ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

令和4~憲法改正による国家再建が一層急務に

2019-06-30 10:24:24 | 時事
4.憲法改正による国家再建が一層急務に

 日本を揺るがす新たな問題として、外国人受け入れ拡大とアイヌ新法について述べた。マスメディアは、これらの問題について、ほとんど国民に伝えていない。
 外国人材受け入れ拡大で多数の外国人が入ってきて、ヨーロッパ諸国以上の混迷に突入するおそれがある。アイヌ新法で一部のアイヌが自治権や独立を要求し、外国勢力がそれを利用することが懸念される。
 ここで真剣に考えなければいけないのは、わが国は、未だ日本人自らの手による憲法の改正ができておらず、国家の再建ができていないことである。そこに外国人、特に中国人が多数入ってきたり、一部のアイヌの過激な運動を中国が後押ししたりすれば、日本の危機は強まる。
 わが国は、戦後、外国から憲法を押しつけられ、それを今日まで改正できずに来ている。今の憲法には、日本の国柄・伝統・歴史が書かれていない。どこの国の憲法かわからないような内容になっている。戦勝国によって国防に規制がかかられ、自国の存立を他国に委ねさせられている。国民には、国家への忠誠や国防の義務がない。そのため、日本は独立主権国家としての要件を欠いており、日本人は国家・国民の意識が薄弱となっている。また、国を守ろうという意思が失われている。日本の安全と繁栄のためには、この憲法を改正して、国のあり方を根本から立て直すことがどうしても必要である。
 移民受け入れ拡大を決め、またアイヌを先住民族と規定してしまったからには、憲法の改正を急ぎ、国のあり方を根本から立て直さなくてはならない。私は、入管法の改正、アイヌ新法の制定によって、憲法改正の重要性が一層高まったと考える。自衛隊の明記、緊急事態条項の新設等だけでなく、憲法の全面的な改正が急務である。
 日本はどういう国柄・伝統・歴史を持つ国であり、これからどういう理想に向かって進むのか。それを憲法に書き込むこと。それが、日本人の国家・国民の意識を高める。また、外国人が日本の一員となる場合、日本の国柄・伝統・歴史を学んで、日本の平和と繁栄のために貢献する国民となってもらうことにもつながる。
 これを欠いたまま、外国人労働者を多数受け入れ、永住権を持つ者を増やしたり、アイヌの自治区をつくったりしてしまうと、日本は独自の国柄・伝統を失い、ますます衰退してしまうだろう。
また、憲法の改正において、国民には国防の義務と国家への忠誠の義務があることを定めるべきである。憲法に国民には国防の義務があると定めないと、日本国籍を取った外国人が、元の祖国と日本の間で紛争が起った時に、元の祖国のために裏切り行為をする可能性がある。アイヌの場合も、先住民族を理由として、外国勢力と通じ、日本の国益に反する行動をするおそれがある。また、わが国には、スパイ防止法がなく、スパイ天国といわれる。憲法に国家への忠誠の義務を定めないと、外国人が日本国籍を取って元の祖国を利するためにスパイ行為をする可能性がある。
 憲法をしっかり改正しないまま、外国人を多数受け入れて好き勝手に行動させたり、先住民族だとして権利をどんどん拡大してしまうことは、日本の自滅行為である。

結びに

 安倍首相は、本年1月30日通常国会の代表質問に答えて、憲法改正の必要性を訴えた。自民・維新は前向きだが、公明・立民は憲法改正に触れもしなかった。4月に衆院憲法審査会がようやく開かれたが、ほとんど内容のある話はされていない。国民は国会で憲法改正の議論がされるように求めていかなければならない。本年7月に参議院議員選挙がある。自民党は、公約に「早期の憲法改正」を盛り込んだ。これまで以上に踏み込んだ表現である。参議院は任期6年で、半数ずつ改選がされる。憲法改正に必要な改憲勢力が3分の2以上の議席を維持できないと、以後、3年間は憲法改正ができなくなる。逆に国政選挙のたびに、国民が正しい選択をして、憲法改正反対勢力を国会から除いていかねばならない。
 この令和の時代に、日本精神を取り戻し、日本人自身の手で新しい憲法をつくり、日本の再建を進めよう。(了)

関連掲示
・拙稿「外国労働者受け入れ拡大で、日本の再建が一層の急務」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-03.htm
・拙稿「アイヌ施策推進法は改正すべし~その誤謬と大いなる危険性」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-05.htm

************* 著書のご案内 ****************

 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
https://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/d4dac1aadbac9b22a290a449a4adb3a1

