ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

人権133~日本における国民国家形成

2015-01-30 09:21:02 | 人権
●日本における国民国家の形成・発展

 19世紀後半には、アジアの大部分が西欧諸国の植民地・半植民地となった。アフリカでは、1880年代から急速に植民地化が進んだ。近代世界システムの支配・収奪の構造を打ち破る先頭を切ったのが、日本だった。わが国は、有色人種で初めて近代化を成し遂げ、国柄を踏まえた国民国家を建設し、リベラル・デモクラシー、ナショナリズム等を摂取し、伝統文化を生かしながら、独自の仕方で発達させた。日本の発展はアジア、アフリカ諸民族に勇気と自信と教訓を与えた。
 なぜ日本にそれができたか。理由は、日本の文明学的な特徴にある。日本は、古代にはシナ文明の影響下にあった。だが、早ければ9世紀末から10世紀、遅くとも12世紀末~13世紀には、日本文明は精神的にも制度的にも主要文明となった。9~10世紀の指標は遣唐使の廃止・仮名文字の使用・律令制の形式化、12~13世紀の指標は公武の二重構造化・元寇の克服・封建制の発達である。こうして後成型の主要文明として確立した日本文明は以後、一国一文明として発達してきた。
 日本は、古代から朝廷が治めるエスニック国家を中心とした歴史を歩んできた。日本史における前近代の国家には、古代の部族国家・部族連合国家、中世・近世の封建制国家がある。これらも地域的なエスニック国家と見ることができる。上位のエスニック国家の内部に下位のエスニック国家が一部包摂され、一部併存しているという関係である。
 古代朝廷国家は、天皇の下での貴族政治に移り、平氏・源氏の戦いを制した源頼朝が12世紀末、鎌倉に幕府を作った。頼朝は、朝廷が統治する律令制国家のもとで諸国に分裂していた状態から、東北も一定程度含む統一国家を実現した。その国家の構造は、朝廷―幕府―地方国家(地方行政区)の三層構造であり、職位の序列は天皇―征夷大将軍―守護だった。以後、武士による政治が約700年続いた。この間、地方国家の統治者は、守護から守護大名、戦国大名、藩大名へと変遷した。また統治制度は、室町時代の守護領国制、戦国時代の大名領国制度、徳川時代の大名知行制へと変化した。
 国民国家の形成との関係から特に注目したいのは、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康である。彼らは、戦国時代に国内が分裂していたのを再び統一することに成功した。1603年の徳川幕府の開設によって、北海道の一部を除いて、エスニックな統一国家が実現した。この年は、大ブリテン島でイングランドとスコットランドの同君連合が成立した年である。連合王国ができたのは、約100年後の1707年である。当時の日本は、イギリス・フランス・ドイツ等の倍の人口があったと考えられるので、その人口規模でほぼ全国的な統一国家を作ったことも、すごいことだった。
 信長・秀吉・家康による国家統一は、古代から続く天皇を中心とした国家の再建設だった。信長・秀吉は、そのために天皇の権威を仰ぎ、秀吉は律令制による関白に任命された。家康は頼朝と同じ征夷大将軍に任命され、朝廷の権威と幕府の権力を以て、幕藩体制を作り、日本を統治した。
 信長・秀吉・家康が日本を再統一したのは、西欧発のリベラリズムやナショナリズムによるものではない。武力による平和の実現、平和による繁栄の追求を目指す意思による。日本文明にとって、西洋文明が東漸してくる時代に、統一国家を築くことができていたのは、幸いだった。国内が戦国時代のまま分裂・闘争していたら、白人種によって征服・支配されたかもしれない。
 16~17世紀の日本には、スペイン、ポルトガルからキリスト教の宣教師が来た。信長は宣教師と交流し、秀吉は宣教師を処刑し、徳川幕府は禁教令を出し、鎖国を行った。幕府は、キリスト教に対して日本の伝統・文化・国柄と相容れないものを感じ、その伝道による西洋文明の侵入を防ぐため、1633年から鎖国政策を行った。だが、鎖国している期間も、キリスト教の宣教を行わないオランダ及び清とは、交易を行った。西欧が1648年以降ウェストファリア体制にあったことを考えると、オランダと外交を行う日本は、国際的には一個の主権国家だったといえる。
 日本は、鎖国政策によって欧州支配の近代世界システムから離れて、自給自足の体制を築いた。このことが、日本文明を熟成せしめた。江戸時代の日本人は、日本文明の独自性の自覚を深めた。言語は日本語、文字は漢字とそれを基に作ったかなであり、漢字かな混交文を使用した。宗教は、固有の宗教である神道とインド・シナ伝来の仏教が融合的に共存していた。日本神話や古文書、歴史書が研究され、日本の国柄が明らかにされた。シナ模倣ではない、日本独自の思想が発達した。自給自足による豊かな生産力を基盤として、日本固有の芸能である歌舞伎、人形浄瑠璃、浮世絵、俳諧などが発達・完成した。全国に多数の寺子屋が作られ、青少年が文字を学習し、和漢の文献を読んでいた。日本文明は、約250年続く世界史上に希な平和の時代の中で、人と人、人と自然の間の和を実現した文明として大成した。
 こうした日本文明に、再度、西洋文明との衝撃的な出会いが来た。黒船の来航である。15世紀から西欧で発生した近代化革命の進展する文明が、日本に到達したのである。この近代西洋文明の「挑戦」に対し、わが国は見事な「応戦」を行った。近代化の進展する欧米列強は、強力な軍事力と高い科学技術を持っていた。その前に、幕末の日本は開国を余儀なくされ、屈辱的な不平等条約を結ばざるをえなかった。もし日本人同士が分かれて争えば、その隙に欧米諸国に付け入られるおそれがある。大陸で清国はアヘン戦争で列強に敗れており、日本人は、非常な危機感を持った。そうした中で、藩を超えた国民意識が形成された。記紀の神話、『大日本史』に基づく歴史的記憶、これらに加えて現実に存在する皇室が、エスニックな集団意識の核となった。尊皇倒幕・近代国家建設の動きは、外敵の襲来に対し、民族の興亡をかけてエスニック・グループがネイションを形成する動きとなった。

 次回に続く。

関連掲示
・拙稿「人類史の中の日本文明」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09c.htm
・拙稿「ヤスパースの『新基軸時代』と日本の役割」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion11b.htm
・拙稿「ハンチントンの『文明の衝突』と日本文明の役割」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion09j.htm
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ピケティの定理を日本に当てはめると2~田村秀男氏

2015-01-29 09:23:02 | 経済
 1月23日ピケティの理論とその日本への適用について、日記に書いた。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/3e4372c3cda217cd240f4ebe492a31bd
 その記事に掲載したエコノミスト、田村秀男氏は、26日の産経新聞の記事にも、ピケティの理論に基づく日本経済の分析と提言を書いている。先の日記に載せた内容と一部重複するが、それを踏まえて一歩進めた分析が書かれている。
 特に注目すべきは、次の点である。
 ピケティが国民所得成長率と比較する資本収益率(税引き前)について、田村氏の試算によると、米国の場合は90年代後半以降6%前後で推移している。ピケティによると、世界的には5%強である。それに比べると日本のそれは過去10年間3~4%の水準にある。そのことを述べた後に、田村氏は次のように言う。
「米国を中心とするグローバル標準まで資本収益率引き上げないと、外国からの対日投資が増えない、日本の企業や投資家は対外投資に走るとの懸念があるせいか、国内では法人税率の実効税率引き下げ、さらに雇用、投資面などでの規制緩和を求める声が強い。
 しかし、株主資本主義では経済成長率を押し上げる力が弱いように思える。GDPの6割を占める家計の大多数の収入が抑えられるからだ。名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率は97年以降、ほぼ一貫してマイナスである。賃金を減らし、配当を増やすという、株主資本主義は投資ファンドを引きつけても、実体経済の回復につながりそうにない」と。
 そこで、田村氏は、前回の拙稿でも強調したように、次のように主張する。
 「安倍首相が本格的に取り組むべきは、格差社会の勝者を太らせる政策を廃棄し、旧世代や新世代を支え、養う現役世代を勝者にさせる政策への転換ではないか」と。
 次に、田村氏の記事の全文を掲載し、その後に私見を述べる。

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●産経新聞 平成27年1月25日

http://www.sankei.com/column/news/150125/clm1501250008-n1.html
2015.1.25 10:51更新
【日曜経済講座】
「21世紀の資本」と日本 「格差」拡大しても成長困難 編集委員・田村秀男

 世の中で起きる数え切れない経済事象を一つのアングルで鋭く切る。「21世紀の資本」の著者、仏経済学者のトマ・ピケティ氏は「資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意(しい)的で持続不可能な格差を生み出す」と断じている。古代から現代、さらに21世紀全般にわたって、気の遠くなるようなデータをかき集め、かつ推計してみせた。
 じゃあ、今の日本はどうなのか、ピケティさんに任せっきりにせず、自分の手でデータを調べてみた。



