電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩。時々は実際に散歩を楽しみます。

今年、印象的だったもの

2006年12月31日 17時40分41秒 | Weblog
今年楽しんだ音楽、書籍、映画などで、特に印象的だったものをあげてみます。

(1)山響、そして室内楽。山響の演奏会には、条件が許す限りせっせと通いました。今年はテレビでも放映され、県外でも少しは知名度が上がったかな?オーケストラとしての活動のほか、団員の方々を中心に、室内楽の活動が活発です。パストラーレ室内合奏団によるベートーヴェンの「七重奏曲」など、ほんとに楽しかったし、メンバーの方からお葉書などを頂戴して、ありがたかった。テルサ・ホールと文翔館は好きですが、県民会館はどうも・・・。来年は、山形弦楽四重奏団の演奏会にも行きたいと願っております。

(2)音楽CDを相変わらず購入しましたが、CD店からクラシックがどんどん後退しているのが悲しい。ネットショップ栄えて地方の店舗はすたれてしまうのでしょうか。今までロングテールをになっていた小規模店舗が、フラット化の大波に飲み込まれていくようです。印象的なのはエルガー作品を知ったこと。

(3)劇場で映画を見ました。『武士の一分』『バルトの楽園』が印象的でした。同日に『ミッション・インポシブルIII』も見たはずだが、どんな映画だったか内容を思い出せない。もう忘れてしまいました。

(4)たくさん本を読みました。ディケンズ作品とともにインパクトがあったのは、やはりフリードマン『フラット化する世界』(上下巻)でしょうか。今年最大の収穫だったような。あとは、平岩弓枝さんの本を読んでいる途中で、どうしても急カーブを切りたくなり、いきなり読み始めたデュマ『モンテ・クリスト伯』。なんと10回を越える連載になっておりますが、コメント・トラックバックが来ないという点からも、ほとんど自己満足の世界となっております。でも、いいのです。ブログの世界でも、誰もやらないことをやることに意味があるのですから(^o^)/
ちなみに、今年の備忘録から、自作スクリプトで読了書籍一覧を調べると、

>awk -f book.awk memo2006.txt
2006/01/01 吉田司『宮沢賢治殺人事件』読了

2006/12/27 酒見賢一『墨攻』を読了
以上、76 件
でした。

(5)展覧会では、仙台市文学館の「藤沢周平の世界展」を見に行きました。作家の日常を実際に目にするようで、見ごたえがありました。また、妻と二人で鶴岡にも足を運び、秋の楽しい一日となりました。

(6)のんびりした旅行らしい旅行はぜんぜんできませんでした。でも、子どもが大学に合格し、入学を契機に東京小旅行を楽しみましたし、甥の結婚式でまた東京へ旅行するも、電車が大きく遅延するなど、ハプニングもありました。

(7)古いデスクトップ・パソコンを2台処分し、なおかつ液晶ディスプレイを更新しました。部屋も広くなりましたが、17インチの広々とした画面は、たいへん見やすく便利です。Windows の新版の声も聞きますが、むしろ Linux 用の新規マシンに心がときめきます。でも、実際は十年乗った車の更新のほうが先でした。

(8)ブログ更新を続けて二年経過し、三年目に入りました。テキスト備忘録も、ときどき忘れていましたので、今年の分のWeblog記事を参照してデータを追補。こうしてみると、いただいたコメントやトラックバックの総数に驚きます。ありがたいことです。事情で更新できなくなる方もおられますが、それは仕方のないこと。現実には、転勤・転職等の事情で周囲の方々と疎遠になってしまうケースも少なくありません。でも、デジタル通信ネットワーク上では、地理的な制約を越えて、きっとまたどこかでお会いできることでしょう。

写真は今日の当地の空です。干柿が田舎の風情を出していると思います。
みなさま、どうぞ良い新年をお迎えください。
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モーツァルト「ピアノソナタ イ短調 KV.310」を聞く

2006年12月31日 06時47分13秒 | -独奏曲
昨日、餅つきも終わってほっと一息。年末の慌ただしさも一段落し、モーツァルトのピアノソナタを聞いています。マリア・ジョアオ・ピリスのピアノで、1974年1月~2月にかけてデジタル録音された日本コロムビアのCD(COCO-6790)です。

「トルコ行進曲つき」とよばれる作品(イ長調、KV.331)ならば、私の中学生当時、音楽の「文部省指定鑑賞曲」でした。さすがに高校入試では音楽が試験科目ではなくなっておりましたが、定期試験では「ミファミソーソ レミレファーファ」と階名唱が課題になり、音符とにらめっこした記憶があります(^_^;)>poripori
でも、実はお気に入りはその少し前の、KV.310というケッヘル番号を持つイ短調のソナタ。

