したことが、シューベルトでは実に効果的に働くことを、あらためて認識して良い経験になったと話します。今回のソリストのキム・ダミさんについては、若いけれど実に成熟した音楽を演奏する素晴らしい演奏家とのことですので、期待が高まります。

本日のプログラムは、

  1. シューベルト 「ロザムンデ」序曲(魔法の竪琴) D.614
  2. シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47
  3. ペルト ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌
  4. シューベルト 交響曲第6番 ハ長調 D.589

というものです。

ステージ上の配置は、左から第1ヴァイオリン(8)、チェロ(5)、ヴィオラ(5)、第2ヴァイオリン(7)という対向配置で、チェロの左奥にコントラバス(3)が位置します。正面奥に、フルート(2)、オーボエ(2)、その奥にホルン(4)、クラリネット(2)、ファゴット(2)、最奥部にはトロンボーン(2)とバストロンボーン(1)、その右脇にバロックティンパニです。コンサートマスター席には、犬伏亜里さんが座ります。

指揮者の高関さんが登場し、最初の曲目は、シューベルトの「ロザムンデ」序曲です。実は、曲が始まるまでは、あの愛らしい「ロザムンデ」間奏曲とばかり思っていました。なんともマヌケなことに、実は序曲のほうだったのですね(^o^)/
でも、やわらかな弦楽器の響きによくバランスした、オリジナル楽器を用いた金管の華麗な炸裂を味わえて、良かったよかった(^o^)/

続いて協奏曲です。この曲では、オーケストラはもちろん現代楽器を使用しているようです。独奏者のキム・ダミさんが登場すると、スラリと伸びた長身がまっすぐに立ち、実にすっきりと姿勢が良いことに驚きました。元弓道有段者の立場から言えば、体の軸が垂直に保たれており、どこにも無理がなく安定感が感じられます。大好きなシベリウスの協奏曲の演奏は、ゆったりとしたテンポで堂々としたもので、豊かに楽器を鳴らします。そういえば、作曲家もヴァイオリン出身、指揮者も同じで、オーケストラの、特に弦楽器の響きの豊かさは当然のことかもしれませんが、独奏ヴァイオリンがオーケストラと交わす多彩な音色に、若い演奏家とは思えない、堂々たる落ち着きと成熟を感じました。

満場の拍手に応えて、アンコールはラフマニノフの「ヴォカリーズ」です。これも、ゆったりとしたテンポで、ロマンティックな情感をたっぷりと聴かせ、曲の終わりには思わずため息がもれました。

15分の休憩の後、後半はアルヴォ・ペルトのミニマル・ミュージック、「ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」です。8-7-5-5-3 の弦楽セクションに一本だけのチューブラー・ベルが加わり、鐘の音に導かれて、下降する音階が延々と繰り返されて続きます。しかも、しだいに熱と力を増して来るところはまさにミニマル・ミュージックの真骨頂でしょう。そして、音階が下降しなくなると、エネルギーがたまったままに終わり、これが哀悼の思いを表すのでしょうか。

最後の曲は、シューベルトの交響曲第6番です。楽器編成は、8-7-5-5-3 の弦楽セクションに加えて、Fl(2),Ob(2),Cl(2),Fg(2),Hrn(2),Tp(2),Timpというもので、典型的な二管編成です。もちろん、金管楽器とティンパニはオリジナル楽器を使用します。この曲は、フルートやオーボエなど、木管楽器が軽やかに活躍するあたりはいかにもロッシーニ風で、当時ウィーンを席巻していたロッシーニの影響を受けていたのは確かでしょうが、同じシューベルトの交響曲第三番あたりと比べれば、もう一度ベートーヴェンに立ち戻ったかのような面もあります。指揮者の高関さんは、やわらかなリズムと爽やかな音色で、弦楽器とのバランスの取れた音量ながら、金管楽器の輝かしさとインパクトを生かした、魅力的な演奏を引き出していました。

終演後、ファンの集いに参加しましたが、山形Qでおなじみのヴァイオリンの今井東子さんがマイクを持ち、インタビュアーをつとめたのには、ちょっと驚いてしまいました。たぶん、語学力を買われての登板?

  • キム・ダミさん  今年は、ルツェルン音楽祭で初のリサイタルを開けたのが一番印象的だった。二番目は、山形の演奏会とのこと(^o^)/ 社交辞令とはいえ、ちょいと嬉しいですね~
  • 高関健さん  金管楽器でオリジナル楽器を使用したのが、実に良い経験だった。シューベルトの曲では、モダン楽器の場合は、もっと抑えてと要求することが多いが、そうすると輝かしさが減退する。オリジナル楽器の場合は、「もっと吹いて」と要求しても、音量バランスが崩れず、輝かしさが発揮できる。あらためて山響の行き方の意味を認識した。また呼んでください、とのことでした。

