電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

平凡社世界大百科とWikipedia

2007年01月31日 07時01分57秒 | コンピュータ
平凡社の世界大百科事典と、インターネット上のWikipediaでは、ずいぶん性格が異なります。たとえば「藤沢周平」や「宮城谷昌光」を検索してみると、世界大百科(DVD-ROM版)には出てきません。ところが、Wikipediaでは、かなり詳細な記事を読むことができます。

これは、学術的にも評価の定まったものを取り上げるという世界大百科の編集方針のあらわれかと思いますが、あることがらをすぐ知りたいと言う要望にこたえられないのも事実です。では、すでに評価の定まった項目であろう「アレクサンドル・デュマ」を見ると、Wikipedia では既出(*)のとおり3人のデュマがいること、将軍デュマの項目には、彼をモデルとした作品として、佐藤賢一の『黒い悪魔』などの作品も出てきます。世界大百科が権威ある学術的な正確さを自負するのに対して、Wikipedia のほうは周辺分野にまで広がる関心への対応と、方向性は対照的です。

同じようにパソコン上で検索できる二つの百科事典、Wikipedia で調べたことを世界大百科で裏付けを取るなど、記述の信頼度について確かめる態度は必要ですが、まずは便利に使えることを喜びたいと思います。

(*):アレクサンドル・デュマについて~Wikipediaの記述より
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『吾輩はネコである』外伝

2007年01月30日 07時04分40秒 | アホ猫
吾輩はネコである。名前はあるが、書かない(*)。
どこで生れたかとんと記憶がない。何でも優しそうなおばさんが母ネコのおなかをさすっているうちに生まれてきたらしい。吾輩はここで人間というものを見た。しかもあとで聞くと、それは「ご主人」という人間中で一番人畜無害な種族であったそうだ。この「ご主人」というのは時々我々が近付くとネコアレルギーでクシャミをするという。失敬な話だ。しかしその当時は何という考もなかったから別段可笑しいとも思わなかった。ただ彼の掌(てのひら)に載せられてスーと持ち上げられた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。掌の上で少し落ちついて「ご主人」の顔を見たのがいわゆる人間というものの見始(みはじめ)から二番目のできごとであろう。もちろん、一番目は産婆役をしてくれた「奥さん」である。この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。ときどきエサをくれるから、今はまあよしとしておこう。

(*):吾輩の「ぼっこててこ」で書くことができるのかって?失礼な。これでもドラえもんよりはうまく書けらぁ。「ぼっこててこ」っていうのはね、「ぼっこ」な小さな手、という意味。「ぼっこ」の意味は、次の「山形弁一日講座」で該当の語を検索してみればわかる。「筆がぼっこになった」など。
(*2):山形弁一日講座
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藤沢周平『よろずや平四郎活人剣』(上)を読む

2007年01月29日 06時53分13秒 | -藤沢周平
藤沢周平の場合、ある時期以降の小説には、たくまざるユーモア感覚があるように感じます。たとえばこの『よろずや平四郎活人剣』では、ともに剣術道場を開こうと誘った見かけ倒しの詐欺漢・細谷半太夫にいっぱいくわされる場面から始まります。知行千石の旗本・神名家の妾腹の次男坊、神名平四郎は、気は優しいが剣は無類に強い独り者です。冷や飯食いの立場から一転して自由な市井の暮らしに馴染んできてはいますが、持ち逃げされた五両が口惜しい。生活に窮して仕方なく始めたのが「よろず揉め事仲裁」業でした。

このあたりの導入が、なんともとぼけたユーモアがあります。そして、次々に依頼される揉め事も、浮気妻にたかる虫退治や養子の斡旋といったやわらかいものから、敵討ち取り止めの談合や盗賊の強請との対峙といった強面のものまで、さまざまです。また、兄・神谷監物が幕府の高官から命じられた権力争いの裏業務まで手伝わされるわ、商家のおかみ連に人気で、女難の気配もあったりするわで、なんとも多事多忙です。