 法人企業統計(財務省)をもとに総資本利益率を税引き前および税引き後の純利益にわけて「資本収益率」を算出。国内総生産(GDP)の実質成長率を「産出と所得の成長率」に置き直し、さらに実質賃金の伸び率を加えたのが、本グラフである。これらのデータは5年間の移動平均値にならしている。一時的なブレに幻惑されないためである。
 資本収益率が実質成長率を上回るようになったのは税引き前で1990年代前半、税引き後は90年代後半だ。それまでは成長率のほうが収益率をほぼ一貫して上回ってきた。日本経済は遅く見ても90年代後半以降、「格差」の時代に突入したことになる。
 90年代前半にはバブル崩壊、さらに97年度には橋本龍太郎政権が消費税増税など緊縮財政路線に踏み切り、日本経済は一挙に慢性デフレ局面にはまりこみ、なお抜け出られないでいる。
 デフレは格差拡大の元凶である。「デフレは企業者の生産制限を導き、労働と企業にとって貧困化を意味する。したがって、雇用にとっては災厄になる」と、かのケインズは喝破した。
 デフレ下では現役世代の賃金水準が下がるのに比べ、金融資産を持っている層はカネの価値が上がるのでますます豊かになる。デフレで売上額が下がる中小企業の従業員は賃下げの憂き目にあいやすい。デフレは円高を呼び込むので、生産の空洞化が進み、地方経済は疲弊する。若者の雇用の機会は失われる。
 慢性デフレの局面でとられたのが「構造改革」路線である。モデルは米英型「新自由主義」だ。97年の金融自由化「ビッグバン」で持ち株会社を解禁した。2001年に発足した小泉純一郎政権は、「郵政民営化」で獲得した政治的な求心力をテコに米国からの各種改革要求に応じた。製造業の派遣労働解禁(04年)など非正規雇用の拡大、会社法(06年)制定など株主中心主義への転換などが代表例だ。法人税制は98年度以降、02年度までに段階的に改正され、持ち株会社やグローバル企業を優遇している。
 全企業が従業員給与100に対してどれだけ配当に回しているかを年度ごとにみると、70年代後半から90年代末までは3前後(資本金10億円以上の大企業は7台)だった。この比率は、02年度からは徐々に上昇し、13年度は11・5(同32)と飛躍的に高まった。小泉改革路線は伝統的な従業員中心の日本型資本主義を株主資本主義に転換させた。この構図は、従業員給与を可能な限り抑制して利益を捻出し、株主配当に回す、グローバル標準の経営そのものである。
 もちろん、悪意なぞあるはずはなく、日本経済をグローバル標準に合わせて大企業や金融主導で日本経済の再生をもくろんだ。
 資本収益率(税引き前)に話をもどすと、米政府のデータに基づく筆者試算だと、米国の場合は90年代後半以降6%前後で推移している。また、「21世紀の資本」によれば、世界的には5%強である。それに比べると日本のそれは過去10年間3~4%の水準にある。米国を中心とするグローバル標準まで資本収益率引き上げないと、外国からの対日投資が増えない、日本の企業や投資家は対外投資に走るとの懸念があるせいか、国内では法人税率の実効税率引き下げ、さらに雇用、投資面などでの規制緩和を求める声が強い。
 しかし、株主資本主義では経済成長率を押し上げる力が弱いように思える。GDPの6割を占める家計の大多数の収入が抑えられるからだ。名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率は97年以降、ほぼ一貫してマイナスである。賃金を減らし、配当を増やすという、株主資本主義は投資ファンドを引きつけても、実体経済の回復につながりそうにない。
 安倍首相が本格的に取り組むべきは、格差社会の勝者を太らせる政策を廃棄し、旧世代や新世代を支え、養う現役世代を勝者にさせる政策への転換ではないか。
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 さて、最後に田村氏の言う「格差社会の勝者を太らせる政策」とは、氏の言う「20年間の日本経済の基本路線となってきた格差拡大経済」を進めてきた政策である。デフレの中で取られた米英型の新自由主義に基づく構造改革路線である。特に小泉政権は「伝統的な従業員中心の日本型資本主義を株主資本主義に転換」させた。
 田村氏の主張をもっと徹底するならば、構造改革路線を否定し、日本型の経営を再評価し、グローバリズムに対抗して国民経済の再構築を行うべきだという意見となるだろう。
 わが国の構造改革路線は、中野剛志氏が指摘しているように、インフレ時におおなうべき政策を、デフレの時に実行したことによって、デフレを悪化させてしまった。最悪の環境で外資の圧力で導入された新自由主義の政策は、日本の伝統文化に根差す経済システムを、米英型の経済システムに変造するものだった。日本的価値からアングロ=サクソン・ユダヤ的価値観への転換を強行するものだった。
 1990年代から構造改革路線を一貫して批判し、日本経済再生策を提言してきたエコノミストの代表的存在が、菊池英博氏と丹羽春喜氏である。ともに新自由主義を批判し、ケインズ主義の復権を説いている。財務省の誤りを指摘し、デフレを脱却するために、積極財政政策を提言してきた。東日本大震災の発生後、ともに日本復興のための大胆な政策提言を行っている。
 安倍首相は、小泉政権の官房長官から首相となり、第1次政権を担った。そのこともあってか、安倍氏は小泉構造改革、より長期的には橋本=小泉構造改革の総括が十分できていない。そのため、アベノミクスには新自由主義的な要素が混在している。竹中平蔵氏の重用も、その現れの一つである。私は、安倍首相は、ピケティ=田村氏のデータ分析をもとに、アベノミクスを総点検して一部修正を行い、脱新自由主義化と日本的価値の顕揚を行うべきと考える。

関連掲示
・拙稿「経世済民のエコノミスト~菊池英博氏」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13i-2.htm
・拙稿「『救国の秘策』がある!~丹羽春喜氏1」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13j.htm
・拙稿「東日本大震災からの日本復興構想」
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion13l.htm
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イスラム過激派のテロへの対応心得2

2015-01-27 09:22:12 | 国際関係
 池内恵氏は、1月20日文芸春秋社から『イスラーム国の衝撃』を刊行した。その当日、日本人人質事件が起こった。文芸春秋社は、氏に緊急インタビューを行った。そのインタビューは「本の話WEB」に掲載されている。ここでの発言も参考になるので、紹介する。

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http://hon.bunshun.jp/articles/-/3260

インタビュー・対談 > 日本人人質事件に寄せて――「日本人の心の内」こそ、彼らの標的だ

2015.01.23 12:45
 池内恵さんの『イスラーム国の衝撃』が2015年1月20日の発売直後から大きな話題となっている。発売翌日には増刷が決まり、累計85,000部に達した。著者の池内さんに緊急インタビューをした。

――発売日当日に日本人人質事件が発生しました。
 「イスラーム国」による人質殺害要求やその背後の論理、意図した目的、結果として達成される可能性のある目標については、本のなかで詳細に分析しています。今回の事件も本書で想定していた範囲内の出来事と言えます。
 しかし、偶然とはいえ、あまりのタイミングでした。
 事件発生直後から問い合わせが殺到したため、「中東・イスラーム学の風姿花伝」という個人ブログで、「『イスラーム国』による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ」という文章で見解を載せたところ、「シェア」による拡散が3万8000件(1月22日午後8時現在)にも達しました。
これまでも自分自身の「研究活動」となまなましい「現実」が偶然とは思えないほどにシンクロする経験をしてきました。
 2001年にアジア経済研究所への就職後、ほとんど間をおくことなく、9月11日に米同時多発テロが起き、イスラーム思想が国際テロリズムにどう関係するか、分析を始めました。
 2004年4月に京都の国際日本文化研究センター助教授に転職して、赴任した初日にはイラク日本人人質事件が発生し、メディア対応で東京にとんぼ返りすることになりました。
そして今回の本の発売日に起きた人質事件です。
 ちなみに殺害予告ビデオに「処刑人」として登場しているのは、テロ研究・報道の世界では有名なJihadi Johnとも呼ばれる英国人です。過去の欧米人人質予告映像にも登場しています。偶然のことですが、本書の帯の写真も同一人物です。

――イスラーム国のねらいはどこにあるのでしょうか?
 たとえば「安倍首相の中東での発言がテロを招いた」という議論がありますが、これは軽率であるか意図的なら悪質な反応と思います。安倍首相が中東を歴訪してこれまでと違う政策を発表したからテロが行なわれたのではない。単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたのです。本末転倒の議論です。
日本では往々にして、「テロはやられる側に落ち度がある」「政府の政策によってテロが起これば政府の責任だ」という声があがります。しかし、「テロはやる側が悪い」というところから出発しないと始まらないでしょう。その上でそのような暴力を振るう主体からどう人質を取り返し、暴力を振るう主体をどう無力化していくか。
 暴力に威圧されて、武装勢力の意のままに語ったり、自ら意を汲んでしまいがちなのは人間の抗いがたい習性ですが、もし意図的にテロの暴力を背景に日本での政治的な意思を通そうとする人が出れば、まさにテロリストの思う壺です。テロの目的は、まさに、ターゲットとなった社会の人々に「相手ではなくこちらが悪い」「自分たちの政府が悪い」と思わせて内紛を生じさせ、精神的に屈服させることにあるからです。
 中東現地の情勢において、2人の日本人を人質にとることに軍事的な意味は何もありません。「日本人の心の内」こそ、彼らの標的なのです。

――日本では、昨年10月の北大生の渡航未遂事件以降、イスラーム国への関心が高まり、関連本が続々と刊行されています。
 本書『イスラーム国の衝撃』は、ブームを後から追いかけてイスラーム国を取り上げた類書とは異なります。というのも、これまで私は時間をかけて、イスラーム思想と運動の変遷を分析するために、「グローバル・ジハード」という分析概念を練り上げてきました。イスラーム国登場のはるか前から、私の関心テーマ、研究対象だったからです。
 この本では、イスラーム国がなぜ台頭したのか、何を目的に、どのような理念に基づいているのかを解明しています。「グローバル・ジハード」という大きな枠組みとメカニズムの中に、イスラーム国も、そしてパリで起こったようなローン・ウルフ型の分散型テロも、発生してくる。その両方を「グローバル・ジハード」という概念で説明でき、将来の見通しも立てられるのです。