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キリスト教218~キリスト教と人権の基礎づけ

2019-06-29 13:30:12 | 移民
●キリスト教と人権の基礎づけ

 人権の思想は、キリスト教から発生したものであり、キリスト教を抜きにして、現代の人権の思想は成り立たない。キリスト教では、人間は神(ゴッド)が神に似せて創造したものであり、人間は神の下では平等と考えた。それゆえ、人権は、神から平等に与えられた「人間の権利」であるという考えが出てくる。人間の尊厳は、神の被造物であることに淵源する。神が偉大であるゆえに、神が創造した人間も尊厳を持つ。だが、キリスト教の神という後ろ盾を排除すれば、人間の尊厳の根拠はなくなってしまう。また人権の思想は、キリスト教以外の宗教や哲学・世界観を持つ国民・民族にとって、理解し難い要素がある。もともとキリスト教を信じない者にとっては、人間は神(ヤーウェ)の被造物だとする考えは受け入れられない。アダムもアブラハムも、自分たちの先祖ではない。それゆえ、人権の普遍性とは、未だ見せかけの普遍性に過ぎない。人権と呼ばれる権利の根拠として、キリスト教文明群以外の文明にも普遍的に認められる世界観や人間観は、いまだ確立されてはいないのである。
 では今日、キリスト教文明は、さらに世界をキリスト教化し、キリスト教に基づく人権思想を世界に広める感化力を持っているだろうか。否。欧米諸国ではキリスト教の勢力は徐々に低下し、キリスト教を土台とした西洋文明の世俗化が進んでいる。そのような状態で、非キリスト教文化圏にキリスト教文化を伝道していくことは難しい。
 むしろ、西洋文明で世俗化が進んでいることが、西洋文明の周辺文明と化しつつある非西洋文明に対して、世俗化という影響を与えつつある。前章に書いたように、19世紀末の西欧にあって、ニーチェは、キリスト教によって代表される伝統的価値が、人々の生活において効力を失っていると洞察した。この状況を「神は死んだ」と表現した。ニーチェは、西洋思想の歴史は、プラトンのイデアやキリスト教道徳など、彼にとっては本当はありもしない超越的な価値、つまり無を信じてきたニヒリズムの歴史であるという。ニーチェのニヒリズムは多義的であり、ニヒリズムは、超越的な価値の否定ないし喪失をも意味する。そして、ニーチェは、その意味でのニヒリズムが表面に現われてくる時代の到来を予言した。
 そうしたニヒリズムが20世紀後半から西欧・北米だけでなく、非西洋文明の諸社会へと本格的に広がりつつある。一旦ある程度、キリスト教化した非西洋文明諸社会が、今度は脱キリスト教化しつつあるのである。この変化は近代化・合理化の世界的進展でもある。キリスト教文明がもはや世界をキリスト教化する感化力を失っている中で、近代化・合理化が世界的に進展しているのである。
 では、脱キリスト教化し、近代化・合理化の進む世界で、人権はキリスト教以外の根拠を持ち得るか。人類は、キリスト教及びそれに基づく思想に代わって、その根拠となるような共通の世界観・人間観には未だ到達していない。現在、キリスト教的な西洋文明諸国が、経済力・軍事力において優位に立っており、欧米諸国が力において世界を圧倒しているので、人権という西欧発の思想が、ある程度の普及力をもっているに過ぎない。
 現在の世界においては、脱キリスト教化しつつ国際化した人権の思想を裏付けるものは、キリスト教の神、ゴッドではない。またアッラーやブラフマンや天やカミ等でもない。ましてや、各文化の伝統・慣習ではあり得ない。今のところその裏付けは、国連や「宣言」に加盟している国々の政府の合意のみであり、意思の合成を担保するものは、外見的には「憲章」や「宣言」の言葉である。その言葉を担保するものは、国家間の力関係である。
 第2次世界大戦で勝者となった連合国の主要国の多くは、キリスト教国だった。日本の占領者アメリカもキリスト教国だった。勝者の価値観・歴史観が敗者に押し付けられ、敗者を精神的に支配するようになったのである。人権の思想の世界化自体が、キリスト教的西洋文明諸国の力の優位の現れである。
 この力の優位が、「連合国=国連」を中心とした第2次世界大戦後の世界秩序を生み出している。その権力と秩序の上に成立しているのが、今日の人権の思想である。これに対抗する力も存在する。たとえば、旧ソ連や中国、イスラーム教諸国等が、人権というカードによる干渉を斥けるのは、その国家間の権力関係の現れである。こうした国際社会の「力の政治」(パワー・ポリテックス)の現実をとらえずに、「憲章」や「宣言」の言葉だけによって、人権を考えると、大きな錯覚に陥る。
 人権は、キリスト教から発生した。しかし、現代世界の人権問題を解決する力を、キリスト教は持っていない。キリスト教に替わる新しい精神的指導原理の出現が期待されている。その指導原理は、新しい人間観をもたらし、そのもとに人権の基礎づけを可能にし、真に人間の幸福と発展を実現するものでなければかならないだろう。

