ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

三橋貴明氏の経済成長理論2

2010-06-28 06:16:52 | 経済
●三橋氏と既存の経済理論
 
 三橋貴明氏の経済成長理論は、わが国の既存の経済理論とどういう関係にあるのだろうか。
 戦後のわが国では、半世紀以上にわたり、自民党が経済政策を主導してきた。昨年9月民主党政権に移行したが、既に実行されている経済政策は、自民党政権時代に決定・開始されたものが多い。鳩山政権の経済政策は、子ども手当・高校無償化・高速道路無料化等のバラマキ政策が主で、経済成長政策がほとんどなかった。財政の再建についても、成長による改善を図るのでも、増税を打ち出すのでもない。まず無駄を削減するといいながら、国家予算は過去最大規模に膨れ上がった。
 鳩山氏を後継した菅直人首相は、過去20年間の経済政策は失敗だったとし、公共事業の拡大でも規制緩和・市場重視でもない「第三の道」を行くという。経済・財政・社会保障を一体のものとした経済政策を行えば、日本は発展できるという。医療・介護・保育等の社会保障分野は成長分野であり、増税による資金をこうした分野に投じることで、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」を実現できるという。こうした管首相の経済政策は「カンノミクス」と呼ばれる。まだ具体的な中身が語られていないので、どういう経済理論なのか良くわからない。
 そこで、三橋氏の経済成長理論については、従来の自民党における経済政策と比較することで、その性格を捉えておきたいと思う。

 三橋氏は今回自民党公認候補となる以前から、自民党員だったと近著で明らかにしている。自民党には、経済政策に関して、上げ潮派、財政規律派、積極財政派という三つの派がある。そのうち、三橋氏は積極財政派に入ると私は理解する。
 上げ潮派は、政府の市場介入を少なくすることによって経済を成長させ、成長率が上がれば税収は自然増となり、消費税の税率を上げなくても財政が再建されるとする一派である。金融緩和、規制緩和などにより景気を好転させ、現状より高い名目GSPの成長率を達成し、好景気を背景にした税収増により財政再建を行おうとする。「改革なくして成長なし」をスローガンとした小泉=竹中政権の構造改革を継承する立場である。代表格は中川秀直氏である。そのブレーンがエコノミストの高橋洋一氏である。
 上げ潮派と対立するのが、財政規律派である。財政再建を重視し、わが国の財政は消費税など歳入面での改革が必要であるとし、増税による財政再建を主張する。わが国のプライマリーバランス(基礎的財政収支)つまり国債発行を除いた歳出と国債の元利払いを除いた歳入の差は、赤字が続いている。これは後世代に借金をつけ回していることだとして、その改善を優先課題とする。財務省が総本山である。政界では、現自民党総裁の谷垣禎一氏、伊吹文明氏らが代表格である。与謝野馨氏も財政規律派だったが、麻生政権では景気回復のために財政出動を主張した。現在はたちあがれ日本の共同代表となっている。
 上げ潮派や財政規律派とは一線を画し、デフレ下での積極的な財政出動を説くのが、積極財政派である。景気対策は政府が需要を作り出すことを基本とし、政府支出は公共事業を中心にする。景気回復を優先し、プライマリーバランスの黒字化達成の時期は先延ばしにする。景気低迷期に増税はできないとして、財源は国債発行に求める。麻生太郎元首相が代表格である。エコノミストでは菊池英博氏が代表的である。麻生氏は小泉=竹中構造改革を継承し部分修正しようとしたが、菊池氏は構造改革を一貫して徹底的に批判している。
 これらの三派を比較すると、上げ潮派は「小さな政府」を目指すが、財政規律派と積極財政派は「大きな政府」を指向する。また上げ潮派と積極財政派は、経済成長と景気回復を優先するのに対し、財政規律派は財政再建を重視すると言えよう。つまり、上げ潮派は「小さな政府」で経済成長と景気回復を優先、財政規律派は「大きな政府」で財政再建を重視、積極財政派は「大きな政府」で経済成長と景気回復を優先と言えよう。
 それでは、三橋氏の立場はどうか。三橋氏は、財政規律派に対して、厳しく批判的である。また上げ潮派の源である小泉=竹中政権の経済政策にも批判的である。その一方、麻生政権の財政出動政策を高く評価している。これらの点から、私は、三橋氏を積極財政派と理解する。ただし、既存の積極財政派とは、拠って立つ理論が違う。例えば、三橋氏は、プライマリーバランスの黒字化という目標は掲げない。経済成長ができれば、公的債務対GDP比率の安定的な引き下げが達成され、誰もプライマリーバランスの黒字化など気にしなくなるという見方である。
 三橋氏の理論は、徹底的にデータを重視し、経済を多角的に分析して構築したものであり、独創性を持っている。「成長こそすべての解」として、積極財政派の理論をより成長重視に徹底する理論になっていると思う。その点で、“成長徹底重視型の積極財政派”と言えるだろう。

 次回に続く。

■追記
 本稿を含む拙稿「デフレを脱却し、新しい文明へ~三橋貴明氏」は、下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13f.htm
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三橋貴明氏の経済成長理論1

2010-06-25 09:16:55 | 経済
 三橋貴明氏は、インターネットから登場した若い経済評論家である。中小企業診断士として企業の財務分析で培った解析力をマクロ経済に応用し、経済指標など豊富なデータをもとに国家経済を多面的に分析する「国家モデル論」で知られる。現在、私が注目するエコノミストの一人である。
 三橋氏は、わが国の経済について通説を覆す主張をし、日本がデフレを脱却し、新たな経済成長をするための総合的な経済政策を提案している。その政策は、「成長こそすべての解」とする積極的な経済成長路線である。
 三橋氏は、今年7月の参議院選挙で自民党の比例区公認候補として立候補した。単なる経済評論家ではなく、自らの経済成長理論をもって政界に進出し、その実現を図ろうというわけである。政界進出に当たっては、『日本を変える5つの約束』(彩図社)、『日本のグランドデザイン』(講談社)等を出版し、自らの政策・信条・ビジョンを明らかにしている。
 三橋氏の理論と主張には、これまで私の知る経済理論・経済政策とは異なる点がある。なによりデータが豊富に示され、そのデータをもとに所論が展開される。本稿は、氏の経済成長理論の検討のため、その骨子を整理することを目的とする。