――池内さんは、以前から、日本におけるイスラーム理解のゆがみを問題視されてきました。
 たとえば「『グローバル・ジハード』をテーマにするのは、対立を煽るだけで、大義のない戦争を開始したブッシュ政権と同じ過ちを犯している」などと、飛躍した倫理的非難がよく向けられます。そんなものは学問でもなく、かつ倫理的に悪なのだ、と決めつけるイデオロギーが研究者の間での固定観念になっています。
 しかし、「グローバル・ジハード」という行動原理とそれに基づく組織や現象は現に存在しています。見たくないものでも、現実に目をふさいではいけません。「神の法に支配される社会」と「人間の法に支配される近代社会」が対峙しているのです。
 イスラーム世界は、中世において啓示に基づく絶対の神中心主義と人間主義との対決を終わらせ、神を上位に置きました。それに対して、近代社会は人間性を神からの束縛より上位に置きます。日本も、そうした近代社会の一員で、日本も歴然と「西側」「欧米側」に属しているのです。
ところが、学者にしても、メディア関係者にしても、例えば表現の自由という、人間主義を前提とした近代社会の原理に守られながら、この事実を無視して、人間主義の上に神をおくイスラーム教に「反西洋」という自分自身の過剰な思い入れを投影する傾向があります。それが神の啓示を絶対とする信仰に基づいたものであれば一貫しているのですがそうではない。単に欧米コンプレックスや政権への不満の受け皿として「イスラーム」を想定しているだけなのです。そこでは「イスラーム」にありとあらゆるユートピアを想像します。
 しかしイスラーム国はユートピアには程遠い。
 イスラーム国を、「イスラーム教からの逸脱」とみなすことができれば、話は簡単です。彼らのレトリックは、それなりにコーランやイスラーム法に則っています。だからこそ厄介なのです。考えが同じではないイスラーム教徒たちも宗教権威とその強制的な執行に威嚇されて黙ってしまう。
 今回の人質事件は、国内の不満勢力の「反安倍」「反政権」の感情を刺激し、対策や方針をめぐる合理的な議論を妨げました。テロは首相の責任である、あるいは小泉政権以来の政策全てが悪い、さらには戦後日本の対米関係そのものが悪い、といった議論が盛んに提起されましたが、ついには首相が責任を取って辞任すれば人質を解放してもらえるのではないか、といった議論まで元政府高官から出てきた。テロを利用して政権批判をするどころか、いったい現役世代の政治家や官僚たちにどういう恨みがあるのか知りませんが、首相をやめさせればテロは解決するというのですから、テロリストも想定しなかった反応でしょう。
 日本社会は根底で何かが壊れかけているのでしょうか。あるいは高齢化などもあり、新しい現実に対する思考停止が広がっているのかもしれません。ただ思考停止は中核の現役世代には及んでいないと感じています。だから、テロに対する基礎的な原則を述べた私のブログが異様なまでに拡散されたのでしょう。現実離れしたメディアや評論家には頼っていられないと。日本の外には自分たちとは異なる原理によって成り立っている社会が存在しているということ。この現実の直視から始めるしかありませんし、直視する気構えを備えた新たな中堅層が現れてきていると感じています。
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関連掲示
・拙稿「イスラム過激派が進めるグローバル・ジハード運動の危険性」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/123800b627ef4e94100afa0d12700779
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/8250c1123d1186b7754bc21d1341f659

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イスラム過激派のテロへの対応心得1

2015-01-26 09:47:49 | 国際関係
 1月7日フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」のパリ市内の本社が銃撃され、同紙の編集者や風刺画家を含む12人が死亡、20人が負傷した。この事件は、世界に大きな波紋を呼んだ。わが国でもイスラム過激派のテロが行われる可能性が懸念されるようになった。そうした中で、20日過激派組織「イスラム国」とみられるグループが日本人2人の殺害を警告するビデオ声明を発表した。人質の身代金として、3日間の期限で日本国政府に2億ドルを要求した。安倍首相は中東歴訪中であり、そのタイミングを図った脅迫だった。
 安倍首相は20日、イスラエルのエルサレムで記者会見し、「人命を盾にとって挑発するのは許し難い行為であり、強い憤りを覚える。直ちに解放するよう強く要求する」と批判し、「今後も国際社会の平和と安定のために一層貢献する。この方針に揺るぎはなく、変えることはない」と述べた。また、エジプトのカイロでイスラム国対策として支援を表明した2億ドルについて、「この2億ドルの支援は、避難民が最も必要としている支援であり、命をつなぐための支援だ。しっかり支援を行う姿勢に変わりはない」と強調した。
 わが国政府は、2億ドルの支援が非軍事的な人道支援であることを明確に説明するとともに、人質の解放のため外交努力を行ってきた。だが、25日テロリストより、人質のうちの1名を殺害したとの画像が公開された。殺害されたと見られるのは、民間軍事会社を経営する湯川遥菜氏で、自ら男性性器を切り落とし、名前を女性名に変えたことで知られる。自ら死に場所を求めて紛争地帯に入り、過激派に拘束された。
 テロリストは、なおジャーナリストの後藤健二氏を拘束している。後藤氏は、湯川氏の救援のために自己責任を公言して危険地域に入った。反日・左翼諸団体の巣窟となっている東京都新宿区西早稲田2-3-18にある韓国系キリスト教団体の信者といわれる。
 後藤氏の母親・石堂順子氏は、外国人特派員協会で記者会見し、息子の救命を懇願する一方で、息子家族と没交渉であることを露呈した。原子力反対や地球の平和を唱えたり、満面の笑顔を見せるなど不可解な言動を行った。自宅に北朝鮮指導者の写真を飾っているという。
 テロリストは、要求を身代金から、ヨルダンで無差別爆弾テロを実行した女性ジハーディスト、サジダ・リシャウィ死刑囚の釈放に変えた。事態は、わが国だけではなく、イスラム国への空爆に参加しているヨルダンを当事者に巻き込むものとなった。イスラム過激派とイスラム教諸国との間で、人質を使った捕虜の交換はしばしば行われている。テロリストは、目的追求に悪辣な手段と狡猾な交渉術、高度な情報技術を用いている。インターネットによるサイバー劇場空間で、自らの存在を誇示し、世界中に同調者を作り、ジハードの戦士や資金を集め、米国等の有志国連合による空爆攻撃に対抗しようとしているのだろう。
 人質事件発生以後、我が国の様々な専門家、有識者が本件について意見を述べているが、私は、中東事情の専門家・池内恵東京大学准教授の見解は、必読に値すると思う。今回の事件に限らず、今後のイスラム過激派のテロへの対応において、基本的な点を確認できる。この日記でもあらためて紹介する。

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●池内恵氏のブログ「中東・イスラーム学の風姿花伝」

http://ow.ly/HFqEJ
「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について:メディアの皆様へ
2015/01/20 20:55

(略)
(3)日本社会の・言論人・メディアのありがちな反応
 「テロはやられる側が悪い」「政府の政策によってテロが起これば政府の責任だ」という、日本社会で生じてきがちな言論は、テロに加担するものであり、そのような社会の中の脆弱な部分を刺激することがテロの目的そのものです。また、イスラーム主義の理念を「欧米近代を超克する」といったものとして誤って理解する知識人の発言も、このような誤解を誘発します。(略)

なお、以下のことは最低限おさえておかねばなりません。箇条書きで記しておきます。

*今回の殺害予告・身代金要求では、日本の中東諸国への経済援助をもって十字軍の一部でありジハードの対象であると明確に主張し、行動に移している。これは従来からも潜在的にはそのようにみなされていたと考えられるが、今回のように日本の対中東経済支援のみを特定して問題視した事例は少なかった。

*2億ドルという巨額の身代金が実際に支払われると犯人側が考えているとは思えない。日本が中東諸国に経済支援した額をもって象徴的に掲げているだけだろう。

*アラブ諸国では日本は「金だけ」と見られており、法外な額を身代金として突きつけるのは、「日本から取れるものなど金以外にない」という侮りの感情を表している。これはアラブ諸国でしばしば政府側の人間すらも露骨に表出させる感情であるため、根が深い。

*「集団的自衛権」とは無関係である。そもそも集団的自衛権と個別的自衛権の区別が議論されるのは日本だけである。現在日本が行っており、今回の安倍首相の中東訪問で再確認された経済援助は、従来から行われてきた中東諸国の経済開発、安定化、テロ対策、難民支援への資金供与となんら変わりなく、もちろん集団的・個別的自衛権のいずれとも関係がなく、関係があると受け止められる報道は現地にも国際メディアにもない。今回の安倍首相の中東訪問によって日本側には従来からの対中東政策に変更はないし、変更がなされたとも現地で受け止められていない。

 そうであれば、従来から行われてきた経済支援そのものが、「イスラーム国」等のグローバル・ジハードのイデオロギーを護持する集団からは、「欧米の支配に与する」ものとみられており、潜在的にはジハードの対象となっていたのが、今回の首相歴訪というタイミングで政治的に提起されたと考えらえれる。

 安倍首相が中東歴訪をして政策変更をしたからテロが行われたのではなく、単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたという事実関係を、疎かにして議論してはならない。

 「イスラーム国」側の宣伝に無意識に乗り、「安倍政権批判」という政治目的のために、あたかも日本が政策変更を行っているかのように論じ、それが故にテロを誘発したと主張して、結果的にテロを正当化する議論が日本側に出てくるならば、少なくともそれがテロの暴力を政治目的に利用した議論だということは周知されなければならない。

