電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

いい文章だなあ~藤沢周平『蝉しぐれ』より

2009年10月31日 06時02分25秒 | -藤沢周平
「暗殺の年輪」との比較の関係で、再び『蝉しぐれ』を読みました。藤沢周平の文章のうまさについては、愛好者はすでに十分に承知のことでしょうが、三読・四読となると、単にストーリーを追うだけでなく、文章を味わうように読む楽しさがあります。
たとえば、最初の「朝の蛇」の章。起き抜けに川で顔を洗い、小川の向こうを眺める場面です。なお、ページ数は文春文庫版にて。

いちめんの青い田圃は早朝の日射しをうけて赤らんでいるが、はるか遠くの青黒い村落の森と接するあたりには、まだ夜の名残の霧が残っていた。じっと動かない霧も、朝の光をうけてかすかに赤らんで見える。そしてこの早い時刻に、もう田圃を見回っている人間がいた。黒い人影は膝の上あたりまで稲に埋もれながら、ゆっくり遠ざかっていく。(p.12)

田舎暮らしで少年時代を送った者には、このあたりの描写が、なんともいえず味があります。

次は、「蟻のごとく」の章、父助左衛門の遺骸を受けとるために龍興寺に出かける直前、母・登世は文四郎を呼び止めます。でも、目は文四郎を見てはいないのです。

母がいま何をみているかが、文四郎にはわかった。母が目を向けているのは龍興寺の方角である。助左衛門は、いまはまだ生きていよう。しかし車をひくおれが寺につくころには、もうこの世のひとではないかもしれない。おれが寺を出るのを見送っているうちに、母はその思いに堪えられなくなったのだろうと、文四郎は思った。登世の顔は、一夜にして青白くやつれていた。おそらく昨夜は心痛のために、一睡も出来なかったのだろう。
文四郎は母の肩に手を置いた。
「暑いところは身体に毒です。お静かに、家の中でお待ちになっていてください」
登世をたのんだぞ、という助左衛門の声が、耳の奥にとどろいたのを文四郎は感じた。文四郎は母の肩を回し、抱くようにして門までみちびいた。
「父上は私が連れて参ります」
登世はうなずいた。そして突然に袂を引き上げると、溢れ出る涙を拭いた。事件が知らされてから、比較的落ち着いて事態を受け止めていたように見えた母が、はじめて取りみだしたのを文四郎は見た。(p.117)

夫が、今はまだ生きている。だが、息子が寺に到着する頃には、骸となっているだろう。生きている夫の姿を見ようと龍興寺の方角を見ている妻の眼に、夫の姿は、面影は、どんなふうに見えているのでしょうか。このあたりも、たいへん切ない場面です。登世の心情を説明するのではなく描写することで、情景をより鮮明にする手法は、どこか映画に通じるものがあります。しかし、うまい文章ですね!

「染川町」の章では、与之助にこんな俗謡を口ずさむ場面を与えています。

生まるるも育ちも知らぬ人の子を いとおしいは何の因果ぞ (p.249)

今は藩主の側妾となった隣家の娘の話を、文四郎がはじめてもらした切なさを、こんな俗謡に託した与之助も、どこかでそんな思いをし、共感するところがあったのでしょう。
しかし『蝉しぐれ』、実にいい文章です。名作です。
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『暗殺の年輪』と『蝉しぐれ』~両親の造型などから

2009年10月30日 05時59分33秒 | -藤沢周平
藤沢周平著『暗殺の年輪』と『蝉しぐれ』は、物語の基本的構造が、実に良く似ていると感じます。たとえば、
(1) まず、父の死が、藩の権力争いが関係しての切腹あるいは横死である点
(2) 次に、周囲の冷たい視線の中で成長期を過ごすのですが、剣術修行に没頭することで、高い技量に達している点
(3) また、父の死に関係した藩の権力者の争いが再燃し、暗殺や赤子の連れ出しなど、隠密の役割を果たすことを余儀なくされる点
(4) さらに、任務の遂行の先に、権力者による圧殺が仕組まれていること
などです。

