モルゲンロート 2016年02月03日 07時00分36秒 | 白州の四季 朝6時40分のモルゲンロート。 外気温-9℃。指が動かなくなる。 « 洗面台から水漏れ | トップ | 直してもらいました »
17 コメント(10/1 コメント投稿終了予定) コメント日が 古い順 | 新しい順 真知子 不明 (岳) 2016-02-04 20:15:23 だれだ? ここではアルバムがない。調べようがない。 でそこまでだ。神奈川に帰ったら早速しらべよう。2年次のクラス編成も解かるんだから。そんなこと言ったって女性は2クラスだったな。失礼。貴女が言う「真知子」さんて 高校で転校してきた彼女か?昨年の同期会で転校女史と話した。名前まではわからん。ただ九州からの転校でしたと言っていたような。ただそれだけです。若きころから冒険好きの怖い物知らずだったんだな。そのまま乗り遅れてたら、今どんな人生になってたんかな? 人生ってそんなことの積み重ね。そして今が・・・。 返信する ご忠告ありがとう (sky) 2016-02-04 11:51:54 いま、ある文筆活動をやっていますが一時中断。記憶は減退していないので、いずれ再開ズラ。こちらのコメントも短いケ。そうそう、同級生に真知子さんがいて、2年の修学旅行の時、真夜中に博多駅で一時停車した列車から、彼女と二人でホームに出た。彼女には住んでいたことがあったらしく、感慨があったのだろう。私は初めての駅でホームを踏んだことが懐かしく思い出される。その、真知子さんかと思ったのです。失礼しました。でも、読ませていただいたのも、何かのご縁ですね 返信する 無理すんな (岳) 2016-02-04 08:28:08 skyさん こういうときはおとなしく、静かにしてるのが一番。今日1日周りに迷惑、明日からばっちり普通人がみんな幸せ。3陽もグズグズされてたんじゃ「後ろ指」が飛んでくる。PCに向かうと、NETで感染するぞ。 返信する すみません、私の勘違いでした (sky) 2016-02-04 08:06:24 37.9の熱だったので、私の思い描いたことが、聞いたことになって、混ざってしまったようです。彼女の名誉の為撤回します。37.3まで下がりました。寝込むほどではありません。以前、タミフルの効能が問題だったと思い出して、インフルの薬は怖いと緊張をしていたせいもあります。いづれにしても、病気、高熱、薬、で一時的にバランス感覚を失うことを認識しました。社会に迷惑をかけないよう自宅謹慎、でも、今朝はPCに向かうと、背筋がのびるかな。 返信する インフル予防だね (岳) 2016-02-04 07:07:05 skyさん おはよう。 寒いです。予防で注射があるのは知ってるが、変な吸引もあるんですか。「タバコを吸うように」というのは薬剤師とは言え医療に携わる人の表現としてふさわしくない。それとも「この患者は吸ったことあるべ」と思ったのかもな。せめて今日1日はお母さんと面会しませんように。室内にこもって静かにしてること。 返信する ’14/12まで探した (岳) 2016-02-04 06:59:14 まちっこさん おはよう。 外気-10℃、快晴。放射冷却が凄い。庭 見える範囲で地肌が見え出したのが2割、8割はまだ雪。なかなか融けない。「あれっ、書いたはずよね」で過去の日記を探したんだ。よく見つけました。「こんな記事があった」と覚えてるだけでもりっぱ。'14.12.22の記事読みかえしましたが、あそこでは「たぶん小6」と書いてる。今回は「たぶん中1」と書いた。どっちでも大した問題ではないが、忘れ、かついいかげんになってる。そうしかできないんだから、そういう自分でいるしかない。「同病(同齢)相哀れむ」ですね。 返信する ごめんなさい (まちっこ) 2016-02-03 22:03:29 ’14年12月22日に38年豪雪のこと書いていらしてコメント送信したつもりでいました。内容も覚えているのです。が送信を止めたのか送信エラーだったのかはたまた夢だったのか、いずれにしてもとても恥ずかしいです。