第1楽章、アレグロ・マエストーソ。maestoso(荘重に) と指定された楽章ですが、荘重というよりはつんのめるような緊迫感を感じさせる音楽、といったほうが適切なように感じます。
第2楽章、アンダンテ、カンタービレ・コン・エスプレッシオーネ。表情豊かに歌うように、という意味でしょうか。コロコロ駆け回るモーツァルトではない、誰に訴えたらよいのかわからない悲哀を、ストレートに、しかし美しく歌います。
第3楽章、プレスト。再び速いテンポでめまぐるしく駆け回る音楽です。

ピアニストのマリア・ジョアオ・ピリスは、この録音当時はほんとに若かった。ボーイッシュな感じの、キュートなお嬢さんでした。デンオンのデジタル録音の最初期、東京イイノホールで行われた録音は、彼女の清潔な演奏とともに、当時絶賛されたものでした。今から考えると、ほとんど手作りに近いD/Aコンバータを用いたデジタル化であり、比喩的に言えば、PC8001を使って音声信号処理をするようなものでしょう。それにしては、スタインウェイの響きをよくとらえていることと感心させられます。倍音成分を多く含む弦楽器とは異なり、ピアノの場合は初期デジタル録音でも、けっこうメリットがあったということでしょう。

このソナタの番号ですが、The Classics 1300 というシリーズの中の一枚として1990年に発売された本CDでは、磯山雅氏が担当した解説でも、「第9番」と表示されています。しかし、Linux 上で CDDA データベースを検索すると「第8番」と表示されますし、Wikipedia でも「第8番」として解説されています。International Music Score Library Project (IMSLP*) から入手した楽譜では、Sonata XVIと表示されています。このへんは、なにか音楽学的な理由で、新旧の番号の移動があるのでしょうか。

参考までに、演奏データを示します。
■マリア・ジョアオ・ピリス盤
I=5'27" II=6'55" III=2'41" total=15"01"

(*):IMSLP~International Music Score Library Project~ Main Page (英文)
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デュマ『モンテクリスト伯』を読む(11)~カドルッスは何をしたのか?

2006年12月30日 09時30分38秒 | -外国文学
モンテ・クリスト伯爵には、四人の敵がいます。ダングラール。エドモン・ダンテスを無実の罪で14年間も土牢に幽閉したきっかけとなった、虚偽の密告の張本人。フェルナン。メルセデスへの横恋慕から、ダングラールに唆されて密告書を書いた。検事ヴィルフォール。皇帝の復帰を画策する父親あての手紙が、王党派の娘と婚約した自分の地位を危うくするため、無実を知りながらエドモン・ダンテスを土牢に入れた張本人。

ここまでは、わかります。だが、カドルッスは何をしたのか。密告を唆す場に同席していたが飲んだくれていて「何もしなかった」~真実を知っていたのにダンテス父子を守るために何もしなかった~始まりは不作為の罪、というわけでしょうか。ところがこの男、欲に目がくらみ、登場するたびにだんだん悪党になっていくようです。

松下訳・集英社世界文学全集版『モンテ・クリスト伯』第三巻、始まりは「エデ」の章から。これまで背景にグズラの音を響かせるだけだったエデが正式に登場し、アルベールに父アリ・パシャの壮絶な死の真相を語ります。アルベールは、ジャニナの悲劇が裏切りによって起こったことを知りますが、裏切者が父モルセール伯爵であることはまだ知りません。ジャニナからの便りを手にしたダングラールは、モルセール家からの娘への求嫁を拒絶し、金目当てでアンドレア・カヴァルカンティに接近します。一方、ヴィルフォール家では、ノワルティエ老人の忠実な従僕バロワが急死し、ダヴリニー医師は検事総長に毒殺者の存在を告発しますが、ヴィルフォールは外聞をはばかり握りつぶします。アンドレア・カヴァルカンティが徒刑囚仲間のベネデットであることを察知したカドルッスは、アンドレアを通じてモンテ・クリスト伯の屋敷に忍び込み、盗みを計画しますが、カドルッスを厄介払いしたいアンドレアはこれを密告します。モンテ・クリスト伯の屋敷で、カドルッスはブゾーニ神父に発見され、逃亡しようと図りますが、口封じを狙うアンドレアに刺されてしまいます。カドルッスはアンドレアが徒刑囚ベネデットであることを証言しますが、最後にブゾーニ神父ことウィルモア卿と実は同一人であるモンテ・クリスト伯の正体を知り、驚愕のうちに息絶えます。「これで一人。」復讐の第一幕です。