 「特定の勢力の気分を害する政策をやればテロが起こるからやめろ」という議論が成り立つなら、民主政治も主権国家も成り立たない。ただ剥き出しの暴力を行使するものの意が通る社会になる。今回の件で、「イスラーム国を刺激した」ことを非難する論調を提示する者が出てきた場合、そのような暴力が勝つ社会にしたいのですかと問いたい。

*テロに怯えて「政策を変更した」「政策を変更したと思われる行動を行った」「政策を変更しようと主張する勢力が社会の中に多くいたと認識された」事実があれば、次のテロを誘発する。日本は軍事的な報復を行わないことが明白な国であるため、テロリストにとっては、テロを行うことへの閾値は低いが、テロを行なって得られる軍事的効果がないためメリットも薄い国だった。つまりテロリストにとって日本は標的としてロー・リスクではあるがロー・リターンの国だった。

 しかしテロリスト側が中東諸国への経済支援まで正当なテロの対象であると主張しているのが今回の殺害予告の特徴であり、重大な要素である。それが日本国民に広く受け入れられるか、日本の政策になんらかの影響を与えたとみなされた場合は、今後テロの危険性は極めて高くなる。日本をテロの対象とすることがロー・リスクであるとともに、経済的に、あるいは外交姿勢を変えさせて欧米側陣営に象徴的な足並みの乱れを生じさせる、ハイ・リターンの国であることが明白になるからだ。

*「イスラエルに行ったからテロの対象になった」といった、日本社会に無自覚に存在する「村八分」の感覚とないまぜになった反ユダヤ主義の発言が、もし国際的に伝われば、先進国の一員としての日本の地位が疑われるとともに、揺さぶりに負けて原則を曲げる、先進国の中の最も脆弱な鎖と認識され、度重なるテロとその脅迫に怯えることになるだろう。

 特に従来からの政策に変更を加えていない今回の訪問を理由に、「中東を訪問して各国政権と友好関係を結んだ」「イスラエル訪問をした」というだけをもって「テロの対象になって当然、責任はアベにある」という言論がもし出てくれば、それはテロの暴力の威嚇を背にして自らの政治的立場を通そうとする、極めて悪質なものであることを、理解しなければならない。
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人権132~ロシアの国民国家形成

2015-01-25 08:53:47 | 人権
●西洋文明の挑戦に対する非西洋諸文明の応戦

 次に、欧米及びその植民地による西洋文明とは異なる文明における国民国家の形成・発展について述べたい。
 文明学的には、西洋文明の世界的進出と、これに対応する非西洋文明における国民国家の形成・発展の過程は、アーノルド・トインビーの説く「挑戦と応戦」(challenge and response)にあたる。
 トインビーは、文明の誕生について「挑戦と応戦」の理論を提示した。「挑戦」とは、ある社会が環境の激変や戦争などによって、その存亡にかかわる困難な試練に直面することであり、「応戦」とは、この困難な課題に対して、創造的に対応しその脅威を乗り越えようとすることをいう。文明はこの「挑戦」に対する「応戦」によって発生するとトインビーは考えた。
 「挑戦と応戦」は、文明の誕生の時だけでなく、その後の文明のサイクルの各段階においても、重要な作用をする。ひとたび誕生した文明は、さまざまな困難を克服しながら、成長していく。しかし、危機に対して、有効な「応戦」ができなかった文明は、滅亡してしまう。
 15世紀末以降、西洋白人種がいわゆる地理的な発見によって、彼らにとっての新大陸に進出し、多くの文明・文化を征服・支配した。アフリカでは、多くのエスニック・グループが白人種との戦いに敗れ、奴隷として新大陸に強制連行された。伝統的な文化の多くが破壊された。ラテン・アメリカでは、ペルーのインカ文明、メキシコのアステカ文明、マヤ文明等が滅亡に追い込まれた。アジアでも多くの地域が植民地とされた。イスラム文明、インド文明、シナ文明等の国々が、白人種によって支配・収奪されることになった。
 こうしたなかで、西洋文明の挑戦に対して有効な応戦を行い、自らの文明を維持・発展させ得た代表的な存在が、東方正教文明のロシア、及び日本文明の日本である。

●ロシアにおける国民国家の形成・発展

 ロシアは、東方正教文明の中核国家である。東方正教文明は、西洋文明とキリスト教を共有するが、古代ローマ帝国の東西分裂後、宗派を異にする別の文明として発達した。
 ロシアでは、16世紀半ばイワン4世がロシアを統一し、初めて皇帝(ツアーリ)を名乗った。以後、ロシアは中央集権国家として成長した。17世紀末のロマノフ朝ピョートル1世の時代から一大帝国となり、西欧諸国に伍する存在となった。シベリアを支配し、アジアへの進出を図った。19世紀初頭ナポレオン率いるフランス軍がモスクワ遠征を行った際、ロシア帝国はこれを撃退した。しかし、この戦争によって、皇帝は西欧発の国民国家の強力性を知り、西欧文化の導入によって上からの近代化を進めた。当時のロシアは、欧米を中核部とする近代世界システムの半周辺部に位置した。日本とは異なり、西欧と陸続きという地理的条件にあった。
 ロシアは、19世紀後半から一連の社会改革により資本主義の急速な発達を図った。またロシア語を中心に「正教・専制・国民性」というスローガンにより、国民の文化的な均一化を図る政策を行った。これは、形式的な国民を実質的な国民に変えていくための政策である。こうした政策はロシア帝国特有のものではない。半周辺部及び周辺部に存在する諸文明で、西欧発の国民国家を目指す帝国の多くがこれと似た政策を行った。ここにおけるナショナリズムを、アンダーソンは「公定ナショナリズム」と呼んでいる。私見では、国家発展段階における内部充実型のナショナリズムである。また、上からのナショナリズムである。
 西欧発の国民国家を範例として国家を改造することは、西洋文明の摂取となる。資本主義、科学技術、法制度、価値観、思想等を取り入れることは、知識人の間に欧化主義と土着主義の対立を引き起こす。単なる模倣では、西洋文明に飲み込まれてしまう。守旧的な態度では、生産力・軍事力に優る欧米列強に対抗していけない。近代西洋文明の文化要素を取捨選択し、固有の文化に適合するように変換・活用して、自らの文明を創造的に発展させることができるかどうかが課題である。この課題への取り組みは、国民の意識の統合と文化的な均一化なくしては、成功し得ない。
 16世紀から19世紀の間に急激に膨張したロシア帝国は、獲得した領土が広大であり、またあまりに多数の民族が居住するため、国民の実質化がうまく進まなかった。その状態のロシアで革命が起こって帝政が倒され、ソビエト社会主義共和国連邦が設立された。ソ連は、共産主義の思想のもとに、旧ロシア帝国が成し遂げられなかった課題を継承することになった。
 話が本章の範囲を超え、20世紀に及んでしまうが、ソ連の統治機構は連邦制であり、一個のネ イションの中に、多くのエスニック・グループによる多数の共和国がサブ・ネイションとして所属する構造だった。また、それぞれのサブ・ネイションにおいて、主要なエスニック・グループと、少数派または弱小のエスニック・グループが存在した。マルクス=レーニン主義は階級闘争の理論であり、民族より階級を上位に置く。だが、ソ連の実態は、人口で5割を占めるロシア民族が他の少数民族を支配するものなった。またソ連は国家として東欧諸国を支配・収奪した。共産党という党派集団が、労働者階級、農民階級を支配し、同時に中小のエスニックな共和国及び周辺諸国を支配するという三重の支配構造が、ソ連の特徴だった。
 家族型については、ロシアは共同体家族が主となっている地域である。この型が生み出す価値観は、権威と平等である。権威=平等的な集団主義は、ツアーリのような強力な独裁者に、集団の全体が服従する社会に肯定的である。帝政ロシアとソ連へと封建制から社会主義に変わったが、独裁者に全体が服従するという家族型的価値観に基づく社会構造は継続した。そのため、ロシアでは、欧米的なリベラリズムは長く浸透しなかった。その一方、上からのナショナリズムは、強力に進められた。既に16世紀以降、膨張を続けていたロシア帝国は、革命後は共産主義の思想と組織のもとで、対外拡張型のナショナリズムを一段と発揮した。マルクス主義は、人権の観念はブルジョワ思想として批判する。そこに、ロシアの家族型的価値観が加わったため、人権の思想は長く発達しなかった。

 次回に続く。
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ピケティの定理を日本に当てはめると1~田村秀男氏