ほんとうに申し訳ありません。若年性何とか、がちらついてきました。 返信する SNSは興味なし、私とて、身の程を知っています」 (sky) 2016-02-03 21:32:09 一日人形作りで、異変を感じたのは、夕方。クローズの30分前に近くのクリニックに駆け込んだのは、正しい情報を知らずして、91歳の母に接する危険を回避するがためです。4種混合の予防接種をしたのにと、先生は、「だから一人でこうしてこれたのです。」うまいこと言う。薬局ですぐに8回の吸入、美人で若き薬剤師さんの指導で何とかできた。初体験である「口でくわえてたばこを吸うように肺に入れるのです」。とね。「タバコ吸ったことありません」なるほど、なんでも経験することは、恐れを知らなくなるものか。5日間外出禁止。「ご家族の状況は?」「おッととが風邪ひきでした」「治っても、菌を持っていたのですよ」私のところで食い止めなくては。 返信する そっちの薬効き過ぎが (岳) 2016-02-03 20:41:57 skyさん ぼくは白州に来ると「人間」にもどれるんです。そうだったな、神奈川にいる時はなんとなく風邪っぽかった。今はすっかり忘れてた。言われて気づいた。風邪なんかどこかにいっちゃってるよ。白州の自然が僕には特効薬です。ちょっと物理的に解釈。 寒いと思って神奈川でちょっと厚着してた。はき慣れないパッチみたいなのはいたり。それがかえって悪かったんじゃないかな。こっちでこのdさの中パッチはいてない。下半身はコールテンのズボンとパンツの2枚だけ。これが人間なんですよ。だって風邪直ったのだから。写真家のおじさんは撮った写真を公開してくれてるんです。僕は見れます。「mixi」というSNSで公開してるのでそこに入会しないとみれない。「さくら」さんもそこのメンバー。そんなとこまで手を伸ばすのはまだ早いといっておきます。いつか写真家おじさんの甲斐駒の写真が見れるようになることを。「まちっこ」さん関連の3行はまったく理解できず ですが。 返信する 風邪をひかなかったですか (sky) 2016-02-03 20:12:46 記事が書けるので、指は動いていますね。今朝の3枚の写真で、何時か聞いた、白州在住の高齢の写真家さんと肩が並びましたね。雪国の生活、イメージだけでも大変。まちっこさんが、出てきていただいてよかったですね。5月の会に来るか来ないかの話で、ちらっと見たので、たぶんサッシがつきます。ああ、でも、あの方は博多っ子だったので、ちがうかな。いづれにしてもよろしくお願いします。 返信する 前にも聞いた? (岳) 2016-02-03 19:50:14 まちっこさn 聞いたかね? もしそうならごめんな。覚えが悪いのよ。そうでしたか、磐梯朝日の入り口ね。 入り口ったって東西南北いろいろあるだろうけど、そこはいい。いずれにせよ豪雪地域にはちがいない。田舎の「おてんば娘」だったんだ。そんな故郷ももう昔ないんだろう。福井もそうです。三八豪雪は知ってる。中1だよな。まだ福井の中学生だった。僕は中2の夏転校だった。福井最後の冬が豪雪だったってことになるのかな。親父は東京に出てた。中2で姉も東京に移ってていなかった。僕と母が2人であの豪雪と戦ったのを覚えてる。爺さんが所有してた倉庫がつぶれたな。そうそうあの年だったな。黄砂の混じった雪が降った。田んぼに積もった雪をスパッと断面にすると深さ5cmもあったかな、黄色い層があった。自然現象からもいろいろ習得してた「天才」だったようです。白州の生活は「なんでそんなめんどうくさい事」と評価する人もいるでしょうが、僕はこういう自然回帰みたいな想いを大事にしたくなったんだな。「絶える、我慢する」これ絶対必要な感覚だとますます思ってる。 返信する そうそう (まちっこ) 2016-02-03 15:35:07 磐梯朝日国立公園の入り口です。ものすごい豪雪地帯ですよ。以前にもコメントしたと思うのですが38豪雪を最後に神奈川に越してきました。2,3月の雪はベタ雪が多くて、夜中に堅く締まった雪が翌朝8時頃まではまだそのまま。どんなに踏みしめてもぬかることはなかった。