 次回に続く。

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令和3~アイヌ新法は日本を分断し、亡国に導く

2019-06-28 09:27:29 | 時事
3.アイヌ新法は日本を分断し、亡国に導く
 
 次に、平成31年(2019年)4月19日に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が成立した。アイヌ施策推進法と呼ぶ。
 同法は、法律として初めてアイヌを「先住民族」と明記し、独自の文化の維持・振興に向けた交付金制度を創設すること等を定めた。政府は、同法のもとにアイヌ政策推進本部を設置し、政府や自治体の責任で産業や観光の振興に取り組み、アイヌ以外の国民との共生や経済格差の是正を図るとのことである。「先住民族」と法律に規定したことによって、今後多大な影響が予想される。私は、慰安婦問題以上の国際的な問題に拡大していくだろうと懸念する。
アイヌは、特色ある文化を持ち、北海道の観光地で親しまれている。自然と共生する民族というイメージを持っている人も多いだろう。
 実は、アイヌが北海道の歴史に現れるのは、13世紀のことである。それ以前には、5世紀からオホーツク人の文化、7世紀から北海道縄文人の擦文文化があった。これらが突然消滅して、アイヌが登場した。
 『日本書紀』は、7世紀後半に阿倍比羅夫が、北海道の蝦夷を服属させ、粛慎(オホーツク人)を平らげたと記している。7世紀後半に北海道に先住していた者がいたこと、大和朝廷は北海道を平定し、これを日本の一部としていたことがわかる。
 かつては、アイヌ民族は縄文人の子孫であり、原日本人であるという見方が定説のようになっていた。だが、近年遺伝子の研究が進み、アイヌは、北海道縄文人の単純な子孫ではないことがわかった。その一方、オホーツク人とは遺伝的に近いこともわかった。そこで、アイヌはもともと日本に住んでいたのではなく、大陸や樺太から来て、オホーツク人や擦文文化人を滅ぼして、北海道に広がったのではないかと考えられる。アイヌの熊送りの儀式が北海道縄文人や東北地方には見られず、ユーラシア大陸の狩猟民族の典型的な宗教文化であることと符合する。
 仮にアイヌは縄文人の子孫であるとしても、日本人のほとんどは縄文人の子孫であるから、アイヌは日本民族と別の民族ではなく、アイヌを先住民族と規定するのは、間違いとなる。逆に、アイヌが700~800年ほど前に大陸から侵入した民族だとすれば、北海道には別の民族が先住していたので、アイヌは先住民族ではない。どちらにしても、アイヌを先住民族と規定するのは間違いということになる。
 ところで今日、誰がアイヌかを認定するのは国でない。アイヌの団体である北海道アイヌ協会が認定している。アイヌ協会の理事長が承認すれば、アイヌと認められる。アイヌ協会は、「アイヌの血を引くと確認された者」だけでなく、その配偶者・子孫、養子縁組による者にまでアイヌと認定している。アイヌと認定されると、異常に手厚い社会保障を受けることができる。アイヌ協会が認定すれば、アイヌの血を引いていなくとも誰でもアイヌになれるから、アイヌ新法のもと、全国で補助金目当てのにせアイヌが増えるだろう。北海道には、アイヌが約1万3千人いる。東京は、以前は3千人弱だった。ところが、今では東京に、7万5千人のアイヌがいることになっている。これは北海道のアイヌの約5倍である。
 アイヌの団体であるアイヌ協会には、様々な問題があることが指摘されてきた。アイヌ協会は、補助金の不正支出や使途不明金が多い。協会の役員が大学の修学資金、就職支援金、住宅購入の貸付金等を不正受給していたことも発覚している。だが、彼らは逮捕も訴追もされず、マスコミも取り上げない。また、アイヌ協会は、左翼の過激派や在日韓国人・朝鮮人、旧部落民等の団体と結びついており、政治的に非常に偏向している。
 アイヌ新法のもと、補助金等の不正支出・不正受給や政治的な偏向などアイヌ協会の問題が全国に拡大されるだろう。また、アイヌは先住民族だと法律に定めたことにより、一部のアイヌが「和人はアイヌに土地を返すべきだ」「謝罪と賠償を要求する」などと言い出すだろう。さらに、自治権や日本からの独立を要求することが予想される。外国勢力や反日勢力は、こうした動きを後押ししている。
 特に中国共産党は、早くからアイヌに目をつけてきた。昭和47年(1972年)の日中友好回復の前の年に、アイヌを中国に招いた。すると、アイヌは中国を素晴らしい国だと思うようになった。その後、中国共産党は何度もアイヌを呼んで洗脳したので、アイヌ協会は中国共産党と密接な関係がある。
 中国は、北海道の各地で土地を買収し、多額の資本を投資し、また北海道に多くの中国人を送り込んでいる。北海道の水や農産物、鉱物資源等に目をつけ、北海道の支配を狙っている中国にとって、アイヌの自治区創設ほど都合の良い話はない。アイヌに自治区をつくらせ、さらに独立運動を起こさせて、北海道を分断して支配し、さらに日本の支配を進める足掛かりとすることを警戒しなければならない。
 こうしたアイヌに関する問題を知っている国民は、まだほとんどいない。アイヌ新法をそのままにしておくと、日本は内部から分断され、亡国の道へ進む危険性がある。

 次回に続く。

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キリスト教217~国際人権規約と各種国際人権条約

2019-06-27 09:52:17 | 心と宗教
●国際人権規約と各種国際人権条約

 キリスト教を基盤として西欧で発達した人権の思想は、第2次世界大戦後、国連を通じて世界に広がった。
 1960年代には、国連に加盟する発展途上国の数が急増した。「国際連合=連合国」は、第2次大戦の戦勝国による国際秩序の固定化を目指す組織だが、新興国が大挙して加盟したことにより、その性格を変えてきた。アジア、アフリカで増加する新しい国民国家は発言力を増し、旧宗主国と旧植民地、白色人種諸国と有色人種諸国、大国と中小国等の間の強力や調整が求められるようになった。国際社会の多数派を占めるに至った有色人種新興国は、人権を享有する上で民族自決は前提条件であると主張した。この大きな流れの中で、1966年(昭和41年)12月16日に、国連総会で国際人権規約が採択された。
 国際人権規約は、世界人権宣言のもとで、人権の理念を具体化し加盟国を直接に拘束する効力を持つ条約である。国際人権規約は、A規約・B規約という二つの規約の総称である。A規約は社会権規約、B規約は自由権規約である。これらの規約は基本的に世界人権宣言を条約化したものであり、人権の国際的保障の仕組みにおいて、最も重要な位置を占めるものとなっている。
 人権は近代西欧で、まず国家権力の介入からの自由として発達した。それゆえ、その権利すなわち自由権は「第1世代の人権」と呼ばれる。次に、資本主義の発展により生じた社会的矛盾を解決するために、国家の積極的関与によって実現される権利が発達した。それゆえ、その権利すなわち社会権は、「第2世代の人権」と呼ばれる。これら第1世代、第2世代の人権は、ともに20世紀半ばに、世界人権宣言及び国際人権規約に規定されるものとなった。
 さらに国際人権規約は、第1世代、第2世代だけでなく、新たな権利をも定めた。それが「第3世代の人権」と呼ばれるものである。自由権、社会権に対し、「連帯の権利」と称される。その代表的なものが「発展の権利」である。他に「環境と持続可能性への権利」「平和への権利」等が提起されている。
 「第3世代の人権」のうち「発展の権利」は、白色人種の支配から独立を勝ち得た有色人種の要望によって承認されたものである。自由権規約・社会権規約の双方に定められた。そして1986年の「発展の権利宣言」、1993年の「ウィーン宣言及び行動計画」を経て、国際社会に定着した。
 国連は当初から人権を擁護し発達させる組織として機能してきたが、21世紀に入ると、人権が国連の取り組みの主流となった。そして、国連は軍事的な安全保障に加えて、人間の安全保障の実現を目指し、また経済開発だけでなく人間開発を推進する組織となっている。詳しくは、拙稿「人権――その起源と目標」に書いた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm

●世界的な人権問題

 上記のように第2次大戦後、人権に関する取り組みは、国際的に前進してきた。しかし、その一方、大戦後、国家間の戦争による被害や死者よりも、内戦による民間人の被害や政府による人権弾圧の死者の方が、圧倒的に多くなっているという現実がある。特定の人種、民族、宗教等に属する人たちに対する残虐行為や大量虐殺、強制移住、拷問、強姦等が目立つ。政府自身が行ったものがあるほか、政府が軍や警察による侵害を黙認し、あるいは不処罰によって事実上黙認し、また事実上政府とつながる私兵による侵害の支援を行った例がある。政府に治安維持能力がなかったり、司法が十分機能しなかったりして、人権侵害が野放しになっていた例もある。
 近年の例を見ると、バルカン半島のボスニアにおけるムスリムへの虐殺・虐待・強姦等は、民族浄化(エスニック・クレンジング)といわれるほど、苛烈なものである。アフリカ北東部の南スーダンのダルフール地方における紛争は、多くの難民を生み出している。その他、北朝鮮、イラク、エチオピアのソマリ州、コンゴのギブ地方、ジンバブエ、ソマリア、パキスタンの北西部、シリア、イスラーム教過激組織ISILが支配する地域等、近年その国の国民の権利が著しく侵害されている国は、少なくない。問題の原因には、宗教的対立、少数民族の独立運動、相対的強国による併合、為政者の独裁・専横、資源確保を図る先進国の関与等がある。専制国家、独裁国家においては、特権的な支配集団を除く多数の国民が権利を制限され、多民族国家・多宗教国家においては、少数民族や少数集団が権利を制限されている例が多い。
 こうした人権問題への対処としては、国連が政権に対して非難決議をしたり、国際社会が経済的等の手段によって制裁を加えたりして、政治体制の変化を促す。また安保理の決議によって、PKF・PKOが活動し、治安と秩序の回復を図る。だが、安保理は、常任理事国の意見が一致しなければ、国連としての行動は取らない。その場合、特定の国家やそれに連携する国家群のみで行動を起こすことがある。その戦争が侵攻戦争なのか人道支援なのか、今のところ客観的な基準は存在しない。立場・利害が異なると、軍事行動に対する評価は大きく異なる。軍事行動の目的も、人権の擁護より、主は石油・天然ガス等の資源の確保にあることが多い。今日の国際社会では、国益の追求が優先され、国益を実現するため、または国益を損なわないようにするために、人権擁護の行動がされることが多い。
 キリスト教を含む諸宗教は、現代世界の人権問題に対する改善・解決への努力と相互協力を求められている。

 次回に続く。

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令和2~外国人材受け入れ拡大には危険性が

2019-06-26 09:28:26 | 時事
2.外国人材受け入れ拡大には危険性が

 本年秋は、皇位継承に伴う儀式が世界の関心を集める。来年は東京オリンピック・パラリンピック、令和7年(2025年)は大阪万博が行われ、日本はますます世界から注目されることになる。その一方、わが国は多くの問題を抱えており、さらに新たな問題が生じてもいる。その新たな問題の中に、外国人材受け入れの拡大とアイヌ問題がある。
 近年、日本で働く外国人が目立って増えている。平成30年(2018年)10月時点の外国人労働者は、146万463人で過去最高を更新した。10年間で3倍に増えた。その多くは、中国人である。
 政府は、さらに外国人労働者を多く受け入れるために出入国管理・難民認定法、いわゆる入管法の改正を進めた。本年4月、改正入管法が施行された。
 これまで日本は、外国人労働者の受け入れを高度な専門的な能力を持つ人材に限っていた。だが、改正入管法によって、外国人政策を大きく転換し、比較的単純な仕事のできる外国人の受け入れを積極的に拡大することになった。
 受け入れを拡大するのは、農業や介護、建設、造船、宿泊などの14業種である。理由は、人手不足が深刻な産業分野だからという。政府は、本年度からの5年間で最大34万5,150人を上限として受け入れるとの方針を示している。
 日本で外国人が生活や労働の出来る資格を、在留資格という。改正入管法は、新たな在留資格を設けた。「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ者には、「特定技能1号」の資格を与える。在留期間は通算5年で、家族の帯同は認めない。さらに高度な技能を持つ者には「特定技能2号」の資格を与える。2号は、長期在留や家族の帯同が認められる。現行法では、日本に10年在留すれば、永住権を獲得できるようになる。
 入管法改正への動きは、唐突で拙速で杜撰だった。国会に法案が提出されると、多くの問題点が指摘された。最終的な見込み人数は何人か。日本人と仕事の奪い合いになる恐れはないか。外国人労働者の医療、健康保険などのコストをどうするのか。地方の人手不足は解消されないのではないか。不法滞在・不法就労、犯罪、トラブルが増加するのではないか等々である。だが、それらの問題点の多くが解消されないまま、短時日で入管法の改正が決議された。
 多くの問題点が上がったように、改正入管法は国民生活に大きな影響をもたらすことは、明らかである。とりわけ大きな問題点は、ある程度の技能を持つ外国人には、永住への道が開かれることである。
 日本は「和」を尊ぶ国柄で、古代から外国人が渡来すると、これを受け入れ、日本の社会に同化させてきた。だが、これまでは外国から入ってくる人数が少数だった。受け入れる人数が多すぎ、かつあまりにも急速に増えた場合は、同化しきれなくなる。受け入れ人数制限を厳しくし、際限なき増加を防ぐための具体的な措置を講じなければならない。
 外国人材の受け入れ拡大がなし崩し的に進められれば、実質的な移民拡大になり、日本は移民国家に変貌していく恐れがある。特に注意すべきは、入ってくる外国人労働者の多くは、中国人となることが確実であることである。
 ヨーロッパ諸国は第2次世界大戦後、安い労働力として、アジア、中東、北アフリカ等から外国人移民を多数受け入れた。それは、大失敗だった。移民の多くはイスラーム教徒で、キリスト教文化を受け入れず、文化摩擦が強まり、犯罪やテロが蔓延するようになった。ましてわが国は、世界最大の人口を持つ共産主義国家、中国から多数の外国人が入ってくる。そうなると、ヨーロッパ諸国以上の混迷に突入するおそれがある。
 中国では平成22年(2010年)に国防動員法が施行された。緊急時には海外在住の中国国民も動員に応ずることが義務づけられた。仮に日中が紛争状態に陥った時、在日中国人は、中国共産党の命令に従って動く。自衛隊や米軍の活動を妨害するために、集団的に行動するだろう。これは、日本の安全と国益にとって重大な問題である。