●経済学と経済政策の大まかな流れ
 
 最初に経済学と経済政策についての私の認識を大まかに書く。
 19世紀半ば以来、経済思想における最大の対立は、資本主義と共産主義の対立である。根本的な違いは、私有財産制の肯定か否定かにある。思想的には、ロックとマルクスの対立である。ロックは私有財産制を肯定し、資本主義を哲学的に基礎付けた。マルクスは私有財産制を否定し、資本主義の矛盾を止揚するかのような思想を打ち立てた。資本主義と共産主義は理論的には正反対だが、私の見るところ、実態は自由主義的資本主義と統制主義的資本主義の違いに過ぎない。共産主義を実行したソ連等の諸国の経済体制は、実態は統制主義的資本主義である。そこで、私は、いわゆる資本主義を統制主義的資本主義と区別するため、自由主義的資本主義と呼ぶ。
 古典派経済学は、ロックの思想に基くアダム・スミスに始まり、リカードが完成した。古典派の経済理論は労働価値説に基く。この点はマルクスも同様である。これに対し、1870年代に限界効用の概念が登場して経済学に限界革命が起こり、新古典派経済学が発達した。新古典派は市場における需要・供給価格理論である。ワルラスの一般均衡理論が主流である。新古典派が、自由主義的資本主義の経済理論となった。
 自由主義的資本主義は、1917年のロシア革命後、共産革命の脅威に直面した。さらに1929年の世界大恐慌によって、自ら危機を産み出した。それまでは自由放任、市場決定の思想が資本主義の原理だった。しかし、その原理では資本主義の維持が難しくなった。そこに登場したのがケインズである。
 ケインズは、失業の問題を重視し、国民所得(GDP)は総供給ではなく総需要によって決まるという「有効需要の原理」を打ち出した。完全雇用実現のためには、政府による有効需要の創出が重要であると主張し、政府が積極的に経済に関与する理論を説き、「総需要管理政策」を提唱した。これを経済学における「ケインズ革命」という。
 アダム・スミスからワルラスの系統を新古典派経済学、ケインズの系統をケインズ学派という。私は前者の思想を古典的自由主義、後者の思想を修正的自由主義と呼ぶ。
 ケインズ学派の修正的自由主義は、1930年代から1980年代まで、自由主義的資本主義の基本思想となっていた。今日のマクロ経済学は、基本的にケインズの理論を発展させたものである。サミュエルソンの「新古典派総合」が広く世界に影響を与え、各国は多かれ少なかれケインズ理論に基づく経済政策を行った。
 その間、先進国の多くで社会保障費が増加、社会主義の勢力が伸張するなどし、政府による管理の度合いが大きくなった。これに対し、80年代にはサッチャー、レーガンが古典的自由主義を復活する政策を行った。そこには、大恐慌以来、資本に課していた規制を緩和し、競争原理を強化し、政府の介入を否定して市場による決定に委ねる思想があった。フリードマンは、経済政策は流通する通貨の量を一定の速度で増加させるだけでいいというマネタリズムを説いた。またルーカスは、経済主体が政府の政策を合理的に予測してしまえば、その政策は無効になるという合理的期待形成説を説いた。彼らは新古典派経済学の継承者であり、その経済思想は、新自由主義ないし市場原理主義と呼ばれる。ケインズ主義に対する反ケインズ主義である。
 1991年(平成3年)ソ連が崩壊し、相前後して東欧諸国も共産主義を放棄した。その結果、アメリカが唯一の超大国となり、世界の政治・経済・軍事に大きな力を振るうようになった。アメリカは、新自由主義・市場原理主義に基づくグローバリズムを各国に広めた。ウォール街を中心とする巨大国際金融資本が、情報通信技術を駆使して、強欲に利益を追求した。しかし、サブプライム・ローンの危機とリーマン・ショックによって、2008年(平成20年)世界は大恐慌以来最大の経済危機に陥った。ここで改めて自由放任・市場決定的な古典的自由主義の危険性が再認識され、修正的自由主義への回帰が起こった。ケインズ主義の復権である。それと同時に、グローバリゼイションに抗してナショナリズムを復興する傾向が広がっている。

●わが国の経済的課題

 わが国に目を転じると、わが国は第2次世界大戦後、敗戦の荒廃から復興し、1955年~73年(昭和30~48年)にかけて高度経済成長を成し遂げた。この間の経済政策は、ケインズ理論を応用したものだった。その後、わが国は二度にわたるオイル・ショックを乗り越え、世界第2位の経済大国として、アメリカを脅かす存在となった。ところが、1985年(昭和60年)のプラザ合意以後、わが国は敗戦後軍事的に従属してきたアメリカに金融的にも従属する関係となり、その関係の中でバブル経済に陥った。1990年(平成2年)ころバブルは崩壊し、日本経済は大きな打撃を受け、長期にわたる不況が続いた。それとともに、一層アメリカ資本の進出を許す外交が行われた。
 2001年(平成13年)に成立した小泉=竹中政権は、わが国に新古典派経済学の新自由主義・市場原理主義を導入した。その経済政策によって、構造改革が推進されたが、その反面、中小企業の倒産が多発し、経済的格差が拡大し、家庭や地域の共同性が損なわれた。これへの反省と反発が、今日のわが国の経済学・経済政策にほぼ共通して見られる。グローバリゼイションに抗してナショナリズムを復興し、競争原理に対して協同原理を回復し、マネー・ゲームではなくものづくりを重視し、経済成長と社会保障の調和を追及する傾向が強くなっていると言えよう。竹中平蔵氏の盟友だった中谷巌氏の懺悔と転向は象徴的な出来事である。
 バブルの崩壊後、わが国の経済は、低迷を続けている。不況の中で行われた緊縮財政の結果、2000年(平成10年)以降は、敗戦後初めてデフレに陥った。物価の下落以上に、所得が下がる。供給能力が巨大なのに需要が少ないため、需給ギャップが大きい。わが国はこうした日本独特のデフレから抜けられず、今年1~3月期のGDPは年率換算で480兆円。500兆円を大きく割り込んでいる。かつての自民党政権であれ、いまの民主党政権であれ、デフレを脱却するための経済政策を策定・実行できていない。政府の財政政策と日銀の金融政策が一体化していない。既成政党であれ新党であれ、こういう経済状況を打破するための具体的な経済政策をもった政治家の出現が期待される。
 本稿が主題とする三橋貴明氏は、こうした状況でわが国に現れた経済評論家であり、また独自の経済政策を提案する政治家の卵である。

 次回に続く。
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トッドの移民論と日本9

2010-06-24 10:28:00 | 国際関係
●移民問題は「現代の最も重要な問題の一つ」

 『新ヨーロッパ大全』で近代ヨーロッパの徹底的な研究を経たトッドは、最後に移民の問題に触れた。そして、この問題に深く取り組んでいった。その成果が、『移民の運命』(藤原書店、1999年刊)である。
 本書においてトッドは、移民の問題を「現代の最も重要な問題の一つ」と位置づける。トッドは本書で、西欧の四大先進国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにおける移民への対応を比較し、各国の対応の違いを示すことで、ヨーロッパの抱える移民問題の深刻さを明らかにする。そして、移民を隔離したり、排除したりするのではなく、同化すべきとする。また、フランスは独善的に同化を押し付けるのではなく、「率直で開かれた同化主義」を取るべきことを提唱している。
 こうしたトッドの研究と主張は、ヨーロッパの内部のものであり、特にフランスにおけるものだが、私は、移民の問題に直面しているわが国にとっても、大いに参考になるものと思う。そこで、次にトッドの『移民の運命』の内容を整理・検討する。そのうえで、日本における移民問題について私見を述べたい。
 トッドの移民論は、社会的文化的な人類学の成果に基づいている。それゆえ、トッドによって移民問題を考えるには、ある程度、人類学の知識が必要である。そこで、遠回りのようになるが、『移民の運命』の内容に入る前に、移民問題のための人類学の基礎知識を書いておきたい。その中で、若干の私見を述べることをお断りしておく。

●家族制度の四つの類型

 トッドの移民論は、人類学的な家族制度の分析を、基本的な方法論とする。移民論の理解には、家族制度論の理解が必要である。そこでこの項目の最初に、トッドの家族制度論の概要を示す。
トッドによると、家族型には8つの型があり、うちヨーロッパには平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、共同体家族の四つの型がある。これらの四つのパターンを、具体的に見ていこう。

①平等主義核家族
 核家族では、子供が結婚すると独立し、親の家を離れる。そのため、父と子の関係は自由主義的である。核家族には、平等主義核家族と絶対核家族がある。平等主義核家族は、遺産相続において兄弟間の平等を厳密に守ろうとするため、兄弟間の関係は平等主義的である。この型が生み出す価値観は、自由と平等である。この家族型の集団で育った人間は、兄弟間の平等から、諸国民や万人の平等を信じる傾向がある。この傾向をトッドは普遍主義という。通婚制度、つまり結婚の仕方は族外婚といって、配偶者を自分の所属する集団の外から得る制度が取られている。
 平等主義核家族は、ヨーロッパでは、フランスのパリ盆地を中心とする北フランスと地中海海岸部、北部イタリア、南イタリアとシチリア、イベリア半島の中部および南部に分布する。西欧以外では、ポーランド、ルーマニア、ギリシャ、エチオピアに見られ、スペイン・ポルトガルの植民地だったラテン・アメリカではほぼ全域に分布する。
 自由・平等を掲げるフランス革命がパリ盆地で起こったのは、この家族型の価値観による。フランスは、中心部が普遍主義なので、国全体が普遍主義の傾向を持つ。

