カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

マイ・ディア・ミスター~私のおじさん/③

2023-06-14 | ドラマ

 観終わった。一話80分とか90分ものの連続ドラマなので、満腹感がある。それにロスも。非常にまとまりのいい終わり方をするのだが、それだからもう絶対に終わりなのだと思うだけで切ないというか……。
 一番の会社のゴタゴタの行く末は、そうなるだろうな、という結末には落ち着く。そうではあるが、結局おじさんは会社には執着しなかったという事か。しかし部下はごっそり連れて出ていくので、倫理問題としてはどうなのか? と日本の会社人間の僕は、考えてしまったりする。独立は一人でやった方がいいし、別に雇った方がいい。ふつうの生き方というのは、そういうものである。倫理というか仁義というか、結局業界で生きていくというのは、そういうものなのである。もちろんそうでない人がいるから、そう思うのだけど。
 後半の一番の大きな物語は、ほかならぬ一番兄の欲望が満たされることにある。人のために尽くすという図式ではあるが、それは立派な葬式をあげることなのである。要するに見栄であって、そういう満足感に浸っていることを、周りがちゃんと認めてあげることである。お金はたくさん使うが、しかし他人の葬式である。感謝はしてくれると思うが、生きているときにしてやった方が、ずいぶん違ったことだろう。やはり日本人の僕は、そう思ってしまう。生きているときの関係があって、葬式もある。その方がずっと自然である。
 家族の問題もある。裏切りの代償はあったと思うが、僕は最初からおじさんは、不倫されても仕方のない人間にしか見えていない。寂しい妻を無視し続け、自分の悩みの中に閉じこもり、しかし兄弟と飲み歩いてばかりいる。そういう自分との関係から遠ざかってしまう近しい人に、失望を覚える妻の方が自然である。不倫相手はそれでよかったのか問題はあるが、不倫なんだからそんなもの選んでいても仕方なかろう。つまりは最悪の人間だったから、戻れもしたのかもしれない。計算できるものだったとしたら、ずいぶんな才能だけれども。息子の問題もあるし、家族としてはそれでいいのかもしれないが、必ずしも元には戻らないだろう。それがおじさんと派遣社員の恋の顛末に寂しさをたたえさせている。そういう選択でいいはずの無い本当の恋があったのに、彼らはそれを選ぶことができない。彼女はそれを強く望んでいるにもかかわらず、やはり答えてはくれないおじさんがいる。最後まであくまでいい人すぎるから、つまるところはそうならざるを得ない。しかし、そんな人間だからこそ、深く愛してしまったことに抗うこともできなかった。そう解釈するのが、このドラマの本流だろう。そう思わなければ悲しすぎるわけだし。
 という訳で、本当に終わってしまった。また韓国ドラマを観るべきか、それとも映画生活に戻るべきか。僕にとっては韓国社会は突っ込みどころが多すぎて、自分なりに疲れるのだけど、やはり感情を動かされるという意味では、見事な物語構成だったというしかないだろう。そういうものを、全体として浸るものが、ドラマの力なのであろう。
コメント
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