「ポケモンGO」が米国で一大社会現象になってること、その一方で大小の「うっかり」事故が起きてること と、アメリカで日産が自動運転車の公道実験を日々実施してることをニュースが続けて報道してた。
人間が移動する行為の中にIT技術が入ってきて、片やその中に熱中するあまり他者との事故を起こしかねないものだし、他方は「偉大な」人間の能力にとってかわろうとして「柔軟さ」がない「機械的」判断が事故につながるかもしれないものだ。
事故が起きそうだから使うなと言うつもりはないが、自分なりの捉え方は考えておきたいし、社会的対応方法も考えておかないとまずいんだろうな。
ポケモンでは公開されてまだ間がないのに交通事故が多数報告されてるようだし、テレビで天気予報を放送してる最中に天気予報ボードとカメラの間をスマホに夢中になってる女性が横切るなんてことも起きてる。僕も時々PCでゲームをやる。時間潰し的な遊び方だから没頭するというところまではいかない。しかしそのちょっと先に「我を忘れて楽しむ」世界があるのは理解できる。やはり「怖い」な。
車の自動運転だってどれだけ実験してもハードの故障は突然発生するだろうし、想定外は必ずある。
将来これらの新技術が大きな事故を引き起こすと考えておかなければならない。「新技術が悪い」はあまりにも無責任だ。「使ってたあいつが悪い」で済まされるものでもないだろう。また何かやっかいな法律が必要なんだろうな。ポケモン未公開の日本でも政府が異例の「事前注意、警告」を発してる。
人間が移動する行為の中にIT技術が入ってきて、片やその中に熱中するあまり他者との事故を起こしかねないものだし、他方は「偉大な」人間の能力にとってかわろうとして「柔軟さ」がない「機械的」判断が事故につながるかもしれないものだ。
事故が起きそうだから使うなと言うつもりはないが、自分なりの捉え方は考えておきたいし、社会的対応方法も考えておかないとまずいんだろうな。
ポケモンでは公開されてまだ間がないのに交通事故が多数報告されてるようだし、テレビで天気予報を放送してる最中に天気予報ボードとカメラの間をスマホに夢中になってる女性が横切るなんてことも起きてる。僕も時々PCでゲームをやる。時間潰し的な遊び方だから没頭するというところまではいかない。しかしそのちょっと先に「我を忘れて楽しむ」世界があるのは理解できる。やはり「怖い」な。
車の自動運転だってどれだけ実験してもハードの故障は突然発生するだろうし、想定外は必ずある。
将来これらの新技術が大きな事故を引き起こすと考えておかなければならない。「新技術が悪い」はあまりにも無責任だ。「使ってたあいつが悪い」で済まされるものでもないだろう。また何かやっかいな法律が必要なんだろうな。ポケモン未公開の日本でも政府が異例の「事前注意、警告」を発してる。
若人には、もっとクリエイティブなものに時間を掛けてほしいものです。
自動運転車は、河口湖のある公園で使用されているような報道をみました。労働力の軽減用ロボットといて、限られたエリアの中では展開されて行くように思われます。ゴルフ場とか、飛行場のロビーとかかな。
以前の音楽ツアーで、お金持ちそうな老人夫妻が、一緒にどうぞ、と乗せてくれまして、運転手は、昔の野球中継でリリーフピッチャーを乗せてくる若く美しいお嬢さんとは全く違う、屈強なおばさんでしたが、乗り換えのために広いロビーをすいすい行くのは気持ちがいいものでした。高齢者、身体障害者などの社会的弱者が、楽に旅行できる環境作りに貢献できるのは、よいとしても、狭い日本の施設では当分先になりそう。
テクノロジーは人類を幸福にするのか、使い方によっては両刃の剣になるのでしょうね。
日本でも今日公開されたらしいじゃないですか。さてさてどんな問題が起きてくるやら。
規制の前に現実が想定外で広がる。事が起きてから事後的に規制を作る。「おいおい、なんで楽しみを奪うんだよ」と反発がでる。日ごろ気に病んでる「規制社会」が進むって寸法だ。生き辛いね。
一方で「構造改革、規制緩和」という社会的ニーズも大きくなってる。
自動運転はですね、日産は2020年には許可とって商品化する計画で動いてるようですよ。それくらのスピード感をもって進めるのが今の製造業の文化ですぞ。
「限られたエリア」なんて発想は緩すぎるね。
「幸せにするのか不幸にするのか そこが問題だ」
岳さんと、skyさんの危惧はわれわれの歳になり、初めて感じられる、大事な危惧です。
人が最終責任を負わないといけないと、思います。人に自動は無理です。人は責任を負えない時間帯が、あります。ううむむむ、4リットルを開けてしまいました。
正論だと思います。当然です、運転してた人が責任を負うべきだと思います。でもおそらくその責任者は「車が、技術が悪い」と主張しますね。それが現代人じゃないですが。「製造者責任」という考えも強く世に浸透してきてますからね。
それにもうちょっと進むと「誰が運転者か」解らん状態になりますよ。ハンドルがある席に座ってた人が運転者で責任者なのかな?