②絶対核家族
 絶対核家族は、父子関係が自由主義的である点は、平等主義核家族と同様である。違いは、遺産相続において、特に親が自由に遺産の分配を決定できる遺言の慣行があり、兄弟間の平等に無関心な点である。この型が生み出す価値観は自由である。自由のみで平等には無関心ゆえ、諸国民や人間の間の差異を信じる傾向がある。この傾向をトッドは差異主義という。通婚制度は族外婚である。
 絶対核家族は、世界中で西ヨーロッパにしか見られない特異な型だった。大ブリテン島の大部分(イングランド、ウェールズ)、オランダの主要部、デンマーク、ノルウェー南部、それにフランスのブルターニュ地方に分布するのみ。植民によって、アメリカ合衆国とカナダの大部分にも分布を広げている。
 アングロ・サクソンの家族型は、絶対核家族である。英米のアングロ・サクソン文化は個人の自由を重んじる。自由主義的かつ個人主義的である。その文化の中で発達した思想や制度、資本主義にもその特徴がある。

 次回に続く。

■上記を含む拙稿「トッドの移民論と日本の移民問題」は下記に掲載しています。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion09i.htm
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保守連合VS輿石日教組

2010-06-23 11:18:45 | 時事
 参議院選挙の火蓋が切られた。私は今回の選挙は、日本人が日本を守れるか、失うかの分水嶺となる選挙だと思う。
 昭和44年(1969)12月に、70年安保をめぐる衆議院議員総選挙があった。まさに日本の岐路となる選挙だった。結果は大方の予想に反し、社会党が惨敗し、安保破棄の左翼勢力が大きく後退し、日本の共産化は防がれた。
 私は今回の参議院議員選挙は、この44年年末総選挙以来の重要な選挙となるように思われてならない。当時と違って、左翼によるゲバルト闘争はない。大学もバリケード封鎖されていない。街はいたって静かである。しかし、国民の意識は、ソフトに左へ寄っている。なにより旧社会党系や40年の左翼学生運動出身の政治家が、政府の中枢の要職を多く占めている。そういう中で、国政選挙が行われる。合法的で穏健な仕方で、日本の変造が進められようとしている。

 日本の危機を感じる保守勢力が結集する動きについては、14日に書いた。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1513337143&owner_id=525191
 22日には保守連合が民主党・輿石東氏の地盤である山梨県で街頭演説を行い、民主党・日教組との対決を鮮明に訴えたようである。山梨県民の目覚めが日本国民の目覚めにつながることを期待する。
 以下は報道のクリップ。

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【参院選2010 断面】「甲斐の国」に保守勢力集結 政界再編も視野?
2010.6.22 22:35

 議員連盟「創生日本」会長の安倍晋三元首相、たちあがれ日本の平沼赳夫代表、日本創新党の中田宏代表幹事ら「日本を救うネットワーク」(救国ネット)のメンバーが22日、甲府市で保守勢力の結集を訴えた。参院選の争点が定まらぬ中、「日教組のドン」と呼ばれる民主党の輿石東参院議員会長の本拠地で気勢を上げ、革新勢力との対決を鮮明にさせる狙いがある。(今堀守通、森山昌秀)

 安倍氏「ウソつきは民主党の始まりだ。日本で初めて国旗国歌法に反対した人が首相になった。こんな人が日本を守れますか」
 平沼氏「日教組は日本を悪くした。『教育に中立はありえない』などという男は絶対に叩き落とさねばダメだ!」
 石原慎太郎東京都知事「日本は一体どうなる。下手するとタイタニック号になっちゃう。私は死んでも死にきれないよ…」
 夏空が広がる22日夕、JR甲府駅南口で安倍氏らは汗だくになりながら、伝統・文化が失われつつある現状を憂い、民主党が包含する革新色を批判した。
 「たちあがれ」「創新」はともに保守を旗印にした新党だが、自民党の安倍氏と組んだのは理由がある。
 鳩山由紀夫前首相の退陣により民主党支持率はV字回復した。菅直人首相が消費税10%構想を打ち出すことでバラマキ批判を封印したこともあり、大きな争点もないまま参院選に突入しようとしている。
 「雨後の竹の子のように保守新党が誕生したら民主党を利するだけだ」。ジャーナリスト、櫻井よしこ氏らの説得に応じ、安倍、平沼両氏、創新党の山田宏党首らの3者が連携を決めたのは今月上旬だった。
 「たちあがれ」「創新党」は22日、参院選後に統一会派を結成する方針を表明。参院選でお互いの候補を推薦し、救国ネットの活動も活発化させることも決めた。この動きが広がれば、政界再編に向け、保守勢力が一方の軸になり得るとの計算も見え隠れする。
 輿石氏をターゲットに絞ったのは民主党有数の集票マシンである日教組の動きを封じるためだけではない。輿石氏の背後にいる小沢一郎前民主党幹事長を牽制する狙いもある。
 だが、小沢氏にとって山梨県は師匠の故金丸信元副総理の縁の地でもある。公示日の24日、小沢氏は山梨県南アルプス市の金丸氏の墓を参り、参院選での勝利を誓う考えだという。
 戦国武将・武田信玄が天下を狙った「甲斐の国」が、いま保革決戦の地となりつつある。
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ソ連の不法行為を忘れるな

2010-06-21 07:10:00 | 歴史
 大東亜戦争の末期、共産主義ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して、満州・樺太等を侵攻した。さらに、スターリンは国際法を無視し、日本人を俘虜として抑留し、シベリア等の各地で強制労働を課した。
 わが国の厚生省援護局の資料によると、抑留者は約57万5,000人、うち死亡者は、約5万5,000人とされている。また、ロシア側の研究報告によると、抑留者は約54万6,000人、うち死亡者は約6万2,000人とされる。(『はるかなシベリア・戦後50年の証言』北海道新聞社)
 しかし、実態はさらに大規模だった可能性がある。ロシア人ジャーナリストで、元イズベスチア編集長のアルハンゲリスキーは、著書『シベリアの原爆』(邦題『プリンス近衛殺人事件』新潮社)にて、日本人の抑留は軍人・民間人合わせて200万人以上に達し、そのうち40万人が虐殺されたと推計している。酷寒の地で食糧も防寒具もろくに与えられず、重労働を課せられて虐殺された日本人の数は原爆での死者より多かった。アルハンゲリスキーは、著者を「シベリアの原爆」と名づけた。

 ソ連崩壊後、明るみに出た機密文書などによれば、シベリア抑留はスターリンの指令によって行われたものだった。スターリンは、アメリカのトルーマンに、北海道の北半分の占領を要求した。トルーマンがこれを拒否すると、スターリンはその代償として抑留を強行したのである。
 私は北海道の道北地方に生まれ、育った。私の父母は、敗戦当時、まさにスターリンが占領を狙っていた地域に住んでいた。もしソ連に占領されていたら、父母は大いなる悲劇にあったことだろう。私自身、自分の存在がこうしてあったものかどうか、わからない。
 スターリンは、北海道北半分を占領する要求が拒否された代わりに、60万~200万人もの日本人をシベリアに抑留し、強制労働をさせた。その中に私の伯父二人がいた。彼らは、米ソの駆け引きの結果、親・きょうだい、郷土が守られたのと引き換えに、氷原の地獄を味わわされたわけである。