カドルッスとアンドレアとの会話には、実に胸糞が悪くなるようなリアルさがあります。こんな会話を文豪デュマは知っていたどころか、自由に駆使することができたのですね。ディケンズが底辺の人々の生活をよく知っていたのは、彼の生い立ちを見れば納得できます(*)が、デュマの前半生の中にも、こうした類のいかがわしい仲間との交流の時代があったのでしょうか。

(*):チャールズ・ディケンズについて


【追記】
全14回の記事にリンクを追加しました。
(1), (2), (3), (4), (5), (6), (7), (8), (9), (10), (11), (12), (13),(14)

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ようやく雪が降りました

2006年12月29日 16時21分46秒 | 季節と行事
昨夜から、お天気はだいぶ荒れた模様で、今朝は雪が降りました。除雪機が出動するほどの積雪ではありませんが、屋根が真っ白になり、道路にも雪が積もっています。月山道R112などの豪雪地帯では、さぞや降り積もっていることでしょう。通行される車両のドライバーの皆様には、どうぞ安全運転で、無事をお祈りいたします。

さて、除雪機のガソリンは用意したが、エンジンオイルはどうかな。たしか、寒冷地用の 5W-30 だったはず。確かめましょう。

ゆっくりと海苔巻きで食事をとった後、山形交響楽団のCDから、ハイドンの交響曲第85番「王妃」と、R.シューマンの交響曲第4番を聞きました。飯森範親指揮、山響レーベル「YSO live」の DSD/Super Audio CD 規格のハイブリッド、CVCX-0024 というCD。若々しい、前向きで情熱的な音楽の印象です。
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十年間の車の燃費統計データより

2006年12月28日 20時49分42秒 | コンピュータ
現在乗っている車(Nissan March 1000)を購入後、十年間の燃費データの推移を表とグラフに表してみました。

表より、冬場の野ざらし駐車の時期は、暖気運転をしながら車の雪降しをしている関係から、燃費データの数値が悪くなります。近年の冬場の顕著な改善は、車庫を作ったことから暖気運転をしなくともよくなったためです。夏場も、エアコンを多用する頃には燃費が悪くなります。春と秋にはデータが良くなることがよくわかります。



表とグラフの作成には、Linux 上のオフィス・スイートである StarSuite6.0 の表計算を用いました。

【追記】
三次元グラフでは「要するにどうなのか」がわかりにくいので、十年間の月別平均をグラフにしてみました。



ごらんのように、冬場のデータも入れると、トータルの燃料消費率は、平均 15.9km/l となります。積雪地のコンパクトカーの燃費としては、上々の部でしょう。故障知らずで走ってくれたのが一番ありがたかったです。
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今日の備忘メモ

2006年12月27日 06時58分08秒 | Weblog
太平洋岸を低気圧が通過で、あたたかい雨の朝です。今日の備忘メモ:

(1)年賀状の宛先が不明の人の現住所を調べ、印刷。
(2)買い物、良さそうなものがあれば、新しい手袋を。
(3)吉田耕作『Joy of Work』の続きを読む。

昨日、車を替えることにしました。一昨年から根気強く通った営業さんの勝ち。新車から10年乗ったマーチは、春や秋にはまだリッター17~18キロ走りますので、院生の子どもにゆずることにします。写真は10月下旬頃かな、天童市のオルゴール館近くの交差点にて。

【追記】
昼、出先で書店に立ち寄り、文庫本を2冊ほど購入。
■浅田次郎『椿山課長の七日間』(朝日文庫)
■酒見賢一『墨攻』(新潮文庫)
いずれも映画がらみで興味をもったものです。
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ベートーヴェンの交響曲第9番を聞く~セルとクリーヴランド管ほか

2006年12月26日 21時11分03秒 | -オーケストラ
今年の映画で印象的だったものに、「バルトの楽園」があります。第一次大戦で捕虜になったドイツ人たちが、四国徳島の坂東捕虜収容所でベートーヴェンの「第九」を演奏する記録物語です。

私がLPレコードでベートーヴェンの交響曲第9番をはじめて聞いたのは、たぶんカール・ベーム指揮ウィーン交響楽団の演奏による廉価盤で、フィリップスのグロリアシリーズ(FG-9)だったと思います。1950年代のベームの演奏は熱気が感じられましたが、いかんせん音がモノラル録音を擬似ステレオ化したもので、とくにヘッドホンで聞くことの多かった学生時代には、頭の中で音が揺れるようで、どうもいま一つの印象でした。