さらに、仕事の合間には、先方の家がなんらかの罪に連座したために破談になった許嫁・早苗の消息を訪ねるなど、多事多忙。不幸せの気配がただよう早苗さんは、このどちらかといえば能天気な物語に、やわらかなかげりを示しています。文春文庫版で上巻の最後は、あづま屋のおかみが心配する幼なじみで意地っ張りの「一匹狼」のお話。結局は子どもが和解の糸口となりますが、しつけの良い働き者の子どもたちの内面が、実はじっと我慢して小さな胸を痛めていた、というあたりに、ほろりとさせるものがあります。

内容は比較的軽めですいすいと読めますが、やっぱり藤沢周平作品に特有のしっとりした味わいがあります。ひきつづき下巻を読みましょう。

※NHK BS-2で火曜日の夜に放送されている金曜時代劇の再放送枠で、今年あたりこの作品も放送されるといいなぁ、と思います。
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山響第178回定期演奏会を聞く~ベートーヴェンとブルックナーの4番

2007年01月28日 10時14分29秒 | -オーケストラ
全く雪がない、珍しい年の1月最後の土曜日、山形テルサ・ホールで山形交響楽団第178回定期演奏会を聞きました。当日は夕方に歯医者の予約もあり、治療を済ませてすっきりした後で、ホール近くにあるレストランテ「Choji」で夕食。後から来た妻と合流して演奏会へ。週末のためか、かなりの人出。最前列の両サイドを除き、ほぼ満席です。

恒例の指揮者プレトーク。飯森範親さんが登場して作曲家のエピソード、曲目や演奏について語ります。今日は、第1Vnと第2Vnを左右に分けた対向配置であること、ベートーヴェンの時代には今で言うピリオド奏法だったこと、曲の始まりではノン・ヴィヴラートでモノクロームの効果を出し、主部に入ってからカラーになるような効果をねらっていること、などを説明してくれました。
面白かったのはベーさんの第2楽章の説明。心臓の鼓動のようなリズムの中で、1stVnと2ndVnが「テレーゼ」「テレーゼ」と呼びかけるのだそうな。キャンセル魔のカルロス・クライバーが、ウィーンフィルがこのよびかけを充分に表現してくれないのが不満で、演奏会当日の朝にホテルから帰っちゃったエピソードも披露してくれましたが、音楽家とはそういうものかと笑っちゃった。素人は他愛無いと思うけれど、当事者は真剣なのですね。

さて、演奏の開始。コンサートマスターは、客演の高木和弘さん。第1楽章、ノン・ヴィヴラート奏法で開始。モノクローム効果という説明は「なるほど」です。この楽章は、全体に速めのテンポで勢いがあります。
第2楽章、ファゴットの高橋あけみさんのファゴット・ソロ、「タッカタッカタッカタッカ」とお見事!チェロ、コントラバス、ヴィオラのピチカートが実に精密で、ステージ右側に配置されたバロック・ティンパニでしょうか、呟きのようなティンパニのあと盛り上がって終わります。
第3楽章、いつもワクワクする始まり。ティンパニ奏者は出番がないときは皮に耳をあてて張りを調整しているのですね。そしてティンパニを打つときの体の動きの柔らかさに驚きます。こういうのは、LPやCDではわからない楽しみ。
第4楽章、速いテンポで勢いがあります。速さの快感、です。ベートーヴェンの速度表示は演奏不能なほど速すぎて、メトロノームが壊れていたのではないか、などと揶揄する文章を読んだことがありますが、そんなことはありません。速いテンポは、ノン・ヴィヴラート奏法と関係するのでしょうか。いわゆるピリオド奏法が、テンポの速い、いきいきとした活気ある表現を目指しているのだな、と感じられるようになりました。(それに対し、ヴィヴラートをたっぷりかけた演奏は、どうしてもテンポのゆっくりしたものになり、沈潜する陶酔的な方向性の表現を目指していることも理解できます。ベーさんの時代には、そんな表現は下品だと受け止められたかも。)
飯森さんのご指名で、ファゴット(高橋あけみさん)とオーボエ(竹谷さんかな?)が聴衆の拍手を受けていました。ベートーヴェンらしい見事な木管の響きを聞くことができました。