2015-01-23 09:44:37 | 経済
 フランスの経済学者トマ・ピケティの著書『21世紀の資本』が、欧米を中心に世界的なベストセラーとなり、昨年12月邦訳本が出た。マルクスとは別の角度から資本主義の根本矛盾を説いた書と評価されている。ポール・クルーグマンは、本書について「過去10年間で最も重要な経済書」「ピケティは不平等の統一場理論を発見した」と絶賛している。エマヌエル・トッドは「地球規模の経済的、社会的変化を扱った画期的著作だ」と高く評価している。私はまだあまり深く勉強できていないが、これから多くのエコノミストに引用・言及される本となりそうである。
 ピケティの資本の概念は、マルクスとは大きく異なる。マルクスによれば、資本は貨幣や商品や生産手段ではなく、一方に生産手段を私有する少数の資本家、他方に生産手段を奪われ自分の労働力を商品として売るしかない多数の労働者がいるという生産関係が、貨幣や生産手段等を資本たらしめるのである。
 賃金労働者は、労働力商品を資本家に売り、資本家は、労働力という他人の所持する商品を買うという関係にある。マルクスは、この資本家と労働者の関係を、階級という概念でとらえ、階級関係は、政治的な支配関係を伴うが、本質的・基本的には生産の場における経済的関係であることを洞察した。
 資本制的生産様式においては、商品の生産過程で剰余価値が生み出され、資本家はこれを利潤として獲得する。資本は、賃労働者を搾取して得た剰余価値を領有する。従って、資本とは剰余価値を生む価値であるとマルクスは主張した。
 だが、マルクスは市場の作用を軽視した労働価値説に依拠して、剰余価値説を説いたため、その理論は破綻している。資本については、安易にマルクスに依拠せず、経済現象の実態を歴史的に研究して定義を行うべきである。
 ピケティは、マルクスの理論に基づいていない。マルクスについて、「一度もちゃんと読んだことはない。(略)『資本論』は難しすぎて読みづらい」と述べている。本人がこう言っているのだから、ピケティの著書をマルクスの『資本論』と比較して、理論的に検討することは、あまり意味がないだろう。ピケティは、独自の研究によって、土地などの不動産のほか、建物、機械、企業、株、債権、特許、天然資源など、利子や利潤を生み出すものすべてを資本と定義する。
 ピケティの主張のポイントは、 「r>g」という不等式である。「r」は資本収益率、「g」は国民所得の成長率を指す。「r」の方が「g」より大きいということは、資本収益率の方が、国民所得の成長率より高いことを意味する。労働による所得の増加よりも、資本の儲けの方がもっと増加しているということである。そこに格差の原因がある、というのが、ピケティの指摘である。
 この指摘は、過去200年以上にわたるフランスやイギリス、アメリカ、日本等の先進諸国のデータに基づく。主に税金を分析している。その研究により、長期的に見ると、大体資本収益率は世界大戦期を除くと5%前後、国民所得成長率は1~2%前後であることが示される。そこから、資本主義は放置状態では、貧富の格差が拡大し続けるシステムであるという結論が導き出される。
 私の見るところ、なぜ、こうした格差が生じるかについて、ピケティは深く分析を行っていない。私見によれば、富の収奪は、経済外的な支配―被支配の権力関係に基づく。植民地からの収奪も、労働者の賃金の決定も、税金の課税率も、権力関係による。権力を握る者が、より多く取る。だから、富める者は一層富むという仕組みである。暴力的に取るか、制度的に取るか、一見民主的に取るか、方法は異なるが、本質は権力関係である。
 ピケティは、格差の拡大は問題であるとし、格差の拡大に向かうという資本主義の本質的な傾向に対抗するには、世界規模で各国の政府が資本への課税を強化する必要があると説く。また富の集中を制限する方法として累進課税を求める。これは、所得を再配分する方法である。私見を述べると、こうした世界的な資本及び富裕層への課税の強化は、現在の権力関係に変化を求めるものとなる。特に巨大国際金融資本家から、強い抵抗を受けるだろう。その抵抗を斥けて課税を強化するには、各国でデモクラシーの飛躍的な発達が必要である。

 さて、ピケティの理論を日本に当てはめるとどうなるか。エコノミストの田村秀男氏は、1月15日に「日本は1997年度から『格差の時代』 富裕層はますます豊かに」、同月17日に「ピケティ氏の定理で読み解く日本の格差の“元凶”と安倍政権」と題した記事で、その試みを行った。ともに田村氏のブログに掲載されている。
http://blogs.yahoo.co.jp/sktam_1124/40711877.html
http://blogs.yahoo.co.jp/sktam_1124/40715064.html
 これらの記事の内容は非常に重複が多いが、一部異なる部分があり、またそれぞれ独自のグラフを含んでいる。発表する媒体の都合で、それぞれ文字数が制限されたためだろう。貴重な記事であり、私自身その主旨を把握しやすくしたいので、2本の記事を編集して一本化したものを掲載する。
 下記において田村氏の主張のポイントは、安倍首相が本格的に取り組むべきは、慢性デフレと構造改革路線による格差拡大経済に決別し、「旧世代や次世代を支え、養う現役世代を勝者にさせる政策への転換」である、という点にある。

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 仏経済学者トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」が世界的なベストセラーになっている。そのコアは「資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意(しい)的で持続不可能な格差を生み出す」という定理だ。
 日本はどうか。法人企業統計(財務省)からとった総資本経常利益率を「資本収益率」に、国内総生産(GDP)の実質成長率を「産出と所得の成長率」にみなして、それらの推移を追ってみた。



 1997年度以降、資本収益率が実質成長率を一貫して上回っている。
 それまではおおむね成長率の方が収益率を上回ってきた。下回ったときは石油危機、プラザ合意による急激な円高、90年代前半のバブル崩壊というふうな「ショック効果」と言うべきで、成長率は1、2年で元通り収益率を上回る軌道に回帰している。ピケティ氏の定理を前提にするなら、日本経済は97年度以降、「格差」の時代に突入したことになる。
 97年度といえば、橋本龍太郎政権が消費税増税と公共投資削減など緊縮財政路線に踏み切り、日本経済は一挙に慢性デフレ局面にはまりこみ、いまなお抜け出られないでいる。
 経済の実額規模である名目GDPは、2013年度が1997年度に比べて7.3%減、金額で38兆円のマイナス、国民1人当たりでは3万円も減った。
 「デフレは企業者の生産制限を導き、労働と企業にとって貧困化を意味する。したがって、雇用にとっては災厄になる」と、かのケインズは喝破したが、格差拡大所得の元になるGDPが縮小してみんな等しく貧しくなるわけではない。
 デフレは格差拡大の元凶である。一般に現役世代の賃金水準が下がるのに比べ、預金など金融資産を持っている富裕層はカネの価値が上がるのでますます豊かになる。給付水準が一定の年金生活者は有利だし、勤労者でも給与カットの恐れがない大企業や公務員は恵まれている。
 デフレで売上高が下がる中小企業の従業員は賃下げの憂き目にあいやすい。デフレは円高を呼び込むので、生産の空洞化が進み、地方経済は疲弊する。若者の雇用の機会は失われる
 慢性デフレの局面で、とられたのが「構造改革」路線である。モデルは米英型「新自由主義」である。97年の金融自由化「ビッグバン」で持ち株会社を解禁した。2001年に発足した小泉純一郎政権は、日銀による量的緩和とゼロ金利政策で円安に誘導して輸出部門を押し上げる一方で、郵政民営化で政治的な求心力を高め、米国からの各種改革要求に応じた。
 97年の金融自由化「ビッグバン」で持ち株会社を解禁した。2001年に発足した小泉純一郎政権は米国からの各種改革要求に応じた。製造業の派遣労働解禁(04年)など非正規雇用の拡大、会社法(06年)制定など株主中心主義への転換などが代表例だ。法人税制は98年度以降、02年度までに段階的に改正され、持ち株会社やグローバルな企業の事業展開を後押ししている。大企業や銀行の国内外からの配当収入はほぼ無税だ。
 このパターンでは経済成長率を押し上げる力が弱い。GDPの6割を占める家計の大多数の収入が抑えられるからだ。名目賃金上昇率から物価上昇率を差し引いた実質賃金上昇率は97年以降、ほぼ一貫してマイナスである。賃金はマイナス、配当はプラスでも需要減・デフレ・賃金下落という悪循環だけが残る。
 小泉政権までの自由化・改革路線は外国の金融資本の対日投資を促す一方で、日本の企業や金融機関の多国籍化を促すという両側面で、日本経済のグローバル標準への純化路線であり、それを通じて大企業や金融主導で日本経済の再生をもくろむ狙いがあった。結果はどうか。
 全企業が、従業員給与「100」に対し、どれだけ配当に回しているかを年度ごとにみると、1970年代後半から2001年度までは「3」前後(資本金10億円以上の大企業は「7」台)だった。この比率は02年度からは徐々に上昇し、03年度は「11.5」(大企業「32」)と飛躍的に高まった。



 小泉改革路線は伝統的な従業員中心の日本型資本主義を株主資本主義に転換させたのだ。従業員給与を可能な限り抑制して利益を捻出し、株主配当に回すグローバル標準の経営への転換である。株主資本主義は株式を大量保有する大企業や金融機関に有利で中小・零細企業には不利、富裕層を富ませ、年金世代や次世代の子弟を育てる勤労者世代を圧迫する。日本は格差促進型経済の最中にあるようだ。
 安倍晋三首相が本格的に取り組むべきは、20年間の日本経済の基本路線となってきた格差拡大経済に決別し、旧世代や次世代を支え、養う現役世代を勝者にさせる政策への転換ではないか。 
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■追記

20150129
 「ピケティの定理を日本に当てはめると2」を書きました。続いてお読みください。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/47e8ebf78ab7e337d45b160afaa655ef
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中共の「孔子学院」、米国等で締め出しの動き