東京での藤沢周平は、直木賞作家として押しも押されぬ存在ではありましたが、故郷に対しては、少しばかり負い目というか、屈折した感情を抱いていたようです(*)。それは、主として、和子夫人と再婚する前に一時同居していた女性への申し訳なさがおもな要因だったのでしょうが、また作品の面から、別の見方をすることもできるのではないか。

直木賞受賞作として、作家に生涯ついてまわる作品は、『暗殺の年輪』ということになります。この作品中での両親の造型は、父は暗殺者であり、母は家名存続と息子の命とを身体であがなうというものです。

「父上が斬ろうとした重臣というのは、嶺岡さまのことらしいですな」
不意に振り向いて馨之介は言った。波留はまた縫物に眼を落している。斜めに傾いた日射しが、その手元を染めていたが、規則正しく光る針の運びに乱れはなかった。
「またその話ですか」
波留は俯いたまま言った。
「私はお父上になんにも知らされていなかったのですよ。相手が誰かなどということが、解るわけがありません」(p.101)

しかし、その母が、息子に問い詰められて自害する。運命に対する憤りや、不遇感にとらわれていた頃には、それでもよかったのかもしれませんが、ある年齢になったとき、作者の描いた作品を通して、実在の作家の両親が誤解される危険性を感じたことはなかったでしょうか。

郷里の新聞から、連載の依頼があったとき、直木賞受賞作と同じ構造の作品を、もっと気品ある形で、書き直したいと考えたのではないか。どうしても、作者によるリメイクの可能性を考えてしまいます。

(*):『知られざる藤沢周平の真実 待つことは楽しかった』を読む~「電網郊外散歩道」より
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藤沢周平『暗殺の年輪』を読む

2009年10月29日 06時19分07秒 | -藤沢周平
文春文庫で、藤沢周平の直木賞受賞作を含む作品集『暗殺の年輪』を読みました。「黒い縄」「暗殺の年輪」「ただ一撃」「溟い海」「囮」の五編が収録されておりますが、いずれも直木賞候補作または受賞作という、なんとも豪華な、しかしまたなんとも地味な、作品集です。

「黒い縄」。三好町の材木屋の娘おしのは、婚家の義母の仕打ちに耐えかね、実家に戻っています。離縁されてしまったものの、内心では前夫の房吉が訪ねてきてほしいと思っていたのでした。ある日、自分のほうから、旧婚家の店前に行ってはみたものの、義母に見つかってしまいます。逃げ込んだ広徳寺で、お尋ね者の宗次郎に出会い、話をしたのでした。店に出入りの岡っ引の地兵衛が、おしのと母の話を聞きとがめ、執拗な探索を開始します。おしのの心は房吉を忘れ、しだいに宗次郎の安否に移っていきます。そして、おゆき殺しの意外な犯人は……。

「暗殺の年輪」。葛西馨之介は、今は疎遠となっている貝沼金吾から、珍しく自宅に誘われます。そこで、藩の上役から、中老の嶺岡兵吾の暗殺を依頼されます。同時に、近年、周囲の者たちが自分を疎外し笑っていると感じていた原因が、藩の実力者の暗殺に失敗し横死した父と、自分を育ててくれた母にあることを知ります。母は、家名の存続と息子の命乞いのために、嶺岡兵吾に身体を与えたのだ、と。息子に問い詰められ、母は自害します。息子は凶暴な意思を包み、中老暗殺を引き受けるのですが、その陰では、さらに暗い陰謀が待ち構えていたのでした。

「ただ一撃」。主君が、仕官望みのその浪人を、気に入りません。家臣が次々と倒され、敗北を恥じて自害する者も出ます。この男をたたきのめす役に白羽の矢が立ったのは、連れ合いを亡くし洟を垂らした老人、刈谷範兵衛でした。息子は危惧しますが、身の回りを世話する嫁の三緒は、舅の範兵衛を信じます。主君の命を受けた範兵衛は、熊のような敵の姿に武芸者として闘志を燃やし、城下に近い小真木野という原野で、修行に籠ります。その後、家に戻り、畳にごろりと横になり眠りますが、別人のような精悍さを、作者はこんなふうに表現しています。