休憩の後で、期待の高まるブルックナーの演奏です。

「動きをもって、速すぎずに」と指定された第1楽章。静かなホルンの音で始まり、弦のトレモロのサワサワの中から強化されたラッパ部隊が咆哮を開始します。ティンパニは向かって左側に配置、こちらはベートーヴェンと違って現代のティンパニのようです。静かな弦の音を背景に管楽群がオルガンのような効果を生むところ、こんなふうにして出しているのかと、初めて理解しました。オルガンと違うのは、fだけでなくpも出せるところ。それから、ヴィオラ・パートが本当に力演です。ヴィオラの魅力的な音色を、充分に堪能できました。
チューニングの後、第2楽章が始まります。「アンダンテ・クワジ・アレグレット」という指示は緩徐楽章に相当するのでしょうか、静かな弦楽セクションの中でチェロが悲しげな旋律を歌い、ホルンが途切れ途切れに答えます。ヴァイオリンとチェロのピチカートの中、ヴィオラの嘆き節(?)、ホルンが1本だけそっと鳴ります。素晴らしいヴィオラ!Ob→Cl→Hrn→Flと受け継がれる音色の妙にゾクゾク!繰り返されるヴィオラの嘆き節。ティンパニが静かにリズムを刻み、終わります。
第3楽章、「動きをもって」と指示されたスケルツォ。いかにもブルックナーらしい金管の咆哮と全休止です。総奏に続く全休止。そしてその後の優しいメロディ。ラッパ部隊の炸裂の場面は多いですが、木管、特にファゴットの出番はそう多くありません。ブルックナーのお気に入りの楽器ではなかったのでしょうか。
第4楽章、「動きをもって、しかし速すぎずに」と指示されたフィナーレです。コントラバスの行進の中で、ホルンからクラリネットに音が受け継がれ、面白い効果を上げているのですね。オルガンのような総奏に次ぐ総奏。そして全休止。ブルックナーの快感です。弦楽による田舎風の暖かい旋律に木管が加わり、優美な音楽になりますが、迫力のチューバを加えたラッパ部隊の迫力に吹き飛ばされそうです。「ダンダンダンダンダンダンダンダン」とティンパニがかっこいい。力強い低弦に大健闘の内声部、力感あふれる大熱演。第1楽章のテーマが高らかに回想されて、力強く輝かしく終わります。うーん、満足!

なお、版は基本的にハース版を採用し、部分的に変更を加えているとのこと。私には詳しいことはわかりませんが、オペラグラスの不要な、よく響くホールで聴くブルックナー。客演奏者を加え総勢55名の編成ですが、これはいいものですね。ぜひまた聴きたいと思いました。「うまいものを食べて温泉に入り、飯森+山響を堪能するツアー」で山形入りした他県の方々も少なくなかったのでは、と思います。写真にあるとおり、先行発売された山響CD第2弾(*)も購入して、良い演奏会でした。

(*):R.シュトラウス 交響的幻想曲「イタリアから」Op16、ビゼー 「アルルの女」第1組曲、第2組曲。飯森範親指揮山形交響楽団、(CD)OVCX-00031、SACDです。
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今日は山響第178回定期演奏会~ベートーヴェンとブルックナーの4番

2007年01月27日 09時01分20秒 | -オーケストラ
今朝の地元紙・山形新聞には、昨夜(1月26日・金)の山形交響楽団第178回定期演奏会の紹介記事が掲載されておりました。同紙のオンライン版(*)でも読むことができます。
山形交響楽団は、山形テルサホールを会場とするA定期は2回の公演としています。これは、山形市民会館や県民会館などでは1回公演としていることや、B定期ではテルサホールでも1回だけの公演としていることからみて、ホールの客席数と指揮者や客演のスケジュールのかねあいで、そのようにしている模様です。
実際には、平日の金曜日の演奏会には都合が悪くても、土曜日の演奏会には行けるという人は少なくないことでしょう。経費の面では効率が悪いことは確かですが、逆に聴衆にとっては助かります。このへんも、聴衆を大切にしてくれる地元オーケストラのありがたさを感じます。
また、山響のCDも先行発売されるとのこと。いつもは昔懐かしい60年代から80年代の廉価盤となった録音を中心に聞いていますが、山響の実演や演奏会に登場した若い演奏家の録音は別。応援する意味と若い演奏家への興味から、高くても買います。これもさっそく購入してきましょう。