その後、だいぶ苦労してジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団のLP全集を購入し楽しみましたが、やがてCDの時代になり、同じセルとクリーヴランド管のデジタル・リマスター版を購入することに。さらにムーティ盤やマズア盤など、いくつかの「第九」の演奏が集まりました。

第1楽章、アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ウン・ポコ・マエストーソ。歯切れの良いリズムと速いテンポが、強い緊張感を感じさせます。たっぷりとヴィヴラートをかけた演奏というよりは、速いテンポでも正確に弾ききることを求めた演奏なのでしょうか。
第2楽章、モルト・ヴィヴァーチェ。セルとクリーヴランド管の特質が見事に現れた例が、この第2楽章かと思います。速めのテンポにもかかわらず驚くほど軽やかで精妙なリズム、それでいて全曲を貫く緊張感が弛緩することはありません。

CDでありがたいと思ったのは、LPだと第3楽章の途中でB面に裏返さなければならないという制約から逃れることができたことです。立派な演奏であればあるほど、緊張感が途切れないように聞きたいと願うのは自然なことでしょう。特に、セル盤の第三楽章は、アダージョ・モルト・エ・カンタービレの指示通り、おそいテンポで緊張感にみちた素晴らしい音楽になっています。この楽章だけ思わず聴きなおしてしまうほどです。それだけに、途中でひっくり返す必要がないというのはありがたく、デジタル技術の恩恵を感じるところです。

第4楽章、管弦楽の立派さはもちろんですが、バリトンのドナルド・ベルをはじめ、テノールのリチャード・ルイス、ソプラノのアディーレ・アディソン、メゾ・ソプラノのジェーン・ホブスンの四名の独唱者がいずれも素晴らしい歌唱。トライアングルと競い合うように歌われる人間の声は、ほんとに素晴らしいです。そしてロバート・ショウ指揮クリーヴランド・オーケストラ合唱団。セルの要求する緻密で切れの良いリズムによくこたえた、きわめてレベルの高い合唱であると感じます。



ムーティ盤は、現在通勤の音楽で聞いておりますが、まだコメントできるほど内容を整理できておりません。ぱっと聞いた感じでは、非常にゆったりとしたテンポで、堂々とした音楽になっているようです。

面白いな、と思うのは、第四楽章の声楽が入るところのテンポです。サヴァリッシュ盤(*)も含めた3種の演奏とも、いずれも計24分強となっています。この理由は、たぶん歌う人間の肺活量は、極端なテンポを指定されても、それに応えることができないのかもしれない。いわば、生理的な条件によって制約され、妥当なところに落ち着かざるをえないのかな、と思います。

■セル指揮クリーヴランド管
I=15'34" II=11'23" III=15'20" IVa=6'10" IVb=17'56" total=66'33"
■ムーティ指揮フィラデルフィア管
I=16'25" II=14'42" III=14'09" IVa=6'42" IVb=3'39" IVc=14'09" total=69'46"
■サヴァリッシュ/チェコフィル(LD*)
I=15'48" II=11'51" III=14'05" IV=24'22" total=66'06"

(*):サヴァリッシュ指揮チェコフィルの「第九」を聞く

写真は、セル盤と「第九」第四楽章の合唱用楽譜です。以前、山響と第九を歌うチャンスがあり、いさんで申し込んだのですが、仕事で急に渡米することになり、あえなく断念。いわば、そのときの「残念記念品」です。
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これはすごい!~Wikipediaのサンタクロースの記事

2006年12月25日 21時59分08秒 | Weblog
クリスマスに世界で一番待たれている人といえば?
それはもちろんサンタクロース。では、サンタクロースという人は、いったいどんな人?Wikipediaで調べてみましたら、なんと、これはすごい記事(*)!
聖ニクラウスの伝説に始まり、その由来、日本のサンタの歴史、トナカイなどの雑知識、サンタクロースが主題の作品、テーマパーク、文献資料のほか、関連項目としてちゃんと「フランシス・チャーチ」や「バージニア・オハンロンの手紙」「サンタクロースは実在するのか」などがあげられておりました。

(*):サンタクロース~フリー百科事典Wikipediaより

やっぱりすごいです、おそるべし、Wikipedia!
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ショパン「ピアノ協奏曲第1番」を聞く