三緒は押入れを開き、掻巻を引張り出してその上から掛けようとしたが、不意にあ、と手の動きをとめた。範兵衛の腕は、胸に抱くように小刀を抱えている。三緒は横たわった刃を包むように、範兵衛の躰を掻巻で包んだ。範兵衛は、すでに鼾をかいている。(p.171)

この後の展開、範兵衛が三緒を犯し、三緒は懐剣で喉を突いて自害、範兵衛のただ一撃での勝利、そして急速な老いが進む一連の経緯は、息をつかせぬスピードです。
もしかすると、三緒さんは、シンデレラ症候群とでも言えばいいのか、俗っぽい夫君よりも舅殿が若返って白馬にまたがり迎えに来る願望を抱いていたのかもしれません。自らの喜びを恥じ、自害を選んだ陰にある思いは、不可思議なものです。

「溟い海」。連作「富嶽三十六景」で劇的な風景を描いた葛飾北斎も、人気が下火になり荒廃した生活です。恩義ある家に養子に出した息子は、ぐれてやくざな男が借金取りに来る始末。版元の家で会った安藤広重の穏やかな表情と、平凡な描写の中に人生の哀歓を描いた「東海道五十三次」に嫉妬心を燃やします。闇討ちを仕掛けようと待ち伏せた北斎が見たのは、広重の、暗い陰惨な表情でした。

「囮」。彫師の甲吉は、病気の妹を喜ばせる何がしかの金を工面するために、下っ引きの役目を兼ねていました。手配中の綱蔵の情婦おふみの家を見張るうちに。特別な感情を持つようになります。おふみと逢引の約束をしたはずだったのですが、それは綱蔵を逃すための口実だったとは。暗い生活の中でひととき灯った明かりが、再び消えていきます。

作品が発表された昭和46年から48年というと、和子夫人と再婚して2~3年目頃でしょうか。まだ作家生活には入っておらず、業界紙と二股かけた生活は、公私ともに多忙だったことでしょう。
いずれも文章の冴えを感じさせる名作ぞろい。絶望感や暗さは特徴的ですが、衝動的に暴発する絶望感ではなく、むしろ日常の中での救いのなさが描かれています。それも、暗闇の中にちらりと希望や明るさがのぞくけれど、それも消えてしまい、再び暗闇に戻るような描き方です。
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機械翻訳に適した日本語の文は

2009年10月28日 06時01分39秒 | コンピュータ
1997年刊の高橋昭男著『仕事文の書き方』を読んでいる中で、コンピュータ翻訳に言及しているところが多くありました。もともと、この分野に興味を持っておりますので、日本語をコンピュータで英語にする機械翻訳の現状を試してみました。ネット上で使える機械翻訳のサイトとして、題材としたのは「excite翻訳(*)」です。

まず、『仕事文の書き方』で実例に挙げていた、「日曜日に父と庭石を動かした」です。これは、「庭石を動かす with 父」なのか「(父 and 庭石)を動かす」なのかが不明、というサンプルなのですが、この翻訳結果は、

The garden stone was moved with father on Sunday.

このように、and でないことはきちんと認識している模様。当然、「日曜日に父といっしょに、ゴミを裏庭で燃やした」は、

Garbage was burnt with father in the backyard on Sunday.

となります。これも、「父 and ゴミ」を燃やしたわけではありません。

むしろ、単純で英語として自然なのは、I で始まる文でしょう。もとの文に「私は」を入れるだけで、翻訳結果はがらりと変わります。

私は、日曜日に父と庭石を動かした。
I moved the garden stone with father on Sunday.

私は、日曜日に父とゴミを裏庭で燃やした。
I burnt garbage with father in the backyard on Sunday.

ご覧のとおり、機械翻訳で関係が明確にわかる文にするためには、いわゆる「主語」となるものを明確にすることが大切であることがわかります。それと、直接話法で、いわゆる英語直訳ふうの単文にすること、などがコツかもしれません。

ためしに、当方の記事から、こうした配慮をまったくしていない、少し長めの文を試してみます。「excite翻訳」です。

あいにく朝から雨降りとなった連休最終日、村山市の東沢バラ公園で、山形弦楽四重奏団の演奏会を聴きました。
Unfortunately, it listened to the concert of the Yamagata string quartet group in the east swamp rose park in the Murayama city on the final day on consecutive holidays that became rainy in the morning.