で、本日は山響の定期演奏会に行ってきます。ブルックナーの実演を聞くのは初めてですので、もう楽しみで楽しみで!午後に予約を入れた歯医者のスケジュールも苦になりません(^_^;)>poripori

(*):山形交響楽団第178回定期演奏会の紹介記事
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宮城谷昌光『沈黙の王』を読む

2007年01月26日 19時22分32秒 | -宮城谷昌光
表題作『沈黙の王』は、生まれつき言語に障害を持って生まれ、言葉の大切さを痛感していた商の王子・昭が数々の苦難を乗越え、自分を助け代弁してくれる協力者である傅説を得て即位し、高宗武丁となって初めて甲骨文字を生み出すまでを描きます。奴隷の境遇を脱して都に戻る途中で雪にあい、鳥が足跡を残すのを見て、森羅万象を文字にする着想を得ます。口から出る言葉を形に表すという文字の発明は、はたして個人の偉業なのかどうか、その真相はわかりません。けれども、淡々と語られる重厚な物語は、なかなかに感動的なものがあります。

『地中の火』、弓矢が実戦に用いられた物語。寒足(実際はさんずいに足)さん、惜しかった、もう少しだったね、と慰めるべきなのでしょうか。「それはだめだ」と後から言うのは簡単ですが、激動の渦中にあってそれを言うのは難しいことなのでしょう。

西周王朝崩壊に直面した鄭の君主父子二代それぞれに焦点を当てたのが『妖異記』と『豊穣の門』。『妖異記』では、周の幽王と彼の寵愛した褒ジ(女へんに以)を中心として周の滅亡までを描きます。『豊穣の門』は、鄭公友(ゆう)と、友の子掘突(くつとつ)のお話です。幽王に忠誠を尽くした鄭公友は王に殉じますが、鄭の国民が周の滅亡に巻き込まれないように手を尽くしておきます。その子の掘突は、即位した宜臼の信頼を得て太政大臣となり、鄭を再興します。

特に心に残るのが『鳳凰の冠』です。直木賞受賞作『夏姫春秋』に描かれた、小国鄭に生まれた絶世の美女夏姫。彼女は出会った男を滅ぼす妖艶な悪女と思われていますが、はたして本当にそうだったのか、というのが著者の立場です。ここでも、叔向が出会ったのは夏姫の娘だったのか、それとも夏姫本人だったのではないか、と最後まで気を持たせるところがうまい。叔向に嫁した季ケイ(神社の鳥居の記号におおざと)は夏姫の娘でしたが、彼女もはっきりとは言いません。父が不遇の時代、盗まれた羊への対応から賢夫人と世評は高いが、実は好き嫌いが激しく干渉好きでイヤミな老女に過ぎない生母の叔姫と、ただ一度出会った、鳳凰の冠を求めていった美女が、実は60歳を過ぎていたと思われる老女の夏姫だった、という苦い対比がなんともいえません。叔向が退職した日、兄の遺品の鳳凰の冠を持って待っていた、依然として若々しい優しい妻。なんだか、雪女の娘を娶った男のような気分でしょうね。
いずれにしろ、印象的な短編ばかりを集めた、けっこう読み応えのある本です。
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藤沢周平没後十年に寄せて

2007年01月25日 06時52分09秒 | -藤沢周平
藤沢周平の没後十年にちなんで、いろいろな企画が予定されているようです。関連の記事も目に付きます。たとえば、氏の故郷である鶴岡市が属する庄内地方をエリアとする地方紙「荘内日報」にも、地元の「鶴岡藤沢周平文学愛好会」の顧問の松田静子さんが文章を寄せています(*)。
(*):藤沢周平没後十年に思う~荘内日報より・松田静子さんの記事