うーむ、なるほど。古典派や前期ロマン派の音楽でオリジナル楽器を使用することには、響きの透明感の他に、そういう面もあったのか。解説を聴いて、初めて理屈を認識するとともに、ふだんから接している山響の音の魅力の理由をあらためて感じることができました。

今回も、良い演奏会でした。曲目の魅力もあったのか、お客様もけっこう入っていましたので、営業面でも少しは貢献できたのではないかと思います。次回の演奏会が楽しみです。

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新型デミオにマツダからリコールの通知が届く

2015年12月20日 06時03分49秒 | 散歩・外出・旅行
過日、マツダ社から封書が届きました。内容は、愛車の新型マツダ・デミオのリコールのお知らせでした。一つは、ダイナモ等を駆動するベルトの芯線の張力が均等でなく、切れてしまうおそれがあるとのこと。もう一つは、燃料フィルターのドレンプラグの接合部で取り付けに不具合があり、いずれも点検と交換を要するとのことでした。



部品点数からいえば膨大な数にのぼる自動車で、ある程度バラツキがあるのは仕方のないことですので、ほおかむりせずにキチンと対処するのは良心的な対応だと言えましょう。当方、過去にも日産パルサーで排気ガスの通り道に腐食の問題があり、後部座席に排ガスの一部が侵入してくるというコワイ例も経験しています。某エアバッグの事例などを見るまでもなく、不具合が見つかれば積極的にリコールで対応するというのは、実は安全のために最善であるだけでなく、企業の社会的評価という価値を守る上でも最善の道ではなかろうかと思っています。

あとは、いつディーラーに行くかという問題ですが、本日は山響の定期演奏会にもいかなければいけないし、師走のばたばたした多忙の中、近日中に時間を作って出向くように予約を入れました。なんとか都合をつけることができたので、まずは良かった良かった(^o^)/

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Windows機の音楽再生環境を検討する

2015年12月19日 06時06分28秒 | コンピュータ
自室のメインPCとなっている Ubuntu Linux 機のほうは、USB 経由で取り出したデジタル音声信号を ONKYO の SE-U33GX というデジタル・オーディオ・プロセッサを介してアナログ音声信号に変換し、同社のミニコンポ CR-555 に接続、スピーカ D-N7TX を鳴らすという簡易な PC-audio で楽しんでおりますが、サブ機となる Windows7 機のほうは、全くビジネスライクで、音楽再生環境はありません。そんなわけで、購入後に電源を入れる機会も少なく、現在はほとんど休眠状態で、なんだかもったいない話です。そこで、せめて音楽再生環境だけでも整備したいものだ、と考えました。

そういえば、もうすぐクリスマスです。ここはサンタさんにお願いするに限ります。

サンタさん、よゐこにしていますから、ONKYO のデジタル・オーディオ・ボード SE^90PCI をお願いします(^o^)/

と、某密林方面のサンタさんにお願いをしました。そうしたら、ずいぶん前の製品のはずですが、某密林のサンタさんからメールが届き、クリスマスには間に合わないけれど松の内のお年玉には間に合うかも、とのことです。



届いたら、CR-555 の LINE-2 か AUX-IN に接続し、切り替えて聴けるようにしてみましょう。楽しみです。ワクワク(^o^)/

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もうすぐ山響第249回定期演奏会

2015年12月18日 06時02分38秒 | クラシック音楽
こんどの週末、20日の日曜日には、山形交響楽団の第249回定期演奏会が予定されています。高関健さんの指揮、キム・ダミさんのヴァイオリンで、

  • シベリウス ヴァイオリン協奏曲
  • シューベルト 交響曲第6番

などが演奏される予定。なかなか魅力的なプログラムです。
会場は山形テルサホール、12月20日(日)、16時からの1回限りの公演です。
前回のモーツァルト定期では、残念ながら風邪のためにお休みをしましたが、今度こそ良いコンディションで、活力ある澄んだ響きの山響の音楽を堪能したいものです。



写真は、元気老母の満88歳の誕生日をささやかに祝った食卓の花のスナップ。心優しい妻の気遣いです。

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アホ猫(娘)、背中を負傷する

2015年12月17日 06時03分18秒 | アホ猫
我が家のアホ猫(娘)が、背中を負傷していたようで、背中の一部が妙に腫れていることに、妻が気づきました。さわると膿が出るとのことから、日中に動物病院に連れて行ってきたそうです。おそらくは、紋次郎とかゴン太とかいう近隣のノラ猫と対決した、名誉の負傷の部類かと思いますが、猫の爪で怪我をした内部が化膿したもののようです。まさか、アホ猫(母)によるドメスティック・バイオレンスじゃないよね?

治療、投薬も済み、家に帰ってきても、しばらくはシッポを巻いておびえていましたが、腹が減ったらゴロニャーンとすり寄ってきました。ただいま、外の寒さを訴えてコタツの中に自主的に避難中。アホ猫(娘)16歳、まだまだ元気です(^o^)/

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