あいにく朝から雨降りとなった連休最終日、「私は」村山市の東沢バラ公園で、山形弦楽四重奏団の演奏会を聴きました。
Unfortunately, I listened to the concert of the Yamagata string quartet group in the east swamp rose park in the Murayama city on the final day on consecutive holidays that became rainy in the morning.

連休の最終日は、あいにくの雨降りとなりました。私は、村山市の東沢にあるバラ公園で、山形弦楽四重奏団の演奏会を聴きました。
The final day of consecutive holidays became unfortunate rainy. I listened to the concert of the Yamagata string quartet group in the rose park in the east swamp in the Murayama city.

前二つは、演奏会を聴いたことが Unfortunately みたいですけれど、これは文末にでも移動すればよいのかな。最後の、単文に分解したものは、比較的もとの意味がわかりやすいものになっています。

ちなみに、もとの文章は Google の自動翻訳では、

Wet from the morning was the last day of holidays Unfortunately, in the park in the city rose Sawa Azuma Murayama, I listened to a concert of string quartet Yamagata.

となります。辞書に市町村の地名がきちんと登録されている分だけ、excite翻訳のほうが地名などの事実関係はわかりやすいかも。

現状を見ると、コンピュータ翻訳はかなり進歩しているようです。自然な英文になるよう、日本語の言い回しを工夫することで、コンピュータ機械翻訳は下作業に使えるレベルまで来ているのかもしれません。もちろん、最後は人間の目で確認する必要がありますが、最近の進歩を知る意味では、たいへん興味深いものです。

(*):「excite翻訳」の日英変換サイト
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妻と映画を観に行く~「あなたは私の婿になる」

2009年10月27日 05時35分33秒 | 散歩・外出・旅行
先の休日、ふだんの単身赴任で寂しい思いをさせている妻を慰めるために、一緒に映画に行きました。予定なしにふらりと行きましたので、映画館前であれこれ品定め。山崎豊子原作の「沈まぬ太陽」も観たかったのですが、さすがに三時間を超える大作はちょいとご遠慮申し上げて、「あなたは私の婿になる」(*)というラブ・コメディーを観ることに。なんとなく、面白そう!という単純な動機です(^o^)/

編集者を夢見る青年が、「魔女」と呼ばれるやり手で年上のキャリアウーマンの秘書の仕事をしています。彼女はカナダ国籍なのですが、仕事上やむをえず出国したことがひびき、ビザの更新ができなくなってしまいます。それでは出版社の編集長のポストと仕事を失ってしまう。で、ひらめいたのが青年との偽装結婚。青年の夢を逆手に取り、上司の権限で偽装結婚を承諾させますが、行きがかり上、青年の実家を訪問するハメに。ところが行く先はアラスカで、しかも豪邸に住む実業家の跡取り息子で、というビックリの展開です。

全体としてはコメディ調なのですが、結婚式のためにおばあちゃんがドレスを用意してくれて、しかも150年前の曾祖父が曾祖母に贈ったアクセサリを贈ろうとする場面では、思わずホロリとさせられました。まあ、たまにはこういうのもいいでしょう。女房孝行というものであります。

(*):映画「あなたは私の婿になる」公式サイト
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モーツァルト「ホルン協奏曲第1番」を聴く

2009年10月26日 06時20分11秒 | -協奏曲
モーツァルトには、さまざまな管楽器のための協奏曲がありますが、ホルン協奏曲にはどれもユーモアと楽しさがあると感じます。とくに、この第1番、ニ長調。

好んで聴いているのは、ペーター・ダム(Hrn)、ブロムシュテット指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の演奏、DENON/オイロディスクのGES-9010という全集分売ものと、ズデニェク・ティルシャル(Hrn)、オルドジフ・ヴルチェク指揮プラハ室内管弦楽団の演奏、DENON COCO-70670です。