松田さんは、藤沢周平文学の研究家であり、藤沢周平に関するシンポジウム等にも多く出演されていることから、ご存知の方も少なくないと思いますが、このほかにも、興味深い記事を同紙に発表されています。藤沢周平に関する松田静子さんの文章は、次のところ(*2)でも読むことができるようです。
(*2):荘内日報に掲載された、松田静子さんの文章の一覧

過日のNHKのシンポジウム(*3)でも、松平定知アナウンサーや作家の半藤一利さん、俳優の村上弘明さんと一緒に、藤沢文学の魅力を語っていました。もともとは高校の国語の先生をされた方のようで、鶴岡南高校の同窓会報などにも会員として寄稿されていることから、時代はやや違いますが藤沢周平とは同窓生ということになりましょうか。
(*3):シンポジウム「藤沢周平の世界を語る」~NHK山形局の放送案内

なお、1月26日(金)の夜8時から、東北地方ではNHK総合テレビで「ワンダフル東北~語りかけてくる『蝉しぐれ』」という番組が放送される予定になっているとのこと。全国放送ではありませんが、東北エリアの藤沢ファンの方は要チェックでしょうか。
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ドリーブ「シルヴィア」組曲を聞く

2007年01月24日 20時07分19秒 | -オーケストラ
ドリーブのバレエ音楽「シルヴィア」組曲を聞きました。原題が「シルヴィア~またはディアナのニンフ」といい、1876年にパリのオペラ座で初演されたものだそうです。しかし、あまり評判にはならず、むしろロシアのチャイコフスキーがこのバレエを高く評価したのだそうな。以後、再演されて有名になり、「コッペリア」とならぶドリーブの代表作となっているのだそうです。

このあたりの概要は、例によってWikipediaの解説記事(*)に詳しく、このバレエのあらすじも知ることができました。原作は、ゲーテも高く評価したイタリアの詩人トルクァート・タッソの『アミンタ』というもので、日本では岩波文庫で『愛神の戯れ』という題で1987年に出ているそうですが、残念ながら近くの書店では見つけることができませんでした。

演奏はオンドレイ・レナールド指揮スロヴァキア放送交響楽団(ブラティスラヴァ)で、"The Best of French Ballet DELIBES" と題されたナクソスのCD(8.550080)です。このCDには、日本語の解説がついていませんので、Wikipedia 等の記述を参考にすると、

第1曲、前奏曲:「狩の女神」。荘重さというよりも華やかな輝かしさを持って始まる曲は、いかにも深い森のような神秘的な雰囲気です。その後のホルンは狩の角笛でしょうか、ティンパニも狩の緊張感を高めるようです。けっこう勇壮なところもあり、なかなかかっこいい音楽です。
第2曲、間奏曲と「ゆるやかなワルツ」。優美な間奏曲と、踊るにはややゆっくりしたワルツですが、踊り手のソロを見せるにはちょうど良い場面かもしれません。
第3曲、「ピチカート」。弦楽のピチカートに乗って、管楽器がリレーされます。ごく短い可愛らしい曲です。ここも、踊り手が優美なソロを見せる場面なのでしょうか。
第4曲、「バッカスの行列」。トランペットのファンファーレとともに、群集の登場のような音楽。たぶん、村人が収穫の喜びにあふれ、バッカスをたたえる場面でしょう。行進曲は繰り返され、ややテンポを速めた後、興奮するような金管楽器の華やかさのうちに音楽を閉じます。

というような具合です。

一般的にはピエール・モントゥーやエルネスト・アンセルメの録音などが有名なようですが、1989年にブラティスラヴァのスロヴァキア放送局のコンサート・ホールでデジタル録音されたこのOndrej Lenard盤も、なかなか楽しめるものです。他には、バレエ組曲「コッペリア」同「泉」、付随音楽「逸楽の王」、歌劇「カッシア」よりトレパック、などが併録されています。

■オンドレイ・レナールド盤
I=4'59" II=3'36" III=1'42" IV=5'50" total=16'07"

(*):バレエ「シルヴィア」~Wikipdeiaの解説記事
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給油記録ノートを準備する