 このたび、わが国では、シベリアなどに抑留された日本人に特別給付金を支給する特別措置法が成立した。伯父二人は、特措法の成立を見ることなく、既に鬼籍に入っている。生存している人たちの平均年齢は、87歳前後だという。給付金は、いくばくかの慰労にはなるだろう。しかし、ソ連の不法行為はなんら裁かれていない。第2次世界大戦の戦後処理によって捻じ曲げられた国際法の正義は、いまだ回復されていない。
 日本人は、決してソ連の不法行為を忘れてはならない。また旧ソ連を引き継いだロシアは、ソ連の不法行為を謝罪、補償することなく、北方領土の不法占拠を続けている。そのことも忘れてはならない。
 
 以下は報道のクリップ。

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●産経新聞 平成22年6月21日

【主張】シベリア特措法 忘れまいソ連の不法行為
2010.6.21 02:47

 第二次大戦後に旧ソ連のシベリアなどに抑留された日本人に1人当たり25万~150万円の特別給付金を支給する特別措置法が成立した。
 シベリア抑留は、昭和20(1945)年8月に日ソ中立条約を破って旧満州などに侵入した旧ソ連軍によって引き起こされた歴史的な犯罪行為である。関東軍将兵ら約60万人がシベリアなどの収容所に連行され、最高11年半に及ぶ強制労働をさせられた結果、約6万人が死亡したといわれる。
 これは、ソ連も加わったポツダム宣言の日本軍人らの本国帰還を求めた規定(第9条)にも違反している。本来、ソ連(現ロシア)の責めに帰すべき問題である。
 しかし、昭和31年の日ソ共同宣言で、日本はソ連への賠償請求権を放棄した。その後、抑留体験者の一部が国に強制労働の未払い賃金などの補償を求める訴訟を起こしたが、最高裁は平成9年、「戦争被害は国民が等しく受忍しなければならない」として、原告側の要求を退け、補償の要否を立法府に委ねた。
 その結論が戦後65年たって、ようやく出されたといえる。ただ、給付金の支給対象は生存している元抑留者に限られる。帰国した46万人を超える元抑留者のうち、生存者は7万~8万人で、平均年齢は87歳前後と推定される。
 特措法は、抑留の実態調査や遺骨収集、追悼などを行うための基本方針策定も政府に義務づけた。異国の地で亡くなった人や、帰国後、特措法を待てずに死亡した元抑留者のためにも、国はこれらの義務をきちんと果たすべきだ。
 ソ連崩壊後、明るみに出た機密文書などによれば、シベリア抑留はソ連の独裁者、スターリン首相の指令によって行われたものだ。北海道の北半分の占領を狙ったスターリンの要求を米国のトルーマン大統領が拒否し、その代償として抑留を強行したのである。
 今回の特措法をめぐり、シベリア抑留は「日本の侵略戦争」などが引き起こしたとする論調が一部マスコミにあるが、歴史を直視しない一方的な見方である。
 ソ連の不法な対日参戦で、多くの日本の民間人も犠牲になった。しかも、ソ連は日本固有の領土である北方四島を占領し、ソ連を引き継いだロシアは今も不法占拠を続けている。日本国民はこうしたソ連の不法な行為を子や孫たちに語り継いでいかねばならない。
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幻の映画「氷雪の門」が一般公開

2010-06-20 09:59:04 | 歴史
 昭和20年(1945)8月9日、ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して、満州・千島・南樺太に侵攻した。わが国はポツダム宣言を受諾し、15日に終戦となった。ところが、ソ連軍はその後も侵攻をやめなかった。そして8月20日、樺太の真岡では、9人の若い女性電話交換手が、逃げ惑う人々のために、最後まで通信に当たり、迫り来るソ連軍を前に青酸カリを飲んで自決した。
 彼女たちの霊は、英霊として靖国神社に祀られている。「北のひめゆり」としても知られる。
 私は、北海道の道北地方の出身である。敗戦の混乱の中で、樺太から北海道へ、命からがら逃げ延びてきた人たちの体験談を聴いたことがある。家を失い、子を失い、きょうだいを失い、友を失った人々の怒りと悲しみは、深い。私の伯父のうち二人は、シベリアに拉致・抑留され、凍土で強制労働をさせられた。一人の伯父は体験を書いて冊子にした。もう一人の伯父は黙して何も語らず亡くなった。
 東京裁判では、ソ連の不法行為は、他の戦勝国のそれとともに、裁判の対象とされなかった。日本だけが一方的に裁かれた。そうした東京裁判の判決の上に、現在のわが国がある。

 『樺太1945年夏 氷雪の門』という映画がある。樺太真岡の女性電話交換手の実話に基づく映画である。昭和49年(1974)、封切り直前になって、ソ連大使館から圧力がかかり、配給中止に追い込まれたという。私は、この映画の存在を知り、20数年前、自主上映をしているところから借りて見た。ソ連の侵攻の不法・非道と、若い女性電話交換手のけなげさに、涙が止まらなかった。この映画は、その後、ビデオ・DVDになった。しかし、一般の劇場公開はされないまま今日に至っている。
 その映画が今夏、ようやく劇場公開されることになったという。多くの日本人に見ていただきたい映画である。

 以下は、報道のクリップ。

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●産経新聞 平成22年6月15日

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/100615/tnr1006150807001-n1.htm
南樺太の悲劇「氷雪の門」36年ぶりの劇場公開
2010.6.15 08:05

■「この映画は歴史の証人」

 “幻の映画”と呼ばれる「樺太1945年夏 氷雪の門」(脚本・国弘威雄(たけお)、監督・村山三男)が、36年の年月を経て、全国で順次公開される。太平洋戦争末期に、ソ連が日本領だった南樺太(サハリン)に侵攻し、自決を強いられた真岡郵便局の女性電話交換手9人の悲劇を描いた物語。昭和49年の公開直前、ソ連側の抗議によって公開中止になった。助監督を務めた映画監督の新城卓さんは「この映画は歴史の証人」と訴える。
 同作は、北海道で新聞記者をしていた金子俊男さんの『樺太一九四五年夏・樺太終戦記録』(講談社)が原作。南田洋子さんや丹波哲郎さんらが出演し、戦闘場面の撮影では陸上自衛隊が協力した。製作実行予算が5億円を超えた超大作映画として話題を呼んだ。
 だが、公開直前に配給元の東宝が上映中止を決定。「反ソ映画は困る」という駐日ソ連大使館の抗議や、東宝が進めていたソ連との合作映画「モスクワわが愛」への配慮があったとされる。結局、北海道と九州で2週間だけ上映された。
 1945年夏、太平洋戦争は終末を迎えようとしていた。樺太には緊張の中にも平和な時間が流れていた。ところが8月9日、ソ連軍は日ソ中立条約を一方的に破棄し、南樺太に侵攻。終戦後も戦闘は拡大していった。
 そして8月20日、真岡の沿岸にソ連艦隊が現れ、艦砲射撃を開始。電話交換手の女性たちは職務への使命感や故郷への思いから、職場を離れることはなかった。ソ連兵がいよいよ郵便局に近づいた。路上の親子が銃火を浴びた。「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」。この通信を最後に、9人は服毒死を選ぶ。
 配給会社「太秦(うずまさ)」の小林三四郎社長は「同作は日の目をみないまま月日が流れ、多くの関係者が亡くなった。樺太の街のセットを作り上げた美術監督の木村威夫さんと上映を目指したが、木村さんも3月に亡くなった。さまざまな思いが詰まった作品」と話す。
 新城さんも「表現の自由が約束された社会であるはずなのに、この映画には自由がなかった。日本というのはどういう国なんだろう、と悔しかった。政治的意図はなく、史実を伝えたいだけ。ザ・コーヴの上映中止や普天間問題などを考えるきっかけにもなるのでは」と話している。
 7月17日からシアターN渋谷で。全国各地の劇場でも順次公開する。
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参考資料
・映画の予告編
http://www.youtube.com/watch?v=QFueq5PKNwo
・「乙女の碑 北のひめゆり」
http://www.youtube.com/watch?v=eSys0sbDZdM
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トッドの移民論と日本8