第1楽章、アレグロ、4分の4拍子。劇場で幕が開き、オペラの中で、こっけいな歌をうたう男性歌手を連想してしまう、そんな始まりです。中低域を担当する弦が規則的なリズムを刻み、高弦が軽やかで華やかな旋律でいろどります。
第2楽章、ロンド:アレグロ、8分の6拍子。こちらも、貴族の館の舞踏会で、やや太りぎみの愛すべき男性がユーモラスに踊るような音楽。途中に、彼が少しばかり嘆きをかこつ場面もありますが、音楽はすぐにもとの上機嫌な輪舞に戻ります。

オーケストラの編成は、Ob(2), Fg(2), 弦楽5部。この曲は、実はモーツァルトの友人にしてホルンの名手ロイトゲープのために書かれた曲だそうな。作曲年代について、愛用の新潮文庫『モーツァルト』(田辺秀樹著、昭和59年初刷刊)作品一覧では、K.412は1782年、フィナーレは1787年となっています。しかし、Wikipedia によれば、作曲年代は当初1781年頃と思われていたのだそうですが、その後、楽譜の用紙に関する分析の結果等から、1790年に着手され、中間楽章が作曲されないうちに、作曲者の死によって未完に終わった作品とされているのだとか。また、ティルシャル盤の解説リーフレットにも、「2つの手稿譜の紙質と筆跡の研究から、1つの手稿譜が1791年の最後の10ヶ月間に完成したこと、教会暦の調査から第2の手稿譜(ロンド)の年代は1791年ーモーツァルトの没年ーが正しいことが判明した」とあります。なるほど、おそらくこの曲は、モーツァルトの最後期の作品として理解するのが正しいのでしょう。

ときに豊かな陰影を描きながらも、上機嫌で愉快なモーツァルトの音楽です。ホルン奏者が目玉をひんむいて、いっしょうけんめい楽器を吹いている姿と、それをからかうモーツァルトの姿を想像してしまいます。死を前にした時期というよりも、ピアノ協奏曲第27番や変ホ長調の弦楽五重奏曲、歌劇「魔笛」などを生み出した、まさにその年、1791年の作品。たしかに、そのほうが自然です。

Youtube 等にも、ラデク・パボラークの演奏等、たくさんの動画があるようです。小学校の音楽鑑賞教材にも用いられているのだとか、短い曲なので、取り上げられやすいこともあるのでしょうか。

参考までに、演奏データを記します。
■ペーター・ダム盤(カデンツァもペーター・ダムによるもの)
I=4'41" II=3'46" total=8'27"
■ティルシャル盤
I=4'40" II=3'40" total=8'20"
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高橋昭男『仕事文の書き方』を読む

2009年10月25日 05時56分51秒 | -ノンフィクション
以前から、テクニカル・ライティングに関心がありました。清水幾太郎『論文の書き方』や木下是雄『理科系の作文技術』などには、なるほど~と感心しました。また、平成の初期頃から、機械翻訳やテキストマイニング等に関心をもっておりました。

岩波新書の中の一冊、高橋昭男著『仕事文の書き方』は、1997年の発行直後に購入はしたものの、当時の多忙な生活に取り紛れて、読み終えることなく現在に至っておりました。ひょんなことから再び本書を手にし、著者が山形県出身の大先輩であることにびっくりしながら、あらためて読みおえたところです。

本書の構成は、次のようになっております。

1. 仕事文とは何か
2. 仕事文の重要性を知る
3. 仕事文の準備
4. 正確な文章を書く
5. わかりやすい文章のルール
6. 読み手を疲れさせない
7. 説得力に磨きを
8. 文の構造を視野にいれて
9. 書き上げた後に
10.仕事文のひろがり

どの章も、実用的な観点からも、また着目する視点の面からも、有益な事柄が多く、たいへん参考になります。

当方が本書から得たことのポイントは、テクニカル・ライティングの本質は、誤解を受けないように、というか、曲解の可能性を排除することにあるのではないか、ということ。それが、結果として理解を助けることにつながるのかな、と思います。