2006年12月24日 19時51分54秒 | -協奏曲
山形交響楽団の第177回定期演奏会で、メジューエワさんのピアノで聴いたショパンのピアノ協奏曲第1番、妻もお気に入りの様子。いくら有名な曲といっても、やっぱり実際に演奏会で生で聴いた曲は、また印象が格別なのですね。

私も同じことで、それまでは20歳の若いショパンが書いた、ピアノ独奏部の美しさは無類だが、オーケストラの音は案外うすい音楽、という認識をどこかに持っておりました。でも、実際に演奏を聴き、それだけで片付けるわけにはいかないものを感じました。ピアノソロを持つシンフォニックな音楽を求めるのなら、ベートーヴェンのピアノ協奏曲がある。そういう音楽ではなく、自分の音楽を展開して行ったら、こういう曲になった、ということなのでしょう。

第1楽章、アレグロ・マエストーソ。
第2楽章、ロマンツェ、ラルゲット。
第3楽章、ロンド、ヴィヴァーチェ。

演奏は、クラウディオ・アラウ(Pf)、エリアフ・インバル指揮ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団。1970年10月に、ロンドンで録音されたCD(UCCP-7019)で、もちろんアナログ録音です。ゆったりした、堂々たるテンポ。1903年生まれですから、このとき67歳ということになります。安心して音楽の大きな流れに身をゆだねることができる、円熟した大家の演奏というべきでしょうか。インバルの指揮も、アラウの音楽にぴったりあった、柔軟な伴奏になっており、録音も良好です。

もう一枚は、エフゲニー・キーシン(Pf)、ドミトリ・キタエンコ指揮モスクワ・フィルハーモニック管弦楽団による、1984年3月のライブ録音(Brilliant Classics 92118-2)です。1971年、モスクワ生まれのキーシンは、この録音当時なんと12歳!ショパンの協奏曲を、速いテンポで弾ききった、驚くべき少年ピアニストのデビュー演奏会のライブ録音です。ゆったりとしたロマンティックな詩情あふれる音楽というよりは、花の陰に大砲を隠したと形容されるショパンの激しい一面を、若々しくストレートに表現した音楽といえば良いのでしょうか。あるいは、まだ肺活量が充分でないために、呼吸の深い音楽を構成する年齢ではないというべきなのでしょうか。キタエンコ指揮モスクワ・フィルのサポートも力強いものです。1984年のライブ録音ですが、まだアナログ録音です。

両者には、繰り返しの有無などの違いもあるのかもしれませんが、これだけタイプのことなる演奏であっても、ショパンのピアノ協奏曲はその性格を見誤ることはありません。時に激しく、時にたゆたうように展開される音楽に、思わずほぅっとため息をつきます。子供たちが家を離れ平均年齢65歳となった家族は、高畠ワイナリーの「まほろばの貴婦人」という甘口の赤ワインをいただきつつ、クリスマス・イヴを過ごしました。

■アラウ盤
I=20'45" II=11'18" III=10'16" total=42'19"
■キーシン盤
I=17'54" II=8'09" III=9'03" total=35'06"
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「電網郊外散歩道」三年目に入る

2006年12月23日 12時32分03秒 | ブログ運営
2004年12月19日に開始した当ブログ、満二年を経過し、つい先日、三年目に入りました。当初は、自分の心覚えのために記述している要素が大きく、「~だ」「~である」と常体を中心としていましたが、途中からコメントやトラックバックをいただくようになり、「~です」「~ます」と敬体を中心とするように文体も変わってきています。

gooブログの場合、管理画面から、アクセスしたIPアドレス数とページビュー数について、毎日のデータと週ごとの集計結果とが提供されます。この画面を、一定期間ごとに「ファイル名を付けて保存」することで、ブログのアクセス数の推移をあとづけることができると考え、access-data-061223.html 等のファイル名で、不定期に保存記録してきました。一週間のアクセス数がどう変化して来たか、季節を単位にグラフ化してみたらどうなるだろうか、と思い、試してみたところ、グラフのようになりました。データに欠落している部分もありますが、興味深いものがあります。

これを見ると、開始直後の2004年12月19日~25日の週には、53のIPアドレスからアクセスがあり、103のページビューが記録されています。しばらくはこんなものでしたが、他のブログにコメントやトラックバックをするようになった2005年春ころからぽつぽつ増えはじめ、2005年の秋には平均して1日に100程度のIPアドレスからアクセスがあり、1日に200ページ程度が読まれているくらいの頻度になります。時期や記事内容などの要因により増減はありますが、現在は平均して1日に200程度のIPアドレスから訪問があり、450~500ページ程度を読んでいただいていることになります。週あたりでは、のべにして約1400のIPアドレスから訪問があり、およそ3400ページが読まれている!われながら驚くとともに、実にありがたい話です。