 次回に続く。

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令和の時代こそ日本の再建を~外国人材受け入れ拡大とアイヌ新法1

2019-06-24 09:39:31 | 時事
 私は、令和の時代になって、5月下旬から6月中旬にかけて、鎌倉と新潟で、「令和の時代こそ日本の再建を~外国人材受け入れ拡大とアイヌ新法」と題して講演を行った。その要旨を4回に分けて掲載する。
 なお、私は、先に「外国労働者受け入れ拡大で、日本の再建が一層の急務」と「アイヌ施策推進法は改正すべし~その誤謬と大いなる危険性」をブログに連載し、マイサイトに掲示しているが、本稿はそれらの要約を含むものであり、それら詳細版への手引きともなっている。

1.御代替わりと世界に比類ない国柄

 5月1日、皇太子殿下が天皇に即位され、令和の御代が始まった。
 御代替わりに伴い、元号が改まった。この度は、202年ぶりの天皇の譲位に際し、新元号が前以って発表された。
 元号は、シナに由来するが、わが国では645年に「大化」の元号が建てられたのがはじめで、今日まで1300年以上も続いている。「大化」から数えて「令和」は248番目にあたる。元号制度の歴史で初めて、国書である万葉集が典拠とされた。「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ」から来ていると説明された。
 「令」の文字が元号に用いられるのは、初めてという。『漢字源』という漢和辞典によると、もとは「こうごうしい神のお告げ」を意味するという。字の形は、△印は「おおいの下に集めること」を示し、下の部分は「人のひざまずく姿」を表す。「人々を集めて、神や君主の宣告を伝えるさまをあらわす。清く美しいの意を含む」と説明している。こうした意味を持つ文字が、今回は新たな元号に使われた。これから昼の時代を迎える時期に、こうした元号が定められたことは、まことにふさわしい。
 さて、新帝陛下は、神武天皇以来、第126代に当たる。一系の皇統が古代から今日まで続いていると信じられている。日本の皇室は、一説によると、紀元前660年から今日まで2679年という悠久の歴史を誇っている。欧州には国王がいる国がイギリス、スペイン、オランダ等あるが、その歴史はせいぜい数百年でしかない。古代から今日まで、皇室を民族の中心と仰ぐ日本の国柄は、世界に比類のないものである。
 現在皇位継承に伴う様々な儀式が行われているが、10月22日には「即位礼正殿の儀」が執り行われ、天皇陛下が高御座(たかみくら)に立ち、国内外の賓客に即位を宣言される。また「祝賀御列の儀」が催され、陛下はパレードで国民の祝福を受けられる。また26日には、一般参賀が行われ、天皇陛下は国民の祝福をお受けになる予定である。
 御代替わりにおいて最も重要な儀式は、「大嘗祭」である。11月14~15日に、大嘗祭の主要儀式である「大嘗宮の儀」が執り行われ、新帝陛下は神前に新穀を供え、国の安寧や五穀豊穣を感謝し、祈りを捧げる。
 こうした一連の厳粛・盛大・華麗な儀式は、世界の人々から注目を集め、日本の国の伝統・文化・国柄のすばらしさが大きな感動を呼ぶことになるだろう。こうした意義深き時に臨み、日本人は日本精神を取り戻し、またその真髄を学ぶ人が増えることが期待される。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「外国労働者受け入れ拡大で、日本の再建が一層の急務」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-03.htm
・拙稿「アイヌ施策推進法は改正すべし~その誤謬と大いなる危険性」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-05.htm

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 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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キリスト教215~世界人権宣言における人間とその権利