さらに進んでハンドルが無くなったらだれが運転者?
で、おっしゃる通り、「人に自動は無理です。」が正論だと思うのです。
僕はちょうど先ほど4リットルが空になったよ。
祝杯は「♪8月は夢花火」の八月ランチ会まで取っておいてください。
1回に25度の焼酎4リットルなんて飲みませんし、飲めません。僕のペースで1か月で4リットル空くか空かないかですよ。
昨夕にちょうどそのひと月がめぐってきたということですからね。
今朝の新聞でも「ポケモン」君の話題多いですね。早朝散歩でもそれらしい若者をみかけましたぞ。ひとんちの敷地に入った中国人2人が警察の御厄介になったというニュースもあったね。どんな現象、問題がでてくるのやら。そしてどう対処しようとするのか興味ありますね。
思い出せば、入院中の7階の窓から、国際展示場の周辺を1人乗りの小型車が何台も連なって走っていた、デモンストラクションを毎日のようにみtりましたが、一番左の車線を走っていた、あれは、無人車だったかも。
モノレールや飛行場のサテライトに向かう車両も自動、デパートのエレベーターだって私が子供の頃は、エレベーター嬢がハンドル操作をしていたような記憶がある。今や自動に囲まれている時代、ですが、自動車に関しては道路整備、交通整備がまにあうのか?誰も責任を取らない時代の到来が近い。
ともかくだ、平面上で決められた軌道の上を走り、かつ横から妨害が入ってこない条件なら自動にされても怖くないし、制御する技術もだいたい理解できるよな。理解できるから安心感にもつながる。
同じ平面でもありとあらゆる事象がでてくる一般公道ではその全てにきちんと対応できるなんて信じられん。でもアメリカでの公道テスト走行では今日でた問題をヨーロッパのどこかの国の開発会社に送ると翌朝には修正されたソフトが返送されてくる。それを載せて同じ走行をすると、昨日の問題が解決されてるということを毎日繰り返してるようです。もう僕の理解の範囲を超えてることです。
そこで飛行機だけど、以前から外的の接近については
地上からコントロールする仕掛けはできてたわけで、飛行機自らが外的危険を感知し、避けることは必要ないからね。三次元の空間でも単に「ある1点に向かって、水平に飛べ」という自動なら理解の範囲だな。
長く理屈を述べ過ぎたな。
「海底2万里」のフランスの作家だったですかね。ジュール・ヴェルヌの言葉を引用してましたよ。「想像できることは可能なこと」こんな内容だったかな。
で、長い理屈も実現への1歩でしょう。
僕はあまり積極的になれない派です。できたら「人間の領域」を定めて、そこには入らないと決めた方がいいんじゃないかと考えてます。遺伝子操作なんかも辞めたらと思う。「想像できることは実現できること」と言い切るのは「神秘」はなくていいと言ってるに等しい。僕にはさみしい。あまりやり過ぎない方がよくないですか。
ポケモンみたいな「薄っぺらで、機械に遊んでもらってるような時間」なんて拒否しろよ と言いたいくらいだ。