「電網郊外散歩道」というブログ名は、インターネットの本道ではなく周辺を、ごく気楽に散歩するように、気負わずに好きな読書や音楽その他のことを書いてみようと思って付けたものでした。今となってみると、けっこういい題だったと思います。あいも変わりませず、オレンジ色の無愛想なデザインですが、今後ともどうぞおつきあいくださいますよう、御礼をかねまして御挨拶を申し上げます。



ところで、gooブログの管理画面には、1000位までのブログ順位が表示されるようになっていますが、これって、意味があるんでしょうかね。大多数のブロガーにとっては、順位よりも自分の過去のアクセス数の推移が表示されるほうが、はるかに励みになるのではないでしょうか。
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モーツァルトの楽譜(ベーレンライター版)がネットで公開

2006年12月22日 22時35分00秒 | クラシック音楽
今年はモーツァルトの記念年でしたが、それを記念してか、ベーレンライター版の楽譜がネットで公開(*)された模様です。下のページ中央の NMA online の赤いボタンをクリックすると検索ページにジャンプします。ドイツ語のページですが、右上に「English」との表示があり、英語のページにも行くことができます。KV にケッヘル番号を入力し、GO をクリックすると、目的の作品の楽譜が画像データとして入手することができる、という次第。JPEG形式の画像データのようですが、プリンターで1ページだけ印刷してみたところ、けっこう鮮明に印刷できました。PDFファイルのように、全ページを連続して印刷することはできませんが、ちょっとした曲の楽譜は少しの手間を惜しまなければ入手可能になりました。

調子にのって、クイズです。画像はある作品の冒頭です。さて、何の曲でしょう(^_^)/
(ヒント:216)

(*):Neue Mozart-Ausgabe / Digital Mozart Edition
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『知られざる藤沢周平の真実~待つことは楽しかった』を読む

2006年12月21日 21時31分47秒 | -藤沢周平
先月、清流出版から出ている、福沢(澤)一郎著『知られざる藤沢周平の真実~待つことは楽しかった』を読みましたが、いろいろと考えるところがありました。

藤沢周平が、故郷である鶴岡市の名誉市民の称号を辞退したことについて、実はずっと引っかかっていました。これは、後に叙勲を受けていることも考えあわせると、彼が晴れがましいことを好まなかったことだけでは説明しがたいと思います。では、郷里の人々に対して、何十年もの間、なにか恨みや含むところがあったのだろうか。藤沢周平の人柄など、様々な点からみて、それもちょっと考えにくいことです。

この本の著者・福澤一郎氏は、文春文庫『藤沢周平のすべて』に掲載された「仰げば尊し 湯田川中学校教師時代」(*)の筆者です。この中で同氏は、藤沢周平の最初の夫人である三浦悦子さんの死後、後に妻となる和子さんと出会うまで、郷里鶴岡の女性と二度結婚し二度破綻したことを指摘しています。

藤沢周平の娘さんの遠藤展子さんが著した『藤沢周平 父の周辺』(*2)でも、2番目に「子供の直感」という文章が掲載されていますが、この中にも彼女が二歳のころの話しとして、

「しかし、まだ小さな子供の子育てを祖母一人に任せるのは大変だということで、田舎の親戚が心配して、父の再婚相手として何人かのお嫁さん候補をわが家に連れてきたのでした。
 父にしてみれば、妻が亡くなって日も浅く、とても再婚など考えられる心境ではなかったのですが、話だけはどんどん進んで、わが家では一時期、よそのおばさんが面倒を見てくれていたときがありました。」

と書いています。

詳しい事情や理由は別として、藤沢周平との間で不幸な経緯をたどった女性がいたことは、どうも確かなことのように思われます。

ここからは、本書の趣旨をはなれて、私の考えです。
死別の場合はともかく、離別の場合は恨みがのこることが多いものです。この場合には、おそらく女性の側で恨みの気持ちをもったことでしょうし、藤沢の側でも、心の傷、痛みとなって残ったことでしょう。後年、家庭の平凡な幸福を味わっていた作家・藤沢周平に、因縁のあった女性やその家族が住む郷里・鶴岡市から名誉市民の話があったとき、氏は正直「困ったなぁ」と思ったのではないか。おだやかな晩年を過ごしていたはずの藤沢周平が、故郷からの名誉市民の話を固辞したのは、ひとえに「それではあまりに申し訳ない」との思いだったのではないか。故郷への片意地や、本人のカタムチョな性格から、という解釈があるとすれば、それはどうも賛同できかねるように感じています。

(*):『藤沢周平のすべて』を読む
(*2):『藤沢周平 父の周辺』 を読む

ちょいと野暮用のため、本日の山響「第九」演奏会には行けませんでした。残念!
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「サンタクロースは実在するか」と聞かれたら?