でも下校時になると堅めのかき氷状態!がっかりでした。雪が積もることのない暮らしは本当に楽です。四季のはっきりした日々、大変だったけれど、懐かしいです。 返信する えっ 貴女はどこ? (岳) 2016-02-03 14:07:26 まちっこさん 先日はお疲れ様。 無事済んでよかった。さてさて、凍った雪の上を歩いた経験がある、どこで育ったの? 同じ経験した人がいるというのが驚き。ならばもうちょっと思い出を。 朝登校後1時間目の前に仲間と田んぼの上を遠足に行く。そろそろ帰ろうかで引き返すんだけど、ぼちぼち雪がゆるくなる。雪の中に足をつっこむことになる。長靴の中までびしょびしょにして学校に帰ったものだ。そうそう、急げば急ぐほど足を突っ込んだっけな。 返信する 覚えてますよ! (まちっこ) 2016-02-03 12:32:10 15歳まで住んでいた雪国、2月から3月にかけての早朝が楽しみでした。いつもの半分位の時間で登校できるのが嬉しかった!直線で歩いて行けるんだから。そして、もうすぐ春という合図でもあったと思います。私が住んでいた所では何と言っていたのかなあ。 返信する いやいやつめたたかったよ (岳) 2016-02-03 11:00:26 skyさん 快晴で陽がさんさんですが、外気0℃。(11時現在) 北側のベランダの上 融ける様子なし。朝写真撮りに出た時、まだ誰も踏んでない雪が10数cm残ってる所、その雪が凍ってて、上を地面を歩くがごとくあるけましたよ。ご幼少のころ福井で「おしゃりんこ」と呼んでました。学校までまっすぐ田んぼの上を歩いて行ったものです。 返信する 書き忘れ (sky) 2016-02-03 10:39:33 モルゲンロートの美しさに、オットトサンも絶賛していましたよ。極寒のなかで、あのお歳で、よくやったものだ、との称賛もありました。こぴっと、がんばったなや。 返信する モルゲンロート、超美しいですね (sky) 2016-02-03 10:30:02 よくやった、でかした。指は大丈夫け。よくあっためてくんろ。昔ママがしてくれたみたいに、両手の中でハーハーしたいけれど、ご褒美におつむをナデナデしたいけれど、日野原先生×篠田先生みたいにハグハグしたいけれど、ここと白州では距離的に無理。バレンタインデーのプレゼントを弾むしかないづら。今日は温泉にしっかり入ってあったまってくんろ。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
貴女が言う「真知子」さんて 高校で転校してきた彼女か?昨年の同期会で転校女史と話した。名前まではわからん。ただ九州からの転校でしたと言っていたような。ただそれだけです。
若きころから冒険好きの怖い物知らずだったんだな。そのまま乗り遅れてたら、今どんな人生になってたんかな? 人生ってそんなことの積み重ね。そして今が・・・。
こちらのコメントも短いケ。
そうそう、同級生に真知子さんがいて、2年の修学旅行の時、真夜中に博多駅で一時停車した列車から、彼女と二人でホームに出た。彼女には住んでいたことがあったらしく、感慨があったのだろう。私は初めての駅でホームを踏んだことが懐かしく思い出される。その、真知子さんかと思ったのです。失礼しました。でも、読ませていただいたのも、何かのご縁ですね
PCに向かうと、NETで感染するぞ。
予防で注射があるのは知ってるが、変な吸引もあるんですか。「タバコを吸うように」というのは薬剤師とは言え医療に携わる人の表現としてふさわしくない。それとも「この患者は吸ったことあるべ」と思ったのかもな。
せめて今日1日はお母さんと面会しませんように。室内にこもって静かにしてること。
「あれっ、書いたはずよね」で過去の日記を探したんだ。よく見つけました。「こんな記事があった」と覚えてるだけでもりっぱ。'14.12.22の記事読みかえしましたが、あそこでは「たぶん小6」と書いてる。今回は「たぶん中1」と書いた。どっちでも大した問題ではないが、忘れ、かついいかげんになってる。そうしかできないんだから、そういう自分でいるしかない。「同病(同齢)相哀れむ」ですね。