断片的ではありますが、印象的な記述を拾ってみました。

 現在の日本語文法では, 文の頭にくる「は」という助詞は, 副助詞, 提題助詞と呼ばれている. けっして主語につく格助詞ではないことを銘記していただきたい. (p.107)
 自分が書いたものを自分が納得いくまで読んでみる. これは, 文章上達法の1つであり, 反復して読むことによって, 書いた文章のあらが見えてくる. それをリライトするのだ.
 素読では, つぎの項目に留意することが肝要である.
(1) 1回読んだだけで, 内容が理解できるか
(2) 一文が長すぎないか
(3) 読点のつけ方が適切か
(4) 文章全体にリズム感があるか
(5) 伝えたい情報の流れが円滑か
(6) パラグラフが長すぎないか」(p.177-8)

ごらんのとおり、本書は横書き文書の原則を守って、カンマとピリオドを用いています。当方は、しばしば横のものを縦にする(^o^;)関係上、どちらもテンとマルを使っていますので、そのへんは著者の真似をするつもりはありません。でも、機械翻訳と日本語の特徴については、また機会を見て考えてみたいテーマです。
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スポーツ選手のノート

2009年10月24日 06時27分05秒 | 手帳文具書斎
先日、図書館で雑誌「Number」のバックナンバーを探し、「あの人のノートが見たい」という特集が組まれた、9/17号を読みました。
当方、芸能スポーツ分野の興味関心は欠落しておりますので、登場するスポーツ選手たちの顔も名前も初めての方々が多く、知っていたのは野球の野村監督と、陸上の三段跳びの織田幹雄氏のみ、という有様です。
それでも、スポーツ選手たちがこくめいに記録しているノートの写真を眺めていると、なるほど、こんなふうに集中して発見を蓄積し、身につけていったのだな、と感銘を受けます。
野村監督は、「書くことで人は伸びる」と言ったそうな。うーむ。ブログ記事ネタ用の備忘録を書きつづける私が、はたして伸びているのかどうか、はなはだ疑問の点もありますが、たいへん刺激にはなります。

図書館でのちょっとした待ち時間も、ときに良いことがあるものです(^_^)/
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吉村昭『歴史を記録する』を読む

2009年10月23日 06時24分54秒 | -吉村昭
図書館から借りてきた本で、吉村昭『歴史を記録する』を読みました。河出書房新社から刊行された単行本で、作家が12人の著名人と対談をした記録をまとめたものです。内容は、

作家の運命~吉村文学の今と昔  (大河内昭爾)
歴史に向きあう  (永原慶二)
杉田玄白  (三國一朗)
高野長英~謎の逃亡経路  (佐藤昌介)
歴史の旋回点~桜田門外の変  (小西四郎)
徳川幕府は偉かった  (半藤一利)
先が見えないときは歴史を見るのがいい  (松本健一)
敗者から見た明治維新  (田中彰)
歴史と医学への旅  (羽田春兎)
大正の腐敗を一挙に吹き出す~『関東大震災』をめぐって  (尾崎秀樹)
十一本の鉛筆『陸奥』爆沈のナゾ  (大宅壮一)
あの戦争とこの半世紀の日本人  (城山三郎)

既読作品が多いだけに、語られている内容もたいへん興味深いものがあります。最近、幕末史の関連で、徳川幕府有能説をよく読んでいるだけに、内容もよく理解できます。黒船来航の情報伝達の速度など、当時の交通手段等を考えれば抜群の速さで、ほんとに驚異的です。
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NHK-FMで「ブラジル風バッハ全曲演奏」の予定

2009年10月22日 06時12分17秒 | クラシック音楽
朝の目覚しの音楽や睡眠前の音楽などで活躍中の、単身赴任アパートのミニコンポは、タイマー機能を生かした留守録音が可能です。昔はよくやったFMエアチェックを今も楽しんでいる方は、そう多くはないのかもしれませんが、NHK-FMではときどき魅力的な番組を放送してくれます。たとえばこんなふうに。

