「世も末」だとつくづく思ってるんですが。いや「味わってる」と言ったほうがいいのかも。
今現在は「火曜日の国葬」が大きい。国民の半数以上が「変でしょう」と訴えても、「反対するならやってやる」的に実施に進む。いつからこんなボロボロな国になったんですかね。
次はロシア。 兵力が足りない、なら強制的に国民を兵員にする。80年前の我が国同様です。末は類推できるというのに。さらにその国民、自分達が兵力として強制徴用されると解ったら、今更のように「逃げる」「戦争反対を唱える」。 いい加減過ぎる。
そして国連。 小学生にだって「変」だと見えちゃう有り様。協議して、譲るとこは譲って事を前進させる模範となるべき組織が たった1国の我儘で何も決められない。
「安保理の拒否権」 いつまで一世紀も前の大戦を引きづってるんだと言いたい。
「統一教会」「教会と自民党」 もう書く気にもならん。
今「世も末」をつくづく考えるのは昨日こんなことがあったんです。 温泉のサウナ、3連休天気の好転で計画してた都会人がドッと来た。予測はできたが、温泉内のモラルが一機にさがった。まず子供の遊び場感覚、それを注意しない親。普段からそういうスタイルなんだろうけど、タオルを持たずに入って来る人達。そして入り口にわざわざ注意書きがしてあるのに、無視して、ビショビショに濡れた体のままでサウナに入ってくる都会人。 ちょっと落ち込んでる気分もあって、度を越してる人には注意した。これって怖いんですよ。逆にすごまれますからね。でもまっ日頃の仲間もいましたからね。すごまれることなく、注意した人は皆さん聞いてくれました。その点はよかったのですが、最初の4,5人でもう辞めました。切りがないんです。都会人全員がそうだといっていいです。もうこっちが疲れます。
「これはあかんな。救えんな。」が結論。庶民からこういった「道徳、モラル」が無くなって来たとみてるが、庶民がかってにそうなったんじゃない。社会の規範が崩れる、あるいは「自己責任」が強く言われる中で、「じゃいいよ、オレはオレでやりたいようにやるから」が出てきた結果じゃないだろうか。 これは間違いないですよ。
どうしたら取り戻せる? 注意し合う、余計と思われる「爺さんのおせっかい」をやる? もう疲れたね。 「世の末」を味わって、見届けよう と決めるのが楽なんと違う。
今現在は「火曜日の国葬」が大きい。国民の半数以上が「変でしょう」と訴えても、「反対するならやってやる」的に実施に進む。いつからこんなボロボロな国になったんですかね。
次はロシア。 兵力が足りない、なら強制的に国民を兵員にする。80年前の我が国同様です。末は類推できるというのに。さらにその国民、自分達が兵力として強制徴用されると解ったら、今更のように「逃げる」「戦争反対を唱える」。 いい加減過ぎる。
そして国連。 小学生にだって「変」だと見えちゃう有り様。協議して、譲るとこは譲って事を前進させる模範となるべき組織が たった1国の我儘で何も決められない。
「安保理の拒否権」 いつまで一世紀も前の大戦を引きづってるんだと言いたい。
「統一教会」「教会と自民党」 もう書く気にもならん。
今「世も末」をつくづく考えるのは昨日こんなことがあったんです。 温泉のサウナ、3連休天気の好転で計画してた都会人がドッと来た。予測はできたが、温泉内のモラルが一機にさがった。まず子供の遊び場感覚、それを注意しない親。普段からそういうスタイルなんだろうけど、タオルを持たずに入って来る人達。そして入り口にわざわざ注意書きがしてあるのに、無視して、ビショビショに濡れた体のままでサウナに入ってくる都会人。 ちょっと落ち込んでる気分もあって、度を越してる人には注意した。これって怖いんですよ。逆にすごまれますからね。でもまっ日頃の仲間もいましたからね。すごまれることなく、注意した人は皆さん聞いてくれました。その点はよかったのですが、最初の4,5人でもう辞めました。切りがないんです。都会人全員がそうだといっていいです。もうこっちが疲れます。
「これはあかんな。救えんな。」が結論。庶民からこういった「道徳、モラル」が無くなって来たとみてるが、庶民がかってにそうなったんじゃない。社会の規範が崩れる、あるいは「自己責任」が強く言われる中で、「じゃいいよ、オレはオレでやりたいようにやるから」が出てきた結果じゃないだろうか。 これは間違いないですよ。
どうしたら取り戻せる? 注意し合う、余計と思われる「爺さんのおせっかい」をやる? もう疲れたね。 「世の末」を味わって、見届けよう と決めるのが楽なんと違う。
まっいずれにしても苛立つ世相です。自分も「熱あげすぎないよう」、上手い「ガス抜き」をやって、静かに淡々と、たまに「クレーム」を言わせていただいて やっていこうと思ってます。
ちょっと笑い話。 普段地元の人だけでサウナ使ってる際、定員6名の限定があるところ、7番目の人は洗い場の椅子を一つ持ち込んで7名定員にかってに変更してるんです。7番目の席は隅っこで、定員6名の距離より離れてるんです。
都会人が多い時は本文の注意を申し上げることもあって、補助席はいれないんです。
風が爽やかなだけ、救いだ。
ソレが善良な客を呼び込む策であると思うのです。
国葬の日は歌舞音曲禁止などどいわず、家にいてもドンチャンやろうぜ。