2015-01-22 10:44:14 | 国際関係
 共産中国は、対外宣伝工作に力を入れている。公式用語では「外宣工作」という。共産党が国家戦略のもとに直接指導して行う外国・外国人向けの宣伝活動を意味する。党中央対外宣伝弁公室が外宣工作の総元締めとなっている。その責任者・王晨弁公室主任は、平成23年(2011)7月、共産党機関誌『求是』に寄稿して「外宣工作」について書き、「外宣は党と国家にとっての大局的・戦略的工作である」と述べ、外宣工作の重要性を強調している。こうした「大局的・戦略的工作」の一環として、世界各国に作られたのが、孔子学院である。
 孔子学院は、シナの言語や文化の普及を目的に、平成16年(2004)に韓国で初めて開校された。わが国では、17年(2005)に立命館大学に設立された「立命館孔子学院」が最初である。日中の大学が提携する形で、わが国の大学内で運営されている。立命館大は北京大、桜美林大は上海の同済大、関西外語大は北京語言大と提携し、シナ語やシナ文化の教育が行われている。昨年11月現在で日本に14カ所、日本を含めて約110カ国に430カ所ほどの孔子学院が開設されているという。
 平成21年(2009)7月北京の孔子学院本部で開かれた会合で、中国教育部(註 省にあたる)の●(註 赤におおざと)平副部長(副大臣)は「孔子学院はわが国の外交と外宣工作の重要なる一部分である」と明言した。
 運営機関は中国教育部の傘下にある「漢弁」だが、資金、教員、教材は中国共産党政府が全面的に提供している。ここまで見え見えの外宣工作施設を、わが国をはじめとする世界各国が受け入れ、中国共産党の工作を許してきたことは、あまりに無警戒だった。
 だが、ようやく孔子学院の危険性を感知し、これを排除しようとする動きが起こっている。残念ながらわが国ではない、米国やカナダにおいてである。
 米国では、全米に約100か所の孔子学院が設立されている。米国大学教授協会(AAUP)は昨年6月、全米の大学に対して孔子学院の契約の継続を検討するよう申し入れた。中国政府の意向を強く反映している運営体制が、大学における学問の自由を脅かすというのが理由である。これを受け、シカゴ大学、ペンシルバニア大学等で孔子学院を閉鎖する動きが広がっている。シカゴ大学では、孔子学院の閉鎖を求める請願運動への教授らの署名が110人分に上ったという。
カナダでも、カナダ大学教員協会が同国の諸大学に孔子学院の契約更改を見合わせるよう勧告している。2年前にオンタリオ州の大学が、中国政府と対立関係にある宗教団体「法輪功」を信仰している中国人を講師として採用しないのは差別だとして、孔子学院を閉鎖した。トロントでは、中国系の移民が中心となって教育委員会に対して孔子学院との契約を破棄するよう抗議をしたと報じられる。
 これらの国々では、孔子学院は、中国当局の「スパイ機関」という疑念が強まっているようである。米国ワシントン首都圏には孔子学院が3カ所あり、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)ライシャワー東アジア研究所の所長・ケント・カルダー教授は、近隣のシンクタンクや大使館に対する活動拠点ではないかと見ている。また、カナダの情報機関、安全情報局の元高官も、孔子学院が情報収集の役割を担っている疑いがあると指摘していると報じられる。
 問題はわが国である。日本国内には、孔子学院が14カ所ある。日本の次代を担う青年が、大学内の孔子学院で教育を受けている。わが国の私学経営者及び大学教員組織は、孔子学院をどう見て、どう対処するか。日本国政府に対しては「学問の自由」を主張する大学関係者たちが、中国共産党に対して「学問の自由」を主張し得るか、注目されるところである。大学関係者は、まず米国等で孔子学院が排除されつつある事態に目を向け、自らの大学内で何が行われているかを把握すべきだろう。
 以下は、関連する報道記事。

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●J-CASTニュース 平成26年10月3日

http://www.j-cast.com/2014/10/03217606.html
J-CASTニュース
日本にもある中国政府肝いりの「孔子学院」 北米で次々閉鎖、「スパイ機関」の疑い濃厚
2014/10/ 3 19:44

 中国政府が、中国語や文化教育を広めるため世界各地で設置している「孔子学院」。日本でも、立命館大学や桜美林大学など数校の大学キャンパス内に開設されている。
 最近になって米国では、孔子学院の閉鎖が相次いでいる。かねてから根強かった、中国当局の「スパイ機関」という疑念が強まっているようだ。

大学名はついているが中国政府が資金提供、講師派遣
 「孔子学院の日」には習近平主席が祝辞を寄せた
孔子学院は2004年に韓国で初めて開校。日本では2005年設立の「立命館孔子学院」が最初だ。日中の大学が提携する形で、日本の大学内で運営されている。例えば立命館大は北京大と、桜美林大は同済大(上海)と、関西外語大は北京語言大とそれぞれ提携し、中国語や中国文化の教育が行われている。早稲田大学のように、研究事業を主目的とする孔子学院を開いた例もある。
 2013年度時点で、世界120か国・地域で440校の孔子学院が運営されているが、ここに来て米国で閉鎖決定が相次いだ。口火を切ったのはシカゴ大学だ。2014年10月2日付の米ウォールストリートジャーナル日本語電子版によると、同大は9月29日、孔子学院との5年契約を更新しなかった。米国大学教授協会(AAUP)が6月、全米の大学に対して孔子学院の契約の継続を検討するよう申し入れていた。中国政府の意向を強く反映している運営体制が、大学における学問の自由を脅かすというのだ。
 10月に入ると、今度はペンシルベニア州立大学も年内の提携打ち切りを明らかにした。ロイター通信によると同大学は、中国政府の中国語教育管轄部門であり孔子学院の母体である「漢弁」との方針の違いであると説明したそうだ。両大学とも契約を更新しない具体的な理由は明らかにしていないが、孔子学院が中国政府と密接につながり、語学や文化といった「ソフトパワー」による宣伝活動を進めていることに、教員たちが不満を持っていたという。
 中国事情に詳しいジャーナリストの福島香織氏が、9月30日放送の「荒川強啓デイ・キャッチ!」(TBSラジオ)で孔子学院について詳しく解説した。米国では「スパイ機関」との批判は以前から出ていたようだ。
 「立命館孔子学院」のように大学名が押し出されているが、大学側は施設を貸しているにとどまるという。実態は中国政府が資金を提供して全面的に支援し、独自の教材を使って中国から派遣された講師が教育する。そのため米国では「大学の中立性を損なう」との非難が起きた。大学の「仮面」をかぶっているが、中国の宣伝活動をしているに過ぎないという見方だ。

米に続き、カナダでも、孔子学院「排斥」の動き
 日本には、ブリティッシュカウンシル(英国)、ゲーテ・インスティトゥート(ドイツ)、セルバンテス文化センター(スペイン)のように、各国政府の文化機関が語学教育プログラムを提供している例がある。ただしいずれも、独立した語学学校の形態だ。孔子学院のように、日本の大学と結びついて大学名を冠した学校を開設しているケースは珍しい。
 受講生にとってはメリットもある。安価な授業料だ。立命館孔子学院の場合、在校生だけでなく一般希望者や他大学の学生も受講可能で、例えば中国語講座の入門クラスを見ると、計14回の授業で一般が2万6000円、他大生は2万円となる。民間の語学学校で類似のカリキュラムを調べたところ、計6回で3万円強や、計30回で約8万円などが見つかった。内容や授業時間は多少違うかもしれないが、単価で比べると孔子学院の授業料が格安なのが分かる。
 純粋に語学を学ぶ身であれば好都合だろう。だが背景には、中国政府が自国の文化や思想を広めるために大金を投じている現実がある。こうした動きに危険な匂いを感じたからこそ、米大学は相次いで閉鎖を決めたとも言える。
 カナダでも、孔子学院「排斥」の動きが出ている。トロントでは、中国系の移民が中心となって教育委員会に対して孔子学院との契約を破棄するよう抗議をしたと、カナダCBCニュースが10月2日に報じた。1年前にはオンタリオ州の大学が、中国政府と対立関係にある宗教団体「法輪功」を信仰している中国人を講師として採用しないのは差別だとして、孔子学院を閉鎖した。思想や文化に加え、宗教も絡んで、反発の声が高まっているようだ。
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南京「大虐殺」を反日に使う「下心」は中国国民に見透かされている~石平氏