■平成21年10月25日(日) 14:00~18:00、
 NHK-FM サンデークラシックワイド
 ヴィラ・ロボス「ブラジル風バッハ」全曲演奏

これは、なんとも嬉しい企画です。そういえば、2009年はヴィラ・ロボス(*)の記念年だったかもしれません、うかつなことでした(^o^;)>poripori

写真は、過日の酒席で利用した、某温泉旅館の入口です。本日の記事とは、まったく関係がありません。ちょいと季節の写真のストックが切れてしまいました(^o^)/

(*):エイトル・ヴィラ=ロボス~Wikipediaの解説
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膝上のネコの温かさ

2009年10月21日 06時23分02秒 | アホ猫
朝晩は、涼しさを通り越して寒さを感じるようになりました。単身赴任先では、すでに石油ストーブを出しております。先週末に、ゆっくり自宅で休日の朝を楽しんだときに、我が家のアホ猫がひざの上にちょこんと乗ってきました。勤務日の場合は、上着にネコの毛が付くので、すぐに追い払うのですが、この日は農作業のために作業着を着ていましたので、そのまま膝上に抱いておりました。そうしたら、なんともぽかぽかと温かいこと!「湯たんぽ」ならぬ「ネコたんぽ」です。この表情を見ると、なんとも幸せになります(^o^)/



実はそれこそが、したたかな我が家のアホ猫の狙い目で、老獪なコケットリーではあるのですが(^o^)/
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尾花沢の高橋蕎麦屋で、もり蕎麦とゲソ天

2009年10月20日 06時17分32秒 | 散歩・外出・旅行
少し前の話になりますが、出先で昼食を取ろうと、尾花沢市の高橋蕎麦屋に入りました。国道13号線を南に走る際に、尾花沢から村山方面に向かう途中の左側です。スピードが出ていると看板を見落としてしまいやすいのですが、ここは尾花沢そば街道の一号店だそうで、いつもキュッとよく冷えた美味しいそばを賞味できるところです。

この日は、ゲソ天ともり蕎麦を注文。ゲソ天も、ほどよい揚がり加減です。



こちらは蕎麦のクローズアップです。量もけっこうな分量があり、蕎麦がよ~く冷えていて、おいしい。



ふらりと入った蕎麦屋がおいしいと、蕎麦好きといたしましては、なんだか得をしたような気分になります(^o^)/
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ゼロハリノートPCはオリジナルの状態がベストだったのかも

2009年10月19日 05時55分27秒 | コンピュータ
NECのノートPC、LavieZ(ゼロハリバートン・デザイン)は、2002年に購入当時はそこそこ便利に使っていましたが、8月21日の記事(*)にあるとおり途中でキャンセルしていた、Windows Update を始めたら、なんと延々と午前中いっぱいかかってしまいました。その間、ほとんどの操作を受け付けない状況です。CPUがCrusoeでメモリが192MBと、購入当時はバランスのとれたマシンだったのでしょうが、サービスパックの導入後、肥大化した Windows やアンチウィルスソフトがハードウェアの能力を食い尽くし、激しく重くなってしまいました。実際に使うのは、テキストエディタとブラウザとメール、それにパワポでプレゼンくらいなのですが、なんともじれったい感じで、今や実用性にはなはだ疑問を持つマシンとなってしまいました。

当面、旅行や出張用のパソコンとしては、DellのInspironMini10v(UbuntuLinux)を購入しましたので、困らなくなりましたが、六時間持つといううたい文句の電池はまだまだ充分に現役です。パワフルさこそありませんが、静かで長時間使用可能な省電力マシンを廃棄してしまうのももったいない話です。それこそダメもとで、OS をクリーンインストールして、出荷状態のままで使ってみたらどうなるだろう。

もちろん、セキュリティに穴がある状態では、主にテキストデータ入力やスクリプト処理、あるいはパワポでプレゼン用と割り切って使うのが良さそうですが、試してみる価値はありそうです。さて、どうか。

(*):ウィルス対策ソフトとWindowsの更新で出張先のホテルの夜がつぶれる
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CDカタログのあり方~小さな字の読みにくさ

2009年10月18日 06時18分28秒 | クラシック音楽
年齢とともに、小さな字が苦手になってきています。文庫本も、文字のポイントが大きい新装版がありがたいですし、新聞もひところよりずっと文字が大きく読みやすく改善されてだいぶなります。
ところが、音楽CDの新シリーズ発売などに際して作成されるカタログについては、ずいぶん小さな文字が蔓延している気がします。たとえば、先ごろ発売された EMI の1,500円盤シリーズ。LPの時代には高嶺の花だった録音が再発売されるようで、大いに喜んだものでしたが、もよりのCDショップに発注すべく番号を確認しようとしたところ、愕然としました。何か文字が書いてあることはわかるのですが、まったく読めない!

