●三橋氏と既存の経済理論
三橋貴明氏の経済成長理論は、わが国の既存の経済理論とどういう関係にあるのだろうか。
戦後のわが国では、半世紀以上にわたり、自民党が経済政策を主導してきた。昨年9月民主党政権に移行したが、既に実行されている経済政策は、自民党政権時代に決定・開始されたものが多い。鳩山政権の経済政策は、子ども手当・高校無償化・高速道路無料化等のバラマキ政策が主で、経済成長政策がほとんどなかった。財政の再建についても、成長による改善を図るのでも、増税を打ち出すのでもない。まず無駄を削減するといいながら、国家予算は過去最大規模に膨れ上がった。
鳩山氏を後継した菅直人首相は、過去20年間の経済政策は失敗だったとし、公共事業の拡大でも規制緩和・市場重視でもない「第三の道」を行くという。経済・財政・社会保障を一体のものとした経済政策を行えば、日本は発展できるという。医療・介護・保育等の社会保障分野は成長分野であり、増税による資金をこうした分野に投じることで、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を実現できるという。こうした管首相の経済政策は「カンノミクス」と呼ばれる。まだ具体的な中身が語られていないので、どういう経済理論なのか良くわからない。
そこで、三橋氏の経済成長理論については、従来の自民党における経済政策と比較することで、その性格を捉えておきたいと思う。
三橋氏は今回自民党公認候補となる以前から、自民党員だったと近著で明らかにしている。自民党には、経済政策に関して、上げ潮派、財政規律派、積極財政派という三つの派がある。そのうち、三橋氏は積極財政派に入ると私は理解する。
上げ潮派は、政府の市場介入を少なくすることによって経済を成長させ、成長率が上がれば税収は自然増となり、消費税の税率を上げなくても財政が再建されるとする一派である。金融緩和、規制緩和などにより景気を好転させ、現状より高い名目GSPの成長率を達成し、好景気を背景にした税収増により財政再建を行おうとする。「改革なくして成長なし」をスローガンとした小泉=竹中政権の構造改革を継承する立場である。代表格は中川秀直氏である。そのブレーンがエコノミストの高橋洋一氏である。
上げ潮派と対立するのが、財政規律派である。財政再建を重視し、わが国の財政は消費税など歳入面での改革が必要であるとし、増税による財政再建を主張する。わが国のプライマリーバランス(基礎的財政収支)つまり国債発行を除いた歳出と国債の元利払いを除いた歳入の差は、赤字が続いている。これは後世代に借金をつけ回していることだとして、その改善を優先課題とする。財務省が総本山である。政界では、現自民党総裁の谷垣禎一氏、伊吹文明氏らが代表格である。与謝野馨氏も財政規律派だったが、麻生政権では景気回復のために財政出動を主張した。現在はたちあがれ日本の共同代表となっている。
上げ潮派や財政規律派とは一線を画し、デフレ下での積極的な財政出動を説くのが、積極財政派である。景気対策は政府が需要を作り出すことを基本とし、政府支出は公共事業を中心にする。景気回復を優先し、プライマリーバランスの黒字化達成の時期は先延ばしにする。景気低迷期に増税はできないとして、財源は国債発行に求める。麻生太郎元首相が代表格である。エコノミストでは菊池英博氏が代表的である。麻生氏は小泉=竹中構造改革を継承し部分修正しようとしたが、菊池氏は構造改革を一貫して徹底的に批判している。
これらの三派を比較すると、上げ潮派は「小さな政府」を目指すが、財政規律派と積極財政派は「大きな政府」を指向する。また上げ潮派と積極財政派は、経済成長と景気回復を優先するのに対し、財政規律派は財政再建を重視すると言えよう。つまり、上げ潮派は「小さな政府」で経済成長と景気回復を優先、財政規律派は「大きな政府」で財政再建を重視、積極財政派は「大きな政府」で経済成長と景気回復を優先と言えよう。
それでは、三橋氏の立場はどうか。三橋氏は、財政規律派に対して、厳しく批判的である。また上げ潮派の源である小泉=竹中政権の経済政策にも批判的である。その一方、麻生政権の財政出動政策を高く評価している。これらの点から、私は、三橋氏を積極財政派と理解する。ただし、既存の積極財政派とは、拠って立つ理論が違う。例えば、三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化という目標は掲げない。経済成長ができれば、公的債務対GDP比率の安定的な引き下げが達成され、誰もプライマリーバランスの黒字化など気にしなくなるという見方である。
三橋氏の理論は、徹底的にデータを重視し、経済を多角的に分析して構築したものであり、独創性を持っている。「成長こそすべての解」として、積極財政派の理論をより成長重視に徹底する理論になっていると思う。その点で、“成長徹底重視型の積極財政派”と言えるだろう。
次回に続く。
■追記
本稿を含む拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ~三橋貴明氏」は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13f.htm