2010-06-19 08:51:43 | 国際関係
●家族型の違いによって移民への対応が違う

 トッドは、人類学の研究に基づいて、家族型の特徴による価値観の違いを明らかにした。ヨーロッパは均一ではなく、家族型の違いにより、主に4つの価値観が存在している。
 ここでは簡単に書くが、家族型には平等主義核家族、絶対核家族、直系家族、共同体家族の四つがある。これらの家族型は、結婚後の親子の居住と遺産相続の仕方に違いがある。その違いが親子間における自由と権威、兄弟間における平等と不平等という価値観の違いとなって現れる。そして自由と権威、平等と不平等の二つの対の組み合わせによって、四つのパターンに分かれる。すなわち、平等主義的核家族は自由と平等、絶対核家族は自由と不平等、直系家族は権威と不自由、共同体家族は権威と平等である。
 トッドは『新ヨーロッパ大全』で、こうした家族制度論をもとに、ヨーロッパの諸社会を分類し、ヨーロッパの文化的な多様性を明らかにした。家族型に基づく価値観は、伝統的な社会が近代化する過程においても、また近代化した後であっても、人々の心性に強く影響し続ける。近代ヨーロッパ社会に現れた種々のイデオロギーにも、家族制度とそれに基づく価値観の違いが表われる。社会的無意識の内容と、政治的社会的な思想には、相関関係がある。こうしたことをも、トッドは解明した。そして、その成果をもとに、移民の問題に取り組むのである。
 トッドは、ヨーロッパの多様性は、非ヨーロッパからの移民の対応における違いとしても現れていることを指摘する。
 フランスは平等主義核家族、ドイツは直系家族、イギリスは絶対核家族が、それぞれ主な家族型である。この家族型の違いによって、各国で移民に対する考え方が違う。移民に対する対応は、家族型に基づく「自由か権威か、平等か不平等かという伝統的価値によって答えが変わっている」とトッドは言う。
 フランス、ドイツ、イギリスのヨーロッパ三大国が、外国人流入に対して選択した態度は互い異なっている。
 フランスの中心部であるパリ盆地は、平等主義核家族が主であり、自由と平等が価値である。「自由と平等という価値は相変わらずこの国に、ヨ-ロッパ系だろうと、イスラム、アフリカ、アジア系であろうと、在留外国人を同化する必要があるとの教条を押しつけ続けている」とトッドは言う。国籍に関しては、フランスは出生地主義を取っており、アルジェリア移民の子供であってもフランスで生まれれば、フランス国籍を獲得しフランス国民になれる。
 ドイツは直系家族が支配的である。権威と不平等が価値である。トッドは1990年当時、「ドイツで外国人の親から生まれた子供の95%は外国人のままであると保証する」「外国人との結婚はドイツでは非常に稀である」と書いた。
 フランスは移民を同化し、ドイツは隔離する。この二国は対極的である。一方、イギリスは絶対核家族が多い。自由と不平等が価値である。「その非平等主義的個人主義は、独特の在留外国人観を生み出す」とトッドは言う。移民を容認するが、それは徹底した個人主義による容認であり、個人としては認めるが、集団としては同化せず拒否するのである。

●移民対応の違いによるヨーロッパ統合の危うさ

 先に見たように、フランス、ドイツ、イギリスでは家族型的価値観の違いにより、移民への対応が違う。
 「もしアルジェリア人の子供がフランス人となり、トルコ人の子供がドイツ在住のトルコ人となり、パキスタン人の子供が特殊な型のイギリス市民となるとして、西暦2000年にヨーロッパ人となるのは一体、何者なのだろう」とトッドは問う。2000年とは、1990年の時点で10年先のことを言ったものである。
 トッドは「在留外国人の存在は、フランス、ドイツ、イギリスの国籍についての考え方の違いから来る反目を、ヨーロッパにおいて再びかきたてている。共通の市民権を確定しようと努めているヨーロッパにとって、この問題は枢要である。ヨーロッパ各国の国民が、政治的であるよりはむしろ人類学的な、これらの数千年来の差異を乗り越えることができるかどうかに、統一ヨーロッパというものの形態が掛かっており、もしかしたらヨーロッパが現実に存在し得るかどうかも掛かっているのである」と述べる。
 そして、次のように、本書を結んでいる。
 「ヨーロッパは普遍主義的であるだろうか。差異を尊重することになるだろうか。それとも自民族中心主義的であるだろうか。ヨーロッパ各国の国民は、まず最初に他者とは何かの定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人というものを作り出すことはできないだろう」と。
 最後の部分で、「普遍主義的」とはフランス、「差異を尊重」とはイギリス、「自民族中心主義的」とはドイツの移民に対する対応の態度を言うものである。トッドは、移民への対応の違いを乗り越えられるかどうかに、統一ヨーロッパの形態、さらに存在までもが掛かっていると言う。そして、まず他者の定義について合意に達しなければ、ヨーロッパ人を作り出すことはできないだろうと言う。
 『新ヨーロッパ大全』の結尾で、トッドが移民問題に触れた理由は、二つある。一つは、彼がヨーロッパに関して行なった人類学的分析が、非ヨーロッパから流入する移民とその対処についても有効か、という学問的な課題である。もう一つは、移民がヨーロッパ統合の阻害要因となっていることへの懸念である。非ヨーロッパからの外国人労働者への対応は、ヨーロッパの各国で違う。その対応が統一されなければ、ヨーロッパの統合は不可能になるのではないか、とトッドは憂慮する。そして、トッドは移民問題への取り組みを深めていく。

 次回に続く。
コメント

小沢氏に地元大手紙が引退勧告

2010-06-18 10:40:12 | 時事
 小沢王国・岩手県で最大の地方紙「岩手日報」が、小沢氏に政界からの引退を促す「論説」を載せた。小沢氏は鳩山前首相とともに幹事長を辞任したが、4日には盛岡市の民主党の会合でビデオレターを通じて、参院選後に「先頭に立つ」と訴えた。自ら代表選に出るか、管氏に対抗する候補を擁立するかして、民主党の主導権を取り戻そうという意味と理解される。
 「岩手日報」の論説は、こうした小沢氏に対して、地元から引退勧告をするものと言えよう。賢明にしてかつ勇気ある主張だと思う。岩手県民にはぜひこの記事を読んで、政治家のあり方、小沢氏の功罪について考えていただきたいものである。