38年豪雪のこと書いていらして
コメント送信したつもりでいました。
内容も覚えているのです。が送信を止めたのか
送信エラーだったのか
はたまた夢だったのか、いずれにしても
とても恥ずかしいです。ほんとうに申し訳ありません。
若年性何とか、がちらついてきました。
「治っても、菌を持っていたのですよ」私のところで食い止めなくては。
ちょっと物理的に解釈。 寒いと思って神奈川でちょっと厚着してた。はき慣れないパッチみたいなのはいたり。それがかえって悪かったんじゃないかな。こっちでこのdさの中パッチはいてない。下半身はコールテンのズボンとパンツの2枚だけ。これが人間なんですよ。だって風邪直ったのだから。
写真家のおじさんは撮った写真を公開してくれてるんです。僕は見れます。「mixi」というSNSで公開してるのでそこに入会しないとみれない。「さくら」さんもそこのメンバー。そんなとこまで手を伸ばすのはまだ早いといっておきます。いつか写真家おじさんの甲斐駒の写真が見れるようになることを。
「まちっこ」さん関連の3行はまったく理解できず ですが。
今朝の3枚の写真で、何時か聞いた、白州在住の高齢の写真家さんと肩が並びましたね。
雪国の生活、イメージだけでも大変。
まちっこさんが、出てきていただいてよかったですね。5月の会に来るか来ないかの話で、ちらっと見たので、たぶんサッシがつきます。ああ、でも、あの方は博多っ子だったので、ちがうかな。いづれにしてもよろしくお願いします。
そうでしたか、磐梯朝日の入り口ね。 入り口ったって東西南北いろいろあるだろうけど、そこはいい。いずれにせよ豪雪地域にはちがいない。田舎の「おてんば娘」だったんだ。そんな故郷ももう昔ないんだろう。福井もそうです。
三八豪雪は知ってる。中1だよな。まだ福井の中学生だった。僕は中2の夏転校だった。福井最後の冬が豪雪だったってことになるのかな。親父は東京に出てた。中2で姉も東京に移ってていなかった。僕と母が2人であの豪雪と戦ったのを覚えてる。爺さんが所有してた倉庫がつぶれたな。そうそうあの年だったな。黄砂の混じった雪が降った。田んぼに積もった雪をスパッと断面にすると深さ5cmもあったかな、黄色い層があった。自然現象からもいろいろ習得してた「天才」だったようです。
白州の生活は「なんでそんなめんどうくさい事」と評価する人もいるでしょうが、僕はこういう自然回帰みたいな想いを大事にしたくなったんだな。「絶える、我慢する」これ絶対必要な感覚だとますます思ってる。
ものすごい豪雪地帯ですよ。
以前にもコメントしたと思うのですが38豪雪を最後に
神奈川に越してきました。
2,3月の雪はベタ雪が多くて、夜中に堅く締まった雪が
翌朝8時頃まではまだそのまま。どんなに踏みしめてもぬかることはなかった。
でも下校時になると堅めのかき氷状態!がっかりでした。
雪が積もることのない暮らしは本当に楽です。
四季のはっきりした日々、大変だったけれど、懐かしい
です。
さてさて、凍った雪の上を歩いた経験がある、どこで育ったの? 同じ経験した人がいるというのが驚き。
ならばもうちょっと思い出を。 朝登校後1時間目の前に仲間と田んぼの上を遠足に行く。そろそろ帰ろうかで引き返すんだけど、ぼちぼち雪がゆるくなる。雪の中に足をつっこむことになる。長靴の中までびしょびしょにして学校に帰ったものだ。そうそう、急げば急ぐほど足を突っ込んだっけな。
2月から3月にかけての早朝が楽しみでした。
いつもの半分位の時間で登校できるのが嬉しかった!
直線で歩いて行けるんだから。
そして、もうすぐ春という合図でもあったと思います。
私が住んでいた所では何と言っていたのかなあ。
朝写真撮りに出た時、まだ誰も踏んでない雪が10数cm残ってる所、その雪が凍ってて、上を地面を歩くがごとくあるけましたよ。
ご幼少のころ福井で「おしゃりんこ」と呼んでました。学校までまっすぐ田んぼの上を歩いて行ったものです。
今日は温泉にしっかり入ってあったまってくんろ。