2007年01月22日 19時41分16秒 | Weblog
今日は、夕方から歯医者さんに行き、歯の定期点検。歯医者さんでは、歯みがきについて「全体的にきれいに磨かれています。この調子を続けてください」とおほめの言葉をいただき、これまで歯を大事にして来なかったツケがきている虫歯を悪化させないよう、決意を新たにいたしました(^_^)/

帰路は、ブルックナーの「交響曲第4番」を聞きながら。途中、雨が降り出してびっくりしました。大寒の時期に、しとしと雨降りとは!田んぼにも雪がぜんぜんありません。こんな冬は、さすがに初めてです。

帰ってから、新車用の給油記録ノートを準備しました。これは、測量などに用いる小型の統計罫のフィールド・ノート(いわゆるレベル・ブック)を用いて、左側のページには (1)日付、(2)積算走行距離(km)、(3)区間走行距離(km)、(4)給油量(l)、(5)支払額(円)、(6)燃料消費率(km/l)、(7)備考、を記録します。また、右側のページにはタイヤ交換や整備の内容、故障修理の記録などを記載します。統計罫ですので、年間の合計を出しておくのにも便利ですし、パソコンで月別データから年次推移を集計しておくと、車の現状がよくわかります。

たとえば、燃料消費率のデータからやけに燃費が悪いことを確認し、点検を依頼したところ、なんとバッテリーのセルの一つがほぼ死んでいたことを見つけたことがありました。

これまで乗って来た1台1台の車についての記録は、いわばマイカーのカルテのようなものです。継続したデータから、ドライバーとしてどのくらい運転しているかがわかるという点でも、貴重なものです。だからどうだというものではありませんが、せっかくここまで安全運転を続けてきたのだから、ここで中断したくない、という気にはなりますね。
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ベートーヴェン「交響曲第4番」を聞く

2007年01月21日 17時53分32秒 | -オーケストラ
1月26日と27日に開かれる山形交響楽団の第178回定期演奏会に向けて、ベートーヴェンの交響曲第4番を聞いております。演奏は、もちろん(4番はこれしか持っていない)ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団、1963年の4月5日にクリーヴランドのセヴェランス・ホールで録音された、SONYの輸入盤CD(SBK48158)です。

第1楽章、アダージョ~アレグロ・ヴィヴァーチェ。ppで始まるゆっくりした精妙な出だしから緊張が高まり、全休止のあと沸き立つような速いテンポで主題が提示されます。このあとの一糸乱れぬ軽やかな統一感がたまらない。
第2楽章、アダージョ。タッカタッカタッカタッカというリズムがおもしろい。強弱を周到に描き分けた弦楽合奏が見事。オーケストラの編成規模が小さいためか、クラリネットの息の長い旋律とよくマッチしている。
第3楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。ちょいとワクワク感がある始まり。途中、なんだか拍子が変わってるような気がするんですが。
第4楽章、アレグロ・マ・ノン・トロッポ。実にエネルギッシュで活気のある音楽です。べーさん、乗ってます。

この曲が作曲されたのは1806年といいますから、ベートーヴェン36歳です。30代なかばというと、当地の言葉で言えば「あがすけ盛り」。仕事も人生も、意気盛んな年頃です。で、しばしばやりすぎるところもある。ベートーヴェンの場合は、恋も作品もたいへん充実していたのだと思いますが、それだけにどうにもがまんのならないことも多かったことでしょう。R.シューマンはこの曲を「二人の北欧神話の巨人(交響曲第3番と第5番のこと)の間にはさまれたギリシアの乙女」と例えたそうですが、どうも優美なだけではない諧謔を隠しているようです。「傑作の森」と呼ばれる時代の、ギリシア彫刻のように優美だが実は鍛えられた筋肉を持つ女性像のような音楽であり演奏です。

■ジョージ・セル指揮クリーヴランド管
I=9'58" II=9'45" III=5'54" IV=5'56" total=31'33"
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新車で散歩