多分、予算の制約があって文字のポイント数が決まってしまうのだろうと思いますが、もっとも大きなターゲットとなるであろう、1970年前後のオーディオブームを経験した中年団塊世代の視力の状況を、企画担当の若い人たちは、まったく考慮に入れていないのでは。

もちろん、私自身はネットで調べればわかりますし、注文さえもネットで、というのが主流となりつつあることも理解しています。でも、この世代の人たちは、まだまだ紙媒体を通じて店舗に注文するという人が少なくないと思います。そのための紙媒体だとしたら、もう少し明るい背景色で、文字のポイントはもっと大きく見やすくてもいいのではないかと思います。

その点、われらが山響のパンフレットは、まだまだ見やすい方だと感じます(^o^)/
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金聖響+玉木正之『ベートーヴェンの交響曲』を読む

2009年10月17日 05時40分12秒 | 読書
講談社現代新書で、金聖響+玉木正之『ベートーヴェンの交響曲』を読みました。同じコンビで、『ロマン派の交響曲~「未完成」から「悲愴」まで』を読んでおります(*)ので、二冊めということになります。

本書の構成は、次のようになっています。

まえがき (玉木正之)
プレトーク (金聖響VS玉木正之)
第1番 ハ長調 作品21 「喜びにあふれた幕開け」
第2番 ニ長調 作品36 「絶望を乗り越えた大傑作」
第3番 変ホ長調 作品55『英雄』 「新時代を切り拓いた『英雄』」
第4番 変ロ長調 作品60 「素晴らしいリズム感と躍動感」
第5番 ハ短調 作品67 「完璧に構築された構造物」
第6番 ヘ長調 作品68『田園』 「地上に舞い降りた天国」
第7番 イ長調 作品92 「百人百様に感動した、狂乱の舞踏」
第8番 ヘ長調 作品93 「ベートーヴェン本人が最も愛した楽曲」
第9番 ニ短調 作品125 「大きな悟りの境地が聴こえてくる」
アフタートーク (金聖響VS玉木正之)
あとがき (玉木正之)

ベートーヴェンの九つの交響曲を解説している本はたくさんあるでしょうが、現役の指揮者がわかりやすく解説しているハンディな本という点で、なかなか好企画だと思います。内容も、面白く読みました。付箋や書き込みをしているところを、一部取り上げてみますと、たとえば、こんなふうです。

・このヴィヴラートというのは、すごく新しい演奏法で、フリッツ・クライスラー(1875~1962)という大ヴァイオリニストが、1910年くらいから流行させたものです。(p.65)
・指揮者としては、プロ・スポーツマンの運動神経にオタクの精神を持ちたい、といったところかもしれません。(p.136)
・巨大なビルディングを見あげて、うわー凄いなあと普通の人が思っているときに、建築士はその中にある鉄骨とコンクリートの関係を見ているようなもの(p.136)

なるほどなるほど。私は、てっきり世紀末のマーラーの時代にはすでにヴィヴラートびんびんの時代に入っていたのだろうと思っていましたが、そうでもなかったのですね。意外なことで、認識を新たにいたしました。
ただし、第7番の能書きは数字のイメージについてのうんちくですが、あまり面白くはありません。全9曲の中では、自分自身の好みもあって、エロイカ交響曲の章を面白く読みました。第4楽章のダサさの指摘など、ほんとに同感です。でも、そのダサさを含めて、お気に入りなのですよ。好きということは、どうもそういうことのようで(^o^)/

(*):金聖響+玉木正之『ロマン派の交響曲~「未完成」から「悲愴」まで』を読む
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