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袴田さんの再審無罪判決

2024年09月27日 10時52分15秒 | つれづれなるままに
あまりの異例さに、朝刊でも誌面を割いて特集してる。改めて彼の歴史を読み解いた。
こんな人生になっちゃった(させられちゃったのか)、異例中の異例の人だ。これって誰だってこうなっちゃう可能性があるってことでもある。
人の判断で人を裁くしかない社会の宿命とも言える。犠牲者としか言いようがない。
死刑が確定した状態で再審を請求し(いつ執行命令が出るか不安の中で)たが、13年間再審をやってくれるのやらだめなのやらさえ審理されないままほっとかれた。どうにか審理が始まっても14年かけて「再審不要」の決定。これが2008年で、即刻第2次再審請求。これも2023年まで15年かかって、再審開始が決まり、やっと昨日地裁で「無罪」判決が出たという流れ。
これだって地裁判決で、上告されれば、まだまだ続く。

誌上でも書かれているが、再審請求に対する審理手順が明確に定義されてないのだそうですね。想定されてなかったってことでしょう。規定がないからズルズル後回しになるってことだろうか。今回の反省としてこの点の改善は即刻手をつけないとまずいでしょうね。立法の仕事です。

58年間の審理の中で僕が感じるのは「言い出したら引かない」「もう力づくでも自論を通す」という(日本人特有なのかな)キャラ、進め方です。警察、検察には少なからずこれがあったように見てます。人が人を裁く世界のこと、こういう冷静を欠く態度は改めてないとね。

そこでなんですが、昨日の判決 検察側の証拠を全て「捏造」であると切って捨てたものでした。あそこまで否定されると、検察サイドにまた「負けられるか」の思いが強く出てくるんじゃないかと心配。捏造まで言わないで、「決定づける物ではない」位にしておけば、上告無しになったかもな と思ってるのです。
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