2006年12月19日 06時37分35秒 | Weblog
小さい子どもや孫に、「サンタクロースはほんとにいるの?」と聞かれたらなんと答えたらいいのでしょうか。
「そんなの、いるわけないでしょ。」
と答えるのか、それとも
「いるよ。」あるいは「いると思うよ。」
と答えるのか。

この季節、「嘘をついてはいけない」という市民的道徳律と「サンタクロースは実在するの?」という子どもの質問に答えるという相矛盾する「大問題」に、ひそかにご心痛の方も多いことでしょう(^_^)/

そんな方々に、もしかすると参考になるかもしれないページがありますので、ご紹介いたします。

(*):「サンタクロースはいるの?」ニューヨーク・サン紙の社説~池内ひろ美の考察の日々
(*2):「サンタはいるもん!」~子ども抗議で「架空人物」リストから除外~米フォーブス誌「リッチ」ランキング

いずれも堂々たる大人の対応、思わず微笑む内容です。私、こういうの、好きですねぇ(^o^)/

【追記】
そういえば、「三十四丁目の奇跡」という映画がありました。これも、たいへんにすてきな映画でした。アスカパパさんの記事(*3)、kju96さんの記事(*4)です。

(*3):映画「三十四丁目の奇跡」~アスカ・スタジアムより
(*4):映画「三十四丁目の奇跡」から~「星の輝く夜に」より
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白菜を使った、あたたかくて簡単な鍋料理はいかが。

2006年12月18日 06時52分49秒 | 週末農業・定年農業
寒くなりました。白菜がおいしい季節です。今年はラフランスの木の本数を減らし、白菜の作付面積を多くしましたので、例年になくたくさん白菜が収穫できました。おかげで、連日の白菜攻勢です(^o^)/
昨日は、私が簡単鍋料理を作りました。扁炉(ビェンロー)という中国・広西省の料理(*)だそうです。あったまっておいしいです。分量の目安は、白菜を縦割り半分で四人前くらいかな。

【材料】
(1)白菜を、根に近い白い部分と、葉先がわの緑色の部分とを分けて、ざく切りにして水洗いしておきます。
(2)干しシイタケを水でもどしておきます。
(3)肉は豚肉または鶏肉。一口大に切っておきます。
(4)春雨、水でもどして、適当な長さに切っておきます。
(5)塩、ごま油、唐辛子。和風がよければ、お好みで大根おろしやぽん酢などを用意してもよろしいでしょう。

【手順】
(1)大きめの鍋にざく切りにした白菜の白いところを入れ、干ししいたけを戻した水も一緒に、浸る程度の水を入れて煮ます。
(2)白菜の白いところがやわらかくなったら、緑色のほうを入れて煮ます。少し塩を入れて隠し味にするもよし。
(3)シイタケ、肉を入れ、春雨をいれて、最後にごま油をたらします。

【備考】
本来ならば、食べる人がめいめいにスープに塩と唐辛子で好みの味にととのえ、白菜や肉を鍋から取って食べるのが基本でしょうが、減塩派の人なら、えっ、こんなに塩を入れるの!とびっくりすること請け合い。そこで、下味を薄めにつけておき、好みで塩加減を整えるほうがいいようです。
ポン酢と大根おろしで和風に、キムチで韓国風にするのも応用ですね。

(*):白菜を丸ごと使える料理法は?
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山形交響楽団第177回定期演奏会を聞く~ドヴォルザーク6番ほか

2006年12月17日 10時27分01秒 | -オーケストラ
師走の土曜日、妻と二人で買い物がてら午後から外出。ジャスコで子ども推奨の無印良品コーナーをのぞき、書店で藤沢周平の未刊行初期作品集の単行本の初版初刷を見つけて購入したあと、山形テルサホールに向かいました。

恒例のコンサート前に指揮者がおしゃべりするプレトーク、今日は小松長生さんが登場です。アクションの大きい身振りをまじえて話す内容もさることながら、一生懸命さに好感を持ちました。