2019-06-22 08:24:35 | 心と宗教
●世界人権宣言における人間とその権利

 「宣言」には、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」という文言がある。ここに、近代西洋文明が生み出した人間観が打ち出されている。すなわち、前章に書いたようにホッブス、ロックが主張し、アメリカ、フランス等の市民革命で発達した人間観が、約300年を経て、世界人権宣言という国際的な文書に盛られ、非西洋文明の諸社会にも受け入れられるものとなったのである。この「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等」という文言は、「そうありたい」という理想と希望を表したものであって、事実の命題ではない。しかし、このように記すことによって、人権が宣言された。
 ここで宣言は、単に人間は権利において平等というのではなく、「尊厳と権利とについて平等」とする。権利だけでなく尊厳においても平等としている。しかし、人間の尊厳とは何かについて、「宣言」は何も語っていない。
 「宣言」第1条は、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」と述べている。
 人権を正当化する根拠に全く言及することなく、宣言は端的にこのように断言している。なぜこのように言いうるのかについては、何の説明もない。
続いて第2条の1項では、「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」と規定している。
 第3条から21条は、すべての人間が享有すべきとするいわゆる市民的、政治的権利を詳細に規定している。
 第22条から27条は、すべての人間が享有すべきとする経済的、社会的、文化的権利を具体的に定めている。
 第28条から29条は、社会的および国際的秩序についての権利、権利が制限される場合、社会に対する義務を規定する。また、これらの権利及び自由は、いかなる場合にも、国際連合の目的及び原則に反して行使してはならないと定めている。
 最後に第30条は、「宣言」の規定を権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事したり、そのような目的を有する行為を行ったりする権利を認めるものと解釈することを禁じている。
 こうした構成を持つ「宣言」を概観すると、「宣言」は、17世紀以降西欧で発達した古典的な自由権を主としつつ、20世紀的な人権とされる社会権をも規定していることがわかる。労働権、社会保障を受ける権利、教育を受ける権利、文化を享受する権利等である。それゆえ、「宣言」は、普遍的・生得的な「人間の権利」を定めるものではなく、歴史的・社会的・文化的に発達する「人間的な権利」を定めたものと言わねばならない。すなわち、世界人権宣言は、「発達する人間的な権利」を宣言した文書である。
 世界人権宣言は、前章に書いたアメリカ独立宣言、フランス人権宣言等に盛られた人権の思想を、新たな文書に表現したものである。それまでの非西洋文明の諸社会から見れば、アメリカ独立宣言やフランス人権宣言等の「人間」や「権利」は、西洋文明の基本要素の一つであるユダヤ=キリスト教を基盤とする特殊な概念だった。また、近代西欧の合理主義が生み出した歴史的・社会的・文化的に特殊な概念だった。アメリカ独立宣言やフランス人権宣言は、他国の植民地人民を対象として想定していない。だが、それらの宣言の思想は文明・国家・民族の違いを超えて受け入れられる一定の伝播性をもっていた。それは根底に近代西欧で論じられた自然法・自然権というある種、普遍性を持ち得る思想に基づいているからである。そして、世界人権宣言は、特定の国民や一部の集団ではなく、人間一般の権利を擁護したものとして発せられた。
 世界人権宣言の人間観の主要な要素は、人類家族、自由、平等、尊厳、理性、良心、同胞の精神、人格とその発展可能性である。そして、「宣言」は、人間は経済的、社会的及び文化的な権利を実現する権利を持ち、それらを条件として、自己の尊厳を保ち、人格的発展を追求する権利を持つとしている。これは、人格の存在とその成長可能性を認める近代西洋の思想を背景にした考え方である。ただし、こうした文言が並んではいるが、そのもとにある人間観は、十分深く考察されたものではない。
 私は、こうした世界人権宣言の人間観のもとには、ロック=カント的な人間観があると見ている。ロック=カント的人間観とは、人間は、生まれながらに自由かつ平等であり、個人の意識とともに理性に従って道徳的な実践を行う自律的な人格を持つ、という人間観である。また「宣言」における人格の概念は、主にカント哲学によっていると考える。ただし、カントの超越論的観念論や道徳哲学を捨象し、また人間は理性的存在ゆえに尊厳を持つという思想も抜いて、ただ人格や人間の尊厳という観念だけを盛り込んだ様相である。いわば欧米人の常識となったロック=カント的人間観を反省的に検討することなく、「宣言」の条文は作成されたのだろう。
 ロック=カント的人間観は、キリスト教、特に西方キリスト教に根差したものである。ロック、カントともに啓蒙主義の思想家であり、また西欧近代科学に通じていた。彼らはキリスト教を近代的理性を以て解釈している。そこに、ヨーロッパ中世までのキリスト教の人間観とは異なる人間観が生み出された。しかし、彼らによる人間観がキリスト教という土壌からことは、全く疑いの余地がない。

 次回に続く。

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歴代天皇は男系継承で性染色体Yを保持~竹内久美子氏

2019-06-21 09:29:38 | 皇室
 動物行動学研究家の竹内久美子氏は、産経新聞令和元年5月15日付に、皇室におけるY染色体の継承について書いている。
 「人間は22対の常染色体と一組の性染色体を持っている。性染色体は女でXXで、男でXYという状態だ。常染色体と、女の性染色体の場合は対になっているので生殖細胞がつくられる際に交差が起きる。染色体のどこかに切れ目が入り遺伝子を交換するのである。
 ところが男の性染色体であるXとYは、対になっていない。そのため交差が起こらないのだ(ただし厳密には、最末端部分では交差が起きるが、その他の部分では起きない)。よってYは父から息子へまるまる一本、ほとんど変化することなく受け継がれる」。
 このような遺伝学の知見をもとに、竹内氏は言う。
 「日本の皇室では少なくとも、そして知りうる限り、千数百年にわたり、ほとんど同じYが受け継がれている。Xや常染色体上の遺伝子は交差などによってばらばらとなるなど、世代を経るごとに変化するのに対し、Y上の遺伝子はしっかりと保存されているのだ」
 「女性が中継ぎとして天皇の座につくことはあっても男系でつないできた。男にしかなく父から息子へと受け渡される性染色体Yについては途切れるとか、別のものに変わるということはなかったのだ」
 「我々(われわれ)は千数百年間も受け継がれてきた皇室のYを決して手放してはいけない」「戦後にGHQ(連合国軍総司令部)によって廃絶となった旧宮家」のなかに「皇室のYを持っておられる方々がおられる」「旧宮家復帰が難しいのであれば、皇室のYをお持ちの旧宮家の男性を何らかの形で皇室のメンバーに迎え入れ、男子をなしていただくだけでもよい。国民が男系男子継承の意味を深く理解し、危機を克服したい」と述べている。
 私見を述べると、性染色体Y自体に価値があるわけではない。それは、単なる遺伝情報に過ぎない。日本の皇室に世界に比類ない価値があるのは、男系継承を固く守ってきたことによって、一系の系統で皇室が維持されてきたことによる。126代に及ぶ天皇の歴史において、女性の天皇が八方十代いたが、それらの女性天皇は、必ず父方で歴代の天皇と血がつながっていた。すなわち男系の女性だった。もし母方でしか歴代の天皇とつながっていない女性が、皇位に就いたならば、その時点で皇統は、歴代の天皇家とは異なる家系に移動していた。それは王朝の交代である。王朝の交代は権力の交代であり、また別のものがその権力の座に妬みをもち、野望を抱く。それによって、一系の皇統を中心とした調和の社会は、対立・闘争の社会に転じてしまう。
 日本人の先祖は、古代から遺伝学の知識を持っていたのでは決してない。本能的に性染色体Yに価値を感じていたわけでも毛頭ない。一系の皇統を中心とすることが、社会の調和的発展を可能にするということを、古代のはるか昔において、何か経験を通じて確信し、その確信を受け継いできたのだろう。

