ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

日本の心21~仮名の発明に見る日本文明の特質

2021-10-30 09:08:29 | 日本精神
 今日私たちは、漢字と仮名と英文字とが混ざった文章を、ごく自然に使っています。実は、この日本語の在り方の中に、日本文明の特質が集約されているのです。
 わが国では、いつごろから文字が使われるようになったのでしょうか。最初はもちろん漢字の受け入れから始まりました。紀元後1世紀の半ばのものである「漢委奴国王」の金印が北九州で出土しています。ですから、このころには、シナ文明の文字文化を受容していたのでしょう。大和朝廷の時代には、相当広く文字が使われ、5世紀半ばには、部分的とはいえ、訓仮名の使用が始まっていたと見られています。
 訓仮名とは、漢文をその語順のままシナ語の発音で読むのでなく、日本語の語順に読み替えてしまい、単語によっては大和言葉に移し替えながら、和訓で読むわけです。この訓読という方法は、外国語を受け入れながら、それを自国の言葉の規制下に置こうとするものです。訓読によって、わが国は、外国語より自国語が下位になる二重言語(バイリンガル)国家に変貌するのを防ぐことができました。そして、漢字を通じてシナの高度な文明を導入しながらも、大和言葉に込められた日本文化の主体性を失わずに済んだのです。むしろ外国語を自国語の中に取り込んでしまうことによって、日本語そのものをさらに豊かにできたのです。ですから、訓読はそれ自体、素晴らしい発明でした。実に主体的な方法によって、漢字の習得・使用が勧められたのです。
 その後、日本人は漢字を使いこなし、8世紀には『古事記』『日本書紀』という日本文明を代表する文献を生み出しました。記紀は漢文で表記されていましたが、やがて日本人は漢字から表音文字を取り出して、音を表わす道具にします。9世紀初めには、『万葉集』の編纂が始まります。『万葉集』では、漢字を表音文字として使う真仮名(いわゆる万葉仮名)が駆使されています。さらに、日本人は、漢字をもとに、独自の文字を作ってしまいます。9世紀には、片仮名・平仮名が発明・使用されました。これは画期的なことでした。日本人は、独自の文字を手にしたのです。
 9世紀末、寛平6年(894)に遣唐使が廃止されました。7世紀の遣隋使以来、積極的にシナ文明を摂取する文化活動は、ここに区切りを迎えました。遣唐使廃止の前年に出た『新撰万葉集』上巻は、漢字のみで表記されていました。ところが、その約10年後の延喜5年(905)には、平仮名を使った『古今和歌集』の勅撰が始まりました。『古今集』は、わが国初の勅撰和歌集であり、醍醐天皇の勅命によって収集・編纂が行われました。そして、ここでは、漢字に混じって仮名が使われています。いわゆる漢字かな混じり文の登場です。仮名を作っても、漢字の使用を止めるのではなく、漢字と仮名を両方とも使うのです。このことによって、日本語(大和言葉)を漢字と仮名で自由に表記できるようになりました。
 言語学者の鈴木孝夫氏は、次のように評価しています。
 「日本語の仮名のように、借用した文字を、すべて痕跡を止めないほど改変して、自分の音韻体系に合致した新たな文字を作り出した例は少ないのみならず、元の素材である文字をも、そのまま用い続けるという二重構造は他に例を見ない」
 これは日本文明の創造力と包容力をよく示す事実です。
 拓殖大学客員教授の高森明勅氏は、以下のように書いています。
 「仮名の創造は日本文明の独特な発展に大きな貢献をしている。そのなかでも大切なのは、大和言葉(和語)の保存だ。‥‥日本人のながい精神生活からうまれ、生長してきた和語には、たんなる意味や概念におきかえることのできない情感がひそんでいる。仮名はそれを守り、伝える力をもった」
 仮名は、日本文明がシナ文明から自立するための土台となったともいえます。
 作家の山本七平氏は、「日本文化とは、何か。それは一言で言えば、『かな文化』であり、この創出がなければ日本は存在しなかった」とまで言っています。
 優れた比較文化学者でもある渡部昇一氏は、次のように述べています。
 「漢文・漢詩という外来のシナ文化が浸透し、それが完全に日本の文化として消化した時、『漢字混じりかな書き』という表記法が確立されていくのです」「しかも、漢字は、漢読みである音(おん)と和読みである訓(くん)が全く分けられて使われるのではなく、渾然として、つまり音訓自在に読まれていくのです。そういう芸当が抵抗なく日常で行われるようになっていくのです。表音文字と表意文字を混ぜるということからして奇異なのに、同じ漢字を何様にも読むというのですから、これは妙なる共存と呼ぶしかありません」
 渡部氏の「妙なる共存」とは、言いえて妙な表現です。日本は、仏教等の外来の宗教が入ってくると、固有の宗教である神道と共存・融合させました。また、近代になって、西洋文化が入ってきても、日本文化・東洋文化と共存・融合させています。いずれも日本独自のものを基盤あるいは容器として、外来のものを採り入れ、調和させてしまうのです。こうした日本文明の調和の力を最もよく表わしているのが、日本語における文字と表記ということができましょう。

参考資料
・鈴木孝夫著『閉ざされた言語・日本語の世界』(新潮社)
・高森明勅著『歴史から見た日本文明』(展転社)
・山本七平著『日本人とは何か。』(PHP研究所)
・渡部昇一著『人生観・歴史観を高める事典』(PHP研究所)

 次回に続く。

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