第1曲、ストラヴィンスキーの協奏曲変ホ調「ダンバートン・オークス」は、作曲者の新古典主義時代の作品。編成は、フルート、クラリネット、ファゴットが各1、ホルン2、ヴァイオリンとヴィオラが各3、コントラバスが2、という15人編成です。プレトークでは、バッハのブランデンブルグ協奏曲の3番と同じ編成(効果?)を狙った、とのことでした。演奏は難しそうでしたが、不思議な雰囲気を持った曲です。演奏者の緊張感が伝わる中で聞くほうも集中しつつ、第1楽章の印象的なフルート、第2楽章のファゴットの低音を生かしたところや、第3楽章の途中に出てくるヴァイオリンのアラビア風のところなど、けっこう楽しんだひとときでした。

第2曲目は、イリーナ・メジューエワさんが登場、ショパンのピアノ協奏曲第1番です。イリーナさんは、栗色の髪を後ろにたばね、黒っぽいドレスでシックな装いです。小柄でほっそりした印象ですが、アレグロ・マエストーソの指示通り、オーケストラの堂々たる序奏に負けず、ティンパニを従えながら入ってくるピアノの音が力強く激しいことに驚きます。第2楽章はロマンツェ、ラルゲットという指示。弦楽合奏にホルンが入り、ピアノが静かに歌いはじめます。なんともロマンティックな旋律。ファゴットが低音を支えますが、金管奏者はなんとも手持ち無沙汰な感じ。この音楽は、ひたすらピアノが主役です。第3楽章はロンド・ヴィヴァーチェ、はつらつとした舞曲のリズム。出番の少なかった金管楽器も待ってましたとばかりに参加して、最後は全奏で盛り上がって終わります。拍手がなかなか鳴り止まず、独奏者のイリーナさんが何度もステージに呼び出され、黒いドレスで右手を胸にあてながら、聴衆の拍手に感謝するようにこたえていました。

休憩のあとは、期待のドヴォルザークの交響曲第6番。同曲を先日取り上げたばかり(*1)ですので重複は避けますが、個人的には「待ってました!」という感じです。
第1楽章、熱演です。思わず指揮棒を取り落とした小松さんに、ヴィオラのトップの成田さんが演奏の合間に拾ってさりげなく手渡します。それでも指揮も音楽も途切れないのですから、これは相当に高度なテクニック(*2)を要するかも(^_^)/
全体として、ドヴォルザークの「田園」と言ってよいほどの晴れやかな気分の音楽の始まりです。途中には一時不安げな曲想に転じるところもありますが、すぐに小鳥の鳴き交わすような木管の音色に、気分が戻ります。チューバ奏者のお名前、団員名簿(稲増優己さん)からは男性だとばかり思っていたのですが、今日気づいたらショートヘアのお嬢さんなのでした。また、ティンパニの活躍がよくわかりました。
第2楽章、素晴らしいバランスの木管の入り。弦に続くホルンソロも決まりました。先日のモーツァルトの時とは異なり、弦はヴィヴラートがかけられ、雰囲気を盛り上げる中でフルートが透明に響きます。全体に弦楽器と木管楽器を主体とした柔らかい響きが特徴的。クラリネットからティンパニと弦に受け渡されて、最後も木管で静かに終わります。
第3楽章、ほんとにスラブ舞曲集みたいな音楽。ピッコロとフルートが小鳥のように鳴き交わします。フルートのソフトな高音とピッコロの強い高音の違いに、初めて気づきました。ノスタルジックな旋律ですが、やっぱりティンパニが活躍します。
第4楽章、なぜこの音から始まるの?という気はしますが、響きのバランス、迫力ある集中力を感じます。チューバを含め、オーケストラの機能が全開になって盛り上がり、高らかな全奏の中で終わります。ブラボー!です。

この演奏会では、カーステレオではわからない(?)ことも発見しました。この曲では、ティンパニがかなり活躍するのですね。自宅のステレオ装置で聞いていても、ヘンな言い方ですが、ナマで聞くティンパニの過渡特性のよさ(?)は再現不可能です。あたりまえな話ですが、あらためて感じました。

さて、次の山響の演奏会、12月21日には「第九」があるのですが、スケジュール的にこの日はどうも行けそうにない模様。残念ですが、1月定期のブルックナー4番を楽しみに待つことにいたします。

(*1):ドヴォルザークの交響曲第6番を聞く~電網郊外散歩道の記事
(*2):これは、終演後のファン交流会での、小松さん自身による表現です。
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