 以下は、竹内氏の記事の全文。

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●産経新聞 令和1年5月15日


https://special.sankei.com/f/seiron/article/20190515/0001.html
天皇が男系男子の遺伝学的理由 動物行動学研究家 エッセイスト・竹内久美子
 
日本には女性の天皇が即位された例が10例ある。うち2例は「重祚(ちょうそ)」(一度譲位した天皇が再び即位すること)なので、実質8人である。そのうちの6人が6~8世紀に集中しており、初めての女性天皇は推古天皇だ。なぜこの時代に女性天皇が多かったのか。
 一説には、蘇我氏や藤原氏といった有力豪族の血がいくつも皇室に入っていた。権力闘争のあおりを受け、次期の男系の天皇が決まらず、女性天皇で中継ぎするケースが多かったからだという。
 もっともこの時代にも天皇が若くして崩御。皇位継承順位の1位にあたる親王が幼いために皇后が代理でつなぐケースもあった。親王が生まれるまで女性天皇が中継ぎしたこともある。女性天皇の残る2例は17~18世紀だ。

≪時を超え変化なく受け継がれ≫
 ここで注目すべきは、女性天皇は存在したが、女系天皇は一人も存在しなかったということだ。女性が中継ぎとして天皇の座につくことはあっても男系でつないできた。男にしかなく父から息子へと受け渡される性染色体Yについては途切れるとか、別のものに変わるということはなかったのだ。
 人間は22対の常染色体と一組の性染色体を持っている。性染色体は女でXXで、男でXYという状態だ。常染色体と、女の性染色体の場合は対になっているので生殖細胞がつくられる際に交差が起きる。染色体のどこかに切れ目が入り遺伝子を交換するのである。
 ところが男の性染色体であるXとYは、対になっていない。そのため交差が起こらないのだ(ただし厳密には、最末端部分では交差が起きるが、その他の部分では起きない)。よってYは父から息子へまるまる一本、ほとんど変化することなく受け継がれる。
 日本の皇室では少なくとも、そして知りうる限り、千数百年にわたり、ほとんど同じYが受け継がれている。Xや常染色体上の遺伝子は交差などによってばらばらとなるなど、世代を経るごとに変化するのに対し、Y上の遺伝子はしっかりと保存されているのだ。

≪遺伝学のない時代から≫
 過去の歴史において天皇に男子が生まれないとか、生まれても夭逝(ようせい)する、しかも天皇に兄弟がいないなど、天皇の近い血縁に男系の男子が存在しないことがしばしばあった。その際、系図をたどることにより確かに男系である男子、今で言う皇室のYを受け継いでいる男子に皇位を継承させている。
 染色体も遺伝子も何らわかっていない時代に、なぜそんな的確な判断がなされたのか不思議だ。もしかすると父から息子へは特別な何かが伝えられる、と皆が共通して認識していたのかもしれない。
 ともあれこのように日本の皇室は千数百年にわたり、ほとんど同じYを継承している。こんな国はどこにもない。
 イギリス王室にしたところで、1066年に、フランスの一諸侯だったノルマンディー公に始まる、千年にも満たない歴史があるのみ。しかも女王がたつと、たいていはその息子が次の王となり、Yは女王の夫君のYにとって代わられる。かの国の人々にもそのことがわかっているのだろうか、Yが変わると王朝名も夫君にちなんだ名に変わる。
 ちなみに現在のイギリスの王朝名はウィンザー朝だが、この名には少々訳がある。1901年、ヴィクトリア女王が亡くなり、長男のエドワード7世が王位についたとき、王朝名は女王の夫君、アルバート公のドイツの実家にちなんだものとなった。しかし第一次世界大戦で英独が敵国となったため、城の名をとり、ウィンザー朝と改められたのである。

≪最強のYとその継承の歴史≫
 我々(われわれ)は千数百年間も受け継がれてきた皇室のYを決して手放してはいけない。どの国が、どう逆立ちしても敵(かな)わない、最強のYとその継承の歴史を我(わ)が国は持っている。天皇陛下となられるお方は、男系でなくてはならないのだ。
 その男系が危ういことになっているのは周知のとおりである。次の世代で皇室のYをお持ちであるのは、皇位継承順位1位の秋篠宮さま、2位の悠仁さまのみである。悠仁さまに、もし男子の誕生がなかったら、この国の歴史も権威もおしまいなのだ。
 一つの光明は、戦後にGHQ(連合国軍総司令部)によって廃絶となった旧宮家である。この宮家のなかに皇室のYを持っておられる方々がおられる。いや、そもそも男系の維持のために旧宮家は存在していたのであり、皇籍離脱をしたから今、男系の危機が訪れているのだ。
 新元号、「令和」は歴史上初めて中国の古典ではなく、日本の古典である「万葉集」からの引用で決まった。脱、中国である。ならば脱GHQとして旧宮家を復帰させてもよいのではないだろうか。
 旧宮家復帰が難しいのであれば、皇室のYをお持ちの旧宮家の男性を何らかの形で皇室のメンバーに迎え入れ、男子をなしていただくだけでもよい。国民が男系男子継承の意味を深く理解し、危機を克服したい。(たけうち くみこ)
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キリスト教214~人権とキリスト教