2015-01-20 08:55:44 | 南京事件
 南京事件から77年を迎えた26年12月13日、中国江蘇省の「南京大虐殺記念館」で初の国家主催の追悼式典が開かれた。昨年までは南京市が中心となって式典が行われてきたが、中国は昨年2月、12月13日を「国家哀悼日」と定め、国家的な行事を行うことにしたものである。
 追悼式典に参加した習近平国家主席は「30万人の同胞が痛ましく殺戮された」と誇大な数字をあげ、「人類史上の暗黒の一ページで虐殺の事実の改竄は許されない。13億人の中国人民は事実の否定を受け入れない」と日本を非難した。また8年間の日中戦争で中国に3500万人の死傷者が出たと、これも根拠のない数字を挙げて日本を糾弾した。
 また習氏は「侵略戦争を美化する一切の言論は平和と正義に危害を与える」と日本を牽制すると同時に、「少数の軍国主義者が侵略戦争を起こしたことを理由に、その民族を敵視すべきでなく、罪は国民にはない」「戦争責任は人民にはなく、両国民は友好を続けるべきだ」と述べた。これは、毛沢東や周恩来らが、軍国主義者と一般国民を区別するという二分論で、政府と人民を分断し対立させようとした戦術を継承するものである。
 中国では、昨秋以降、南京事件に関して、南京市の小中高校で新たな「読本」を使った南京事件に関する特別授業が義務づけられている。中国中央テレビは事件に関連するとされる残忍なシーンを多数含んだニュースや番組を繰り返し放送している。中国国営新華社通信も、日本での新たな証言の取材の結果とする記事を繰り返し配信している。各種官製メディアは「34万人」という犠牲者数をあげて報道しているなど、反日教育や対日宣伝戦が一段と強化されている。
 シナ系評論家の石平氏は、産経新聞平成26年12月25日の記事で、この問題について書いた。石氏は、まず中国共産党指導部の意図について、次の旨を書いている。
 「不動産バブル崩壊が確実となり、経済の低迷がさらに深まる中、国民の不満をそらすためには反日という『伝家の宝刀』を抜く以外にない。それがために南京式典を皮切りに『終戦70周年』に当たる」27年の「1年を通し習政権は節目節目の反日キャンペーンを展開していく予定である」と。
 だが、政権のこのやり方に対し、国内からは早くも疑問の声が上がっている、として、南京式典開催2日後の12月15日の環球時報の社説の内容を紹介する。その社説は「中国のネット上で南京の式典に対する奇怪な意見が現れた。『今になってこのような式典を催したことの意味は一体どこにあるのか』とする疑問もあれば、『中国では内戦から“文革”までに殺された人の人数は南京よりはるかに多いのでないか』とする意見もある。このような声はまったくの耳障りだ」と厳しく批判するものである。石氏は「重要なのは、一部の国民が政府肝いりの南京式典を冷ややかな目で見ていることだ。しかも、天下の環球時報がわざと社説まで出して批判しているのならば、批判的意見は決して『一握り』の少数派意見ではないことも推測できよう」と分析している。
 石氏はまた、中国における「知乎」というサイトに書きこまれた質問とそれへのユーザーの意見を紹介している。――「民族主義をあおることで政権の失敗と無能から人民の目をそらすのはいつも政治屋にとっての万能の薬だ」「国内情勢が悪くなっているから、民族主義の旗印を高く掲げるのだ。国家規模の式典の開催はやはり、国内の矛盾を外に転嫁させるための世論的準備ではないか」などである。
 そして、次のように書いている。「『反日』を利用して国内問題を外部に転嫁させようとする習政権の『下心』が一部の国民によって簡単に見破られていることがよく分かる。今の中国国民はもはや、この程度の手品にだまされるほどのバカではない。むしろ、20年前に江沢民政権の開発した手法をそのまま踏襲する習政権の方が愚かなのである」「賢くなった中国人民を前にして、『反日』をもって2015年を乗り越えようとする習政権の戦略は出足からつまずいたようだ。彼に残された次の手は一体何であるのか」と。
 昨年9月朝日新聞が慰安婦問題に関する記事について謝罪したことで、ようやくわが国政府は慰安婦問題に関する事実を積極的に対外的に発信する姿勢を見せている。だが、慰安婦問題が喧伝されるようになるはるか以前から、「南京大虐殺」という虚報が世界に向けて発信されてきた。開始点は東京裁判である。東京裁判で、南京での「大虐殺」が持ち出され、わが国は一方的に断罪された。この問題を放置してきたことが、慰安婦問題の虚報の前例となっている。中国共産党があらためて、「南京大虐殺」を反日宣伝に使っている今こそ、わが国は政府が主導的に、南京事件の虚偽を明らかにし、汚名をそそがねばならない。
 以下は、石氏の記事の全文。

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●産経新聞 平成26年12月25日

http://www.sankei.com/column/news/141225/clm1412250008-n1.html
2014.12.25 08:47更新

【石平のChina Watch】
習政権「反日の下心」は中国国民に見透かされている 早々につまずいた中国2015反日戦略

 今月13日、中国の「南京大虐殺記念館」で催された初の国家主催追悼式典に習近平国家主席が出席し、演説を行った。その中で彼は、根拠の乏しい「30万人虐殺」の数字を持ち出して日本軍の「大罪」を糾弾しながら「日中友好」をも口にした。
 しかしそれは本心からの言葉であるとは思えない。全国で生中継された国家規模の式典において「大虐殺」が強調されることによって、国内の反日ムードはむしろ高まってくる恐れがあるからだ。
 あるいはそれこそが習政権が狙うところかもしれない。来年の不動産バブル崩壊が確実となり、経済の低迷がさらに深まる中、国民の不満をそらすためには反日という「伝家の宝刀」を抜く以外にない。それがために南京式典を皮切りに「終戦70周年」に当たる来年1年を通し習政権は節目節目の反日キャンペーンを展開していく予定である。
 だが、政権のこのやり方に対し、国内からは早くも疑問の声が上がっている。
 南京式典開催2日後の15日、人民日報系の環球時報は式典に対するネット上の議論を社説で取り上げ、「中国のネット上で南京の式典に対する奇怪な意見が現れた。『今になってこのような式典を催したことの意味は一体どこにあるのか』とする疑問もあれば、『中国では内戦から“文革”までに殺された人の人数は南京よりはるかに多いのでないか』とする意見もある。このような声はまったくの耳障りだ」と厳しく批判した。
 環球時報の批判はどうでも良いが、重要なのは、一部の国民が政府肝いりの南京式典を冷ややかな目で見ていることだ。しかも、天下の環球時報がわざと社説まで出して批判しているのならば、批判的意見は決して「一握り」の少数派意見ではないことも推測できよう。
 それでは一体どのような批判意見があったのか。たとえば中国国内で「知乎」というサイトがあり、誰でも質問を書き込んで回答を求めることができる。13日、ある匿名の人がそこに次のような質問を書き込んだ。
 「毛沢東やトウ小平の時代は南京大虐殺にほとんど言及されなかった。江沢民・胡錦濤の時代でも国家主催の式典をやったことはない。今の政府がナショナリズム的感情を刻意にあおり立てるのは一体なぜなのか。歴史問題は国内の矛盾を外に転嫁させるための道具になってよいのか」
 このような「超意地悪」の鋭い意見が提起されると、それは当然全国で大きな波紋を呼び、批判と賛成の意見が続々と上がってきた。
 賛成意見にはたとえば次のようなものがあった。
 「民族主義をあおることで政権の失敗と無能から人民の目をそらすのはいつも政治屋にとっての万能の薬だ」
 「国内情勢が悪くなっているから、民族主義の旗印を高く掲げるのだ。国家規模の式典の開催はやはり、国内の矛盾を外に転嫁させるための世論的準備ではないか」
 「いかなる集団や党派や政権でも、人民を虐殺すればすなわち犯罪だ。目くそが鼻くそを笑うのはおかしい!」
 このような意見を並べてみると、「反日」を利用して国内問題を外部に転嫁させようとする習政権の「下心」が一部の国民によって簡単に見破られていることがよく分かる。今の中国国民はもはや、この程度の手品にだまされるほどのバカではない。むしろ、20年前に江沢民政権の開発した手法をそのまま踏襲する習政権の方が愚かなのである。
 いずれにしても、見破られた手品に期待されたほどの政治的効果はもはやない。賢くなった中国人民を前にして、「反日」をもって2015年を乗り越えようとする習政権の戦略は出足からつまずいたようだ。彼に残された次の手は一体何であるのか。
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関連掲示
・拙稿「南京での『大虐殺』はあり得ない」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06b.htm
・拙稿「南京事件の真実を伝える写真」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion06d.htm
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戦後70年の今年、中国の反日運動が激化

2015-01-19 09:59:55 | 国際関係
 今年、平成27年(2015)は、第2次世界大戦終了後、70年の年になる。中国と韓国は、近年連携して反日的な宣伝活動を行ってきたが、本年はそれが激化するだろう。
 中国は昨年(26年)2月、9月3日を「抗日戦争勝利記念日」、12月13日を南京事件の「国家哀悼日」に定めた。9月3日は日本の降伏文書調印式があった昭和20年9月2日の翌日を抗日戦争勝利の日とするものであり、12月13日は昭和12年のその日、旧日本軍が南京を占領した際の犠牲者の追悼日にするというものである。半世紀以上も前の出来事が起きた日を今となって記念日にしたのは、24年(2012)に発足した習近平政権が主導する対日強硬路線の一環とみられる。中国は、習政権の下、こうした反日的な意味づけのされた日に記念行事・追悼行事を大々的に行っている。また、江沢民時代のように、愛国主義教育という名の反日教育が再び強化されている。
 中国は、本年5月ロシアと合同で戦勝70周年記念行事を開催する。習主席は、昨年6月20日、上海でロシアのプーチン大統領と中露首脳会談を行い、共同声明を発表した。声明は、中露が戦略的協力関係の「新段階」に入ったとして、連携の強化を謳った。「歴史を歪曲し、戦後国際秩序を破壊するたくらみに反対する」と表明し、本年合同開催する戦勝70周年記念行事は「ドイツのファシズムと日本軍国主義」への勝利を祝うものであると、対日歴史観で共闘する姿勢を鮮明にした。中国はウクライナ問題でロシアに理解を示すことの見返りとして、「歴史改ざん」「戦後秩序破壊」への反対と戦勝70周年記念行事の開催を共同声明に盛り込むことに成功したわけである。
 昨年9月27日中国の王毅外相が国連総会の演説で、本年を大戦の終結から70年の記念の年にするよう提案し、中国が過去の歴史の風化を許さないという姿勢を示して日本をけん制した。国際連合は、第2次世界大戦の連合国が恒常的な国際機関に発展したものであり、本来の和訳は連合国である。この本来の性格に呼びかけて、国連=連合国という場を、外交的に利用しようというものだろう。ちなみにわが国は、依然として、国連憲章の敵国条項の適用対象国である。

 こうした中、産経新聞平成26年12月1日付は、在米華僑らの新たな動きを報じた。記事によると、本年の戦後70年に向けて、米カリフォルニア州などの華僑系住民らが「抗日戦争勝利70周年組織委員会」を立ち上げた。関係者や地元中国系メディアによると、「今後、委員会は全米各地で、日本が戦時中に中国や東アジアの国々を侵略して人々を冒涜し、各国の社会や経済に重大な損害を与えたことを振り返り、次世代に語り継ぐイベントを展開していく」という。
 「抗日戦争勝利70周年組織委員会」の議長は、フローレンス・ファン(中国名・方李邦琴)氏。サンフランシスコの中華街に中国以外で初めて対日抗戦を顕彰するための「海外抗日記念館」の設置を表明している女性実業家である。記念館は、本年8月に開設予定という。
 また、反日的な行動で知られるマイク・ホンダ下院議員が、名誉顧問となっている。ホンダ氏は、慰安婦問題での日本非難決議を主導した政治家で、先の米中間選挙で8選を果たした。
 名誉議長に就いたアンナ・チェン・シェンノート(中国名・陳香梅)氏は、米政府の対中政策顧問に就き、米中の政治交流の橋渡し役を務めたという人物。レーガン大統領の特使として訪中し、小平と会談したこともあるという。同氏の夫(故人)は、米空軍中将クレア・リー・シェンノート氏で、1937年に中華民国の国民党軍の顧問となり、戦闘機隊「フライングタイガース」を結成し、日本軍の航空部隊と戦った人物である。
 「抗日戦争勝利70周年組織委員会」には、ホンダ議員やシェンノート夫人のように、米政界に影響力を持つ有力者が参加しており、「米国における反日活動は一層強まりそうだ」と記事は伝えている。

