皇室・王室の存在

2022年09月19日 17時54分12秒 | つれづれなるままに
女王が亡くなられてからの英国を見ていると、英国(国民)にとって王室とはどんな存在なのかがよく見えて来る。おのずと、我が国の皇室の存在について比較論的に考えます。
若い頃 羽仁 五郎が著した「都市の論理」を読んで、その中に「天皇も一つの権力」のようなことが書いてあって、「そうだよな、なくてもいいんじゃないか」と考えた思い出がある。
歳をとる中で「昭和天皇の人生(戦争と反省)」を見、考え、「平成天皇の30年」を共に生き、そして今自分より年下の令和天皇を見てる。昔みたいに「無くてもいいんじゃないか」とはさすがに思わなくなってる。
そんな折、故女王に対する、王室に対する英国民の姿勢を見てると、「在った方がいいんだ」「もっと王室を活用すればいいんだ」と思えるようになってるんです。
政治的な力は一切持たず、国の、国民の「精神的柱」に徹し、ただただ国の安寧を思った生活をされる。そんな存在もあっていいのかなと思うのですが。
それでも「いや、いなくてもいいんじゃない」という考えもありますよね。全てがプラスではないとしても、国民にとってより大きなプラスがあるんだろうと思うのです。「あの人は私達のことを考えてくれてる」「あの人はこう考えられるだろう」と思う「模範」としての存在は大きいだろうと思うのです。政治権力を持ったTOPとは違うのです。
それが求心力の大きな柱になり、国がまとまり、落ち着いた国に変わっていく。 大事な国作りじゃないでしょうか。 今の英国 そうやって一つになってるように見えます。
民主主義、多様化、国のアイデンティティーが重要視されていく世相、王室・皇室の存在はそれなりに価値があるだろうと思うのです。
今晩は故女王の葬儀、英国から中継されるようだ。 もう一歩 王室の在り様を考えよう。
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