2019-06-20 09:25:12 | 心と宗教
●人権とキリスト教

 第2次世界大戦後、人権は現代世界の中心思想の一つになった。近代西欧に生まれた人権の思想が、文明や宗教等の違いを超えて、一見普遍的な思想として世界に広がった。そのようになる前は、西洋文明諸国によるラテン・アメリカ、アフリカ、アジアの植民地支配の時代が、15世紀末から20世紀中半まで400年以上続いた。通説のように、もしすべての人間が人間として生まれながらに持つ権利が人権だとすれば、この数世紀は、有色人種が歴史上最も人権を蹂躙されていた時代だった。一方、西洋文明諸国における権利の拡大は、非西洋文明の諸民族の権利に対する侵害と並行していた。周辺部の支配あっての中核部における権利の拡大だった。
 この中核部と周辺部の支配・抑圧の構造は、中核部のキリスト教と周辺部の非キリスト教という宗教間関係となっていた。支配者のキリスト教徒が被支配者の非キリスト教徒を迫害したり、キリスト教に強制的に改宗させた場合が多くあった。
 第2次世界大戦後、アジア、アフリカで多くの国が独立した。独立解放後も、アジア、アフリカの諸国民・諸民族は、依然として西洋文明の圧倒的な影響下にある。それは、19世紀前半に独立したラテン・アメリカの諸国民・諸民族も同様である。
 非西洋文明の多くの文明は西洋文明の周辺文明と化しつつある。思想的にも、合理主義・個人主義・自由主義・デモクラシー(民衆政治参加制度)・ナショナリズム(国家主義・国民主義)などが、広く非西洋文明の諸社会に浸透している。その中の一つとして人権の思想がある。
 拙稿「人権――その起源と目標」で詳細を論じたように、私は人権とは「生得的・普遍的な人間の権利」ではなく、「発達する人間的な権利」と捉えている。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i.htm
 本稿では、キリスト教に関係する限りで人権について述べる。
 
●「連合国=国際連合」における人権への取り組み

 第2次世界大戦後、戦勝国は人権の問題への取り組みに迫られた。その重要な動機の一つは、ナチスによるユダヤ人への迫害だった。国際的なユダヤ人の生命と尊厳、自由と権利を守るにはどうすべきか。外国に亡命を希望する被迫害者、国籍を失った人間、彼らの権利とは何か、誰がどのように守るかという課題が生じた。
 この課題を担ったのは、戦勝国となった西方キリスト教国である。また、この課題に取り組んだ機関は、「連合国=国際連合」である。
 国際連合は、わが国では国際連合と訳されているが、連合国のことに他ならない。第2次大戦の連合国が、国際機構に発展したものが、いわゆる国際連合である。英語では、一貫してthe United Nationsであり、実体は同一である。
 国連の本質は、連合国が発展した軍事組織である。国連による人権の国際的保障は、この軍事同盟による「力の秩序」を前提としたものである。武力による国家間の権利と権力の関係の維持の上に、個人の自由と権利の保障が進められたのである。
 「国連=連合国」の目的は、「国連憲章=連合国憲章」の前文に定められている。すなわち、第一は、国際の平和及び安全の維持。第二は、人民の同権及び自決の原則の尊重に基礎をおく諸国間の友好関係の発展。第三は、経済的・社会的・文化的または人道的性質を持つ国際問題の解決、並びに人権及び基本的自由の尊重を助長奨励することについての国際協力の達成。第四は、これら三つの目的の達成のために果たす中心的な役割である。
 これらのうち第三の目的の一部に、人権に係ることが盛られている。すなわち、「人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権および基本的自由を尊重するよう助長奨励することについて、国際協力を達成すること」である。この文言を端緒として、戦後、人権の思想が世界に広がることとなった。
 国連で国際的人権保障にかかる主な機関は、総会及び経済社会理事会である。1946年に経済社会理事会の補助機関として人権委員会が設立された。同年、人権委員会の中に「世界人権宣言(the Universal Declaration of Human Rights)」の起草委員会がつくられた。約1年半の準備を経て、48年12月10日に、第3回国連総会で世界人権宣言が採択された。世界人権宣言は、「国連憲章=連合国憲章」を受けて、人権を規定したものだった。「憲章」あっての宣言であり、また「宣言」によって「憲章」にいう人権がより具体化された。
 こうして近代西欧から世界に広がった人権の概念の基礎にあるのは、キリスト教である。キリスト教における神は、もともとユダヤ民族の神(ヤーウェ)である。この神は、ユダヤ民族の始祖アブラハムと契約を結び、ユダヤ民族を選民とした。こうした民族性の強い神に、人権の根拠が求められている。近代西欧においては、この神が人格神から非人格神、さらに法則・理法へと解釈が拡大されてきた。「憲章」と「宣言」には、こうしたキリスト教とそれに基づく啓蒙主義の思想が色濃く反映している。人権とキリスト教には、切っても切れない関係がある。

 次回に続く。

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 細川一彦著『超宗教の時代の宗教概論』(星雲社)
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アイヌ施策推進法論をアップ

2019-06-19 09:31:57 | 時事
 5月11日から6月18日にかけてブログとMIXIに連載したアイヌ施策推進法論を編集し、マイサイトに掲示しました。通してお読みになりたい方は、下記へどうぞ。

■アイヌ施策推進法は改正すべし~その誤謬と大いなる危険性
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13-05.htm

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