 これに対するわが国の備えはどうか。まだまだ手薄な状態である。戦勝国が敗戦国を一方的に断罪した日本悪玉史観、共産党が自己正当化のために作った抗日解放史観に対して、事実を基にした有効な反論ができていない。外交においても、教育においても、報道においても、依然として自虐史観が、のさばっている。私は、この状況を覆すテコの支点になるものが、慰安婦問題だと考えている。慰安婦問題で、従来の日本非難が虚偽宣伝によるものだったことを徹底的に明らかにすれば、南京事件も、共同謀議による侵略戦争説も、ガラガラとひっくり返すことができる。
 本年中国政府や「抗日戦争勝利70周年組織委員会」の動きが本格化する前に、日本国政府は、まず慰安婦問題について、総力を挙げて反論・反攻を行うべきである。そのためにも、安倍首相は河野談話の打消しを決断しなければならない。
 以下は、関連の報道記事。

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●産経新聞 平成26年12月1日

2014.12.1 06:12更新
在米の華僑系住民、抗日戦争勝利委員会を立ち上げ 戦後70年で 反日運動の活発化は必至 

 【ロサンゼルス=中村将、北京=矢板明夫】来年の戦後70年に向けて、米カリフォルニア州などの華僑系住民らが「抗日戦争勝利70周年組織委員会」を立ち上げたことが分かった。委員会には米連邦議員や米政界にパイプを持つ有力者も参加しており、米国における反日活動は一層強まりそうだ。
 関係者や地元中国系メディアによると、「今後、委員会は全米各地で、日本が戦時中に中国や東アジアの国々を侵略して人々を冒涜(ぼうとく)し、各国の社会や経済に重大な損害を与えたことを振り返り、次世代に語り継ぐイベントを展開していく」という。
 委員会の議長は、サンフランシスコの中華街に中国以外で初めて対日抗戦を顕彰するための「海外抗日記念館」の設置を表明している女性実業家、フローレンス・ファン(中国名・方李邦琴)氏。当初の開館予定は来年9月だったが、8月15日に前倒しして進めている。
 名誉顧問には、慰安婦問題での日本非難決議を主導し、先の米中間選挙で8選を果たしたカリフォルニア州下院17区選出のマイク・ホンダ議員が就任した。反日的な言動で知られ、来年は米議会を舞台に反日工作が活発化する恐れもある。
 また、名誉議長にはアンナ・チェン・シェンノート(中国名・陳香梅)氏が就いた。1925年に北京で生まれ、通信社の記者だった22歳のとき、米空軍中将、クレア・リー・シェンノート氏(故人)と結婚。その後、渡米し多くの米国要人と交流した。米政府の対中政策顧問に就き、米中の政治交流の橋渡し役を務めた。レーガン大統領の特使として訪中し、最高実力者、●(=登におおざと)小平氏と会談したこともある。
 米政府にパイプのあるアンナ氏を担ぎ出すことで、米政権中枢などにも日本の戦争責任を訴える狙いがありそうだ。アンナ氏は高齢で、中国系メディアによると、10月に首都ワシントンで開かれた「国家記憶映像展」に出席したほかは、近年は動静がほとんど伝えられていなかった。
 夫のクレア氏は37年に日中戦争に突入した中華民国の国民党軍の顧問として雇い入れられ、米退役軍人を集めて義勇軍の戦闘機隊「フライングタイガース」を結成し、日本軍の航空部隊と戦ったことから「抗日英雄」とされている。
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人権131~奴隷制の廃止

2015-01-17 09:25:38 | 人権
●イギリスの奴隷制廃止、アメリカの奴隷解放

 国民国家の形成・発展の各国別の展開を書いている途中だが、ここで、近代西洋における奴隷制の変化について述べておきたい。人権論の観点から見ると、国民国家の形成・発展の過程において、イギリスで奴隷貿易・奴隷制が廃止され、アメリカ合衆国に影響を与えて奴隷解放がされたことが、極めて重要な出来事である。
 奴隷貿易は最盛期には、イギリスだけで毎年30万人以上の黒人奴隷が大西洋を越えて運ばれた。19世紀初頭までの間に、推計1,000万人から2,800万人の黒人奴隷が大西洋を渡ったとされる。人類の歴史上最大の権利侵害である。しかし、イギリス人の中には、奴隷制の非人道性に気づいた者が現れ、1787年に奴隷貿易・奴隷制に反対する運動が始まった。フランス市民革命より早いことに注目したい。
 まず奴隷貿易廃止のための議会請願運動が行われた。奴隷労働によって生産された砂糖をボイコットする運動も行われた。これを受け、議会では活発な議論が繰り広げられた。その結果、1807年に欧米諸国としては初めて、イギリスで奴隷貿易が廃止された。続いて、1820年代には、奴隷制廃止のための活動が開始された。この時も議会請願運動が起こり、150万人以上の人々の署名が集まった。こうした大衆運動を背景として、1833年には奴隷制そのものが、やはり欧米諸国で初めてイギリスで廃止された。奴隷制の廃止は、奴隷制の非人道性に目覚めたイギリス人が、解放奴隷たちと連携して行った世界初の人権運動の成果である、と理解されている。
 この時点では、イギリスが綿花の供給を確保するアメリカ合衆国においては、奴隷制が継続していた。イギリスで奴隷貿易・奴隷制が廃止されても、綿花と線製品の生産関係は変わっていない。合衆国における奴隷制の廃止は、南北戦争後まで待たねばならなかった。
 アメリカ合衆国は、イギリスから独立後、1803年にフランスからルイジアナを購入した。これを皮切りに、アメリカ=メキシコ戦争でカリフォリニアを獲得するなどして、領土を拡大していった。
 北米は、植民地時代から、地域によって産業構造に違いがあった。独立後、北部諸州では商工業が発達した。南部諸州は、綿花やタバコを栽培するプランテーションを営み、黒人奴隷を労働力に用いていた。北部はイギリスの工業に対抗するため、保護関税政策を求め、自由労働を重んじて奴隷制度に反対した。一方、南部は、イギリスの綿工業の発達により綿花の輸出が激増し、自由貿易政策を主張していた。
 このように内部に大きな利害の相違をはらみつつ、連邦国家アメリカは、西部の開拓を続けた。1846年から、太平洋岸側の広大な地域を次々に併合・割譲・買収し、1853年には大陸領土が確定した。先住民を駆逐し、領土を拡張することは、「明白な運命」(マニフェスト・デスティニイ)として正当化された。その運命とは、ユダヤ=キリスト教的な神から与えられた使命と思念された。インディアンに対する姿勢は、15世紀末から中南米のインディオを虐待・殺戮した白人種の姿勢に通じている。
 領土が広がるにつれ、地域間に存在する利害の対立は、激しさを増した。最大の係争点は、奴隷制だった。旧本国イギリスでは、先に書いたように、33年には奴隷制が廃止されている。その影響が合衆国にも及んだ。
 西部開拓が進み、新たな州が誕生すると、新しく出来た州に奴隷制の拡大を認めるか否かで南北の対立が深まった。1860年に奴隷制に反対する共和党のリンカーンが大統領に就任した。これを機に、翌61年南部11州が合衆国からの脱退を宣言し、アメリカ連合国を結成して、北部諸州に対して武力抗争を開始した。北部諸州は分離独立を認めず、ここに南北戦争が始まった。
 この戦争は今日、内戦(シヴィル・ウォー)とされているが、南部諸州は独立国家を結成したのだから、国際紛争と見るべきである。北部側は、かつてイギリスから独立していながら、自国からの独立は認めないというわけである。
 最初は南部が優勢だった。しかし、リンカーンは62年に、国有地に5年間居住・開墾すれば無償で与えるという自営農地法(ホームステッド法)を発布し、これによって、西部農民の支持を獲得した。さらに、63年に奴隷解放宣言を発し、内外世論を味方につけた。ゲティスバーグの戦いで北部が優勢になり、65年北部が南部に勝利した。戦死者・戦病死者は合計62万人に達し、南部は戦災により多大な被害を受けた。
 1865年、合衆国憲法に修正第13条が加筆され、奴隷解放が実現した。アメリカ合衆国における黒人奴隷の解放は、やがて起こるアジア・アフリカでの被抑圧民族の独立への先駆けとなる出来事だった。また「発達する人間的な権利」としての人権の歴史において極めて重要な出来事である。
 奴隷制を巡る南北戦争を経験したアメリカ合衆国は、内部にはらむ価値観、利害の違いを越えて、ネイション・ステイトとして国民を統合する原理を、一層強く打ち出す必要を生じた。その原理が、自由、デモクラシー、人権である。しかし、黒人奴隷は法律上解放されたものの、実質的な差別が存続し、社会的地位の向上は1960年代の公民権運動の高揚まで待たねばならなかった。

 次回に続く。
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