2007年01月20日 21時11分36秒 | 散歩・外出・旅行
暮に発注していた車が届き、初乗りをしました。午後、「もうお米がない!」とヘルプコールのあった某院生(子ども)のところへお米とリンゴと食料を届け、一緒に買い物に付き合うなど、今日一日、だいぶ乗り回しました。

写真は、山形空港の駐車場で撮影したもの。色はウォームシルバーというのでしょうか、「もう一度セダンに乗りたい」と念願していた、トランクのついた普通のセダンです。

今までのリッターカーと違い、さすがにトルクが厚い感じです。1.5リッターのCVTによるオートマチック車で、車重が1.1tを超えますのでボーイズ・レーサーのような走りはとても期待できませんが、ダッシュボードに置いたセカンドバッグが横滑りしないところを見ると、サスペンションがしっかりしているようです。これはむしろ、十年選手のマーチのサスペンションがへたってきていたのかもしれませんが。
下の写真は、信号待ちをしているときに撮影した、運転席まわりの様子。エンジンの音がたいへん静かで、ありがたいです。


興味深い燃費ですが、ガソリンを満タンにしましたので、次回給油の時には判明する予定。

また、カーステレオの音も、スピーカーのサイズや数などの面でも、だいぶグレードアップしたようです。さっそくマーラーの「大地の歌」を、クレンペラーの指揮で聞きました。たいへん快適・良好です。

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コーヒー禁止令

2007年01月20日 07時54分26秒 | クラシック音楽
休日の朝、コーヒーを飲みながら、静かにバッハの「コーヒー・カンタータ」を聞きました。
ところで、この曲に関連して、先に掲載した『コーヒーハウス物語』(*1)にのべられているコーヒーの文化史に興味を持ち、ネットでいろいろと検索してみました。そうしたら、UCCコーヒー社の「月刊珈琲人」というサイトの中に、こんなページ(*2)を見つけました。

内容はじかにご覧いただくとして、節の表題を紹介すると、

「大作曲家"バッハ"とコーヒー」
「バッハが作曲した『コーヒー・カンタータ』」
「抑圧されたコーヒー飲用」
「"代用コーヒー"の登場」
「コーヒーを飲める自由」

というものです。王室以外でのコーヒー焙煎を禁止するなんて、フリードリヒ大王さん、自分だけちょいとずるいんじゃないですか?もっとも、かつて「敵性飲料」なんて言って、コーヒーを排撃した歴史を持つ日本も、18世紀ドイツのコーヒー禁止令を笑えないですが(^_^;)>poripori

参考資料に、ちゃんと『コーヒーハウス物語』があげられており、読みやすく内容も興味深いものです。ちょっとだけ気がついたこと。著者名が「ハンス=ヨアヒム・シュルシェ著」となっていますが、これは本書の実物で確かめても、シュル「ツ」ェが正しいんですけど。

(*1):『コーヒーハウス物語』を読む
(*2):珈琲噺~バッハのコーヒー・カンタータとコーヒー禁止令
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なぞなぞ

2007年01月19日 19時21分49秒 | Weblog
なぞなぞです。

問 英語で、tele- は遠方を表す接頭辞。遠くの音が聞こえるのがテレフォン(telephone)、遠くの映像が見られるのがテレビジョン(television)。では、遠くの匂いがわかるのは?

答えはコメントらんで。
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『コーヒーハウス物語』を読む

2007年01月18日 07時05分46秒 | 読書
洋泉社から出ていた、ハンス=ヨアヒム・シュルツェ著(加藤博子訳)『コーヒーハウス物語』を読みました。本書は、「バッハさん、コーヒーはいかが?」という副題を持つことからわかるように、J.S.バッハの時代のコーヒーに関する歴史上の蘊蓄と、「コーヒー・カンタータ」に関する洒脱な紹介です。装幀もコーヒー色の紙を使ったもので、一瞬日焼けして古くなった稀覯本かと思ってしまいました。

