カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

やめたらいいと思うのならば……

2023-06-30 | culture

 僕でもサワリくらいは知っているくらいだから相当な騒ぎだろうと想像する「W不倫事件」だが、こういう事が起こる度にある種の内省的な意見というものが聞かれる。それはもう本当に毎回聞かれる。これは一体どういうことなのか、とも思う訳だ。
 一つ代表的なものは、海外比較だ。日本だと国を挙げてのバカ騒ぎだが、まあ、海外だってスキャンダルには違いないが、社会的に抹殺されて、例えばタレントさんがテレビに出られなくなるとか(事務所が出さないとか)いう事はあり得ないのにな(日本ってバカだよね)、というもの。ただし海外では個人攻撃は収まらないので、家に石が投げられたりはするらしい。大変であるが、それはそうだと思う。タレントさんならスキャンダルの最中は顔や名前が売れているので、かえってかきいれどきになっていいのではないか。買わない人は買わなければいいし、それで儲かった資金で、被害を被った人に補償するなどの原資に充てれば合理的だ。図太さは必要だが、心の傷はいくらか早く癒えるかもしれない。
 今回はラブレターなりに、個人情報駄々洩れで、いささかやりすぎなのではないか(毎回やりすぎだと思うが)、というのもある。なぜそこまでやらなくてはならないのか、という疑問を呈する人も多い。答えとしては、それをやっていいと考えているやりすぎの人を助長させるほかならぬ世論があるためだろう。やってはいけないのなら、訴え返すなどの処置をちゃんと火中の人がやればいいのだが、日本の空気感でそれをするのも許されないというのがあるのだろう。怖いものが無いのなら、どんどんやり放題でやるのである。それが日本社会であり、いじめの構造である。割に合わないのならやらないので(例えばいじめが咎められて、被害を被るのならいじめはやらないのである)、叩きまくるのは社会が助長しているのである。
 いやだからそんなことをしなくていい、という意見を言っているではないか、と考えている人もいるかもしれない。それはたぶん甘い考えであるだけでなく、加害者のくせに自分を守っている人の意見である。そもそもそんなことが行き過ぎであると考えている人は、こんなことは話題にもしない。聞こえてくるのは仕方ないが、つまるところ関心が無いので、無視できる人のみが正しい行動である。そういう人が多数なら、このようなことにはならないからである。
 二次的にこのようなことを言っているので、僕だって助長組である。反省すべきは自分であって、叩かれている人たちではない。彼らはこの状況下で生き延びることを考えなければならないので、非常に困難な道を行くしかない。報道は余分だが、それこそが最も大きな懲罰になっている。すべての人を不幸にした後に残るものは、結局はその不幸な後の姿の面白さなのだろう。そう考える人間のいやらしさというのが、大衆の本性なのである。
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