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●岩手日報 平成22年6月16日

http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2010/m06/r0616.htm

小沢氏の去就 「使命」果たしたのでは

 いつも政局の中枢にあり、影響力を発揮してきた小沢一郎民主党前幹事長が今「一兵卒」としての日々を過ごす。通常国会が16日閉幕。参院選に突入するが、「脱小沢」の布陣を敷いた菅直人新政権に国民の審判が下る。 
 鳩山由紀夫前首相と小沢氏の2トップが辞任した陰で激しい主導権争いが繰り広げられたことは想像に難くない。鳩山氏の後継に菅氏を選んだことも、前政権に見た既視感を覚えた。本来ならば野党時代に主張したように、政権内のたらい回しではなく解散・総選挙を実施し、国民に信を問うのが筋だった。
 民主政権の交代劇で主役を演じた3人は、4年前に小沢氏が偽メール問題で辞任した前原誠司代表の後任に就いた時に「トロイカ体制」を組んだ仲だ。その1人が首相に就き、ほかの2人が身をひく事態に時の流れを感じる。
 新政権への国民の期待度は世論調査にも表れているが、参院選の結果次第では与野党の再分裂や政界編成が視野に入ってくるだろう。だからこそ「豪腕」「壊し屋」と言われる小沢氏の次の行動に政界の注目が集まる。
 しかし、小沢氏は辞任時の会見などで「一兵卒」と言いながら、9月の代表選に向けて「先頭に立つ」と意欲を隠さない。最大の小沢グループも一連の党人事や閣僚人事で「脱小沢」を鮮明にした菅首相とは一定の距離を置く。
 先の代表選びで田中真紀子元外相や海江田万里氏らに出馬を促したとも伝えられる。表向きは「自主投票」だったが、グループの後押しを受けて善戦した樽床伸二氏が国対委員長に就いた。
 「小沢グループの協力なしに参院選は戦えない」-との声が聞かれる一方、小沢氏自身も樽床氏の得票数に「非常によかった。悲観する数字ではない」と語っている。
 9月の代表選は参院選の結果次第で大きく違ってくる。民主党にとって、最大の課題は参院選を勝ち抜くことだ。単独過半数でなくとも連立維持できる状況ならば、菅首相の続投が前提になるだろう。それなのに、参院選を前に小沢氏が9月の代表選に言及したことは不可解だ。
 不意の「ハト鉄砲」を食らって冷静な判断ができなかったか。「しばらくは静かにして」と注文した菅首相の言葉に心を乱したのか。
 昨年夏の衆院選で「政権交代」を果たした原動力が小沢氏であることは周知の事実。「参院選に勝ち、政権安定と改革実行が可能になる」-とは本人の言葉だが、世論は鳩山、小沢両氏につきまとった「政治とカネ」に嫌悪感を抱いているのが明らかだ。
 どうだろう。この辺で鳩山前首相と共に政界から身をひくことを考えてみては。
 かつて評論家江藤淳氏が陶淵明の詩「帰去来辞」を引用して小沢氏に「帰りなん、いざ。田園まさに蕪(あ)れんとす。なんぞ帰らざる」と帰郷を勧めたことがある。
 すでに十分に「使命」を果たしたのではないか。
 宮沢徳雄(2010.6.16)

●産経新聞 平成22年6月16日

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100616/stt1006161619004-n1.htm
岩手日報が「論説」で小沢氏引退勧告 「使命果たしたのでは」
2010.6.16 16:04

 民主党の小沢一郎前幹事長のおひざ元、岩手県で最大の約22万部を発行する「岩手日報」が16日、小沢氏に政界からの引退を促す「論説」を掲載し、注目を集めている。同紙は「読者からの反応は今のところない」としている。地元でも小沢氏の求心力に微妙な変化が起きているあらわれといえそうだ。
 タイトルは「『使命』果たしたのでは」。
 記事では、昨年の政権交代について「原動力を果たしたのは小沢氏」と評価した上で、「政治とカネ」問題への世論の「嫌悪感」や菅政権への期待を理由に、「どうだろう。この辺りで鳩山前首相と共に政界から身を引いてみては」と、小沢氏に引退を求めた。
 評論家の故江藤淳氏が生前、小沢氏に「帰りなん、いざ」と帰郷を勧めた産経新聞のコラムにも触れ、「すでに十分に『使命』を果たしたのではないか」と締めている。
 今月4日、盛岡市の民主党会合で映されたビデオレターで、小沢氏が参院選後に「先頭に立つ」と意欲を訴えたことにも言及。選挙後も「連立維持なら菅首相の続投が前提」という見方を示し、小沢氏の発言に「不可解だ」と疑問を投げかけた。
 さらに、「不意の『ハト鉄砲』を食らって冷静な判断ができなかったか」「『しばらく静かにして』と注文した菅首相の言葉に心を乱したのか」と小沢氏の心境を分析している。
 岩手日報によると、「論説」は社の意見を訴える各紙の「社説」(産経新聞は『主張』)と性格がやや異なり、5人の委員が署名入りで執筆している。毎週末に論説委員会を開き、次週のテーマを話し合う。掲載前に委員が回し読みし、切り口などを手直しするケースはあるものの、基本的に筆者の見解が尊重されるという。
 今回の筆者は、編集局長などを経て、3月末まで論説委員長を務めた宮沢徳雄委員。論説・制作担当の常務も兼ねている。
 宮沢氏は、産経新聞の取材に、「各種の世論調査で『政治とカネ』など古い自民党的な体質に国民が嫌気を感じているのは明らか。地元に『小沢首相』待望論があるのは承知しているが、菅首相就任で民主党支持がV字回復しているのが現実。小沢氏は身を引くチャンスだと思う」と執筆の意図を説明した。
 宮沢氏によると、今回の記事で、他委員から反論はなかったという。
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コメント

選挙第一、国民軽視の菅政権

2010-06-17 09:58:49 | 時事
 菅政権は、国会は会期を延長することとなく、閉会。参院選が事実上スタートした。首相が変わったというのに、国会では予算委員会が開かれず、ほとんど政策論議のされぬままに選挙に入る。国民は新首相の考え方や新政権の政策についてよくわからぬまま、選挙に臨むことになる。これは、菅政権が野党と国民の追求から逃げ、支持率の高いうちに選挙戦を有利に戦おうとするもので、国会と国民を軽視し党利党略だけで、行動していることを示している。
 産経新聞は、この点を強く批判している。今朝の紙媒体の産経新聞は、一面トップに「『論戦なく力ずく』 国民を愚弄し続けている民主党政権」という主張性の強い記事を載せ、インパクトがあった。しかも署名記事で、阿比留瑠比氏が健筆を振るっている。さらに他紙の社説に当たる「主張」は、「予算委なき閉会 これが『民主』政権なのか」と題し、社として、菅首相を厳しく論評している。
 産経は、全国紙では最小、発行部数は200万部。読売の5分の1、朝日の4分の1に過ぎない。販売網が弱く、朝日新聞の販売店が朝日と一緒に扱っていたりする。購読しにくい地域も多い。しかし、MSNのサイトが産経ニュースと提携したことで、ネットユーザーには広く読まれるようになった。ツイッターにも産経ニュースが速報を出し、伝播力を高めている。このことがわが国のメディア界において持つ意味は大きい。

 以下は、阿比留氏の記事と「主張」。

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●産経新聞 平成22年6月17日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100616/plc1006162341018-n1.htm
「論戦なく力ずく」 国民を愚弄し続けている民主党政権
2010.6.16 23:39