17世紀にはヨーロッパに伝えられていたアラビアの飲物「コーヒー」は、18世紀初頭のドイツではだいぶ不道徳な飲物だったらしいのです。伝統あるビールを飲まず、流行のコーヒーなどを飲む習慣は、由緒正しいドイツの宮廷から市民の間へも広がっていきます。コーヒーハウスには給仕してくれる女性が侍り、不道徳な場所だったとのこと、今で言えば「女性がアルコール類を提供し高額の料金を請求する」飲食店を想像すればよいのでしょうか。18世紀最後の年、ベートーヴェン30歳の1800年には、だいぶいかがわしさは減少し、趣味の良いコーヒーハウスの庭園で音楽のコンサートが開かれたりしているようです。

コーヒーが市民権を得るようになるまでの、かれこれ100年間の中間ごろに、「コーヒー・カンタータ」が作曲されたことがわかります。台本を作ったのはバッハの「家庭作詞家」ピカンダーことクリスティアン・フリードリヒ・ヘンリーツィ。作曲したのはもちろんヨハン・セバスチャン・バッハであり、発表の場は音楽の練習を目的に集まっていた音楽愛好家の団体、コレギウム・ムジクムです。コーヒーハウスで発表されたとすれば、このユーモラスな世俗カンタータの意味は一段と楽しいものに感じられます。聴衆の騒がしさの嘆きなどは、現代の演奏会ではとても信じられません。当時は、公衆の前で女性が歌うことは許されておらず、男性が裏声で歌ったとのことですから、例えばエリー・アメリングがリースヒェンを歌うのを聞いたら、バッハさんは何と言ったでしょうか。

カントルの役割をおおむね忠実に勤めたとはいえ、バッハ氏の場合はもっぱら音楽面に力が注がれ、聖トーマス学校に寄宿生活を送る若い野郎どもを監督するなど、その他の消耗する雑務はあまり熱心ではなかったような。洒脱な解説ではありますが、内容はけっこうリアルです。

コンパクトな本ではありますが、碩学の蘊蓄をかたむけたユーモラスな記述に、思わず頬の筋肉がゆるみます。実はすでに絶版になっている本書は、訳者の御厚意で読むことができたもの。もう一度かるく目を通して、興味深いところの抜き書きをしてから、返送することといたします。
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今年は本当に雪が少ない。

2007年01月17日 07時01分05秒 | 散歩・外出・旅行
昨年の今頃は、除雪に追われ、大変でした。今年は雪が少なく、除雪機もまだほとんど動いていません。道路の雪もすぐ消えて、路面はごらんの通り。写真は1月10日頃のものですが、現在もこんな状態。路面がスリップしないので、渋滞が起こりにくい。したがって、通常の時間どおりに職場に到着できます。おかげで、通勤もらくらくです。遠距離マイカー通勤の方々は、ほんとに助かっているのではないでしょうか。

先日、途中でこんな風景を見つけました。


たまたま通った河川の堤防の南斜面が、雪が融けて地肌が見えます。そして、枯れ草の下にはちゃんと緑の葉があるのでした。「冬来たりなば、春遠からじ」ですね!本格的な雪はこれからでしょうが、1月ももう中旬ですから、せいぜいあと一ヶ月の辛抱です。

各地のスーパーで納豆が品不足なのだとか。納豆でダイエットできるのだったら、納豆大好きな東北地方は、納豆を敬遠する関西地方にくらべて、スリムでスマートな女性であふれるはず。ですが、そんな事実は「バカ世界地図(*)」にさえ書いてない。納豆ダイエットとかいう怪しげなブームも、もう少しの辛抱でしょう。はたして75日も持つでしょうか。私は無理だと思います(^o^)/

(*):「バカ世界地図」~東北の食文化

【追記】
その後、制作したテレビ局が、納豆のダイエット効果に関する比較対照データの捏造を陳謝するはめになった模様です。納豆ダイエットとかいう怪しげなブームも、1月7日に放映して1月19日に陳謝するまで、わずか2週間でした。あとは、引く津波のように零細な納豆業者に反動がいかないか、ちょいと心配ですが、これで納豆茶漬(*2)など、安心して納豆が食べられるというものです。(1月20日)

(*2):納豆茶漬とは~電網郊外散歩道推奨・手抜き料理レシピ
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