三橋貴明氏の経済成長理論は、わが国の既存の経済理論とどういう関係にあるのだろうか。
戦後のわが国では、半世紀以上にわたり、自民党が経済政策を主導してきた。昨年9月民主党政権に移行したが、既に実行されている経済政策は、自民党政権時代に決定・開始されたものが多い。鳩山政権の経済政策は、子ども手当・高校無償化・高速道路無料化等のバラマキ政策が主で、経済成長政策がほとんどなかった。財政の再建についても、成長による改善を図るのでも、増税を打ち出すのでもない。まず無駄を削減するといいながら、国家予算は過去最大規模に膨れ上がった。
鳩山氏を後継した菅直人首相は、過去20年間の経済政策は失敗だったとし、公共事業の拡大でも規制緩和・市場重視でもない「第三の道」を行くという。経済・財政・社会保障を一体のものとした経済政策を行えば、日本は発展できるという。医療・介護・保育等の社会保障分野は成長分野であり、増税による資金をこうした分野に投じることで、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を実現できるという。こうした管首相の経済政策は「カンノミクス」と呼ばれる。まだ具体的な中身が語られていないので、どういう経済理論なのか良くわからない。
そこで、三橋氏の経済成長理論については、従来の自民党における経済政策と比較することで、その性格を捉えておきたいと思う。
三橋氏は今回自民党公認候補となる以前から、自民党員だったと近著で明らかにしている。自民党には、経済政策に関して、上げ潮派、財政規律派、積極財政派という三つの派がある。そのうち、三橋氏は積極財政派に入ると私は理解する。
上げ潮派は、政府の市場介入を少なくすることによって経済を成長させ、成長率が上がれば税収は自然増となり、消費税の税率を上げなくても財政が再建されるとする一派である。金融緩和、規制緩和などにより景気を好転させ、現状より高い名目GSPの成長率を達成し、好景気を背景にした税収増により財政再建を行おうとする。「改革なくして成長なし」をスローガンとした小泉=竹中政権の構造改革を継承する立場である。代表格は中川秀直氏である。そのブレーンがエコノミストの高橋洋一氏である。
上げ潮派と対立するのが、財政規律派である。財政再建を重視し、わが国の財政は消費税など歳入面での改革が必要であるとし、増税による財政再建を主張する。わが国のプライマリーバランス(基礎的財政収支)つまり国債発行を除いた歳出と国債の元利払いを除いた歳入の差は、赤字が続いている。これは後世代に借金をつけ回していることだとして、その改善を優先課題とする。財務省が総本山である。政界では、現自民党総裁の谷垣禎一氏、伊吹文明氏らが代表格である。与謝野馨氏も財政規律派だったが、麻生政権では景気回復のために財政出動を主張した。現在はたちあがれ日本の共同代表となっている。
上げ潮派や財政規律派とは一線を画し、デフレ下での積極的な財政出動を説くのが、積極財政派である。景気対策は政府が需要を作り出すことを基本とし、政府支出は公共事業を中心にする。景気回復を優先し、プライマリーバランスの黒字化達成の時期は先延ばしにする。景気低迷期に増税はできないとして、財源は国債発行に求める。麻生太郎元首相が代表格である。エコノミストでは菊池英博氏が代表的である。麻生氏は小泉=竹中構造改革を継承し部分修正しようとしたが、菊池氏は構造改革を一貫して徹底的に批判している。
これらの三派を比較すると、上げ潮派は「小さな政府」を目指すが、財政規律派と積極財政派は「大きな政府」を指向する。また上げ潮派と積極財政派は、経済成長と景気回復を優先するのに対し、財政規律派は財政再建を重視すると言えよう。つまり、上げ潮派は「小さな政府」で経済成長と景気回復を優先、財政規律派は「大きな政府」で財政再建を重視、積極財政派は「大きな政府」で経済成長と景気回復を優先と言えよう。
それでは、三橋氏の立場はどうか。三橋氏は、財政規律派に対して、厳しく批判的である。また上げ潮派の源である小泉=竹中政権の経済政策にも批判的である。その一方、麻生政権の財政出動政策を高く評価している。これらの点から、私は、三橋氏を積極財政派と理解する。ただし、既存の積極財政派とは、拠って立つ理論が違う。例えば、三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化という目標は掲げない。経済成長ができれば、公的債務対GDP比率の安定的な引き下げが達成され、誰もプライマリーバランスの黒字化など気にしなくなるという見方である。
三橋氏の理論は、徹底的にデータを重視し、経済を多角的に分析して構築したものであり、独創性を持っている。「成長こそすべての解」として、積極財政派の理論をより成長重視に徹底する理論になっていると思う。その点で、“成長徹底重視型の積極財政派”と言えるだろう。
次回に続く。
■追記
本稿を含む拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ~三橋貴明氏」は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13f.htm