 国会が閉会し、参院選が事実上スタートした機会に一つ指摘しておきたい。それは、国民と国会がこれほど菅直人首相をはじめ為政者たちに愚(ぐ)弄(ろう)され、軽んじられた事態は、憲政史上にめったになかったという問題だ。
 なにしろ、菅内閣発足後1週間余りしかたっていないのに閉会である。国会では、首相が自らの政策、見識や前政権との違いを披(ひ)瀝(れき)し、野党側と丁々発止の議論を行う党首討論も予算委員会も開かれなかったのにだ。
 「議論は、これから選挙になれば、テレビとかいろんな場面でまた、たくさんありますから」
 首相は14日、記者団にこう釈明し、国会論戦はなくても問題ないという考えを示した。だが、これは明らかに国会軽視だ。米軍普天間飛行場移設にどう取り組むか、首相の経済成長戦略の中身は何か、消費税率アップの景気への影響をどう見ているのか…。予算委での7~8時間に及ぶ厳しい質疑を避け、一瞬の切り返しや話芸がものをいうテレビ討論番組に出ればそれでいいと言っているようだ。
 首相は16日の民主党参院議員総会では、こう笑いながら問責決議案を提出した野党側を批判した。
「所信表明、さらに昨日の代表質問と私なりに精いっぱい、挑発に乗らないよう答弁に努めた。そのことがなぜ、問責にあたるのかちょっと理解できない」
 会場の議員らも爆笑でこたえたが、どうせ国民には自分たちの狙いなど分かるまいと考えているのか。結局、参院本会議は開かれず問責決議案の討論、採決の機会はなかった。野党側は「今の政府・民主党は論戦なく力ずく。参院にとって最大の汚点だ」(鈴木政二・自民党参院国対委員長)と反発している。
 今国会では、民主党が金看板として掲げていた郵政改革法案や国家公務員法改正案が廃案となり、改革の本丸だったはずの政治主導確立法案や地域主権関連3法案は継続審議となった。なのになぜ延長しなかったのか。国民の失望を招いた鳩山由紀夫前首相と民主党の小沢一郎前幹事長がその職を退き、支持率がV字回復したうちに選挙になだれ込みたいとの思惑がどこまでも透けてみえる。
 予算委を開けば、事務所費で女性下着を買った荒井聡国家戦略担当相をはじめ、噴出している政治とカネの問題が追及されるのは必至だ。それを避けたのも火を見るよりも明らかだ。これでは、菅政権は政策実現を通じて社会を変え、国民生活をよくしていくことを目指しているのではなく、ただ国民をごまかして目先の選挙に勝つことだけが目的かと思えてしまう。
 「私に『裸踊り』をさせて下(くだ)さったみなさん、有り難(がと)うこざいました」
 鳩山前首相は15日、公式ツイッターでこんな意味不明のことをつぶやき、16日のツイッターで謎の「答え」としてある動画を紹介した。それは突然半裸で奇妙な踊りを始めた男に周囲が感化され、やがて一緒に踊り出すとの内容だ。
 民主党政権は有権者に何も知らせずただ扇動し、意味も目的も分からぬ裸踊りに巻き込もうというのだろうか。(阿比留瑠比)

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100617/stt1006170330000-n1.htm
【主張】予算委なき閉会 これが「民主」政権なのか
2010.6.17 03:49

■恥ずべき「政治とカネ」隠し
 「逃げの一手」で臭いものにふたをする最高指導者に、日本丸の針路を委ねることが適切な選択なのだろうか。
 菅直人首相が予算委員会を開くことなく、通常国会を閉会させたことへの率直な疑問である。
 内政外交の懸案にどう取り組むかとの首相の所信表明演説を受けて、代表質問が衆参両院で1日ずつ行われたが、具体的な処方箋(せん)に乏しく、きわめて不十分な内容だった。
 一問一答形式の予算委審議が必要不可欠なのに、民主党政権は政治とカネの問題で追及されたくないことなどを理由に、野党との本格論戦を回避した。高い支持率を背景に、なりふり構わず参院選に駆け込もうという思惑を最優先したといわれても仕方あるまい。

◆経済の全体像を示せ
 議会制民主主義の最低限のルールさえ踏みにじる姿勢は、きわめて残念だ。こうしたことが民主党政権の本質を物語っているともいえる。
 有権者は7月11日の参院選で日本の将来を切り開く政治主体を見極めることが求められている。
 政策論争がいかに不十分かは、自民党など野党から成長戦略や財政再建の中身や具体化に向けた道筋などに質問が集中したことにも表れている。首相が掲げる「強い経済、強い財政、強い社会保障」の内容は具体性に欠けており、当然といえる。
 これに対し、首相は3年間の歳出計画を示す中期財政フレームや中長期的な成長戦略、財政運営戦略をそれぞれ今月中にまとめると繰り返した。消費税増税についても「そう遠くない時期に一つの方向性を示す」とかわした。
 これでは経済政策の全体像がまったく見えない。
 首相は超党派の「財政健全化検討会議」の設置を提案したが、国会論戦の中で自ら考えを語ることがなければ、議論を深めようがない。消費税は参院選の争点になるとみられている。この時点で国会に判断材料が何ら示されないのでは、国民をバカにしているとの批判は免れないだろう。
 首相がデフレ脱却にもつながるとする「第三の道」について論戦が深まらなかったことも問題だ。首相は公共事業に頼る第一の道、企業を強くして生産性を上げる第二の道ではなく、経済・財政・社会保障を一体的に立て直す第三の道をめざすという。
 具体的には、増税分を社会保障や環境分野に投入し、成長と税収増を同時に実現させるという政策だ。確かに医療や介護は今後の成長分野として期待できる。
 だが、放っておいても社会保障費が年1兆円ずつ増えていくような非効率な現行制度を改革しなければ、単に財政負担が膨らむだけだろう。そうした問題点についての政策論争が避けられ、キャッチフレーズにとどまっている点は非常に危うい。

◆耳疑う政治責任不問
 焦点の政治とカネの問題については、荒井聡国家戦略担当相の事務所費問題などが新たに浮上した。代表質問で野党側は荒井戦略相が説明責任を果たすことに加え、首相に罷免を求めた。だが、首相は民主党の調査で問題ないと判断し、仙谷由人官房長官から本人への厳重注意でこの問題を終わらせようとしている。
 選挙を控えた参院民主党側から、事務所費疑惑が拡大し、予算委で追及される事態は回避すべきだとの強い要求があったことも、幕引きの理由だ。
 耳を疑ったのは、小沢一郎氏の資金管理団体「陸山会」の政治資金問題で、「検察が2回不起訴処分にした以上、これ以上政党が調査する必要はない」と首相が答弁したことである。
 党としては、政治的・道義的責任は不問にするという意味だろうか。検察審査会の2度目の起訴相当議決で強制起訴となる可能性も残っている。
 鳩山由紀夫前首相の巨額の脱税行為を伴った資金問題も、「自ら辞任という重大な決断をした」ことでけじめがついたというのが菅首相の見解だ。クリーン政党がいかに口先だけかを示している。
 首相は「国会内閣制」との持論を述べ、三権分立を「憲法にはどこにも書いていない」と否定している。国民に選ばれた政治家が内閣が主導するという意味合いのようだ。民主党は参院本会議を開かず、首相問責決議案などの採決を見送った。内閣・与党が一体で、論戦封じや疑惑隠しを推し進めているにすぎない。
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菅氏「沖縄は独立した方がいい」

2010-06-16 11:02:58 | 時事
 菅首相が昨年の政権交代後、沖縄出身の喜納昌吉(きな・しょうきち)参議院議員に「基地問題どうにもならない」「もう沖縄は独立した方がいい」と発言していたという。産経新聞が喜納氏の著書の記述をもとに報じている。いまのところ他の全国紙・メディアは取り上げていないようである。
 菅氏本人が実際そういう発言をしたのか、発言したとすればどういう趣旨だったのかを確認しないと、一方の主張だけで即断できない。ただし、菅氏は現在総理大臣として基地問題・沖縄問題についても最高責任者であるから、国内外で氏の考えが問われるところである。
 喜納氏は、民主党沖縄県連の代表である。著書の案内に書いてあるが、沖縄の自己決定権を主張し、沖縄の独立を主張している。また沖縄に基地はいらない、残すのならば国連軍の基地とせよと主張している。伝えられる菅氏の発言は、こういう人物との会話における発言ということになる。
 また民主党は「沖縄の真の自立と発展を実現するための道しるべ」として、「自立・独立」「一国二制度」「東アジア」「歴史」「自然」の5つのキーワードを揚げている。そして、沖縄で「自立・独立」型経済を作り上げるために「一国二制度」を取り入れ、「東アジア」の拠点の一つとなるようにするという構想を公表している。伝えられる菅氏の発言は、こうした民主党のビジョンに基づくものだろう。
鳩山前首相は、普天間基地移設問題に関し、結局現行案に戻り、その一部修正を日米間で検討することで日米合意を行った。菅首相は、この政府間合意に基づいて、修正の詰めと移設を進める立場にある。そうした菅氏が「基地問題どうにもならない」「もう沖縄は独立した方がいい」と発言していたとすれば、菅氏自身、伝えられる発言と現在の自身の考えの異同について、国民に明らかにすべきである。またこのニュースはアメリカ政府にも伝わることゆえ、アメリカ側に疑問や反発が生じる可能性がある。それゆえ、米国政府に対しても、自らの考えの異同を明らかにすべきである。

 以下は報道と資料のクリップ。

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●産経新聞 平成22年6月15日

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100615/plc1006152358024-n1.htm
菅首相「基地問題どうにもならない」「もう沖縄は独立した方がいい」と発言 喜納参院議員が暴露
2010.6.15 23:57

 菅直人首相が副総理・国家戦略担当相だった昨年9月の政権交代直後、民主党の喜納昌吉参院議員(党沖縄県連代表)に対し、「基地問題はどうにもならない」「もう沖縄は独立した方がいい」などと語っていたことが15日分かった。
 首相は23日に沖縄訪問を予定しているが、就任前とはいえ、国土・国民の分離を主張していたことは大きな波紋を呼びそうだ。
 喜納氏が、鳩山前政権末に記した新著「沖縄の自己決定権-地球の涙に虹がかかるまで」(未来社)で明らかにした。
 この中で喜納氏は政権交代後、沖縄の基地問題に関して菅首相と交わした会話を紹介。喜納氏が「沖縄問題をよろしく」と言ったところ、首相は「沖縄問題は重くてどうしようもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない」と漏らし、最後は「もう沖縄は独立した方がいい」と言い放ったという。
 喜納氏は著書の中で「半分ジョークにしろ、そういうことを副総理・財務相であり、将来首相になる可能性の彼が言ったということ、これは大きいよ。非公式だったとしても重い」と指摘している。

●喜納昌吉の著書の紹介より抜粋

http://www.miraisha.co.jp/okinawa-kina-shoukichi/

・沖縄の自己決定権とは
 沖縄の自己決定権というのは、たしかに民族自決運動という観点から見ることもできるけど、そんな過去の国家に戻るような発想ではなくて、うまく世界規模のステージを沖縄に作ってくれと。私は「地球こそ人類の聖地である」「国境主義からの独立」と言ってきましたが、人類の普遍的未来のなかでの自己決定権を作っていくということです。

・未来へ向かっての独立
 国連は今回の基地問題で勧告を出しています。日本国政府は沖縄のことを差別していると言っている。沖縄を先住民として認知しなさいと勧告している。民族の自決権、それから自然権、資源権、自分たちの独得の文化をもつことの権利を、日本は認めなさいと言っているのです。沖縄はこの勧告を大きな財産だと思わなければなりません。いまから私がそれを組み立てていきます。わけのわからない琉球王朝に戻るようでは困ります。過去に向かって独立してはならないんです。未来に向かって独立していかなければならない。

・右翼(うよく)でも左翼(さよく)でもなく、中翼(なかよく=仲良く)
 右翼も左翼も目覚めさせればいいんですよ。どこからアプローチすればいいかというと、沖縄を使えばいいのです。祖先崇拝、祖先を大事にする、それが沖縄の文化であるし宗教である。哲学というのはそういうもので作ればいいんです。喜納さんは哲学的には右翼ですか、あるいは左翼ですかと聞かれたら、私は左翼でもない右翼でもない、中翼(なかよく=仲良く)ですと答えます。

・いま、沖縄民族が立ち上がっている
 われわれ沖縄民族は、平和憲法のなかに帰ろうとして復帰運動をしました。そして復帰したら、本土並みという話が、ほとんど虚構のなかに散ってしまったわけです。そのことを日本人はずっと見ぬふりをしてきたはずです。ほんとうに知らなかったと言うのならば、なぜ知らなかったのか。今回の基地問題というのは、そういうことの総括でもあるはずなんです。沖縄民族が、自我と主権意識に目覚め、いま立ち上がっているわけです。

・沖縄の基地は国連へ
 沖縄に基地を残すならば、一国の基地ではなく、アメリカの基地でもなく、日本の基地でもなく、中国の基地でもなく、国連軍の基地として運営していけばいいんですよ。国連軍となれば、どこと戦争する? 戦争はできないです。これは軍事力の無力化です。

・護憲論・改憲論を越える活憲論へ
 護憲論の限界と改憲論の危険性を飛び越えた活憲論というものがあるはずです。より平和な憲法に切り替えていくという、新しい概念革命が必要だということを言いたいわけです。それはグローバル世界を見据えた改憲です。地球を呑み込む、人類を呑み込むぐらいの改憲論を日本が出せるかにかかっています。私は活憲論に立ちます。

・国境主義からの独立
 本質的に、生命には国境がないということを私は発見したんです。人間が作った電波でさえも国境を越えて動いていますよね。食物連鎖の頂点に立っている人間だけが国境をもっている。要は利権を守るために国境があるんですよ。利権というもの全部、地球から奪ったものです。この利権を循環させるためには、国境をなくすしかないという思いに私は達したんです。国境主義から独立するしかないんです。

●民主党の沖縄ビジョンより抜粋

※2005年8月
http://www.dpj.or.jp/okinawavision/
 民主党は「自立・独立」「一国二制度」「東アジア」「歴史」「自然」の5つのキーワードが、沖縄の真の自立と発展を実現するための道しるべになると考えている。つまり、沖縄において「自立・独立」型経済を作り上げるためには、「一国二制度」を取り入れ、「東アジア」の拠点の一つとなるように、沖縄の優位性や独自性のある「歴史」や「自然」を活用することである。そして、これらのキーワードを活用する沖縄を通じて、日本は目指すべき次なる姿を描けると考える。
 本土復帰後の沖縄においては三次に亘る「沖縄振興開発計画」に基づいて振興が図られ、社会資本整備など一定の成果をあげてきたが、一方で日本の他地域同様に中央集権的で画一的な制度が適用され、中央の発想による公共事業が行われてきたといえる。このため、補助金依存体質が助長され、また、経済活動が、本土、特に東京圏主導の構造になっている。この構造から抜け出るためには、まず、沖縄が独立の気概を持ち、その気概を中央政府がくじくことなく応援をし、自立型経済構造を築き上げることが重要である。ここで敢えて誤解を恐れずに「独立」という言葉を使ったのは、「日本からの独立」という意味ではないことは言うまでもない。
 この「自立・独立」を着実に進めるためには、地域主権のパイロットケースとしての「一国二制度」を全国に先駆けて導入する必要がある。既に行われているFTZ(フリー・トレード・ゾーン)※1)などが他地域と比べて優位性が見られない中途半端なものと言わざるをえない現状下では、むしろ、競うべき対象、連携すべき対象は「東アジア」の他国・他地域であるという視点での取り組みが求められる。そのため、奄美諸島を含めた琉球弧として、そして、個性豊かな伝統文化を内包する「歴史」、美しい海やサンゴ礁を有する島の魅力に根ざした、やすらぎや健康・長寿をもたらす沖縄の「自然」を最大限活かすこと、そのためのシナリオとして地域間交流、国際交流を積極的に進めること、戦争体験に基づき沖縄が取り組んできた国際平和確立に向けての取り組みを更に具体化することを目指した政策こそが、沖縄の真の自立と発展に寄与すると考える。
 なお、地域主権政策として民主党は道州制を提唱し、既に、3年前の当ビジョンでは「沖縄は歴史的にも地理的にも独自性が高く、九州と統合した単位で検討するべきでないと判断し、単独の道または州とするべき」としている。これを受けて、政府はじめ諸機関でも「沖縄」を単独の道州に位置付けてきたが、「沖縄州」としての財政的な裏づけを支えるためにも上記の5つのキーワードが重要な切り口になると考える。
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